毒蝕む街、魔人の狂宴

 「今回はストッキングか……。」

 あれから数日が経った。伊集院との奇妙な関係も続いており、ついに記念報酬第二弾として脱ぎたてのストッキングを貰った(いらない)。しかもわざわざ目の前で脱いでくれるというサービスらしい(伊集院談)。女性の服の洗濯方法についてインターネットで調べるとストッキングは別にそんな洗い方に苦労しないみたいなので、きちんと洗った。そして返却をするつもりだ。あげると言ってたので捨てても良かったのだが、人からの貰い物を例え使い古しのストッキングだろうと即日捨てるのは抵抗があるのだ。ストッキングだからというわけではないぞ断じて。

 「うわ、何か柄の悪そうなひとが校門にいる……お兄ちゃん早く行こう。」

 一緒に登校してるサキが校門を見ながら怯えている。ストッキングのことはとりあえず頭から消して、校門を見るとそこには柄の悪そうな……というかハオユがいた。ハオユは俺に気がついたのか、駆け寄りそしてその場で膝をついて頭を下げた。

 「あ、兄貴!助けてください!!!」

 こいつ、自分がチャイニーズマフィアだって自覚してんのか?周囲の目が痛い。これじゃあこいつが俺の舎弟みたいで、俺は不良みたいじゃないか。案の定、サキは不安そうに俺を見る。

 「あー……そのこいつは人相悪いけど、そんな悪いやつじゃないんだ。ちょっとした知り合い、サキは先に学校に行ってくれないか。」

 心配そうに俺を見るサキの背中を無理やり押して学校に向かわせた。

 「すいやせん兄貴!カタギの場所にくるのは失礼だと思ってたんですが……あっしらのシマのことなので急ぎだったんです!!ご不満あればいつでも指をつめやす!!」

 お前はもうしばらく黙ってくれ。ますます周囲の目がおかしなことになる。ひとまず俺はハオユを校門から引き離し、距離を置いて話を聞くことにした。

 ハオユの話だと数日前に突然、界隈を荒らし回る二人組が現れて、街は滅茶苦茶だという。そんな話ならニュースになるのではないかという俺の疑問に、ハオユは答える。連中は反社会勢力しか狙わないというのだ。そして警官たちはそんな俺たちを助けようともしない。もう無法地帯で混沌を極めているというらしい。

 「いいことじゃないか、それじゃあ。」

 俺は学校に戻った。ハオユに逃すまいと掴まれる。

 「離せよ!反社がいなくなるなら俺ら一般人には良いことじゃねぇか!」

 「あ、兄貴それはあんまりでしょう!かわいい弟分を見殺しにするんですか!?あいつらとんでもなく強くて……全然歯が立たないんすよ!!あんな強いのは兄貴と……フードのやつくらいです!!」

 「フードのやつって誰だ?」

 「わ、忘れたんすか!あっしらに仁の野郎の死亡を教えてくれたってやつですよ!!」

 思い出した。そういえばハオユは亡霊と思わしき連中に出会っていたのだった。それと同じくらい強いということは、まさか亡霊……?いやこんな簡単に見つかるものなのだろうか、俺はとりあえずユーシーに連絡してみることにした。

 「その話なら私も聞いてるわ。繁華街で最近暴れてる連中、ただそんな派手なことするのは亡霊ではないことは間違いないわ。」

 亡霊ではない。従ってユーシーはこの件には絡まないということらしい。しかしこのハオユという男、断ると恐らくずっと付きまとってくるだろう。それもまた面倒くさい。マフィアの手助けをするのはとても気が乗らないが、ハオユの手助けをすることにした。学校は仕方ない、連絡を……そういえば同級生の連絡先はリサしか知らない。仕方ないのでリサに連絡して遅刻することを伝えると快諾してもらえた。

 ハオユに案内してもらったそこは中華料理店だった。今はここで暴れているらしい。気乗りしないが、とっとと終わらせよう。そう思いながら中華料理店の中に入った。入った瞬間にすぐに分かった。倒された机やら椅子、ガラス片に割れた陶器、食事も落ちてる。そして奥にいかにも裏稼業の人間がチャイナドレスを着た店員たちを集めて鼻の下を伸ばしていた。

 「兄貴!あの野郎です!店をこんなにしやがって……!!おいそこのクソ野郎!!てめぇ無事にここから出られると思うじゃねぇぞ!!!」

 柄の悪い男はハオユの罵倒に対して睨み返した。

 「こいつぁ、俺に情けなくやられたマフィア野郎じゃねぇか。中国人ってのは皆、お前みたいにボコボコにされたのもすぐに忘れる鳥頭ばかりなのか?……ん?後ろの奴は知らねぇな。若そうに見えるが兄貴分か?」

 女たちを跳ね除けて柄の悪い男は立ち上がり、こちらを睨む。

 「へへ……これだから反社狩りはやめられねぇな、次から次へとおやつが飛んできて……よぉっ!」

 ナイフが飛んできた。難なく躱す。容赦がない。おそらくこの男も反社の類だろう。となると下手に恨みを買うと面倒になるのは自明の理である。

 「ハオユ、一応確認なんだが、後始末はちゃんとしてくれるのか?」

 ハオユは顔を輝かせ勿論ですと答えた。それならとっとと終わらせよう。こんなことに巻き込まれるのはごめんだ。俺は力を込めて───。

 「ん?あ、ちょっと待って。タンマ。」

 男がスマホを弄りだした。そして俺とスマホの画面を見比べている。

 「お前ひょっとして境野か?よく見たらそれ学生服か。おいおいマジかよ、何でマフィア何てクズと一緒にいるんだお前?」

 予想外の反応だった。俺は気が削がれ、男にこれまでの話をした。

 「ぷははは!!じゃああれか、そこの雑魚に脅されて来たってことか!!アホらしい理由すぎんだろ!!あー分かったよ。もう街で暴れるのはやめだ、そこの鳥頭がその度に境野に泣きついてきたら面倒だしよ。」

 男は笑いながら紹興酒をコップに注いで飲んだ。そして跳ね除けた女達を呼び寄せる。

 「俺の名は佐道造魔さどうぞうま、サドウって呼んでくれや。」

 サドウと名乗る男はこの街へ探しものをしに来たという。探しものというのは昔からずっと探しているようで中々見つからなかったのだが、最近ようやく手がかりがこの街で見つかったというのだ。こうやって派手に暴れているのもそれを誘い出すためだったという。ともかくこれでこの話が解決したのなら俺は学校へと戻ろう。この場を立ち去ろうとするとサドウに引き止められる。

 「なぁ境野、協力しねぇか?俺とお前、目的は同じじゃねぇか?勘だけどよ。」

 目的、それは亡霊を見つけ出し倒すこと。サドウも亡霊のことを知っているのか?俺は恍けるように質問をした。

 「目的って?サドウの言う探しものが何なのかわからないと、一緒かわからないな。」

 「亡霊。」

 あまりにも自然に出た言葉なので耳を疑った。亡霊、確かにそう言ったのか?偶然の一致?いやそれにしては出来すぎている……。

 「協力するような情報通じゃないよ俺は。」

 結局、俺は曖昧な答えしかできなかった。そんな俺の考えを知ってか知らずかサドウは続ける。

 「高速道路の怪物って知ってるか?」

 ニュースでやっているヴィシャを追跡した謎の人物だ。名前だけなら聞いたことはあるが、その正体は分からない。

 「じゃあ伊集院は知ってるか?」

 質問が続く。別に嘘をつく必要がないので俺は頷いた。

 「俺の仲間がどうも伊集院家を脅していたらしいんだよ。で、だ……。その仲間、ヴィシャっていうんだが、高速道路の怪物に殺されてんだわ、ニュースでは事故ってなってたけどな。俺はよ、伊集院家の仕業だと思うんだが心当たりあるか?」

 知らない、と答える。だが俺の頭には別のことが気にかかる。ヴィシャの仲間……この男はそう答えた。俺は少し心臓がドクンと高鳴った。何を隠そうヴィシャは謎の死を遂げたもののトドメをさしたのは俺のようなものだ。仲間の仇が俺だと知ったら、この男はどう行動に移すだろう……。

 サドウは質問を終えると立ち去っていく。ハオユは俺に駆け寄る。流石兄貴と。だが俺の頭の中では嫌な予感しかしなかった。ヴィシャの仲間、伊集院家……。ただの直感だが、次に出会う時はあの男と敵対することになるだろうと思った。

 「おぉ、サドウ殿、いかがでござったか中華料理は。拙者、辛いものは好きでござるが中華はお腹を壊すものが多くて苦手でござってなぁ。」

 シンカが呑気にやってくる。この匂いからしてあいつの朝食はカレーライスか。先程の境野の会話を思い出す。境野は嘘をつかなかった。だが明らかに異常な反応をしていたものがある。亡霊とヴィシャ。境野が亡霊ではないのはわかりきっている。奴に亡霊になる資格が無いからだ。つまり俺たちと同じ亡霊を追いかける側。そしてヴィシャのことを知っている。ヴィシャは俺のように接触したが断られた、だがそれだけで済まなかったのだろう。境野も伊集院妹も軽井沢と同じ学校、調べるには丁度良い。

 「サドウ殿、何か良いことがあったでござるな?鼻がひくついているからわかりやすいでござるぞ。」

 「もうじきパーティーが始まるんだ。参加者の身辺調査はちゃんとしないと駄目だろ?」

 いやらしい笑みを浮かべながら軽井沢に連絡をする。境野だけではなく伊集院妹も監視しろと。そしてその内容を報告しろと伝えた。ヴィシャの残した資料を見る。伊集院弦の闇とも言える部分。世間に知れれば社会問題となりうるもの、よくぞ突き止めたものだ。これだけコネがあるなら亡霊にも引っかかるだろうよ。ヴィシャはガードの厳しい兄は諦め妹をターゲットに絞っていたようだが、俺たちはそんなまどろっこしいことをしない。

 「おおぅ、サドウ殿……念願の日はまだ先でござるぞ。その剛直を納めるでござる。」

 サドウの股間は盛り上がっていた。ああそうだ、まるで恋い焦がれる乙女のようにこの思いはまだ秘めなくてはならない。伊集院弦……あぁ弦!この気持ちにどう応えてくれるのか、今から楽しみで仕方ない。

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