奇妙な課題、学内の聖遺物
ブラジャーだこれ……。俺は今、伊集院に渡された体操服を洗うために洗濯機の前にいる。それは体操服だけではなく下着まで入っていたのだ。一緒に紙切れが入っていたのを見つけた。
『初日限定特別報酬!日数を重ねると変態の喜びそうなのをもっとあげるから私に尽くしなさい。』
「……。」
俺はひょっとしたら悪魔と契約してしまったのかもしれない。絶対に母さんやサキには見せられない。洗濯が終わるまで見張っとかないと……。
翌日、俺は手提げ袋に体操服を入れて登校した。早いところこれを返すに越したことはない。だが妹と登校している以上、時間をずらして人が少ない時に手渡すこともできないし、教室にはもう人がたくさんいる。こんなものを渡しているところを俺は人に見られたくない。結局俺は渡すタイミングを逸してしまう。
今日も昨日に続いて体育の授業が時間割に特別にセットされている。昨日の様子だと伊集院は体操服を渡しに来るだろう。ではその時に渡すのが一番良いのではないか。俺はそう考え暫くの間、持っておくことにした。
「今日から本格的に対抗戦に向けての練習が始まる。1班は東郷がいなくなって五人ではあるがそのまま始めたいと思う。」
練習の内容について説明が始まる。対抗戦はクラス全員が他クラスと競い合うものであり、その際にアタッチメントの使用が許可される。練習では同じクラスのメンバー同士で潰し合うのを避けるため、班別に目的を持たせてそれをクリアするといったものだった。そしてそれは総合能力試験の結果によって変わる。失格したものに対しては全員、基礎訓練……即ち地味な筋トレ等が待っているのだが、点数を得た俺たちは違った。
「おい見ろよ、2班以外の奴らもう筋トレやらされてるぞ……いやぁ今更ながら合格して良かったわ。」
磯上はそんな他班の様子を見て安堵した。二階堂が何やら教師から紙切れを受け取り、こちらに向かってきた。
「先程の説明どおり我々は別の訓練をすることになる。勿論、我々2班と君たちも別だ。これは君たちの訓練内容だそうなので渡しておくよ。それでは健闘を祈っている。」
手渡された紙切れを見る。俺たちの目的は聖釘を入手せよ?なんだこれ?
「みんな、目的がわかったんだけど、何なのか分かるか?」
よく分からない俺はひとまず皆に相談してみる。すると全員が嫌そうな顔をした。どうやらみんな知っているらしく事態を把握していない俺だけが取り残されたような感じだ。
「なに……変態はこんなことも知らないの……?聖釘はこの学校の地下に安置してるものよ。大方取りに行くのが面倒だから生徒にやらせるんでしょうね、はぁ……。」
地下、この学校には地下空間があるというのか。だがそれだけなら大した話ではないのではないか。よく分かっていない俺に高橋が補足で説明した。
「地下って言ってもほとんど管理されてねぇから。ガスも溜まってるから危険だし、セキュリティのために害獣もほったらかしにしてるって言うぜ。」
害獣ってなんだよ……というかガスが溜まってるって普通に死ぬんじゃないか?地下への入り口に案内されると、職員が送風機を地下に送り込んでいた。まじかよ勘弁してくれ。
「これ普通に死ぬやつじゃない?」
無言で誓約書を渡される。本件で死亡したとしても学校側に責任を問いませんという内容だ。
「なんでこんな目に合わないといけないのよぉぉぉ!!」
伊集院がついに叫びだした。だがもうどうしようもない……のか?普通に辞退しても良いと思うのだが。
「ちなみにこれ断ったらどうなるの?」
「成績上位の順番で他の班に行かせます。全班が断ったら6班が強制的に行くことになりますね。」
レベルは社会的地位にも繋がるという意味合いが分かった。こういうことに拒否権がなくなるのだ。わざわざ低レベルを集めて、高橋だけ別班に異動させようとしたことも全てはこういうことなのだと。
「今更嘆いてもしょうがないでしょう、ガス探知機は貸してもらえるんでしょう?いざとなれば息をとめて行けば良いだけです。」
「なるほど剣、お前頭いいな!」
磯上は剣の言葉に合いの手を打つ。ちなみに伊集院の話では聖釘までまっすぐ行けば一時間くらいかかるらしい。そんな息を止められない。俺たちは先行き不安ながらも地下へと潜っていった。
当然底は真っ暗だ。電気は流石に通っているようでスイッチを入れると薄暗いが視界がはっきりする。変な生き物が光から逃げていったのが見えたが。そして俺たちは進む、聖釘へと。奇妙な生き物の鳴き声を聴きながら。先導する俺を後ろから急に抱きしめられる。夢野だった。
「だ、だめです……この先は空気がないです。」
夢野の未来予知は三秒間、それは酸欠などで急に倒れることを予見するのに十分な時間だった。そうか、夢野がいるならこの先は安全にいける……!
「うん、確かにあの先は空気薄いなぁ、ワカメの出来が悪い。」
「磯上、お前も分かるのか!?」
磯上のアタッチメントはワカメを生やすこと。そしてワカメが発育するには十分な酸素が必要なので、当然空気の薄いところはそれで判断できる。だがそれではここから先に進めないのではないか。
「ちょっと待ってろ、今ワカメに酸素作らせるから……数分で終わると思う。」
「磯上さん!!?」
ワカメは確かに植物なので二酸化炭素と光を消費して酸素を作り出すことができる。まさかこんなところで役に立つとは。恐るべきはワカメ……。どんどん巨大なワカメが育っていき地下空間にワカメという異様な光景が現れた。
「これなら意外と楽に行けそうだけど、害獣ってどんなのがいるんだ?」
高橋は手を組んで少し考えて答えた。
「そうだな……あたしはネズミとかコウモリとかヘビとか聞いてるけど、どれも人を積極的に襲うようなのじゃないよな。」
辺りを見ると確かに小動物の糞らしきものが見える。その程度なら問題はなさそうだ。
「そんな大型動物はいないわよ、空気が薄いんだから……どちらかというと未知の植物に警戒するほうがいいわ、あれとか。」
伊集院が指をさした先には刺々しい植物がひっそりと生えている。
「珍しい植物ですね、毒草で触ると死にます。この国にはない植物のはずですけど……。」
恐ろしい解説にひぃぃと夢野が悲鳴をあげる。なんでそんなものがこんなところに生えているのかと。周りを見ると他にも怪しいキノコとかが生えてる。
「あれは珍しくもない、よくあるキノコですね。食べると死にます。」
なんの変哲もない白いキノコを指さして平然と恐ろしいことを剣は口にした。早いところ目的を果たして帰ろう。地図に従って地下道を進むとようやく目的の部屋への扉が見えた。この先にようやくゴールがあるのだ。だが、夢野が引き止める。周りをよく見てみる。暗がりの中、気が付かなかったがロボットのようなものがボウガンを構えていた。他にも武器を構えているものがいて、今にも動き出しそうだ。
「あれをぶっ壊さないと駄目ってことだな。境野、背中は任せたぜ。」
俺と高橋は二手に分かれて個別で破壊をすることにした。高橋のアタッチメントが展開される。
「は?ちょっと……なによそれ!」
突然伊集院が叫びだす。だが一番驚いているのは高橋自身だった。自身のアタッチメントが更に複雑化し巨大なものとなり、流線的な姿となっている。
「い、いつの間にレベルアップしたの!?前よりも高く……ど、どういうこと!?」
俺と高橋はすぐに察しがついた。ヴィシャに操られたときの姿、あのときのような攻撃的なフォルムではないが、ベースは近いものがある。高橋と目があった。あのときのことを思い出し少し照れくさく目を逸らした。
「は、はぁぁぁぁぁ!!???な、なに今のアイコンタクト!!?ちょっと境野!!!あんた高橋に何したのよ!!!!」
俺は何もしてない。騒ぐ伊集院を無視してロボットに接近し叩く。俺の速度に反応しきれず、崩れていった。このくらいなら造作もない。高橋もそれは同じだったようで一瞬で決着がついた。
「凄い……前と全然違うじゃねぇか!身体が凄く軽い!」
高橋はアタッチメントの進化を実感し、喜んでいる。そんな姿を微笑ましく眺めていると、後ろから伊集院が耳打ちしてきた。
「ちょっとあとで話があるから付き合いなさいこの変態。」
ヴィシャのことを話したら良いのだろうか。もう死んでるし、あれは偶然の産物……俺が一度殺されたから出来たものだというのに。
扉を開けて部屋に入ると先程までの小汚い空間とは違い、清潔な部屋であった。そして奥には厳重そうにガラスケースの中に聖釘が収められていた。
「終わってみるとあっさりだったな。夢野と磯上のおかげだよ。」
磯上は得意げな顔で、夢野は恥ずかしそうにしていた。あとは帰るだけだ。ガラスケースをとって部屋を出る。するとガコンという音がしてプシューと何かガスが注入されているような音がした。剣は反射的にガス探知機を投げこむと、警報音が鳴り響く。
「あれ毒ガスですね。早く逃げないと死にます。」
剣はそういうと駆け出した。
「ちょ、剣置いてくなって!悪い境野!お前なら逃げれるだろうし俺も先行くわ!!」
磯上もやたらフォームの良い走りで去っていった。
「ちょ、ちょっと男子ふざけないでよ!へ、変態!!あんたまで先に逃げたら一生恨むわよ!!」
時間がない、俺たちはこの場を急いででなくてはならない。
「高橋、夢野か伊集院を抱えて走れるか!?」
あぁと答え高橋は近くにいた伊集院を抱える。俺は夢野を抱きかかえて急いで駆け抜ける。だが予想以上に高橋たちが遅い。
「ちょっと高橋!変態より大分遅いじゃないの!そういうアタッチメントなのに脚の速さで負けて恥ずかしくないの!?」
「う、うるせぇ!お前が重たいんだよ!!」
辺りを見るとガスが出ているのは先程の部屋だけではなかった。辺りからも出ている。これは先に行った剣や磯上も無事に済まないのでないか?いや、よく見るとワカメが大量に天井から生えている。このガスは空気よりも重たく充満していっているので、磯上は天井からワカメを生やして移動したのだ。下の方に溜まるガスから逃げるために。ならば大丈夫そうだ。一緒にいるであろう剣と無事に脱出しているだろう。俺たちも同じことが……できそうにはない。ワカメにぶら下がり移動と簡単に言うがそれはかなりの筋力がいる。彼女たちにそれが可能であるか疑問だ。
「境野!あたしたちのことは良いから先に行け!」
高橋がそう叫んだ。確かに夢野一人なら確実に助けることができる。だが更に二人となると難しいかもしれない。
「ま、待ちなさいよ……わたしを……見捨てるつもりなの……。」
時間がない。仕方ない。最後の手段だ。俺は夢野を抱えて高橋の方へと走る。
「バカ!お前こっちに来てどうすんだ!」
夢野はもう予知で分かったのか足元に伏せた。
「高橋と伊集院も夢野みたいに伏せてくれ、早く!」
二人が伏せたのを確認すると俺は両手を天井に向けた。この上は確か運動場、そして今日この時間、他の人たちは筋トレで誰も使用していない。そういえばこの三人には見せたことがなかった。俺の能力は別に怪力というわけではないということに。力をイメージする。あの山での練習……いやもっと激しく力強い手本があった。仁が俺に最後に見せた戦い。あれを俺はこの手に再現する。手の先に光の束が集まっていく。それはまるで行き場所を求め彷徨う巡礼者のように。光は集い、放たれるその瞬間を待ち望んでいるかのように。
「ぶち抜けぇええええええ!!」
俺は叫んだ。刹那、両手に集まった光が解放されたかのように発射される。それは光の剣、破壊の光線。漫画やアニメでよく見る超高密度のエネルギーの塊が、空を穿つように世界を切り裂いた。天井に向けたのは脱出するため。そのつもりだったのだが、予想を超えた威力で発射された光は天井の地盤を吹き飛ばした。青空が見える。俺は三人を一人ずつ掴んで上に投げ飛ばし、最後に俺自身は跳躍する。空中で悲鳴をあげる三人を掴んで地面に降りた。
「ふぅ……まさかこんなことをすることに、なるなんて。」
俺はため息をついてその場に座り込んだ。夢野が黙って震えながら俺にしがみついてきて離さない。
「さ、さ、境野、お前!やる前に一言言えよ!!本気で死ぬかと思ったぞ!!」
時間がなかったし、説明して理解してもらえるかというのがあった。それに……。
土砂崩れの音がした。あんな地下に突然大穴が開くのだ。仮に能力を見せて説明をしても急いで脱出しなくては土砂崩れに巻き込まれて助からなかっただろう。
剣と磯上が駆け寄ってくる。二人とも無事だったようだ。
「派手にやったなぁ、これ学校から怒られない?」
「大丈夫でしょう、そもそも毒ガスを流すようにしてる学校側に非があります。」
二人とも呑気に運動場に空いた大穴の心配をしていた。
「お前らなぁ……真っ先に逃げ出しといて言うことはないのかよ。」
高橋が苛つきながら非難するが剣は涼しい顔をして答える。
「本当に悪いと思いますが、僕はいても邪魔なだけですから脱出を優先しただけです。境野くんが何とかするだろうと思ったので。」
剣のその言葉に磯上も調子よく同調した。まぁ実際あの場にこの二人がいたら脱出が遅れて土砂崩れに巻き込まれていたかもしれないのは事実、論理的に考えたら二人は真っ先にこうして単独で脱出できる能力があったのならそれが正解ではあるのだ。ただ……そんなことは分かっていても気持ちの問題もある。だからか高橋も理屈は分かるけども納得いかない様子で苛ついた態度をとりながらも、「そりゃそうだな!」と投げやりになった。しかし、この授業は確か対抗戦に向けての練習のはずなのに、陰悪な雰囲気になっていいのだろうか……。当の二人はまるで気にしていない。俺は怒る高橋をなだめた。
実際のところ今回の目的は二人がいないとできなかった。誰一人欠けても達成できなかったのだ。もっとそういうことを主張すれば良いのに不器用な連中だ……。やがて運動所に出来た大穴の存在に職員たちがやってくる。説明するのが面倒なので突然地盤沈下が起きたということにして、その場は誤魔化して今日の授業は終えることにしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます