無線交信、伝播する悪意
俺たちはカラオケ店にいる。状況が状況であったので、今日はもう帰って落ち着いてから出どうだと伊集院に勧めたが、意地になっているのか説明をさせて欲しいと言うので、場を設けたということだ。何故カラオケ店かというと……個室だからである。
「まず、初めに伝えておくとけど……誤解してしまったことについては謝るわ、ごめんなさい。」
目を真っ赤に腫らして伊集院は謝った。こんな姿、他人に見られたら誤解される、だからなるべく人目のつかないところを選んだのだ。続けて伊集院は説明をした。自分の力を隠していたこと。自分の本当のアタッチメントは血液操作、自身の血液が触れた生き物全てを操作する能力であるという。その対象は自身も含まれており、自身の血液を操作して血液を大量に生産することで、先程の芸当が可能であるというのだ。当然レベルも嘘である。試験の数値を誤魔化して、自身の本当のレベルを隠していたのだ。彼女の本来のレベルは本人談では同じクラスの鬼龍に匹敵してもおかしくないレベルらしい。鬼龍というのを俺は知らないのだが、高橋の反応を見ると多分凄いんだろう。
「しかし試験のレベルを誤魔化すことなんて可能なのか?」
俺の疑問に伊集院は沈黙する。何か言いたげだが口にするのが憚られているような印象を受けた。それに他にも疑問がある。タトゥーシールを見せて俺の反応を窺い襲ってきた理由、スマホを見て突然誤解が解けた理由、そして誰と勘違いしたのかということだ。伊集院は怯えた子猫のように弱気な表情で、絶対に誰にも言わないということを約束してくれるならという条件で口を開いた。
「あいつ……無線機のあいつが送りつけたのよ。これを使えばレベルを低い数値で検測されるって。そうすれば高すぎるレベルも隠せて学校では目立たないって。私は最初平均レベルまで落ちると思ってたのに一桁にまで落ちたの……。わたしはそれに抗議したの、こんな低レベルだとみんなにバカにされるって、そしたらあいつなんて言ったと思う……?優等生が落第生の振りをするなんて最高に笑えるじゃないかだって!それから報告するのに自分がどんな目に遭ってるかまで報告しろとか言い出して、その度にあいつは笑ってたのよ!あぁ、イライラする……!あんただって分かるでしょ私の気持ち、あんなこと出来るんだから本当は高レベルなくせに何かの手違いで6班になって!実力が認められないで蔑ろにされる私の気持ちが!!」
堰を切ったように"あいつ"について伊集院は語りだした。今まであいつにどれだけ苛つかされたか、レベルのことだけではなく、他にも色々と無茶な命令を与えられ、意味のわからないことをやらされて、その度に笑われていたということ。何故そこまでやるのか、その理由は明白だった。
「脅迫されているのよ……あいつの指示に従わないと全てをばらすって……。」
伊集院には人には言えない弱みがある。それを隠すために無線機の男からの命令を受けていたのだ。無線機の男とは面識がなく、突然無線機とある写真が送りつけられて、どこから調べたのか自分のスマホにメッセージが来たらしい。そこからが地獄の始まりだった。
「タトゥーは何の意味があったんだ?」
「あいつが言ってたの……タトゥーのある奴を見かけたら距離をおけって。」
普通に考えたらタトゥー入れてるやつなんて近づきたくはない。だが"あいつ"は別の意味を含んでいるような言い回しだったという。だから敢えてタトゥーを見せて、伊集院自身がタトゥーの持ち主だと分かったら、普通の反応とは違う反応をするだろう。そう考えたようだ。
実際、俺もそうだった。タトゥーには反社会的イメージやファッションのイメージがある。だが俺はタトゥーを見て、こいつが亡霊だったのかと、まるで探しものを見つけたかのような反応をしたのだ。それは普通の反応ではない。
伊集院の置かれている状況を大体聞いて沈黙する。敢えて聞かないが伊集院は言っていないことがある。それは先程、涙を流して身体を震わせ、全てに絶望したような表情で俺を見つめていたことだ。先程の話だけで"あいつ"に対してそこまで恐怖感を抱く理由が分からない。それはつまり、脅迫とは言っているが、彼女に対して何らかの危害もあったのだろう。それは肉体的なものではなく、精神的に深いトラウマを与え、絶対に服従しなくてはならないと思わせるほどに辛いことを。今も怯える伊集院を見る。見えない相手に怯え毎日を過ごしていた彼女の心境はいかなるものだったか、それは決して許せないものだと心の底から怒りが湧いた。
「……しかしよ、その話を聞く限りだとその"あいつ"ってのは誰なんだ?」
高橋は俺と同じ疑問を口にした。そう、一つ疑問が残る。亡霊が学校に潜んでいる。それが仁の言葉だったが、"あいつ"は亡霊ではないように見える。タトゥーのある者……つまり亡霊と距離を置け、と伊集院に伝えているということは、亡霊と接触してほしくなかったのだ。もし仮に"あいつ"が亡霊であるならば矛盾が生じるのだ。伊集院は知らないわよそんなの……と愚痴のように零した。
「それともう一つ疑問があった。なんで俺と"無線機のあいつ"を勘違いしたんだ?」
先程の話だと、そもそも"あいつ"を特定する材料が無い気がする。その点についても疑問だった。
「それは簡単な話よ、今日"あいつ"の仲間が学校にくると聞いてたの、つまりあなたの妹、境野サキのことしか考えられないじゃない。」
「えっ───。」
サキが"あいつ"の仲間……?サキがそん……いや……俺はサキのことを全然知らない。突然一週間前に現れて、何故か妹ということになっていて、母さんもそれを受け入れていて……。
「そりゃねぇだろ、だって境野の妹なんだろ?昔から知ってる奴がなんでそんなわけわかんねぇ奴の……境野?」
「……ない………。」
高橋は俺の様子がおかしいことに気が付き、怪訝な表情を浮かべた。
「俺はサキのことを何も知らない。」
境野サキ、それは一週間前に突然現れ、今もなお、どんな人物なのかはっきりしていないのだ。兄である俺でさえ分からないほどの。
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