鮮血影像、真紅の魔嬢

 「それで今日はどうするよ。」

 放課後、高橋と夢野と俺で集まり亡霊について話をする。俺はAI仁から聞いた恩恵について二人に説明した。高橋は体育の時間とかに一応確認するが下着の下とかだと分からねぇな……と愚痴を零した。そもそもタトゥーなんてのは校則違反なわけで、まず目立たないところにあるだろう。

 「いつまで教室に残っているのよ、あ、あなたたち全員帰宅部でしょう。早く帰りなさいよ……。」

 伊集院がやってきて俺たちに注意する。高橋は不機嫌そうに伊集院を睨みつけた。

 「あたしらが放課後教室にいつまでいようが勝手だろうが、さっきから何なんだお前。」

 高橋は伊集院に詰め寄るが伊集院はまったく気圧される様子ではない。しかし伊集院……俺の記憶ではクラスでいつも一人だった女子は夢野一人だけだったはずだ。伊集院は友人と一緒にいるところを見たことがない。かといって高橋のような不良だったらそれはそれで印象が残っているはずだ。なぜ伊集院だけ記憶にないのだろう。

 「まぁ確かに放課後いつまでも教室に残るのは一応校則で禁じられてるし、続きは他所で話せば良いんじゃないかな。」

 一触即発の空気を察し、早いところ別の場所に行くことを提案した。高橋も俺の提案を聞いてカラオケにでも行こうぜと機嫌良くカバンを手に取る。

 「ま、待ちなさいよ……境野は残りなさいよ。」

 伊集院は帰ろうとする俺の服を引っ張る。何か用事でもあるのだろうか。だが返事をする前に高橋が俺と伊集院の間に割って入ってきた。

 「悪いな伊集院、境野はもうあたしが予約済みなんだ。また今度にしようや。」

 俺と伊集院の間に立ったので表情が読めないが相当苛立ってるのが分かった。実際、今日の伊集院は何かおかしい。いつもならこんなに絡んで来ないのに……。

 「た、高橋……伊集院も何か理由があるかもしれないし……。」

 「理由があるなら今ここで話せば良いだろ、あたしらがいると困るのか伊集院?」

 高橋の脅し文句に対して伊集院はため息をついた。

 「わ、わかったわよ。それじゃあちょっと人気のないところ……校舎裏の緑地なんてどう……人目にはつきたくないのよ。」

 校舎裏の緑地とは木々に囲まれた公園のようなところだ。将来何か建物を立てる計画があるらしいのだが放置され今は学生の憩いの地になっている。昼休憩は割と人がいるのだが、あくまで空き地なので照明などがなく日の暮れる放課後には人気はほとんどない。俺たちは伊集院を先頭にその緑地へと向かった。

 「それで?こんなところに境野を連れてきてどうすんだ?」

 高橋は苛つきながら伊集院に対して質問をした。それを聞いて伊集院は大げさにため息をついた。そして上着を脱ぎだした。俺たちは伊集院の突然の行動に戸惑ったが、露わになった下着姿のまま更に左腕に巻かれた包帯を解く。

 「境野……これに見覚えはある?」

  伊集院の左腕にはタトゥーのような紋様があった。これは……。

 「お前……それは……。」

 俺の反応を肯定と見たのか伊集院は口角を歪めた。得も言われぬ表情だった。その目の奥には怒りと憎しみと怖れと喜びが入り混じったような、そして獲物を見つけた肉食獣のように、伊集院の白い歯が見えた。

 「てめぇがそうだったのかよ!」

 高橋の蹴りが容赦なく伊集院の頭部に向けて放たれる。だがそれはすんでのところで止まった。

 「さっきからうるさいわね……あんたは関係ないんだから引っ込んでなさいよ、不良のクズがうっとおしい……!」

 夢野の悲鳴が聞こえた。その瞬間、高橋は地面に叩きつけられたかのように倒れた。一体何が起きたというのだ。

 「あぁ、そこの根暗女は未来予知だっけ?落ちこぼれにはぴったりのクソみたいに短い予知だけど、それでも面倒くさいのは変わりないわね。」

 伊集院はナイフをスカートから取り出した。そして自分の胸を突き刺す。夢野は声にならない悲鳴をあげて俺にしがみついた。胸から溢れ出した血液は噴水のように伊集院の周りを染めあげる。なんだあれは、伊集院のアタッチメントは血液が触れた相手を不機嫌にさせるのではなかったのか。

 「境野……お前だけは許さないわ。このクズは知らないけど夢野とは随分仲良さそうじゃない。あなたの前でまずは夢野を殺したら、きっと私はすっきりするでしょうね。」

 噴水のように溢れ出る血液は形作られた。それはまるで城のようだった。純血の城……人の致死量をとうに越えている血液が伊集院の周りへと集まっていく。

 「あぁ……本気を出すってこんなに気持ちがいいことだったのね、今まで雑魚の振りをして、偽物の自分を演じて、馬鹿みたいにヘコヘコして、クソみたいな連中に見下されて……!あぁ思い出すだけで苛立つ。境野、あんたはさぞ面白かったでしょうね?わたしが惨めにクズどもに見下され、辱められ、蔑ろにされるのを見て。楽しかった?趣味の悪いあんたのことだから、あんたが傍にいることも気がつかず、馬鹿みたいに毎日付き合ってた私を見て、楽しかった!!?」

 やがて血液は槍状になり空に並んだ。一面に真紅の槍。それはまるで断頭台のように。

 「高橋も夢野もあんたもまとめて殺してやるよ!ざまぁみやがれ!!」

 真紅の槍はまるで解放されたかのように重力に従い落下した。このままでは夢野と高橋が串刺しになってしまう。俺は全力で夢野を背負い高橋を担いで、この場から立ち去ろうとした。が、動かない。何が起きたのか。

 「ふぅん、やっぱり高橋も大事なんだ。あんたにそんな人間的な感情があるとは思わなかったけど、だからこそこうして苦しめて殺せるのは約得ね。」

 真紅の槍が迫ってくる。そういえば高橋も突然静止し地面に叩きつけられた。伊集院の恩恵によるものなのだろうか。そんな分析をしてる暇もない、迫ってくる矢に対して動けない自分、このままではまずい。

 『力を集中して想像するんだ、この世界の全てを、そしてそれを引き裂く自分の姿を。』

 仁の言葉が突然脳裏に走り出した。世界の全てを引き裂く自分の姿……高橋を縛る恩恵を壊す自分の姿を。脳裏に走り出すイメージは俺の全神経を駆け巡り反芻する。そして知る。この緑地に仕組まれた罠を。血液は目の前の城だけではない。緑地全体にまるで根のように入り組んで、それはか細い糸のように高橋の身体に絡みついていた。であるならば、この糸を全て切断すればそれで済む話だ。俺は高橋に絡みつく血の糸の両端を掴み思い切り引っ張った。それは元の血液に戻り液体となって地面に染み込む。そして俺は残った糸を束ねて、地面に張り巡らされた血の根を引き上げた。一際巨大なものを見つけ地面を叩きつける。瞬間、埋め込まれた血の根は全て破砕した。

 瞬間、高橋の身体が軽くなり自由に身体が動く。だがもう遅い。目の前に真紅の槍が迫ってきている。逃げられないのなら迎撃しなくてはならない。俺は地面を掴み思い切り空に向けて投げつけた。それは孤を描く、砂のヴェールとなり、凄まじい速度で巻き上がる大地の表面は一つの壁となって真紅の槍全てに叩きつけられる。全ての槍はその衝撃を受けて、四散した。

 伊集院は愕然としていた。敵は強大である。それは自覚していた。だから入念に準備をして、確実に仕留めることができるように罠も張り巡らせた。だが罠は全て一瞬にして破壊され、真紅の槍は全て霧散した。何をされた?それが感想だった。そして自覚し絶望する。自らの犯してしまったことに。早まったことをしたことに。境野が自分を見ている。頭の中がぐらぐらと世界がまるでメリーゴーランドのように回転しだす。───殺される、しかも惨たらしく、死を懇願するほど惨めに。呼吸が安定しない、逃げなくてはならない、だがどこに?どこに逃げても同じだ、いやこの男のことだ、ドブネズミのように逃げ回る自分を追い立てることすら楽しんで、残酷に───。

 「伊集院……多分だけどお前、人違いしてないか?」

 涙を流し歯をガタガタと鳴らして震える伊集院を見る。明らかに様子がおかしいし、それにさっき一瞬だけこの緑地を把握したときに見えた。伊集院のタトゥーはタトゥーシールで偽物だ。勿論別の部位にタトゥーがあるというわけでもない。何よりも伊集院の魂は俺や高橋、夢野と同じ色だった。仁の言う魂の観測───意図してやったものではないので、もう出来ないが、一瞬だけ見えたのだ。

 「わ、わ、私を殺すんでしょう!!そんな顔して安心させたところで絶望に叩き落とすのがあんたのやり方だものね!!殺すならひと思いにやりなさいよ!!」

 錯乱する伊集院をなだめるのにどうすれば良いのか、どうすれば信用してもらえるのか分からない。俺と伊集院は噛み合わないやりとりをしていると、スマホが鳴り出す。目覚まし音のようなアラームだ。伊集院のポケットからだ。伊集院は混乱した様子でスマホを取り出す。スマホの画面を見て伊集院は慌ててなにやらメッセージを入力し始めた。そしてそんなやり取りがしばらく続いて、伊集院は深いため息をつきその場に崩れ落ちた。

 「あ、う……うぁぁぁぁ……!!た……たすかったぁぁぁ……!!あぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 そして、まるで幼児のように泣き出した。とりあえず誤解は解けたようだが、どうすれば良いんだこれ……。泣き喚く伊集院を見ながら俺たちは唖然としていた。

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