たとえ全てが夢に消えたとしても

転校生、虚構からの使者

 教室に入り軽井沢を探す。あの調子だと面白おかしく伝聞している可能性が高いからだ。───見つけた。こちらを見てニヤついている。

 「よっす、境野っち彼女にはちゃんと説明したっすか~?」

 軽井沢と話をしていた高橋もこちらを見た。高橋がこの時間にいるのは意外だ。これ以上、話がこじれないように落ち着いて説明をする。今朝の女生徒は妹であるということ、今日転校生としてくることになったということ……。

 「妹さんだったんすか、それはからかうのはちょっとかわいそうっすね、しかし……全然似てない兄妹っすね~」

 俺を見て軽井沢は答えた。正直俺も妹の実感がないのでそういうこと言われるとなおさら邪推してしまう。親違いの隠し子とか……?

 「でも妹と仲良いのは微笑ましいっすね、あーしも弟がいるから気持ちは分かるっすよ~」

 軽井沢にも小学生の弟がいるらしく懐かれていてかわいくて仕方ないらしい。小学生の弟と高校生の妹を一緒にするのはどうかと思うが。そもそも俺からすると一週間前に突然現れた妹なので愛着も何もない。どう付き合えば良いのかさえも分からないのだ。

 伊集院は俺たちのそんな他愛のない会話に耳を傾けていた。兄と妹の仲が良いのが微笑ましい?とんだ世迷い言だ。兄である伊集院弦のことを考える。兄……いやあの男のせいで自分はこんな目に遭っているというのに、仲が良いも何もない。思い出すだけで胸がムカムカし苛立つ存在だ。スマホが突然震えだす。自分に来る連絡なんて兄絡みか無線機のあいつからの連絡しかない。憂鬱な気持ちでメッセージを見ると無線機のあいつからのメッセージだった。

 『今日から君の仲間が一人増える、誰かは教えないが仲良くしたまえ。』

 仲間だなんて言い方をしているが要は自分だけでは信用できないから、きちんとした人間を派遣してきたのだろう。私への監視も含めて。仲良くしろと言いながら誰か教えないのがその証拠だ。───いや、待て。今日から増える?今日から?先程の軽井沢と境野の会話を思い出す。境野の妹が転校してくる……。ということはその妹があの男が派遣した仲間ということではないか。それだけではない、その兄である境野もまた関係者ではないか?あの男がそんな杜撰なことをするだろうかというのも頭によぎったが、適当なことをして振り回される私を平気で嘲笑うような人間であることから、ありえなくもない。私は意を決して昼休みにでも境野と接触することにした。

何、いつも一人で食事をしている男だ。私のような女生徒から声をかければすぐに陥落するだろう。

 昼休み、いつもどおりコソコソと弁当を取り出し食べていると夢野が申し訳無さそうに目の前に立ってもじもじとしていた。

 「トイレにでも行きたいの?」

 俺の言葉に「ち、ちがいます……。」と小さく返事をしてから夢野は言葉を続けた。

 「わ、わたしなんかと一緒に食事をしたら……変に誤解されちゃうのいやですよね……だからその……うぅ……きょうは……ぉわかれを……。」

 段々と声に力がなくなっていき、涙混じりで鼻水をすすりながら絞り出すような声だった。そして表情はいつも以上に暗く、必死に泣き出すのをこらえているようだ。何のことかと思ったが先週、軽井沢にからかわれたことを言っているのだと察した。

 「いや、別に気にしてないから座ってよ。」

 そんな顔されると断るに断れない。まぁ断るつもりは毛頭ないのだが。俺は椅子を引っ張り出していつも夢野が座っているところに置いた。夢野はそれを聞いてパァッと表情を明るくして嬉々として座る。

 「やっぱり……境野さんは……ともだちです……。」

 今更なことをと思いながら、いつもどおり食事を続け……ようと思ったんだが今度は伊集院が目の前に立っている。珍しいなと思いつつも、何か用があるのかと問いかけると、伊集院は怒るように答えた。

 「あ、あんたたち、何でそんな仲良く食事してんのよ!いつも一人だったくせに……おかげで話しかけづらいじゃない!」

 理不尽な怒りを浴びせてくる伊集院だが無言で俺の隣につき、弁当を取り出す。

 「勘違いしないでよ、私はあなた達なんかと仲良くするつもりなんて、ないんだから……そう、これは仕方なくよ、並んで食事することに、か……感謝しなさい。」

 別に一緒に食事したいなんて頼んだ覚えはない。そういえば夢野がこの間、伊集院を食事に誘ったが酷く断られたと言っていた。念願叶った夢野はどんな心境なのかと見てみると、露骨に迷惑そうな顔をしていた。まぁ一度落ちた印象は中々払拭されないよな……。

 「おう、わりぃ遅くなった。購買混んでてさぁ、席寄せてくんね……あ?ヒス女じゃねぇかどうしたんだ?」

 高橋がパンを持ってやってくる。その姿に伊集院は信じられないものを見たような表情を浮かべた。

 「た、た、高橋!?な、なによ……お金なんかないわよ!わたしにパシリでもやらせるつもりなんでしょう!正体を表したわね!!」

 伊集院が高橋を指さしてヒステリックに叫んだ。

 「はぁ?何いってんだお前、食事中は静かにしろよ。」

 それでさーと高橋は何事もなかったかのように俺たちと談笑をはじめた。それを見て伊集院は身体を震わせて唖然としている。

 「む、無視するの!?この私を!!?ゆ、許されないわ……やっぱり不良は……どうせ境野もいやらしいことをして籠絡したんでしょう!!」

 伊集院のその言葉が高橋の逆鱗に触れたのかドスをきかせた声で「あ?」と答えて睨みつけた。それに夢野が「ひっ!」と叫んで俺にしがみつく。夢野の反応に高橋は冷静さを取り戻したのかすぐに調子を取り戻し、いつもの調子で話し出す。

 「なんかよく分からねーけど、ケンカ売りてぇならこいつらのいないところで買うから今は大人しくしてくんねーか。」

 そう言って夢野に菓子パンの破片を差し出す。夢野は震えながら受け取って食べた。まるで臆病な小動物を手懐けようとする飼育員のようだ……。伊集院は不機嫌そうな態度だが席から離れようとしない。何か用事でもあるのだろうか。

 「お兄ちゃん、何してるの?」

 俺はため息を吐いて天井を見上げる。来るか来ないかは個人的には半々だったが、実際に来られると反応に困る。

 「サキ……見れば分かるだろ……昼食をとってるんだ。」

 「だったらその女の手を振り払ってよー!!」

 夢野を指さしてサキは叫んだ。本当に勘弁してほしい。夢野はひぃぃと叫びながら俺にしがみつく手に力を入れて更に身体を寄せてくるし、高橋は何だコイツと戸惑いながらサキを見ている。伊集院は何なのよあんたはと俺に詰め寄ってくるし、騒ぎを聞きつけた軽井沢がやってきて何故か俺の腕にしがみつき、サキを挑発する。頭が痛い……。助けを求めるように周囲を見渡すと無限谷が腹を抱えて笑っているのが見えた。

 ───

 「取り乱してすいませんでした、私は境野サキ、兄がお世話になっています。」

 しばらくの騒動のあと、ようやく落ち着いたサキは自己紹介をした。

 「サキちゃんっすね、よろっす。あーしは軽井沢っすよ〜」

 いつの間にか話に入ってきた軽井沢が自己紹介をした。続けて高橋、夢野、伊集院も名前を名乗る。

 「転校してきたって聞いたけど初日に兄貴のクラスに来るか普通?同級生に誘われたりとかするだろ。」

 高橋はもっともな疑問をサキにぶつけた。いいぞ、毎回昼休みに来られると俺のメンタルもきつい。

 「兄が学校でどんな人と付き合っているか気になって……素敵な関係を築いているようで何よりです。」

 意外な答えだった。いや、妹なら当然のことだったかもしれない。同じ学校に通うのだから兄の交友関係を知りたいのは自然なことだ。教室の出入り口を見ると下級生たちが覗いていた。つまりそういうことなのだ。サキは俺に手を振って下級生たちのもとへと走り去っていった。

 「なんだよ、ブラコン気味ではあるかもしれねぇか、いい妹じゃねぇか。」

 高橋はそんなサキの姿を見て感心していた。

 「いい妹過ぎてつまらないっすよ〜せっかくあーしも境野っちにボディタッチしたのに損した気分っす。」

 心底残念そうに軽井沢は呟いた。こいつという奴は……。そのまま軽井沢も交えて昼食を終えて昼休憩は終わった。その間、伊集院は俺をずっと睨みつけていた。俺は一体、伊集院に、どんな恨みを買ってしまったのだろう……。

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