探偵の足掻き、愛のスーベニア

 俺は一人山にいた。昨日のうちあげであったクラス対抗戦、それに向けてというのもあるが、これから亡霊と戦うために自分に身についている力を確認しなければならない。この間、確認したのは怪力、手からビーム、炎と水を出すといったことだが他にできることはないのだろうか。仁と一緒にやった次元を裂くという技についてだが、あれから何度やっても出来ない。あれはああいう特殊な空間だから出来た技なのだろうか。

 スマホが鳴った。見るとユーシーからメッセージが来ている。今、暇ならば事務所に来て欲しいということだ。夢野の言葉を思い出す。ユーシーを完全に信用するのはよくない、だが半分は味方であると思っていい。今、仁や亡霊との繋がりは彼女しかいない。俺は警戒しつつも保険をかけて事務所へと向かうことにしたのだ。

 「ありがとう、土曜日なのに来てくれて。仁のパソコンを解析してたんだけど、ちょっと気になるのがあって……見て頂戴。」

 ユーシーに言われパソコンの画面を見つめる。そこにはメールソフトが立ち上がっていた。そしていくつかのメールのやり取りがある。その中には境野連、俺の名前もあった。

 「見てのとおり、あなたの名前があるわね。内容を見てみなさい。」

 俺は言われるがままに内容を見る。

 『タイトル:はじめまして 内容:突然こんなメールを送られて困惑するかもしれない、だがとても大事な話だ。立ち話で良いので話をしよう。メールでは伝えられない、記録に残るからな。』

 『タイトル:この間は有意義だった 内容:素敵な時間だった。俺たちは同志だ。ともに俺たちで生き続けよう。こんなくるった世界を。』

 『タイトル:産まれたものについて 内容:あれから数日経ったが調子はどうだろうか。あれはこの世にいてはならない。経過を確認したら始末しよう。』

 『タイトル:亡霊について 内容:連、この間に話をした内容についてだが亡霊の目的はハッキリした。狙いはお前だ。詳しくはいつもの場所で話そう。安心しろ、お前は俺が必ず守る。』

 『タイトル:無題 内容:俺が分かるか。返事をくれ。』

 『タイトル:無題 内容:頼む。お前には生きていて欲しいんだ、気づいたら一言でいい。』

 『タイトル:無題 内容:俺は亡霊を潰すために準備を始める。もしもまだこのメッセージが届いているなら、もう一度お前と肩を並べたかった。さようなら、我が親友。』

 俺はパソコンから目を伏せた。俺の知らない仁とのやりとりだ。詳しくは分からない。だが仁と俺は何かがきっかけでともに行動していたのだ。そして仁は俺を守ろうとしていた。公園での再会で仁は一体何を思っていたのだろう。今となってはもう分からない。

 「この連という相手はあなたで間違いないの?」

 ユーシーは優しく問いかけた。俺は黙って頷く。その瞬間俺は床に叩きつけられ関節を極められた。

 「ぐっ……がっ……!」

 俺は思わずうめき声をあげた。ユーシーは体重をかけて俺を締め付ける。

 「質問に答えないと一本ずつ骨を折るわ、まず一つ。あなたと仁の関係を答えなさい。」

 優しくなでるように指をなぞられる。今からここを折るという予告だ。

 「仁さんと俺の関係は……分からない……このメールも初めて見たんだ。知っているのは公園で出会って、探偵をしているというだけだ。」

 俺の答えにユーシーはしばらく沈黙する。

 「二つ、仁から何かを受け取っているのなら渡しなさい。」

 「名刺を受け取ったくらいだ!他にはなにもない!」

 「それはどこにあるのかしら。」

 「確か……ポケットに。」

 ユーシーに押し倒された状態のまま、俺のポケットをユーシーの手が弄る。細い指は俺のポケットの中を這い回り獲物を見つける。ポケットからするりと仁の名刺が抜き取られた。

 「これは……ふん、仁のやつよっぽどあんたが大事だったのね。」

 仁の名刺を見てユーシーは納得いったような声を出した。

 「最後に、あなたにとって仁はなんなの?」

 「仁さんが何って……よく分からないけど助けてくれた恩人でしかないよ!」

 俺の言葉を聞いてユーシーは力をゆるめた。どうやら誤解は解けたらしい。

 「ごめんなさい、仁には敵が多いから警戒するに越したことはないの。仁の名刺は返すわ。大事にしなさい。」

 ユーシーから名刺を返してもらった。ユーシーの話によるとこの名刺自体に仁の結界術が施されており、この名刺がある限り魑魅魍魎の類から身を守れるということだ。魑魅魍魎なんているのかと聞くと、当たり前のようにそうだとユーシーは答える。この世界は前の世界と異なる世界であると改めて思った。似て非なるものなのだ。

 「しかし記憶がないのならこのメッセージの意味は分からないわね。何か手がかりになればと思ったけど……。ただ亡霊はあなたを狙っているというのはよくわからないわね。」

 亡霊は各地で暗躍する組織ではあるが個人に執着するのは珍しいということだ。勿論ないというわけではない。例えば巨大組織のリーダーや高貴な血筋の人物……どれも俺には当てはまらないものである。

 俺は立ち上がってユーシーが復元したメールの履歴を眺める。送信トレイは俺やユーシーとのやりとりくらいしかない。受信トレイは迷惑メールやら通販サイトからのメッセージなどばかりだ。何か見落としがあるのかもしれない。俺は受信トレイやゴミ箱など色々見てまわった。

 「あーダメよ、私も隅々まで見たんだけど全然なし。あいつは相当警戒してたみたいで小さい話でも口頭で済ませてたみたいね。」

 愚痴のように呟いてユーシーはソファに転がり込んだ。気にせずに俺はメールを見続ける。するとポコンッとメールが一通届いた。一体何なんだろう。メールの送信元は……無明仁だった。メッセージを開くと突然パソコンがガリガリと音を立てる。そして一つのアプリケーションが立ち上がった。

 「よう、聞こえてるかレン、お前ならここまで辿り着くと信じていたぜ。」

 画面には仁の姿がうつっており、俺に向かって話しかけてきたのだ。ユーシーは飛び起き、パソコンに食らいつく。

 「仁!あんた何してんのよ!!連絡も寄越さずに!!」

 だが仁は反応しない。当然だ、これはただの機械。本物の仁ではないのだから。

 「できればレン一人のが良いんだが、周りに人がいる可能性も考慮するぞ。一番可能性が高いのは……やはりユーシーか?あいつとはしばらく連絡をとってねぇからなぁ。」

 画面の先の仁は笑いながら答えた。そして仁は話を続ける。察していたことだがこれはただのアプリケーション、AIの類で本物ではないと。そしてこれを見ているということは既に仁は死んでいるということだ。残念ながら口頭で俺に伝えてきたことはAIには残してはいない。亡霊に知られるとまずいからだ。ではなぜこうしてAIというかたちで残したのかというと、仁がいなくなっても一人で亡霊に立ち向かえるようサポートするということだ。仁のコネクション、人間関係を活用できるようになるのも一つである。

 「特にユーシーのやつは疑い深いからな、俺……もといAI仁を見せてやってお前が信用に値することを教えてやってくれ。というか見てるかユーシー?お前のことだから突然襲ったりとかしてねーよなー?」

 バツの悪そうにユーシーは顔を伏せるがパソコンから離れて落ち着きを取り戻す。

 「レン、スマホはもっているな?そいつを俺のパソコンにUSBで接続しろ。ああ、Bluetoothは対応してねぇんだ悪いな。よし、それじゃあ今から俺をコピーしてスマホにインストールする。これでスマホを見せれば大抵の俺の知り合いからは信用得られるだろ。あーただ龍星会だけは気をつけろよ、あいつらからは恨みのが大きいからなぁ。」

 スマホが更新され仁アプリがインストールされた。タップすると仁が出てきた。何とも言えない気分だ。ユーシーも自分のスマホにUSBを使ってインストールをしようとする。

 「不明なデバイスが検出されたな。どれどれ……これはユーシーか。レンにインストールさせといて、あとでこっそり自分のスマホにも俺を入れようってか?そいつは通らねぇな、エロ画像でもプレゼントしてやるよ。」

 ユーシーはスマホを見て悲鳴をあげた。どんな画像を送りつけられたんだ……。仁アプリとの会話を終えてパソコンから離れる。仁は自分のコネクションを使えと言っていた。ユーシーの話だと仁はヤクザやマフィアといった裏社会は勿論、役所や大企業にもコネがあるらしい。ただどういう時に使えばいいか分からないし、役所、大企業と言われても具体的にどこのことを指すのか分からない。仁アプリにも具体的にそれが記録として残ってはいない。

 「まぁ裏の話だから記録には残さないほうがいいんでしょう、でも大丈夫、私は全部頭に入っているから。だからもし仁のコネクションを使いたいときが来たら、まず私に連絡しなさい。案内してあげる。」

 そして俺たちは事務所を整理し、本格的にここを活動拠点とすることにした。AIとはいえ仁さんがいるのも心強い。とはいえ結局亡霊の心当たりが無いのだが……AI仁に学校に潜む亡霊の探し方についてダメ元で聞いてみた。

 「ふむ、俺は機密保持のため亡霊がどいつかまでは記録してない。簡単な見分け方として修験道術による魂の観測が手っ取り早い。俺もしていた方法だがレンはできないだろうから素人でもやれる方法としては恩恵の有無を確認しろ。恩恵は身体のどこからタトゥーのように刻まれている。それが亡霊だ。」

 予想以上に具体的な答えが返ってきた。修験道術というのは当たり前だが使えない。だがタトゥーの有無なら簡単だ。勿論素でタトゥーの人もいるかもしれないが数は多くないに決まってる。一気に数が絞られるのだ。しかし恩恵とは一体何か、これについてはユーシーが教えてくれた。恩恵というのはアタッチメントとは違う、亡霊の連中が持っている特殊能力みたいなものらしい。ただそれは多種多様に渡るので、一目でこれはアタッチメントでこれは恩恵だと判別するのはできないらしい。


 ───東郷財閥私邸、東郷一族が持つ莫大な資産の一つであり、東郷幻弩とうごうげんとに与えられた私邸である。転校後、彼はまた絶大な力で学園を支配し信じられぬ速さで頂点へと君臨した。だが彼の心には達成感というものは無かった。未だに毎晩思い出す。境野連という男を。奴に与えられた屈辱を晴らさなくては、俺の未来に光はない。ボウルに入れられたワカメを鷲掴み口にする。

 「おい!ワカメが切れたぞ!!早くしろ!!」

 執事にワカメを補充するように命令する。東郷たるものワカメを摂るもの。ワカメを切らすのはあり得ないことだ。俺の身体に巻き付いていたワカメを食べた時、世界が変わった。最早ワカメがなくては生きていけない、ワカメとはそれほど……。

 「くそっ。」

 悪態をついた。ワカメがないと集中力も保たない。ワカメを食べながら応接室へと向かった。今日は大切な来客だ。

 「これは東郷様、今日は我々への出資感謝致しますよ。」

 彼の名は伊集院弦いじゅういんげん、いくつもの孤児院を運営している慈善家だ。突然、彼から資金繰りが難航しているので出資してほしいという申し出を受けた。調べてみると金の匂いどころか酷い不良債権だということが分かった。こんなゴミに出資する価値はない。とはいえ国内で有名な慈善家でもあるし、無下に断ると東郷家に泥を塗るおそれがある……丁重に断りを入れようと思ったのだが……何故かこの男の人柄に惹かれてしまい出資をしてしまった。ワカメを食べる。……ない。

 「おい執事!!はやくワカメを持って来いと言っただろ!!!」

 イライラする。どうして俺の周りには使えないゴミどもばかりなのか。

 「東郷様はワカメがお好きで?いやちょうどいい、実は私、今ワカメを持っていまして。どうぞお食べください。」

 伊集院はカバンからワカメを取り出して俺に渡す。ワカメをかじった。溢れ出る旨味に脳が快楽物質を分泌しスパークする。このワカメは素晴らしい。

 東郷は夢中になってワカメを貪り食う。まるで砂漠を彷徨う漂流者が偶然見つけたオアシスの水を啜るように。そんな姿を伊集院はただ黙って見つめていた。それはまるで夜の電灯に群がる憐れな虫けらを見るような目で。


 「サキ、何だその格好?」

 月曜日の朝、サキの格好を見て思った。俺と同じ学校の女子学生服を着ている。

 「前言ったじゃん、今日からあたしもお兄ちゃんと同じ学校に行くんだよ。」

 そういえばそんな話があったなと一週間前のことを思い出した。もう一週間か……長いような短いような、最初サキの存在に戸惑ったが慣れとは恐ろしいものだ。

 「母さん、弁当を二人分も作れるのか?無理なら……。」

 「弁当は一人分も二人分もそんな手間は変わらないのよ、ほら。」

 弁当を渡される。俺の弁当だけハートマークがある。まぁこれは二人分だと単純に労力が増えるからだろうが、それならもう付けなければ良いのにと思う。

 「学校でお兄ちゃんを困らせたらだめよ。」

 サキは分かってるーと言って登校の準備をしている。俺も荷物をまとめる。同じ学校だし一緒に登校することになるのか。

 「おい、腕を絡めるなよ。」

 登校中、サキはしきりに俺の腕を絡めようとしてくる。俺は恥ずかしいのでやめてほしい。ただでさえハートマークの弁当を毎日持っていっているというのに。

 「えー、何でよ、お兄ちゃん昔はよくこうしてたじゃん。」

 昔が分からない。改めて思うが俺はサキのことについてまったく分からない。朧げな記憶しかないクラスメイトや、本来出会わなかったであろう仁やユーシーはともかく、サキは妹と名乗っているのだ。そんな人間をなぜ俺は知らない?そしてなぜサキは俺の知らない昔を知っているのだ。

 「そんなのもう覚えてないよ……。」

 そう呟いた。サキはひどーい!と言いつつ腕を絡めようとするのをやめない。

 「よっす~境野っち登校時間に出会うの珍しいっすね。」

 この声は軽井沢だ。軽井沢とは登校時間一緒に出会うことはなかったのだが、この日はサキに合わせて登校したためか、たまたま一緒になってしまった。いよっす~と俺も挨拶を返したが、軽井沢は俺たちの姿を見て硬直している。

 「お、お……。」

 お?軽井沢は指をさして震えている。

 「また違う女連れてるぅぅぅぅ!!!!」

 軽井沢は走り去った。呆然とする妹を見る。なるほど確かにそうだ。今まで一人で登校してた男が突然女連れで腕絡めて歩いててしかも同じ学校の生徒だもんなぁ……。俺はこのあとの弁明を考えると憂鬱になりながらため息をついた。

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