祝勝の宴、次なる戦いの鐘

 俺たちは近所のファミレスに集まっていた。この間、二階堂が言っていた打ち上げに参加するためだ。事前に話があったとおり磯上、剣、伊集院は欠席している。俺の隣には夢野と高橋がいる。夢野はともかくとして高橋が隣りにいるのは亡霊が誰だか分からないからということだ。結局のところそれが6班で固まってるだけに見えてしまうのだが。

 「いや6班は仲がいいのだな!俺なんてろくにこいつ達と話をしたことがないぞ!!」

 「陽炎くんは単純に遅刻するわ休憩時間すぐに筋トレを始めるからではないか……?」

 「つーか教室の出入り口で懸垂するのやめてほしいっす、あれ女子から滅茶苦茶評判悪いっすよ~」

 「くさいのよね……夏場とか特に……。」

 この陽炎という男はクラスでは東郷とは別の意味で目立つ男だ。筋肉隆々の体力バカ……というのが外見上のイメージだが実はインテリでもあり二階堂よりも学力が上だという。クラスではとにかく浮いており、特に誰とも関わろうともしない。東郷に取り巻きになるよう言われたことがあったが、筋トレばかりして東郷をドン引きさせて以来、東郷すら関わろうとしなかった無敵の男だ。そういえば陽炎の前には水だけで何もない。

 「陽炎、何で水だけなんだ?」

 「筋肉に必要な食事は別に摂っているからだ!俺はこれで構わん!!」

 お前本当に何しに来たんだよと思いかけたが陽炎なりに二階堂に最低限の譲歩で付き合っているのだろう。そもそもこの男は今の時間、本来ならグラウンドを走っている。

 「まぁでも仲が良いのは本当だよね、君が高橋さんや夢野さんとそんな仲良かったのは、ちょっと意外だな。」

 意外というかまぁそもそもこの二人と絡みだしたのは数日前からなので当たり前といえば当たり前である。しかしよくよく考えてみると、俺がこの不思議な話だ、リサもそうだけど、俺が記憶しているのは日曜日、過去の世界に戻ったかと思ったら何かが違うこの世界に紛れ込んだことだけだ。だが周囲の反応を見ると俺は確かに日曜日以前にこの世界にいたようだ。記憶の欠落───仁の言葉を思い出す。欠落した記憶とは一体何なのか。だから俺は興味本位で聞いてみた。

 「意外って、どういう印象を持ってたの?」

 「え?答えづらいことを聞くなぁ……そうだなぁ、いつも一人でよくわからない人……かな?高橋さんや夢野さんと話しているところなんて見たことなかったし。あ、今はそんなこと思ってないよ!」

 リサの印象は俺の朧げな記憶と一致していた。だからこそ、それ以上のことは分からない。仁の話だとあの時の公園で出会う前から俺と仁は知り合いだったのだ。だが俺がこの世界の前にくる記憶では仁に該当する人間はいない。つまり仁の存在はこの少し変わった世界のキーパーソンではないかと思った。

 「でも意外と言えば意外っすよねぇ、境野っちいつから夢野さんと付き合ったんすか?」

 飲み物が喉につまり咳き込む。無限谷は俺を見て腹を抱えて笑いをこらえている。いきなりのことに思考がまとまらない。

 「まぁ境野くんが誰と付き合うかは勝手だがあまり教室でいちゃつかれるのはな……コホン。」

 二階堂まで何を言ってるんだ。無限谷はついにこらえきれず笑いだす。

 「ぁ……うぇ……ひゃぇ…………。」

 肝心の夢野は小さな奇声をあげて混乱していた。

 「い、いや!それは誤解だよ!」

 俺は誤解を解くために必死に否定するが軽井沢はニヤニヤと笑いながらまるで信用しない様子だ。

 「え~それは無理あるっすよ、普段から抱き合ってるじゃないっすか、てか隠したくても、そんな否定したら逆に彼女さんかわいそうっすよ~」

 軽井沢の言うことはあまりにも正論すぎる。夢野はようやく事態を把握したのか青ざめた顔で、俺と軽井沢たちの顔を交互に何度も見る。そして、席についてからずっと俺を抱いていた腕を離してゆっくりと離れていき……と、思いきや、また俺の身体を抱いた。

 「ぶはっ!!だ、だめだ!!もう無理っしょ!!夢野ちゃんとレニー面白すぎるっしょ!!」

 無限谷がもう限界とばかりにヒーヒーと苦しそうに笑いながら叫んだ。軽井沢は無限谷のそんな態度にどういうことっすか?と疑問を投げかける。

 「い、いや……ふぅ……レニーと夢野ちゃんが付き合ってない何てわかりきったことっしょ、レニーの表情見れば一目瞭然というか、あれ恋人に向ける目線じゃねーもん。そだろレニー?どちらかというとレニーは"別のもの"に夢中な感じしてるっしょ。」

 「えぇ~それって夢野ちゃんの片思いで境野っちは別に本命がいるってことっすか?それひどいっすよ~」

 軽井沢は言葉とは裏腹に嬉しそうに話を続けた。何というか女子はこういう話が好きなんだろうなとつくづく思う。いつのまにか夢野の片思いにされているし……。

 「いや、夢野も別にそんな目で見てないだろ。」

 突然の言葉に全員が振り返る。陽炎だ。

 「ん?なんだお前ら、分からんのか。いいか?女というのは恋をしたときエストロゲンという女性ホルモンが分泌され好意を抱く男に対し本能的にアピールするようになるのだ。だが夢野からはそのようなものは見えない。つまりこの二人にあるのは友情なだけだ。そもそもボディタッチなんてそんな不思議なことでもないだろう。俺も同じジムのビルダーとよく筋肉を触れ合いお互いのマッスルを賛美しあっているが?」

 「き、気持ち悪い……!」

 陽炎の解説に軽井沢は辛辣な回答で返した。とはいえ俺としてはこれ以上、夢野との関係をいじられなくなったので、陽炎には内心お礼を言った。でも確かに軽井沢の言う通り突然男同士で筋肉を触れ合ってるなんて言われると反応に困るぞ。

 うちあげでの親交はこうして和やかな雰囲気のまま続き、話も盛り上がった。高橋もたまに話に入り、女子たちは意外な反応をしつつもそれを迎え入れていた。

 「そうだ、そろそろ席を分けないっすか?女子たちで話をしてみたいっすよ、男子たちも男子だけで話したくなったんじゃないっすか?」

 軽井沢の提案に他の女子たちも良いと答えたが、夢野は断固拒否した。

 「お、おい夢野……離れたくないのは分かるが、いい加減独り立ちをだな……。」

 高橋はまるで子供をあやすように説得するが夢野は動こうとしなかった。

 「い、嫌ですぅ……ひとりになったらなにされるかわからないです……わたしは境野さんといつまでも一緒にいるんです……。」

 高橋は俺にしがみつく夢野を引っ張るが涙目で否定し「境野さんたすけてくださぃ……。」と悲痛な叫びをあげてくるので高橋もたじたじになった。

 「軽井沢ちゃん、俺らのことなら気にしなくていいからさ、夢野ちゃんを無理に誘わなくてもいいんじゃない?」

 「えー、夢野ちゃんとも、ちゃんと話したかったのに、それじゃ意味ないっすよ~」

 不満げに軽井沢は答えるが結局席を分けて女子だけで集まり話し始めた。そしてこちらは男四人と夢野という奇妙な空間ができた。

 「う……む……男同士積もる話もあると言うが……。」

 二階堂は夢野をチラリと見た。やはり気になるようだ。

 「わ、わたしのことは気にしないでください……テーブルのしたにいますから……。」

 俺にしがみつきながら夢野はテーブルの下に潜り込む。丁度俺の腹部に顔を押しつけるような体勢になりかけたので、流石にやばいと感じ、無理やりテーブルから引き抜いて隣に置く。

 「まぁいいじゃん、気にしなけりゃ。んでレニーの本命は誰なの?」

 俺はまた咳き込む。

 「そ、そういう話をするのか?男同士で?というか本命って……。」

 「そうだな!やはり男が集まって話をするのは色恋沙汰ではなく、筋肉の話をするのが一番だ!最近ハマっている筋トレの話などどうだ!」

 女子会が賑わっている横で男たちはチグハグな話が続いた……。

 そしてそれは突然のことだった。俺たちと同じ学校なのだろうか、女生徒が俺たちの席にやってきた。それは日本人形のような出で立ちで、まるで作り物のようだった。

 「見知った声が聞こえると思ったら……東郷……いえC組の方々でしたか。ご機嫌よう、総合能力試験のうちあげでしょうか?」

 俺たちのことを知っている彼女は同級生か何かだろうか。初めて見る。軽井沢は面識があるようであっと小さな声をあげた。

 「B組の黒薔薇さんっすか?えぇっと確か名前は……。」

 「黒薔薇幽子くろばらゆうこと言います。東郷組だったあなた方にはあまり縁のない存在でしょうけど。」

 東郷組……それは東郷がいるクラスを指す。東郷がいたことにより俺たちのクラスは学校から様々な免除を得ていた。それはあくまで東郷の都合によるものであって、クラスメイトの大半は恩恵というわけでもなく、単に学校から浮いた存在、孤立させられていただけなのだが。他クラスとの交流がないのも東郷組の免除の一つである。

 「東郷がいなくなったことで、今度の対抗戦、楽しみが増えましたわね、もっともあなた方のクラスで懸念するのは鬼龍と無限谷くらいでしょうけど。」

 黒薔薇は無限谷を睨みつけた。まるで親の仇のように。

 「幽子ちゃん、そんな怖い顔しないでよ。綺麗な顔が台無しだよ?それに心配しなくても今度の対抗戦は楽しめるっしょ。」

 無限谷は飄々とした態度で黒薔薇の視線をいなした。その態度がいらつかせたのか、黒薔薇は舌打ちをして立ち去っていった。

 「……うーむクラス対抗戦……確かに東郷がいなくなったのでその対策もしなくてはならないと考えていたが、まさか向こうから宣戦布告してくるとは。」

 二階堂は額に手を当てて考え込んだ。クラス対抗戦……それはクラス別にアタッチメントを競い合う大会のようだ。成績に反映されるわけではないが、その勝敗で学内のカーストが決まるといってもいい。特に最下位のクラスは次の対抗戦まで悲惨な扱いで、人間関係にヒビが入るレベルのようだ。俺たちの学年はニ年、つまり俺を除く全員がクラス対抗戦の重要性は理解していた。それにしても鬼龍と無限谷?鬼龍というのは知らないが、無限谷という身近な名前が出てきたのには驚いた。無限谷は2班、成績が高いのだろうが1班の方が上ではないのか。

 「む、境野くんは無限谷くんの異名を知らないのか?彼は一年生の時に単独でレベルが倍離れた相手を複数人倒したんだ。それから付いた異名は耀く明星、大物食いの無限谷。彼はこのクラスでのジョーカーだよ。」

 そう言う二階堂は得意げだった。彼らがいれば問題はないと。対抗戦までは時間がある。皆はそれに向けて自分のアタッチメントに磨きをかけるようだ。俺も負けていられない。だってそもそも俺はまだ自分の能力を十分に理解していないのだから。

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