永劫回帰、這い寄る安頓

 「それで龍星会は仁に色々と借金をしてたけど、あいつが怖くて手が出せなかったってこと?」

 ハオユは地面に正座させられてユーシーに尋問させられていた。いや尋問と言って良いのか……ハオユはペラペラと喋っていた。つまるところ仁は龍星会を恐喝していて資金源にしていたらしい。それが死亡したという話を聞いたので、こうして仁の財産を貰いに来たということだ。

 「あの馬鹿は……ハァ……それで、ここからが大事なんだけど、どこで仁の死を聞いたの?あたしだってつい先程まで知らなかったのに。」

 「へい姉御!そいつなんですが、あっしらの事務所に突然男がやってきて……そいつが教えてくれたんですよ!不気味な男でしたですぜ、フードで顔を隠して……。」

 「そんな男の言葉を信用したの?」

 「まさか!するわけないじゃないですか!だからあっしらちょっと絞めてやろう思って襲ったら返り討ちにあって……それで信用することにしたんです!」

 要はボコボコにされて仁の遺産をかき集めるように指示されたということだ。謎の男はそれ以来、連絡も寄越さないらしく行方は不明らしい。

 「ふぅん、なるほどね。あなたたち、ついているわね。もしあたしたちが先に事務所にいなかったら、きっとその男に皆殺しにされてたわよ。」

 その男は単に龍星会を利用する算段だったのだ。必要なものを集めさせると、後は処分する。亡霊とはそういう連中であると。

 「もっとも事務所には目ぼしいものは無かったし、こいつらはただの保険ね。元から期待はしてなかったと思うわ。本気なら洗脳でもしてるでしょ。」

 恐ろしいワードが次々と並ぶ。非現実的な世界でめまいがする。俺は普通の学園生活を送りたいのだが……。

 「しかしよ、マフィアが絡んでるってことは亡霊ってのはマフィアよりも組織規模は上ってことなのか?」

 これまで黙っていた高橋が口を開いた。ユーシーは当たり前のようにそうねと答える。

 「高橋、お前は元々関係ないんだから嫌なら……。」

 「は、はぁぁ?関係なくなんてねーよ、と、友達なんだからよ!!」

 高橋は照れ隠しのように大声で答えた。

 「いやぁ~青春ですね兄貴、あっしも若い頃を思い出します。」

 その兄貴ってのは何なんだ……。ハオユには変に懐かれてしまったようだ。

 「あー……というかハオユ……さん?あんたはマフィアなのにこんなペラペラ話していいのか?いや俺たちが言うのも何だけどさ。」

 俺の疑問にハオユは当然とばかりにはっきりと答えた。

 「なぁに言ってんすか兄貴!兄貴に比べたらマフィアなんてゴミっスよ!最近なんてボンボンが頭領を引き継いでもうダメダメっス!あっしは兄貴一筋っすよ!!それとあっしのことはハオユで良いっすよ!!」

 初対面だというのに一筋とか言われても反応に困るのだが、ハオユの言うところによると龍星会はそもそも仁の手により既にボロボロだったようだ。そこにきて先代が引退しその息子が引き継いだのだが、それがまたどうしようもない奴のようだ。まぁマフィアの内部事情なんて心底どうでも良かった。

 一応亡霊のことについて何か分かったら教えるようハオユに伝えると快諾してくれた。

 「しかし仁の奴と違って兄貴は男気溢れる人格者でマジ尊敬するっスよ!カキタレを三人も連れてるだけありやすね!」

 カキタレって何だ?俺だけではなく高橋や夢野もいまいちピンと来てないようだ。ユーシーは黙ってハオユの前に立ち腹に思い切り蹴りを入れた。ハオユはう゛っと鈍い声をあげる。

 「次、同じこと言ったら殺すぞ?」

 「わ、わかりやした姉御……。」

 腹を抑えながらぷるぷると震えるハオユを見た。きっと中国人同士で伝わる言葉だったのだろう、深く考えるのはやめた。

 こうして俺たちは事務所を後にした。ユーシーは事務所にしばらく泊まるらしい。

 「へへっ……兄貴!良い時間ですし、ここはこういう街、兄貴なら無料で歓迎しますよ。チャイナドレスを着た女の店でも案内しましょうか?」

 ハオユはお腹を擦りながら、繁華街を指さした。マフィアの彼にとっては確かに庭のようなものだろう。

 「はぁ?なんだよ境野、そういうのに興味あんのか?」

 「ユーシーさんは自信に満ち溢れて……あんな露出の高い格好してますもんね……わたしなんてクソムシとは別世界の人間です……。」

 とんでもない誤解を与えてしまいそうなので、ハオユの誘いを早々に断った。───本音を言えば、ちょっと見たかったんだが。

 「しかし結局、学校にいる亡霊の手がかりはつかめねぇなぁ、このまま後手ってのは割にあわねぇよ。」

 繁華街を歩きながら高橋はそう呟いた。確かに亡霊の足取りは未だまったく掴めない。これでは気づいたときには既に手遅れということにもなりうる。それこそバロンのときのように、ナイのような刺客が送り込まれることだってありうる。

 「でも、少しわかったこともある。ナイは幹部の人間であんなのが何人もいるわけではないってことだよ。」

 「あんなのが何人もいたらやってられねーぜ。」

 俺たちは帰路につく。繁華街を抜けていつもの通学路へと戻った。もう夕暮れだ。

 「あ……あの……もう良いと思うんで喋っていいですか……。」

 夢野は申し訳無さそうに喋りだした。もう良いとはどういうことだろう。高橋も俺と同じ気持ちなのか夢野を見つめる。

 「あの人……ユーシーさんは嘘をついています……。仁さんが死んでいるのを知らないなんて……嘘です……。」

 夢野の突然の告白に俺たちは硬直した。ユーシーが嘘をついている?そうは見えなかった。いや、それよりも夢野がこんなことを言うのも不思議だ。臆病な性格ではあるが適当なことを言う人間ではない。彼女の能力は未来予知、嘘を見抜く能力でも───。

 「あっ。」

 俺は思い出した。あることに。そして青ざめる。夢野の言葉が正しいのならばユーシーは……。

 「おい、どうしたんだ二人して。説明しろよ。」

 高橋は俺たちのただならぬ様子を見て戸惑う。夢野の未来予知能力、それは必ず起きる未来を予知するのではない。起こりうる未来全てを予知するものなのだ。かつて俺の弁当を誰が作ったのか、なぜ弁当を隠して食べていたのかを当てたように。つまり、夢野が嘘をついていると分かったということは、ユーシーはあの時、いくつもの未来が連なる未来で違うことを言っていた……つまり仁の死について知っていた未来があったのだ。夢野はそれを見た。そして、何よりも恐ろしいことは……。鳥肌が立った。"もう良い"ということは……繁華街を抜けるまでユーシーは俺たちを監視していて、夢野がこのことを説明すると危害を加えられていたということだ。

 高橋は沈黙した。言いようもない感情に満たされたようだった。意味がわからなかった。

 「ユーシーは信用できないってことなのか?」

 「い、いえ……ユーシーさんは半分くらいは味方だと思って良いです……でも……完全に信用するのはよくないです……うぅ……ごめんなさいごめんなさい……喋ってすいません……。」

 夢野は何故か俺に抱きついた。

 「い、いや夢野は悪くないよ、仁さんと違ってユーシーさんは正直、よくは知らないし、完全に信用するのは確かによくないさ。」

 俺は気を取り戻し、抱きつく夢野の頭を撫でながらも別のことを考えていた。仁さんは俺に何をさせたいんだ?ユーシーは仁さんの仲間ではないのか?いつもと同じ景色のはずなのに、何故か後味の悪い不気味なものに見えた。

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