チャイニーズマフィアと探偵事務所

 ユーシーは自分がパートナーであることを名乗ると、堰を切ったように仁との愚痴を話し出す。いつもあいつの無茶の尻拭いをしているとか、いつも勝手にいなくなってかと思いきや突然連絡してくるとか、パートナーとしての自覚がないとか。

 「聞いてよ一番酷いのはあいつ、私の私服を全部燃やしたのよ?理由は何だと思う?『中国女ならチャイナドレスを着るべきだ。』だとか!それで人の衣装棚にチャイナドレスを数十着も勝手に入れてるの。今着てるのだってあいつがくれた奴、しかも下手に燃やされた私の服よりも何十倍も高級品だから怒るに怒れないし腹立つわホント。」

 まるで悪友のことを話すユーシーの目は嘘をついているように見えなかった。彼女はきっと、仁がまたいつものようにふらりといなくなって、呆れ返り事務所の整理をしていたのだろう。もう既に亡くなっていることも知らずに。

 「あぁ、ごめんなさい。まぁそういうわけだからあいつは今、いないわ。またふらりと戻ってくるんでしょうけど。」

 そしてまた書類の片付けを始めた。無造作に積まれた書類の束は家主の性格を思わせる。俺はユーシーに今までのことを話すことにした。彼女はビジネスパートナーだと言っていた。それならば本当のことを知るべきだろうし、もしかすると亡霊のことを知っているかもしれないからだ。話を聞いてユーシーは沈黙する。驚いたような、信じられないようなといった顔で。

 「……馬鹿な男ね、好き放題してるからやばい連中に目を付けられて最後は殺されるなんて。」

 言葉とは裏腹に片付けをしていた手は座り、かつて主人がいただろう作業机に寄りかかる。

 「仁を殺したナイって男は裏社会でも有名な男よ。かつて米国海軍一師団を相手にして返り討ちにしたとかいう危険な男。亡霊に所属する始末屋で幹部の一人。でも亡霊についてはそんなに知らないわ。あたしも調べていたけど、仁が単独で動くことが多かった。そう……仁はあなたに亡霊の調査を託したのね。あなたは一体仁の何なの?」

 それは俺にも分からない。仁の話だと記憶が欠落しているということだった。だが仁はこう言っていた。『多少難はあるがまぁ問題はない。』と……つまり仁にとって記憶の欠落は想定の範囲内であり、俺と仁の間で繋がるピースに影響はないということだ。

 「きっと仁が貴方を必要としたのなら、それは間違っていないと思うわ。あいつはろくでなしだけど、人を見る目だけはあったから。」

 ユーシーは自身の胸に手を入れる。俺は思わず目を赤面するが出てきたのは名刺だった。

 「これはあたしの連絡先、仁はきっと貴方とこの街で何かをやることがあったんだわ。あたしは基本的に仁のいたこの場所にいるけど、もしも急ぎで連絡したければそちらに電話して。」

 名刺に書いてある電話番号をスマホに登録するとポケットに入れた。その後、俺たちは何か亡霊への手がかりはないか事務所を漁ったが何も見つからなかった。金庫の中も金目のものがあるくらいで目ぼしいものがない。事務所のドアが鳴った。呼び鈴ではなく乱暴に叩く音だ。ドアは変形していき、ついに破壊される。

 「仁の野郎が死んだって聞いたから、なんだこれは?チャイナドレスに女子高生……?あの野郎コスプレガールズバーでも始めるつもりだったのか?」

 人相の悪い男が入ってくる。夢野はすかさず小さい悲鳴をあげて俺の後ろへと隠れた。この男もまた仁の知り合いだろうか。仁は人相が悪いし、むしろユーシーより自然な人間関係だ。

 「まぁ今となってはあいつもいねぇわけだし……好きにしてもいいよなぁ?」

 男は舌なめずりをする。一瞬で仁と敵対する人間だと分かった。

 「あなたは誰?仁の何なの?死んだってそれをどこで知ったの?」

 ユーシーは冷静に男に質問する。

 「チャイニーズマフィアの龍星会って知ってるかいチャイナ女、俺はそこの一人、人呼んで巨巌のハオユとは俺のことよ。」

 「………。」

 男が何者か確認するとユーシーは事務所漁りに戻った。まるで何事もなかったかのように。

 「恐れて何も言えねぇか、まぁ龍星会といえば中国を代表する組織、無理もねぇなぁ……。」

 「レンって言ったっけ?見せてくれないかしら、仁はあなたに何を見出したのか。仁が信頼した相手なら、あんなの余裕でしょう?」

 突然、始末を頼まれた。ハオユはその会話が聞こえたのか大笑いをした。

 「俺をどうにかするつもりか?この巨巌のハオユを!?いいぞ来いよ坊主、まずはお前に地獄を見せてやるよ、そうした方があとの女三人とのお楽しみもやりやすくなる。」

 ハオユの身体から禍々しいオーラが出てくる。オーラは形となってハオユの身体を包み込み鎧となった。

 「俺のアタッチメントは無敵!この鎧はいかなる攻撃も通さず、そしてオーラは形を変えて……こういうことも出来る!!」

 オーラが巨大な青龍刀の形となってハオユの手元に顕現した。それは鋭く、鈍く輝いていた。

 「まずは腕だ!そのあと生皮を削いで悲鳴をあげさせてやる!後ろの女どもがやめてと懇願するまでなぁ!」

 青龍刀が振り下ろされた。何故かそれは分かった。これはただの鋭い青龍刀だ。この間のように触れるとまずいものではない。俺は手を払い青龍刀をはたき落とす。そのつもりだったが、青龍刀は砕け散り零れ落ちた。

 「え?」

 ハオユは自分の青龍刀だったものを見た。折れるとかなら分かる。だがそれは粉々に砕け散って砂状になっていたのだ。なにこれ?青龍刀ってこんななるっけ?というか俺の能力でそんなことあるか?疑問符が頭に埋め尽くされる。そして気づく。砕かれた青龍刀をもっていた手が、曲がってはいけない方向に曲がっていたことに。

 「なるほど、多少はやるようだな。そこの女たちが余裕なだけある。だがこれはただの序の口、拷問のために敢えて使っていただけだ。どうやら俺を本気にさせたようだぞお前は……。」

 ハオユは叫んだ。叫びに意味はない。自身を鼓舞するためのものだ。ハオユのアタッチメント真骨頂はその鎧にある。その鎧は身体能力を極限にまで高め、活性化させる。折れた腕は一瞬にして回復し、さらなる力を得る。その姿はまさしく巨巌───ハオユの異名の由来であった。その力はあらゆる攻撃を防ぐだけではなく戦車を片手で粉砕する。まさしく人外魔境、驚天の極致である。だがハオユは知らなかった。目の前にいる男もまた、否───男はすでにその境地をとうに過ぎていたことに。ハオユの拳が連へと炸裂した。だが拳は……連の手により掴まれていた。そして連はそれを逆関節へと力をかける。

 「あいっ!?まッ!!いっただだだただ!!ちょっ!!いぃぃぃぃ!!いてぇぇぇぇやめっ!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!痛いって!!や、やめ……ッッ!!」

 激痛が走った。なまじ無敵の鎧なだけに、かけられた力の逃げ場がなく全てハオユにかかる。いや、無敵も眉唾ものだったかもしれない。鎧にはヒビが入っていた。

 「えぇ……お前……マジか……。」

 まるで小動物のように涙を流し悲鳴をあげ情けなく許しを乞う男の姿がそこにはあった。

 「ユーシーその……もっと痛めつけないとダメなの?」

 俺はユーシーの方を見る。ハオユもまた追いかけるようにユーシーを見た。まるで裁判の判決を言い渡される受刑者のように。

 「い、いや良いわ……そいつを殺しても意味ないし聞きたいこともあるから。」

 ユーシーもまた軽く引いた様子でハオユに対する判決を下した。ほっと胸を撫で下ろしたハオユはその場に崩れ落ちたのだった。

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