心から欲しかったもの

 ───薄暗い部屋の中、炎が怪しく輝き照らす。いまどき炎の照明なんて古臭いというか……。仁を学校で見かけたと報告を受けた。それを受けて組織は迅速に動いた。黒き三つ星のナイ神父、幹部の彼が直接動いたのだ。結果は相討ち。ナイ神父の損失は痛いがこちらも仁というエースを倒すことができた。だが忘れることなかれ、倒したのはあくまでエースであり、ジョーカーではない。

 "あの時、仁の他にもう一人いた。"もう一人の人物、それこそがジョーカーであり一番の懸念事項なのだ。そして未だにその正体は掴めない。

 「仁はあくまでただの保険だ、我々の目的を忘れるな。ジョーカーは必ず我らにとって障害となる、見つけ出し殺せ。」

 幹部全員らに連絡を通達する。『亡霊』その名のとおり、あらゆる機関に潜み、陰に潜むのだ。


 バロンでの戦いの後、俺たちの間には気まずい雰囲気が流れた。高橋の立場からすれば当然だろう。突然とてつもない力を持つ男たちの争いに巻き込まれ、しかもその仲間が学校に潜んでいることが知らされ、初めて出会う男に俺のことを守ってくれと言われる。普通なら二度と関わりたくないだろう。高橋は気絶した夢野を担いだ。

 「わりぃ……ちょっと色々ありすぎてよくわかんねぇから今日は帰るわ。」

 そう言って立ち去っていった。その日はそのまま家に帰った。母さんは時間どおりに俺が帰ってきたのが上機嫌みたいで、サキもまた嬉しそうに俺に絡んでくる。何気ない日常だった。つい先程までいた世界が別世界のようだった。

 『学校には亡霊がいる。』

 俺の知らない妹、サキを見てふと思い出す。サキは来週学校に転校する予定だ。つまり学校の人間ではない。この世界での違和感であったが、家族でもあるサキが亡霊ではないということは確かなのだ。その日、俺はぐっすりと眠った。

 翌日、気になって窓を見るが手形はない。ナイ神父の仕業だったのだろう。俺は胸を撫で下ろして登校するのだった。

 「打ち上げは明日の金曜日に決まったぞ!」

 二階堂は鼻息を荒くしてそう答えた。ということは放課後だ、その日は夕食はいらないし遅くなると母さんに伝えないとまた不機嫌になるだろうな。参加者だが磯上、剣、伊集院は家庭の都合でどうしても来ることが出来ないらしい。6班の半分じゃないか……。伊集院はともかく磯上と剣は同じ男子だ、抗議の一言でも入れてやりたいのだが二階堂の話だと、磯上は実家である飲食店の手伝いがあり、また学生の打ち上げは出来るような店ではなく、剣は実家が厳しいのでこういう集まりにすら参加させてもらえないということだ。どちらも本人の都合ではどうにもできない環境の問題である。

 「まぁ俺ら男同士仲良くするっしょ。」

 無限谷は俺のそんな考えを察したのか、優しい声をかけてくれた。ドアが派手な音を立てる。高橋だ。二階堂は高橋に打ち上げの話をしに向かった。高橋は無愛想に返事をする。二階堂の話を聞き終わって席へと向かった。目が合ったが意図的にそらされる。

 「レニーまた高橋ちゃんと喧嘩したの?」

 喧嘩ではない、お互い気まずいだけだ……。こうして席に戻り橋下先生が来て、しばらくしてドアがけたたましく開いて陽炎の騒がしい声が……。

 「陽炎、お前また遅刻……ん、夢野?」

 橋下先生は意外そうな顔で遅刻者を見た。俺たちも皆、視線を向ける。

 「す、す、すびばぜん……わ、わ、あ……か、帰ります……ごめんなさい……。」

 視線に耐えられなかったのかドアがピシャリと閉まる。橋下先生は急いで夢野を追いかけた。陽炎は……普通にいた。

 「どうしたみんな!そんなに夢野が珍しかったのか!!」

 当の本人はまったく自覚のない。

 「どうしたんだ遅刻するなんて珍しい。」

 最早、当たり前のように昼休憩一緒に食事をとることになっている夢野に対して何気なく話しかける。

 「昨日わたし、あの怖い人に睨まれて気絶して……今朝目が覚めたんです……それで登校準備全然してなくて……あの人、また来ないですよね……。」

 「そこから続きはあたしが教えてやるよ。」

 高橋が購買のパンを持ってやってきた。それから高橋は説明した。ナイ神父も仁も死んでしまったこと。だがナイ神父の仲間はまだいて、しかも学校にいるということ、仁は最後に高橋と夢野に俺に力になってほしいと伝えたこと。夢野は高橋の話を聞いて分かったのか分かってないようなのかポカンとした顔で聞いていた。

 「夢野も高橋も仁さんの言う事はあまり真に受けないでいいよ、これは俺の問題だし。」

 亡霊が何者なのかは分からない。だがこれ以上二人を巻き込むのはよくないだろう。少なくとも仁の話ではこの二人は敵ではない、それだけで十分救われたのだ。

 「べ、別に私は構わないですけど。」

 夢野は高橋の話を聞いて小さく頷き、そう答えた。

 「はぁ?根暗お前分かってんのか?境野に抱きついてて、ほとんど見えなかったのかもしれねぇけど、あの地獄を。」

 高橋は思わず声を荒らげる。思い出すように、あの時の恐怖を。悍ましいあの怪物たちを、それをまるで散歩するからのように振り払う怪物の姿を。

 「か、関係なくないですか……た、確かにあの人たちは怖いですけど……だ、だって……わたしと境野さんは友達ですし……高橋様とは違うんです……。」

 夢野の意外な言葉に高橋の目が点になった。揺れる振り子を止められたように。

 「友達が困ってるなら、助けるのは当然ですよ境野さん……ウヘヘ……。」

 そして夢野は不器用な笑みを浮かべた。俺は夢野の意外な反応に言葉も出ず箸が止まった。夢野は、あれだけ恐ろしい目にあっても俺を友達と呼び、そして助けるのが当然だと、まるで当たり前のことのように言うのだ。それは……それは、俺にとってどれだけ救われる言葉か。本当は心の奥底では言って欲しかった言葉だったのかもしれない。だから俺は照れ隠しのようにどもりながら、ありがとうと心の底から答えたのだ。

 それを見た高橋は得も言われぬドス黒い感情に満たされていた。あるいは一晩たっても決して答えを出すことが出来なかった彼女の心の内での葛藤にあっさりと答えを出した夢野に対する嫉妬もあったかもしれない。どちらにしてもこんな気持ちは初めてだった。高橋にとって、今の夢野はあまりにも眩しく、自分がいかに汚い人間だったかを自覚してしまう。思い切り机に頭を叩きつけた。叩く直前に夢野は「ひぃぃっ」と叫ぶ。

 「おい根暗、あたしを殴れ。」

 「え……な、なにを言ってるんですか……高橋様を殴れるわけないじゃないですか……。」

 わけの分からない要求に夢野は困惑する。

 「いーから殴れ!あたしの気が済まないんだよ!境野!お前もあたしを殴れ!」

 「え、俺も!?」

 胸ぐらを掴みながら自分を殴るように要求する高橋を二人してなだめて何とか落ち着かせる。理由はよく分からないが高橋も協力してくれるようだ。

 だが協力といっても亡霊の手がかりなどまるでない。確かにいるのだろうが、何か調査できる指針でもあれば良いのだが……。

 「そういやよ、仁とかいう奴の探偵事務所に他のメンバーはいねぇのか?」

 高橋からそんな提案があがった。確かに電話をしたときは女性の受付が出ていた。仁はもういないが探偵事務所はまだ残っているはずだ。そこから亡霊の手がかりがつかめるかもしれない。俺たちは放課後に探偵事務所へ向かうことにした。

 探偵事務所は繁華街の中にあった。まだ活動を開始していない夜の街、静かで人通りがなく閑散としていて寂しさを感じさせる。だが夜になるとネオンライトが輝く悦楽の街へとなるのだ。雑居ビルの中にそれはあった。無明探偵事務所。仁がかつて根城にしていたところだ。ドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らすと、中からどうぞという女性の声がした。中に入るとチャイナドレス姿の女性がいた。

 「え、学生だなんて、ひょっとして普通のお客さん?残念だけどこの事務所はしばらく休業だから他をあたってくれないかしら。」

 何者だろうか、亡霊である可能性も否定はできない。迂闊に話をするのは危険だ。俺は言葉を選んで相手の正体をはかった。

 「以前、仁さんのお世話になってお礼を言いに来たんです。しかしおかしいな、仁さんは事務員なんて雇っていないって言ってたのに。お姉さんは誰なんですか?」

 「は?仁のやつがそんなことを言ってたの?それゃまぁ……あたしは事務仕事なんてするつもりはないって普段から言ってたけど言い方があるでしょうに。」

 チャイナドレスの女性は持っていた書類を机の上に置いて、ため息をついて椅子に座る。チャイナドレスのスリットから見える生足が艶めかしい。

 「あたしの名前は黄语汐フォンユーシー、ユーシーでいいわ。仁のビジネスパートナーよ。」

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