目覚め、狂い始める日常
謎の女だ。外見から察するに俺と同じくらいか少し下か。俺のことをお兄ちゃんと呼んでいるが俺には妹なんていない。お兄ちゃんと呼ぶ女性の知り合いも当然いない。
「レン、遅い〜。サキが折角帰ってきた日なのに悪いお兄ちゃんだね。」
母さんの声がした。目の前の女はサキというらしい。まったく記憶にない。
「お兄ちゃん、はやく来てよ。」
サキは俺の腕を絡めて引っ張ろうとする。俺は抵抗せずなすがままにリビングへと連行された。
「それじゃあ全員揃ったし、サキちゃん帰宅記念のパーティー始まり〜!」
母さんが奥から色々と持ってきた。普段は作りそうにない手の込んだ料理、それにケーキもあるらしい。
サキは母さんのことを母さんと呼んでいる。そして親子のように仲良く食事をして他愛のない世間話を始めた。おかしいのは俺だけなのか。分からない、まるで……。
「そうだ、お兄ちゃんって学校ではどんな感じなの?あたしは来週、転校手続きが終わって学校に通うことになるんだけど、変な噂立ってないよね?」
転校……今まで別居していたのか。そして言い方から察するに俺と同じ学校に通うのか。今の俺は高校2年生だから、高校1年生か?
「ちょっと母さん、あたしお兄ちゃんに無視されるんだけど〜。」
俺が黙ってるとサキは母さんに対して愚痴りだす。
「あ、いや……ごめん考え事してた。別に変な噂は立ってないよ。」
「ふぅん、考え事ねぇ……それってあの女のこと?」
あの女とは何だ。俺の知っている女性でここにいないのはリサしかいない。
「あの女って誰だよ……。」
「……へぇ他にも思い当たる節があるんだ、今日バロンで楽しそうに話してたじゃん。」
リサのことだ。見られていたのか。
「あぁ、そのことか。いや全然違う話。サキのことを考えてた。まぁ女のことと言えば女のことだな。」
「え、あたしのこと!?目の前にいるのに照れるなあ、何考えてたの?かわいくなったなぁとか?」
お前が何者かということだが、それを言えたらどれだけ楽なことか。とりあえず話を合わせることにした。
「あぁ、見違えた。最初何でこんな美人が自宅に?って思ったよ。」
露骨なお世辞だが、サキはそれを間に受けて赤面しながら照れるなあと手で顔を覆ったりしている。
「ご飯は食べた?早く食べてよ片付けるの大変なんだから。」
母さんが間に入り話を無理やり切り上げた。
食事も終わり食器を片付ける。三人で……奇妙な感覚だ。結局このサキという子は何者なのだ。部屋に戻ろうとするとサキが付いてきた。
「何か用?」
「ん、あたしの部屋もこっちじゃん。」
そんなのは知らない。だがそんなことは口に出さず大人しく従う。しかしバロンでの会話を見られてたのか……バロンには俺たちしかいなかったから外から見たのかな。いや、バロンはマスターの拘りで外からは庭しか見えないようにしていた筈だ。つまりサキは俺たちがバロンに入るのを見てついていき庭から俺たちを覗いていた……?
「ねぇお兄ちゃん。」
鳥肌が立った。まるで俺の心が読まれた気がした。
「あの女とは仲良くしない方がいいよ。」
何故───その答えを聞く前にサキは自室へと消えていった。
自室に戻り整理する。明日の総合能力試験、これは訳が分からないので仕方ない。もう一つ謎なのはサキだ。本当に覚えがない。妹の存在を忘れてしまうなんてことがあるだろうか?母さんは当たり前のように受け入れていた。つまりおかしいのは俺か母さんかだが……そもそも俺は異世界に行くという都市伝説で過去に渡ってきたのだ。もしかするとここは俺の高校時代によく似た異世界という可能性はないだろうか。
しかしそうなると母さんの存在がおかしくなる。母さんは確かに母さんだ。写真に残っていた若い姿の……異世界に自分の母親がいるというのはどういう状況だ?もしも妹がいたら……という平行世界とか?
「駄目だ、分からない。」
材料不足にもほどがある。俺は考えを先送りにして寝ることにした。
朝だ。長い社畜生活の賜物か、目覚まし時計がなくとも定時に起きる能力が身についてしまっている。部屋を出てリビングに向かうと母さんが料理をしていた。また弁当を作っているのだろう。
「おはよう、弁当はいらないって言ってるのに……。」
「おはよう、駄目よそんなこと言っちゃあ、育ち盛りなんだからしっかり栄養をとらないと。」
それは分かるんだが、ならハートマークとか作るのやめてくれと思う。マザコン扱いされるのが目に見えるのだが。
「サキちゃんは起きた?」
「サキは学校来週だからいいんじゃないの?」
「駄目よ食事は家族一緒にとらないと、ちょっと起こしてきて。」
俺が起こしに行くのか……?女子高生の私室に入って……?いや妹なんだからおかしくないけど、俺にとっては初めて見る女の子なんだが。だがそんなことは言えないし、サキの部屋に向かった。
「サキー起きろー朝ごはんだぞ!」
ドアをノックして叫ぶ。最大限の譲歩だ。だが返事はない。まだー?という母さんの声がする。このままでは俺も遅刻するし、やけになってドアを開けた。部屋の中はいい匂いがした。
「今の俺、相当気持ちが悪いな……。」
一瞬でもそんな感情を抱いてしまった自分を恥じてベッドに近寄る。サキは完全に熟睡している。とりあえず布団を無理やり引っ剥がした。そこにはほとんど下着姿で寝ているサキがいた。なるほど服を着ないで寝るタイプか。全裸派ではないだけ良かった、本当に……。布団がなくなったからなのか寒そうにしている。
「おい、起きろ。朝だぞ!」
唸り声はするが起きようとしないので両肩に手を当てて無理やり起こすことにする。俺は肩に手を当てた、だがそれは失敗だったのだ。サキの手はまるで獲物を待っていたかのようにするりと俺の脇腹を通り抜け、背中に手をまわしてそのまま抱きしめてきた。ただでさえ見知らぬ女の子の部屋に入って緊張しているというのに不意をつかれたこともあって、そのままベッドに倒されてしまう。
「ちょっとレン、いい加減にしなさいよ……。」
母さんの声と足音が聞こえた。不味い。俺は必死にサキを起こすが反応はない。足音が近づいてくる。無理やり引っ剥がすと先日の不良のように傷つけるかもしれない、俺は悩んだ末、無理やり抱かれている状態で立ち上がった。うぐっとサキの鈍い声がする。
「……何してるの二人とも?」
「見てのとおりだよ!寝ぼけてるから着替えさせようとしてるんだ!」
まだ眠っているサキを胸元に押し付けて自分に立てかける。母さんからの視点では兄に寄りかかっている妹にしか見えない筈だ。
「はぁ……ちょっとサキ、あまりお兄ちゃんに甘えないでよ。いい歳なんだから。」
何とか切り抜けたようだ。冷や汗が出る。
「ん、お兄ちゃんおはよ……。」
今更になってサキも目が覚めたようだ。本当に心臓に悪いやつだ……。
学校へは何とか遅刻しないで済んだ。教室に入るとリサがアイコンタクトをしてくる。どうやら昨日の約束は守ってくれるようだ。ばれないように手を軽く振っておいた。チャイムがなりホームルームが始まった。
「それでは総合能力試験を始めるので班分けをするぞ。今からプリントを配るから体操服に着替えてそのメンバーでグラウンドに集まるように。」
プリントを渡される。どうやら集団で行う試験のようだ。俺は6班、リサは2班だ。正直なところリサくらいしか話せる人がいないので、残念だがこればかりは仕方ない。とっとと体操服に着替えてグラウンドへ向かった。グラウンドでは丁寧にコーンで班の位置が指定されており、俺の班にあたる6班の場所も分かった。バスが停車しており、先生の指示でバスに乗せられる。
さて6班のメンバーはどんな人たちなのかと言うと……他の班はメンバー間で雑談しているのに対して俺たちは終始無言だった。余り物、落ちこぼれ集団、そんな陰口が聞こえてくる。つまりまぁそういうことだ。
俺はバスが苦手なので目的地までぐっすり眠ることにした。その先、とんでもないことが待ち受けていることも知らずに……。
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