弱肉強食、追われる羊たち
「境野、早く降りろ。まったくこの試験直前まで寝てたのはお前だけだぞ。」
橋下先生が降りるように急かしてきたので急いで降りた。
「それではこれより試験を始める。ルールはバスの中で言ったとおり、胸のバッジを守りつつ下山することだ。また、奪ったバッジはそのまま評価に繋がる。班のメンバー全員のバッジが無くなった時点で試験は終了だ。何か質問あるか?」
胸を見るといつの間にかバッジがあった。班全員でこれを守りつつ他の人から奪う。班全体で奪った総数により評価されるということか。つまりこの試験は個人ではなく、協力することが大事なのだな。
「質問がないようなので、これより試験を開始する。心配しなくてもGPSで位置は特定できるから遭難はしない。まぁ頑張れよ。」
そう言うと先生は立ち去っていった。そして6班の俺たちが残る。俺は皆に声をかけるも返事がない。どうしたのだろう。
「よろしくって……俺たち落ちこぼれが何をしろってんだよ、こんなの出来レースだよ。クソっ酷いメンバーだ。」
そう愚痴を言っているのは磯上たかし。あまり覚えてないが落ちこぼれの一人らしい。
「だ、大体なんであんた達みたいなオタクと一緒なのよ……私はあんた達とは違うのに……!」
そうナチュラルに俺たちを見下してるのが伊集院コトネ。あまり覚えてないが彼女も落ちこぼれだ。
「私みたいなゴミが一緒なのが悪いんです……死にたい……。」
物騒な言動が目立つのが夢野ハナ。あまり覚えてないが彼女も落ちこぼれなんだな。
そして黙ったまま会話に入ろうとしない髪がボサボサの彼が剣シュウ、不機嫌そうにさっきからスマホを弄っているのが高橋キョウコ。勿論二人ともあまり……いや高橋は知ってる。一匹狼の不良で目立ってたからな。
「おい境野、お前のアタッチメントは何だよ。」
高橋さんが近づいてきて話しかけてきた。意外だったので少し戸惑う。
「勘違いすんなよ、あたしはこんな試験どうでもいいんだ。でもよ姉貴から失格者は補習コースを無理やりやらされるって聞いてるからよ、少しでも早く下山してぇんだよ。」
なるほど、失格者のペナルティは相当重たいようだ。だがアタッチメントが何か分からない俺にその質問は答えられない。
「チッ、わーったよあたしのアタッチメントを見せて説明する。それで信頼してくれや。あいつら見りゃ分かんだろ。まだお前がやる気ありそうだからこうして頼んでんだからな?」
俺の沈黙を別の意味で捉えたのか、高橋さんの周囲に風が舞う。そして足に機械的なパーツが装着された。
「あたしのアタッチメントはブーツだ。こいつを付けると早く走れるし、蹴ればコンクリートくらいは破壊できる。」
これがアタッチメント……。漫画みたいだ。それとも魔法か。高橋さんの足をまじまじと見てると蹴られた。
「じろじろ見てんじゃねーよ。」
正論だ。あまりにも珍しいのでつい我を忘れてしまった。
「で、境野のアタッチメントは何なんだよ。ほら見せな。」
そういうのなら……俺はそこら辺に生えている樹の傍に寄った。そして樹を掴み引っこ抜く。
「これが俺のアタッチメントだよ。分かりやすく言うと超怪力。」
「へぇ、なんだお前こんな班に回されてんのに良さげなの持ってるじゃねぇか。」
高橋さんは機嫌を良くしたのか微笑んだ。
「何だそれ、おい境野って言ったか?凄いじゃんか。」
「えーっと磯上だっけ?磯上の能力は何なんだ?」
俺のアタッチメントを見たことで磯上、伊集院、夢野に希望の光が宿ったようだ。剣は相変わらず遠巻きに見ている。
三人のアタッチメントも説明してもらった。磯上は指定した場所にワカメを生やす能力、伊集院は自分の血液が触れた生き物の機嫌を悪くさせる能力、夢野は3秒先の未来を予知できる能力だ。
「……はぁあああ………。」
高橋さんはこれでもかというため息を吐いた。恐らく俺のような能力を他の人にも期待してたのだろう。だが三人のアタッチメントはあまりにも使いづらい。
まず目を引くのが未来予知だが予知出来るのは3秒間、つまり他人に伝えた時点ですでに起きているのだ。また本人は数秒が勝負をわけるような格闘家でもない普通のか弱い女子なので使いようがない。
伊集院と磯上についてはもう何が何だか分からない。磯上のアタッチメントがあればいつでも海藻サラダが食べられるくらいだ。
「しょうがねぇ……とりあえず根暗女、お前何かヤバそうなことがあったら叫べ。」
高橋さんは夢野に指をさす。夢野は後ろを向くがお前だよ!と言われるとビクンと身体を強張らせて頼りない声で返事をした。
「あとは……適当でいいや、とりあえず境野、先頭に立って下山するぞ。」
こうして不安を残しながら俺たち6班の試験が始まった。
結論から言うと見込みが甘かった。それに限る。この試験の本質は奪い合いだ。であれば当然弱いものから狙われていく。しばらく山の中を歩いての出来事だった。
「ひぇぇえええ!!」
夢野の叫び声とほぼ同時に草木の影から人が現れた。狙いはバッジだろう。
「ラッキー、俺たちが一番じゃん。ボーナスアイテムゲット♪」
植物が生き物のように動き出す。そして俺たちに向けて鞭のようにしならせて攻撃を仕掛けてきた。俺は鞭のように襲ってくる植物たちを殴った。植物は大きな音を立てて消し飛ぶ。
「───は?」
男は唖然としていた。もう一人の男は網を構えている。そしてその網を俺に向けて投げつけた。俺は網をつかんで破る。
「え。」
もう一人の男も唖然とする。そのすきに距離をつめ───。
「オラァ!!」
詰める前に高橋さんが二人の男の腹部に蹴りを入れた。男二人はそのまま気絶する。
「境野、お前やるじゃんか見直したぜ、ほらバッジ受け取りな。」
バッジを2つ渡される。高橋さんは良いのかと聞くとお前が倒したようなものだと頑なに受け取ろうとしなかった。
「境野、気づいたか?こいつら二人だけで来てる。多分あたし等からバッジ奪うのには二人で十分だと思ってたんだろ。これはチャンスじゃねぇか?」
相手は油断している。そういうことだ。確かにいつ下山できるか分からないのだし倒せる相手は倒す方が安全だ。気絶した二人と渡されたプリントを見比べる。
「えっと……誰だっけこいつら。高橋さん知ってる?」
「あ?知るわけねぇだろ、そんな話したこともない奴ら。」
酷い言い草だ。他の人たちはどうだろう。聞いてみる。
「あーちょっと待って思い出せそう!もうちょっと待って!今出かかってるから!」
磯上がどういうやつなのか察してきた。
「……(無言で首を横に振る。)」
剣よ、何か言ってくれ。
「男子なんて汚らわしい生き物の名前なんて覚えるわけないじゃない!」
伊集院は男子に何の恨みがあるんだ。
「わたしみたいなゴミムシが人様の名前なんて覚えてるわけないじゃないですか……。」
夢野は何でそんな自己評価低いの。
誰一人答えられなかった。これではどの班の戦力が欠けたのか分からない。
「と、とりあえず再起不能にしとこう。縛るものない?」
「ワカメならあるよ。」
磯上から渡されたワカメで二人を縛った。少しヌルヌルするが、ワカメは意外と丈夫だった。無駄なワカメ知識を得た。
二人が襲ってきたということは近くに同じ班メンバーがいると考えた。辺りを見回し何かそれらしいものはないか凝視する。すると何か光のようなものが見える。他の人は光に気づいていない、ということは俺にだけしか見えていないようだ。これもアタッチメントの一つなのだろうか、適当に超怪力と誤魔化したが……。
「こっちに人が通った痕跡があるから、行ってみよう。」
他の人たちは特に目指すものもないので、俺の提案を快く受け入れてくれた。
光は大きくなる。どうやら近づくと大きくなるようだ。見つけた。四人いる。狼狽しており、既に二人がやられたことは分かっているようだ。女子三人に男子一人。名簿から察してたが班は男女均等に配分されている。
「今更だけど女子を殴るのは凄く抵抗があるな。」
高橋さんを横目につぶやいた。
「あ?あたし一人で三人相手にしろって言いたいのか?あの三人を殴るのは嫌だけど、あたしがボコられんのは良いってか?」
「すいません、何でもないです。」
そんな甘えが許されないような感じなので極力傷つけないようにしよう。そう覚悟して俺は敵に向かった。
まず狙うのは男子。俺の姿を確認して一瞬驚いていたがすぐに表情が緩んだ。おそらく彼らは返り討ちにあったのではなく、6班を狙ってたら他の班にやられたと考えていたのだろう。
「おい、こいつ一人で飛び出してきたぞ。」
俺に指をさして女子たちの方へむいて笑っている。すかさず顎先を掌底で揺らす。男子はヘラヘラとした表情のまま倒れた。恐らく気絶したことにも気づかないだろう。
男子が一瞬にしてやられたことで女子たちの表情が変わった。半分何が起きたのか理解できていない様子だが。
「大人しく、バッジを渡してくれないか。流石に女子を痛めつけるのは抵抗があるんだけど。」
俺の提案に、虫酸が走ったのか女子たちは嫌悪感をあらわにして臨戦態勢をとった。さっきみたいに昏睡させれば楽なんだがあれは不意打ちだから成り立った技だ。俺にできるので相手を極力傷つけない方法はないだろうか。
考えていると大量の虫が飛んできた。だがそれはよく見ると虫ではない。虫の形をした何かだ、おそらくアタッチメントの類いだろう。
「はぁっ!」
俺は手を前に突き出す。すると衝撃波が起きて虫たちは霧散した。その余波で後ろの女子一人が吹き飛び樹木に打ち付けられた。力の調整を間違えたようだ。
「ふざけんなっ!」
残った片方の女子は俺と同じように手を前に突き出すとソフトボールくらいの火球が飛び出てきた。避けるのは簡単だがこれを放置すると火事になるかもしれない。仕方ないので火球を掴む。
「ふんっ!!」
火球を握りつぶすと爆散した。火球を出した女子は唖然とする。
最後に残った女子は戦意喪失したのか逃げ出していたが悲鳴が聞こえた。少しすると高橋さんが女子の首根っこを掴んで出てくる。
「これで全員か、意外と簡単だったな。」
「な、なんなのよあんた……!高橋はともかくあんたなんてクラスの陰キャじゃない!!」
火球女子は納得いかないような口振りだ。
「高橋さん、この人と知り合いなの?」
「いや知らね、話したこともねーし。誰だっけ?」
「不知火よ!!同じクラスメイトの名前くらい覚えなさいよ!!」
不知火、不知火……名簿を見て確認する。
「あった、この人たちは5班だ。」
「5班?何だよあたし達と対して変わらないじゃねぇか、まぁ貰えるもんは貰っとくぜ。」
そう言ってバッジを全部回収した。そして磯山が出したワカメを使って5班全員を縛り上げる。意外と便利な能力だ……。
「そういえば磯上、このワカメって食べれるの?」
「そりゃ勿論、うちの海鮮サラダは好評なんだぜ?」
店に出してるのか……。いつか食べてみたくはある。ともかく一つの班は倒した。あと4班何事もないといいんだが。
「ところで高橋さん、雑魚ってのはどうしてそう思ったの?」
「あぁ単純な話だよ。班分けなんて言ってるが、単純に1から6までの班は平均レベルの順番でやってんだ。1が一番上ってことだ。」
「なんだよそれ、試験にする意味がないんじゃないか。」
磯上は言っていた。これは出来レースだと。一体何のために?学校の行事でこんな不公平なことが許されるのか。
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