夢幻泡影、開かぬ扉

 人気のない山の中、色々なことを試した。自分がどんな力を手に入れたのか。まず木は簡単に引っこ抜くことができた。空は流石に飛べない。冗談半分ではぁ!と手を前に突き出したら何か光線が出たり、喉が渇いたと思ったら水が出せたり、炎も何か出せたりと思ったことが自在にできる。

 人智を超えた力なのは間違いない。こんなものが世間に知れたら大騒ぎだ。国に捕まってモルモットにされるかもしれない。だから俺はこの力をむやみやたらと使わず、隠し通すことにしたのだ。

 家に帰ると母親が出迎えてくれた。昔に戻ったみたいでこそばゆい。思えば親孝行をしただろうか。失ってから初めてこの暖かさに気がつく。夢でもしばらくは続いてほしい。そんなことを考えながら休みは過ぎていく。

 朝起きる。今日からタイムスリップして初めての学校だ。久々の学生服と久しぶりの通学路。予め地図で確認をしたがほとんど変わっていない。久々の学校は新鮮で、あのときとは別の視点で色々と見える。

 教室につくと自分の席を探し座る。座席表があって助かった。同級生たちの他愛のない声が聞こえる。俺は目立たないように机に伏せて時間が過ぎるのを待った。

 「ねぇ、ちょっと顔上げてくれない?」

 女子の声が聞こえた。俺ではないのは間違いないので無視する。

 「ちょっと聞こえてるの?さっきまで起きてたから寝てるってことないよね。」

 いきなり脇腹をつつかれる。ビクンと反応し顔をあげてしまった。振り向くとそこには先日の女性がいた。

 「やっぱり、あのときの人じゃん!同じクラスだったんだ!」

 彼女は嬉しそうに声をあげた何人かは何事かと視線をこちらに向ける。いきなりまずいことになりそうだ……。

 「ちょ、ちょっと静かにしてくれないか……お願いします。」

 俺の気持ちを察してくれたのか彼女は目を細めこうかくを歪める。

 「ねぇ、君部活入ってないでしょ?この間のなんなの?あとで教えてよ。」

 耳元でそう囁き、女子は元いたグループに戻っていった。グループからどうしたのかと問われているが適当に誤魔化しているようだ。しかし後で教えてか……どうしたものか。

 それからチャイムがなりホームルームが始まる。担任の先生は……橋下先生だ、懐かしい。高齢で俺が卒業した後も少し務めて退職したと聞いている。年配だが分かりやすい授業と親身になって相談事にのったり学生の話題にもそれなりに詳しいので人気の先生だった。

 「───最後に今日はレベル試験があるので皆、忘れないように。」

 初めて聞く単語が出てきてホームルームは終わった。レベル試験ってなんだ……?

 疑問を抱えながらも授業が始まる。一度受けてる授業なので楽勝……でもない。社会人になると高校授業なんて覚えてないよなぁとつくづく思った。

 こうして昼休憩に入ったので食事をとる。いらないといったのに無理やり渡された母さんの弁当だ。正直恥ずかしいのだが仕方無しに机に弁当を広げようとする。すると扉の方から大声が聞こえた。

 「リサいるかぁ!迎えに来たぞ!!」

 教室内は騒ぎ出す。見ると片手にギブスをつけた金髪の男子がいた。見覚えがある。先日拳を折ってしまった男だ。学校に来れるということは大した怪我ではないようで安心した。

 男はリサと呼んだ女生徒まで近寄る。朝話しかけてきて先日別れ話を持ちかけてた女生徒だ。同じ学校だったんだな。グループの女子達は非情にもリサを置いて離れる。まぁ普通の反応だな。

 「ちょ、ちょっとまだ引っ張るの?ホント最低……!」

 「俺は認めてねーし関係ねー、ほら早く行くぞ。」

 リサの腕を掴み無理やり席から引きずり出そうとする。

 「ちょっと……!ねぇ君!助けてよ!!」

 俺に助けを求める。男はあの時と同じように眉間にシワを寄せて俺の方へ向く。やめてほしい。

 「お前……同じ学校でしかも後輩かよ。なるほどな、他に好きな男ができたから別れたいってことかよこのビッチがよ。」

 リサの腕を離して、俺の方へと向かう。教室内はざわめき出す。そして男は俺の机を蹴飛ばした。弁当は何とかキャッチする。

 「面貸せや、便所に来い。」

 また俺の胸ぐらを掴んで引っ張るがやはり動かない。学ばない男だと内心呆れながら俺は立ち上がった。ここで争うと目立つばかりだ。

 男に連れられて男子便所にきた。勿論仲良く用をたすわけではない。ここならひと目につかないからだ。便所に入った途端、男は俺めがけて拳を振り下ろした。俺はそれを避けてギブスを掴む。だが力加減に失敗して粉砕してしまった。男は情けない悲鳴をあげる。こうなればもう駄目押しだ。

 「俺に二度と関わるな。次はこの程度じゃすまないぞ?」

 男はたじろぎながら、すいませんと答えた。これで一件落着だ。早く教室に戻って弁当を食べよう。俺は男子便所を後にして教室に戻った。戻るとリサが駆け寄り大丈夫だった?と聞いてくる。俺は適当な嘘を付き、机を戻して弁当を食べ始めた。リサはそれでもしつこく俺につきまとう。後で話をするなら今は構わないでくれ……そう思いながら食事を終え昼休憩は過ぎていった。

 授業が終わり放課後になった。担任の橋下先生がホームルームを開く。朝言っていたレベル試験とやらをするのだろう。先生の指示で体操服に着替えて体育館に集められる。身体測定みたいなものなのだろうかと思ったが女子もいるのでそうではないだろう。列に並ぶように指示されたので並ぶ。あいうえお順で俺はさ行なので割と前の方だ。先頭の人が前に出て何かを渡され握っている。そして先生が何かをメモする。男女で列が分かれており、女子側は女教師が担当のようだ。誰か知らないが副担任だろうか。

 俺の番が来た。橋下先生は俺に何か機械のようなものを渡す。これを握れということだろうが思い切り握ると恐らく破壊してしまうだろう。そっとおにぎりを握るような感覚で握った。

 「ん?境野、真面目にやりなさい。レベル1のままだぞ。」

 注意されるが、真面目にやるやり方が分からない。そもそもこんなのあった記憶がないのだ。

 「すいません、ちょっとやり方忘れちゃって……どうすれば良いんでしたっけ?」

 俺の質問に対して不思議そうな顔をした。

 「やり方もなにもそれを持っておけば良いだけなんだが……ん、確かに持ってるな……すまん境野、お前はレベル1だな。行っていいぞ。」

 レベル1のようだ。何だかよくわからないが、そのまま更衣室に戻り学生服に着替えた。さて後は帰るだけなのだが……リサに明日も付きまとわれるのは嫌なので教室で待つことにした。放課後の教室はそれなりに人がいて、お前何レベだった?等という話題が中心のようだ。話から察するにレベルが大きいほど凄いらしい。まぁ正直どうでもいいので、リサが戻るのを待った。

 もう夕焼けになるころ、ようやくリサが戻ってきた。教室の人も疎らだ。

 「ごめん、ごめん遅くなっちゃって!やっぱりレベル試験って友達と盛り上がるから。」

 謝罪のつもりなのだろう両手を当ててウインクをして頭を下げた。

 「いいよ、そんなことより教室じゃ話したくないからどこか別のところに行こう。」

 「別のところって?」

 俺は考えた。教室は目立つので避けるとして学校のどこなら良いか……いやどこでも駄目だろう。男と女が人気のない校舎で話をしていたのがバレたら確実に噂になる。となると近くのカフェ辺りが妥当だ。

 「ここから少し歩いたところにバロンって喫茶店があるんだ、そこにしよう。」

 喫茶バロン、学生の時は使用したことが一度もないが社会人になってから重宝している。マスターは凝り性で内装にとにかく力を入れているので一見高級喫茶に見える。だがそれは思い込みで値段は大型チェーン店並みに安く、長居しても文句は言われない。おまけに学生の利用が少ないので今回のようなときにはまさに適任だ。

 俺とリサはバロンへ向かう。リサは最初面食らいこんなところでお金とか大丈夫なの!?と言っていたが問題はない。昔の自分を思い出して微笑ましい。

 リサは店内を見渡し感想を呟いている。注文を済ませ、早速本題に移る。

 「それでこの間のことなんだけど、あまり人に言うのはやめてくれないか。」

 「え、どうして?、あんな凄いのに勿体ないじゃん。」

 「目立ちたくないんだ。」

 ふーんとリサは分かっているのか微妙な返事をした。

 「二人だけの秘密ってこと?」

 厳密にはあの不良含めて三人だがまぁそこは敢えて言わないでおく。

 「そうだな、頼むよ。」

 二人だけの秘密、その言葉を出してリサはフフとニヤけている。

 「良いけど交換条件があるかなぁ〜。」

 いたずらっぽい笑みを浮かべてリサは答えた。嫌な予感がする。何かを要求するのか、金か……?

 「連絡先交換してよ、スマホ持ってるでしょ?」

 俺は唖然とした。そんなことで良いのか……?当然俺は了承しスマホを見せて交換する。スマホが震えた、リサからメッセージが届いた。内容は『これからよろしくね(ハートマーク✕3)』

 「何でハートマーク?」

 「いいじゃん、かわいいでしょ?」

 女子高生の感覚はよく分からない。コーヒーを飲みながらそんなことを思った。

 「でもさぁ、隠すって言っても明日の総合能力試験で結局バレるんじゃないの?」

 総合能力試験?また聞いたことのないワードだ。なんとなく意味は察するが。

 「何とかバレないように努めるさ。」

 俺は無知を誤魔化し適当に答えることにした。

 「ていうかキミってレベルいくつだったの?あたしは26!頑張った方でしょ!キミのレベルは高そうだよね。」

 「いや1だけど。」

 26というのが高いのか低いのかわからないが、少なくともレベル1からすると段違いなのは分かる。リサは俺のレベルを聞いて驚きの声をあげた。低すぎというか初期値だそうだ。

 「でも事実そう言われたからなぁ。」

 「装置が故障してたのかなぁ、でも他の男子でそんな低いのいないし……。」

 「何か低いと問題でもあるのか?」

 「そりゃあるよ!レベルの高さは社会的地位の高さに繋がるんだから!でもキミのこの間の振る舞いはレベル1には見えないんだよね。」

 社会的地位というワードが気になった。レベルを上げる方法はないかリサに聞いてみた。折角やり直しをしてるのに惨めな未来などごめんだからだ。

 「経験を積むことよ。キミのアタッチメントはどんなの?」

 アタッチメントってなんだ。また意味不明な単語が出てきた。俺は考えた。アタッチメント……何かの付属品?俺の付属品……駄目だわけが分からない。

 「……なんて冗談!アタッチメントは他人にはそんな言わないものだからね、とにかくアタッチメントを繰り返し使用して精度や力を高めたらレベルは上がるの。常識的なんだけどキミはレベル1だから知らなかったんだね、よく今まで無事でいられたね……。」

 俺が沈黙しているとリサは勝手にこたえてくれた。まずは俺のアタッチメントが何なのか知らなくてはならないのか。母さんなら知っているかな。

 その日、リサとはその程度の話をしたあと別れた。別れる前に明日の総合能力試験頑張ろうねと言われた。

 リサとの付き合いですっかり遅くなってしまった。スマホを見ると母さんからのメッセージが大量にあった。心配させてしまった。

 「『ちょっと道草をくっていた、すぐに帰ります。』と、これで良し。」

 メッセージを送るとすぐに既読がついた。次いで早く帰って来てというメッセージだ。昔の俺ならうざいと感じていただろうが、今は母さんが元気で生存しているという嬉しさのが勝っていた。

 「ただいまー。」

 いつもの癖で挨拶をする。しかし今は誰もいない部屋に向かっているのではない。確かに人の気配がする我が家に帰ってきたのだ。靴置きを見ると見知らぬ靴があった。母さんの友人だろうか?

 「おかえり、お兄ちゃん。遅いよー。」

 俺の家に謎の女がいた。

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