第78話 ジョン姉弟
屋根を失った建物が度重なる轟音を経て三面の壁を残し粉砕された。
土煙を上げながら円形にくり抜かれた道を呆然と眺めるクルス達。
そんな彼女達が上に視線を向ければ宙に浮かぶ2人の人物。
瓜二つの顔ながらおそらく性別は男女の様で、白髪の黒瞳の女性と黒髪の灰瞳の男性が先刻瓦礫を操りリオンを吹き飛ばした。
一瞬の出来事とリノア達の安全を優先したクルス達は轟音がした後に外に出たので状況把握に時間が掛かっていた。
再びリオンが吹っ飛ばされた轍に視線を向けると、土埃から巨大な影が起き上がった。
「いたたた、なんで俺吹っ飛ばされたんだ?あんな紳士的に対応してやったのによ。帝国は非常識な連中ばかりだな。俺がマナーを叩き込んでやろうか」
(キャハハ、そんな図体で紳士気取ってるなんてリオンは相変わらずおバカさんなんだねぇ)
(リオンがおバカさんなのはいつも通りだよ〜。でもそのせいでわたしまで痛かったんだけど、謝って!ほら早く謝って!ごはん貢いで!早く!)
「黙れ小粒ども!ツバサ、ジジイ!アイツ等の異能は検討ついたか?」
(2人で操っていた様に見えたけど、もっと見ないと分からないわ)
(ワシも同様じゃ。早よ戻らんか!早よ早よ)
「はいはい。……うるせえな」
気怠そうに身体を確認して問題無いと判断したリオンはノシノシと吹っ飛ばされた際にできた轍を歩き、2人の場所まで戻った。
普通に歩いて戻ってきたリオンに2人は眉をピクリと動かすも相変わらず宙に浮き、瓦礫が周囲を旋回していた。
リオンは視線を2人に合わせ、再び口を開く。
「先程は私の連れが失礼な物言いをしてしまってすまないね。改めて、私の名前はリオン。どこにでもいるキマイラさ。さて、君達のお名前を聞かせていただいてもいいかな?」
自然と架空の他人に押し付け自分は悪くないムーブからの再自己紹介にもっていったリオンはドヤ顔で2人を見つめていた。
それに対しリオン以外の味方は、コイツ正気か?と分かりやすい程の顔をした。
相手の2人はと言うと、一瞬何を言われたのか分からないとポカンとしたがすぐに青筋を浮かべた。
「「死ね!!」」
当然の流れで、先程より怒気増し増しで瓦礫の本流がリオンを呑み込もうとした。
クルス達は慌ててバタバタしていたが、リオンは迫り来る瓦礫を見ながらため息を溢し、魔法を発動した。
リオンの目の前に光の障壁が現れ、殆どの瓦礫を粉砕していく。
「チッ!同じ芸が二度通じると思うなよバカどもが!!早く名乗れやカスが!殺すぞ!紳士の顔は仏より少ねえぞ?」
(あ、もう紳士キャラやめるんだ。キャハハ)
(似合わないもんねぇ。その顔で言われてもって感じ〜キャハハ)
あとで小粒2つはデコピンで粉砕しようと心に決め、返答を暫く待つと漸く宙から降りてきた。
「私は皇帝直属近衛魔装兵序列5位、エロー・ジョン」
「……私も同じく皇帝直属近衛魔装兵、序列は6位。コロー・ジョン」
「ふむ。なんだお前等ちゃんと話せるじゃねえか。偉い偉いパチパチパチ〜」
(なんでリオンはすぐ煽っちゃうかなぁ。おバカなんだからもう)
小言が脳内を走り回るが、リオンはこれを無視し相手の反応を伺うと無表情ながら額には青筋が浮かんでいる事を確認するとほくそ笑んだ。
それがまた癇に障ったのか男エルフのコローが前に出るが、それを女エルフのエローが遮る。
そしてエローがリオンを睨みながら口を開く。
「哀れな獣に一つ問う。貴様は【ウルミナ】という名に聞き覚えはあるか?」
突然知らない名前がエローの口から発せられ、リオンは考える素振りをすると早速脳内会議を開始した。
(お前等、ウルミナなんて奴知ってるか?)
(知らなーい)
(知らないよ〜)
(知らないわね)
(ワシも知らんのぉ)
(ジジイとツバサが知らねえんじゃ分かんねえなぁ)
「残念ながら知らねえなぁ。ソイツがどうかしたのか?」
脳内会議の結果をそのまま2人に返すと先程より殺気が上昇した。
更にその殺気も合わさった瓦礫の波が再度リオンに迫るが軽く避ける。
図体の割に軽やかに着地したリオンはため息混じりに呆れた顔で2人を見た。
「癇癪持ちのガキかよ。お前等の口は何のために付いてんだよ。突然キレ散らかしやがって、知らねえ名前ぶつけられて意味不明だっつうの。説明くらいしろよバカどもが」
2人はギリギリと歯を食いしばっていたが、暫く膠着しているとエローがため息で怒りを多少吐き出すと話し出した。
「……ウルミナは貴様がこの国の武闘大会で殺した男だ。私と同じ皇帝直属近衛魔装兵で序列は4位。どうだ、思い出したか?」
「武闘大会だと?んー……知らねえなぁ」
「き、貴様!!」
「まあ待て癇癪童共!お前等のお友達のウルミナくんが死んだのがなぜ俺だと思う?俺は記憶にねえし、偽名かどうかは知らねえが対戦相手にウルミナなんて奴はいなかった筈だ。そもそも俺は不本意ながら予選二回戦で失格になった気がする……あぁ、もしかしてその中にでも居たのか?だとしたら俺を恨むのは本当にお門違いもいい所だな」
「……どういう事だ」
男のコローは話す気が無いのがずっとダンマリを決め込み、女のエローがリオンの話す内容に渋々という空気を撒き散らしながら聞いてくる。
「どういう事だも、失格になったのは確かに俺だがあの場に居た奴等を殺したのは俺じゃねえって事だ。つまりお前等が俺に殺意向けるのはお門違いだ」
「意味が分からない。では誰がウルミナを殺したと言うのだ」
「ん?そりゃあ……俺の同居人?」
(あぁ!リオンがわたしを売ったぁ!ひどーい)
(まあ、あの様子を見ると意味は無いみたいね)
「ふざけるな!会話ができると言っても所詮は獣。少しでも期待した私がバカだったようだ。行くよコロー」
「あぁ、やっとだね。早く殺そう」
コローとエローはリオンの弁解もとい言い訳を聞く事無く即座に攻撃を再開した。
先程まで瓦礫のみが高速で流れてきていたが、今は流体も混じりまるで東洋の龍の如き姿でリオンに迫ってきていた。
しかしリオンは特に気にする事無く光の障壁を張る。
ガガガと攻撃が光の障壁に衝突する音が響く。
その威力を観察するとリオンはため息を吐く。
「前の氷の異能者、確かリョートだったか?ソイツの方が強かったな。アイツもコイツ等とお仲間だったとしたら、コイツ等の方が弱いのか?コイツ等が序列5、6でウルミナとかいう勝手に死んだ雑魚がコイツ等より上の4位……」
(イケメン男とヘテロクロミアの女が居たわよね。雰囲気的に序列1位と2位だと思わない?)
「そういや、そんなの居たなぁ。じゃあリョートが3位か?だとしたら底は知れるな、つまらん」
(弱体化されてこのレベルだと私としてもガッカリよ。早く終わらせて帰りましょ)
「ツバサにしては珍しいな」
(そんな事よりアナタの障壁破られるわよ)
「ん?」
呑気に喋っていた所を指摘され、リオンが光の障壁を見ると相手が放った攻撃の接触面から侵食が広がり青黒くなっていて、中心部はリオンが見た時には限界を迎えて腐食していた。
認識した直後光の障壁がバキンと割れ、侵入した流体がリオンの胸元を抉った。
それは勢いは衰える事無く徐々に胸元に侵入を試みてきたのでリオンは胸元と攻撃の境界に幾重にも光の障壁を張った。
そのまま腐食する前に風魔法で押し返し、リオンは後退した。
抉られた箇所を観察すると遅々だが未だに侵食が進行していたので急ぎ周辺の肉を削ぎ落とした。
地面に落ちたリオンの肉は腐食した様に黒く変色し、ボコボコと音を立てながら液状化した。
その具合を観察し終えたリオンは2人に目線を戻した。
「何だこの異能、水と土か?」
「私達が答える訳ないだろうが!」
「姉さん、いちいちコイツに応える必要無いよ。早く殺して帰ろう」
「そうね、さっさと終わらせましょう」
「酷い言い草、傷付いちゃうぞっと」
ぞんざいに扱われるも適当にケタケタと笑いながら軽口を吐くリオンは闇槍を10門放った。
迫る闇槍に2人は流体を当てた。
しかし速度は衰えず2人に迫り、身体を貫通した。
腕が千切れ、首が飛び、腹に穴が空く。
それでも2人から血が流れる事はなく、スライムの様にドロリと空白部分から粘液を垂れ流している。
リオンが興味深そうに観察していると自己再生するが如く、千切れた腕が、首から頭が、腹部の穴が治っていく。
「無駄だよ。お前の攻撃は僕等には効かない」
「クハハ!奇遇だな、この国に来てそのセリフを聞いたのは2回目くらいかぁ?クハハハハ!過去に言い放った奴は結局死んだから大言壮語だった訳だが、お前等はどうかな?」
言い終えると同時にリオンは火や水、土に風、光に闇と基本属性魔法を順に繰り出し2人の身体を削っていった。
避ける素振りを見せない2人の身体が原型残らず散ってリオンの目の前から消え去った。
気配を探るリオンが虚空を見ていると突然バランスを崩し、脚で支える事なく頭から地面に落ちた。
「だから無駄だと言ったぞ。その獣の如き小さい脳みそでも理解できたか?」
「前脚を削ったか……なるほどどうして、興味深いな。だがまあ無駄と言われたとて理解と納得はまた別だからな。俺に今できる事すべてをお前等に吐き出して殺せねえなら納得してやるよ。だが理解は不可能だな、なぜならその言葉が嘘だと俺が思っているんだからな。お前等は殺す、必ずだ」
「哀れな獣だ。姉さん、あれで終わりにしよう。とりあえず10%程度でいこう」
「分かった。合わせて」
「了解」
「勝手に話進めるなよ。ん?なんだそれ?」
リオンがポカンと動きを止めたのは目の前の2人が突如溶け合い球体になったからだ。
そのままの意味で水滴の様な球体になり、水以外にも土を含んでいるのか茶色も高速で回っている。
次第に回転数が上がっていったのか徐々に黒色部分も現れ、黒、茶、水色の三色が不均一に混じり合う異様な状態で落ち着いていた。
リオンは試しに闇槍を球体に5門撃ち出してみた。
結果はリオンの興味をより引き出すもので、2門は球体に取り込まれ闇色が球体に付いた気がした。
2門は球体に触れた部分から腐食が始まり風化したかの様にボロボロと崩れ去った。
最後の1門は球体を無傷で貫通していった。
それを見たリオンは、「ほう」と一言漏らすと再度闇槍を展開した。
ただ次は先程とか比較にならない100門という数を全方位から球体に向けて放ち、対象を貫き、消滅させた。
おまけの一撃としてリオンは火魔法を発動。
周囲一帯の水分が沸々と悲鳴を上げながら死んでいくのを眺めながら観察を続けた。
球体が水だったのでそのすべてを飛ばしたリオンは満足そうに笑った。
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[ 帰家穏座 ]
ギリアム帝国帝都ノイルから数キロ離れた平原に弾丸の如き速さで着弾した光る球体。
轟音はするが爆発しない所をみると不発弾だろうかと思われたそれは衝撃に耐えられなかったのかガラスが割れる様な甲高いを音を立てながら粉々に砕け散った。
中からは火薬でも魔石でも、液体でもない、2人の人間を生みだした。
その人間達は野太い声を発しながら宙を舞う。
このままだと自然の理通り放物線を描きながら落下するでろう。
しかしながら無様な声の男達は抗った。
宙を舞うその無様な動きは徐々に洗練され、最初から計算されていたかの如き動きで筋骨隆々の男はくるくると回転すると見事に着地を決めた。
その顔は怒りに満ちてはいたがこと着地に関しては満足そうであった。
対してもう1人のモノクルをした細身で神経質そうな男も宙を舞った直後に魔法を使い風を操ったのかふわりと宙空での動きを制御し、ゆっくりと地面に着地した。
その顔は青筋を浮かべ完全にキレていた。
先に着地していた筋骨隆々の男は神経質そうな男に合流した。
「あの野郎、ふざけた事しやがって。おいセッケル!ここはどこら辺だ?」
「そうだな……飛ばされた方角と距離からして帝国側の魔境の外縁付近の平原、か」
「まあ、そうなるよな。4国の中心にあるどこにも属さない、不可侵の森……故に魔境、ねぇ。それで?どうする?」
「そうだな……俺達の任務は達成してる。戻るのは無しだな。あちらの上層部にも話は伝わってしまっただろう、今更行ったとしても無駄だと思うし魔物の戯言だと思ってほしいものだな。しかしどう転ぶにしても一刻も早く王にご報告するのが先だ」
「はいよ〜。ほんと余計な事してくれやがって、あの猫野郎。次会ったら確実に毛皮剥いでやる!それでここからどうやって帰るんだ?」
「魔境も外縁程度なら魔物も弱いから問題ない。先程も言ったが一刻も早く報告しなくてはならないから急ぐぞ!」
「あぁはいはい、分かったよ」
無駄話の様な気楽さだが話をどんどん詰めていき、即座に次の行動まで移すのに5分も掛かっていない。
そんないつもの連携を自然とこなす2人組、彼等はルークスルドルフ王国第二騎士団団長の筋骨隆々の男、ドスオンブレと副団長であるモノクルをかけた神経質そうな男、セッケルだ。
そんな彼等は次には声を掛ける事なく無言で二人三脚の様に息が合った動作で走り出した。
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