第75話 小さな異変

 不思議な夢を見たリオンが目を覚ますとそこにはリノア達の元に向かわせた猫人族のミーヤが心配そうにリオンの顔を覗き込んでいた。

しかしリオンが目を覚ました事でミーヤは急いでクルス達を呼びに行った。

ボヤけた頭で暫く待っているとミーヤがクルス達を連れて来たので、むくりと起き上がり現在の状況を聞いていく事にした。


「リオンさん、ご無事で何よりです。ただリオンさんがそこまで追い詰められるなんて帝国の近衛魔装兵の実力は本物なんですね。怖い怖い」

「追い詰められてはねえが、その事について聞きてえ。お前等が俺を見つけた時はどういう状態だったんだ?」


 リオンからの問いにクルス達は暫く思案すると口を開いた。


「私達がリオンさんを見つけた時は下半身が無く左脚が欠損した状態でしたよ」

「そうか……。で?その後はお前等がなんかしたのか?」

「いえいえ、私どもは何もしてませんよ。リオンさんが道端で倒れられていたので私達で頑張って食糧庫のこの場所まで運んだだけですよ。そこから1日はどうすればいいか分からなかったので見守る事しかできませんでした。血も出ていなかったし、何でしたらリオンさんの顔が少し穏やかになっていましたからね。楽しい夢でもご覧になっているのかと思って私はあまり心配しておりませんでした。そして2日目、つまり今日ですが、突如リオンさんが光り輝いたと思ったら欠損部位が徐々に再生していきました。これが私達が見た全てです」


 話を聞き終えたリオンは考え込む様に再び寝転がる。

その時首裏から変な声が聞こえた。

そういえばと思い出したリオンが首裏に張り付いている存在に声を掛けた。


「ウピル、お前はコイツ等が来る前から起きてたろ?どうだった?」

「りおんさまがぶじで、よかったー。もういたくない?だいじょぶ、ですか?」

「お前に心配される程弱っちゃいねえよ。それでお前は何か見てたかよ」

「クルスさんたちが来てから目をさましました。だから見て、ません。ごめんなさい」


 ぷるぷる震えながら喋るウピルを一瞥すると会話内容も特に得られるモノがないと判断したリオンは今後の動きをどうするか思案を開始するとすぐにクルスに呼ばれた中断された。


「リオンさん、動き出す前にひとつお伝えしたい事があります」

「ん?なんだ?」

「はい。リノア殿とエレオノーラ殿両名を救出しました。その際戦闘中だった皇帝直属近衛魔装兵のアルマースを撃破いたしました。戦利品として両腕を奪ってきたのですが、気付いたら跡形も無く消滅していました」

「ん?アイツ等まだ生きてんのか?それにしては魔力が感じねえがなぁ。それにしてもアルマースってアレかぁ?たしか亀か……ふむ。ソイツにお前等ちゃんとトドメ刺したのか?ちゃんと息の根が止まってる事を確認したか?粉々か燃やすかしたか?」

「はい。リノア殿もエレオノーラ殿も生きております。今ミーヤの魔法で存在を隠蔽して守っています。それに伴いお疲れかと存じますがリオンさんにはお二人の事を診ていただきたいのです。表面上応急処置はしましたが、理由は不明ですが未だに意識が回復しないのです。アルマースなる者に関しては最後首を掻っ切ったので既に死んだと思い、詳細には確認してませんでした。申し訳ございません」

「へぇ、俺が気配も感じ取れねえなんてな。アイツの魔法に興味が湧いたな、クハハ。寝起きだが気分が良い、リノア達の場所まで案内しろ」

「畏まりました。して、アルマースなる者の処遇は如何いたしましょうか」

「あん?あんな雑魚ただ硬いだけの亀だろうがよ。無視で構わねえよ。お前等は商人だからな、コクウがいながら見過ごしたのはお前等らしいが、まあ仕方ねえなとしか言えねえよ。生きてりゃ次確実に殺せばいいだけだろ。そんな事よりリノア達がまた負けた事の方が問題だろうがよ。あの雑魚共が!」


 リオンは不機嫌そうに吐き捨てると歩き始めた。

それを見たクルス達は足早にリオンの前に出ると二人が居る場所まで先導していった。

ミーヤ、サバーカ、コクウは最初だけリオンの無事を嬉しそうに話し合っていたが状況説明の際には一切口を挟む事無く無言でリオンを見ているだけだった。

普段と様子の違う3人にリオンは特に気にした様子も無くスルーした。

暫く歩いた先には倉庫内にも関わらず雑に増設された部屋が歪に造られていた。

リオンが入るには小さ過ぎるその部屋にクルス達が入っていく。

仕方ないとため息をひとつ溢すとリオンも人型になろうと魔力を込めるが、リオンの意思と反して収束した魔力が突如霧散した。

その状況にキョトンと首を傾げたリオンは複数回同様の動作を行うが、結果は全て失敗だった。

暫く考え込むリオンだったが、それなりに時間が経過していたのかいつまで経っても部屋に入って来ないのを不思議に思ったクルス達が部屋から顔だけ出した。


「どうかされたんですかリオン様〜」

「早く来てください」

「ちゃんと人型になって下さいよ」


 ミーヤ、クルス、サバーカの3人から次々とツッコまれ、無言で見て頷くコクウ。

考えるのも面倒になったリオンは思考を放棄した。


「ツバサ、テースタ、お前等が行って診て来い」

(面倒臭くなったからってすぐ私達に頼むのはどうかと思うわよ?)

(そうじゃそうじゃ!だがしかしリノア嬢の危機とあらばこの老骨這ってでも向かう所存じゃわい!)

(わたしも出るー!お腹空いたもん!)

(わたしはリオンの側にいるからいいもんねぇ)

「うるせぇ!早く行けアホども」


 急に騒がしくなる脳内に一喝するとガシャンと髑髏がリオンの腹から落ちた。

カシャンカシャンと音を立てながら起き上がると瞬きの間に髑髏だった筈の存在は老人の姿になっていた。

そんな老人、テースタは嬉々として部屋の中に入っていった。

クルス達もテースタが向かった事で共に2人の元に戻っていった。

暫く待っているがいつまで経ってもツバサ達が出てくる様子が無いのでリオンが問い掛ける。


「おいツバサどうした?爺が行ったからOKな訳じゃねえぞ?お前も行ってこいよ」


 現在もリノア大好き爺のテースタが居れば問題無いとは思っているリオンだが、一応リオン一派の中でギリギリ常識人の位置に居るツバサも行ってほしいと思っていたが、そんな彼女の返答にまた新たな問題が発生する。


(アナタと同じよリオン。魔力が霧散して出れないわ)

「は?オピス、ルプ、お前等はどうだ?」

((出れないよ〜))

「意味が分からねえ。なんで爺だけ出れんだよ。期待はしてねえが、ロン、ブロブ、お前等はどうだ?」

(出れん!どうなってやがる!)

(僕も無理だね。まあ出る気はないからいいんだけどねぇ)

「……何がどうなってんだ?……まあいいか、後で爺にでも聞きゃ分かるだろ」


 深く考えても答えは出なさそうだったので問題をぶん投げたリオンはテースタに念話を送るとよっこらしょと横になり休憩し始めた。


(おい爺どうだ?)

(問題無いわぃ。損傷は治っておるが疲労までは癒えてないだけじゃな。このままゆっくり休めば今日か明日にでも自然に目を覚ますじゃろ。まあこのうさぎ達に渡したワシ特製ポーションを使ったんじゃ、死んでも蘇るでの、わしゃしゃしゃ!)

(あぁそうかい、それなら一旦こっち戻ってこい。話がある)

(嫌じゃ!)

(は?)


 2人が特に問題無いと判断されたのでリオンはテースタを呼び戻そうとするがテースタが駄々を捏ね、頑なに戻るのを拒否し始めた。

面倒だと思いながら渋々理由を聞くとリノアの寝顔を堪能したいと意味不明な事を言い出したのでクルス達に引き摺ってきてもらった。

姿を見せたテースタは老害とも呼ぶべき悪態を吐きながらリオンの前に突き飛ばされて顔面から地面にダイブした。

見た目老人のテースタが泣きじゃくりながら地面に突っ伏し、意味不明な事を叫んでいる光景は控え目に言って気持ち悪かったのでリオンは首根っこを汚物でも触る様に掴み、持ち上げる。


「なんでお前だけ俺から離れられんだ?魔力が霧散して他の奴等は出れねえし俺は人型になれねぇ、どうなってやがる、説明しろ」


 リオンの問い掛けに喚いていたテースタがピクリと反応すると真顔でリオンを凝視した。

暫くそのままジッと観察していたテースタだったが何かを納得した様に頷くと口を開いた。


「…知らんわ降ろせバカタレが!どうせ時間経過で元に戻るじゃろ、ふん!」


 意味深な一拍の後、暴言を吐き暴れ出すテースタを鬱陶しく思ったリオンは疑問を吐かせるより面倒臭さが勝ってしまい憂さ晴らしを含め彼を建物に向かって投擲した。

轟音をバックに建物を貫通していくテースタから視線を外すと改めてクルスに質問を投げた。


「おいお前等、この2日で帝国の奴等は誰も襲撃に来なかったんだな?」

「はい、来てませんね。やはり妙ですよね。コクウには偵察もしてもらってましたが近くに兵の気配も無かったですね」

「泳がされてる?それともアイツがなんかしてんのか?」

「アイツ、ですか?それは一体……」

「人間っぽい奴だ。確かレイとか言ったか。お前等が仕留め損なった硬い亀の仲間だな」

「レイ?そんな名前の人、私の記憶にはないですね……。ただ近衛魔装兵は殆ど謎に包まれていますからね、知らなくても仕方ないと自分を納得させておきます。それでリオンさん、今後はどうするつもりですか?」


 クルスの言葉にリオンは少し考えると笑いながら応える。


「クハハ、やる事は変わらねえ。せっかくこんなデカい遊ぶ舞台を用意してくれたんだ。楽しまなけゃ損だろうがよ」

(リノアちゃん天翼人族の宝杖を回収するんじゃなかったの?)

「ん?確かにそうだったな!ついでに杖も回収してやるよ、グワハハハ!」


 ツバサのツッコミに笑って誤魔化すリオンだが、事情を知ってる者からは白い目を向けられるも全てスルーして改めて今後の行動指針を話し合おうと思っていると突如轟音が響き渡り倉庫の屋根が吹き飛んだ。

時間感覚が無かったが屋根が吹き飛んだ事で陽の光が倉庫内に降り注いだ事で今が昼頃だと判明した。

横を見るとクルス達が突然の出来事に慌ててオロオロしており、その姿を見てるだけで滑稽で笑えてくるが頭上からは絶え間無く2人分の殺気がバシバシと降り注いでいたのでリオンは怠そうに顔を上げ、口を開く。


「クハハ、帝国は訪問の際に屋根を吹っ飛ばして、それをノックとでも言うのかな?」


 皮肉たっぷりに煽ってみるが頭上の人物達は未だ無言で宙に浮いている。

更に2人の周囲には瓦礫がくるくると回っている。

魔力を見てみるが、やはり何も感知できないので異能者なのだろうと思いながら相手がどんな能力なのか不明なので俄然興味が湧いてくる。

先程吹っ飛んでいったテースタは既に体内に回収済なので後は意識が無い足手纏い共をどうするかと思っていると、数秒前までオロオロしていたクルス達が迅速に動きリノア達が居る部屋に入って行った。

中ではガサゴソ何かやってる。

頭上の2人はクルス達に興味が無いのかリオンだけを殺意100%の眼力で射殺そうとしてくる。


(え?俺なんかした?凄え睨んでくるじゃんあの2人。んー、どっちもエルフか……あれは、双子?顔そっくり、ウケる。ひとりは白髪の黒瞳の女、もうひとりは黒髪の灰瞳の男か、知らねえ奴等だ。初対面で殺意向けられる人生送って……るかもな、クハハ)

(寧ろその姿で帝国で殺意向けられない事の方が少ないんじゃないかしら?)

(えー?リオン嫌われてるの?いい子いい子しようか?いじめてる子はだーれ?殺す?殺しちゃう?)

(リオンはいつも嫌われ者だったじゃーん。そんなのどうでもいいからご飯が先だよ〜。もう2日も何も食べてないんだってよ?死んじゃうよ?)

(とりあえずあの2人の異能が気になるのぉ。ほれリオン、はよ煽って彼奴等の攻撃を受けるんじゃよ!実験に犠牲はつきものじゃて!ひょひょひょ)

(うるせえバカどもが!俺は紳士として例え殺意を向けられていようと紳士的に解決してみよう。そう紳士としてな)


 いつもの軽口にツバサ達の冷めた視線が体内からバシバシ刺さるがお構い無しにリオンは頭上の2人に紳士的に対応した。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。私はリオンと申す者、現在アナタ方のお仲間であるレイさんにこの国に招待されて赴いたものの道に迷ってしまいましてね、ハハハ。いやはや困ったものですよ。よろしければレイさんの所まで案内していただけませんか?その道中にでもお二人のお名前も伺えれば幸いです」


 リオンは紳士的に振る舞った事で充足感に浸っていた事で頭上の2人が額に青筋を浮かべているが全く目に入っていなかった。

その結果、当然この後の流れは自明の理であった。


「「死ね!!!」」


 息の揃った2人の怒号と周囲を高速で回っていた瓦礫がリオンに向かって突っ込んできた。

寝起きで油断しまくっていたリオンは案の定瓦礫を真正面から受け倉庫を突き破り吹っ飛んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[格物致知]



 ギリアム帝国帝城カルディアの一室にて窓からある一点を見つめている金髪碧眼の美青年がひとり。

どれくらいの時間をそう過ごしていたのか艶がある高級感漂う机上の紅茶も出番が無いのかすっかり拗ねて冷めてしまっていた。

美青年は時々目線の先の爆音に反応し口元が緩み楽しそうに微笑んでいる。

そんな美青年の後方から鈴音の様な美しい声音が響く。

ただそんな美しい声音は隠す気も無いくらい呆れ成分が大半を占めていた。

そんな声に反応した美青年は楽しい気分を害されたのか顔を顰めたが、振り返り声の主が視界に入る前には普段通り微笑みの貴公子然とした表情で相対していた。


「やあラウム、どうしたんだい?執務作業はだいぶ前に終わらせた筈だよ?」


 呆れた声の主、ターコイズブルーの髪に金と銀のヘテロクロミアを持つ美しい女性ラウムは美青年の態度にとある獅子の獣を脳内で何回も殺していた。


「そうじゃないわレイ。アナタは既に知っていると思うけれど、報告よ。アルマースとリョートが別行動をしたわ」


 ラウムの報告に美青年のレイは顎に手を置き考える素振りをした。

口元が笑っているのを隠そうともしないレイの態度にラウムは突っ込む事なく茶番に付き合う事を選択した。

ラウムが言う通り既に知っているレイはすぐに口を開く。


「そうだね。この場所にアルマースくんが居るから回復薬を持って部下を向かわせておいてくれ。あまり遅くなると死んじゃうから急いでね。リョートの方は今楽しい所だからまた後で指示するよ」


 地図を見ながら的確に指示を出すレイにラウムはアルマースの対応指示を迅速に済ませるとリョートに関して質問する。


「リョートに援軍は送らなくていいの?」

「え?なんでそんな事するの?」

「は?」

「え?」


 彼女の質問がレイには余程意味不明だったのか眉根を寄せ質問を質問で返した。

普通の感覚であれば人と魔物の戦闘でタイマンをする事はあり得ない。

それを実行するのは余程の自信があるかバカか戦闘狂か、何れにしても頭のネジが数本飛んでないとやらない事だ。

それなのにレイはそんな事を言うのでラウムの思考はフリーズしてしまう。

そんな彼女の様子を観察して納得したのかポンと手を打つとレイは詳細に語りだした。


「君の懸念してる事が分かったよ。でも今はそれが無粋なんだよね。ラウム、僕が仲間達を鍛錬したのは覚えているかい?」

「つい最近の事じゃない。覚えているわよ、それがどうかしたの?」

「異能者も魔術師など魔法を使う者、差異はあれどそれ等は突き詰めると技能であると僕は考えている。そして実際に彼等の鍛錬をしていて気付いた事があるんだよ。それはね、異能者の技能には段階があってね、その制限を解除していく事で異能の力が上がっていくんだよ」

「それは興味深いわね。実際アナタはどのくらいまで鍛えたの?」


 レイの語る内容に興味を引かれたラウムは目を輝かせながら続きを急かす。

その様子がレイも嬉しいのか笑顔で続きを話し始めた。


「その前に異能の基本的な性質について簡単に話しておこうかな。基本的に人に宿る異能は魔法でいう所の火水風土光闇の6属性が発現する事が殆どなんだよね。魔法と違う所は魔力を使用しない所だね。ただそれなら異能は何を媒介にしてるかというと、これはまだ解明されていないから何とも言えない」

「何よそれ……。でもアナタなら予想くらいできているんでしょ?今はそれでいいから教えなさいよ」

「ふふ、君も夢中だね。これは推測では無く事実だけど僕達の身体には魔力以外にも分かってるだけで気力と聖気があるんだよね。ここからは推測になるけど、恐らく異能に使用しているのは気力だと思うんだよね。この気力と言うのは東の大陸で主に使用されていて、これは武と併せて使用する技術らしい」

「じゃあ私も気力や聖気が使えるってこと?それができれば異能も開花するの?」

「それに関してはまだよく分かってないよ。気力も聖気も努力次第で獲得できるとは思うけどそれで異能が使えるかと言われれば、たぶん無理だろうね。異能は絶対数が少ない事もあってまだ未解明の部分が多過ぎるが、主に先天的に宿るものだと思う」

「そうなのね……残念だわ。まあ今は仕方ないわね、続きを聞かせてちょうだい」

「ラウム、君は本当に良い子だね。僕はとっても嬉しいよ。じゃあ続きはアルマースくんを例に話そう。彼の異能は簡単に言うと土属性を鎧の様に装備する事なんだよね。そしてその硬度は今は仮定として気力と言わせてもらうけど、この気力の使用量に応じて変わる事が分かったのさ。そしてここからが魔法と違う所でね。異能は注ぎ込む気力量と使用時間により自らの身体を異能に侵食される。仮にこれを侵食率と定義して0%から10%刻みの11段階に分けると20%程度までなら長時間使用しても後遺症無く使用できる。だがそこから10%上がる事に使用時間と後遺症リスクが上がり100%で異能を発動すると使用時間が数分でも後遺症が残り、もう人としての活動はできないだろうね」

「やはり人族の肉体に精霊とも言うべき属性付与は負荷が大き過ぎるのかしら?半魔半人とかなら耐えられるかしら……素体がたくさん欲しいところね」


 レイの話にラウムは己の仮説を組み立て検証に進もうと脳をフル回転させていたが熟考しそうになる前に緊急停止させられる。


「ラウム、研究熱心なのは素晴らしい事だが今は僕の話の途中だよ」

「ん?あぁ……そうだったわね、ごめんなさい。それで結局リョートに援軍を送らないのは今の話と関係してるのよね?」

「もちろんだとも。リョートもそうだけど鍛錬において全員30%までは解放する事ができたんだよね。でも今でも30%ですら数分が限界ときてる。それじゃあ彼は満足しないし物足りないだろう?」

「彼?それってもしかしてあの獣のこと?」

「こらこらラウム、彼は僕の親友だよ?そんな呼び方は僕にも失礼だと思うよ?ちゃんとリオンさんと呼んで欲しいな」

「……それで?その、リオンさんが満足するのと援軍を出さない理由は?」

「んー……ほら、人ってさぁ、追い詰められた時に自分の限界を超えるって言うだろ?もともと僕の命令を無視して単独行動をしたんだ。まあこれくらい修行とみなしてあげようよ」


 戦力が減る事への不満はあるが軍規において上官の命令違反は本来死刑なのでレイの言っている事は許容範囲であると自分を納得させ、今後の指示を仰ごうとした瞬間、とてつもない速度でレイが外に視線を送った。

ラウムも一緒にレイの見ているポイントに視線を送り、色々手遅れだと気付きため息を吐いた。


「はぁ、リョートの気配が完全に消えたわね。弱々しくはあるけど、獣……リオンさんの気配も消えかかってるわね」

「全員を集めてくれ、今後の作戦会議だ。リオンはまあ放置で大丈夫だ、彼なら問題無く復活してくれるさ」


 それだけ言うとレイは急いで部屋から飛び出して行った。

彼を見送ったラウムは再び窓の外に視線を向けた。


「今なら私が殺しに行ってもいいんじゃないかしら……はぁ、やめといた方がよさそうね」


 独り言ちたラウムは指示された通り全員を呼び出し会議室のセッティングを行いに移動していった。

その後全員集合するまで待ち、それから長時間に及ぶ作戦会議が行われ、2日後にリオンの気配が突如膨れ上がった事に気付いたレイが喜びのあまり会議をこれまた突如終わらせた。

途中から時間稼ぎであると全員が思っていたが何か意見する人はいなかった。

しかし発言しないだけで全員が呆れた顔をしていた。

レイがリオン復活に喜んでいる近くでは真逆の反応をした2人が弾丸の如き速さで会議室を飛び出して行った。


「良かったの?あの2人を行かせて」

「構わないさラウム。エローもコローもウルミナの事を慕っていたからね。武闘大会でリオンに殺されたとずっと思っているから気持ちが抑えられなくても仕方が無いよね。でもそうだな、僕にはみんなを鍛錬した責任があるからね。しっかりと見届けさせてもらうよ、ふふふ」


 楽しそうに語るレイにやれやれと首を振るラウムだったが、しっかりと彼の横に居て付いて行こうとしているあたり彼女も気になって仕方が無いのだろう。

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