第73話 極寒と灼熱

 リオンは今までのリョートとの戦いを反芻して記憶を整理していた。

目線を下にやれば肘辺りまで砕け落ちた左脚が未だ再生されずにいた。

先程より収まったとはいえ依然として周囲を凍結による侵食は続き、それはリオンの表面をも凍らせ続けていた。

ただしリオンも常時とろ火程度の火魔法で解凍しているので今のところ問題はない。


(脚が全然再生しねえんだが、どうなってんだ爺)

(んん〜?確かに変じゃのぉ〜ヒョヒョヒョ。ふむふむふむふむ、なるほどのぉ)


 どこから見ているのか表面に出ずとも気配で左脚を凝視しているテースタが何かに納得している。

そんな様子にリオンも左脚に顔を近付けると観察し始めた。

しかしそれも2人の幼女が体内で喚き始めた事によって中断された。


(リオンお腹空いたよ〜!あの人粉々にすり潰してかき氷にして食べたいよ〜!)

(リオンわたしとも遊んでよ〜!あんな女なんかに時間使わないでわたしにもっともっと使って!)

(アイツすり潰してもすぐ元に戻っちまうから無理だな。周りの建物でも食べてろ。ルプは……とりあえず暇なロンと遊んでろ)

(何でわたしが土壁を食べなきゃいけないのぉ!んぐんぐ、意外と美味しい?かもしれない。でもでも!やっぱりお肉が食べたいー!)

(あぁー!オピスには構ってあげるのにわたしは無視なのー!ロンはつまんないからイヤー!リオンがいいぃぃよぉぉぉ!)

(うるせぇ黙れ!それで爺、何が分かった)

(そうじゃのぉ、異能者の特性なのかは分からんが今お主の左脚は魔力が通り難いか阻害される何らかの力が働いておるのぉ。じゃから自己再生や治癒も効かんし恐らくワシ等が持っとるポーションもお主の脚を治す事はできんじゃろなぁ。彼奴、リョートとか言ったかの……あの小娘を殺したらこの力が無くなるのかは不明じゃわい)


 テースタの考察を聞いたリオンが思考を巡らせていると前方から少し困惑した声が飛んでくる。

どうやら少し考えに没頭し過ぎて時間が結構経過していたみたいだ。


「アナタのその尾と言うか銀蛇はお腹でも空いているのかしら?そんな建物の壁を食べるなんて……まともな食事をさせていないの?」

「は?何言ってんだお前、そんな……」


 どこか間の抜けたリョートの言葉が耳朶に響き、リオンは先程まで適当に処理していたオピスに視線を向けるとそこには彼女が物凄い勢いで凍結した建物を食している姿が目に入った。

その姿にリオンは呆れて言葉を失う。

だがそのリオンの反応に対し更に呆れた様子のツバサが念話を送ってきた。


(呆れてる様だけどリオン、アレはアナタがそうしろって言ったのよ?実行して食感なのか味なのか、とにかく悪くなかったから今も食べてるだけ。それにしてもあのリョートって子の反応も意外と真っ当だったわね)

(確かにそんな様な事言った様な気がするが……まあそれで静かにしてんならそれでいい。問題はねえな、クハハ!)

(もう無理なんでしょうけど、アナタのその適当な性格直した方がいいと思うわ)

(無理と分かってるなら態々言うんじゃねえよ。そんな事より今は目の前の玩具を楽しまねえとな、クハハハハ!)


「そんな事よりそろそろ再開するぞ」

「アナタがボーッとしていたんじゃない。まあでも、再開するのには異論は無いわ。それでもアナタが私に勝つのは不可能ですけどね」

「不可能ときたか、クハハ!たかだか脚一本落としたくらいでイキがるなよ!」

「やってみれば分かるわよおバカな魔物さん」

「グルルルルルゥゥ、ガアアァァァァ!!!」


 リョートが言葉を出し切った直後、彼女が立っていた場所が爆発する。

その余波で周囲の建物も突風に耐え切れず倒壊する。

相変わらず避ける素振りを見せず建物の倒壊に巻き込まれ押し潰された。

未だ変わらず周囲は凍結を続けているが、リオンは追撃として中空に無詠唱で火魔法を発動した。

最初は飴玉程の大きさから徐々に膨張していき、直径が5mを超えた辺りでピタリと止まった。

煌々と輝く火球をリオンは眺めながら追加で魔力を注いでいく。

すると火球は明滅しながら収斂し始めた。

リオンはリョートが潰された場所を見るとそこには再生を始めているリョートの姿が確認できた。

再生速度は落ちているがそれでも後数分は再生に

時間が掛かると判断したリオンはそのまま暫く中空に浮かぶ火球の様子を見る事にした。

それは次第に圧縮し始め、それと同時に先程まで極寒だったその場所は加熱されていき極寒とは真逆である砂漠の様相を呈しており、凡ゆる水分が蒸発していっていた。

建物も例外では無く何十年も経過したかの様に表面からひび割れ、遂には崩壊していく。


「仮に空気中の水分から再生すんなら集まれねえくらい分解すりゃいい!クハハハハハ!どうだ!完璧だろう!!更に風で巻き上げで分散すりゃもう終わりだろうよ!」

(力技っぽくてバカみたーい、キャハハ!)

(パサパサして水が欲しくなる〜)

「バカ言え、全て計算し尽くされた上での方法だ!まあそろそろいいか、コイツも大口叩いた割にショボイ最後だったな。さてさて次の相手はどんな奴かなぁ、楽しみだな」


 リオンは火魔法を消し去るとキョロキョロと周囲を見回す。

砂漠化した一帯を満足気に喉を鳴らし、その場を立ち去ろうと歩こうとして一歩脚を出そうとした瞬間、バランスを崩し倒れ込んだ。


「ん?あぁ、そういや脚一本ねえんだったな。それにしてもアイツ殺しても阻害されてる感じ?ってのが消えねえなぁ。三本脚じゃ不便だな、義足が必要か……」


 倒れ込み、伏せ状態のリオンは欠損した左脚を凝視するとパキパキと氷の義足を作り出した。

ムクリと立ち上がり、左脚の調子を確かめたリオンは満足気に笑いながら歩き出す。


「次はどこ行くかぁ。やっぱ城に直接行くかなぁ」

(ご飯食べてから行こうよ〜。もうそろそろ夜ご飯の時間だよ〜)

「んー……そうだなぁ。左脚も万全じゃねえし今日はどっかで休むか、ほら行くッゴボッ!」

「浮かれてる所悪いけれど、まだ終わってないわよ魔物さん」

「……ッグルルルルル、不意打ちとは、あまりお行儀が良くねえんじゃねえか、テメェ……。それよかあの魔法でも死なねえなんて異能者ってのはだいぶしぶてえんだな、一体どうなってんだ?」

「ふふふ、獣風情が私達人族に行儀を説くとか笑えるわねぇ。別に私は不死身って訳じゃないのよ、単純にアナタが私より弱い、ただそれだけ。どういう原理なのかはアナタのその小さい脳みそで考えてみたらどうかしら。けど考えた所でどうせアナタのその傷ではもう長くはないんじゃないかしら?」


 リョートが指差した先、リオンの身体中から氷柱が飛び出してハリネズミの様な姿になっていた。

氷柱はリオンのみならず顔を出していた金狼であるルプ、黒翼を出していたツバサ、建物を食べていた銀蛇であるオピスもズタズタになっていた。


「ク、クハハ、この程度で、俺を仕留めたと思って、んのかよ」

(いたーい!目の前真っ暗ー!いたーい!どうなってんのー!)

(キャハハハ!ルプの目から氷柱が生えてる〜!まぬけ〜キャハハ!)

(そんな事言ってオピス、アナタも身体中から氷柱を生やして世紀末っぽい格好で滑稽よ、ウフフ)

「あぁ、痛えな……クソが!だが、左脚削ったやつより、弱い攻撃だなぁ。それにテメェ、さっきより、縮んでねえか?クハハハ、テメェも限界ってこったな」

(ねえねえリオンがわたし無視してな〜い?いたーいって叫んでるのに聞いてくれないよ〜?わたし目から氷柱生えてるんだよ?ひどくない?ねえひどくない?)

(ルプ仕方ないよ〜。わたしだって全身トゲトゲなのに無視されてるもん。でもこの氷柱美味しいよ〜。パサパサした建物ばっかり食べてたからいい感じだよ〜)

「無駄口もそこまでよ。しぶといアナタには私のとっておきをあげるわ。喜んでくれるといいのだけれど」

「クハハ!来い!まあ今回は反撃するがな!」

(ねえねえやっぱりわたし無視されてる?なんか2人だけの空気出してない?わたしがヒロインだよね?え?わたしモブ感でてない?)

(少し黙りましょうかルプ。アナタがヒロインだとすれば、過程がどうあれ最後には勝つものよ)


 体内念話のくだらない話を全力で無視したリオンはリョートの動きを観察していた。

彼女は先程は10人だった氷像を倍の20人に増やしてリオンを取り囲む。

同士討ちを避ける為か半数は宙に浮かび対角線上からズレながら並ぶと攻撃準備に入っていた。

相変わらずリオンには感知できない力を溜めていた。

さすがに今の状態で全方位攻撃を喰らうと拙いと思ったのかリオンは人数分の火魔法を展開し、力を溜めていった。

徐々に緊張感が高まり、リョートの氷結とリオンの灼熱の空気がぶつかりあった。

相容れないお互いを表す様に灼熱の空気は上空に舞い上がり、氷結の空気が地面を叩き付けた。

灼熱の空気が急激に冷却され霧となって周囲の景色をボヤけさせる。

このまま濃霧になれば視界を塞いでしまうが、そうはならず薄霧のまま不自然な挙動を示しながら漂っている。

周囲に漂う水分を全て吸収するかの様な勢いでリョートの氷像に薄霧が集まっていき、彼女からの圧が更に強まっていった。


「皮肉なものね。氷に対して火で対応していたみたいだけどアナタが火魔法を使う事によって私を更に強化しているだなんてね。残念だったわね、これで終わりよ、魔物さん」

「バカ言うんじゃねえよ。テメェがそろそろ限界だから全力出して死ねる様に助けてやったんだろうがよ!」

「……死になさい」

「テメェがな」


 高まった力がお互いに向けて放出された。

リョートの不可視の力に対してリオンの火魔法の熱線が衝突する。

バチバチと互いの力が中央で拮抗し激しく明滅しながら全てを白く染め上げる。




 どれ程の時間が流れたか、互いの攻撃が止み白んでいた空間へ徐々に色が入り始めそこに存在していたモノ達が溶け出した。

そこには数十体いたリョートの氷像は全て消失しており、本体である彼女のみ立っていた。

既に彼女自身の氷像化は解けていた。

リオンも先程と変わらない位置に佇んでいた。

ただ先程とは明らかに違う箇所があった。

そんな状況にリョートは見上げながら見下した。


「まあ当然の結果よね。獣如きじゃ私達人族に勝てる訳ないのよ、己が分を弁えなさい!」

「…………クハハ、テメェも、強がんなよ……身体中が、崩れてんぞ……」

「確かに今の状態だと先程の技は使えないけれど、今のアナタ程度であれば問題ないわ。そういう訳で、今度こそさようなら」


 パキパキと下半身が崩れるリオンに向けて同じく身体がパキパキと崩れ始めているリョートが片手に異能の力を集め始めた。

勝利を確信したリョートにリオンは一瞬左側の倒壊寸前の建物へ視線を向けた。

それにつられたリョートが建物に注意を逸らした瞬間、リオンがボソリと呟いた。


「集中は俺が死ぬまで解くんじゃねえよ」


 ハッとしたリョートは顔を勢い良くリオンに向けるがそこには変わらず死にかけのリオンがいるだけだった。

ただのハッタリだったと安堵したその時リョートの視界と意識がブラックアウトした。

その刹那、最後に聞こえた言葉はとても愉快な、悪戯に成功した悪ガキの様に楽しげなものだった。


「上だよバーカ」





 下半身と左脚を失い、右脚だけで立っていたリオンだったが遂に右脚の力を緩め地面に倒れ込んだ。

全身の倦怠感を感じながらも自らの下半身の状態を確認する為にツバサ達に念話を送る。


(俺の下半身どんな感じ?)

(左脚と同じじゃわい。ポーションは効かんし魔力阻害もそのままじゃ。じゃが彼奴が死んで異能の力は止まったようじゃな。これ以上下半身が崩れる事はないのぉ)

(それなら大丈夫か……?)

(全然大丈夫じゃないわい!このままだとリオン、お主死ぬぞ?)

(ハァ?なんでだよ)

(何でじゃと!?相変わらずバカじゃの、どんな生物であれ表面を覆う膜が破ければ中に詰まってるモノが抜けるじゃろうが!今のお主の下半身からはドバドバ魔力が流れでておる。お主の図体でももって数分ってところかの)

(え?やばいじゃん、とりあえず焼いて止血するか。確かに、認識した途端、だんだん眠くなってきた……。おい、オピス!ソイツは残さず食えよ)


 瞬時に自らの下半身を焼き、止血を済ませ延命すると目の前、リョートが居た所に突き刺さってるオピスに指示を飛ばした。

リオンはリョートとの撃ち合いの際に下半身を飛ばされた時尻尾、つまりオピスを切断し空に放り投げていた。

通常であればすぐに再生するリョートだったが異能の酷使により、それが不可能な状態でオピスに食われ身体を全損したので文字通り消滅した。


(大丈夫だよ〜。わたしにかかればひと飲みだからね〜。ひんやりしてて美味しかった〜!あっ、それとね〜)

(待て!普段なら、お前の戯言も、しっかり聞き流した上で、先に進むが……今はマジでヤバい……。い、意識、が、き、きれ……)

(えぇ、大事なことなのに〜。あれ?リオン?)


 脳内をガンガン行き交う念話を遠くに感じながらリオンは意識を手放した。


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