第72話 氷の異能者

 ギリアム帝国は一年を通して気温が一定で数ヶ月雨期はあるものの過ごし易い国として知られている。

そんなギリアム帝国の中でも現在帝都ノイルの一部では異常気象が起こっていた。

パキパキと周辺の建物が氷結していくその中心には水色の髪に同色の瞳を携えた女が腕を組みながら視線はある一点を凝視していた。

見つめられてる本人である漆黒に身を包み、獅子の顔をした魔物であるキマイラ、リオンはパキパキと表面に薄氷を纏いながら嬉しそうに限界まで口角を吊り上げていた。


「こんにちは厄災さん。アナタを殺しにきたわ」


 水色髪の女が世間話でもするかの様に殺害宣言をしてくる。

対してリオンは白い吐息を出しながらパキパキ薄氷を割りながら笑い出す。


「クハハハハ!今までの奴よりかは楽しめそうだな。最初から全力で来い!」

「あらあら、話に聞いた通りの傲慢な魔物だこと。アルマース如きに勝った程度で調子に乗らない事ね」

「はぁ?アルマース?なんだそれ?人の名前か?雑魚の名前なんていちいち覚えてねえよ。そんな事より異能持ちはみんなお前みてえな感じなのか?」

「どうかしらね。それをアナタに教える理由はないわね」

「確かにな。クハハ、まあ死ぬ前にでも語ってくれや」


 返答の代わり無詠唱で放たれた極寒の冷気がリオンを呑み込んだ。

表面から急速に凍っていくリオンは自らの身体に火魔法を纏い氷を溶かしていく。

暫く無言の攻防が続くが徐々にリオンの火魔法によって溶けた氷も再度凍結する事で均衡は水色髪の女型に傾いていった。

そんな現象を興味深そうに眺めていたリオンだったが1つの疑問が頭に浮かび水色髪女に問い掛ける為目障りな魔法を吹き飛ばした。

制御が離れた異能は魔法同様その場で霧散した。


「おい……そういやお前の名前聞いてなかったな。誰だお前?」

「喉まで凍り付いて意識を失わないなんてタフな魔物ね。魔物に名乗る名なんて本当は無いんだけど……まあいいわ、ここまで耐えたのだから今回は特別に教えてあげる。私の名はリョート、ご存知の通り氷の異能者よ」 

「俺に呼吸は必要ねえからな、そう見えるのはただの癖だ。んー?ん?そんな事まで俺に教えていいのか?負けた時の言い訳か何かか?」

「そんなんじゃないわよ。それを知ったからといってアナタに負ける事なんてないもの」

「そりゃ凄え自信だな。偽りじゃねえ事を期待してる、ぞッ!!」


 リオンが無詠唱で闇槍を放ち、避ける素振りも見せないリョートの腹を貫通した。

闇槍は刺さった接触面から凍結していき闇槍を全て覆うと粉々に砕け散った。

リョートの腹に空いた大穴からは一滴の血も垂れておらず、その大穴も時間経過で氷が補修し完全に元通りになった。

すると不思議そうに首を傾げたリオンは再び闇槍をリョートに放つが、今度は10発に増やしてみる。

5本は直進し5本は上昇し時間差でリョートに襲い掛かる。


「無駄よ」


 リョートが短めに放った言葉通り9本の闇槍は彼女の全身を貫くが先程同様闇槍が粉々に砕け散り、闇槍により全身が粉々になった彼女は先程より時間を掛けて元通りに修復した。

チラッと上空を意識を向け満足したリオンは意識を前に戻し、その現象をじっと観察し始めた。

しかしリオンはリョートの力の原理を未だ理解していないものの特に脅威とも感じていないので暢気に思考を続けていた。


(スライムの氷タイプか?アイススライムってところか?つまりあれは自己再生みたいなもんか?それにしては魔力が動いた様子が一切ねえな……。ふむ、スライムと言えばお前だブロブ!お前にはアイツがどう見えた)

(ん?え?僕?ごめん、見てなかったや、あはは。でもリオンが魔力の動きを感知できないならあの子も言ってた通り異能者って存在がそういうもんなんじゃない?僕は眠いから後はテースタとかに聞いてよね)

(役に立たねえ奴だな。テースタお前はどう見る?)

(情報が少な過ぎるでな。まだ確実な事は言えんがブロブの言う通り異能者が皆魔力を消費せず周囲または自らの肉体の現象を操作できるのかもしれんのぉ)

(なんだそれチート能力じゃねえか。つかそれって魔法つうか念力?サイキッカーっぽいな)

(チートかどうかはまだ分からんがこの世界であればサイキッカーは良い線いっとると思うぞい。とは言えまだ情報が少な過ぎるてな。バカなお主はどんどん攻撃してみい)

(……ふむ)


 納得いかないが今は目の前のリョートに興味があるリオンはとりあえず攻撃を続行した。

暫くの間リオンはリョートに対し様々な攻撃を仕掛け続けた。

粉々、細切れ、焼却、感電、圧縮、凍結、水没。

どれだけ攻撃してもどれも外れで効かないと分かっているのかリョートは回避行動を取る事は無く全ての攻撃を受け入れていた。


「だから無駄だって言ってるでしょ。アナタの攻撃は私には通用しない。だから大人しく殺されてちょうだい」

「無駄かどうかの判断をテメェがするんじゃねえよ。早く殺したければテメェも攻撃すればいいだけだろうがよ。それともこの表面を凍らす程度のショボいのがテメェの攻撃か?」

「ハァ……これだから知能の低い奴の相手は疲れるのよ。それが攻撃な訳ないじゃない、それは私から漏れ出した異能の力が周囲を凍結しているだけ。でも早く殺したいのは事実だしアナタからチクチクちょっかい出されるのも不愉快だからそろそろ終わりにしてあげるわ」


 リオンはバカにされた事よりも漸く攻撃行動に移るリョートに興味が傾き無言で左前脚を上げ挑発する。

すると先程までは表面だけ凍らせるだけだった異能の威力が上がる。

それに応じてリオンは表面に発動し続けている火魔法の威力を上げ対応した。

煩わしそうに身体を振るわせ氷を落とし、前に視線を向けるとそこにはリョートの氷像が10体、リオンを睨んでいた。

その全ての氷像が両手に魔力ではないリオンが感知できない力が集約していった。

それによって生じた空間の歪みを以って漸くリオンはその力を感知する事に成功した。

だがその頃にはリョートは攻撃の準備が終わっており、リオンに向け不可視の力を放った。

興味津々のリオンはとっさに左前脚を上げると一番最初に到達する部位を指定し、意識を集中させた。

異能の力はリオンを凄まじい速度で通過し、その余波は周囲の建物にまで達しバキバキと音を立てながら倒壊していった。


「終わったわね。所詮強いと言ってもただの魔物だったと言う事ね。それとも私が強くなり過ぎたのかしらね。アルマース如きに勝った程度で私に勝てると思った事を後悔しながら死になさい」


 リョートが捨て台詞を吐き立ち去ろうとした瞬間彼女がバリンと粉々に砕け散った。


「うわ、コイツ無意識でも生きてんのかよ。まあいいか。おい、まだ満足してねえから帰んじゃねえよ」

「……アレで死なないなんてどんな手を使ったのかしら?」

「クハハハ、少しは自分で考えてみろ。気になるならもう一発撃ってみろや」

「生意気ね、でも強がっているわりにアナタも全くの無傷という訳ではないようね」


 再生したリョートがリオンを見ながら薄く笑うとリオンは喉を鳴らし視線を下げた。

そこには左前脚が半分程欠損していた。

断面は鋭利な刃物で切断したかの様だった。

自らの欠損した脚を見たリオンは満足気に笑うと再び視線をリョートに向ける。


「クハハハ!バカ言え、これくらいやってくれねえと楽しくねえだろうが!その点お前は合格だ!まあギリギリだけどな!クハハハハハ!」

「ほんっと生意気ねアナタ……。でもアナタに私を殺す事は不可能よ!自らの無力さを後悔しながら死になさい」

「絶対とか不可能とかほざく人間は大抵バカか強がりで言ってるだけなんだよ。お前、さっきの技連発できねえだろ?身体に負荷が掛かるのかなんなのか知らねえがある程度代償が発生するやつなんだろ?なんなら回復してから再戦してやってもいいぞ?今なら逃げる事を許可してやる、クハハハ」


 リオンの挑発に眉をピクリと動かすがどっかのアルマースとは違い感情に身を任せる事はしなかった。

しかし冷静であれば考慮すべき再戦という選択肢を取る事は無かったので内心は穏やかではなかったのだろう。

彼女自身リオンの言が図星である様に先程の技は彼女の中でも身体に相当な負荷が掛かるものであった。

それでも彼女は気丈に振る舞い、感情が表面に出ない様内に押し込めようとした。


「アナタ程度、今のままでも余裕で殺せるわよ。脚一本無くした獣如きに私が負ける訳ないわ!」


 リョートの精一杯の強がりとも思える発言にリオンは無表情を貫いたが、リョートの顔にピシリと小さな亀裂が走るとリオンの口角は引き裂けんばかりに持ち上がった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[心腹之友]


 ギリアム帝国、帝都ノイルに鎮座する帝城カルディア、その屋根の頂上にある水平な部位である主棟には現在金髪碧眼の美青年が1人、恋人からの手紙を今か今かと待ち望んでいるかの様にソワソワしながら遠い地平の果てを凝視していた。

数秒毎に立ち上がりウロウロし、落ち着く為に腰を降ろしたと思えばすぐに立ち上がりウロウロと、いつからやっていたのかと聞きたくなる程彼はある一点にしか興味がない様であった。

その行動はまさに恋は盲目もかくやといったところだった。

そんな挙動不審な彼にターコイズブルーの髪色を指で梳かしながら金と銀のヘテロクロミアを細め、呆れ果てた気持ちを声に乗せて美女が呼び掛ける。


「レイ、アナタの想い人?想い獣はまだ来ないんじゃないかしら。そもそも本当にソイツは来るの?」

「やあラウム。その心配はね、僕はしていないんだよ。僕の親友であるリオンくんは必ず来るさ!それもあと数分以内にね!」


 レイの発言にラウムは一瞬どう返答するか迷ったが、言い返す前にレイが「来たッ!」と語気強めに遠くの空を見た。

ラウムも釣られる様にレイの視線に合わせると遠くに豆粒程の物体が数秒毎に倍以上に大きく映りながらこちらへ向かってくる。


「あのスピードで突っ込む気かしら、死ぬんじゃない?」

「いやいや、僕の親友であるリオンくんならこの程度では死なないさ。ただとっても痛いとは思うけどね」


 クスクス笑いながら何が面白いのかレイはリオンを見ていた。

ラウムも特にする事はないのでリオンの到着を待っていた。

すると数十秒後案の定リオンは表面の対魔結界は破壊できたものの、その効果により黒煙を上げながら落下していった。

その様子に珍しく手を叩き本当に無邪気に笑っているレイを見てラウムは驚くがすぐに思考を戻し行動に移った。


「とりあえずキマイラが我が国に侵入したのは確認したから全員配置に付けるわ、いいわね?」

「あぁ、そこら辺の采配はラウム、君の方が得意だろうからね。全て任せるよ、よろしくね」


 それ以降レイはリオンが落ちた先を凝視し、ケタケタと面白そうに笑っていた。

ラウムが出て行って暫く経ってからラウムが再びレイが居る主棟に戻ると位置は少し変わっているが帝都の一部を凝視しているのは変わらなかった。

溢れそうになるため息を我慢しレイに声を掛ける。


「レイ、だいぶ戦況が動いたから報告しにきたわよ。でも上から見てたのであれば大体知っているかしら?」

「んー、そうだねぇ。とりあえず聞くよ。君が態々報告しにきてくれたのだからね」

「分かったわ。先ずあのキマイラがーー」

「リオンくん」

「は?」

「リオンくん」

「それが何よ」

「さっきもそうだったけど、キマイラは種族名であって彼の名前じゃない。彼にはリオンという立派な名前があるのだから君も彼をちゃんと名前で呼んであげてほしいな。君は人族の事を固有名詞として人族とは言わないだろう?」


 報告を遮ってまで言う事がそれかと思うラウムだったが、ここまでレイが折れずに自らの言を押し通すのは久しぶりだった。

故に忘れていたが彼はこの状態の時は絶対に折れないのだ。

しかも相手がその国のトップであってもだ。

なのでラウムは今回も自分が折れる事にした。

そもそも彼女は特に呼び方に拘りがある訳でもないので、あれでもそれでもキマイラでも魔獣でも魔物でもリオンでもなんでもよかった。

なのでここでも時間効率を考え素直に端的に了承した。


「分かったわ。それでそのリオンが落ちた所に調査隊として二個小隊程送ったけどほぼ全滅したわ」

「いいな」


 報告に対してのレイの反応がよく分からずラウムは眉根を寄せ、レイの次の言葉を待った。


「リオンくんよりリオンの方が仲良しっぽく聞こえるね。でも駄目だよラウム。リオンくんの一番の親友は僕なんだからね!」

「いや知らないしどうでもいいわよ。それならアナタもリオンと呼び捨てにすればいいじゃない」

「えっ?あっ、そ、そうだね。でもそこはほら本人の許可が必要かなって思わないかい?」


 レイの発言に遂に匙を投げたラウムは「勝手にしなさい」と話を切ると報告を息継ぎなしで伝えた。

シュンとしながらも報告を聞き終えたレイは少し考える素振りをして口を開く。


「やっぱ調査隊の1人の生存者はリオンくんの作戦かなぁ。生き証人ってやつかな、結果として帝城に来てちゃんと報告してくれたしね。でも余程リオンくんが怖かったんだね、アハハ。おっと笑っちゃ失礼だね、でも彼は今後騎士としては使い物にはならないね。それとその直後に湧いた魔物達はリオンくんが連れて来たらしいけど、うん、まあこれは特に問題無いね。何故か王国の騎士が対応しているし国民のみんなも張り切ってるからね。それとアルマースね、彼は本当に協調性がない子だよね。まあ本当は彼だけじゃないけどね。そして今回も負けたと。でもそれに関しては別にいいさ。生きてさえいれば、次勝てばいい、それだけの話さ。それよりも興味深いのは途中で参戦した獣人達の武器だよね。複数本あるうちの1本のナイフだけ凄まじい斬れ味だったね。あとで会った時どこに売ってるのか聞いてみようかな。それで?肝心のリオンくんのその後はどうなっているのかな?リョートと戦ってるのは知ってるけどリオンくんの闇属性の槍?に眼を潰されて僕でも今の状況が見れないんだよね」


 長々と語ったレイの無駄な部分を省いて脳内処理していたラウムは質問に対し簡潔に応える。


「誰か援護に向かわせる?」

「いや、それは必要ないよラウム。確かに行動はツーマンセルを指示したけどあの子達にチームワークは期待してないからね」


 例外はいるけどね、と笑いながらレイは遠くに見える真冬の様な凍結地帯に目を向けた。

何が楽しいのか分からないラウムは数分レイを見ていたが、暫くすると彼女は満足気な顔でその場から去って行った。

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