第71話 助っ人

 リオンがルークスルドルフ王国第二騎士団団長ドスオンブレと副団長セッケルの2人の会話を興味深そうに眺めていた頃、リノアとエレオノーラは周囲を警戒しながらエレオノーラの元部下達が駐在する場所に向かっていた。

現在リオン襲来の影響で街全体が戦時下状況になっており至る所で武器を所持した帝国民が居たり、帝国騎士が奔走していた。

元帝国騎士であるエレオノーラはローブを被り、なるべく気付かれぬ様に移動していた。

一方リノアはリオンの幻術魔法によって黒髪黒目の人族に見えているので同様にローブは被ってはいるが顔は隠しておらず街並をキョロキョロ観察しながら歩いていた。

暫く何事も無く歩いていると視界の先に元部下達の厩舎が見えてきた。

そのまま走り出す勢いのエレオノーラだったが後ろからローブを掴まれた彼女は振り返り不機嫌に抗議する。


「おい、何すんだよリノア!」

「ハァ、もうなにじゃないでしょ〜。あそこにエレナの部下の人達がいるのは理解してるけどさぁ」


 それだけ言うとリノアがピッと厩舎に向かって指を指した。

エレオノーラも渋々指が向かった先を見て数秒後にやっと気付いたのかハッとした。

その時の感情が全て顔に出ていたのかリノアが呑気に笑い出した。


「あははは。何その顔おかしい〜。少しは冷静になったかなぁ?エレナちゃん」

「……うるせえ!」

「まったくもう、あはは〜。それで?これからどうするの?さすがに強行突破はしないでしょ〜?」


 一頻りからかって満足そうに笑うリノアが未だニヤニヤ顔を出しつつ指を差した先にいる門番らしき人族の帝国騎士を視界にいれながら真面目に今後の行動について話し出した。

エレオノーラは何か反論しようとしたが、時間の無駄だと思ったのか苦し紛れにひと睨みしてから、降参だと両手を上げながらため息をこぼし口を開いた。


「はぁぁぁ。あそこには脱出用の地下通路があるからそこから入るぞ。恐らくそこは俺の隊以外の奴等は知らねえ筈だからな」

「へぇ〜そうなんだ。エレナがそこまで考えてるなんて意外だね。じゃあ早速その秘密の通路に行こっか」

「お前なぁ……ハァ、こっちだ」


 未だ観光気分なのか田舎者丸出しのリノアは呑気に歩き出し、その後に頭を押さえため息を溢すエレオノーラが続いた。

一行は厩舎から数ブロック離れたこじんまりとした一軒家の前に着いた。

エレオノーラは徐に取り出した鍵で勝手知ったる様子で家に入って行った。

その後にリノアも続いて入りエレオノーラを追った。

エレオノーラは埃が溜まっている調理場に入ると食器類が入っている棚をいじり始めた。

すると奥から隠し扉が出現した。

中に入るとそこに広がるのは上下水道がまだそこまで発展していないのか、秘密の通路も下水道が流れる場所ではなく囚人が掘る脱獄用の穴を少し立派にした程度の補強もされていない通路だった。


「うわ〜。これエレナが掘ったの?」

「ちげえよ。これは俺の前の隊長が有事の際にと部下達と作ったものだ」

「そうなんだ。へぇ、良い隊長さんだったんだね」

「……まあな。この国がいくら実力主義と謳ってても俺等みたいな下っ端の獣人族はいい顔されねえからな」

「大変だったんだねぇ。でも今は私だって居るし、リオンもいるから大丈夫だよね」

「ッ!?あ、あぁ、そうだな。早く行くぞ」

「あぁ、待ってよエレナ」


 エレオノーラは話を切ると隠し通路に入って行く。

その後をリノアが追う。

暫く一本道が続いたが次第に分岐が増えてきた。

追撃者の撹乱用だったが今はエレオノーラがいるので迷う事無く進めている。

リノアがひとりなら迷子になるなと考えていると先頭を歩いていたエレオノーラがピタリと歩みを止めた。

リノアが後ろから覗き込むとそこには上に昇る為の階段があった。


「やっと着いたね。ちなみにこの上って厩舎のどこに繋がってるの?」

「俺が使ってた執務室だな。今は誰の気配もねえな、行くぞ」

「はーい」


 階段を上り簡素な木製の扉を開けると真っ暗な空間が現れる。

視線を動かすとわずかに隙間隙間から光が差し込んでいる。

エレオノーラが壁際を弄ると正面の空間が開き多量の光が入り込んでくる。

先にエレオノーラが出て行き、それを追う様にリノアが続く。

そこにはカモフラージュ用に置いてある今開いた本棚と執務机と椅子、簡素なソファが置いてあった。

エレオノーラは執務机の上に溜まっている書類を見ており、リノアは部屋中をキョロキョロ見て回っていた。

暫くするとエレオノーラが耳をピクピク動かし、扉に振り向いた。


「おいリノア!誰か来る!この匂いは……問題ねえ筈だがとりあえず隠れるぞ!」

「えっ?あっ、ちょっと待ってよ」


 エレオノーラがリノアを無理矢理引っ張り再び本棚の隠し扉裏に隠れた。

するとすぐに扉が開き1人の獣人が入ってきた。

その人物は部屋をキョロキョロと見回すと首を傾げ、ブツブツと独り言を呟いていた。

リノアには聞こえなかったがエレオノーラには通じていたのかその人物が本棚を背にした瞬間に飛び出し口を塞いだ。


「大人しくしろ!手を離しても叫ぶんじゃねえぞ?」


 エレオノーラの脅しに獣人は一瞬ビクリとしたが声で察したのかコクコクと頷いた。

その様子にエレオノーラも問題無いと判断したのか口から手を離した。

すると恐る恐るその人物が振り返り、エレオノーラを視界に入れると両手で口を塞ぐと涙を流した。


「レ、レーベ、様……?」

「久しぶりだね、フローラ。元気だったか?」

「はい、はい!私は元気です!」

 

 滂沱の涙を流す兎人族のフローラはエレオノーラに抱き着く。

そんな彼女の頭を優しく撫でながら落ち着くまで待っていた。

暫くするとグズグズと鼻を啜りながらも少し落ち着いたフローラが一歩後退すると敬礼する。


「レーベ隊長!お戻りになり嬉しく思います!」

「やめろよ、もう私はお前等の隊長じゃないよ。私も悪かった……私の勝手な行動でお前等を危険な目に晒してしまった。私が居なくなってから帝国の動きはどうだ?」

「そんな事気にしないで下さい!隊長がいなければ私が今ここにいる事もなかったのですから!それにこの国が隊長の仇である事も存じてます!それにーーーー」

「分かった分かった!もういいから、それでこの国の現状とこの部隊の状況を教えてくれ」

「あ、失礼しました……」


 耳をシュンと垂れさせ落ち込んだ様子のフローラだったがすぐに耳をピンと立てると泣き腫らした真っ赤な目で説明してくれた。

話によると、帝国は少し前に儀式魔法である結界魔法が使用されたこと。

国民や下級騎士には特に説明も無かったので理由は不明とのこと。

逆に説明が無かった事で一部の帝国民が過剰に反応し武装する様になったようだ。

レーベが居たこのギリアム帝国第三獣人部隊は上からの通達で待機命令が出ていたので外がどういう状況か不明だったが獣人ならではの聴覚と嗅覚を駆使した結果、帝国内に魔物が侵入した事は察知できたとのこと。

この部隊の処遇に関しては不気味な程何も無く、厩舎待機命令しか出ていなかった。

ここまで口早に話すフローラとその話を真剣に聞いていたエレオノーラは立ちっぱなしだった事に気付き背後のソファへフローラを促そうと視線をソファに移すとそこには優雅にティーカップを傾け、焼き菓子を食む黒髪黒目の美少女であるリノアがいた。

途中エレオノーラもリノアの存在を忘れていたがまさかフローラの話を全く聞いていないとは思っていなかった。

そんな彼女の満足そうな顔にエレオノーラがため息を漏らすと、漸くと言うかやっとフローラがリノアに声を掛ける。


「あ、貴方様は確か獅子神様の御付きの、リノア様でしたか?」

「えぇ、そうです。私が獅子神として崇められてるリオン様の秘書のリノアと申します」

「や、やはり!まさかここに隊長を連れてきていただいたのはもしや?」

「えぇ、えぇえぇ、そうです。私が、私が!エレナ嬢をアナタに再会させる為に連れてきました」

「おぉ!」


 フローラのキラキラとした羨望の眼差しにデキる女風を醸し出し、流し目で対応するリノアにエレオノーラはひとつ盛大にため息を溢すとリノアの頭を叩いた。

紅茶を飲むタイミングだったのでガチャっと顔から被った。


「あっつい!何すんのよエレナ!熱いじゃないの!」

「何すんの、じゃねえよバカが。何ツバサ様みてえな真似してやがんだよ」

「違います〜。ツバサさんの真似なんかしてません〜!エレナこそ何よ部下の前だと変に言葉遣い変えちゃってさぁ。何が[やめろよ、もう私はお前等の隊長じゃないよ。]よ。普段そんな喋り方してないじゃない!」

「う、うるせえよ!いいだろ別に喋り方なんてよ!そんな事よりこれからどうすんだよ」

「何よその下手な話題転換は……。まあいいわ、あんまり遅いとリオンに怒られちゃいそうだし。ここでエレナの部下の安否確認もできたんだから後は帝城に突撃するだけでしょ」

「お二人とも帝城に侵入するおつもりですかッ!?無謀過ぎます!お、おやめ下さい!」

「まあフローラの気持ちは分かるけど、これはもうどうしようもない事なんだよ。これは獅子神様の望んだ道なんだからね」

「そ、そうですか……。それならーーー」

「お前等が付いてくるってのも無しだ!いいな?」


 獅子神様の名前を出されたフローラは覆すのが不可能な程絶望感に襲われるがすぐに折衷案を出そうとした所先回りしたエレオノーラにその案も潰されて俯いたフローラは無言で首を縦に振った。

その様子にエレオノーラは頭を撫でた。

暫くして全てが終わったらまた会いにくると約束すると再び隠し通路からリノアとエレオノーラが出て行った。




「ねぇエレナ、私としては少しでも戦力は確保しておきたかったんだけどなぁ。しかもあんな調子だとあの子押し切って来そうじゃない?いいの?」


 帝城に向かう道中、リノアは先程のフローラ達帝国騎士を自らの戦力にできなかった事に不満を漏らしていた。

対するエレオノーラは表情を変える事なく目線を前に固定し口を開く。


「アイツ等は俺と違って他に守るべきものがある。それにな、アイツ等は俺の自慢の部下どもだ。そこに漬け込んだ部分もあるが、来る事はねえよ」

「ふ〜ん、そうなんだ」


 短く返答したリノアは話を切り上げた。

そのまま2人とも無言で帝城を目指していたが至る所に帝国騎士が巡回しており、隠れながら移動する事を余儀なくされていた。


「おい、そこのテメェ等何してやがる!」


 気配は極力消していたし、常に周囲を警戒していたが不意に背後から声を掛けられた2人がゆっくり振り返ると2人も相手も顔を顰めた。


「テメェ等、あのクソ魔獣と一緒に居た奴等じゃねえか!ノコノコと俺の前に現れやがって!今度こそぶち殺してやる!!」

「うわーつくづくこの人と会っちゃうなぁ」

「今度こそお前の息の根を止めてやる!」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる!テメェ等雑魚に使う時間が勿体ねえ、速攻叩き潰してあのクソ魔獣の居場所吐かせてやるよ!」


 エレオノーラが両腕を獣化させ3度目の邂逅となる皇帝直属近衛魔装兵序列9位のアルマースに突撃し、リノアは得意の弓を弾き絞りエレオノーラを援護する。

煩わしそうに弓矢を手で叩き落とすアルマースにエレオノーラが右腕を振り下ろした。

彼女の一撃は地面が沈み衝撃で周囲を揺らす程だった。

確かな感触を右腕に感じ、次の攻撃動作に入ろうとした瞬間砂埃で不明瞭になった場所から前蹴りが出てきてエレオノーラの腹部に突き刺さった。

それにより攻撃動作がキャンセルされ固まったエレオノーラにアルマースの追撃の拳が顔面を迫る。

だがそれはエレオノーラの顔面に突き刺さる事なくアルマースはバックステップしてその場から離脱した。

先程までアルマースが居た場所には数本の矢が深々と刺さっていた。


「前よりかは多少は強くなったみてえだが、まだまだ弱えな。時間の無駄だから早く死ねや!チッ!クソ、ちまちまうぜえなぁ!」


 リノアはアルマースを矢で牽制しながら未だ蹲っているエレオノーラの隣に立った。

 

「エレナ大丈夫?」

「あ、あぁ、まだいける、問題ねぇ。だがこのままだと前と同じだ……時間も限られてる、いけるか?」

「そうね、出し惜しみしてる場合じゃないね……速攻で決めよう、えぇとなんだっけ……あっ、『解!』」


 リノアが魔力を練りながら唱えると彼女の表面が崩れ落ちる。

漆黒の魔力が霧散し、中からは金髪に虹色の瞳、純白の翼を持つ本来の姿である天翼人族リノアが現れた。

幻術で人族に偽装している時にはリオンの魔力が表面を覆っていたので、リノアが魔力を体外に出すと魔力場が乱れまともに魔法が発動できない問題があった。

しかしその事が分かってからは事前にリオンに幻術の解き方を教わっていたので非常事態の際は自分で解く事ができる様になっていた。

さすがに何回も見て免疫が付いたのかエレオノーラはリノアに視線を奪われる事無く、今まで両腕だけだった獣化を全身に施した。

バキバキと鈍い音を立てながら原初に近い姿になっていくエレオノーラにアルマースは興味を示し追撃する事なく観察していた。

リノアの姿は以前にも見た事があってか特に視線を向ける事無く警戒だけしていた。


「懐かしいなその姿はよぉ。確か前にぶちのめした獣人の1人がそれに近い姿になってたなぁ。だがテメェのその姿はなんだ?あのクソ魔獣の真似か?ムカつくな」


 さっきまで興味深そうに見ていたアルマースだがエレオノーラの姿が完成に向かっていくにつれ不機嫌な顔をしながら足を地面に叩き付ける。

暫くするとエレオノーラの獣化が終わった。

通常の獣化であれば濃淡あれど通常状態の体毛色をそのまま引き継ぐ。

しかし彼女の獣化姿は黒に近い茶色に変わり所々に浮き出た血管の様に赤黒い線が脈動している。


「エレナその姿……とってもいいね!今度リオンにも見せよう」

「フン、ありがとよ。俺等の方こそ時間を無駄にしたくないんでな。ご退場願おう」

「クソが!調子に乗んじゃねえ!」


 煽られ慣れないアルマースは2人に向かって飛び出した。

地面が抉れる程の踏み込みにより言葉を放ったとほぼ同時にエレオノーラの前に姿を現したアルマースはそのまま腕を振り下ろした。

仕留めたとニヤリと笑うアルマースに鈍い音と共に交差する轟音。


「それがお前の全力か?ならもう黙って死ね!」

「ッグボ!」


 エレオノーラが返す腕でアルマースの腹部を薙ぎ払う。

血泡を吐きながら吹き飛んでいくアルマースにリノアが追撃の魔法矢を10本速射した。

魔法矢と共に建物を砕きながら飲み込まれていくアルマースにエレオノーラとリノアはリオンの教え通り油断せず更なる追撃のために突貫していく。

エレオノーラは身体強化魔法を施しながら跳び上がり上空からアルマースが止まった場所を確認するとそのまま放物線を描きながら落下していく。

五感をフル活用しながら正確な場所を特定すると右腕を振り下ろした。

確かな肉を潰す感触、引き裂く感触、骨を砕く感触を右腕に宿した。

エレオノーラはグチャリと音を出しながら右腕を上げ、背後から走ってきているリノアの方を振り向いた瞬間腹部が引き千切れる程の激痛が加わり悲鳴を上げながらリノアに向かって飛んでいく。

いきなり自分に向かって飛んできたエレオノーラに驚いた表情をするが、リノアは抱き締める様に冷静に受け止めた。


「だ、大丈夫エレナッ!?モフモフで分からないけど動けそう?」

「ッグフゥゥ……。も、問題ねぇ、どこも折れてねぇ。だが、確実に仕留めたと、思ったんだが……ど、どうなって、やがる……。見えるかリノア」

「んー……、えっ?な、なにアレ…………銅像?」


 リノアが見た先にはアルマースの形をした銅像がギシギシと音を立てながら立ち上がろうとしていた。

エレオノーラもその姿を視認し驚愕の表情を浮かべる。

未だに残る右腕から命を削った感覚に視線を泳がせるが、目の前の銅像であるアルマースの身体には傷ひとつ付いていなかった。


「バカな……」

「あぁ、なんでテメェ等如きにこの力まで使わなきゃならねえんだよ。やっぱ面倒事はアイツに丸投げすりゃよかったぜ……」

「お前のその身体はなんだッ!!」

「あん?うるせえよボケが!」

「聞いた事には!しっかり答えなさいよ!バカッ!!」


 リノアが待ち切れなくなり再び魔法矢を数十本撃ち込んだ。

アルマースはつまらなそうな顔でその場を動く気配はなく、頭腕胴足と至る所に魔法矢が当たるがそのどれもが甲高い音に阻まれ中空に霧散した。

姿と特性から予想ができていたリノアだったが、それでも傷ひとつ付かない事に眉根を寄せエレオノーラを見た。


「魔法矢じゃ私の力だと貫けないや。魔法付与した矢もあるけど単射じゃ無理っぽいなぁ。エレナはいけそう?」

「やってみねえと分かんねえ。だがこの姿ももうあまり長く維持できねえからな……。まあいくら言っても結局やるしかねえ」

「それもそうだねえ。じゃあいつも通り前は任せたよエレナ」

「分かったよ」

「内緒話は終わったかよ。まあ策を考えた所で無駄だろうけどな」

「あら?ヒソヒソ話終わるの待っててくれるなんて意外に優しい所もあるんだね」

「うるせえ!」


 アルマースは異能持ちの特異体質の効果か銅像の様に全身硬化したが、そのせいで素早く動く事ができないらしくギシギシと音を立てながらリノア達に向かって歩いてきた。

エレオノーラは走り出しアルマースとの距離を詰めた。

リノアは無属性魔法で作っていた魔法矢を止め、通常の矢に変更し、その矢に様々な属性魔法を付与して放った。

目や関節、柔そうな所に幾らか撃ち込むが全て防がれてしまったので、今後の事を考え今は牽制と様子見をしながら再び魔法矢を撃ち続けていた。

接敵したエレオノーラは先程と同じく右腕を振り下ろした。

避ける素振りもないアルマースに獣化した鋭い爪が五指叩き付けられた。

ギャリギャリと金属同時が擦り合う音が響いたが、終わりはバキッと何かが折れた音に切り替わるとエレオノーラが咄嗟に後退した。

彼女は視線を一瞬右手に向ける。


「硬えな……マジで鈍間なカメになりやがったか……」

「テメェ等に勝ち目はねえ!大人しく死ね!」

「なめんじゃねえ!攻撃が当たらねえんならお前の勝ちもねえだろうが!」

「吠えてろ雑魚が!これで終いだ!」


 アルマースが徐に足元に落ちていた小石を拾い上げる。

すると見る見る内に小石はアルマースと同じ光沢ある金属に変わった。

それをコロコロ弄るアルマースだったが次に彼はその小石を握ると振りかぶってリノアに向かって投げた。

リノアはアルマースから目を離していなかったので辛うじて避ける事には成功したが完全に避ける事はできなかった。

小石はそのまま背後の家屋を砕きながら進んでいき、沈黙した。

小石を金属化した事も、投げた速度、その威力にも驚いたエレオノーラが反射的に背後を振り返った瞬間にアルマースが彼女を蹴り上げた。

天高く上がり意識が飛びそうになる状態の中、頂点に達し自由落下してきたエレオノーラにアルマースは鉄山靠を当て吹き飛ばした。

奇しくも最初と同じ図を描く様にエレオノーラはリノアの元まで吹き飛ばされ、また同様にリノアにキャッチされた。

先程と違う事は今のエレオノーラは完全に意識を失っており獣化も解けていた。

呼び掛けても反応が無い彼女の口元に手をやり、呼吸しているのを確認して安堵の息を溢す。

ただと考える、現状リノアにアルマースを打倒する手はないので今は戦略的撤退をするべきだと思考する。

しかしその考えも透けていたのか絶対殺すマンになっていたのかアルマースは今度は複数個の小石を拾うとまた金属塊に変えていった。


「うわぁ……マジですか。あれはさすがに不味いかも……エレナを抱えて逃げようにもさっきの一発で翼やられちゃったからなぁ。痛いよぉ……」


 リノアが自らの翼を見ると右翼の先端から半分無くなっていた。

改めて視線をアルマースに戻すと既に振りかぶっていた。


「ぐぬぬ、痛いけど足掻けるだけ足掻いてみるかなぁ」


 気丈に振る舞うとエレオノーラを背後に移動させたリノアは魔法を発動した。

次の瞬間には豪速球の金属塊が迫っていた。

周囲に破壊音が広がり砂埃が舞い上がり視界を白く染め上げた。

終わりを確信したアルマースは身体を元に戻した。

反動があるのか彼は乱れた息を整え額の汗を拭った。

暫くすると砂埃も落ち、視界がクリアになっていくと2人が視認できるまでになる。

アルマースもそれを確認すると少し感嘆が篭った声を漏らした。


「へぇ、あれをくらって原型保ってるなんて少しはできたみてえだな。まあもう死んでんなら関係ねえけどな。ただ俺の時間を使わせたテメェ等は万死に値するぜ」


 再び苛立ち始めたアルマースは2人に近付くと何度も蹴りつけた。


「チッ!こっちはハズレだったか。アイツの提案なんか乗るんじゃなかったな。いや今から急げば間に合うか……。チッ!テメェ等雑魚共が何度挑もうと俺には勝てねえんだよクソが!!さっさと死ね!!俺は忙しいんだよボケが!!」


 ピクリとも反応しない2人に情報を引き出す事も忘れてしまい興味を失ったアルマースは彼女等に背を向け歩き出した。

しかしすぐに歩みを止めると振り返った。


「誰だテメェ等、その雑魚共の仲間か?」

「仲間?まだ仲間ではありませんが、今は救うべき方々だと思っていただければ幸いです。まあただこれは私の意見ではなくあの方のご命令ですからね」

「ハァ?あの方だあ?」


 アルマースの問い掛けに律儀に応えたのはリオンから派遣された白毛に紅瞳を持つ兎人族のクルスだった。

他に栗毛で栗色の瞳を持つ猫人族のミーヤ、赤茶の毛に黒瞳を持つ犬人族のサバーカ、金と黒の縞々毛皮に金瞳を持つ虎人族の冒険者コクウの3人がリノアとエレオノーラの介抱をしていた。


「おっと、まだ私達が誰かをお伝えしていませんでした。私達は細々と商いをしている者達です、はい。私は一応この商いの責任者をしております兎人族のクルスと申します、どうぞよろしくお願いいたします。さてサバーカ、2人の容体はいかがですか?」

「獅子人族のエレオノーラさんは肋骨数本折れてて、右手粉砕骨折、右手爪も全部折れてる。その他細かい裂傷。内臓が傷付いてるかは分かんねえけど呼吸が変だな、落ち着いてる場所で治療が必要だ。天翼人族のリノアさんは右翼の先端から中程まで千切れてる。他は私達が使った魔道具で防いだつもりだったが貫通したみたいで両腕両足の骨にヒビ入ってるっぽい。こっちの方がすぐに治療が必要だな。天翼人族は初めて見たが恐らく空気中の魔素を翼から吸収して体内魔素に変換してるから今は体内魔素が乱れててマズイ状況だ」

「そうですか……リオンさんに色々教えてもらっておいて助かりましたね。ではコクウさん、2人を先に避難させて下さい。サバーカ、ミーヤ、やりますよ」


 クルスの問い掛けにサバーカが表面上読み取れる怪我の具合を確かめると3人は短剣を抜きアルマースに向けた。

アルマースは警戒しながら黙って新たに登場した人物を観察していたが短剣の構えや身体の使い方を見ると一段階警戒レベルを下げた。


「ケッ!商人のテメェ等が俺の相手ができるとでも思ってんのか?何もかも素人に毛が生えた程度じゃねえか!そんな雑魚共に俺が相手するとでも思ってんのか?」

「おや?怖いのですか?」

「は?」

「こんな可愛らしい女の子を3人前にしてアナタは怖気付いて去るのですか?アナタが言った通り私達は戦闘においては素人なのでアナタが立ち去ってくれた方が嬉しいのですがね」

「ケッ!そんな安い挑発には乗らねえよクソが!」

「挑発ではなく事実なんですけどね。まあでも安心して下さい。アナタがここで私達に負けても逃げても誰にも言いませんよ。まあ酒場でウッカリ、そうウッカリ独り言をポロッと溢してしまうかもしれませんが、それは許して下さいね」

「………10秒やる。皆殺しだ!逃げた残りの3匹もグチャグチャにしてやるよ!」

「あぁ、怖い。では私達もやれる事をやりましょう」



 青筋を浮かべたアルマースは再び全身硬化を使用した。

その姿にクルスは内心ニヤリと笑うと投擲されると困るので即断で距離を詰めた。

商人と言えど獣人が3人なので人族よりも遥かに高い移動速度を発揮した。

アルマースも相手から距離を詰めてきた事もあり投擲の選択肢を捨て接近戦で叩き潰す事にした。

全身硬化をした事で速度は落ちたが、それでも素人には十分過ぎる程の速度だった。

サバーカが地面を蹴り目潰し用の砂をアルマースに当てるが彼は全く気にせず殴り掛かってくる。

その事に動揺して身体が硬直したサバーカに迫る剛腕に横からミーヤが全体重を掛け攻撃を逸らした。

腕を振り切った体勢のアルマースにクルスが短剣を上段から振り下ろした。

しかし短剣は突き刺さる事なく先端が折れただけだった。


「そんなナイフじゃ俺には通じねえよ。無駄な足掻きすんじゃねえ!早く死ね!」

「本当に硬いんですね。それが異能持ちの特異体質なんですか?」

「フン!テメェが知る必要はねえよ」

「そんなつれない事言わないで下さいよ。でも私も急いでますのでこれで終わりにしましょう」

「は?それはこっちのセリフ、グッ、ゴボッ、テ、テメェ等……そりゃ、なんだ……?」

「アハハ、ホント凄い斬れ味ですよねぇ。さっきまであんな硬かったのにこの短剣でアナタを斬るとまるで水を斬ってるみたいですよ、ねえみなさん」


 片膝を付き喉を切り裂かれたアルマースがクルス達を睨む。

そんな事を全く気にせずアルマースを切り裂いた短剣をウットリとした顔で見つめ、同意を求め同じ短剣を持つサバーカとミーヤを見る。

彼女達もアルマースの両腕を切断しており同様に短剣をウットリと見つめていた。


「ニャハハ!やっぱリオン様のナイフは最高ニャー!いつも一緒ニャ!」

「このナイフに慣れるともう他のナイフは使えねえよなぁ」

「そうですよねぇ、アハハ。実に興味深いですが、この短剣の加工は現状リオンさんしかできないので今度色々やってもらいましょうかぁ。さてそれで、アルマースさん?でしたっけ?まだ喋れますか?何か情報吐けます?」

「ックソッ、た、れ………」

「あら?死んじゃいましたか?……残念です。でもそうですか、異能持ちの特異体質の身体ですか、持っていきましょう!」


 事切れたアルマースにクルスは興奮気味に解体しようとリオンのナイフ、通称リオンナイフを使おうとした。

だがクルスの両肩にポンと手が置かれた。

クルスが振り返るとそこにはサバーカとミーヤが苦笑いをしていた。


「解体しても俺等はマジックバックとかねえから持っていけねえよ。確実に腐っちまう」

「そうだよ〜。この両腕で我慢しよ?」

「……仕方ないですねぇ。では誰か来る前に行きましょうか。2人の事も心配ですからね」


 諭されたクルスは両手にアルマースの両腕を嬉しそうに持つとその場を後にした。





 誰もいなくなったその場所には未だ全身硬化した状態のアルマースが残されていた。

クルス達が場数をもっと踏んでいたら気付けていたかもしれない小さなミスが起きていた。

暫くすると数名の帝国騎士が近寄って来た。


「おい、お前等早くしろ!」

「「「ハッ!!」」」


 彼等はアルマースに懐から取り出した光る液体を喉と両腕に掛けた。

するとアルマースの身体が光に包まれた。

数秒後には落ち着き、それに伴ってアルマースの全身硬化が解除された。


「ガハッ!ゴボッゴボッ、ハァハァ、クソッがぁ、ハァハァハァ」

「アルマース様。まだ傷が塞がっただけですのであまり無理はなさらないで下さい。我々がお運びしますので暫し安静にしていただきたく存じます」

「ハァハァ……分かった。連れてけ」

「ハッ!」


 それだけ言うとアルマースは両手で髪を掻き上げるとガシガシ乱暴に掻き、ダランと力を抜いた。

静かになったアルマースを見ながら帝国騎士達は持参した荷馬車に運ぶと帝城に向かって移動を始めた。

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