第70話 ルークスルドルフ王国第二騎士団
覚えがある気配に反応したリオンは帝都の屋根伝いを移動する。
その場所まではリオンの脚なら数十秒程で到着した。
地面に着地したリオンは土埃を舞い上がらせ、周囲に居た魔物と人間は突如現れたリオンを視界に入れると人魔関係無く固まった。
戦闘中だった渦中にも関わらず一瞬静寂が場を支配するが、リオンが放逐した魔物はすぐに行動を再開し意識がリオンに向いていた無防備な人間を薙ぎ払った。
(ん?知ってる気配だったから硬い亀かと思ってたら誰だコイツら……。見た事あるようなぁ、無いようなぁ)
視線を向けた先に居た2人にリオンは訝しげに顔を顰める。
視線を向けられた事でその2人、ルークスルドルフ王国第二騎士団団長のドスオンブレと副団長のセッケルもリオンを見つめる。
(あら?確かこの2人って王国騎士の団長さんと副団長さんじゃなかったかしら?)
(コイツ等知ってんのかツバサ)
(団長さんの身体付きが良かったから覚えてただけよ。隣のマッチ棒みたいな男はたぶん副団長さんかしらねぇ)
(合っとるぞツバサ。ワシの情報によると隣のマッチ棒は副団長のセッケルという男じゃな。前に消滅させた街の調査に来よったのも此奴らの隊じゃな、確か第二騎士団じゃったかな)
(爺は相変わらず物知りだよなぁ?なんでそんな奴が俺なんだ?俺ってやっぱり頭良かったのか?)
(やっぱりとは何じゃ!バカ言うんじゃないわい!!お主なんてその無駄にデカい頭にはダチョウ並にちっこい脳みそしか詰まってないわい!)
(たしかに〜リオンはおバカさんだもんねぇ、キャハハハ)
(もうみんなダメだよ〜。おバカで単純なところがリオンの素敵なところなんだからぁ、キャハハ)
(いやお前等好き勝手言い過ぎじゃね?さすがの俺でも傷付くよ?泣いちゃうよ?)
(勝手に泣いてなさいよバカねぇ。それで?人違いだったみたいだけど、リオンこれからどうするつもりなのかしら?ここで始末するのかしら?時間を引き伸ばして念話してるけどそろそろ彼方さんも痺れを切らして何かしてくるわよ?)
(よし分かった!後で部屋の隅で泣くとして、とりあえず……亀じゃなくコイツ等で丁度良かったな。いい感じに周りに帝国民がいるな、クハハハ!また一芝居打つとするか)
「何だこの魔物、ずっと俺等を見てるが特に殺気は感じられねえ。しかも今まで見た事もねえ姿をしてやがる……。おいお前は知ってるか?」
「……いや、俺も見た事はないが……」
念話をしていたリオンが視線だけは2人を見過ぎでいた事で怪しまれたがそんな事より気になる点が多すぎたのかそこまで気に留められる事は無かった。
セッケルは少し思案するも目の前の存在への脅威を鑑み、警戒しながらもドスオンブレに話し掛ける。
「恐らくコイツは今帝国で噂になってる厄災だろうな」
「なんだと?俺が知ってる厄災は二足歩行の獅子人族の先祖返りみたいな姿だって聞いてるぜ?それに比べてコイツはまさに魔物ですって言ってるような姿じゃねえか」
「魔物の中には人化スキルで人を騙す奴もいるからな。コイツも恐らくそれに類似するスキルでも持っているんだろう。問題は今後の動きだな、俺等の任務はあくまで『厄災』の調査だからな。まだまだ情報が足りないから追加で調査する必要はあるが今ここでこれ以上コイツに関わるべきではない」
「そういやそうだったな……何となくマンティコアにも似てる様な?まあそんな事は今はどうでもいい!国は違えど民が襲われてるのに黙って見てろっつうのか!?」
「……お前の言い分も理解はできる。だが今の状況をよく見てみろ」
「状況だぁ?チッ!……………ん?そういや何であの魔物共は煙噴いてんだ?」
「あんな分かり易い状況を見逃す事の方が驚きだが、まあいい。今この帝国内には大規模な対魔物結界が構築されている。そのお陰で全ての魔物共は弱体化し、逆にそれ以外の生物にとってはプラスに働き身体が活性化され普段以上の力が発揮できる様になっている。しかし厄災も薄くではあるが黒煙を上げている事を見ると奴も対魔結界が有効だという事だな。この情報はでかい」
セッケルの言葉に、そんな事すら分かってなかったドスオンブレは驚いた顔を見せるがすぐに身体を動かし始めた。
意識してそこで初めて実感したのか喜色の笑みを浮かべピョンピョン飛んでみせた。
目の前では既に観察モードに入り、伏せ状態のリオンがセッケルの説明に耳を傾けながらもドスオンブレの奇行を無表情で興味深そうに眺めていた。
リオンからの敵意が全くない事でとりあえず放置と判断した2人は再び話し始めた。
「そういった理由もあって帝国民は魔物共と戦えている。それにそろそろこちらに帝国騎士がやってくる。そうなれば戦況は傾き魔物はすべて駆逐されるだろう」
「……だからっつってよ〜。手を伸ばせば助けられる命が目の前にあるのにそれを無視して傍観するのは王国民、帝国民関係なく人としてどうなんだ?いや、そうか……分かった。それでこれからどう動くんだ?」
説明を受けて理解はできても納得し切れなかったドスオンブレは目の前の問題に歯噛みしながらセッケルの顔から視線を下げた。
目線が下がった事で飛び込んできたセッケルが蒼白くなるまで握り締めた拳を見つけたドスオンブレは改めてセッケルが現状をどの様に考えているのか理解、納得するとすぐさま次の行動に移す意見を求めた。
「とりあえずこの状況を帝国騎士に見られるのは今後の事を考えると面倒だからここは一旦引くぞ。数日遠目からこの戦況を観察しながら情報収集して帰還する日程で予定を組むぞ」
「りょーかい」
2人が内緒話をしているすぐ側では未だに紫色の瞳のリオンが伏せ状態で彼等の話を聞いているが2人がそれに違和感を持つ事ない。
そろそろ移動しそうな気配を感じていたリオンの耳が後方からの大量の足音を拾うと漸く重い腰を上げ立ち上がった。
リオンに少し遅れてドスオンブレとセッケルも足音に気付くと彼等は素早く離脱しようとしたタイミングで2人に濃密な殺気が降り注いだ。
離脱をキャンセルし即座にドスオンブレは剣を構え、セッケルはすぐに援護できる様に魔力を練り始めた。
しかし空間全体に均一に広がる殺気に元凶を特定できず数秒離脱が遅れた為、通路から40人を超える帝国騎士が現れた。
位置関係的にリオンの後ろにドスオンブレとセッケルがおり、リオンの前の道に帝国民とリオンが持ってきた魔物が戦闘中であり、その更に通路の角から帝国騎士が現れた形だ。
遠くから何やら指揮官らしき男がテキパキ指示を飛ばし多対一で素早く魔物を討伐していっていた。
末端兵士までなかなか鍛錬されておりリオンは関心しながら眺めていると後方にいたドスオンブレ達は今にも離脱しようとしていたのでリオンが逃げ道を塞ぐ様に光の障壁を出した。
突如現れた本来であれば防御用の魔法にドスオンブレとセッケルは訝し気にリオンを睨み付けた。
「何のつもりだお前。俺等とやるつもりか?」
「グルルルルルルルルル」
「話し掛けても無駄だ。魔物は本来話す事などできない、マンティコアも人化しなければ話す事はできないからな。まあ、あれは人語というより鳥が真似て喋ってるのと大差無いレベルだがな」
「へっ、厄災も所詮はただの魔物って事かよ。けどコイツ俺等を逃がすつもりはねえらしいぞ?」
「……ただ逆にコイツと敵対している所を帝国騎士に見せつける事で俺等がただの冒険者として見せる事ができるだろうさ」
「なるほどな。じゃあ様子見程度にやりあってもいい訳だな!」
「この状況なら仕方ないだろうな、くれぐれも……やれやれ」
セッケルからGOサインが出ると同時にリオンに突撃したドスオンブレに呆れながらいつも通りだと思っているのか自然に突進していくドスオンブレにバフを重ね掛けしていくセッケル。
その信頼関係の深さに相対するリオンは眩しいモノを見る様に目を細めた。
そんな事を思っていたリオンの目の前には既にドスオンブレが剣を振り上げておりリオンは気怠そうに前脚で弾こうとする。
しかし刃と前脚が交差する瞬間をぼんやり眺めているとスローモーションに流れる世界の中で自らの指に刃が食い込み、切断されていく映像が流れる。
ボタボタと落ちる指。
リオンは落ちた指を不思議そうに見ているが、指を失った前脚からは既に新たな指が生えてきていた。
「チッ!化け物が!だが俺の剣はお前には通る訳だな。だったら今度は指だけじゃなく全身細切れにしてやるよ!」
「いや、時間切れだ」
ドスオンブレが再度飛び出そうと前傾姿勢になるもセッケルに止められると踏み留まり不満顔をセッケルに向ける。
セッケルは視線で厄災の後ろを見ろと示すとドスオンブレは渋々示された場所を見る。
その状況に納得はしたが不満顔は隠さずにため息を漏らした。
ガシャガシャと喧しく擦れ合う金属音を引き連れ現れた帝国騎士達。
彼等の隊長はリオンとドスオンブレ達を見回すとリオンに警戒しながらも口を開いた。
「お前達は帝国の民か?そしてその魔物は隷属の首輪をしているがお前達がこの惨劇を呼んだ元凶か?」
帝国騎士隊長の問い掛けにセッケルが一歩前に出て反論しようとした瞬間周囲一帯に突如轟音が鳴り響いた。
「グルル、ガアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
元凶であるリオン以外には耳鳴りや鼓膜破裂などの症状を叩きつけ、半分近くの帝国騎士が意識を失った。
暫くこの空間から音が消えた。
意識を残し耐えている者も膝をつき肩で息をしたり、損傷した耳に回復魔法を掛けるもの、ポーションを飲み回復するもの、様々いた。
そんな彼等の耳がまともに機能するまでリオンは律儀に観察がてら待っていた。
チラリとドスオンブレとセッケルを見ると彼等はしっかり防御したのか軽い耳鳴りで済み、既に8割方調子を取り戻していた。
それから暫くして帝国騎士の隊長含めある程度の実力がある者の耳が聞こえる様になったタイミングでリオンが口を開こうとした。
その行動に対しゾッと悪寒を感じたセッケルが咄嗟にリオンの口を塞ごうとするも自らの足が動かない事に気付く。
視線を下げると闇の手がセッケルとドスオンブレの両足を掴んでいた。
その光景に対処が遅れてしまったセッケルはリオンに口を開く事を許してしまった。
「第二騎士団団長ドスオンブレ様、並びに副団長セッケル様。ここは我に任せてお逃げ下さい」
「は?お前喋れ……いやそんな事より何言って、ッッ!?」
「おいテメェ!出しやがれ!何考えてやがる!!」
「ここは我に任せてご主人様達はお逃げ下さい」
リオンはドスオンブレとセッケルを球状にした光の障壁に閉じ込めると余計な事を言う前に定型文を繰り返しながらドスオンブレセッケルボールを蹴り飛ばした。
ドスオンブレセッケルボールは綺麗な放物線を描きながら全員の視界から消えていった。
呆気に取られながら空を眺める帝国騎士達も徐々に先程の会話が浸透してきたのかリオンに視線を戻すと剣を突き付けた。
「魔物が流暢に人語を話す事には驚いたが、今はそんな事よりも内容が問題だ!貴様はここ最近帝国で噂になってる厄災で間違いないな?貴様はルークスルドルフ王国の隷属獣なのか?」
「…………グルルルル」
「クソッ!所詮は隷属獣か。いや、獣に知性を求める事が間違いか……だが、先程の言葉と行動は主従関係にも見えた。調査は必要だろうが報告は迅速に済ませよう」
ボーッと隊長の対応を眺めていたリオンだったが伝令を飛ばした事を確認するとニヤリと笑い、もう用済みの目の前のモノを排除しに動く。
空気が変わった事に気付いた隊長はすぐさま隊員に指示を飛ばし臨戦体制を整えた。
再び関心したリオンだったが、心とは別に身体は特に気にせず殲滅行動を開始した。
「グッ……ばけ、もの、め……」
通路は何十人もの人だったモノが散らかり唯一原型が残った隊長が中心に仰向けに事切れた。
何の感慨も浮かばないリオンは目の前から自らの身体に視線を向ける。
黒煙はでなくなったが未だに弱体化は健在なのか身体中には帝国騎士の剣や弓が突き刺さり、魔法で至る所が焼け焦げたり凍ったりしていた。
(もう〜リオンってばぁバカなのぉ?プロレスラーじゃないのになんで全部の攻撃受けるかなぁ。バカなの?アホなの?死にたいの〜?バカなの?)
「り、りおんさま、いたい、ですか?ぬきます」
身体中の装飾物を抜いてくれているオピスに罵倒され、ウピルには逆に過保護に心配されるという状況を無言で受け流しながらリオンはリノア達に進捗確認の為念話を飛ばす。
しかしリノアもエレオノーラも念話に応答しなかった。
「死んだかぁ?まあそれならそれでいいか。さてと、お前等全部抜けたか?あいたたた、オピスそれは俺のケツだな、それは俺の標準装備だからもぎ取る必要はねえぞ?」
「りおんさま!ぜんぶ、抜きました!」
(邪魔なコレも引き千切っていい?もうつかわないでしょ〜?)
「ウピル良くやった!オピス、そこは最重要機密だからな。お前程度じゃ俺のプロテクトは解除できん!さてさて終わったんならもう行くぞ。ただでさえ、この空間に居んのはしんどいんだからな」
ウピルは照れながら再びリオンの首にコアラ化し、オピスは無言で最重要機密への攻撃を開始した。
再度念話を飛ばしても繋がらないリノア達に見切りをつけ後処理をクルス達に任せると次の標的を目指し歩き始めようと歩を進めようとして止めた。
パキパキと周囲の気温が急激に落ち、呼吸をしないリオンの口から白い息が漏れ出した。
「こんにちは厄災さん。アナタを殺しにきたわ」
物陰から現れた水色の髪に水色の瞳を持つ女性が出会い頭殺害予告をしてくるという魅力的な言葉を投げかけられ、リオンは顔を覆う薄氷をバキバキと割りながら口角を裂けるほど上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「チッ!こっちはハズレだったか。アイツの提案なんか乗るんじゃなかったな。いや今から急げば間に合うか……。チッ!テメェ等雑魚共が何度挑もうと俺には勝てねえんだよクソが!!さっさと死ね!!俺は忙しいんだよボケが!!」
倒れている人物を蹴り飛ばしながら罵倒し続ける皇帝直属近衛魔装兵序列9位である橙色の髪に橙色の瞳を持つ男、アルマースは止まらぬ悪態を垂れ流しながら当たりを引いた同僚に舌打ちした。
苛立ちを解消するために再び地面に転がる人物、リノアとエレオノーラを蹴り飛ばした。
意識を失っているのか無抵抗に蹴られる2人はピクリとも動かない。
アルマースは2人に興味が無くなった様で別れた同僚を追う為に背を向け歩き始めた。
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