第69話 対魔結界

 ギリアム帝国への初撃を妨害されたリオンは墜落現場で接敵した帝国騎士を殲滅した後、一旦リノア達と別れのんびり帝国の街を散策していた。

その道中ワンブロック毎に凄まじい殺意と共に物理的攻撃を受けるリオンだったが、これを全て片手間に排除していく。

周囲を喧しく飛び回る虫に辟易していると不意に路地裏からリオンに向けて声が掛けられる。

そちらに視線を向けると、声の主等は以前イヴに頼まれ助けた獣人達だった。

白毛に紅瞳を持つ兎人族のクルス、栗毛で栗色の瞳を持つ猫人族のミーヤ、赤茶の毛に黒瞳を持つ犬人族のサバーカの商人4人組と金と黒の縞々毛皮に金瞳を持つ虎人族の冒険者コクウがこちらに走ってきた。

到着するまでにリオンは片っ端から周囲の生き物を気配探知して、その反応を闇魔法で根こそぎ始末して綺麗に掃除した。

静かになった事に満足するとリオンも路地裏に入りクルス達に合流した。


「リオンさん、ご無事で何よりです。ずっと捜していたんですけど、今までどこにいたんですか?」


 すぐさまクルスから抗議の視線で怒られ、他の奴等も頷いている。

ミーヤはリオンの前脚に抱き着きスーハースーハー深呼吸を繰り返していたのでとりあえず放置した。


「時間ができたからな、久しぶりにイヴに会いに行ってた」


 リオンが端的に伝えるとクルス達はもちろんのこと、埋もれていたミーヤまでも驚いた顔でリオンの顔を見上げていた。

更に全員キョロキョロと周囲に視線を躍らせ誰かを捜していたが、居るべき存在が居ない事に首を傾げ再びリオンに視線を戻すと代表してクルスが問い掛ける。


「そうだったんですね……。それでイヴさんは今どちらに?姿が見えませんが?」

「ん?あぁ、アイツなら来てねえよ。大人しく留守番してんじゃねえか」

「えッ!?あっ、そ、そう、ですか……」


 リオンが全員の顔を見ると意外ではあるが納得してそうな表情に少し怪訝な顔になるが、すぐに興味を無くし話を進める事にした。


「まあイヴは今はどうでもいいし、お前等がなんで今この場にいるのか、それすら俺にとってはどうでもいい。こっからお前等はどうする行動するつもりだ?」

「もちろんリオンさんにお供しますよ。お手伝いさせていただきます」


 間髪容れず応えたクルスにミーヤ達も同意して頷いている。

それを見たリオンは少し考える動作をするがすぐに結論が出たのかクルスに視線を合わせる。


「俺一人が楽しむよりお前等とやった方がより楽しめるか……。ただお前等は雑魚だから戦闘では役に立たねえからなぁ。ここには俺以外に天翼人族のリノアって奴と獅子人族のエレオノーラ・レーベって奴の2人と来ててな。お前等はソイツ等と合流して好きにやれ」


 言葉に追加でリオンの念話にて脳内に直接リノアとエレオノーラの姿を焼き付けられたクルス達が軽い頭痛に頭を押さえながら一つの疑問を溢すと笑いながらリオンが魔法を発動する。


「……わかりました。ただ一点、リオンさんはここから一人で行くおつもりですか?」

「クハハハ!俺か?俺は森で会った愉快な仲間達と一緒に行くとしよう」

「ん?愉快な仲間?こ、これは……」

「あん?短時間でも弱え奴は死ぬかよ、しかも生きてる奴も俺と一緒で対魔結界で弱体化すんのかぁ。まあ死なねえだけマシ……なのか?」


 突如ボタボタと中空から次々落ちてくる大中小、様々な大きさの魔物。

漆黒の膜に包まれており地面に接触した瞬間、膜は破れドロリと地を溶かし穢していく。

落ちてきた魔物の数は優に100を超えていた。

膜が破けた者から徐々に目を覚まし咆哮を上げながら近くの生命反応や食物の匂いに誘われ暴れ回っていった。

大型の魔物はオークやトロール、オーガなど中魔級が20匹ほど。

中型の魔物はゴブリン、コボルト、ウルフの上位種で単体では小魔級から中魔級に届かない程度の脅威度が40匹ほど。

残りは数重視で持ってきた群れないと小魔級の価値にも届かないゴブリンやコボルト、ワームなど1m未満の小型魔物だが、そのほぼ全てが膜が破けたのにも関わらずピクリとも動かず息絶えていた。

原因は未だ不明だが生きているモノも死んでいるモノも全て身体から黒煙を上げている所を見ると対魔結界が良く効いている証拠でもあり原因のひとつだと考え、その姿に少し興味があり観察していた同じく黒煙を上げるリオンとテースタだったがすぐに食いしん坊の銀蛇がシャーシャー鳴き始めたので『待て』を解除し『よし』と号令を掛けた。

リオンはオピスの待機場所であるマイヒップに視線を向ける。

そこには食いしん坊によって垂らされた大量の涎が広がりリオンは眉根を寄せる。

身体の構造上届かない手脚をチラ見してからマイヒップに向いてる視線を前に戻したリオンはいつも通り冷めた表情をしており小型の魔物の死体も殆ど片付いていた。

暫くして満足気な食いしん坊銀蛇ことオピスがリオンの顔の前まで首を伸ばしてある一点に視線を送る。

それに合わせてリオンもその方角を見るとそこには虫の息だが辛うじて生きている黒煙を上げなら痙攣しているワームが目に入った。


「あのミミズがどうかしたか?早く喰えよ」

(ひどーいリオン!!あの子は必死に生きようと頑張ってるのに〜!!なんでそんなこと言うの〜?)

(血も涙もないのね。アナタはもう少し情というモノを理解した方がいいわよ?)

(一寸の虫にも五分の魂って聞いた事あるじゃろ?冷酷でバカなお主には理解できんじゃろうがな)

(わたしがワムちゃんを立派に育てるんだから〜)

「……ネーミングセンスが壊滅的だな。好きにしろ」


 散々な物言いに濁流の如く溢れる罵倒が脳内を巡ったが、その全てを飲み込んだリオンは素っ気なく対応する。

その言葉に満足したのか、もしくは何も聞いてなかったのかオピスはその巨大な口を開けるとワームことワムちゃんを一飲みにした。

他の死体同様普通に食べた様に見える光景だったがその辺は別腹に入り消化はされないと言うので、そんなもんかと興味も無いので早々に話を切り上げる。

 

「じゃあ俺等は行くからお前等も楽しめよ。終わってお互い生きてたらまた話そうぜ」

「はい!また会えるのを楽しみにしてますね」


 クルス達と別れたリオンは再びノシノシとゆったり移動を開始した。

その周囲ではリオンが呼び寄せた魔物達が帝国民と戦闘に入っている。

観察してみると戦闘だと思っていたソレも中魔級一体に対して数十人で対応している。

更にそれも圧倒的ではなく、対魔結界の効果もあってか崩壊ギリギリの所でなんとか戦線を維持できている状態だった。

今も数人オーガが家屋の角材を武器にひと薙ぎにして吹っ飛んでいった。

死にはしてないだろうがすぐに戦線復帰は絶望的だろう。

そんな事を思っているとどこからか補充要員が現れ、空いた人員の穴を塞いでいった。

気配探知をすると現在どこもそんな状態が続いていた。

リオンは特に思う所は無かったが、イヴ達が見ていたら間違い無く驚愕する光景だったろう。

普通に騎士や冒険者でも無い国民が魔物に立ち向かう事自体が異常であり、まして多対一とはいえ戦線を維持できているのは驚くべき事だった。

暫く周囲の気配を探りながら散歩していたリオンだったが不意にピクリと耳と鼻を動かしニヤリと笑った。


「クハハ、漸く到着したか。挨拶がてら会いに行くとするか」


 そう言うや否やリオンはその人物達を目指す為に建物の上に飛び乗ると駆け出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 [文質彬彬]



 リオンが対魔結界に焼かれ墜落した時の轟音と巻き込まれた帝国民の悲鳴を聞いたドスオンブレとセッケルは他国にも関わらず瞬時に現在の行動を中止し現場に急ぎ向かった。

セッケルに関してはドスオンブレが猪突猛進するのが分かっていたので、周囲の状況を確認しながら冷静に行動していた。

彼等はルークスルドルフ王国第二騎士団団長と副団長である。

団長のドスオンブレは日々鍛錬を欠かさず鍛え上げられた肉体を携え、短髪に整えられた金髪を後ろに流し、猛獣の如き目付きで疾駆しており副団長であるセッケルは団長とは正反対の細身の体型で同様の金髪を掻き上げながら神経質に眼鏡の位置を直しながら感覚を強化しながら情報収集に徹していた。

彼等は団員達から常にセットで考えられており、武のドスオンブレに対し文のセッケルとして2人の時に最も真価を発揮する。


「おいセッケル!ありゃなんだ?」

「あれはこの国の民だろうな」

「そんなの見りゃ分かってんだよ。俺が聞きたいのはなんでアイツ等武装してんだ?ここの騎士団は何してやがる」

「あぁ、それはお国柄って言うしかないだろうな。ここは我々の王国と違って『軍事国家』だからな。法の穴と言えばいいのか……要するにこの国の民ひとりひとりが武力を持つ事が暗黙の了解とされている」

「はぁ?そりゃ豪気なお国じゃねえか。ここの皇帝は何も考えてねえバカなのか?それとも武装蜂起したとしても問題ねえと考えてんのか?」

「それに関しては私もよく分からない。もちろん帝国の情報収集はしている。それによると国民からの皇帝の評価は高い……いや高過ぎると言っていい」

「ん?別に高い分にはいい国って認識でいいんじゃねえのか?いくら俺等の国の王の人気が無いからってよぉ」

「口には気を付けろ。誰が聞いてるか分かんないんだからな」

「さすがに周囲に誰も居ないのは確認して喋ってるって。それで?」

「…………今現時点で皇帝関係に限定して私が疑問に思う事は2点、評価が高いにも関わらずその皇帝を模した像が1つも無いこと。そして私が聞いた限りだが誰も鮮明に皇帝の顔を覚えてない事だ」

「確かに今まで散策してて皇帝の像は見た事なかったなぁ。だがそれは単純にこの国にその文化がねえか皇帝自身が像を造られんの嫌いなんじゃねえか?顔を鮮明に覚えてねえのも単純に普段から国民に顔出ししねえんじゃねえの?っていう事は当然お前は考えてるだろ?」

「そこまで分かってるなら私に無駄な時間を取らせるな!」

「ハハハハハ!それで?」

「…………本来造像というのは本人の好き嫌いに関係無く行われるものだ。自分の為という貴族も居るが王族はその国の象徴として造られる事が殆どだ。権威を象徴するものだと思えばいい。だがまあこれも絶対ではないから今は憶測の域を出ない。それとここの皇帝はよく国民に向かって演説をしているらしいぞ。ん、そろそろ着くぞ、無駄話は終わりだ」

「へいへいっと、てありゃ何だ?人、か?おっと!」


 並走して会話する2人だったが目的地付近に到着し周囲の気配を探っているとドスオンブレがピクリと反応し目を細めながら中空を睨むと丁度人が落下してきた所だった。

咄嗟に身体強化を発動すると易々と落下してきた人間をキャッチした。


「コイツァ、帝国騎士か?気絶しているが特に大きな外傷はねえなぁ。おいセッケル、コイツどうする?」


 騎士の性か保護した人物の怪我の具合を調べたドスオンブレがセッケルに意見を求める。

同じく状態を見ていたセッケルは早急に事情を把握する為に気絶している帝国騎士の頬をパシパシ叩き始めた。

ドスオンブレはその様子を止める事なく黙って見続けていた。

暫くすると帝国騎士が目を覚ました。

早速話を聞こうとするものの帝国騎士は混乱しているのか喋る内容が支離滅裂で何を言いたいのか全く分からなかった。

その中でも聞き取れた内容は現在少し離れた所にある高層建築物の中で魔物が暴れていること。

その魔物は今まで見た事が無く、複数の魔物を合わせた様な外見をしていること。

その魔物を使役しているのは女2人組だという事くらいだった。

話している内に少し落ち着いたのか帝国騎士は2人に雑に一礼するとその事を報告する為に急いで走り去ってしまった。


「あの帝国騎士くん、だいぶ慌ててたなぁ。さてさて、それじゃあ俺達はこれからどうする?さっきまで感じてた魔力も既に感じないから戦闘は終わったと思うけどよ」

「あれは慌ててるというより恐怖に縛られた状態だったな。そんな人間の情報をどこまで信用していいか分からないが、とりあえず自らの目でその魔物とやらを見てみたいものだ。恐らくソイツが厄災の可能性は高い」

「だよなぁ。そんじゃ行きます、ん?なんだアレ……おいおいおい、何で街中に魔物がいやがる」

「あの魔物、嫌な気配がするな……」

「そんな事言ってる場合じゃねえ!人が襲われてる、俺は先行する!」

「やはりこうなるか……。気を付けろよ」


 飛び出して行ったドスオンブレを見送ったセッケルは冷静に周囲の状況を分析しながらドスオンブレのサポートをするべく情報を集めていく。


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