第67話 留守番

「ダメですッ!!絶対!ぜぇぇぇったい!ダメです!!」


 近隣の迷惑も度外視に響き渡る怒声。

その怒声をぶつけられ黒曜石の如き美しい角が震え、白銀に輝く髪はサラサラと揺れる。

そんな特徴を携え、宝石の様に射光により濃淡が変わる艶やかな紫紺の瞳を怒声の衝撃から守る為瞑る少女、イヴは目の前の怒声の元凶である女性、マリーと向かい合って座っている。

何故こうなっているかと言うと時は少し遡り、リオンがギリアム帝国に乗り込む日程が決まった事で最終準備として一旦山を降り、全員と解散してリオンとイヴはマリー宅に戻り、家主であるマリーに暫く家を空ける旨を伝えるとイヴに過保護な彼女は当然の如く赴く場所を問うてきた。

その問いに対してリオンは何も考えずに[帝国との戦争]と口走った結果、冒頭に起こった怒声が響き渡ったという訳だ。

当の本人であるリオンはいつも通り全く気にしておらず、マリーが何故怒っているのかすら理解していなかった。

なので対応が面倒臭くなったリオンはイヴに全てを丸投げすると仰向けに寝転がり、ギリアム帝国でどう遊ぶかを考え始め自然と目を閉じた。

前と横で喧しい鳴き声が聞こえるが当然無視である。

マリーもこの状態のリオンがまともに話を聞くとは思ってないので、とりあえずリオンに付いて行く気満々のイヴを諭す事にした。


「イヴは絶対行っちゃダメだからね!!」

「えっ?行きますけど?私はリオンからもう離れないもん!」

「クッ!そ、そんな可愛い顔してもダメなんだからね!それに今回に関しては下手したら国際問題に発展しちゃうから本当にダメよ!冒険者は傭兵と違って国同士の戦争には加担できない決まりなのよ。これを破ったり、一度でも傭兵稼業を行うと基本冒険者資格が永久剥奪されちゃうのよ」

「じゃあ私は明日から傭兵として生きます!!マリーさんお世話になりました」


 マリーの悲痛な叫びに速攻で冒険者を辞める覚悟を決めたイヴにリオンが待ったを掛ける。


「落ち着けよイヴ。マリーもよ〜言ってる内容は理解できるがそれと今回の件は別に当て嵌まんねえと思うぞ?」

「どういうこと?」

「そもそも俺はどこの国にも属してねえし、あっちの奴等は俺を俺と認識してねえからな。つまり俺が何しようが自由だ!!」

「さすがリオン!好きー!」


 論破したったドヤ顔リオンと秒で持ち上げ抱き着くイヴ。

そんな2人を呆れた顔で眺めるマリーが静かに手を挙げる。

そんな彼女にリオンは余裕たっぷりな雰囲気を漂わせながら指名した。


「凄いドヤ顔の所悪いんですけど、リオンさんも冒険者登録してますよね?仮にリオンさんが大丈夫でもイヴは全然大丈夫じゃないよね?あとリオンさんがギリアム帝国で[厄災]と呼ばれているのは知ってますし、[リオン]って普通に名乗ってますよね?しかもさすがに私が今話聞いちゃいましたし同一人物なのは明白ですから、私としてもギルドに虚偽の報告はできません」

「…………へぇ、俺を脅すかよ。お前も言うようになったじゃねえか。だが安心しろよ、俺はこの姿のまま帝国に行く訳じゃねえから正体もバレねえ」

「そういう問題じゃないですし、もしリオンさんがよくても一緒に行こうとしてるイヴは何を言おうと絶対ダメですからね!」


 暫く押し問答になるが、それでも幾ら話そうと問題は平行線状態で一向に解決する気配は無く、リオンが飽きて後は好きにしろと言い撤退したので現在はマリーとイヴが熱い議論を交わしていた。

リオンとしても人数が多い方が楽しいだろうと思っていたが、来れないなら来れないでいいとも思っていた。

そして更に数刻過ぎた辺りで2人がリオンの所に寄ってきた。

何故か泣き腫らした2人がリオンと視線を合わせるとイヴが口を開く。


「リ、リオン、ごめん……今回は一緒に行けない……」

「あぁ、分かった」


 以前から色々留守番をしていたイヴであれば今回は強引にでも参加すると思っていたので少し意外に感じながらも自分が居ない期間2人の間に受付と冒険者以上の関係に変化したのだと理解し、何より来るも来ないもどっちでもいいリオンはあっさり承諾する。

イヴとしてもここで何を言われても自らの決断を覆すつもりは無かったので不満は無かったが、無意識に頬を膨らましリオンを軽く殴る。

じゃれつく様なその仕草を華麗にスルーするリオンは別の事、他の連中が参加するかどうか思案しようとして一瞬でその思考を切り捨てた。

ここ数日の付き合いでエリーゼ、フェルト、リヴァイス、あとオマケでシュミットが何を大事に動き、何を優先するかを理解していた。

話し合いが終わった事で緊張の糸が切れたのかイヴはそのままパタリと眠りに落ちた。

リオンはそんなイヴを小脇に抱えるとベッドに連れて行った。

マリーの所まで戻ると彼女が新しくお茶を用意していたので対面に座る。

暫く無言でお茶を啜る時間が流れ、マリーが意を決してリオンを見つめた。


「本当に帝国に戦争を仕掛けるつもりなんですか?」

「ん?戦争なんて仕掛けねえよ。これは遊びだ。子どもの遊び。遊んで遊んで遊び散らかして疲れたら終わりのみんなやってる楽しい遊びだ」

「……そんな屁理屈を、でも確かに国家間の衝突ではないから戦争では無いかもしれないけれど……」

「おいマリー、態々そんな事を聞きてえ訳じゃねえだろ?さっさと本題を言えよ」

「ッ!?そ、そうね……………じゃあ聞かせて、アナタは一体何者なの?」

「ふむ……その話題は2回目だな。お前には俺が何に見える?」


 以前と同じ問いだがマリーの目は既に大体の予想が付いていそうであり、この問いはあくまで個人的な確認作業なのだろうと感じたリオンは質問に質問を重ねマリーの考えを聞いてみる事にした。

彼女はその返答も予想していたのか淀み無く応える。


「恐らくリオンさんは人族ではありません。私には見た目も匂いも魔力も気配も、全ての感覚を駆使してもアナタは人族と判別してますがこの考えは間違ってないと思います。ただ私の知り得る全ての生物と照らし合わせてもリオンさんと合致する生物はいません。なのでそれ等の生物の特異個体か変異個体、それか新種だと思ってます」

「へぇ、つうことは俺が魔物だと言いてえんだな?それにしてはほれ、俺は毛むくじゃらじゃねえしツルツルボディのおにいさんだぜ?」


 最早リオンとしてもすぐバラしてもいいと思っているが面白くなってきたので揶揄う様にシャツを捲りマリーを煽ろうとするが、彼女はというとビシッとリオンの肌を指差し声を荒げた。


「それですよ!」

「は?それ?」

「はい!それです!リオンさんは知らないと思いますがイヴさんがアナタの話をする度に暴走して、あのモフモフが最高!と口にしていたんですよ!なのでそこから導き出される答えは絞られます!リオンさんのその姿は擬態か人化によるもので普段の姿は体毛がある種なんですよ!もちろん獣人族の中には獣化をする事で容姿が原種に近付き体毛も濃くなりますが、今の姿が普段の姿であるならばそれはあり得ないですからね」


 最近やたらと探偵と犯人の構図が成り立つ雰囲気にあるリオンはマリーの前で興奮気味に人様のプライバシーをバシバシ暴露する銀髪絶壁娘に頭の中で数発デコピンを打ち込み満足すると目の前の未だビシッと指を突き付けてくる名探偵に拍手を送る。


「クハハハハハ!正解だ!確かに俺は人族じゃなく魔物だ。それでそれが分かったお前はこれからどうするつもりだ?」

「え?どう、とは?」

「え?」

「え?」

「何も考えてなかったのか……マリーは頭が良いのか悪いのか分かんねえな。つまりな、俺の正体を知ったお前はその情報をどう使うのかって事だよ」

「えっ?別にどうもしませんけど?」

「え?」

「え?」

「じゃあ何がしたかったんだお前……」

「だから以前問い掛けた時と一緒ですよ、アナタの事が知りたかっただけですよ。あっ、でも何個か聞いてもいいですか?」

「そうか……。正解したご褒美に俺の答えられる事ならいいぞ」

「ありがとうございます。では先ず、私の所にメモで『強くなれ』と送ったのはリオンさんですか?」

「は?何だそれ……知らねえなぁ。ん?ちょっと待て」


 一瞬キョトンとするリオンがマリーを手で制すると表情を変えず固まる。

刹那の時間を置かずにリオンが納得顔をすると再びマリーに視線を向ける。


「その紙は暇だった俺の仲間の暇人トカゲが送ったものみてえだな」

「暇人トカゲ?そうですか……では次にリオンさんは以前イヴに『強くなれ、次は絶対殺す』と発言したそうですが、アナタはイヴを今後どうするつもりですか?」

「ん〜?俺そんな事言ったのか?記憶にねえなぁ、そりゃいつの話だ?」

「時期については私も詳細は知りません。それで?」

「イヴの今後をどうするか、かぁ。そりゃもちろんアイツを鍛えて強くするつもりだ。俺の遊び相手にでもなりゃ満足できそうだからな。こんな答えで満足か?」


 暫くリオンの答えに考え込んでいたマリーが、「最後にひとつ」と前置きすると指を一本立てた。


「とりあえずは納得と言うか理解しました。私としてはアナタがイヴにとって無害な存在なのであれば今すぐどうこうしようとは思っていません。ですが、もしイヴの身に何かあれば私はリオンさん、アナタを許せなくなります」

「クハハ、お前も随分変わったじゃねえか!いいねぇ、ちょっと前より全然今の眼の方が俺好みだ。楽しみがひとつ増えた。それで?最後になんだって?」

「ごほん、すみません少し熱くなってしまいました。最後の質問と言いますかお願いになってしまうんですか、リオンさんの本当の姿を見せていただけませんか?」


 何が来るか少し期待していたリオンだったが、マリーの言葉が脳に染み渡る頃には急速にテンションが下がり、ため息を漏らす。


「ハァ、それなら明日帝国に行く際にでも見ればいい」

「本当ですかッ!?あっ、でも明日も仕事なんですが……」

「そんなもん俺がどうとでもできる。午前だけ休め、午後から出勤しろ。俺はもう寝る」


 雑に対応するリオンが席を立ちそのまま当たり前の様にイヴが寝てる部屋に入る彼にマリーが声を掛ける。


「今日はありがとうございます。楽しかったです。秘密が共有されたみたいで、これで少しは仲良くなれましたかね?おやすみなさい」

「仲良くなりてえなら先ずその他人行儀な話し方から改善するんだな」


 振り返らず言いたい事だけ言ったリオンはパタンと扉を閉めた。

その扉を暫く眺めながらマリーは頬を赤く染めながら微笑んだ。

翌日全員何事も無く起床し、朝餉を済ませ、リオンは早々に帝国に向かう為家を出ると、イヴは当然としてもマリーまでリオンに一緒に来た事でイヴから待ったが掛かった。


「ちょ、ちょっと待って!なんでマリーまで付いてきてるの!?仕事は!?リ、リオンはいいの?」

「今日午前中はお休みもらってるから大丈夫よ。それにリオンさんのお見送りしなくちゃいけないからね。いいわよねリオンさん」

「あぁ、構わねえよ」


 その後も2人が他愛も無い会話に花を咲かせているのを目撃したイヴは衝撃を受けた。

昨日私が寝た後に何があったのかを後で徹底追求すると誓ったイヴだった。

リオン一行は途中リノア達と合流すると近隣の森まで歩いて移動した。

暫く歩き周囲に人の気配が無くなったのを確認するとリオンがキマイラの姿に戻った。

普段から見慣れているイヴ達はすぐさまリオンに抱き着くと慣れた様子でよじ登った。

一番乗りだと思っていたイヴだったが、首元には既に先客、ウピルがしがみ付いていた。

ショックを受けたイヴは本当であれば強引に引き剥がしたいが、ここ数日でウピルの気弱な性格を理解しているので彼女より見た目年齢高めなイヴが大人になりウピルの横に移動した。

ウピルもイヴが横に来るのに慣れたのかニコっと微笑むと中心から少し横に移動した。

頭上で仲良く話す2人を感じながらリオンはマリーに目線を向けると両手を口に当て固まっていた。

弄りたくなったリオンはニヤニヤと凶悪な獅子顔でマリーに話しかけた。


「おいどうした?せっかく俺の本当の姿を見れたんだ、何か感想はねえのか?」


 話しかけられたマリーは暫く黙ったままリオンを見つめて固まっていたが、漸く言葉を搾り出した。


「………きれい」


 予想と違った言葉を返されたリオンは訝しげな顔をしたが先程までリオンの首にいたイヴが一瞬にしてマリーの前に移動した。


「よく分かってるじゃないですかマリー!リオンのこの美しさに気付くとはさすがです!そんなマリーにはリオンの初モフモフを体験していただきましょう!さあさあさあ!」

「あっ、えっ?ちょ、ちょっとイヴッ!」


 マリーの静止も聞かずグイグイ引っ張るイヴに力負けしてリオンの前脚の前まで連れて行かれた。

そして目の前にはリオンの前脚が迫る。

見ていると距離感が麻痺しそうな、吸い込まれそうになる程に漆黒の体毛、そしてその間には血の様な赤黒い体毛が川の流れの様に混じっている。

後ろではイヴが色々喚いているが今はそんな言葉が聞こえない程彼女の心は目の前の存在に支配されていた。

遂に見ているだけでは我慢できなくなったのか手を沈める。

サラサラとしていながらも弾力があり、程よい体温を保ち、表面を高濃度の魔力が纏い、全てを包み込んでくれる安心感を与えてくれる。

抗えない。

そう思った時にはマリーは全身でリオンの大木の様な立派な前脚に抱き着いていた。

至福。

そんな言葉が頭をよぎるとふとイヴのリオン成分が足りないという言葉を思い出し、なるほどと思った。

確かにこれを一度でも経験してしまうと欲してしまう。

暫くそのまま深呼吸を繰り返していると頭上から呆れた声音がマリーの耳朶に響き、意識が急浮上する。


「この世界の奴等はマジで変態が多いんだな……」

「へ、変態じゃないから!リオンさんのコレが中毒性があるのが悪いのよ!」


 ぷりぷり怒ってるマリーが数歩後退すると今度は目の前に銀蛇であるオピスがシャーシャー笑いながら念話を飛ばす。


(リオンの周りの人はみんな変態さんだねぇ〜キャハハ。類友ってやつだねぇ)

「えッ!?そ、その声、オピスちゃんッ!?」


 驚愕に固まり銀蛇を見つめていると次々彼女の頭に直接声が届く。


(リオンの魅力に気付いたのは評価するけど、アナタはイヴちゃんより強敵だから油断できない!でもでもリオンが好きなのはわたしの様な身体をした幼女なんだからね!)

(ルプったらまだそんな事言ってるのね)

(イヴちゃんは可愛いからのぉ、誰も勝てんよ。ひょひょひょ)

(気持ち悪りい声出してんじゃねえぞ爺!)

(うるさくて眠れないんだけどぉ、ロン黙ってぇ)


 マリーに声が届くと同時にリオンの左右から金狼と紅蓮竜の頭が出たり、背中からは黒翼と髑髏が出てきた。

粘体であるブロブだけは声だけで姿は見せなかった。

そんなたくさんの声にマリーは困惑していたが説明する者も不在だったので暫くワチャワチャ話しているとリオンが左脚を地面に叩き付ける。

全員が一瞬黙ったタイミングでリオンが口を開く。


「それじゃあそろそろ行くとするか。イヴは行かねえって事でいいんだな?」

「……はい。絶対もう離れないと言ったけど、今回はお留守番してる。だから約束して!絶対帰ってきてね!」

「クハハハ!何だそのフラグになりそうなセリフはよ。まあ数日くらいで帰ってくるだろうよ、お前も鍛錬はしっかりやれよな。帰ってきたら新しい遊びも思い付いてんだからよ」

「うん!頑張る!」


 涙を堪えながら強がるイヴにマリーが隣に移動し手を回す。

その姿をリオンは目を細めながら一瞥するとリノアとエレオノーラを背中に放り投げ、そのまま帝国に向け飛び立っていった。

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