第66話 手紙

 ある部屋にて薄暗い中でも輝きを放つ金髪をかき上げながら宝石の様に輝く碧眼を目の前の紙へと落とす1人の男が居た。

書き綴った文字を男が音として呟きながら完成に向けて手を動かし、そして遂に書き終えた男は満面の笑みを浮かべ満足そうに呟く。


「よし、これで完成だ。フフフ、喜んでくれると嬉しいな」

「レイ?まだやってたのね……手紙くらいでそんな嬉しそうにするなんて、しかも羊皮紙じゃなくて質の良い紙を使用するだなんてどうしたの?アナタ皇帝にすら羊皮紙で書いていた気がするのだけれど?誰宛?」


 ご機嫌な男、皇帝直属近衛魔装兵であるレイの独り言に不機嫌な声を滲ませながら返答するターコイズブルーの髪色に金と銀のヘテロクロミアを持つ女性はレイの背後に周り手紙を覗く。

レイは特に気にした様子も無く手紙を丁寧に仕舞うと蝋で封をし、女性の方へ振り返る。


「やあラウム。この手紙は僕の友達のリオン君に宛てたものさ。喜んでくれるかな?」


 独り言で呟いた事を今度は女性、同じ皇帝直属近衛魔装兵であるラウムに語り、返答を求めるレイに呆れを隠しもしない表情と声音で口を開く。


「ハァ、色々言いたい事はあるけれど……何時間もそうやって手紙を書いているものだから余程重要な事だと思って放置していたけれど、まさかあのキマイラ宛だとは思わなかったわよ。しかもあのキマイラと友達ですって?あんなのと文通していたなんて知らなかったわよ」

「ハハハ、何を言ってるんだいラウム。手紙はこれが初めてだけど、以前僕とリオン君が会話した場所に君も居ただろう?もう忘れちゃったのかい?」

「アナタこそ何を言ってるの?忘れる訳ないじゃない。それと先程のアナタの言葉がどう繋がるのよ」


 普段からレイとの会話が噛み合わない事は多いが今度はラウムの頭を持ってしても理解ができずにいた。

そんな彼女の顔が面白かったのかレイはフフっと微笑むと子どもに言い聞かせる様に優しく慈愛のこもった言の葉を投げ掛ける。


「以前僕がリオン君とお話したよね?」

「……そうね」

「それで僕とリオン君は次会う約束もしたよね?」

「……したわね」

「つまり僕とリオン君は既に友達という事だね」

「……どうしてそんな結論になるのかしら?」

「そして僕が今認めたこの招待状をリオン君が受け取り、ここに到着した時を以って僕とリオン君は親友になっているだろうね」

「友達の問題が解決してないのに次の問題に進まないでちょうだい」

「あぁ〜楽しみだな、フフフ。ねぇラウム」


 もう何を言っても無駄だと判断したラウムはため息をひとつ溢すと勝手に話を進める。


「とりあえずあのキマイラをここに呼んだって事は分かったわ。ちなみにどのくらいで到着すると思う?」

「そうだねぇ。手紙は今から送るから早くて明日か、明後日くらいかな。みんなの準備はどうかな?」

「準備は全員終わってるから今からでも問題無いわね。それじゃあ私は他の者に伝令を飛ばしておくわ」

「ありがとう、ラウム」


 話が終わるとそのままラウムは転移魔法を使ってレイの部屋を後にする。

移動する際、ラウムはレイの顔を見て一瞬複雑な表情を浮かべる。

彼があそこまで感情を露わにして誰かに執着するのは久々に見たのだ。

更にここまで準備期間を与えられ挑んでくるキマイラの傲岸不遜な態度も相まって嫉妬と憤怒が彼女の心の奥底に小さな小さな、灯火として燻り始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 [同気連枝]



 彼は暇を持て余していた。

置物の様に横になり食う寝るの繰り返しで怠惰な日々を過ごしていた。

彼の周囲には数多くの臣下が居るがその全てが異形の姿で、人型も居るがその全ては魔物でオークやゴブリン、コボルトなどだった。

当然そんな臣下の主も人族では無く全身茶色の毛に覆われている四足獣だ。

規格も標準的な人族よりは遥かに大型なので現在居住している場所も相応の規模になっている。

人族であれば不平不満が出そうな怠惰な彼に対して誰一人としてその様な感情を漏らす者はいない。

そんな殆どその場から動かない彼の最近の楽しみは彼の手元にある楕円形の鏡だ。

彼は台座に固定されたそれに魔力を流すと淡い光を発しながら徐々に任意の場所の映像を映し出した。

これは古代の遺跡から掘り出されたというアーティファクトであり、使用者の魔力量に比例して映し出せる距離が決まっている古代魔道具だ。

彼自身も何か目的があった訳では無くただ適当に選択した場所、それが今回は臣下であるグリフォンの巣だった。

そこには通常種のグリフォンが餌を取ったり睡眠を貪っていたり子どもの世話をしたりと数々の生命の営みが行われていた。

その様子を彼は眩しそうに目を細めながら眺めていると突如発生した緊急事態に鏡の向こうのグリフォン達は警戒音を発しながら空を旋回し始めた。

そんな事態に彼も食い入る様に映像を見つめる。

暫くすると彼の周囲に居る者達から念話が飛んでくる。


(へ、陛下!あの者の姿は一体……)

(……我にも分からぬ、今は少し様子を見るとしよう。タイミングを見てロストルムを呼び寄せて説明させればよかろう)


 臣下から陛下と呼ばれている彼は再び鏡の映像に見入った。

暫く見ていた彼だったが突如勢いよく立ち上がると全身に魔力を放出しつつ、ある一点に収束させていく。

収束先は彼が首から下げている真紅の宝石が埋め込まれたペンダントだった。

そのペンダントは時間経過と共に輝きを増していき遂には臨界点に達したのかそのまま粉々に砕け散った。

それを確認した彼は部屋の中央に視線を固定した。

周囲で慌てていた者達も全員中央を見る。

暫くするとそこに大量の魔法陣が浮かび上がり、一瞬眩い光が周囲を白く染め上げる。

光が霧散したその場所からは大量のグリフォンが現れた、その群れの中心には金銀鮮やかな変異種であるグリフォンが一際存在感を放っていた。

彼等は自らの身体を見て問題無い事を確認すると目の前の存在に首を垂れる。

すると目の前の存在である彼が念話を飛ばす。


(よくぞ無事に戻った。して、どうだった?)

(ハッ!この度はご迷惑をお掛けしてしまい誠に申し訳ございませんでした!この失態への罰は如何様にも)

(構わん、我が勝手にやった事だ。あのままでは貴様等は間違い無く全滅しておったからな)

(勿体無き御言葉にございます!確かにあの人族の中心に居た魔物。彼奴以外の人族はそこまでの脅威ではありませんでした。だが中心に居た彼奴だけは……ただ……いや、彼奴は……しかし、そんなこと……)


 グリフォン変異種、ロストルムは事実を事実と認めたくないのか徐々に口ごもり始めた。

そんな雰囲気を察してか彼も気にしない風を装いぷらぷらと手を振った。


(構わん。ロストルム、話せ)

(ハッ!彼奴のその、姿と、匂いが……その、へ、陛下と似ておりました)


 その一言で周囲にいた者達は一斉に怒号をグリフォン変異種、ロストルムに浴びせるが陛下と呼ばれる存在は静かにロストルムが語った言葉を脳内で処理していた。

考え事をしようとしているのに周囲の喧騒が煩わしかったので一鳴きして黙らせる。

そのまま暫く沈黙が続くが、ロストルムが耐えきれなくなったのか彼に話し掛ける。


(へ、陛下?如何されましたか?)

(ん?あぁ、何でもない。お主もあの者達へ放った魔法で魔力が空で辛かろう。早々に休むといい、他の者達も下がるがよい)

(ハッ!承知致しました!御用命の際は私、ロストルムをお呼び下さい!!)

(クハハハ!お主の忠義嬉しく思うぞ)

(ハッ!では御前失礼いたします。ゆくぞお前等!)


 踵を返したロストルムは部下共々を引き連れ玉座の間を後にする。

それに続き彼の周囲に居た臣下も全て退出する。

その場には陛下である彼のみとなった。

彼は未だ鏡に映る横たわった魔物の姿を眺めながら再び横になるとボソリと口を開く。


「獅子の頭に蛇の尾、しかも我と同じ匂いのする魔物……まさかな」


 彼は鏡の中の魔物、リオンを一瞥した後自らの尾を見る。

そこにはシャーシャーと鏡の中のリオンを威嚇する鈍く光る黒鱗を携えた蛇が尾として存在していた。

そんな姿を見た彼は今一度鏡の中のリオンに目を向ける。


「……兄者」


 その呟きは尾の黒蛇にしか伝わらなかったが特に気にする者はこの場には居なかった。


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