第65話 心雨心晴

 朝晩の寒暖差により空気中の水分と魔力が陽の光によって乱反射しキラキラと幻想的な風景を醸し出す中、ぼんやりと遠くを見つめる複数の人影。

その視線の先には剣戟音や怒号が響き渡り、心地良い振動がリズムとなって傍観者の全身を打ち付ける。

その中のひとりがポツリと語り出す。


「この森に来て早数日……最初は俺のあの魔法で多対一の戦闘のアレコレを学ばせる事には成功したと思うが、そろそろ飽きてきたなぁ。しかもアイツ等も徐々に対策してきやがったから刺激不足だろうよ」


 つまらなそうに語るのは黒髪黒瞳のワイルドな風貌の男、つまり現在幻術によって姿を変えているリオンだ。

そんな彼のセリフに同じくつまらなそうではあるが優雅な所作でワインを傾ける白黒のオッドアイを持つツバサが応対する。


「そうなるのは始める前から分かってたと思うのだけれど?アナタの事だもの、次の用意も既にしてあるんでしょう?」

「あぁ、まあな。と言っても俺が準備した訳じゃねえよ。あのババアの頼みでグリフォンの変異種を退治しろって言われてるからなぁ。丁度良く人数も居るから面白くなるだろう」

「ルベリオス学院長でしょう。女性をそんな風に呼んじゃダメよ〜?ただ、そう……グリフォンね。確かにそんな話をしていたわねぇ。まあ私が気にする事じゃないかもしれないけれど、大丈夫なの?」

「ババアはババアだ。大丈夫?何がだ?」

「もう……仕方ないわねぇ、ふふふ。今のあの子達の実力なら一度にグリフォン数体程度であれば問題ないでしょうけど、群れで襲われたら死ぬんじゃないかしら?特にあの貴族の坊やは確実に死ぬわね」

「死んだら死んだで構いやしねえよ。そこまでの奴だって事だろ?だがメインディッシュをアイツ等に譲る気はねえから、まあ問題ねえだろ」

「確かに変異種なら久々に何か強奪できそうだものねぇ」

「は?強奪?」

「あっ、あっちはそろそろ終わりそうだよ〜」


 ツバサとの問い掛けに首を傾げたリオンが言葉を続けようとしたタイミングでオピスの言葉が被さりリオンは言葉の意味した先に視線を向けると丁度イヴがリオンの魔法攻撃によって吹き飛び大の字に倒れるとそのまま沈黙した。

イヴやその周りには死屍累々の如き状態の黒獅子+アルファが積み重なっていた。

それを見たリオンは時間的に丁度良いと朝餉の準備を始めた。

その時既にリオンは先程のツバサの言葉には意識が向いておらず記憶からも抜け落ちた。

黙々とリオンは朝餉の用意を済ませると未だに気絶している奴等にリオン謹製ポーションを頭からぶっかける。

ゾンビの様にノロノロと復活する面々に「飯」と簡潔に告げる。

肉体的な疲労はリオン謹製ポーションで全快してるが精神的な疲労が蓄積しているのか皆黙々と朝餉を済ませ、流れで風呂に向かっていく。

ここ最近の朝はこのルーティンが出来上がっていた。

暫くするとリヴァイスとシュミットが上がりリオン達の方へ歩いてくる。

リオン達はルプが土魔法で作ったイスに座り、テーブルの上には手作り湯呑みでお茶を啜っていた。

リヴァイス達も自分用の湯呑みにお茶を淹れると気怠そうに座る。

ズズッとひと口お茶を啜るとシュミットが呆れながらリオンに絡み出す。


「相変わらずお前の魔法は意味不明だな。そもそもあれは本当に魔法なのか?ブロブの奴もそうだったがどの魔法書でも見た事ない魔法だ」

「確かにリオンの魔法は不思議な気配がする。魔法なのにまるで生きているかの様に自由に動き、ひとつひとつに意思がありそうな攻撃を繰り出してくる」


 シュミットとリヴァイスが各々文句の様な感想を述べるとリオンは自らが放った魔法について考える。

リオンはロンやブロブが放った魔法に興味が湧き自らも似た様な魔法が出せるか検証実験をした。

だが結果は残念なもので、発動する事はできなかったのだ。

その代わりに出来上がったのが今話題に上がっている魔法だ。

この魔法は任意の数の蜂型魔獣に似たモノを召喚するというもの。

多方面からの襲撃に対しての鍛錬にピッタリであり、リオンが個々に操作できる事もあってか今はリオンひとりで全員の修行を請け負っている。

蜂1匹の強さは込められた魔力量に比例するので、細かい魔力操作の結果、今ではイヴと同等の力で固定する事ができるまでになった。

それと新たな発見として、これは一応魔法ではあるものの何故か蜂を倒すとレベルが上がる。

テースタとの話では蜂が含有している魔素を吸収して、その者の身体能力が強化されているのが目視できたとのこと。

それは都合がいいという事でここ数日朝から晩まで襲わせていたが、ここ最近は目に見えて魔素の吸収率が落ちてきていた。

まさかの天井があるとは知らなかったリオンは一瞬不機嫌な顔になったがすぐに何かを思い出したのか手をポンと叩き、怪しい笑みを浮かべた。

リオンが考えていた間もシュミットとリヴァイスは何やら話しかけて来てたが全て適当に流していると背後から聞こえる様なややオーバーな声量のため息がリオンの耳朶に響く。


「リオン、アナタ人の話聞く気ないわよねぇ。また何か怪しい事でも考えていたのかなぁ?」

「ん?あぁリノアか。なに、次のお前等の修行メニューを考えてただけだ。有り難く思えよな」

「うげぇぇ、もう私ハチ大っ嫌いになっちゃったよ〜。故郷に居た時はハチミツが取れるから何かと助かってたのに今はただの害虫だよ!というかリオンのアレはハチっぽいのは見た目だけで全くの別モノだけどね〜」

「クハハ、そろそろお前が文句垂れる頃だと思ってな、次の相手はもう決まった。全員集まったらそこに向かう」

「うわぁぁぁ、もう絶対次も嫌な奴じゃ〜ん!」


 その後もリノアが文句ばかり垂れていたが、いつも通り無視したリオンは全員が風呂から戻ってくるのを出発準備をしながら待っていた。

数時間後、一番の長風呂だったツバサ達に冷えた視線を送る。

それも一瞬の事ですぐに全員に次の目的地を伝えるとやはりこの街の冒険者である黒獅子とシュミットはソコに何が居るのかを知っていた。

リノアとエレオノーラは分かっては居なかったが碌でもない事だけは今までの付き合いで察していた。

たが場所が場所なので徒歩だと現在地から2日は掛かる距離だった。

しかしそんな疑問もリオンの横にある土魔法で作ったであろうコンテナを見て、それの使用用途を理解している者は納得した。

それが分からない者、今回は代表してエリーゼが手を挙げた。


「え〜と〜、目的場所は分かったけど〜移動手段がその箱なのは〜どういう事なの〜?馬に引かせるにしては車輪がないし〜」

「お前等ノロマの歩きに合わせてたらいつになっても着かねえからな。少し離れてろ」

「ちょっと〜質問に答え……え?」


 エリーゼが絡む前にリオンは幻術を掛けた人型から本来の姿、四足獣の魔物であるキマイラの姿に戻った。

バキバキと音を立て膨張するリオンに正体を知らない者達は呆然と凝視して立ちすくんでいた。

慣れたもので数秒後には完了しており、そのままコンテナに近寄ると全員を呼んだ。


「おいお前等、早く行くぞ。ん?どうした?早くしろよ」


 呼ぶが返事が無い面々に訝し気に首を傾げ更に追及しようとすると顔下からイヴの声がする。

リオンが目線を真下に下げると既にコンテナに乗っている声の主であるイヴがキラキラとした顔でこちらを見ながらはしゃいでいた。


「みんなリオンの神々しさに充てられて呆気に取られているだけだよ〜。こんなカッコイイ顔立ち、綺麗でふわふわな毛並み、ずっと吸っていたくなる香気、たくましい身体、とろけるくらい魅力的な声!!リオンを構成する全ての要素を感じる事の幸運に意識を持っていかれてるだけ!!」

「え?なにそれやば……」


 イヴの熱量にリオンが引いていると同じく既にコンテナに入っているリノアとエレオノーラが喋り出した。


「イヴの話は主観しか入ってないから参考にしなくていいけど〜リオンってさぁ、エリーゼ達にこの姿見せた事あるの〜?」

「リノアの言う通りです。貴方様が獅子神様だと知らなければその御姿に意識を奪われるのは必然かと思います。まあイヴの言も神々しさという点は共感できます」

「ふむ……なるほどな、確かにコイツ等にこの姿は初出しだな。イヴとレーベは変態コンビで仲良くなれそうで俺は嬉しく思う。だがそんな事で時間を浪費するつもりはねえ!早く乗れテメェ等!」


 半ば考えるのを諦めたリオンは有無を言わせず闇魔法と風魔法を即座に発動し強制的に全員をコンテナ内に乱暴に突っ込んだ。

ちなみにウピルは変わらず首にしがみ付き満足気に目を閉じモフモフを堪能していた。

痛みで意識が帰還した面々は今度は説明を求めギャイギャイと喚き出したので対応をイヴ達に丸投げするとリオンは久しぶりの空の散歩にテンションを上げた。

距離的には1時間も掛からずに目的地に到着した。

いきなりグリフォンを強襲する作戦もあったが、それじゃつまらないとリオン自身が却下したので今は麓から少し離れた場所に降り立ち徒歩で移動している。

遠くの空を見ると既にグリフォン側もリオン達の接近に気付いているのか警戒音を発しながら旋回している。

その動きをぼんやりと眺めていたリオンはグリフォン達が以前接敵した個体とは行動が違う事に気付いた。

状況が前とは違う事を考慮しても今回のグリフォンの集団はこちらの場所を特定しているのにも関わらず接触してくる事はなく混乱している様子だった。

何か嫌な予感を察知したリオンは早急に接敵しないと後悔しそうだと思い行進速度を上げた。

その間周りではリオンについてギャーギャーと盛り上がっており、対応するのが面倒臭いリオンはいつも通り無視を決め込みイヴに丸投げしていた。

だがそれもグリフォンの生息圏内に入った事で中断された。


「おいお前等!ピクニックじゃねえんだ、いつまでもはしゃいでんじゃねぇ。そろそろアイツ等の巣に着くぞ」

「いやいや〜こんなに動揺してるのもリオンさんのせいなんだけど〜?というか〜魔物に変身できる魔法なんて初めて知ったんだけど〜?あとそんな魔物見た事もないんだけど〜?」


 今まで全員の話を無視してきたリオンが話し掛けてきた事で全員の不満が溢れ、代表してエリーゼが矢継ぎ早に疑問をぶつける。

その言葉に初見の者達は某赤い牛みたいに壊れた様に首を上下に振り賛同を示す。

イヴはリオンの話を聞かない面々に頬を膨らませ不満を表明していた。

そんな渦中の人物であるリオンは周囲を見回しどうするか考えていると空からの敵意を感じ取りニヤリと笑った。


「客だ。雑魚共はお前等に任せる、俺はメインディッシュだけで十分だ!」


 話を聞く限りの強敵との出会いに興奮したリオンは黒翼を羽ばたかせ喚く音を置き去りに飛び出した。











「ねぇリオン……機嫌直してよ〜。仕方ないじゃん、あんな事になるなんて誰も予想してなかったわよ」

「そ、そうです、リノアの言う通りですリオン様。寧ろこうなるのが必然という程リオン様とその他生物の格が違うといいますか……」

「そうだよリオン。あの変異種は普通個体よりもっと頭が良かったって事でリオンの強さに恐れをなしちゃったんだよ」

「り、りおんさま、おちこまない、で……」

「まあリオンよ、そう落ち込むでない。また次の強敵を目指せばよかろう」

「私もそう思うわ〜」

「僕もそう思うよ。だから元気を出しておくれよ」

「全く図体がデカイくせに落ち込んでんじゃねえよ!」


 何故か全員がリオンを慰める事態が発生していた。

それもこれもリオンがグリフォン変異種の元に飛び出した直後に起こった事件に端を発する。

グリフォン変異種はリオンを目視した途端、驚愕の表情を浮かべると同時に魔法を発動させた。

顕現した魔法は風魔法と火魔法。

リオンが笑いながら対応しようとするが、それ等の魔法の狙いはリオンではなくその後ろ、イヴ達だった。

自分を無視した事で不機嫌になるリオンだったが事態は次の段階に進む。

偶然か必然かは不明だが着弾した火魔法に風魔法の力が加わった事でそこかしこで火災旋風が発生していた。

威力を見るにイヴでも数分で死ぬ程だった。

さすがのリオンも黒炭になった人間を回復させる力は持っていないので悩んだ結果全員に障壁魔法を展開する。

更に火消しとして水魔法を発動した。

津波レベルの水量が森の木々をへし折り強制的に火災旋風を解し、消火していく。

その間僅か数秒の出来事で、余興は終わりだとリオンが視線をグリフォン変異種に居た場所に向ける。

しかしそこにグリフォン変異種どころか通常個体のグリフォンすら1匹残らず消えていた。

まさかの先制攻撃だけされ、後始末を押し付けられとんずらされた事で飛ぶやる気も失い、火災旋風で炙られただけのリオンはヒュルルと地面に落ちていった。

大質量が地面に衝突した音にイヴ達が急いで駆け付けたのだが、そこにはやる気を完全に失った1匹の獣が横たわっていた。

その哀愁漂う姿に全員の励まし合戦が続けられていたのだ。


「ねえリオン早く元気になってよ〜」


 暫く続いた励まし合戦も遂にかける言葉が無くなってきた事で終わりを迎えた。

ただリオンとしては初めは確かにやる気を失ったが今はそれよりも気になる事があったので身体を放ったらかしに脳内会議を行っていただけだった。


(なぁあのグリフォン、俺を見てあからさまに驚いていたよなぁ?他人の空似か?まあ他のキマイラなんて知らねえけどな)

(そうねぇ、あのグリフォンは私達を知っていたのかしら?もしかしたらアナタの兄弟姉妹がいるんじゃない?)

(んな訳ねえだろ、アイツ等は全員俺が殺したし種族もマンティコアだっただろうがよ)

(血縁者は可能性として低いとしてもじゃが……まあ人間は別にしても魔物間にはお主の情報が伝わっていてもおかしくはないじゃろうな。お主は森を荒らし回っとったのじゃからなぁ)

(リオンはおバカさんだから後先何も考えずに行動するからねぇ〜。さっきだって普通に正体バラしちゃうし〜)

(オピスの言うとおーり〜。リオンはもうちょっと頭使った方がいいと思う〜)

(うるせえぞ幼女ども!邪魔になるなら殺せばいい。どうせこの世界は命の価値が低いんだからな、跡形も無く消しちまえば問題ねぇ。つかそんな事より今はあの鳥野郎の事だろうが。おい爺、アイツ等転移魔法使ったよな?)

(いやいや、あのグリフォンが全員に転移魔法を掛けられるとは思えないんじゃよなぁ。確かにあの火災旋風を引き起こした魔法は見事じゃった、まさに天災級の魔法であったわい!じゃが彼奴はその一発で魔力がすっからかんになった筈じゃ。お主に怯えて放ったから普段以上に魔力を込め過ぎたのじゃろうて。つまりあの転移魔法は他者の介入によるものじゃな。そして恐らくリオン、お主より魔法の扱いに長けておるわい)

(クハハハハハ、面白えじゃねえか!まだまだこの世界で遊べる奴がいるって事じゃねえか。あの鳥野郎が逃げた先に魔法使った奴がいるのであれば俺等の事も伝わっただろ。その内接触してくれれば楽しくなりそうだな)

(キャハハ、リオン楽しそう〜。リオンが楽しそうだとわたしも楽しいし嬉しい〜。アピールは大事だからたくさん殺してわたし達の存在を世界に広めよう〜)

(ごは〜んごは〜ん。キャハハ〜ハンバーグでもステーキでもユッケでもなんでもカモーン。わたしがぜ〜んぶ食べてあげるぅぅ)

(クハハ!やっぱ楽しい事がねえと日々の彩りも色褪せちまうからな。たくさん殺してたくさん食べてたくさん飲んで、たくさんたくさんたくさんたくさんたくさん遊ぶぞ!)

((もちろ〜ん))

(当然じゃな!知識の探求も忘れるんじゃないぞい!!)

(楽しい事は私も大歓迎だわ〜ウフフ)


 マイナスからプラスに感情を切り換える事に成功したリオンはどっこらしょと横たえた身体を起こして伏せの状態までもってきた。


「あっ、リ、リオン?もう大丈夫なの?」

「ん?あぁ問題ねぇ。とりあえず鳥野郎は居なくなったから依頼は終わりだ。だが鍛錬の相手が居なくなっちまったからなぁ……。喜べ!今日は俺が全員の相手してやるよ。オメェ等もそれでいいな、はい始め〜」


 不完全燃焼のリオンは有無を言わさず鍛錬を開始する。

ここ数日の無茶振りで慣れたのか彼等彼女等はすぐさま戦闘態勢に入る。

その様子を見てリオンがニヤリと口角が三日月状に開くと同時に威圧感が増していく。

イヴ達は冷や汗を額に滲ませながらも戦意を失わずに各々今出せる全力でリオンに立ち向かう。


「いい、いいなお前等!クハハハハハハ!」


 魔物の姿だからなのか普段以上の実力を見せるイヴ達に少しの不満とそれ以上の満足感に気を良くしたリオンはいつも以上に戦闘時間を長引かせる様に戦いながらタイミング良くイヴ達の口にリオン謹製ポーションを撃ち込み回復させた。

イヴを除く面々は無限地獄の如きこのループから逃れようと様々な手段を講ずるものの、どうやってやってるのか理解不能だが一定間隔で口内にリオン謹製ポーションが撃ち込まれる。

実は最初の一発目が撃ち込まれた際に口内にリオンとの魔力回路が出来上がっており、あとは一定間隔で転移魔法で送り届けているだけなのだが誰もその種には終ぞ気付く事はなかった。

この方法はリオンが長く楽しむのが主たる目的だが、先程の話で思う所があったので魔力操作を鍛える目的でもあった。

そんなリオンによる無限地獄は帷が落ち、すぐ近くの人の顔すら認識できなくなるまで続いた。

静寂が辺りを包み込み、パチパチと焚き火の音と光だけがリオンの存在を強調している。

暫くボーッと眺めていたが、ふと周囲に視線を向けるとそこにはボロ雑巾が7人落ちていた。

身体の傷は無いが精神的な疲労がピークに達し全員気絶している。


「リ、リオンさま、おねえちゃん達はだいじょうぶ、ですか?」

「ん?まあ死んではねえから安心しろよ」

「ん。よかった、です」


 リオンは未だキマイラの状態で丸まっていて、ウピルはリオンの前脚の上にちょこんと座っていた。

暫く緩い空気が流れるが突如リオンが顔を上げる。

ウピルはそんなリオンの行動を黙って眺めているとそれはやってくる。

空は雲が広がっていたので光源は焚き火しか無かったがソレは眩い光を撒き散らしながらリオンを目指している様だった。

光の球の様に見えるソレは浮遊しながら2人の場所にゆっくり近付いてくる。

ウピルは怯えながらリオンの毛皮に潜り隠れてしまった。

リオンは特に気にする事なくソレが目の前にくるのを待った。

ソレが眼前まで来るとソレは徐々に形を変え、光が収束していく。

光が収まったそこには一通の手紙が落ちていた。

眩しくなくなったのを毛皮の中で感じたのかおずおずと出てきたウピルが地面に落ちている手紙を恐る恐る拾いリオンの目の前に広げる。

そこには無駄に長ったらしく興味の無い近況が書かれていたが、最後の一文を見たリオンはニヤリと笑った。


「クハハ、そうか。遂に準備ができたか。クハハハハハハ、明日……いや明後日にでも行くとするか」

「リ、リオンさま、楽しそう、です。どこか、行く、です?」

「あぁ帝国のおもてなしの用意ができたらしい。ハハハハハハ、あぁ!なんだってこの身体は楽しい事に飢えてるんだろうなぁ」

「そ、そう、ですか……わっ!?」


 ウピルが持っていた手紙が突如燃え、跡形も無く消滅した。

ビックリしてリオンの毛皮内に避難するウピルを特に気にした様子も無く遠足前の小学生の如き無邪気な笑顔で帝国のおもてなしを想像しながら妄想を続けた。





 

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