第63話 味見

 リオンが適正職業選択部屋、通称ジョブ部屋から出てギルドの外に出ると一言も喋る事なく近隣の森まで走った。

それに対しイヴも特に喋る事なく必死にリオンに喰らい付く。

リノアはウピルを抱えながらリオンに速度を落とす様喚き、エレオノーラはため息を吐きながらも必死にリオン達を追う。

他の黒獅子メンバーは身体強化の魔法を駆使するものの徐々に距離が離されていく。

オピス達はいつの間にか姿を消していた。

単純に走るのが面倒臭いのでリオンの中に戻っただけだった。

全員が駆けっこ競争の如きレクリエーションを強いられた事で目的地に着いた頃には殆ど全員荒く息を吐き地面に転がっていた。

その中でも無事だったリオン、イヴ、それと既に彼の頭に引っ付いているウピルの3人は一箇所に固まっていた。

その中でもイヴは現状看過できない問題があり、その事についてリオンに言及した。


「リオン、アレは何で連れてきたの?どういうつもり?」


 イヴが指差す方をリオンも見ると少し考える素振りを見せるが特に理由は無かったのか返答もいつも通り素気ないものだった。


「アレかぁ……ここに来る途中に居たから持ってきた。理由は特にねえな」

「じゃあ元の場所に戻してきて!」

「あまりそう邪険にすんじゃねえよ、可哀想だろうがよ」

「絶対そんな事思ってないくせに!ただ面白そうだからぁとかそんな理由なんでしょ?」

「クハハハ!なんだよ分かってんじゃねえか!ならお前が何を言っても俺が聞かねえ事くらい理解しろよな」

「それも知ってる!ただ言ってみただけだから!」

「ハァ?なんでんな無意味な事を……まあいいか。そんな事より早速始めるか。おい、そこに転がってるアホども早くこっちに来い!」


 イヴとの話が理解できなかったのか早々に話を切り上げると他のメンバーを呼ぶ。

皆疲れてるのかリオンの暴言にも弱々しい反応を見せるのみで素直に集合する。

ただ1人ここに来る途中、リオンの走行線上に居ただけで拉致られた、イヴファンクラブ会員番号1且つ代表でもあるゲノー・シュミットが今は地面に白目を剥きながら倒れ、放置されていた。

それに気付いたメンバーは同情の視線を微かに向けるが、それだけだった。

シュミット以外が揃ったのを確認したリオンが改めて今後の具体的な方針を語る。


「初めに人数を分ける。それぞれ教官役が居てソイツ等に従ってもらう。ちなみに俺が担当するのはイヴとリノアだ。オピスとツバサ、テースタにはフェルトとエリーゼ、ロンとルプにはリヴァイスとエレオノーラに付いてもらう。基本は俺が用意した内容に沿って訓練していくが、臨機応変にやって良し」


 リオンの説明が終わるといつ間にか現れていたルプ達はパチパチと拍手しなから盛り上がっていた。

内容に拒否権は無いと悟ったメンバーは黙って聞いていたが、その中でもバッとイヴが手を上げる。


「ねぇリオン、そこに転がってる人はどうするの?」

「ん?あぁ、そういやこんなのも居たなぁ。そうだな……ブロブにでも任せるか」

「えッ!?僕が見るの!?動きたくないし働きたくないから嫌だけど?君が勝手に持ってきたんだから最後まで責任取って見るべき」

「でもなぁコイツ弱過ぎて多分殺しちゃうからなぁ」

「そのくらいならいいじゃん別に〜。あんなのが死ぬより僕が働く方が可哀想だからね」

「テメェは面倒臭えだけだろうが!弱い奴は先ずは弱い同士で戯れてろクソが!話は終わりだ!各々担当教官の前に集合」


 ブロブへの対応が面倒臭くなったリオンは早々と話を打ち切るとパンパンと手を叩いて全員を移動させる。

リオンの前には満面の笑みを浮かべるイヴと不満を隠そうともしない顔をしたリノア。

オピス、ツバサ、テースタの前にはエリーゼとフェルトがやる気を漲らせた顔をしている。

ロンとルプの前にはいつも通りの表情をしたリヴァイスと小刻みに震えたエレオノーラが集まった。

未だ気絶しているシュミットの側にはため息を吐きながら木の棒でつつくブロブの図が出来上がった。

全員別れた事を確認したリオンは先ずは日没を目処に早速鍛錬を開始させた。


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[side オピス、ツバサ、テースタ]



「よわよわな君たちは今からわたしの下僕となります〜。下僕はわたしにごはんを貢がなければなりませ〜ん、キャハハ!」


 フェルトとエリーゼが合流し、少し他のチームから距離を取った後いきなりオピスは土魔法を発動し1m程の丘を作った。

ぴょんと丘の頂上に立つと踏ん反り返り冒頭のセリフを吐いた。

ツバサとテースタは特に意識を向ける事無くリオンが作成した訓練書を眺めてどう進めるかの話し合いをしていた。

フェルトとエリーゼはというと突然の事で処理が追い付かずポカンと間抜け面を晒していた。

しかしすぐに表情を戻し、言われた内容に少し困惑しながらも子どもの遊びだと思い付き合う事にした。


「仕方ないわね〜。オピスちゃんは何が食べたいのかなぁ?」

「わたしの事は監督と呼ぶように!今食べたいのはねぇ〜リオンが作ったハンバーグかなぁ」

「えぇ……じゃあ監督、それは僕達がリオンさんに頼まないとダメなやつじゃない?」

「そうとも言う!」

「これオピス!お嬢さん方を困らせるものじゃないぞぃ。そんなものは夕餉の時にでもリオンに言えば済むじゃろうて。今はこのお嬢さん2人を如何にして鍛えるかが肝心じゃてのぉ」


 さすがに見兼ねたテースタが2人に助け舟を出し、フェルトとエリーゼが安堵するがオピスはぷりぷりと怒り出す。


「そんなものってなぁにぃぃ?ごはんは一番大切な事なんだけどぉ?食べることが一番の幸せなんだよ〜?それ以外はどうでもいいしどうにでもなるんだよ〜?そんな大事なことを蔑ろにする奴は許さないぞぉ?」

「わかったわかった、わかったわぃ!うるさいのぉ。今日はおぬしの飯だけ大盛りにしてやるわい!」

「いいのぉ!?わーい!やったー!じゃあ許す〜。じゃあじゃあ早く終わりにしよ〜よぉ」

「アナタが邪魔をしなければ最短で終わっていたわよ。さてそれじゃあ先ず貴女達の基礎能力でも見てみましょう。相手は……オピスひとりでいいわね」

「む〜!わかったぁ!監督であるわたしが直々に見てあげる〜。ほんきで来るのだよ〜」


 脱線した話をツバサが戻すと淡々と進めていくが、最初に当てがったのがオピスだと宣言するとフェルトとエリーゼは驚いたのと同時にいくらなんでも幼女には負けないと思ったのか不満顔をしたがその気持ちを吐き出す事は無かった。

だがその顔で考えている事も筒抜けだったのでツバサが苦笑いをしながら「やってみれば分かる」とだけ言うと模擬戦をする事になった。

フェルトとエリーゼは少し緊張した様子だがオピスの正体を知らない2人にとっては目の前の幼女の実力は半信半疑だった。

対してオピスはと言うと丘からは降りて2人の対面に移動すると胸部の絶壁を反らし、残念な姿へと変貌させていた。

そんな状態の3人にツバサは審判役として開始の合図を出した。

如何に幼女とはいえリオンの仲間だと知っている2人は無防備に突っ込む事はせずオピスの出方を窺っていた。

焼き付く程オピスを見ていた2人だったが次の瞬間には視界からオピスが消えた。

驚愕を押し殺し周囲を警戒する2人だが、背後から呑気な声が耳朶を刺激する。


「これでお姉さん達は1回死んじゃったよ〜?キャハハ!よわよわだからすぐに殺せちゃうよ〜。死ぬ気でやらないとイヴちゃん程度のよわよわちゃんにも追い付けないよ〜?キャハハハ!」

「「ッ!?」」

「よわーい。水遊びでもしたいの〜?いいよ〜」

「「きゃあああ」」


 フェルトとエリーゼが咄嗟に振り向き無詠唱で第一階梯の水魔法を10門放つがオピスはくるくるとおちょくる様に軽く躱す。

お返しとばかりに2人の倍以上の数の水魔法を叩き付けた。

普通の者ならその威力でバラバラになってもおかしくない水弾だが2人は普段の鍛錬の甲斐あってか反射的に身体強化と障壁魔法を展開していた。

しかし障壁魔法は一瞬で粉々に砕け散り、バラバラにならなかったものの2人の身体はほぼ全身打撲を負った。

うつ伏せで倒れ伏す2人を見ながらオピスは問い掛ける。


「あれ〜?もう終わり〜?ねぇねぇ、どこも千切れてないんだからまだ立てるでしょ〜?やれやれ〜本当に弱いねぇ、リオンはあの時相当手加減してたんだねぇ。リオンもよくこんな面倒臭い事引き受けたよねぇ。しっかり者のわたしだからいいけど〜ルプとか絶対殺す気がする〜」

「クッ……ま、まだまだ、これからだよ〜」

「そ、そうだね。この程度、普段の鍛錬と比較したら、なんて事はないよ」


 オピスの煽りに満身創痍の2人が立ち上がり分かりきった虚勢を張る。

ツバサやテースタから見れば強がりだとバレバレであり、発した自分達も先ずそのまま受け入れられるとは思ってはいなかっただろうが、ことオピスに関しては幸か不幸か根源が純粋なので彼女達の虚勢を疑う思考すら浮かばず、音のまま本心だと捉え満面の笑みを溢す。

それは当事者でなければ天使の笑みとして見える程愛らしいものだった。


「だよねぇ〜。あんな水鉄砲くらいで終わっちゃったらどうしようと思ってたけど〜まだまだ楽しませてよねぇ〜」


 そんな天使の笑みはフェルトとエリーゼには悪魔の笑みに見えただろう。

その後彼女達は子どもに振り回される玩具の如き扱いで死ぬ一歩手前までくちゃにくちゃにされ、それを見たリオンは大笑いしながら2人を回復させた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[side ロン、ルプ]



 「リオンが欲しければ先ずはわたしを倒してからにするんだなぁ!グワハハハァァ!」

「何言ってんだお前。バカな事ばっかやってんじゃねえよ!」

「なぁにぃ!?少し前までカタコトでしか喋れなかった短気なトカゲ野郎がぁ〜ちょーしにのるんじゃねぇ」

「グルルルルル、口が悪りぃな!誰の影響だコラァァァ!!」

「ロンの真似してみた〜」

「ぐぬッ!グルルルルル………早くやるぞ!!」

「むぅ、ロンが勝手にわたしに絡んできたんじゃ〜ん。ふんだ!もうロンとは一緒に遊んであげないんだからぁ!じゃあリヴァイスくんとエレオノーラくん、2人ともわたしの前に来なさい!」


 ロンとルプのコントの様なやり取りがひと段落し2人を呼び寄せるルプ。

リヴァイスとエレオノーラは素直にルプの前に集合する。

どこかの銀髪幼女と同じくこちらの金髪幼女も土魔法で1m程の丘を作りその頂きに踏ん反り返って傲岸不遜な態度を取っていた。

ロンは全員と同じく今は人族の姿になっており、カタコトも練習によって改善されている。


「これからきみ達の実力をわたしが判断しま〜す!さぁさぁさぁ〜どっからでもかかってきなさい!ほんきで来ないと死んじゃうかもよ〜キャハハ!」

「むっ?童に本気で挑むのはさすがに抵抗があるのだがな……」

「リヴァイスとやら、悪い事は言わない本気でやれ!死ぬぞ!」


 リヴァイスがルプを外見で侮ってしまったのに対してエレオノーラはルプ達の正体を既に知っているので初めから身体強化を施し、獣人特有の技である[獣化]を発動する。

ミシミシと身体構造を変えていき、両手脚からは鋭い爪を携え、顔の骨格まで野生の獅子の様に変化させる。

その見た目はまさに二足歩行の獅子そのものだった。

そんな対称的な様子にリヴァイスは驚きルプは猿のおもちゃの様に手を叩きキャッキャとはしゃぐ。

ロンに関しては自分も参加したいのかウズウズと口から炎を溢しながらイライラし始めていた。

そんな事はお構い無しにルプはやる気を漲らせると勝手に模擬戦を開始する。


「はい始め〜。ん?あれぇ?おじさんどうしたの〜?」


 ふにゃっと構えをとるルプが対面上に居るリヴァイスが一行に構える事なく困惑している事に首を傾げる。


「おじッ!?い、いや、始めと言われてもな……俺としては童より隣のそちらの御仁とやりたいのだが……。幼女に手を上げるのはさすがに気が引けるのでな」

「お、おいお前バカな事言うな!俺までとばっちりに遭うのは勘弁だぞ!」

「ふぅぅぅぅぅぅん。おじさんはおじさん同士がいいんだぁぁ?でもそれってわたしの気持ちを無視してるよねぇ?それってひどくない?わたしはリオンからお前達を鍛えろって言われてるんだけど〜?弱いキミたち、お前等が相手を指定できる立場にあるとでも思ってんのかぁ?あぁぁぁぁ、リオン、コイツ等殺していいぃぃ?えぇぇぇ、ダメ?えっ?そうなの?キャハハ!わかったぁぁ、ねぇふたりとも……わたしのために、ほぼ死んでぇ?」

「「えっ?」」


 ルプの発言の意図が汲み取れずリヴァイスとエレオノーラはルプを瞬きせず凝視していたにも関わらず言葉を発した次の瞬間には彼女を見失っていた。

エレオノーラはリヴァイスより危機感を持っており全知覚を総動員してルプの存在を感知しようとしたがルプにとってそれは基準点に達しておらずリヴァイス同様に意識を刈り取られる事になった。


「弱え奴は全てを奪われる。信念や思い、感情や思想含め、個人を構成する要素含め全て、成す術もなく他者に奪われる。虚勢を張ろうが強がろうが全ては泡沫の夢。お前等が今すべき事は泥水を啜ってでも今の幸運を掴み取ろうともがく事のみ、俺……いやわたしに意見する事じゃねぇ。弁えろゴミが!」


 本人達には原因は不明だが、ぐにゃぐにゃとした夢心地の様な不思議な世界にいる2人に響く天使のの如き声音にはにつかわない言の葉の汚さに違和感を憶える事無く彼等の意識は鈍痛と共に底に、底に沈む。


「ハッ!!な、なんだ!何が起きたッ!?」

「やっと起きたかおっさん。テメェのせいで俺まで酷え目にあっただろうが!まあもう回復したからそんな感覚もねえがな……」

「やっと起きたぁ?よわよわだから仕方ないけどあんまりキミだけに時間はとれないんだよぉ?分かってるのぉ?わたしとリオンの時間をテメェ程度のザコに割いてるって事をさぁ。なんとも思わないの?テメェはわたしの健やかな時間を奪ってる事をさぁ。それをわたしを下に見た事で余計にわたしの時間を使ってるんだよぉ?何か言いたい事はあるぅ?」

「う、うむ……とりあえず今の状況を教えてもらえるか?」

「状況も何もねえよ!テメェはルプ様を侮ってボコボコ。俺はお前の軽率な発言の巻き添えでボコボコ。これで満足か?お前がどれ程の実力者かは知らねえ、けどなこれだけは覚えておけ!リオン様含め周囲の方々を下に見たテメェは初見から対応を間違えてんだよ!外見であの方々を判断するな!例え相手が老人だろうが赤子だろうが[リオン]という単語を発したならひれ伏せ!それが今のお前にできる最低限度の礼儀だ!」

「ぬッ!?お主何を言って……」

「わたしがキミをほんきで殺そうと思ったら何億回冥土に送れたと思ってるのぉ?弱いにも程があるでしょぉ?リオンはホント近隣住民に甘いよねぇ……。そんなだからお前等みたいなザコに寵愛を向けるんだよねぇ。そのせいでわたし達に皺寄せが来るんだよ?キミがそれに気付けたら世界は変わったのかもねぇ。それでぇ?何か言いたいことはある〜?」


 目を覚ましたリヴァイスが意識がハッキリする暇も無くルプとエレオノーラから暴言を浴びせられ困惑するが、暫くすると前後の言葉を繋ぎ合わせ何とか状況を理解すると素直に頭を下げた。


「ルプ、そしてエレオノーラよ、すまなかった。俺が判断を間違えた事で2人に余計な時間を使わせてしまった様だ。虫が良い話だがこのまま鍛錬を続けさせてはくれないだろうか」

「う〜ん。うん、いいよ〜。わたしは素直にごめんなさいできる子は嫌いじゃないよ〜。じゃあ早速やろうかぁ」

「よろしくお願いします!」


 不気味な程いつも通りのゆったりとした喋り方に戻ったルプは何事も無かったかの様に軽く伸びをして数m離れる。

2人に向き直るとやる気十分といった風に胸を張った。

それに対しリヴァイスとエレオノーラも素早く体勢を整える。

エレオノーラは先程と同様獣化を発動するとそれに同調する様にリヴァイスも獣化を発動する。

しかしエレオノーラはほぼ全身を獣化したのに対してリヴァイスは手脚の変形しかしなかった。

エレオノーラはピクリと反応するものの特に意見を口にする事は無く、ロンとルプは興味も無いのか反応すらしなかった。


「じゃあそろそろ始めるよ〜。さっきみたいな手加減はするから死なないとは思うけど〜あまり期待しないでねぇ。は〜い始めぇ〜」


 ルプがゆるりと開始合図を出した瞬間には2人は全力にルプに襲い掛かる。

凶悪な程強化された2人の両爪が幼い童女を引き裂かんとばかりに迫る。

しかしそれ等は全て空を切り地面を深く抉る。

またしてもルプの存在を見失った2人は感知しようとした瞬間には凄まじい衝撃により吹っ飛んでいく。

だが手加減が成功した一撃だったのか2人ともくるりと回ると危なげなく着地する。


「ほらほら〜獣人の感覚はそんなもんじゃないよね〜?もっともっと野生を解放しようよ〜。今のままだとちょっと切れ味が良い刃物を持ってる人間と変わらないよ〜?それじゃあ合格点はあげられないなぁ」

「クッ!まだまだァァ!!」

「………クソがァ」


 くすくすと笑いながら煽るルプに悪態を付きながら突貫してくる2人の行動に笑みを深めるルプは次はどうやって遊ぼうかと考えながら目の前の2個のおもちゃを眺める。

その後刻限まで2人は散々振り回され何度か死線を彷徨い理性を飛ばし、野生に身を任せていった。

その姿をルプとロンは満足そうに眺め、その姿を見たリオンは笑いながら襲い掛かってくるリヴァイスとエレオノーラに愛ある拳で理性を取り戻させた。



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[side ブロブ]



 青白く生気が抜けた顔を歪めながら青年の姿をしたブロブは覗き込む様に地面に大の字で気絶しているゲノー・シュミットを棒でつつくのを止めると気怠そうに見ていた。


「ハァ……なんで僕がこんな事しなくちゃいけないのかなぁ。面倒臭いなぁ……あっ、このまま死んじゃった事にすればいいかなぁ。死体も消しとけば誰も文句言わなくない?うんうん、僕にしてはよく考えられた素晴らしい案だと思うよ」

「ん、んん……なんだ耳元でうるさいなぁ……ッ!?うわッ!?だ、誰だお前!!」

「あれ?起きちゃった。気絶してた方が痛みも無く幸せだったと思うけど〜まあいいかぁ、とりあえずさようなら〜。ん?なにリオン、えぇ?ダメ?そう……え?ホント?仕方ないなぁ、わかったよぉ。ハァ、じゃあキミ、起きたばかりだけど今から訓練始めるよ〜」


 シュミットは耳元でボソボソ囁く声に目を覚ましたら気怠そうな男に殺されると思ったら今度は突然訓練をすると言われ困惑していた。

ブロブもシュミットが一向に立ち上がらない事に首を傾げる。

そのまま暫く近距離で見つめ合う状況が続くが面倒臭いのか何も語らないブロブとは反対に良くも悪くも追及して問題をクリアにしないと気が済まないシュミットは素早く立ち上がり、一旦周囲を確認するとブロブに詰め寄った。


「お前はアイツの仲間かッ!?僕をどうするつもりだ!!」

「うわあぁぁ……この人グイグイくる、ハァ……面倒臭いタイプだぁ」

「なんだとッ!!僕を誰だと思ってるんだ!!!」

「いやいやそんなの僕が知る訳ないじゃん。僕はリオンに無理矢理連れ出されてキミを鍛えろって言われただけなんだからさぁ」

「僕を鍛える?……何を考えてるんだアイツ」

「さぁねぇ、キミの事が気に入ったんじゃないの〜?今のままだと弱過ぎて遊び相手にもならないからねぇ」

「弱過ぎるだとッ!?この僕が……いや、確かに今のままの僕はアイツには勝てないだろう。それは認めるがお前から稽古を付けてもらえれば僕はアイツに勝てるのか?」

「ハァ、全体的に圧が強いよキミ……。リオンに勝てるかどうかはキミ次第だと思うけど今よりは多少強くはなれるかもよ。面倒臭いけどキミ面白いねぇ、だから少しだけ手伝うよ。ひとまず日没まで頑張ろうかぁ」

「僕次第、か……分かった!ではまず何をすればいい」

「そうだなぁ……キミの実力を僕は知らないから最初は軽く模擬戦といこうかなぁ。えぇと、確かリオンから言われたけど、詠唱しないと魔物と疑われるんだったっけ……面倒臭いなぁ、こうかな。数字はどうしようかなぁ、1番はテッペンって感じがするから……6番くらいでいいかなぁ」


 聞き分けがいいシュミットが了承すると模擬戦を提案するブロブが後半はボソボソと聞き取れない程小声で独り言ちると早速詠唱を始める。


「第六階梯魔法……スロウス」

「は?」


 シュミットの間抜け面と声を置き去りにブロブが放った魔法は彼の頭上に2つの魔力玉を出現させた。

ふよふよと浮かぶそれ等は次第にぐにゃぐにゃと形を変えていき、徐々に全体像がしっかりしてくる。

完成されたモノを見たブロブは珍しく興味深そうに、シュミットは目が点に口をアホみたいに開けていた。


「へぇ〜僕が怠惰だから蝸牛なのかなぁ?でも僕自身はスライムだからそこら辺は関係ないのかなぁ。みんなもそうだし……。んー、スライムと蝸牛……まあ粘体みたいな所は似てるからいいかぁ。じゃあキミ、シュミットくんだっけ?この子を倒してみてよ」

「ハッ!!お、おい、なんだこの魔法、いや魔法なのか?しかも第六階梯魔法だと!?アイツもそうだが、お前も化け物だな」

「僕に言われてもな分かんないよ〜。でもこんな人畜無害な僕に向かって化け物とか酷くない?見た目通り僕は傷付き易いんだねぇ。ハァ、まあとりあえず今は目の前の敵に集中しよ?」

「あ、あぁ、すまん。いやまあ色々気になるが、それは後で問いただすとするか。それにしてもコイツはなんて魔物だ?見た目はマイマイ系の魔物だがこんな大きさのは見た事ないな」


 独り言をブツブツ洩らすシュミットに耳を欹てるブロブによると、マイマイ系の魔物は大きくても全長30cm程で魔力持ちなので魔物の分類ではあるが攻撃能力も無く踏み潰せば簡単に殺せるくらい弱い魔物だという。

それを踏まえてブロブは自らが生み出した[第六階梯 スロウス]なるものを見る。

彼自身適当に口に出した詠唱なので意味は特に無い。

ロンの時と同じく本人に由来する何かに反応して現れたのが目の前の蝸牛だ。

その蝸牛は全長2mにも達しており殻は1m程もある。

大きさは異常だとしても強さは魔物界では最弱の存在なのでシュミットは少し驚いただけだ。

その後は余裕の笑みを見せるとゆっくりと剣を抜き放った。

ブロブはリオンとシュミットの遊びを見ていたので付与魔法を発動しない彼に首を傾げると珍しく助言をした。


「ねえシュミットくん、付与魔法は掛けなくていいの?シュミットくんは死にたがりなの?死にたいの?」

「は?デカくなっただけのマイマイなんて僕の敵じゃない!黙って僕の実力を見てろ!」


 珍しく助言したブロブの言葉もシュミットには届かず蝸牛の頭に向かって剣を振り下ろす。

対して蝸牛はというと特に避ける動作もせずシュミットからの剣を受ける。

ヌルッとした剣先の感触に眉根を寄せるシュミットだったが特に気にせず剣を振り続ける。

粘膜が保護しているお陰か蝸牛はシュミットの剣撃にも全く反応する事無くそこら辺の葉っぱをもしゃもしゃと食べ始めた。

その行動にイラついたシュミットは斬り付けから刺突まで多種多様な技を以て蝸牛を倒そうとしていたが未だに表皮が傷付いた様子は無い。

段々息は荒く腕が重くなり力が乗らなくなってきた頃、再びブロブからの助言が入る。


「見えてないのかな?早く付与魔法で仕留めないと大変だよ〜。それとももう聞こえないかなぁ?」

「ん?何て言ったんだ?」


 ブロブの声は聞こえるがシュミットには彼の言葉が理解できなかった。

その異常事態にシュミットは気付く事は無かったが結局今のままでは埒が開かないと付与魔法を発動する。

第一階梯の水魔法を愛剣である宝剣カエルレウスに纏わせると再び蝸牛の頭に一気に振り下ろす。

邪魔な粘液が付与した水魔法によって吹き飛び、そのまま宝剣は蝸牛の表皮を斬り付けた。

「やった!」と歓喜の叫びを洩らすシュミットと斬り付けられた痛みに、「ぴぎぃ」と可愛らしく鳴く蝸牛。

観戦モードのブロブは木の下で横になり怠そうに両者を見ていたが、ぽつりと「終わりかぁ」と呟いた。

蝸牛は斬られるのを嫌ってか殻に籠った。


「チッ!あともう少しだったのに……だがこのまま殻ごと破壊してやる!!」

「ぴぎぃぃ」


 シュミットは殻に籠った事も特に気にせず斬り続ける。

殻には薄く傷が付くだけで割れる気配は無い。

それから数分間斬り続けるとさすがに疲れてきたのか一旦攻撃の手を止める。

そんな時ハアハアと息切れするシュミットの頭上を鳥が通過する。

ただそれだけの出来事に対してシュミットは大袈裟に剣を頭上に振り、空振りと見るやバックステップして周囲を観察し始めた。

現状を知らない者が見たのであれば臆病者の如き態度で警戒する男と映るかもしれないが、未だ横になっているブロブは喜劇でも観ている様に怠そうにケタケタ笑っていた。

ここで漸く様子がおかしい事に気付いたシュミットだったが既に術中にどっぷりと全身浸かっている彼にはどうする事もできなかった。


(何かがおかしい……。何が、かは分からないが不気味な感覚だ……なんだ?何がおかしい?)

『今更気付いても遅いよ。キミって僕達より怠け者だねぇ。ただ我武者羅に剣を振れば勝てると思ってるの?そんなだからキミは弱いんだよ』


 シュミットの頭に直接届くひどく気怠げな声に一瞬意識を向けた瞬間凄まじい衝撃が全身を何度も何度も襲い、徐々に意識は漂白されていった。

失っていく意識の中、衝撃がある度に「ぴぎゅ!」と可愛らしくも気合が入ってる鳴き声が高速で耳に入ってきた。

そして冒頭と同じく気絶しているシュミットを見下ろしながらブロブが独り言ちる。


「リオンは本当にこんなの育てるつもりなのかなぁ?強くなる要素が全く感じられないなぁ。この子の性質にも気付かないくらいだもん。まあいいや、これで日没まで気絶しててくれたら後は何もしなくていいもんね。という事でおやすみ〜」


 うんうんと頷きながら自分を納得させると先程の木の下にぽすんと横になると数秒でスースーと寝息を立て始めた。



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