第61話 団欒

 リオンが模擬戦で気絶させたチーム黒獅子を冒険者ギルド内にある医務室に休ませている間、ツバサとのゴタゴタがあったがそれも落ち着いてから暫く。

ガチャッと医務室の扉が開くとイヴが姿を現した。

多少フラつきながらもマリーに支えられリオンの居る場所まで近寄ってくる。

リオンがチラリとイヴを見るがすぐに視線を外す。

そんな態度のリオンにイヴは頬を膨らませるとマリーの支えを離れ、前に倒れそうになるその勢いのままリオンの腹に突撃した。

そんな行動にマリーが慌てて近寄ろうとするがリオンが手で制する。

リオンは腹に突っ込んできたイヴを持ち上げ自らの膝の上に乗っける。

予想外だったのか驚愕の表情をリオンに向けるイヴに呑気に話し掛ける。


「まだフラついてんじゃねえか。腹減ってんなら何か食うか?」

「………いる」

「ほら、なら好きなモノ頼めよ」


 リオンがメニューを渡そうと差し出すが何故かイヴは受け取らず顔を伏せたまま黙っていた。

その行動に眉根を寄せるリオンが不思議そうに問い掛ける。


「おい、腹減ってんだろ?どうした?」

「………食べさせて」

「ハァ?お前なにーーー」

「ほれほれほれほれほれ!イヴちゃんこっちおいで、おじいちゃんが食べさせてあげるぞい」

「イヴちゃん、ちょーっと調子乗り過ぎだと思うなぁ〜。わたしのリオンにお世話してもらえると思ってるのぉ〜?」

「いいなぁ〜。わたしももっと食べる〜、リオンおかわり〜」

「あらあら、イヴは少し見ない間に甘えん坊の赤ちゃんになっちゃったのかしら?ウフフ」

「ねえねえエレナ、思ってたよりイヴさんって子どもなのかな?甘えん坊なだけ?」

「さあなぁ。片方の可能性もあるし、両方の可能性もあるからこれだけじゃ分からねえな。ただひとつ言えるのはあんな優しい獅子、ゴホン、リオン殿は初めて見るな……」

「あら2人とも、イヴはちょっと甘えん坊な所もあるけれどそれも含めて最高に可愛いわよ」


 上目遣いで甘えるイヴに、その感情の矛先であるリオンの発言を遮りその場に居合わせた殆どの者達の声で騒然となる。

そんな喧騒と要求が通らなかった事で不満を態度で表したイヴがテーブルを叩く。


「みなさん少し黙ってて下さい!今は私がリオンに甘えるターンです!はい、リオン食べさせて!早く!ほら!ねえ早く!」

「甘えるターンてなんだよ……。恥ずかしくねえのかお前……」

「全然恥ずかしくないよ!家族なら当然の行動だからね!家族なら当然当然!」


 リオンの呆れ顔にも怯まずあまりにも堂々と言い放ったイヴに何とも言えない生暖かい空気が出来上がった。

だがそんな空気もリオンの高笑いが空間全体に広がると霧散して、彼に視線が集中する。


「クハハハハハ!そこまで堂々と言い放つとはな、さすがイヴって所だな。久々に会うとやっぱ面白えなイヴ。そんなお前にはご褒美だ、ほら口開けろ」

「うん、あ〜ん!ふふ、美味しい。リオンもっと!」

「おう、食え食え。貧弱なお前はもっと沢山食わねえと成長しねえからな」

「すぐリオン好みの女性になってあげるからね!」

「ん?何で俺好みなのかは意味不明だが期待せずに待ってやろうじゃねえか、クハハ!」


 リオンがヒナの餌やりの如きスプーン捌きで次々とイヴの口に食物を運搬する。

そんな彼女はその行為が嬉しいのか満面の笑みで次々と運搬される食物を吸い込んでいく。

その光景をある者は羨ましそうに、またある者は殺意が宿った眼光をリオンに向け、またまたある者は呆れた顔で眺めている。

他にも周囲のイヴファンクラブの面々はその光景を網膜に焼き付けるかの様に血走った眼を向けたり血反吐を吐いて気絶する者などなど、一時冒険者ギルドが騒然となる事態に陥った。

そんなくだらなくも平和な日常を堪能していると医務室の扉が開きチーム黒獅子の他のメンバーであるエリーゼとフェルト、リヴァイスが少しの気怠さを残す足取りでリオン達のテーブルまで歩いてきた。

リオン達のテーブルで行われていた行為を見たその時の顔は、全員が呆れた様な顔をしていた。

漸くチーム黒獅子全員が揃った事でリオンは今後の方針を話すべく3人に座る様促しイヴへの餌やりは終了した。

物凄く名残惜しそうにしていたが、さすがに同じチームメンバーの前では羞恥心が帰ってきたのかご飯は自分で食べ始めた。

しかしながらリオンの膝の上からは退く事は無く、不動の決意がオーラとして幻視できた程だった。

ただ内心とはズレるがリオンの膝を独占する事は無かった。

左膝にイヴ、右膝にウピル、両膝の間にオピス、肩にルプと幼女使いにジョブチェンジしたリオンがそれ等に触れる事なく口を開く。


「やっとお前等が起きたから今日からの活動方針を説明する、とは言っても難しい事じゃねぇ。俺等がお前等全員を鍛え上げる、以上だ。何か質問ある奴挙手しろ」

「はい!はいはーい!私は関係ないと思うので街を散策したいです!」

「クハハハ!戯言もそこまでいくと立派なもんだ、だが寝言は寝て言えよリノア。テメェはただでさえ弱えんだから一度死ぬくらい本気でやれ!だが俺も遊ぶのは嫌いじゃねえ、いや寧ろ好きな分類に入るだろうよ。だからこそ、遊びを舐めるんじゃねえ!」

「いや私に厳し過ぎないッ!?酷い!もっとこの街を堪能したい!オーガだ!鬼畜オーガだッびにゃ!」

「うるせぇ、レーベ片付けとけ。他」


 騒ぐリノアにリオンのいつも通りの手加減デコピンが炸裂した。

衝撃で吹き飛んだピクリとも動かないリノアの後始末をエレオノーラに雑に任せたリオンは他の者達を見回す。

動揺した者達も居たがエレオノーラが「承知しました」と冷静に対応しているのを見て問題無いのかと少し冷静さを取り戻した。

リオンがひと通り見回すとバッと手を挙げる人物を目で先を促す。


 「は〜い、何でリオンさんが〜私達を鍛えてくれるの〜?」

「お前等が弱過ぎるからだ」


 エリーゼの問いに対してリオンの簡潔なセリフに少しムッとした態度を取るエリーゼが口を開こうとすると彼女の横に居たフェルトが先に発言する。


「ホントにそれだけなのかな?私達を鍛えてもリオンさんのメリットは特になさそうだけど?」

「あぁそれだけだ」


 リオンが言葉少なめ顔圧強めで返すのでフェルトがたじろぎ話が流れそうになるがそれに呆れた声音で嗜める人物が居た。


「リオン、貴方から質問を促しておいて途中で面倒臭くなって適当に遇らうのは良くないわ〜」

「面倒臭くはなってねぇ、言った内容が全てなだけだ。文句があんならツバサ、お前が説明すればいいだろうが!」

「貴方のその態度を見て面倒臭くないなんて誰も思わないわよまったくもう。いつも言ってるけど、そういう所よリオン、そのうち愛想尽かれても知らないわよ。ハァ、という事でフェルトさん、バカで役立たずのリオンに変わって私から説明するわね」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「ウフフ、貴女もそんな畏まらなくてもいいわ。リオンと同じくもっとフランクに接してくれて構わないわ。それで貴女達を鍛えるのはエリーゼさんのお師匠様であるスクルプトーリス・ルベリオスからの依頼なのよね」

「えッ!?師匠の!?あっ!」

「ふふ、今更隠しても貴女の事はルベリオスから聞いてるから気にしなくてもいいわ。まあそういう経緯があったからどうせならチーム黒獅子全員プラスアルファで鍛えようって話になったのよ。勿論全員を鍛えるのは私達にそれなりにメリットがある事なのよねぇ」

「ちなみにそのメリットというのは?」

「ごめんなさいね、それは内緒よ。ウフフ、まあそう警戒しなくても取って食ったりはしないわよ。それに残念ながら貴女達にこの鍛錬の拒否権はないのよねぇ、諦めて頂戴〜ウフフフフフ」

「まあそういう事だ、俺が言った内容と大差ねえだろ?だが俺は多忙の身でな、お前等程暇じゃねえ訳だ。つまり時間は有限で貴重だ!つう事で早速今から森に行って鍛錬開始だ。あぁそれと数日野宿予定だからな」


 この発言には先程まで気絶していた女性陣から抗議されたが、そんな言葉もどこ吹く風とばかりに徐に小瓶に入ったドス黒い液体を人数分取り出した。


「囀るな小鳥ども、俺もそこまで鬼畜じゃねえよ。そんなお前等にコレをやろう。早く飲め」

「え?何これ?毒薬?というかコレ最近見たヤツに似てるんだけど?どこかは覚えてないけどなんか良い思い出は無いかも……」

「奇遇ね〜フェルト。私も最近こんな禍々しい液体を見た記憶があるわ〜」

「リオンよ、お主を疑う訳では無いがコレはなんなのだ?」

「ポーションだ」

「いやそれ嘘だよね?こんな色のポーションなんて見た事無いよ!毒でももうちょっと優しい色してるよ!」

「うるせえなぁ、冒険者なら冒険しろよな。おいイヴ、飲め」


 ブーブーと喧しい3人に呆れた顔で対応するリオンだが徐々に面倒臭くなりイヴに瓶を投げると危なげなく掴んだイヴが全く疑う様子も無く禍々しい漆黒のポーションを一気飲みした。

その行動に驚愕したエリーゼとフェルトがイヴへと駆け寄ると背中をバンバンと叩き吐き出させようとする。

突然の仲間達からの攻撃にイヴも一瞬驚き抵抗するが、その抵抗を抑え尚も背中を叩く2人にイヴはぷりぷりと怒り出した。


「痛いですって!もう!2人ともなんですかやめて下さい!」

「……何とも無いのかい?」

「イヴ〜、お腹痛くなってないの〜?」


 先程までの会話を全く聞いてなかったイヴが2人から話を聞いて漸く仲間の奇行の原因が判明し納得の手を打ち鳴らした。


「なるほど、そういう事でしたか!でもこれは大丈夫ですよ。私も以前飲んだ事ありますからね。多少色はアレですが効果は並のポーション以上ですから安心して下さい」

「イ、イヴがそう言うなら大丈夫なんだろうけど〜……ねぇフェルト」

「そうだね……イヴが言うんだ、間違いは無いんだろうね。でもやっぱりこの色は……」


 実際に禍々しいポーションを飲んだイヴの言葉にも半信半疑の3人だったが、突如イヴの身体が光り輝いた。

驚く3人だったが光はすぐに治まり、そこには先程より髪ツヤや肌が良くなったイヴが居た。

リヴァイスは違いが分からないのか首を傾げていたが、女性陣は即座に見抜き目の色を変えイヴの観察を始めた。

そんな事に時間をくっていると待つのが面倒になったリオンが立ち上がり口を開く。


「早く行くぞ。移動中にでもそれは飲んでおけよ」


 それだけ言うとリオンはスタスタとギルドを出て行こうとするとマリーに呼び止められた。

あからさまに面倒臭そうに振り返るリオンだったが、話を聞くと用事があるのが黒獅子とリノアだった事に少し顔ももどった。

ちなみに現在リオンの周りには纏わりついていたオピス、ルプ、ウピル、イヴとツバサ、テースタが居た。

遅れてリノアとエレオノーラが慌ててリオンの後に続いていて時間差で合流した。

残されたエリーゼ、フェルト、リヴァイスは目の前のポーションを凝視すると諦めた様に目を瞑り一気にリオン謹製ポーションを流し込むと効果を感じる余韻も無くリオン達の後を追った。


「コイツ等に用があるなら俺等は適当に時間潰してるわ」

「いえ、待って下さいリオンさん。今からリノアさんからの依頼の報奨金などの会議を行いたいと思います」

「ん?そうか。そんなのは勝手にお前等でやりゃいいだろうが、俺には関係ねえ筈だが?」

「本来であればそうなのですが、未知の魔物の止めを刺したのがリオンさんだと伺っていますので、ギルマス達からも是非お話を聞きたいとの事です」

「はぁ?誰だそんなアホな事言ったバカ野郎はよ」


 ほぼ全員に魅了を施し事実を有耶無耶にしたリオンが眉根を寄せ訝し気にマリーを見つめると返事は彼女の奥の扉から現れた人物からもたらされた。


「は〜いリオン君さっきぶりねぇ〜アホでバカ野郎は酷くないかなぁ?それに私は見て分かる通りピチピチの女の子だよ〜?それにしても今回の調査依頼の立役者がどこに行こうとしてるかなぁ〜?もう会議は始まっちゃうぞ〜?あッ!ルプちゃん!オピスちゃん!おッ!?それにもう1人可愛い子が居る!お菓子たくさん用意したからおいでおいで〜」

「テメェかよ……。さっきの仕返しか何かかよ。ビチビチの間違いだろうがよババアが。だがそんな面倒臭え事に何故俺が行かなきゃならねぇ」

「「わーい、お菓子〜!!」」

「お、おかし、です?それ、おにくより、おいしい、です?」

「お肉と比較かぁ〜。難しい質問が来ちゃったなぁ、でも〜お姉さんの私なら順位が付けられない程、同列くらいにはどっちも美味しいかなぁ〜」

「おにくと、同じおいしさ!リ、リオンさま」

「あぁん?何で俺が……いつからテメェ等はそんな子煩悩になったんだかなぁ、なあおいツバサ、テースタ」

「ふぉふぉふぉ、孫の要望はなんでも叶えてやる!これこそじいちゃんの本懐じゃて」

「私はもっと学院長さんと仲良くなりたいから一緒にお茶でもと思っただけよ〜ウフフ」


 リオンが周囲を確認するとオピスとルプはルベリオスと手を繋ぎ連れ去られ、ウピルは未だにリオンに許可を求める様にガン見しているが既にオピスに拘束され連れ去られていた。

リオンに殺気を浴びせていたツバサとテースタも我が物顔で会議室に歩いて行った。

そんな状況でイヴを見ると変わらず笑顔でリオンを見つめており、目線をマリーに向けると諦めろと顔に書いてあった。

リオンは軽くため息を吐くとダンジョンでは会話できなかった他の冒険者メンバーと話せるかとポジティブに考え渋々会議室まで歩を進めた。

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