第60話 方針説明会

 リンドブルム魔法学院の訓練場にて気絶者を量産したリオンは、その中のチーム黒獅子全員を持つとそのままの足で冒険者ギルドに向かって歩き始めた。

スタスタと歩いているリオンの両隣にはいつの間にかオピスとルプがお菓子を頬張りながらリオンと手を繋ぎ機嫌良く歩いていた。

道中は特に問題無く消化し、暫くすると冒険者ギルドが見えてきた。

リオンは未だに気絶から回復しない4人に視線を向け、表情を動かす事無く視線を戻すとそのまま冒険者ギルドの中に入った。

するとすぐにこちらに気付いた待機組のリノア達が近付いてくると不思議そうな表情で声を掛けてきた。


「おかえりなさいリオン。ねえねえ、その人達はどうしたの?」

「しし、ごほん、リオン殿、おかえりなさいませ」

「り、りおんさま、おかえり、なさい、です」

「あぁ、コイツ等は気絶してるだけだ。そのうち目を覚ますだろうよ」

「そうなの?じゃあ大丈夫だね」


 リオンの返答にリノア達が納得し席に戻ろうとすると、遅れて冷静な彼女達とは真逆の反応で慌てて駆け寄ってくる存在が目の前に立ち塞がる。


「イヴ!?大丈夫!?リオンさん、これはどういう事ですか!?」


 混乱しながらリオンに問い掛ける受付嬢であるマリーにリオンはリノアと同様の簡潔な文言を投げた。

それだけでは完全に納得しなかったマリーだったがリオンが詳細に語る気が無いのを雰囲気で感じ取り渋々引き下がった。

ひとまず黒獅子メンバーを救護室に運ぶ為マリーがリオンを連れて奥へと入って行った。

暫くするとリオン1人戻ってきてリノア達のテーブルに座る。

そこにはリノア、エレオノーラ、ウピル、オピス、ルプ、ツバサ、テースタが既に着席して各々料理や飲み物を頼んでいた。

リオンも注文する為メニューを見ようとするがリノアが既に一緒に頼んだと言うので、特に食に興味が無いリオンは大人しく待つ事にした。

暫くするとテーブルを埋め尽くす程の料理が運ばれてきてオピスを筆頭に食べ始めた。

リオンも多少料理に手を伸ばすものの、そんな事よりと内心ひと呼吸置くと、とりあえず今後の方針について語り出した。


「帝国に行く前、多分数日程度だがルベリオスからの依頼でエリーゼを鍛えてくれって言われたから明日から合同訓練をやる事にした」

「あらあら〜?貴方がそんな面倒臭い事に関わるなんて珍しいわねぇ。どんな心境の変化かしら?」

「おいおいおいツバサよ、別に俺はそこまで面倒臭がりじゃねえよ。これも未来の投資って事だな、言ったろ?合同訓練だと。お前等と黒獅子含めた全員を鍛える、今のままじゃ弱過ぎて話にならねえからなぁ」

「キャハハハ、何言ってるのリオン。リオンが面倒臭がりじゃなかったら全員が真面目人間だよ〜」

「たしかに〜。おバカなリオン〜」

「ふぉふぉふぉ、リオンがバカなのは今始まった事じゃないがのぉ」

「しし、んん、リオン殿は勤勉な御方だと私は思いますよ」

「エレナ〜気を使わなくても良いんだよ〜。顔が引き攣ってるぞ〜」

「り、りおんさまはすてき、です」

「まあリオンがバカで面倒臭がりなのは周知の事実だから本人が否定しようが別にどうでもいいわよ。そんな事より貴方がそれをするメリットが分からないわ。帝国で遊ぶにしても対人に関してはイヴが役に立つとは思えないし。それ以前に他国とのいざこざに冒険者が積極的に手を貸すとは思えないし、そもそも違反じゃなかったかしら?結局また貴方お得意の暇潰しなのかしら?」


 リオンの発言から大多数に辛辣な意見が次々と投げ込まれ、最後にいつも以上に食って掛かるツバサがリオンに問い掛ける。

そんな辛辣な意見の波にリオンは特に気分を害していない雰囲気を顔面に宿しながら対応する。


「とりあえず俺はバカじゃねえって事は大前提でツバサの言いてえ事も分かるが、人を殺せねえイヴを鍛えんのは鍛え損かと思うかもしれねえが長い目で見ればそうとは限らねえよ。今回は参加しねえかもしれねえ、だが次は?その次は?そういう意味での未来への投資だ、暇潰しなのは否定しねえけどな。だがまあそれ程人間は可能性がある、特にイヴはな。それはお前等も嫌と言う程味わってきただろ?更に言うとイヴ単体を鍛えても限界はそのうち来る、幾らジョブの位階を上げてもな。何せ人間は脆弱だからな、だからこそチームごと鍛えてその強さを何倍、何十倍にもする、そうすりゃもっともっと楽しい事ができそうだろ?クハハハハ!!そしてリノア、テメェには特別メニューを用意してやろう!光栄に思え、俺がみっちり鍛えてやる」

「うえぇぇぇッ!?な、なんで私だけッ!?酷い!横暴だ!私が何したって言うの!?」

「クハハハ、黙れ!何をしただと?色々だが一番は何もしてねえ事だな!あまりサボってっとお前の寿命は帝国に乗り込んだ際に散るぞ。目的を忘れてんじゃねえのか?これは元々お前の案件だろうが雑魚助が」

「う、うぐぅ……」

「リ、リノアさん、だ、だいじょうぶ、です?」

「もう!ウピルちゃん!私の事はリノアお姉ちゃんでいいって言ったでしょ!やり直し!」

「えっ!?えっ?えぇ……え、えぇと……お、お姉ちゃん」

「な〜にぃぃウピルちゃあぁぁぁん!」


 リノアとウピルの奇妙なやりとりを周囲は生暖かい目で見ていたが、それを気にした様子も無くツバサがリオンに更に突っ掛かる。


「人間が脆弱な事なんて私も知ってるわよ。だからこそ将来的に貴方、いや私達が死ぬかもしれないと言っているのよ!直近で真っ二つにされた事もう忘れちゃったのかしら?私は貴方の為を思って言ってるのよ!バカな貴方は何度同じ過ちを繰り返せば学ぶのかしら?それとも幾ら生まれ変わっても貴方の根源は変わらないのかしらねぇ。貴方が嫌な事、辛い事、悲しい事、嬉しい事、あらゆる感情の機微をより過剰に、より過度に、より重くストレスとして感じて切り離してきたから全て忘れたの?貴方は結局ーーーー」

「黙れ」


 ヒートアップするツバサの言葉に被せる様にリオンが小声ながら圧がある声でツバサの口を閉じさせる。

その際に無造作にばら撒かれた圧が冒険者ギルド全体に広がり建物が軋む。

食事をしていた手が止まり、談笑していた口が止まり、依頼掲示板に依頼書を貼っていた手が止まり、書類を読み込んでいた目が止まり、併設されている裏の訓練場では魔法の詠唱が止まり、魔力を練っていた集中が止まり、医務室で看護していたマリーの手が止まった。

そんなマリーは何が起きたのか分からなかったが、とりあえず思い付く元凶であるリオンの所に急いで向かった。

扉を開け視界にリオンを入れた瞬間驚愕のあまり大声を張り上げた。


「な、なにをやってるんですか!!」


 そのままマリーはかけ足でリオンに近寄り、咄嗟にリノア達と同じ行動、リオンの腕を掴んだ。


「やめて下さいリオンさん!ツバサさんを離して下さい!!一体何があったんですか!」


問い掛けたリオンに反応は無い。

リオンは無表情でツバサの首を掴み持ち上げている。

そんなツバサは頸動脈が締まっているにも関わらず特に悲痛な顔をする事も無く無表情で黒と白のオッドアイをリオンに向けている。

テースタは我関せずと呑気にお茶を啜っている。

オピスとルプは時が止まったかの様にツバサを無表情で見つめていた。

ウピルはどうすればいいか分からずオロオロしている。

リノアとエレオノーラはリオンの腕を掴みツバサを下ろそうと必死になっているがリオンの腕は全く動く気配は無い。

そこにマリーが加わった所で全く変化は無かった。

そんな中でもツバサは変わらず言葉を紡ぐ。


「私は貴方の為を思って言ってるのに何故それが理解できないのかしら?」

「俺の為?俺の為だと?テメェの発言とこの状況が俺の為だとほざくか?」

「えぇ、そうよ。だってそうでしょ?私は貴方、貴方は私だもの。貴方が死ねば私も死ぬもの。以前貴方は大丈夫だとか能天気に言っていたけれど、それは間違いよ、バカな貴方でも今はそれが分かってると思っていたのだけれどそれは勘違いだったのかしら?別れても根っこは一緒よ。目に見えない、けれど繋がってる。自由に楽しく死ぬのなら私も文句は無いわ。私の、私達の意見で、選択で、自由に掴んだものなのであればね。それならば貴方がバカな事をやるのも自由だけれど、あまりに度が過ぎる様なら私はいつもの様に止めさせてもらうわ、力尽くでもね」

「それがお前の意見、いやお前等の意見って訳かよ。確かに俺が死ねば、全員死ぬ、今はな。だがそれは本当にお前の意見か?」

「……それは、どういう意味かしら?」

「どういう意味もなにも、そのままの意味でしかねえ。今お前の中に何人いやがる?そこまで自我が強いのはその中にはツバサしか居ねえ筈だが、前出た青毛の猿腕がまだ自我が残ってんのか?」

「はい?貴方は何を言っているの?私の中には私しか居ないわよ?当たり前の事言わないで。それに青毛の猿腕って何の事かしら?」

「ん?何言ってやがる…………無意識か?おい、お前等どう思う?」

「ん〜、ツバサちゃんは最近おかしいからねぇ。リオンみたいにバカにはなってないけど色々混じっちゃってるな〜。しばらく中に居た方がいいんじゃな〜い?」

「わあぁ〜ルプが言うと説得力あるよねぇ。一番最初にバカになったからねぇ。あっ、リオンは元々バカだったからノーカンね〜」

「……おい、爺。やっぱお前が全員に押し付けた分の負荷が効いてんじゃねえのか?」

「ほむ。確かにその可能性はあり得そうじゃ!ふぉふぉふぉ、じゃがそれが分かった所でどうしようもないの。やってしもうた事は戻せんし移した奴をまた移しても影響が消える訳ではないからのぉ、ひゃひゃひゃ、やはり根治させん事にはのぉ」

「元凶が呑気な事ほざくんじゃねえ。だがそうか……。まあしかし幾らお前等が喚こうがとりあえず喫緊の方針に変更はねぇ、さっき言った通りだ。その後はこの状況打破が最優先、それで文句ねえなツバサ」

「…………ハァ、仕方ないわねえ。とりあえずはそれで納得してあげるわ。けど覚えておいて、私は常に貴方の為を思って行動するわ。貴方の意に沿わなくてもね」

「あぁ、それでいい。お前も俺も自由だからな、縛られる事は許容できねえ」


 話し合いが終わりみんながホッとしているのが、マリーは未だ片付いてない問題を指摘する。


「と、とりあえずツッコミ所しかありませんが、それは後程じっくり聞かせてもらうとして……無事に話し合いも終わったというのであればリオンさん、そろそろツバサさんを下ろしていただけませんか?」

「ん?あぁ、忘れてた」


 マリーから言われてリオンが漸くツバサを下ろす。

しかし何事も無かったの様にワインを飲み始めるツバサにマリーだけが動揺する。

他の連中はリオン達の正体を知っているので特段驚く事は無く普通に食事を再開した。

色々聞きたいマリーだったが仕事が溜まっていた事、今リオンを問い詰めても何も答えてもらえないだろうと思った事などなど……何かを聞き出す事は不可能だと判断し渋々職務に戻って行った。

その後丁度良いとリオンが冒険者カードの再発行をしながら時間を潰しているとイヴ達が目覚めたので明日から特訓をする旨を伝える為追加で料理を注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る