第59話 テスト
リオンはリンドブルム魔法学院の学院長であるスクルプトーリス・ルベリオスからの依頼でエリーゼを鍛える事になった。
そのついでという事でリオンは同じ冒険者チームである『黒獅子』全員をまとめて鍛える事にした。
そんな彼は善は急げと訓練場に赴いた。
そして到着早々黒獅子のメンバーである、魔人族のイヴ、エルフ族のエリーゼ、羊人族のフェルト、虎人族ハーフのリヴァイスに作戦タイムを与えたのである。
そんな待ち時間に学院長が絡んで来て適当に相手をしていると先程講義堂で気絶させた男爵であるゲノー・シュミットがリオンにイヴのアレコレを賭けて決闘を挑んできた。
勝手にお互いの景品扱いされたイヴが2人の間に割って入ったがリオンに一蹴されスゴスゴ戻って行く。
面白そうなイベントにリオンがクツクツと笑みを溢しながらシュミットと向かい合い問い掛ける。
「準備はできたか?」
「僕ならいつでも大丈夫だ!お前は今のうちに懺悔の言葉でも考えておけ!」
「クハハ!囀るなよ、思わず潰しちまいそうになる。んな事より審判やる奴がいねえなぁ……おいルベリオス、お前がやれ」
「ん〜?私が審判係〜?リオン君にルベリオスなんて言われたら協力するのも吝かではないかなぁ〜?もちろん愛称で呼んでくれたらもっと嬉しいよ〜」
「だったら早くしろよ。年寄りは回りくどくて仕方ねえ」
「ん〜?何か言った〜リオン君?」
「……早くしろ」
「もう〜せっかちはモテないぞ〜。それじゃあ私が直々に審判やるから不正は見逃さないよ〜。シュミット君も準備はいいかなぁ?」
「は、はい!大丈夫です!」
「ん?お前は何でそんなガチガチに緊張してんだ?」
リオンが疑問をぶつけるとシュミットは呆れ顔を向け口を開く。
「お前こそなんで学院長を前にしてそんな尊大な態度を取れる!?この方はこの魔法学院を首席で卒業され、その後冒険者ギルドでは最速でランクを上げ最高位のオリハルコン級冒険者にまで上り詰めた凄い御方なんだぞ!しかもなんとその当時の二つ名はーーー」
「はいは〜い、そこまで〜。褒めてくれるのは嬉しいけど今はそんな事はどうでもいいからね〜。準備ができたら始めるよ〜」
シュミットの語りにどんどん熱が入ってきたタイミングでニコニコと有無を言わせない圧を放つルベリオスが言葉を被せ中断させる。
そんな態度に今度色々聞いてみても面白いなとリオンは考え、再びシュミットと向かい合う。
相手側も準備ができたのか模擬戦用の木剣を構えた。
それを見たリオンは一瞬眉を顰め、口を開く。
「おいお前、木剣じゃなくて普段の得物でやれよ」
「は……?正気かお前ッ!?」
「正気も何も、そんなおもちゃで俺に遊んでもらえると思うなよ」
「チッ!バカにしやがって!!後悔するなよ!見よッ!この剣は我が男爵家に代々受け継がれし宝剣カエルレウスだ!!その昔領地に大量の魔物が進行してきた際にその悉くを斬り伏せた魔剣だ!!これでお前をねじ伏せてやる!」
シュミットが鞘から抜き放った剣は造りはシンプルだがその刀身は淡青に輝いており目を惹く美しさがあった。
だがそれに対してリオンの反応はいつも通り冷めていて口を開くもその内容もズレたものだった。
「そんな大事なもんをなんでまだ家督を継承してねぇお前が持ってんだよ。家族間でも窃盗罪は適応されんだぞ?」
「うぐっ!そ、そんなのはお前には関係無い!」
悪事がバラされたのかシュミットは悪態を吐きながら開始合図を待たずそのまま上段からリオンに宝剣カエルレウスを振り下ろした。
しかしそれを焦る事無く軽く回避するリオン。
ムキになったシュミットは型も滅茶苦茶に宝剣カエルレウスを振り回す。
その素人同然の動きにリオンは眉をピクリと動かすと勢い良くシュミットから距離を取る為に後退した。
彼我の距離が15m程できるとリオンは息を荒く吐くシュミットに問い掛ける。
「お前専門は魔法なんじゃねえのか?剣はクソ雑魚じゃねえか、やる気あんのかよ。それともそれがお前の全力か?つまんねえ真似すんなよな。せっかく俺が遊んでやってるっつうのによ〜」
「うるさい!僕は剣も魔法も得意だ!仕方無い、生意気なお前に見せてやろう!!僕の必殺技をな!!!」
「もうあまり意味無いけど、は〜い模擬戦開始〜」
勝手に盛り上がっているシュミットが勝手に次の舞台に移ろうと右手に握っている宝剣カエルレウスに左手で魔力を流し始めた。
そんな1人緊張感漂う中ルベリオスの緩い開始宣言が訓練場に響く。
リオンは興味無さそうに見ていたが、チラリとイヴ達の方を見ると作戦会議も終わりこちらの決闘という名の遊戯を見学していた。
それを確認したリオンはこの茶番をこの攻撃を以て終了させる事にした。
シュミットも準備ができたのか第一階梯の水魔法が付与された宝剣カエルレウスを構えると一直線に向かってきた。
リオンとしても今まで喰らった事も無い攻撃なので興味本位で右腕で迎え撃つ。
「くらえぇぇぇぇ!!」
気合十分なシュミットが大上段からリオンの脳天に宝剣カエルレウスを振り下ろす。
簡単に避けられる速度ではあったが、リオンは徐に右腕を差し出した。
ガンッと肉を断つには酷く鈍い音が響き、その結果を目の前で見たシュミットは目を見開く。
その反応によりリオンに無防備な姿を晒すシュミットにため息を吐きながらもある疑問が浮かび少し会話する事にした。
「結局こんなもんかよ、つまらねぇ……。だがそうだな……おいお前、なんでそんな雑魚なのに俺と決闘しようなどと考えた?本気で勝てると思ってたのか?」
突然の問いにシュミットはハッと我に返り、少し冷静さを取り戻したのか幾分マシな型でリオンを斬り付けながら応える。
「馬鹿にするなよ田舎者がァァ!!お前がイヴさんとどんな関係なのかは知った事では無いが、我が家と同胞達で調査した結果お前は暫くイヴさんから距離を取っていたそうじゃないか!それを今更ノコノコ現れてイヴさんの心を惑わす様な真似ばかりしやがってぇ!!彼女がどれほど傷付いたか、彼女がどれほど[強さ]に渇望していたか、彼女がどれほど泣いていたか、お前なんかに分かる訳がない!!確かにお前は強いのかもしれない、だがそんなものは彼女を守らない理由にはなりはしない!!だから、だからこそ僕はお前に勝ってイヴさんの安寧を守るんだ!!」
「あぁそうかよ。賢くはねえとは思ってたが、正真正銘馬鹿だったな。だがそうだな……悪くねぇ。クハハハ、なら俺からアイツを守ってみろ!だがそんなショボい剣と腕じゃ俺には勝てねえよ!」
「ガハッ!」
今まで斬り付けていたリオンには傷一つ付いておらず、お返しとばかりにシュミットにデコピンを打ち込んだ。
その衝撃にシュミットは吹っ飛び壁面に激突した。
終わったと思いリオンが黒獅子メンバーに視線を向けるとイヴ達は既にやる気十分といった態度で彼の視線を真っ直ぐ受け止めていた。
それに気を良くしたリオンはニヤリと笑い審判役のルベリオスに視線を向ける。
「おい次だ。早くあのゴミを片付けろ」
「こらこらリオン君、いくら君でも私の前で可愛い生徒をゴミというのは聞き捨てならないなぁ」
「クハハハ!どの口がんな事言ってやがる。イヴ早く来い!」
「もう居るよ」
リオンがイヴを呼んだ時にはイヴは既に隣に居たので久しぶりに頭を撫でるととても嬉しそうに笑みを溢す。
その反応に満足しているとエリーゼ達も集合したので試合を始める為にルベリオスに視線を送る。
「それじゃ〜始めるよ〜」
「ち、ちょっと待て!」
「ん?へぇ〜、よく耐えたな。だがこれ以上お前が俺を楽しませる事ができるとは思えねえがなぁ」
「だ、だれがお前を楽しませるかマヌケが!ぼ、僕はイヴさんを救う、為ならば、何度でも立ち、上がるさ」
フラフラと立ち上がったシュミットが再び宝剣カエルレウスを構える。
そんな姿にリオンは目を細めるがすぐに視線をイヴに移すと彼女もリオンを困惑顔で見つめていた。
「ハハッ!イヴよ、随分と愛されてるじゃねえか。俺が居ねえ間にこんな面白え奴と懇意にしてやがったとはな。守ってもらえるとは素敵な王子様、いや騎士様かぁ?いい騎士様を見つけたなぁ、クハハハ!」
「こ、懇意ッ!?ち、違うよ!!!あの人が勝手に絡んできて少し相手をしてからずっとあんな感じなの!!私はリオンだけ居てくれたらそれで満足だよ。私の王子様も騎士様もリオンだから!」
「あらら、残念振られちゃったな騎士様、ハハハ」
「黙れ!!」
リオンが煽るとイヴはアワアワと早口に語り、シュミットが怒鳴り、エリーゼ達黒獅子メンバーは当時の模擬戦を思い出したのか苦笑いを浮かべている。
再び視線をシュミットに移したリオンはふむふむと何かを考え込み、ひと案浮かんだ様でニヤリと微笑むとひとつの暇潰しを提案した。
「いやはや、ストーカー気質だがその熱意や良し!お前のその熱意がどの程度なのか俺が直々に確かめさせてもらうぞ。イヴの為なら何度でも立ち上がれると豪語するんだ、その言葉が本物かどうか俺に見せてみろ!」
「ハ、ハハ、そんな事か、元より僕はお前を倒すまで倒れるつもりはない!」
「クハハハ!そうでなきゃな、では俺は木剣で相手してやるよ。ほら、こいよ」
クイクイと招く様に指を折るとシュミットは再び宝剣カエルレウスに水魔法を付与するとリオンとの距離を詰める。
そんな彼の付与魔法を見たリオンは何かを思い付いたのか自らの木剣に目線を落とす
暫くするとリオンの身体から電が発生し始めた。
驚く訓練場の面々を気にせず反応は進行し、バチバチと目に見える程の放電が繰り返される。
更に反応は進み、リオンの身体全体を覆っていた放電が徐々に収まり始め、その放電の全てが木剣に集中する。
不規則に収斂していた放電が今では落ち着くと木剣に固定されていた。
それを見たリオンは満足そうに頷くと視線を再びシュミットに移した。
「待たせたな。お前が使ってるそれを真似たんだが初めて使うから少し手間取った。では始めるか」
「ま、待て!お前それは複合魔法である雷魔法か?」
「ん?まあそうだな。だがそれがどうかしたのか?」
「バカなッ!!ただでさえ発動が困難な複合魔法だぞ!?しかもそれを魔力伝導率も低い木剣に付与したのか!?」
「ん?そうだな。しかしだからどうした、そんなのは今どうでもいいだろ。お前はそのままでいいのか?それで俺のコレに耐えられるのか?さっきお前はそれを必殺技だとほざいたな?それが俺に通用しねえのも知ったよな?」
「ぐ、ぐぬぬ」
淡々と伝えるリオンにぐうの音も出ないのか唸る事しかできないシュミットに呆れながら更に言葉を紡ぐ。
「ぐぬぬじゃねえよバカが。通用しねえんなら死に物狂いで壁を破ってみろよ、人間なら可能だろ?これが模擬戦だからって死ぬ前に誰かが助けれてくれるとか思ってねえか?」
「は?僕がこの技の修得にどれ程の時間を労したと思ってるんだ!!」
「バカか、そんなの俺が知る訳ねえだろ。単純な話、付与してた第一階梯魔法を第二階梯魔法に変えるだけだろうが。複合魔法や原初魔法を使えと言ってる訳じゃねえのに何を臆する必要があるんだよ」
「変えるだけだと!?お前は僕を馬鹿にしているのか!?そんな単純な話じゃないだろうが!」
話が平行線になり、次第にリオンの熱が冷めてきたタイミングで袖を引く感覚に視線を向けるとそこにはイヴが何とも言えない様な顔を向けていた。
「なんだ?」
「あのねリオン、普通の人は第一階梯魔法から第二階梯を修得するだけでも結構な時間が掛かるんだよ?それに加えて魔剣に魔法付与するなんてある程度の才能ありきに相当な努力と年月が必要なんだよ?ツバサさんとかからもよく言われてるでしょ?物事をリオン基準で考えちゃダメだって」
イヴから指摘された事で少し考え込むリオン。
暫くすると納得したのか目の前のシュミットから興味を無くし、リオンから表情が消えた。
しかしそれと同時にふと新たな疑問、興味が出てきた。
それは戦闘技能を学んだ人の平均的な強さだ。
今までリオンも多少は人と刃を交えたが、肩書きに期待してその殆どがガッカリな結果に終わってしまっていた。
リオンが観覧席を見回すと埋め尽くす程の生徒を見て丁度良いとテストを実施する事にした。
そんな事を考えながらどの様なテストにするかとリオンは腕を組みながら思案する。
(さて、前回のダンジョンの時は対魔物ってコンセプトでやったから戦闘で楽しんだが、今回も実戦的に対人でやるのがいいか?だが目の前のコイツ等程度と戦っても楽しくなさそうだからなぁ。ふむ、やっぱ先ずはこれからだな)
「よし今から全員参加の簡単なテストをやる。これから俺がやる事に耐えろ」
「分かった!」
「「「テスト?」」」
即応したイヴと違い、それ以外の生徒達は突然発せられた事に対して疑問符を浮かべる。
そんな個々の反応に特に気にした様子も無いリオンは詳細を説明する気がない。
耐久度が限界を迎えボロボロに炭化した木剣を視界の端に入れながら口を開いたと思ったら全く関係無い事を溢す。
「シュミットっつったか、お前の魔法付与は面白かったぞ。まあ練度はダメダメだったがそれはこれからに期待してやるよ、少しだがな。クハハハ!」
絶句したシュミットを面白そうにカラカラ笑ったリオンは流れる様にイヴ達だけでなく訓練場全体に殺気を放った。
(先ずは小魔級……ふむ、この程度であれば全員問題無くクリア、か。次、中魔級……ん?この程度で外野の凡そ半分脱落、だらしねぇ。知識だけあって実戦経験はねえのか?イヴ達は……まあ当然問題なさそうだな。次、大魔級……外野全滅……シュミットも脱落、気を抜き過ぎだバカが。イヴ達……イヴ以外は気力で耐えている。仮に戦闘になっても単独撃破可能なのはイヴだけか、ダンジョンでの戦闘はなんで大丈夫だったんだ?実際に視覚的な危険を感じないと本領発揮できねえのか?やっぱ人間って分かんねえなぁ、俺の時はどうだったかなぁ。まあそれは追々考えるとして……なら次は刻むか、大魔級数匹……イヴと、ルベリオス以外脱落。だがイヴも多数はまだキツイか。なんか楽しくなってきたな、次は指向性を絞って2人に……災厄級……ほぉさすがルベリオス、余裕は無さそうだが一対一なら善戦しそうだな。イヴは……ハァ、無理そうだな、よわよわだ。面白そうだからルベリオスに絞ってやるか)
段々面白くなったリオンがルベリオスに視線を向け殺気を放とうとするがその前にルベリオスが慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってリオン君!私は関係無いんじゃないかなぁ〜。テストはその子達だよねぇ?」
「ん?テスト範囲はこの中に居る全員だ!しかもエリーゼの師匠がどれ程の実力かくらいは知りてえじゃねえか、クハハ!」
「いやいやいやいや、今のでだいぶキツイってば〜」
「……ふむ。実戦ではある程度の殺気には慣れておかねえといざという時に動けねえぞ?死にてえのか?」
「ん〜……まあそれはそうだけど〜。ちなみに今はどのくらいの殺気を込めたの〜?」
「ん?さすがに殺気を定量化すんのはムズイが、俺が今まで殺した事がある魔物レベルで放ったなぁ。最後はコボルトキングの変異個体だな」
「そんな危険な魔物まで討伐してたの!?そんな情報知らないんだけどなぁ」
「待って!まだ私はいける!!」
リオンとルベリオスが世間話をしているとそれに割り込む声が聞こえ2人が視線を向ける。
そこには荒い息を吐き膝をつくチーム黒獅子の面々がおり、割って入った声の主はその中のイヴだ。
彼女は他のメンバーと比較するとまだ少し余裕はありそうだが、次のリオンのテストを突破は難しくそれはどちらも理解していた。
なのでそんな彼女にリオンは呆れながら口を開く。
「これ以上やったらこの後動けねえだろうが、そんなつまんねえ事するわけねえ」
「大丈夫!私も強くなったんだからまだいけるもん!お願い!」
「意味が分からねえ、なんでこんなテストにムキになってんだ?………まあ実力は知ってっからいいかぁ」
「ホントッ!?ありがとうリオン!」
「喜ぶのは耐えてからにしろよな。気合入れろよ」
ダンジョン内での命懸けの戦闘により全員分の実力は把握していたので改めてこの場でやるのも面倒臭くなってきたリオンは必死のイヴの提案を受け入れた。
強さをどうするか少し考えたリオンは強めでいいかと適当に決めると範囲を黒獅子のメンバーと学院長に定める。
「すべての意識を俺に向けろ、逸らすな、集中を切らすな」
「く、くぅぅぅ、た、耐え、られ、た」
「アホか、意識を逸らすな」
「あっ……」
「……合格者0。いや、1か」
「は、はは。いや〜リオン君が手加減してくれたから何とか無事だったかな〜」
「気を失ったコイツ等を丸投げする為にお前だけ残した。つう事で後は任せた」
バタバタとルベリオス以外が気絶したその場を彼女に丸投げすると用は済んだとばかりに早々に立ち去ろうとリオンは踵を返すがすぐに肩を掴まれる。
「なんだ?」
「なんだ?じゃないでしょ〜。こんな惨状を引き起こしておいて丸投げはダメでしょ〜。手加減したからといって私だって立ってるのがやっとなんだよね〜。だからリオン君には他の先生方を呼んできてほしいかなぁ」
「ハァ?…………面倒臭えが仕方ねえ。だがコイツ等は俺が持ってく」
リオンは視線を出入り口に向けると渋々承諾する。
改めて用が済んだリオンは無造作に黒獅子の4人を持つと訓練場を後にした。
外に出るとそこには中を覗いていたであろう教師陣がいたので中の状況を伝え対応を丸投げするとリオンは機嫌良く立ち去っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[ゲノー・シュミット]
僕の名前はゲノー・シュミット。
偉大なる男爵である父上、アンヴィル・フォン・シュミットが嫡男である。
昔から僕は貴族としての礼儀作法、義務など様々な教養を学んだ特別な存在であった。
そんな完璧な僕に神は更にひとつのギフトを授けてくれた。
それは魔法技能だ。
もちろん平民であっても魔法を操れる者はそこまで珍しくは無いが、だが一般的には没するまでに到達できる階梯の平均は第二階梯魔法だ。
そんな環境の中僕は既に第二階梯魔法を修得している秀才だ。
更に更に僕には付与魔法という特殊技能まで身に付けているのだ。
既にこれだけの事ができる僕は将来を約束されたも同然なのだ。
そんな僕は今年で15歳になり、リンドブルム魔法学院に入る事になった。
ここでも僕の凄さを全員に認めさせてやる。
特にここの学院長でもあるスクルプトーリス・ルベリオス様に認めてもらえる様にならなければな。
そう、そう思って試験を受けたが、その時初めて自分の視野が狭かったのだと気付かされた。
特に気になったのは3人。
1人目と2人目は同じ組で隣同士だった。
既に知り合いの様だったがそれにしては敵意剥き出しだった。
1人目は虎人族の男、髪色が違うから混血だと思う。
2人目はここいらでは珍しく僕も初めて目にした魔人族の女だ。
どこもかしも貧相だが銀髪と漆黒の角のコントラストは素晴らしい。
今ではその慎ましやかさも素晴らしいと思ってる。
更にそこに合わさる紫紺の瞳がまた僕を誘惑してきてたまらなかった。
少しズレてしまったが、そんな2人は実技試験で僕すら未だ到達していない第四階梯魔法を放ったのだ。
しかも魔人族の女、イヴさんは第四階梯の火と土の複合魔法だというじゃないか!
その威力たるや腰が抜けるかと思ったね。
イヴさんは凄い。
そんなイヴさんと並ぼうなどと何とも愚かなり虎人族の男、確かリヴァイスとか言ったか。
この2人の力量は凄まじいものがあったが最後の1人、コイツだけは正直意味が分からなかったし何より不気味だった。
あれ程の威力は今まで聞いた事も無いし見た事も無い。
気付いた時には殆どの受験生は医務室送りになったと聞かされ、かくいう僕もその1人だったのであの時何が起きたのか正確には理解できなかった。
まあどうせアイツも入学してくるんだからその時にでも問い詰めればいいと思っていたが、いざ入学式当日になってみてもアイツが姿を現す事はなかった。
その事による不満、更に僕とイヴさんの実力に嫉妬して彼女に失礼な態度をとってしまった事に関しては恥じ入るばかりである。
しかしそのお陰で目が覚めこうしてイヴさんを見守るという大変名誉ある資格を得たので、そこだけは幸運だったな。
それからというもの僕は常にイヴさんを見守り、彼女の笑顔を守り、糧に生きてきた。
それにより分かってきた事が多々ある。
あの時の凶悪な魔法を放った人物の名前は『リオン』というらしく、なんとイヴさんの家族なのだという。
全然似てないから家族とは夫婦なのではと数回気絶してしまったがそれもどうやら違うらしい。
結局いくら調査しても詳細は分からなかった。
そんなリオンという奴はある時を境にイヴさんを置いてどこかに行ってしまったらしい。
その影響もあってかあの笑顔が似合う素敵なイヴさんの表情が悲しみに暮れる顔をよく覗かせる様になってしまった。
そんな憂いを帯びた表情も美しいが、やはり彼女には笑顔がよく似合う。
そんな表情にさせてしまうリオンという男を僕は決して許さない。
そんな出来事もあってか僕はイヴさんを見守る事と同時進行で自らを鍛え、来たる日に備え研鑽する様になった。
彼女は毎日毎日学院に行く前に冒険者ギルドで大量の依頼を受け、学院では授業中頻繁に抜け出し図書館で更に高度な魔法学等を独学で学び、授業が終わるとすぐに近隣の森まで僕が追い付けない速度で移動する。
だが、僕には彼女が行く場所は知っているので全く問題無い。
そこで早々に依頼を片付けると何やら怪しい紙の束を取り出し鬼気迫る勢いで常識の埒外の様な訓練を日が暮れるまでの数時間費やす。
そんな訓練を一度でも見てしまったら今まで僕が行っていた訓練なんて児戯に等しい行為なのだと認識するしかなかった。
正気を疑う様な訓練を日々見守っていた僕だったが日を重ねて暫く経ったある日孤高の存在であったイヴさんは学院で同じクラスメイト、且つ冒険者仲間でもあるエルフ族のエリーゼ、羊人族のフェルト、虎人族のリヴァイスの3人と共に訓練を行う様になった。
彼、彼女等にはイヴさんの訓練メニューはまだ早かったみたいで早々にリタイアしていた。
情けない。
しかしそれでも日々必死に付いて行こうという姿勢か負けず嫌いなのか不明だが、イヴさん以外の身体的な動き、魔力操作系など目に見える形で成長していった。
そんな彼等を陰から見ている僕は無意識に手を伸ばしている事に気付き唖然とする。
あの仲に入りたい?
あの力を手に入れたい?
近くで彼女の笑顔を見守りたい?
様々な感情が濁流の様に身体中を巡り、耐え切れなくなった感情が目から止めどなく流れ落ちてくる。
歪んだ視界の先では銀髪の天使が笑顔で地面に何かを書き談笑していた。
守りたいその笑顔。
僕はその事を改めて誓うと物音を立てずに街に戻った。
決意したものの僕の日々の日課、冒険者ギルドでイヴさんを見守り学院にてイヴさんを見守り、冒険者ギルドの依頼をこなすイヴさんを見守る事は欠かさず行っていた。
暫くはいつもの最高の日々だったが、その日はついに訪れた、訪れてしまった。
嫌な感じがしたのはイヴさん達チーム黒獅子の指名依頼だった。
イヴさんは目の色を変え飛び付き依頼を受けてしまいダンジョンに向かって出発してしまった。
実際僕も参加したかったが資格が足りず断念せざるを得なかった。
ファンクラブの同胞と連携を取りつつ依頼内容を知った時何とも言えない不安感が増していく。
そんな不安感を持ち無力な自らに不甲斐なさを覚えながら数日過ごしていた僕の前にアイツが姿を現した。
ダンジョンに向かった全員(貴族連中は居なかったが)は意識を失っておりアイツがイヴさんを背負っていた。
瞬間頭が沸騰しそうな程の怒りが埋め尽くしたが襲い掛かる前にアイツはイヴさんを連れ姿を消してしまった。
ショックだった。
色んな意味でショックだったが翌日のショックに比べたらまだ可愛い方だろう。
翌日僕が目にしたのは普段冒険者ギルドでは殆ど無表情のあのイヴさんが!あのイヴさんが満面の笑顔でいる!
あぁ、僕はイヴさんが女神様と言われたとしても即座に納得する事だろう。
カワイイ……
だが、ただひとつ不満があるとすればイヴさんが笑顔を向ける対象がアイツだという事だ。
そんな不満が蓄積している時に限り不幸は続く。
なんとアイツが学院の僕とイヴさんの教室に入り込んできた!
何故かその当日イヴさんは気絶していたが、すぐにアイツが元凶だと分かった。
蓄積していたモノが噴き出す勢いでアイツに向かっていったが何故か途中からいきなり意識を失ってしまい気付いた時には医務室のベッドに寝かされていた。
友人に話を聞くとアイツの魔法によるもので、アイツは今訓練場に居るという情報を得たので直ぐ様向かった。
辿り着いてアイツの顔を見たらすぐに決闘を申し込んでいた。
この闘いは引けない!絶対だ!
イヴさんの恥ずかしい話ってなんだろう……。
だが決闘の結果は勝ち目の無い程圧倒的な差だった。
僕が今まで研鑽に研鑽を積んで鍛えた必殺技も効かなかった。
しかもアイツは僕の付与魔法を見様見真似で僕より高等魔法を発動しやがった。
付与魔法を褒められたのは少し嬉しかったがその気持ちを最後にまた意識が消し飛ばされる様な感覚に陥った。
お前がどれだけ強かろうが、僕はこれからもずっとイヴさんを見守り続ける!
だって僕はイヴファンクラブ会員番号1なんだから!
それだけ心の中で宣言すると意識がブラックアウトした。
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