第57話 歪んだ者たち

 いつもと違いイベント盛り沢山だった本日の朝、時間的余裕が無くなりイヴ達通学組が慌ただしくギルドから出ようとすると出入り口がバタンと開く。

これまた慌てた様子の2人組、天翼人族のリノア(現在リオンの魔法により見た目は黒髪黒目、人族の美人になっている)と獅子人族のエレオノーラ・レーベがギルド内に入りキョロキョロと何かを捜していると、ふと1人の男の所で視線が止まりビシッと指を突きつけた。

ドスドスと近寄ってくる2人に指を突きつけられた男、つまりリオンは嫌そうな視線を送るが2人が来る前に背後から強烈な殺気がリオンに突き刺さる。

ため息を吐きたくなる程の面倒臭い未来を幻視しながら振り返り不機嫌オーラを撒き散らしているイヴに視線を向ける為目線を下ろす。


「ねぇリオン、あの2人は誰?また違う女の子をたぶらかしたの?ねえねえねえ、誰なの?誰?特にリオンと同じ髪色のあの子とはどういう関係なの?」

「ハァ……いや黒髪の女、リノアは依頼説明の際会ったんだから知ってんだろうが。隣の獣人はレーベっつって元帝国軍人だな」

「あの人がリオンが言ってたリノアさん……。確かに依頼説明の時話してたのはあの人っぽかった……」

「いやいやなんでイヴがそんな曖昧なのよ〜。それにしてもリオンさんはリノアさんと知り合いだったの?」

「まあ、あの時のイヴは僕達から見ても上の空だったからねぇ。記憶から抜けてても仕方ない、かなぁ」

「えっ!?いやそんな私ぼんやりしてましたか!?」


 イヴが言い訳を2人に説明し始めたのでリオンへの質問が曖昧になり流れた事にニッコリと笑ったリオンだったがそんな事は許さんとばかりに後ろから服を引っ張られた。


「リオン!大変なの!ウピルちゃんがどこにもいないの!リオンも一緒に捜して!ってあれ?あー!ウピルちゃーん!どこ行ってたのッ!?心配したんだからねぇ!」


 大事件だとリオンを捲し立てるリノアだったが、そんな彼の背後にぴったりとくっ付いてるウピルを発見するとガバッと即座に抱き着いて安堵の涙を流した。

そんな彼女の後ろから恥ずかしそうに、怠そうにエレオノーラが近付いてきてリオンの前まで来るとため息を吐き謝罪した。


「リオン様、申し訳ありません。大丈夫だと言ったのですがリノアが聞く耳を持たず先走ってしまいました」

「あぁ、問題ねえよ。アイツはいつもあんな感じだしな。それよかお前等は飯は済ませたのか?」

「ありがとうございます。いえ、リノアが飛び出して行ったので朝食はまだです」

「そうか、なら丁度いい。今から少し出るからお前等はここで待ってろ、ついでにウピルも置いて行くから任せた」

「承知しました。ではそうさせていただきます」


 普段より少し畏まった口調、且つどこか草臥れた様子の彼女にリオンは何も触れない優しさという名の無視を決め込むとリノアとウピルにも同様の説明をして冒険者ギルドを後にする。

冒険者ギルドでいつも以上に時間を過ごしたリオン達一行は少し急ぎめにリンドブルム魔法学院に向かって歩いていた。

その際リオンはふと思った事をイヴに聞いてみる。


「そういや俺制服着てねえが大丈夫なのか?つうかなんで俺も行く事になってんだっけ?」

「まあ大丈夫だと思うけど心配なら外で待っててもいいけど?」

「ん?何で俺がお前の帰りを待たなきゃいけねえんだよ」

(相変わらずバカね貴方。目の前にお手本があるんだから制服を擬態すればいいじゃない)

「んあ?おぉ、確かに!ツバサにしては良い事言うじゃねえか。よしリヴァイス、その制服もっとよく見せろ」

「何でよ!私のでいいじゃん!よく見て!ほらほら!ちゃんと見て!」

「いやお前、それしたら俺が女物の制服着る事になるだろうが!想像してみろ、それこそ事案になるわ!」

「大丈夫!私が守るもん!」

「うるせぇ、雑魚が喚くな!」

「……久々に会ったらリオンの性格が変わってる。前はもっと優しかった!」

「常に優しいリオンさんで通ってる俺に向かって何言ってんだお前」

「そろそろよいかリオン……。呼んでおいて無視は関心せぬぞ」


 制服問題でイヴからのウザ絡みの対応に意識を割かれた事でリヴァイスに小言を言われたリオンは「悪い悪い」と軽く流すと早々に本題に入る。

とは言いつつリオンからはただ一言、「動くな」と言われたリヴァイスは素直に動きを止めた。

その後暫くリオンはリヴァイスの周りをクルクルしながら制服を観察する。

時間が無いにも関わらず誰も口を挟む事はしなかった。

寧ろリオンの行動への興味関心が勝り、観察するリオンを観察するイヴ達という不思議な構図が道端に出来上がっていた。


「リオンさんは一体何してるのかしら〜?」

「リヴァイスの制服?を見てる様にしか見えないけど……羨ましかったのかな?」

「大体分かったから大丈夫だろ。…………んー、こんなもんか?これは無理か……こうか?ここはもうちょい……んー、意匠が細けえよクソが……んん、落ち着け俺、紳士的に、クールに極めよう。これでどうだ」


 エリーゼとフェルトが話しているとブツブツ独り言ちるリオンが観察終了宣言をする。

リオンの次の行動に会話を一時中断し興味津々に凝視していたが瞬きの刹那、彼はリヴァイスと同様白を基調とした制服を着装していた。

その早着替えをも超えたパフォーマンスにイヴを除く3人は唖然とする。

先程まで黒っぽく仕立ての良いとは言い難いシャツに安そうなズボンというラフな格好だったのが今やお貴族様が着そうな上等な仕立て屋が用意したであろう白を基調とし、所々精緻な金の刺繍が入っている魔法学院の制服を着こなしている。

リオンは周囲の反応は気にせず服装の擬態という全身丸々擬態するよりも更に精密な魔力制御と魔力操作を行使した事で多少の疲労感を感じつつも顔は一仕事終えた爽やかな笑顔を浮かべ満足気に制服をリヴァイスの物と見比べていた。

未だに反応処理が終わらない3人とは違いイヴだけは目を輝かせながらリオンに抱き着いていた。


「わぁ〜リオンカッコイイー!!黒も似合ってたけど白も似合うなんて!もうリオンは何色でも何着ても似合う!!えへへ、リオンとお揃い、嬉しいなぁ〜えへへ」

「クハハ!そうだろそうだろ!だが細部まで再現したが付与魔法に関しては俺にとってはマイナス効果になるから付けてねえがな」

「へぇ〜この制服って付与魔法なんて付いてたんだぁ。知らなかった〜」

「だからお前はいつまでもダメダメなんだよ。だがこれで準備完了だな。時間使っちまった分、俺が学院まで最短距離で案内しよう。……クハハ、被験者確保」

「ダメじゃないもん!ん?近道?学院はこの道真っ直ぐだから近道なんて無いよ?んん?今何か言った?」

「何でもねぇ。おい、そこのお前等もこっちに来い」


 多くを語らない面倒臭がりのリオンは、制服も綺麗に擬態できた事もあり遠くでポカンとしてる3人を早々に呼び寄せる。

3人は声を掛けられた事で漸く意識が帰還すると素直にリオンに近寄っていく。

色々聞きたい事があり、先陣を切りエリーゼが口を開こうとするがその前にリオンが被せ封殺した。


「時間を使った侘びに学院前まで送ってやるよ」


 それだけ言うと突如黒い靄が全身を覆い視界が闇に包まれる。

驚愕する3人は逃れようとするが、既に遅く呑み込まれる。

しかしそれも一瞬の事で数秒もすると靄は晴れ、驚いた拍子に閉じた目を開ける。

するとそこには学院の門が視界いっぱいに捉えていた。


「ふむ。場所が分かれば移動は問題ねえか……だが疲労感が凄えな、前は大丈夫だった気がするが……あの時は意識が朦朧としてたから覚えてねえな。事実としてまだ長距離は無理っぽいなぁ。んー、俺自身は違和感はねえが他の奴……イヴ達身体は大丈夫か?」

「んー、私は大丈夫だよ」

「……なに今の〜?リオンさん今何したの〜?」

「……今のは転移魔法?あり得ない……あれは儀式魔法の分類だった筈だよ」

「またお主はよく分からん魔法を……。これも見た感じ闇魔法の分類になるのか?」

「ふむ。全員大丈夫そうだな。ほらテメェ等早く着いたんだからさっさと行け」


 相変わらずの気分屋で他人の質問を全て無視したリオンはしっしと手で追いやる。

そんな態度に不満顔のイヴは抗議する。


「えっ?リオンは一緒に来ないのッ!?なんでなんでッ!?せっかく同じ制服着てるんだから一緒に行こうよー!!」

「まあそうなんだが、俺はそこのババアに呼ばれる気がするからな。お前等は先に行ってろ」

「えっ?誰?」

「ハァ……リオンくん、女性にそんな事言うのは感心しないって前にも言ったと思うんだけど〜?それにしても何で今回もバレちゃったのかしら〜?」


 突然聞こえた声にイヴがキョロキョロと周囲を見回すが人影は発見できない。

他の3人に視線を向けるが、イヴ同様発見できずにいたので発言した張本人であるリオンに視線を向けた。

すると彼は面倒臭そうにただ一点を凝視していた。

イヴ達はリオンに釣られ何も無い場所を見ると、何も無い筈の空間が徐々に歪んでいき中から声の主である、ここリンドブルム魔法学院の学院長であるスクルプトーリス・ルベリオスが現れた。

各々の反応は様々だがそれ等にツッコミが入る前にリオンがいち早くため息を吐き返し口を開く。


「ハァァ、バカか。事実を言って何が悪りぃ。お前も暇な奴だな、態々待ってたのか?天下の学院長様が俺等みてえな一学生なんかをよ」

「ホント〜にリオン君は口が悪いのよね〜。まあでも待ってたのは事実だけれど〜貴方達というより、貴方を待ってたのよ〜リオン君。……なんで我が学院の制服を着ているのかは分からないけど〜とりあえず一緒に来てもらえるかしら〜?」

「似合ってんだろ?一応まだ俺はこの学院の生徒らしいから制服を着ていても何ら問題はねぇ。俺もお前に色々聞きたい事もあるからな、さっさと行くぞ。お前等も早くしねえとせっかく時短してやったのに遅刻するぞ」

「確かに髪色や肌の色とのコントラストは良い感じで似合ってるとは思うけど……まあ詳細は後で聞くわ〜。では行きましょうか〜、貴方達も早くしなさいねぇ」


 どんどん話を進める2人に頬を膨らませたイヴがリオンの服を引っ張る。

面倒臭そうに視線を向けるリオンに更に不機嫌になったイヴが口を開く。


「なんでリオンは私と一緒に来ないの?一緒に行こう!」

「いやお前話聞いてた?俺もコイツに用があるって言っただろうが、ボケてんのか?」

「聞いてたもん!私が言いたいのはなんで私より学院長を優先するのってこと!」

「うわ、めんどくせぇ……。よいしょ〜」

「ぶにゃッ!」


 ここにきてリオンは説得より無力化を選択し、デコピンをイヴに叩き込む。

奇声を発して吹っ飛ぶ彼女を眺めながら満足気に微笑んだリオンはリヴァイスに視線を向けた。


「おいリヴァイス、起きる前に早くソイツを持ってけ」

「う、うむ。任された」

「それじゃさっさと行くか」

「すぐ暴力に訴えるのは感心しないけど〜、今回に関しては目を瞑ろうかなぁ〜。じゃあ行こうか〜」


 リオンと学院長はイヴを背負ったリヴァイス達と別れ校内を目的地に向かい進んでいく。

その際たくさんの学生の視線がリオンに集中するが、本人は気にする事なく欠伸をしながら学院長の後に続く。

暫く歩くと扉から豪奢な雰囲気を醸し出す部屋の前に到着した。

学院長はリオンを部屋に招き入れると手際良く紅茶とお茶菓子を用意するとソファーに腰を下ろす。

そんな様子を眺めていたリオンに手招きして対面に座る様促す。

リオンは素直にソファーに腰掛け視線を学院長に向けると彼女は自ら淹れた紅茶をひと口飲むと満足気に微笑み、「そう言えば」と話を始めた。


「今日はオピスちゃんとルプちゃんは居ないのかな〜?たくさんお菓子も用意してたんだけどなぁ」

「ん?今日アイツ等は((お菓子ー!))居ねえ……。あぁ、いや……そろそろ来るから用意して問題ねぇ」

「あら、そうなの〜?なら用意しておこうかしら〜」


 リオンの言葉にルベリオスは特に疑問に思う事無くお菓子や追加の紅茶を用意しだした。

ルベリオスが準備万端と満足気に頷きソファーに腰掛けて暫くすると扉がバタンと開かれた。

とてとてと入ってくる幼女2人、オピスとルプは前者はお菓子に後者はリオンの膝の上に着地した。


「オピスちゃん、ルプちゃん、いらっしゃ〜い。たっくさんお菓子用意したからねぇ〜。ゆっくりしていってねぇ」

「うん!ありがとう〜」

「ねえねえリオン。抱っこして〜」

「赤ちゃんかな?それともコアラかな?」

「わ〜い、リオン大好き〜」


 意外な程すんなりとルプを抱っこするリオンにルベリオスは少し感心すると自分の横でお菓子を食べ続けているオピスの頭を撫でる。


(そう言えばリオン、なんでわたし達を外に転移させたの〜?)

(いやお前そんなのコイツの前でいきなり腹からお前等が出たらびっくり仰天だろうがよ)

(あぁ〜そっかぁ、うっかり〜キャハハ。でも〜リオン、びっくり仰天は死語だよ〜?キャハハ)

(うんうん、ルプの言う通り〜。リオンはおじさんだねぇ〜キャハハ)

(なん、だとッ!?いや待て!それは前世の話だろ?この世界ではまだ未発信のフレッシュネタだろ!俺がブームの中心になる日も近えな、クハハハ)

(キャハハハハハ、それこそ〜びっくり仰天〜キャハハ)

(クスクス、リオンのその発言がびっくり仰天〜キャハハ)


 ルプからの質問に応えただけで2人にディスられたリオンは心を無にすると目の前のルベリオスに早速話を振る。


「それでお前が俺を呼んだ理由ってのはなんだ?」

「そうねぇ〜色々あるんだけど、どれから聞こうかしらねぇ。先ずは軽いのからいきましょうか。リオン君、この学院に合格したにも関わらず今まで一切登校してないわよね〜?このままだとリオン君、アナタ退学になってしまうんだけど〜。でも補習として私のお願いを1つ聞いてくれたら、このまま問題無く在籍を許可できるんだけど〜どうかしら〜?」

「別に俺はどっちでも構わねえんだが、その補習の内容次第では受けてやらん事もねぇ。面白えのか?」

「面白いかはどうかは分からないけれど、リオン君が好きそうな内容かしらね〜」


 詳細を聞くと魔法国家リンドブルムとルークスルドルフ王国を隔てる大山脈に最近グリフォンの変異種らしき存在を確認したとのこと。

グリフォンは鷹の翼と上半身、獅子の下半身の魔物で上半身が深緑、下半身は茶が一般的である。

今回存在を確認されたグリフォン変異種は上半身が金色で下半身が白銀と何とも豪華な体色をしているらしい。

討伐隊の規模にはまだ進行していないが数組の冒険者を派遣しているが全て返り討ちにあっているという。

グリフォンは普段から群れを成しており頂点に王が君臨している。

知能も高く獲物を狩る際も集団ならではの包囲網を敷き、グリフォンが得意とする風魔法を主体として獲物を弱らせてから狩る手法を用いる。

また今回のこのグリフォン変異種は風魔法と複合魔法である雷魔法まで使用する事が確認されている。

一通り話を聞いたリオンは腕を組み思考に耽る。


(どうすっかなぁ、まあ面白そうではあるけど……群れか……つう事はこっちも複数で挑んだ方がより面白くなるよな。イヴ、リノア、レーベ、リヴァイス、コイツの弟子のエルフ女、羊女……6人、まあ数は何人でもいいか)

(わたしは鶏肉も好き〜楽しみ〜)

(わたしはここでイヴちゃん達が死んでくれた方がいいから賛成〜)

(帝国の遠足までまだ数日は時間あるから、それまで楽しむのはありだな)


 呑気に脳内会議で参加表明をすると目の前のルベリオスにもあっさり補習という名の押し付け依頼を快諾する。

単純なリオンなら受けるだろうと思っていたルベリオスだったが実際言葉として受け取るとホッと安堵の息を漏らしニコニコ顔で紅茶のカップを傾ける。

ひと息付いたルベリオスだが、まだまだリオンには聞きたい事があるので気を引き締め直しオピスの頭を撫でる。


「それじゃあ次のお話をしようかしら〜。イヴさんと同じ黒獅子のメンバーであるエリーゼが私の弟子だと言うのは既にリオン君も知ってる事だと思うんだけど〜、どうも記憶の混濁が起きているらしくてねぇ。ここ最近の依頼の細かい部分が酷く曖昧なのよねぇ〜。これについてリオン君はどう思う?」

「(なにコイツ、これ絶対俺の事疑ってんじゃん。目が確信しちゃってるもん、語尾も最後伸びてねえし。だが推定無罪!証拠も無ければ証言もねぇ!俺に隙はねぇ!クハハハ!)お前くらいの年寄りならそのエルフ女が魅了に掛かってるかくらい分かりそうだがな(完璧だ。俺に隙はねぇ!クハハハハハハ)」

「……リオン君、私はねぇ、黒獅子のみんなに指名依頼が来た時から嫌な予感がしたからあの依頼で出立する前にエリーゼにあるイヤリングを渡したのよねぇ」

(あれれ?なんかこれ犯人追い詰める探偵みたいな流れじゃね?証拠掴んでるパターンじゃね?ヤバくね?ジッちゃん出るの?名にかけるの?)

「アレはこのイヤリングと対になっていてねぇ。2つの機能があって、1つはある程度の距離内なら一方的ではあるけれど音を聞く事ができるのよ。今回であれば私がエリーゼ側の音声を聞けるという事ねぇ。もう1つは知ってるとは思うけどイヤリングを装着している対象の側に転移できる物なのよ。あの時した会話をもう一度するわねぇ。リオン君、あの時のアノ新種の魔物、アレ貴方よねぇ?」

「(アレ?詰んでね?つまりコイツはずっと盗聴してたって事じゃん。年の功?ババアだがらこんな姑息な手も思い付くってか?いやいや前世諸々含めたら俺の方が年上だから単純に性根が歪んでやがんぞこのババア。負け、か?いやまだだ!まだ負けてねぇ)馬鹿言うなよ、お前だって俺が華麗に登場したシーンを目撃しただろうがよ(どうよ!この華麗な立ち回り!即興アドリブながら素晴らしい!)」

「そうねぇ。確かにリオン君が後ろから来た時は驚いたけれど、これは覚えてる?リオン君がイヴさんと打ち合っていた時の会話〜」

(コイツもうロックオンしてる。俺だと確信してもう俺としか思ってねぇ。それにしてもアイツと打ち合ってた時の会話?何て言ってたっけ?覚えてねえな)

「まだ認めないのねぇ。あの時アナタはイヴさんの事を『イヴ』と呼んだのよ〜?あとイヴさんとも前から一緒に居たかの様な口調で話していたわねぇ。ねぇ、もう認めてもいいんじゃないかしら〜?私の立場でこう言っちゃダメなのかもしれないけど〜、アナタがあの男爵達を殺したのだってエルフ族の私から見ればどうでもいい事なのよね〜。あの時言った通りエリーゼだけ守れればそれだけで良かったのよねぇ」

「(こりゃもうダメだわ〜。……まあコイツを始末すりゃ問題ねぇが、コイツはコイツで長生きし過ぎて歪みまくってっから大丈夫そうか。それより生きてた方が面白くなりそうだと俺の頭脳が訴えてる)盗聴や転移なんかできる魔道具なんて初耳だったからな。今後はその部分も警戒して楽しむとしよう」

「その言い方は認めたって事ねぇ。なんであんな事したのか聞いてもいいかしら〜?」

「はぁ?何で?何でだと?クハハハ、そんなの楽しいからに決まってんだろうが!」

「違うよ〜。イヴちゃんを殺すためでしょ〜?」

「違う違〜う。みんな何も分かってな〜い。美味しいご飯をたくさん食べるためでしょ〜」

「……ん〜?」

「……幼女の戯言は無視しろ。とりあえず久々に帰ってきたからイヴがどれ程成長してるのか見てみたかっただけだ。まあどうせやるなら他にも強い奴と遊んでみたかったと思ってな、依頼を出したって訳だ。どうよ、なかなか面白い物語だったろ?」

「……そう。まあいいわ〜。それで〜?私の弟子の強さはリオン君が満足するものだった?」

「お前それ本気で聞いてんのか?お前や多少イヴに鍛えてもらって多少無詠唱ができるだけの奴が単独で俺の遊び相手になるとでも本気で思ってんのか?」

「だよねぇ〜。あの子ももう少し強くなってくれたら嬉しいんだけどねぇ〜。ねぇリオン君、また頼み事になっちゃうんだけど〜いいかしら〜?ッッ!?」

「やめろ」


 楽しく雑談しているとまたルベリオスがお願いと言う名の脅迫が紡がれる寸前彼女が背後を振り向こうとして物理的に静止させられた。

そんな状況にリオンは元凶に向かって一言紡ぎ、行動を制止させた。

素直に制止した元凶は不機嫌な態度を取るとリオンに苦言を呈す。


「あら〜?殺さないなんてアナタどうしたのかしら〜?せっかくアナタの為にこの人を片付けようとしたのに。もしかしてアナタ偽者かしら?本物のリオンはどこかしら?」

「お前こそどうしたツバサ、俺の為に動くなんてとうとう頭に蛆でも涌いてバグッちまったのか?」

「ウフフ、面白い事言うのねリオン。私は俺、俺は私、ズレは許容できないわ〜?そう、許容できないのよ。そうよねぇ?そう思うわよねぇオピス?ルプ?」

「ツバサどうしたの〜?わたしはリオンの味方だから〜リオンがとまれって言えばとまるよ〜?」

「わたしはお腹いっぱいになれる方がいいかなぁ」

「いやルプは止まれっつっても止まんねえし、オピスは特性上どっちに付いても満腹にはなんねぇよ。いいか?最後にもう一度言うぞ、やめろ」


 リオンの静かながら威圧が込められた言葉にツバサは無表情に、とばっちりで受けたルベリオスは冷や汗を流しながら無音の時間が過ぎる。

暫くしてツバサはルベリオスの首を掴んでいた手を離すとルベリオスの隣のソファーに優雅に座ると、いつの間にか用意してあった自分用の紅茶を優雅に飲み、何事も無かったかの様に優雅にお茶菓子を食む。

その一連の様子を全員黙って眺めていると特に問題無しと判断したリオンが口を開く。


「それで?そのお願いってのは何だ?まあ大体想像つくがな」

「えッ!?今のこのやり取りには触れないのッ!?私殺されかけたよ!?そもそも貴女は誰なのかな?ツバサさんと呼ばれていたけど、リオン君達とは知り合いなのかなぁ?」

「あぁ、コイツはまあ俺の仲間だな。普段はこんな事しねえんだが、ちょっとはしゃいじゃったみたいだな。まあ気にすんなよ」

「いや気にするよ!?ちょっとはしゃいで殺されかけたって冗談でも笑えないよ!」

「クハハハ!オイ、口調が変になってんぞ。そんな面倒臭え事ばっか言ってっと『お願い』とやらも聞かねえぞ」


 口調を指摘され、このままでは目的も達成できないと判断したルベリオスは横目でツバサを見ながらため息を吐きながら今は渋々引き下がった。


「もう、しょうがないわねぇ……。お願いと言うのは、エリーゼを鍛えてあげてほしいのよ」

「構わねえよ。なら俺も再度冒険者登録するかぁ」


 あっさりと承諾したリオンに意外感を滲ませながら後半の言葉が気になったのか素直に聞く事にした。


「リオン君、冒険者登録してあったと思うんだけど〜?失くしちゃったの〜?」

「どっかいっちまったなぁ。再登録ってできるよな?」

「多分できるんじゃないかしら〜。詳しくは妹に聞いて頂戴〜」

「あぁ分かった。とりあえず話しは終わりか?」

「そうねぇ、もっと色々聞きたかったけれど今日はもう疲れたわ〜。と言う事で私からの話しはとりあえずは終わりかしらねぇ。そういえばリオン君も聞きたい事があったんじゃないかしら〜?」

「まあそれはまた今度聞く事にするわ〜。お前等帰るぞ」

「「は〜い」」


 席を立ち幼女2人と手を繋ぎ部屋を後にするリオンを見送るルベリオスはふと隣のツバサが出て行く気配が無いなと思い、横を向くと目を見開いた。

そこには既に誰も居らず、本人は元より彼女が使用していた紅茶のカップすらも消えていた。

暫く呆然としていた彼女だったが徐にソファーから立ち上がると棚から一冊の古ぼけた冊子を取り出す。

タイトルが無いその冊子をパラパラと捲っていき、ある場所でピタリと手が止まる。

ルベリオスはそこに書いてある文字を改めて確かめる様に音読し始める。


「多数の魔物の集合体であると言われており、人為的か自然的かは学者達の間でも意見は分かれている……。総体数自体が少なく、過去出現した際は街や町、村に壊滅的な損害が出た事から『災厄』や『大罪』に匹敵する程の脅威である。そんな存在を我々は『キマイラ』と呼称する事にした」


 フゥと息を吐き紅茶をひと口飲むと最後の一行を読む。


「この書を持つ我が子孫へ。私が見たキマイラは『獅子』と『狼』の頭を持ち、『蛇』の尾を持つ異形の姿であった。……あのダンジョンで見たリオン君は姿形は違うけど獅子と狼が合わさった様な顔をしていたわねぇ、尻尾は蛇では無かった気がするけど蛇の鱗っぽい感じだったわねぇ。こじ付けっぽいけど、それでも怪しさしか感じないのよねぇ。もう少し調べる必要があるわね……あともう少し、もう少しで……ねぇ、お祖父様」


 冊子を閉じ裏表紙を見ながら最後にボソリと呟き、俯いた。

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