第56話 再会

 酷く身体が重い。

今自分がどんな体勢なのかも分からない、手足があるのかも意識しないと感じられない程鈍く、緩慢に感じられるこの空間。

自分は目を開けていると認識しているのにも関わらず周囲は奈落の如く闇が支配し何も見えない、感じない。

もしかしたら自分は既に死んだのではないか。

それであるならどんな最期だったのか、後悔無く逝けたのだろうか。

しかし、と考える。

この何も見えない空間、イモ虫の様に動かない身体。

そんな情報を俯瞰的に見て感じる事、それはこの状況は全く幸せではないということ。

そう頭では考えているにも関わらず、不思議と感じるこの穏やかな気持ちはなんだろう。

ずっと抱えていたモヤモヤが解決した様な、失くしたモノがかえってきた様な、そんな気持ち。

果たしてそれが関係しているかは謎だが、恐らく今うつ伏せで何かを抱き締めている。

それが物凄くモフモフで至高の抱き心地。

知ってるモフモフ、知ってる匂い、知ってる感触、知ってる味。

そこでふと気付く。

思う、感じる、考える。

思考できている時点で自分は死んでいないのではないか。

あぁ、そうか思い出した。

彼が目の前から居なくなってから毎日……毎日毎日毎日。

これが続いていたんだ。

終わりが来ない闇に飲まれ、心を蝕む。

壊れそうなのに、ツラくてツラくて、いつひび割れてもおかしくない筈なのに、不思議と何事も無く明日が来る。

彼は居ないけど、居るから、だから………。

でも今回だけは何かが違う。

何故か安心できる。

モフモフ、これが原因なのかな。

そう感じ認識した瞬間、周囲の闇の空間から亀裂が一気に入る。

亀裂の先からは光が漏れ、身体は天地を逆らう様に空に向かって勝手に持ち上がっていく。

この感覚には覚えがあり、そこで漸くこれが夢であると気付く。

徐々に覚醒が始まっているのか先程まで視界を埋め尽くす闇は崩れ去り、闇の奥からは白い光が目を焼く様に現れ、視界を埋め尽くす。

現実に意識が覚醒へと向かうが可逆的に夢への意識は睡眠へと歩みを進める。

ツギハギだらけの意識の狭間に居る自分は、ある筈のない負荷による幻痛で脳が溶けた様に思考ができなくなり、全てに身を預ける。

後頭部に当たる暖かな陽光に触覚が刺激されイヴの意識が覚醒する。


「ん、んんぅ。カラダが重い……それに、わたし……部屋にこんなモフモフの絨毯、敷いてたかな?ん〜、そんなことより……わたし、いつ部屋に?」


 寝起きと謎の倦怠感に頭が働いておらず周囲が見えていないイヴに声を掛ける人物が下に居た。


「起きたのなら退け、邪魔だ」

「え?」


 突如浴びせられた言葉にビクリと間抜けな声が出たイヴだが、ずっと渇望していたその声音に身を震わせ視線を下げるとそこには夢でも感じていたモフモフがいた。


「あ、あぁぁ、リ、リオン?」

「俺以外に誰がいんだよ」

(相変わらずイヴちゃんは寝坊助なんだから〜キャハハ)

(違うよ〜。イヴちゃんはもうお婆ちゃんだからボケちゃったんだよ〜キャハハ。そろそろ死んじゃうかもねぇ〜)

(元はと言えばルプがイヴにあんな怪我させちゃうからでしょ。あの状態から強引に怪我治したから身体がまだ追い付いてないのねぇ、怠いのならまだ寝てなさい)

(それはよわよわなイヴちゃんが悪いの〜。わたしのせいじゃないもん。きっとリオンの言い付けを守らずにダラダラ過ごしてきたんだよ〜)

(喧しいわ!イヴちゃんが困惑しとるじゃろ!)

「全員うるせえよ。それとイヴ、起きたんなら早く退け」

「リオン、オピスちゃん、ルプちゃん、ツバサさん、テースタおじいちゃん……ホントにみんななの?まだ私、夢、見てるのかな……。毎日毎日見てた……リオンと、みんなと一緒に、ずっと、ずっとずっと、穏やかに笑い、合いながら……」

「だから起きたんなら退けって言って…………ハァ」

(ウフフ、アナタの負けねぇリオン。そんな顔で見られたら黙るしかないわねぇ)

「うるせえぞツバサ!」

(ほらほらイヴ、いつまでも泣いていちゃ可愛い顔が台無しよ)

「だ、だって、だって……やっ、と、やっとみんなに会えたから……声を、聞けたから、そしたら安心、しちゃって……夢じゃ、ないんだよね?」

(夢かもね〜キャハ)

(夢だったらどうする〜?ほっぺつねってあげようかぁ?千切れたらごめんねぇ〜キャハハ)

(やめんか童共!イヴちゃんが怖がっとるじゃろ!)

「いや爺、確かに幼女どもはうるせぇが……お前どんどん過保護のやべえ奴になってるぞ?なんか変なもん食ったのか?キモイわ」

(じゃかぁしぃわぃ!変なのはお主等じゃわい。お主等の相手してるだけで疲れるわ!!ほらほらイヴちゃん、飴ちゃんでも食べて落ち着くんじゃよ〜)

「(((うわぁぁぁ……)))」


 テースタの過保護っぷりに参加メンバーの過半数が引いたが、爺はイヴしか視界に入れていないのかカタカタと音を鳴らし掌に飴を大量に乗せイヴに差し出した。

話だけ聞けば孫を可愛がる祖父という図に感じるが実際の映像はリオンの背に寝そべっているイヴの眼前から髑髏が這い出てきてカタカタ全身を鳴らしながら漆黒の靄を吹き上がらせる漆黒の固形物(爺曰く飴)を手のひらに出現させて手招きしている。

これにはさすがのイヴも引いてるかと思いツバサ達の視線が集中する。


「えぇぇぇ!いいの〜?ありがとう〜お爺ちゃん!おぉ〜これなんかリオンの匂いがする!!あむっ。んー!美味しい!!」

(……さすが家族に飢えに餓えまくってるイヴね、この程度じゃ引かないなんて……ふふ、強くなったのねぇ)

(むむぅ、手強くなった……でも負けない!)

(美味しそうなアメだよ〜。ねえリオンお腹空いたよ〜)

「ハァ、まあイヴは変態だからな。もう手の施し様が無いくらい手遅れだから仕方ねぇ。ん?アイツも起きたか……時間切れだ、降りろ」

「いたッ!!酷いよリオン!もうちょっとモフモフに埋もれていたい!」


 リオンに振り落とされたイヴが親を求める赤子の様にリオンに抱き付きミシミシと前脚をホールドする。

抵抗するイヴにリオンは冷めた目を向けながら問答無用で擬態と幻術を並列起動し全員を体内に収納すると人間の姿になる。

慣れたものでリオンは既に衣服も着用しており未だに右腕にしがみ付いているイヴを鬱陶しそうに見ながら部屋の外に意識を向ける。

部屋の外ではマリーが朝食の準備をしているらしくリオンの腹から蛇が突き破ってきそうな雰囲気なのでイヴを早々にデコピンで引き剥がした。

奇妙な声で吹っ飛んだイヴがそのまま気絶してしまった。

自分が起こした事件にも関わらず深いため息を吐いたリオンは悪態を吐きながらぐったりしたイヴを雑に抱え部屋を出た。

一直線にマリーの元まで行くとリオンの存在に気付いた彼女が抱えられてるイヴを見てすっ飛んで来た。


「あっ、おはようござッッ!?イ、イヴ!?ちょっとリオンさん!イヴに何したんですかッ!?」

「ん?あぁ、コイツが引っ付いて離さねえから吹っ飛ばしたんだがコイツが弱過ぎたのか気絶しちまった。まあ死んではねえし静かになったから良しとする。とりあえずコイツが起きる前に朝餉の用意を済ませるぞ」

「え?あ、あぁぁ……そ、そうなの、ね?ま、まあ額の腫れは心配だけど何故か微笑みながら気絶しているから大丈夫、なのかしら?それよりリオンさんは疲れてるのなら座っていてくれていいのよ?」

「まあそのくらいの怪我なら俺が治しといてやる。それに俺は特に疲れる事はしてねえから問題ねえよ、それより腹が減り過ぎて腹から蛇が突き破りそうだから早くやるぞ」

「腹から蛇?そんな言い回しは聞いた事無いんだけど、リオンさんの出身地方特有なのかしら?でもそう、そんなにお腹が空いているなら早く用意しなくちゃね」


 パタパタと早速準備に取り掛かるマリーの後にリオンも続くとサクサク料理していく。

何故か終始笑顔のマリーに不思議そうに首を傾げながら作業するリオンという構図。

そこでふと今まで放置していた存在に気付いたリオンは全員に念話を送る。


(誰か起きてるか?)

(ひゃッ!?リ、リリ、リオン様、です?)

(ん?ウピルか?なんでそんなテンパってんだ?まあいいか、それより他の奴等は寝てんのか?)

(ん、リノアさん、とエレナさん、はまだ、寝てます。きのう、がんばってたので、ぼろぼろ、です)

(へぇ、意外と真面目に頑張ったのかもな。それならリノアとレーベは放置でいいか、面倒臭えし。ウピル、お前腹減ってるならこっちで食ってけよ)

(ごはん、です?行きたいです。でも、リオン様のばしょ、わかりません……)

(あぁ、それは問題ねぇよ。お前の場所は認知してるから後は呼べば済む)

(呼ぶ、ですか?近くにリオンさま、居る、ですか?まったくけはいを、ん?ひッ!?ひゃッ!!)

「リオンさんこっち手伝ってもらって、ん?あれ?その子は……ウピルちゃん?いつここに?」

「ん?あぁ、マリーにはコイツ等が世話になったみてえだな。他の奴等はまだ眠こけてるからコイツだけ連れて来た。飯も1人分追加頼む」

「え、えぇそれは全然構わないんですが……ウピルちゃん、よく私の家が分かったわねぇ」


 いつの間にか現れていた吸血鬼族のウピルに少し驚いた様子を見せたマリーだが、すぐに調子を取り戻すと優しい笑みを湛え話し掛ける。

突然の出来事に未だに状況を理解出来ていないウピルはマリーに話し掛けられた刺激で漸く脳が動き始める。


「あ、あれ?ここは……どこ、です?あっ、マリーお姉ちゃん、です。あれ?あれ?あっ、リ、リオン様!」


 キョロキョロと挙動不審に辺りを見回していると腕を組みながら自分を見下ろしているリオンを発見したウピルは避難場所を見つけたかの如き勢いでリオンの身体を駆け上がると定位置である肩に乗り頭に抱き着いた。

数日の付き合いではあるが、こんな素早く行動するウピルを初めて見たマリーは目を見開く。

コアラの木になった当の本人であるリオンは特に何か反応をする事なく朝餉の支度を再開させた。

ツッコミ所満載の光景にどうするか悩むマリーだが、今日も今日とて仕事があったのを思い出し開きかけた口を閉じるとリオンの隣に並び準備を手伝い始めた。

それから暫くすると朝餉が完成し食卓に数種類の品目が並んだ。

その香りによりずっと気絶していたイヴが目を覚ます。


「ん〜、ん?良い香り……あっ、ご飯!リオン!その子誰ッ!?」

「起きた瞬間から喧しいなお前……。黙って飯食えよ遅刻すんぞ」

「ほらイヴ、早く食べないと遅刻しちゃうわよ」


 リオンとマリーに言われた通り時計を見るとあまりゆっくりもしていられないくらいの時間になっていたので質問責めにしたい気持ちを抑えつけると朝食を食べ始めた。

食事の際にはしっかり頭からウピルを引き剥がしたリオン。

イヴという知らない人間が居る事で怯えていたウピルはリオンの膝の上に座ると目の前の料理を凝視し始めた。

その光景を微笑ましく見ていたマリーがウピルの前に朝食が載った皿を差し出すと目を輝かせたウピルと視線が合う。

マリーが頷くとウピルは後ろを振り返りリオンにも確認すると、「早く食え」と許可が出たのでもちょもちょとゆっくり食べ始めた。

食事が終わると出勤の支度をするマリーを気遣って洗い物をやっておくと宣言するリオンに全員が驚愕する一幕があったが、それ以外は普段通りの時間に家を出る事ができた。

とりあえず全員で冒険者ギルドに行く事となったのでリオンもそれに同行する事にした。

すると冒険者ギルドまでの道中イヴの質問が嵐の様にリオンに吹き付ける。

その頭に付いてる女の子は誰だの、今までどこに居ただの、何ですぐに帰ってこなかっただの、自分は強くなったかだの、もっとリオン成分が欲しいだの、最初はまだまともと言うか普通の内容だったが徐々に性癖と言うかぶっ飛んだ内容に傾いてきたのでお得意の無視を決め込んだ。

後半からはマリーが宥めながら普段より和やかに歩を進めていく。

イヴも頬を膨らませながら抗議してくるが、その目はとても嬉しそうで待ち望んでいた日常を手に入れたかの様に穏やかな少女の表情になっていた。

そんな他愛も無い日常会話を続けていると冒険者ギルドに到着した。

リオン達に手を振りながらマリーは従業員専用の通用口に入っていった。

姿が見えなくなるまで待ってからイヴはいつもの日課で複数の依頼を受ける旨をリオンに伝えると面白そうだとついて行く事にした。

建物をぐるりと回り冒険者ギルドの正面入り口に移動し始めたリオン達は角を曲がった先、入り口に3人の人影を確認する。

相手側もリオン達を認知するとこちらに声を投げ掛けてきた。


「あっ、お〜〜〜〜いぃ、イィィィヴゥゥゥ〜〜〜〜ぅうえっ!?フェ、フェルト!あ、あれ!」

「うん、気持ちは分かるよ。あんなイヴ初めて見るね…………いやそうでもないか、人形に触ってる時に近い顔だねぇ」

「ムッ?おぉ!リオンではないか!久しぶりだな、息災であったか」


 元気よく手を振り呼び掛けていたがイヴの普段とは違う様子に間抜け面を晒すエルフ族のエリーゼ、冷静にイヴの表情を分析する羊人族のフェルト、ニカッと爽やかな笑顔でリオンに話し掛けるリヴァイスの3人。

そんな彼女等の声にリオンは反応するもののイヴの視線はリオンに固定されており、更にリオンと腕を組み完全に2人の世界に入っていた。

ただそう思っているのがイヴだけだったのかリオンは特に気にせずリヴァイスに話し掛けた。


「お前もなぁ。お互い元気そうで何よりだが、まさかお前がイヴに付き合って同じチームで冒険者やってるとはな。だがまあ実技試験で仲を深めてたから不思議ではねぇか」

「いやいやリオンよ、それはいきなりお主が居なくなったから仕方無くだな。当時のイヴは何をするか分かったものではなかったからな」

「えぇ〜?ゴリラさん、私達と居るのは嫌々だったんですかぁ〜?」

「ゴリラさん、それはチームとしては致命的じゃないかぁ?」

「ムッ!?嫌々ではないが、手が掛かるという点で言えばお主達はイヴと同程度であろうよ」

「うわぁ、なにそれ〜。酷いなぁ〜」

「うわぁ、そんなんじゃ雌ゴリラにもモテないよ」

「クハハ!リヴァイスよ、なんだかんだ上手くやってるようで何よりだ。おいお前もいつまでもコイツ等無視してんじゃねぇ!」

「びゃッ!!」

「「イヴッ!?」」

「……リオン、ちとやり過ぎではないか?」


 エリーゼとフェルト、リヴァイスが仲良く話している最中もイヴはずっとリオンしか見ておらず腕をガッチリホールドしていた。

そんな彼女にデコピンを叩き込んだリオン。

奇声を上げながら吹っ飛んでいくイヴを不快気に見送るリオンと心配して追っ掛けるエリーゼとフェルト、リオンに苦言を呈するリヴァイス。

リオンは高速リターンしてきて目の前で涙目になり真っ赤に腫れ上がった額を押さえ、ギャーギャーと喧しく喚くイヴを無視して口を開く。


「いい加減離れろバカが!」

「痛いよバカリオン!初めから口で言えば分かるよ!頭割れるかと思ったじゃん!!」

「うるせえ。お前がコイツ等に気付かねえのが悪りい」

「コイツ等?ん?あッ!エリーゼさんとフェルトさん、それにゴリラさんまで……お、おはようございます」

「ウフフ、ホント〜に気付いてなかったのね〜」

「やれやれ。まあ、イヴだから仕方ないよねぇ。でもまだそちらの2人を紹介してもらってないからできればイヴの口から聞きたいかなぁ」

「す、すみませんエリーゼさん、つい……。そ、そういえばリオンの紹介がまだでしたね。こちらリオンです。私の家族です!」

「俺はリオンの事は知っておるが、そのリオンの頭にずっとしがみ付いている童は誰なんだ?」

「私達も魔法学院の実技試験の際に遠目からリオンさんを見ていたから知っているけど〜、頭のその子はだ〜れ〜?」

「えぇと、この子はウピルという名前らしいんですが……それ以外正直私も知らないんですよねぇ。今朝目を覚ますと既にいてリオンにべったりくっ付いていたので……。という事でリオンちゃんと説明して!早く!」

「ん?何で俺がそんな面倒臭え事しなきゃいけねえんだよ。聞きてえんなら本人に聞けよ。おいウピル、ガキじゃねえんだ自己紹介くらいテメェでやれ」


 頭から無理矢理剥がされたウピルはジタバタ暴れるが、その抵抗虚しく地面に置かれた。

マリーの家から今までずっとリオンの頭に顔を密着させていたウピルは突然受ける太陽光に怯みギュッと目を瞑る。

次第に目が慣れてきて恐る恐る目を開けたウピルは更にビクリと身体を震わせた。

それもその筈、現在ウピルの周囲にはエリーゼとフェルトとイヴ、リヴァイスの4人が様々な表情で覗いていたのだ。

逃げようと、一番安全な避難場所であるリオンを探すも当の本人は1人でスタスタと冒険者ギルドの正面入り口まで歩いていた。

ガーンと絶望音が聞こえる程表情を歪ませているとエリーゼが目線の高さにしゃがむとニコニコと微笑み口を開く。


「初めまして〜、私はエリーゼで〜す。あなたはウピルちゃんって言うのよねぇ〜、よろしくねぇ」

「……ウ、ウピルはウピルと、い、言います。よろしく、です」

「あら〜ふふふ。可愛らしい子じゃな〜い、でも何かしら〜?この子から不思議な魔力を感じるのよねぇ。イヴ達は何か感じた〜?」

「いえ、私は特に何も感じませんでしたねぇ。リオンとの関係が気になるくらいですね、フェルトさんはどうですか?」

「僕も特には……少し不思議な香りがする、くらいかな。リオンさんの匂いも混じってる感じがするね」

「俺はただの童にしか見えなかったが、あのリオンが連れておるのだ普通ではあるまい」

「リオンをバカにしないで下さい!あっ、そんな事より早く行きましょう。リオン達が行ってしまいました」


 ウピルは挨拶をするとパタパタとリオンを追って行ってしまい、それぞれの感想を交え終えた所でイヴもリオンを追って走り出したので最後の3人はため息を吐きながらイヴ達を追いかけた。



 その日の冒険者ギルドはいつもの朝の喧騒が嘘の様に静まり返っていた。

たまに小声で話す声でさえ、この静寂の中では響く程だ。

そんな彼等の視線はただひとつの場所に注がれていた。

全員で6人からなるその一団の内4人はここ冒険者ギルドでは既にある程度の知名度もあり全員が魔法学院の制服に身を包み、その内3名の女性達、イヴ、エリーゼ、フェルトはギルド内ファンクラブが存在する程人気がある。

エリーゼはそのおっとりとした喋り方や人当たりが良い性格をしていて、見目麗しいエルフでスタイルが抜群とくればファンが増えるのは頷ける。

フェルトも僕ッ娘で人懐っこい性格や羊人族特有の儚げで穏やかな声やエリーゼ同様見目麗しくスタイル抜群なので勿論ファンは爆増した。

イヴは黒曜石の如き角に対比する様に輝く銀髪、白磁の肌を持つ可愛らしい、それこそお人形の様な独特な雰囲気がある。

更に性格も他者を寄せ付けないどこかミステリアスな部分がある事で通常のファンとは別に特殊な感情を持つファンも多いのが特徴だ。

そして今回ギルドがここまで静まり返っている原因は最後に挙げたイヴに関係している。

そんな異様な日常であるとは知らないリオンはイヴの日課である複数の依頼を受けるのを見届け、面白い依頼が無いか見ていると少し話したいとイヴ達が提案してきたので渋々受諾する。

そしてそんな彼等は隣接している酒場に移動した。

席に着くと再びイヴからリノアやウピルについて色々聞いてきたが説明が面倒臭いリオンはウピルに丸投げして無視を決め込むと腹を物理的に食い破ろうとしてくる蛇っ娘の為に食事を注文し始めた。

イヴは不満気に頬を膨らませるものの、他の3人はとりあえずウピルに話を聞こうと色々質問を投げ掛けたり自分達の自己紹介を行ったりとそれなりに歩み寄りは成功していた。

エリーゼとフェルトという柔らかい雰囲気の2人が会話の主導権を握る事でウピルもだいぶ緊張感が和らぎ自主的にステーキを頼む余裕まで生まれていた。

そんな彼女達のママみを目撃したファン達が悶絶したり感涙したりと無音で感情の処理に大忙しだった。

その光景だけでも貴重で特別な奇跡の様な日だったが、それ以上の光景が近隣で行われていた。

普段からあまり感情を表に出さずファン達が目にする場所では殆ど無表情のイヴだが、今目の前の光景は夢なのかと錯覚する程非現実的だった。


「め、女神だ……」

「カワイイ……」

「ご、後光が差してるぅぅぅ!」

「ありがとうございますありがとうございますありがとうございます」

「笑顔サイコー!もう死んでもいいぃぃぃ」

「あぁ〜…いいこいいこしたい」

「ハァハァ、イ、イヴたん、かわゆす」

「あぁ!尊いぃぃぃぃいいいぃぃぃ」

「さすが俺のイヴだ!しかし……」

「つーか隣のアイツは何者だ?」

「俺等の女神に馴れ馴れしい野郎だ!」

「チッ!精々夜道は背後に気を配るこった」

「アイツ、なんか……見覚えがあるような……?」


 周囲の喧騒を無視、否、聞こえてすらいないイヴはリオンの腕に自分の腕を絡ませ満面の笑みで話し掛けている。

今の所他にやる事もないリオンはイヴに付き合いコミュニケーションを取っている。

暫くそのまま他愛も無い会話をしていると不意にイヴが不安そうにリオンの顔を覗き込む。


「ねぇリオン。もう、どこにも行かないよね?これからずっと、一緒だよね?」

「ん?んー……あと数日で一旦帝国に戻るが、その後は今の所特に予定はねえからここに戻ってきてもいいが……ここにはもう面白そうなのはねえ気がすんだよなぁ」

「……私も行く」

「はぁ?お前、俺が何しに行くか分かって言ってんのか?」

「……何しに行くの?」

「フッ、バカが……秘密だ、クハハハハハ!ちなみにリノアとレーベ、ウピルは一緒に連れて行くけどな」

「むぅぅぅ……行く、絶対」

「語彙力ゴミカスになってんなお前。だがまあ俺の邪魔をしねえ限り付いてこようが別に関係ねえよ」

「私はリオンの家族だから一緒に居るのは当然だもん。ずっと一緒だもん、もう離れないもん」

「何でどんどん幼児退行してんだお前。まあいいや好きにしろ、お前がどう考えどう行動しどう答えを出すか、それもまた一興だな。それよりそろそろお前等時間なんじゃねえの?」


 話が一段落ついた所でリオンが4人に声を掛けると全員時間を確認する。

結構長話をしてしまったのかギリギリな時間だったので全員慌ただしく支度を済ませる。

リオンはウピルがまだステーキをはぐはぐと食べているので残ると伝えるとリヴァイス達が騒ぎ出す。


「ムッ!?リオンは来ぬのか?久々なのだから共に行かぬか?」

「そうですよ〜行きましょう〜」

「僕達は同級生ですからね。それにリオンさんとはもっと話したいと思っていましたからね」

「いやお前等、同級生なのに何で敬語使ってんだよ気持ち悪りぃな。んー………ふむ、まあ暇だからいいか。退けウピル」

「ふにゃっ!?ご、ごはんまだ、あります。あっ、あぁぁぁ、お、おにく、消えた、です」

「帰ってきたらまた頼めばいいだろうが。さっさと行くぞ」


 闇魔法でテーブル上の食べ物を全てオピスに送ったリオンは出入り口に向かって歩き始めると突如出入り口の扉が勢い良く開いた。

そこから現れた2人と目が合ったリオンはため息を吐きながらこれから面倒臭い天翼人族と獅子人族に絡まれる未来を幻視し、背後からも面倒臭い雰囲気を察知して更に深いため息を溢した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[破邪顕正]



 ルークスルドルフ王国の王都サリバン、その王城の一室に豪奢な格好をした気品溢れる男、サリバン・ヴィクター・ルークスルドルフが複数の文官と円卓を囲み様々な情報の精査をしていた。

内容は主に現在ギリアム帝国に出現した『厄災』に関する事だ。

だがそれもある時期から全く情報が入ってこない事から本当に厄災だったのか、気紛れで他の場所に移動したのではないか、帝国によって討伐されたのではないか等様々な憶測が混じり完全に事態は滞っていた。

そんな中コンコンコンコンと特殊なリズムでノックされ、それが緊急伝令を報せるものだったので部屋の中にいた全員がその内容に視線が釘付けになった。


「何があった?」


 短くサリバン王が文官に問うと畏まった態度で跪く。


「ハッ!先程ギリアム帝国にて大規模な魔力反応を観測したとの事です!測定の結果この魔法は儀式魔法であり、その効果は『浄化』との事です!」

「ん?浄化だと?アンデットの大群でも帝国に迫っておるのか?」

「ハッ!いえ、その様な報告は受けておりません!詳細は現在調査中でありますが、規模が規模なので可能性としては厄災に対抗したものではないかと思われます」

「そうか、確かに過去と同じ存在の厄災だとするのであれば浄化で弱体化できると言われておるな。だが今はあまり憶測で物事を判断するものではないか……。まあ良い、今帝国にはドスオンブレが行っておるかはな、直ぐに詳細は届くであろう。こちらはこちらでやる事があるからな。例の計画も遂に最終段階、これで愚かな者どもに穿つ正義の鉄槌が完成するであろうな、ハハハハハ」


 報告も落ち着き、頭の中で計画が順調に進んでいる事に満足気に笑う。

ひとしきり笑うと視線を忙しく議論を交わす文官達に向けるもすぐに手元の資料に目を通し始めた。

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