第54話 魔狼
魔法国家リンドブルム近郊に存在するクティノスダンジョンの調査に赴いた破邪の五剣、精霊乃燈、黒獅子、コルテス親衛隊は内部調査において、普段より知恵が付いた獣型魔物と数度戦闘の果てに遂にダンジョンボスに通じる大扉に到着した。
中には新種の魔物である皮膚の半分以上が爛れ落ちた骨狼がおり、苦戦はするもののなんとか死者を1人も出す事なく討伐に成功した。
皆が喜んだのも束の間、突如骨狼の周囲から闇の池が複数出現し中からコボルトの上位種が大量に溢れ出した。
疲労はしているが今更コボルト上位種程度に苦戦する事は無い中級〜上級冒険者の面々は苦笑した。
しかし次の瞬間には味方である筈の骨狼によりコボルト上位種は凄まじい速度で捕食されていく。
その状況に危機感を感じた黒獅子リーダーである魔人族のイヴが警鐘を鳴らし仲間に捕食の妨害を叫び、自身も突貫し仕留めに掛かる。
だがその行動も時既に遅く骨狼は自身の周りに闇魔法の障壁を作り出した。
攻撃が通用しない状態が続き、その際大扉の魔法が解除されているのに気が付いた面々が迅速に撤退を選択し後退し始めた。
一方イヴだけはその場に佇んで呆然としており、それに気付いたダズが回収する為接近すると目の前の闇魔法の障壁が解除された。
ビクリと意識をソコに固定させるとその場には何も存在していなかった。
ダズが警戒を込めて声を張り上げるも既に手遅れでダズとイヴを除く全ての冒険者が2人の場所まで吹き飛ばされ、その衝撃で気絶していた。
それに合わせる様に骨狼からの咆哮が響くと同時に地下にも関わらず大量の黒雨がイヴ達に振り注ぐ。
ザーッと止む事の無い黒雨の滂沱たる音がドーム内部を満たし、全てを黒く、黒く、染めていく。
どれ程長い時間降り続いたのか、それとも極短時間だったのか、単調で等間隔な雨音しか響かぬ空間で時間感覚が狂う中、次第に雨音が弱まり、遂には地面の水溜りに雫が滴る音が耳朶をノックし始めた頃、漸く意識が明瞭になっていった。
そこから更に数十秒程経ち、先ずダズが起き上がり、次にダズに覆い被らされていたイヴが起き上がる。
周囲を見渡すと未だ他の面々は気絶していたが、黒雨が降る前と降った後での違和感があったが、それに気付く事なく未だクラクラする頭を押さえる。
「一体何があったんだ……?急に降ったあの黒雨は奴の攻撃じゃないのか?しかもこの感覚、どこかで……」
「これはポーションを飲んだ感覚に似てますね。状態異常どころかここまで到達するまでの疲労感すら全く無くなってます……」
「あ、あぁ、それだ!!……しかもこの感覚、上級ポーションを飲んだ時かそれ以上の回復力だ!!まさか、それをアイツがやったってのかッ!?いったい何のために……」
「そこまでは分かりません……。ですが、回復してハイ解散とはならないでしょうね。恐らく骨狼、いや今のあの見た目は魔狼といった所ですかね。彼は先程の捕食で進化してより力と知恵がついたと見ていいでしょう。……なのでこれは彼の腕試し、と思われます」
「お、おぉ、そう、いう、可能性もある、な?」
「はい、それしか考えられません。したがって先ず私達がする事はみなさんを起こす事です!幸い彼は今仕掛ける気は無いみたいですからね」
ダズが混乱する中、イヴがそれっぽい内容をそれっぽい口調でそれっぽい雰囲気を出しながら伝えると余計な追求を避けるためすぐさま次の行動に移る様促した。
それに対して特に反論も無く、敵に意識を割きながらも2人で仲間達を起こしにかかる。
対内外の傷は完治しているので全員そう時間も掛からず目を覚ました。
しかしあまりにも急速に回復したので精神と肉体が上手く連携が取れず気怠さや倦怠感が残っている者が大半だった。
その中でも問題無く動けたエリーゼ、フェルト、リヴァイスが情報共有の為イヴの元に集まった。
「みなさんご無事で何よりです。見た通りあの魔狼がコボルト上位種を捕食した事で骨狼から進化しました。その際謎の黒雨を浴び私達を回復させ、今に至ります」
「ぬっ?お、おい、待て待て待て!進化したという所までは理解したのだが、彼奴が俺等を回復させただとッ!?」
「植物系の魔物だったりマギア系統の魔物なら〜低級の回復魔法を使えるのは知ってるけど〜。この感じって最低でも中級、いや、んー……上級レベルじゃない〜?そんな魔物聞いた事無いんだけど〜?」
「僕もそんな魔物は聞いた事はないね。しかもこの黒い水、とんでもない魔力密度なんだけど……」
「みなさんの疑問はご尤もですが、事実としてみなさんは黒い水によって回復しましたので、副作用云々はまだ分かってませんが……まあ恐らく問題無いでしょう」
エリーゼ達の疑問に対してイヴは何故か確信があるかの様な言葉に他の面々は首を傾げる。
しかしその事に言及する前に黒獅子以外の面々の意識が覚醒し始めたので、情報共有のため合流する事になった。
そこで彼等にもエリーゼ達にした文言をイヴから齎され全員が驚愕し、追及しようとすると再びタイミング良く横やりが入る。
それは直接脳に響いた。
『遊ボウ!遊ぼう!!あそぼう!!!アソボウ!!!!』
「これは、念話か?」
「遊ぼうだぁ!?舐めてんのかコイツ!!」
「いや内容もアレですが、それよりも念話を使える程の知能の高さを持つ高位の魔物なんて、それこそドラゴンやフェンリルレベルなんだけど……。これってマズくない……?」
「それもそうだけど、声が何重にも重なって聞こえるんだけどこれってホントに念話なの?」
「おい呑気に話してる時間はねぇみてぇだぞ、来るぞ!」
ダズ達は困惑しながらも情報整理のため、思い想いに言葉を垂れ流しているとその中の1人であったガートランドが前方に注意を促す。
引っ張られる様に視線を向けると歩きながら接近する元骨狼である魔狼を視界に捉える。
ゆっくりと歩いて近付いてくる今も常に頭の中には『遊ぼう』と複数の声音が響き続けている。
どの様に攻めるかを考えているダズの横を小さな影が飛び出して行く。
引き摺られる様に視線が前方に駆けていく影に注視する。
それは案の定イヴだった。
彼女は再び単騎で魔狼に突撃をかましていた。
その速さに誰も止める事はできず唖然とするしかなかった。
しかし何度か経験している黒獅子のメンバーは直ぐ様イヴの援護をする為に魔法を放ったり同じく突貫したりしていた。
その行動を見た他の面々も我に帰ると前衛は前線へ、後衛は支援や攻撃魔法を撃ち込み始めた。
先程の黒雨のお陰で体力だけでなく体内保有魔力までもが回復しており、その事実を不気味に思いながらも今は目の前の敵を倒す事に全員が注視していた。
現在戦闘に参加しているメンバーはコルテス親衛隊を除いた計13人。
対して敵は元骨狼である魔狼1匹。
進化する前のフォーメーションで前衛が主に囮を、後衛が支援や回復、止めの高階梯魔法を放つという戦法を行なっているが現在そのどれもが失敗に終わっている。
高階梯魔法はかなりの集中力を必要とし魔力を練り上げなくてはならないので他の行動に制限が掛かってしまう。
それを理解してか魔狼は魔法が完成するタイミングを見計らって妨害をしてきている。
さすがにそこまでされてはダズ達も作戦の変更を余儀無くされるのだが、ここで魔狼が先手を打ってきた。
突如力を増した魔狼がいつの間にか握っていた黒骨で前衛と中衛を後衛の更に後方まで、一人残らず弾き飛ばし始めた。
困惑する残された後衛である黒獅子のエリーゼ、フェルト、破邪の五剣のヴァンダレイ、ラグエルンスト、精霊乃燈のダリア、だがそんな心情に浸る間も無く魔狼が迫る。
「後衛が〜前衛をできないと思った〜?」
ゆるい言葉と共に魔狼の攻撃を真正面から受けたのは黒獅子のエリーゼだった。
彼女の手には輝く剣が握られており魔狼が少し驚いた様に目を丸くしたが直ぐに目を細め口角が引き裂ける程持ち上げ、楽しそうに黒骨を振り回す。
魔狼の攻撃が上下左右から絶え間無く繰り出されるが、その悉くをエリーゼが捌く。
一合打ち合う度に魔狼の笑みが深く威圧感が強くなっていくが力と速度は変わらなかったので問題無く対応していると『遊ぼう』と常に響いている念話に被せて機械音の様な無機質な声が重複した。
『力2速度2』
魔狼から『遊ぼう』以外の言葉が流れた途端拮抗していた剣戟が魔狼優勢に傾いていた。
顔を少しだけ歪めたエリーゼだがその間も支援や回復、攻撃は絶え間無く行われていた。
後方に飛ばされた前衛、中衛の面々も先程から直ぐに前線に出るもののとんぼ返りの様に再び魔狼に軽々と吹き飛ばされていた。
暫くその状態が続いたら再び頭の中に言葉が流れる。
『力2速度3』
先程までは支援魔法を受け辛うじて拮抗状態をキープしていたエリーゼだったがカチカチと歯車が回り始めたかの様に突然上昇した剣速に心の中で嘆息しながら集中力を高めていった。
(ホントに遊んでるだけだったんだなぁ、コイツ……。このままじゃそう時間も掛からずに負けるよねぇ。イヴが前線に復帰してくれたらいいんだけど〜難しいかなぁ。どんな原理かは分からないけどあんな簡単にポンポン飛ばされる様な人達じゃないからねぇ〜。そうなると少しマズイなぁ……)
徐々に増えてきた身体の至る所にある切創による鈍痛を無視しながら今後の展開の未来をネガティブ思考にシフトしていると感情を抜きにしてエリーゼにとって幸運な出来事が舞い降りる。
「おい、下僕共!早くその汚らしい魔物を殺してしまえ!!」
剣戟や魔法攻撃など轟音鳴り響く戦場の一瞬の間隙に発せられた太々しい声は瞬く間に空間全体に広がり、反響により山彦の様に何重にも聞こえる。
その場の全ての者が突然の出来事に固まり静寂が訪れるが、その直後殺気が2箇所からコルテス・ドートワイトに突き刺さる。
ドートワイトは人生初の濃密な殺気を浴び、蛇に睨まれた蛙よろしく、直立不動で動けなくなってしまった。
「あ、あがッ!?な、なんだ!?か、からだ、が……うごかねぇ」
「だ、大丈夫ですか坊ちゃん!!」
「ったく余計な事言うからだろうが傲慢坊ちゃんよぉ、余計な仕事増やそうとすんじゃねえよ」
「危ないッ!早く逃げて下さい!!下です!!」
ドートワイトとクロックスの主従の美しい茶番が繰り広げられている横でザイナが呑気に対応していると、そこにイヴの注意を促す声が響く。
そこには先程まで殺気を飛ばしていた少女は居らず焦燥感に苛まれ今にも泣きそうになりながらドートワイトの元に向かって走る少女の姿があった。
殆どの者がドートワイトとイヴに視線を向ける中、黒獅子のメンバーだけはイヴが注意を傾ける元凶を正確に理解しており、元を断つために最も近くにいるエリーゼとフェルトは魔狼に攻撃を仕掛ける。
リヴァイスは距離的に間に合わないと見たのかイヴに身体強化を重ねた。
この刹那の間に先程まで暴言を垂れ流し周囲の結束を乱し、あまつさえここまで何の役にも立ってない者を助ける為に目の前の強敵から意識を逸らすという愚行を犯す冒険者一同。
冒険者は生きるも死ぬも自己責任が常識であるこの世界ではこの行動は褒められたものではないかもしれない。
情報が零であれば1人の命と十数人の命、そこの価値は人数の違いを除けば平等であり唯一考慮するべき事項は生存率だろうか。
本来魔物は本能的に行動しておりエサが自分から意識を逸らしたと判断すれば、それが罠だろうがなんだろうが隙と紐付け襲い掛かるだろう。
もしくは手負いであれば生存本能に従って羞恥心などお構い無しに脱兎の如く逃走するだろう。
それ等の点を加味すると今回の行動はあまり褒められた行動では無い。
しかし運が良いのか理解していたかは不明だが、その隙が全員の命を脅かす事は無かった。
代償はたったのひとつだけ。
楽しいひと時を邪魔された者は元凶の者にしか意識を向けておらず考えるより先に行動を選択し、この場、この世からの強制退場を実行した。
死の余韻である断末魔すら無く、先程まで囀っていた人間は地面から生えた漆黒の突撃槍により下半身から頭の天辺まで貫通していた。
更に手足からは枝葉を伸ばすかの様に皮膚を突き破り、血を吸いながら粛々と成長している。
穴だらけの身体からは不自然な程血の気が無く、滴り落ちる血液も無い。
初めからその肉袋に液体が無いかの様に。
「な、あ、あ、あぁぁぁ、ぼ、坊ちゃん……き、きさまァァァ!!ころぶびゃっ!」
「ま、待っ……そんな……」
再び一瞬の出来事に困惑する一同。
刹那前、怒りを露わにし魔狼に向かって走り出した執事のクロックスがそうする事が決定事項だったかの如き早さで次の瞬間には後方の壁面に磔にされていた。
四肢と顔に成人男性の胴回り程の杭が貫通しており、自重により杭に挟まれていた肉がぶちぶちと千切れる音が鈍く全員の耳にこびり付く。
ドチャッと肉塊が落ちる頃には全員意識を落ち着かせ、目の前の敵に集中する事ができていた。
『遊ぼう』
「チッ、またかよ……マジで遊んでやがるぞあの野郎!!おい、どうすんだよ」
「……仕方ない、アレを使う。皆異論は無いね?」
「異論は無いけどアイツにどうやって付けるのか僕には全く想像もつかないんだけど……」
「まあこちらは人数もまだ多いからソレを付ける事だけに集中すれば何とかなるのではないか?アイツは遊ぼうと言って本気でやる気はないようだからな……まあ今の所は、だかな」
「フリストフォルの意見は最もだな。骨狼、いや今は魔狼と呼んでいるんだったな。あの魔狼は未だ私達の事を遊び相手としか見ていない、屈辱ではあるがそうも言ってられない状況だ。奴が油断している内に終わらせるとしよう」
「ひとつ質問ですが、それは首以外に装着しても大丈夫なんですか?」
魔狼の念話に反応してガートランドがうんざりしているとダズが最後の切り札として用意していた隷属の首輪の使用を決断する。
全員異論は無い様だったが代表でモーリスが疑問を呈し、フリストフォルが目的を討伐、撤退から隷属の首輪を付ける事だけに集中させる案を出しダズがそれを承認する。
その後イヴがささやかな疑問をぶつけるとダリアが真横に移動し優しく微笑みながら教えてくれた。
「一応対象の身体であればどこでも大丈夫なんだけどね、場所によっては効き目に差があったり発動までに少し時間が掛かったりするのよ。その際に腕とかだと切り落として回避する人が居たらしいの。だから基本的には首に嵌めるわね。首が落ちちゃったら死んじゃうからね」
「そうでしたか、ありがとうございます。ちなみにその首輪のサイズと魔狼の首のサイズが全然合わないと思うんですけど、それに伸縮機能とかが付与されているんですか?」
「んー……そうねぇ、ピンキリではあるけど人族用の量産品はそういう機能は付与されてないわね。まあその分価格もおサイフに優しいけどね。ダズさん、それはどうなのかしら?」
「これは魔物用だから伸縮機能が付与されている。だが小型魔物用だからそこまでの伸縮性はないけどね。まあ魔狼程度の大きさなら問題無いだろう」
「なるほど……では隷属の首輪を魔狼に付けるのはダズさんにお任せしてよろしいですか?」
「あぁ問題無い、任せてくれ」
「分かりました。それでは早速行きましょう……もう誰も、誰も死なせません!」
「あ、あぁ」
ダズはイヴの珍しい表情と気迫を見て困惑しながらも、イヴに引っ張られる様に気合を入れ最後であろう戦いに挑もうとしている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[光芒一閃]
イヴ達の戦いが終盤に差し掛かっていた頃外は夜の帳が下り、道行く人々は帰路へ着くか寄り道をするなど思い想いに平和な日常を享受していた。
そんな人々の中にやたらと視線を集める一団が周囲をキョロキョロしながら繁華街を歩いていた。
全員が女性で構成され、見目麗しい者達が多いので主に男性の視線からは、好奇や嬉々といった視線が多く、女性からは圧倒的に嫉妬や嫌悪の視線が多い。
ただそれ等視線を気にする者はいない。
その中の1人が黒瞳を黒曜石の様にキラキラと輝かせ興奮気味に声を張る。
「ねぇねぇねぇねぇ!今日は何食べようかー!お肉もいいけど〜さっき寄った所にあったお魚も捨てがたいよねぇ、でもでも新鮮なお野菜も美味しそうだったよね!ねぇどれがいいエレナ〜?」
「うるせぇなぁ。おいリノア、少しは静かにしろよな……」
そう言いながら煩わしく対応するのは獅子人族であるエレオノーラ・レーベ。
彼女は先程から騒いでいる黒髪黒眼の絶賛擬態中の天翼人族のリノアをウンザリとした表情で見ていた。
そのまんま田舎から出て来た世間知らずの娘の如きはしゃぎっぷりで周囲の目線を全く気にせず歩き回っていた。
その際、かなりの頻度でエレオノーラともう2人に話し掛けていた。
それぞれが個々で対応が変わり、先述したエレオノーラはウンザリと煩わしく対応。
「もうリノア、そんな慌てなくてもご飯は無くならないわよ、ふふ」
「いやいや甘いよマリー!美味しいご飯は早い者勝ちなんだからね!ほら早くなに食べるか決めようよ〜」
2人のうち1人はリノアとはまた違った大人の魅力を醸し出す狐人族のマリー・ヘリアンサス。
彼女はその大人の余裕でリノアの行動にも微笑みを携えながら対応する。
「ねぇねぇウピルちゃんはなにが食べたいかなぁ?やっぱりいつものステーキがいい?たまにはお魚もいいと思わない?あっ、さっき買ったその服可愛いねぇ。これであの人もイチコロだねぇ〜」
「ひゃっ、う、ウピルはお肉がいい、です。お魚は、お姉ちゃんにあ、あげます。…………かわいい、です?楽しみ……」
「わああぁぁ!なにその反応ウピルちゃん可愛いー!!もうぎゅーしちゃう!」
「むぅ……………」
最後の犠牲者の1人は見た目は幼女だがこの中では最年長の吸血鬼族のウピルである。
そんな彼女はリノアの抱擁を諦めの境地で受け入れていた。
しかしここ最近のリノアの猛攻撃にタジタジになりながらもキャッチボールを繰り返した結果、少しは慣れて会話もある程度スムーズにできる様になった。
そんな彼女達はマリーの仕事が終わるのを待つ間ウピルの服を買う為にショッピングを楽しんでいた。
だがその結果連れ回されたエレオノーラと当事者のウピルはぐったりとしていた。
その後はまだまだ元気なリノアが飛び出して行きそうになったのをエレオノーラが首根っこを掴まえて近くの茶屋に強引に入り強制的に休憩に入った。
そこでもリノアは建物や茶器、机、様々な物に興味を示したがここでは割愛しよう。
そうして時間を潰して日が暮れた頃、仕事終わりのマリーと合流して今に至る。
色々食べたい物があり結局絞り切れない優柔不断なリノアのためにマリーが選んだ店は肉も魚も野菜、全ての食材が揃う場所。
つまり酒場だった。
しかしそこは大人の女性であるマリーが選ぶ店、店の前で酔い潰れて寝てる人間も居なければ中にもそんな自由な人間は居ない。
そこには魔道具の淡い光が明る過ぎず暗過ぎない絶妙な加減で店内を照らしテーブルは計画都市の様に綺麗に並び、それぞれ天幕が掛けられ半個室化されている。
更に奥には完全個室が数室確認できた。
当然マリーは常連らしく店員と仲良さげに話していた。
暫く話しているとマリーはリノア達の方を振り向き手招きし奥の個室まで案内してくれた。
「やっぱりマリーは凄いね。特別扱いってやつ?」
「もうリノア、そんなんじゃないわよ。よく利用させてもらってるけど、今日はたまたま個室が空いていただけよ。ほらお腹空いたでしょ、早く注文しましょ。はいウピルちゃん、好きな物頼んで良いからね」
「お肉!お肉食べたい、です」
「俺も肉だな!おっ、フォレストディアのステーキがあるじゃねえか!最近はイノシシばっかだったからなぁ。ウピル、お前もコレ食えよ」
「ふわぁ。シカさん、です。食べる、です」
「2人ともお野菜も食べないとダメだよ〜。大きくなれないよ」
「俺はもう大きくならなくていい。つまり俺に野菜なんか必要ねぇ」
「ウ、ウピルはやさい、好きです。すぐ、大っきくなる、です」
「偉いわねぇウピルちゃん!可愛い!なんでこんなに可愛いのかしら!」
その後もワイワイと話しながら思い思いに料理を頼む一同。
そしてウピルとリノアはジュースを、エレオノーラとマリーはワインを飲み始めた。
暫く待つと次々運ばれてくる料理。
【グリーンサラダ レモンとバルサミコ酢っぽいドレッシング和え】
【生野菜スティック バーニャカウダっぽいソースディップ】
【穿岩渦貝の酒蒸】
【魔魚の炙り 各種薬味を添えて】
【鋼牛乳のスープ パイ包仕立て】
【熟成ワイルドボア肉のソテー フォン・ド・ジビエっぽいソース】
【フォレストディアのロースト オレンジソース】
第一陣の料理が登場すると先程まで騒がしかった一同はピタリと会話が止み料理に集中するのだった。
同じ料理を何皿か注文しており、それなりの量が来たがそれ等を次々に片付けていくマリーを除く3人。
その様子を優しい笑顔を浮かべなら見つめるマリーはとても満足気だった。
「それにしてもここのお料理は見た事ないものばかりだよねぇ。帝国でも見た事無いけどエレナはどう?」
暫く無言で食べ続けていたリノアは少しお腹が落ち着いたタイミングで気になった事をエレオノーラに問う。
視線がエレオノーラに向いていたリノアだけは気付かなかったが、リノアの発した言葉にマリーが悪戯の成功した子どもの様な無邪気な笑顔をしていた。
「いや、食材なら知ってるものもあるが調理法なんかは俺も知らねえな。帝国にも無かったと思うぞ。それで?お前はなんか知ってんだろ?」
「えっ?そうなの、マリー?」
「知ってるわよ〜ふふ。あなた達をここに連れて来てよかったわ。ここの料理はね、リオンさんが依頼として受けてリオンさんが作成したレシピを元に作られているのよ」
「えッ!?あのリオンが!?」
「しッ、んん、リオン、ど、殿がこれをッ!?」
「リオンさまの料理、おいしい、です」
マリーの爆弾発言に普段のリオンを知っている面々は様々な反応を見せた。
一番驚愕していたリノアが本人が居ないという事で恐れる者無しと意気込んでディスりを入れようとしてガタンッと席を立った時、タイミングを見計らった様にマリーを除く3人に念話が飛ぶ。
微かな魔力の流れを感じたマリーの狐耳がぴこぴこと動くが、そんな事をせずとも目の前に立ったままビクビクと独り言を垂れ流しているリノアを見れば分かる事だった。
相手も何となく3人の反応を見ていれば誰だかは把握できたものの今は特に何も言わず黙って3人のやりとりを眺めていた。
「えッ!?あ、あははは、いやだなぁ、あ、遊んでなんかないよ?……い、いやホント、嘘じゃな……はい、ごめんなさい……」
「おいリノア、声がだだ漏れだぞ……。念話なんだから黙って話せよ」
「いや待ってエレナ、今あなた達双方向から言われても分かんないから!」
その後も度々声に出しながら念話をしていたが、遂に突っ伏したリノアの頭から煙が幻視し始めた頃念話は終わった様だ。
どうするか悩んだ末にマリーは声を掛ける事を選択したがその前にガタンと音を立てリノアが復活した。
「もう!少しくらい遊んだっていいじゃん!!村にはこんな面白くて魅力的な場所なんて無かったんだから!!」
「おいおいリノア、話を曲解するなって……し、んん、リ…………彼も遊ぶ事には賛成してたじゃねえか。問題はお前が遊びかまけて鍛錬を怠ったって話だろうが……とりあえず明日からは真面目に鍛錬する事にするか」
「そうだけど、そうだけど!!なに、なんなのあの練習内容!頭おかしいじゃない!もう!リオンのバカー!!」
「あッ!?お前、人がせっかく……チッ」
「あ、あははは………ま、まぁ念話の相手が誰かくらいはリノアを見てれば大体分かるかなぁ。それで答えられる範囲で構わないんだけどリオンさんはあとどのくらいで戻ってくるのかしら?」
「リオンのバカちんは今楽しい状況だからもう少し掛かるとしか言ってなかったなぁ。あっ、そうか!監視されてる訳じゃないんだからリオンのバカちんにバレる心配はないじゃん!そう!そうだそうだ、よーし明日もたっくさん遊ぶ、ぴゃっ!?あ、え?り、りりり、りおん、さん?い、いつから聞いて、びにゃッ!」
恐らくまだ念話のパスが繋がったままだったのか全ての会話内容がだだ漏れだったらしい。
そしてまたどうやったのかは不明だが突如リノアひとり分の円形範囲が数センチ陥没した。
木造の建物なので椅子は砕け床は軋み亀裂が入りリノアは立って居られず床に縫い付けられた。
数秒程で解けたがその衝撃にリノアは気絶してしまったので、いい時間という事もあり本日の女子会はお開きとなった。
その状況の中でもエレオノーラとウピルは食事を楽しんでおり、それが日常の一コマだと理解するとマリーは柔らかい笑みを浮かべリノアをそっと抱き起こすのだった。
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