第53話 定番
破邪の五剣、精霊乃燈、黒獅子、コルテス・ドートワイトとその執事のクロックス、傭兵のザイナがクティノスダンジョン最奥の大扉を開け中に入るとその光景に絶句した。
だだっ広い部屋の中央には皮が半分爛れ落ちた狼の頭部を持ち、側頭部にはヤギの捻れた角が生え、両手には黒く禍々しい骨の様な武器を握る正体不明の依頼にある新種の魔物がカタカタと下顎骨を鳴らしていた。
皆一様に押し黙る中、黒獅子リーダーのイヴだけが、新種の魔物、否、その魔物に踏み付けられている存在に過剰に反応し絶叫する。
そのモノは胴体から黒獅子の頭部を切り離され、周囲には蝙蝠の翼を連想させる黒翼が散らばり、半分に千切れた白銀の巨大蛇が衰弱しながらも未だに殺意の籠った紅眼を新種の魔物に向けシャーシャーと威嚇していた。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イヴは絶叫と同時に身体強化を施し地面が爆ぜる程踏み込み、一瞬で彼我の距離を食い破ると新種の魔物に斬りかかった。
高速で上段から振り下ろされたイヴの黒剣を新種の魔物は左手の黒骨で容易く受け切りイヴの表情が一瞬驚愕に歪む。
新種の魔物の攻撃はまだ途中で、次いで右手の黒骨で横なぎにイヴの上半身と下半身を断つ威力で迫る。
間一髪防御に間に合ったイヴの黒剣と新種の魔物の黒骨が鬩ぎ合い、均衡する。
しかしそれも刹那の時間の後に崩れ、新種の魔物が黒骨を振り抜くとイヴが弾丸の如き速度で後方に吹っ飛ばされる。
そのまま壁面に衝突すれば挽肉になる程の速度であったが、打ち返された場所が偶然にも冒険者達の位置だったのでエリーゼがイヴに防御魔法を掛け、リヴァイスが上手く衝撃をころしイヴを受け止めた。
周囲はホッとする者や一瞬の出来事に頭がついていかない者など様々な反応を見せるものの、イヴがのそのそと起き上がった事でとりあえず自らの感情を置いてイヴに話を振る事にした。
「一体どうしたんだ?冷静な君がそこまで取り乱すなんて……あの新種の魔物、長いから仮称で『骨狼』とするが、アレの事を知っているのか?」
全員の総意を受け、代表で話し掛けたのは破邪の五剣リーダーのダズだ。
彼は今回の調査においても全体のリーダー役も担っていたので必然的にその役も担う。
そんな彼の言葉を受けチラリとイヴが骨狼を見る。
骨狼は下顎骨をカタカタと鳴らし両腕の黒骨をユラユラと揺らしているが攻めてくる気配は無かった。
その様子を確認しながらも注意を逸らす事無く視線は骨狼に固定して全員にどう説明しようかと思考を加速していく。
暫く経ち思考が纏まったのかイヴが口を開く。
「すみません、少し動揺して取り乱してしまいました。………あの骨狼に関しては私も初見なので知りません」
「……い、いや、それは気にしないでくれ。結果として死者は出ていないからね。しかし今後は気を付けてくれ。それで、あの骨狼に関してはという事は下の魔物は何か知っていたのか?」
イヴの『少し動揺』という言葉に全員が『あれが少し!?』と驚愕の視線が突き刺さるが、強引に話を進めるイヴにダズも乗っかり何事も無く進行していく。
「あの魔物は………………家族に似てました」
「はっ?」
「家族に似てました」
「はっ?えっ?い、いや、いやいやいや……う、嘘だろ?」
「嘘じゃありませんよ。ただ、恐らく他人の空似でしょう。そんな事よりも先ずは目先の脅威に対処しましょう」
「…………分かった、アレの対処を考えるか。とりあえず戦うか撤退するか、だな」
「撤退の選択肢は私達にはありません。ただ骨狼がどういった動きするのかが未知数なので先ずは様子見ですね。とりあえずは私達が動きを誘導するので皆さんは弱点など糸口を探してみて下さい」
「お、おう、分かった。だが無理はするなよ。本番はまだ先なんだからな」
「分かってますよ」
スラスラと方針を勝手に決め勝手に指示を出し、全て話し終えたといった風に踵を返しイヴはチームの元まで歩いて行ってしまった。
その様子を未だ唖然とした様子で見送るダズも直ぐに意識を骨狼に向けるとイヴと同じく踵を返し破邪の五剣と精霊乃燈の面々の元に小走りで向かっていった。
ダズと別れたイヴがエリーゼ達と合流すると全員からジト目が向けられ首を傾げる。
「どうしたんですか皆さんそんな顔をして……話は聞いてましたよね?」
「聞いてたけど〜あの分かり易いウソはな〜に〜?というかあの足蹴にされてる魔物どっかで見た事ある気がするよねぇ〜」
「さすがにあの嘘では誰も騙せないね。ちなみに僕も見た事ある気がするよ」
「イヴは嘘を吐くのが下手だからな」
「ん?皆さん何を言っているんですか?あれは嘘では無くホントの事ですからね。そんな事よりあの骨狼をどうするかですよね。アレの強さは恐らく大魔級かそれより上かと思います、脅威ではありますがこちらは人数は居ますのでとりあえず全員強化魔法を施して色々探ってみましょう」
「露骨に話題をズラしたわね〜。………詳しくはここから出てから聞かせてもらうからね〜。そんじゃあ今回は少し強めに掛けるね。無詠唱じゃまだ無理だから少し待ってね〜」
『フィジカルインハンス!!』
「ありがとうございます。では行きます!」
「……だからお主は俺より先に行くな」
「イヴはイノシシだからねぇ。じっとしてられないんだね」
イヴが準備完了と判断し目線を骨狼に合わせると相手も待っていたとばかりに黒骨を軽く振り、待ち構える。
今回は少し理性が働いたのか先行したのはイヴだったが最初に接敵したのはリヴァイスだった。
途中両腕を獣化しておりアッパーカットの様に鉤爪を右下から左上へ斜めに切り裂いた。
対して骨狼はいつの間にか右腕の黒骨を握っておらずリヴァイスに合わせて腕を振り下ろす。
腐りかけの半分白骨化している手と膨れ上がった筋骨隆々の手が中央でぶつかった。
「むっ!」
リヴァイスの声が漏れ力比べが始まるが直ぐにバキッと音が響き骨狼が後方に吹き飛ばされる。
骨狼はそのままクルリと回転し華麗に着地した。
右腕には既に黒骨が握られており、そのまま右腕をぶんぶんと振ると満足そうに下顎骨をカタカタさせた。
「どうでしたか?」
イヴが横に並び声を掛けると視線を骨狼に固定しながらリヴァイスが口を開く。
「俺と力は互角かそれ以上だろうな、ただ彼奴は身体強化をしている様子も無いからな……素の膂力は彼奴の方が上やもしれんな。もしかしたら彼奴はこちらの会話を聞いて様子見を決めておるのかもしれぬな」
「そう、ですか。ではこちらも本気を出すとしましょう。どのみち最終的には殲滅するんです、それが早いか遅いかの違いだけですからね。私が皆さんに強化魔法を掛けますね。エリーゼさんとフェルトさんは後衛から魔法を叩き込んで下さい。いつも通り私の事は気にしないで下さい、では」
言うだけ言ったイヴは全員に強化魔法を施すと先行して骨狼に突貫していった。
この作戦自体慣れているのか遅れてリヴァイスが飛び出す。
今度は両脚も獣化したリヴァイスが先程とは比にならない速度で迫る。
2人を見送ったエリーゼとフェルトは魔力消費が少ない第一階梯の魔法を連発しながら決め手となる魔法を撃つために魔力を練り始める。
集中力が必要になるこの作業中は移動も出来ない為使い所は限られる。
そんな敵を殲滅する際に行うこの作戦を目にした骨狼は急にドス黒い闇のオーラを吹き出し始める。
ギリギリ歯軋りを繰り返しバキバキと黒骨を握り締めながら苛ついている様な動きをし始めた。
イヴもその様子に気付いたものの振りかぶった勢いは速度を増し、最早途中で止められる段階を超えていた。
骨狼の視線は未だにイヴを見ておらず眼窩が虚空を睨んでいた。
不可解な不快感を感じながらも間も無く骨狼の首を切断する刃が届くと思った瞬間凄まじい衝撃が刀身に襲いかかりイヴの小さい身体は先程の焼き増しの如く後方に吹き飛ばされる。
反射的だったが間一髪衝撃を逃がす事に成功したイヴの飛んだ先にはリヴァイスが手を広げており、読んでいたのか彼の手に着地したイヴは反動を付け骨狼に向かって再び突貫した。
「やああぁぁぁぁぁ!!」
弾丸の如き速さで骨狼に再び黒剣を叩き込むイヴに易々と合わせ対応する骨狼。
歪な金属音が何十と交差する。
拮抗したその状態に新たな金属音が追加される。
骨狼と正面から打ち合っているイヴが少し左に避けると背後から剛腕が骨狼に叩き込まれる。
しかしその攻撃も骨狼は対処し高速に捌き続ける。
更に剣戟中にも骨狼の左右側面からはエリーゼとフェルトの魔法が引っ切り無しに撃ち込まれている。
威力を抑えているので大したダメージではないのか骨狼は避ける素振りも見せない。
しかし羽虫の如き鬱陶しさを感じているのか煩わしそうに2人に意識を向け始めた。
そこを見逃さずイヴとリヴァイスは果敢に攻め続ける。
打ち合いが100を超えたあたりで捌き切れない蓄積したダメージが吹き出しのか突如ぐらりと骨狼が微かにバランスを崩した。
「終わりです!」
そんな隙を見逃さずイヴは油断無く鋭い一撃が骨狼の胴体を砕く、筈がその寸前突如として骨狼の姿が掻き消えた。
「えっ?」
「ぬっ!」
「イヴ!後ろよ!!」
「リヴァイス!横!!」
間近のイヴとリヴァイスには姿が消えた様に見えたが少し離れた所にいるエリーゼとフェルトには辛うじて見えていた。
骨狼が上半身を残したまま下半身だけを動かし、イヴの黒剣が振り抜かれる瞬間に上半身が高速で下半身を追う事で相手から見たら一瞬にして姿が消えたと錯覚させていた。
空手の歩法であるこの技を知る者は恐らくこの場には誰も居なかったがそれが技である事は理解できた。
数秒未満の隙を晒したイヴとリヴァイスはそのまま骨狼に蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「イヴッ!!このッ!!ッッ!?」
エリーゼが再び弾幕を放とうと照準を合わせようと意識を刹那骨狼から外した隙に骨狼は既に彼女の目の前に立っており、更に殲滅に向けての行動を実行していて2本の黒骨を上段から彼女の脳天に振り下ろす所だった。
ビクリと恐怖で硬直するエリーゼの目が絶望に染まり遠くから親友であるフェルトの叫ぶ声が聞こえるが全ての時間がゆっくり流れる意識の中、耳をつんざく轟音と爆風がエリーゼを襲った。
爆音で一時的に耳鳴りがエリーゼの音を支配したが、その不快感こそ未だに自分が生きていると認識できた。
暫くしてバサバサとローブが靡く音が聞こえ始めたので大分治った聴覚と吹き荒れる砂埃を顔面に感じながらエリーゼは徐々に目を開ける。
ある程度収まった視界には先程まで目の前に居た筈の骨狼が消えていた。
そして遠くからはガシャンガシャンガシャンと乾いた音が響く。
「チーム黒獅子!一旦下がれ!!」
破邪の五剣のリーダーであるダズが声を張り上げ、エリーゼとフェルトの身体がふわっとした浮遊感を味わい、目線を上げると精霊乃燈、豹人族の女性であるローランとサルマが2人を抱え後退していた。
後方を見るとイヴとリヴァイスも既に居て治療を受けていた。
黒獅子が全員後方に下がったのを確認すると他のチームの面々も集まった。
「全くお前等……様子見とか言っておきながらバチバチにやり合いやがって、ハァ……まあいい、先に伝えておくが撤退の選択肢はない、ここからは共闘だ」
口調が崩れたダズが呆れながら黒獅子の面々に説教をするが現状そんな時間も無いかと早々に意識を切り替えると視線を更に後方、ここに入ってきた大扉を見た。
釣られる様に全員大扉を見るとそこには闇色の杭が複雑に組み合わされ大扉を塞いでいた。
まるで荊が大扉を覆っている様だった。
「あの貴族の坊ちゃんが我先に逃げようと大扉に近付いた瞬間地面から生えてきやがった。すんでの所で傭兵のザイナが貴族の坊ちゃんの首根っこを掴んで引き寄せたから死んではいねえ。つうことで改めて言うがこっからは共闘だ。行動はどうあれ黒獅子のおかげで大分アイツの戦力分析ができた。鑑定するには距離が足りねえからもう少し近付く必要があるが、とりあえずあの骨と腐肉の骨狼は打たれ弱い、見ろ」
全員がダズが指差した方向を見ると土煙の奥からガシャンガシャンと骨狼が姿を現した。
至る所にヒビが入っており魔法が直撃したであろう左腕は砕け地面に転がっていた。
「フゥ…………片腕でこの数を捌き切れるとも思えないからね。あの大扉を塞いだ魔法は危険だが作戦はセオリー通りにいこう。前衛はガートランド、リヴァイス、イヴに任せたよ。中衛は私、モーリス、ローラン、サルマで行こう。それ以外は後衛として支援と回復、あとはトドメに最大火力の魔法を叩き込んでくれ」
「「「「了解!!」」」」
過剰とも思える戦力だが誰一人不満も漏らさなかったが1人だけ不安感が全身を襲っていた。
(確かにダズさんの言う通り、打たれ弱い……。剣技と身体能力も特段高い訳でも無い、それでも私と同等か少し低い程度だと思うんだけどな。でも私の剣はあの魔物に届かなかった、見た事も無い技術でいなされた。それに凄く嫌な予感がするんだよね、無理矢理大扉の魔法を除いて邪魔な人には退場してもらおうかな……。さすがにあの人達を守りながら戦うのは不利だよね。あの魔法を連発されると厄介だな。話を聞く限り私達との戦闘中に発動した……いや予め設置してた?そんな魔法聞いた事ないよ、魔道具?魔物が?有り得ないけど彼ならやるよねぇ。いや、彼なら魔道具なんか使わなくても余裕だろうなぁ。うぅぅ、分かんないよ……)
イヴの思案を他所に状況は刻一刻と歩を進めていく。
『カシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャン』
突如鳴り響く乾いた物を打ち鳴らす音にイヴ達が音の鳴る方、骨狼に訝し気な視線を向ける。
そこには歓喜に震える様に上を向き歯を打ち鳴らす骨狼の姿があった。
「なんだアイツ……喜んでやがんのか?気味悪りぃな。さっさと始末しちまおうぜ」
「油断はしないで下さいね。反応速度だけ見れば相当なモノだからね。あの武器が打撃武器だからといってあの速度で殴られたらたまったもんじゃない」
それぞれが無言で頷くと前衛であるイヴを中心としてガートランド、リヴァイスの3人が行動を開始し、それに追従する様にダズ達が続く。
骨狼も前傾姿勢になるとそのままイヴに向かって突進する。
彼我の距離は刹那に埋まり、イヴの斬り上げに合わせる様に骨狼の振り下ろしが交わる。
交わる剣戟に先程より骨狼の膂力が上がったのかイヴが苦し気に膝を僅かに折る。
そんな鍔迫り合いの両者の左右からガートランドとリヴァイスが時間差で骨狼に攻撃を叩き込む。
ガートランドのモーニングスターは骨狼が無詠唱で発動した土壁により無力化されたが、リヴァイスの獣化した剛腕は骨狼の顔面を見事に打ち抜き、吹っ飛んでいった。
そのまま壁に激突し、更に追撃としてモーリスやローラン、サルマが投げナイフを数十と投擲した。
ナイフには付与魔法が施されており骨狼の身体に触れたナイフが次々爆発する。
パラパラと白骨と肉片が周辺に飛び散る。
更に少し離れた所でダズがミスリル製の剣に光を収斂させていた。
そのままの状態で待つ事暫く、収斂が収まり発光し始めた輝く剣身を骨狼に向かって振り下ろす。
「第二階梯ルクスブレイド!」
光魔法を剣身に纏わせた攻撃が骨狼を襲うが身を捻り緊急回避する骨狼。
しかし完全に回避し切れず肋骨を数本斬り飛ばした。
腹から煙を上げながら後退する骨狼に止めとばかりに後衛から魔法の詠唱が轟く。
「第ニ階梯サンダーレイン!」
「第四階梯アクアランス!!」
「第二階梯アクアショット!!」
「第四階梯ロックランス!!」
エリーゼとフェルトがいつも通り雷と水で威力を上げ、放つとそれに合わせる様にフリストフォルとダリアによる魔法が骨狼に当たる。
骨狼が再び無詠唱の土壁を出すが複合魔法である雷魔法の威力の方が勝り、あっさり土壁を貫通するとドーム全体を照らす様な光が染め上げる。
光が収まり、全員の視線が一点に集中していた。
視線に晒される存在は全身から黒煙を上げ、ボロボロと崩れる自身の身体を眺めている骨狼だ。
「終わったか?」
「オオォォォォォォォォォォォォォォン!!」
誰かがボソッとそんなお決まりのセリフを放ったと同時に骨狼が大音量の雄叫びを上げた。
咄嗟の事で全員がたまらず耳を塞ぐ。
暫くして声が収まるとガシャンと骨狼の脚が崩れ落ちるとバランスを失い時間差で地面にバラバラと全身が落ちる。
「な、何だビビらせやがって……何かしやがったのか?おいモーリス、周囲に異変はないか?」
「ん〜…………今の所大丈夫そうだね、魔物の気配も無いよ。フリストフォルさん達は何か感じる?」
「……私も周囲に魔物の反応は感知できません。ダリア達も同じ意見の様だね。イヴさん達はどうかな?」
「……………………」
「ん〜?イヴ〜?あらら〜?また自分の世界に入っちゃったかしら〜?ねぇイヴ〜、イヴ〜戻ってきて〜」
全員が現状確認をしている場でイヴだけが骨狼を凝視し周囲の意見が全く耳に入っておらず仲間であるエリーゼが仕方なくといった風にペシペシとイヴの頬を叩く。
次第に強くなっていくエリーゼの平手を漸くイヴがパシッと掴む。
「痛いですよ!何するんですかエリーゼさん!」
「もう〜やっと戻ってきたよ〜。こんな時に自分の世界に入らないでよねぇ〜。そんな事よりイヴは周囲に魔物の気配とか異変を感じる?」
「えっ?ん〜………周辺に魔物はいません。ですけど……」
「お前等よくやった!割と呆気なく討伐できたみてえだな。ヨシ!最後は当然俺の出番だな!」
イヴの言葉を遮り後方から横柄な態度で近付いてくる人物、コルテス・ドートワイトがダズ達の集団を通り抜け骨狼の残骸に近寄るとゴテゴテに装飾された鑑賞用かと見紛う剣を抜き、徐に振り下ろした。
キイィィィンと甲高い音が響き、眉間にシワを寄せたドートワイトが口を開く。
「クソッ、硬えな。だが俺がこの未知の魔物にトドメを刺してやった!ハハハハハ、お前等感謝しろよ!!」
あまりに唐突で一方的な話しに殆どの者が唖然とし固まってしまった。
しかしそんな状況も誰かのツッコミが入る前に異変を察知したイヴが即座に行動した事で更に混沌とした状況になる。
高笑いを続けるドートワイトの横っ腹にイヴの回し蹴りが直撃し、「こひゅ」と空気が漏れる音を残し、きりもみ回転しながら吹っ飛んでいった。
そんな行動に驚愕する一同だが、イヴは油断無く崩れた骨狼を睨んでいた。
誰かがイヴを呼ぶ前に事態が動く。
突如骨狼の周囲の地面から闇が滲み出てきた。
その闇は徐々に盛り上がり1.5m程の高さまで上がると次第に生き物の形を模していく。
暫くすると闇だけが再び地面に吸収されて中から魔物が生まれた。
「あれは……コボルト、か?しかも全部上位種なのか?」
「うわ、軽く30匹は居ますね」
「だが所詮コボルトだろ。さっさと片付けて帰ろうぜ」
「ガートランド、油断は禁物だ。恐らく偽装もしてるだろうし知恵も普段のコボルト上位種より働くだろう」
「いや待って下さい、あのコボルト達様子がおかしいです」
イヴの言葉に全員がコボルトに注視すると、彼女の言う通り生まれた全てのコボルト上位種は目の焦点が合っておらず全身が脱力している。
更に出現と同時に握っていたネイチャーウェポンが全て地面に落ちていて、それを拾う素振りも見せる者は皆無だった。
疑問符を頭上に浮かばせどう対処するかを考えていたが次の瞬間それは杞憂に終わる。
何故なら突如、崩れていた骨狼が起き上がると周囲に居たコボルト上位種を捕食し始めたからだ。
グチャグチャと生きたまま喰われているにも関わらずコボルト達は悲鳴も上げず死に絶えるその瞬間まで虚空を見つめ静かに自らが消滅するのを待っていた。
鉄錆のむせ返る様な血臭が周囲を汚染していきダズ達の中には口を抑え不快感を表す者が居る一方でイヴはガンガンと頭の中で大音量の警鐘が鳴り響いていた。
そして本能に従いすぐさま声を張る。
「みなさん今すぐあの捕食を止めて下さい!!」
その言葉だけ残しイヴは弾丸の如きスピードで捕食中の骨狼に突貫した。
他の人達は突然イヴに発破をかけられ、瞬時に行動出来たのは4、5人程度だった。
しかしその行動も全て無に帰す事になる。
突如骨狼の周囲を覆う様に闇のドームが出現する。
一番近付いていたイヴが本能的に転身し回避すると遅れて行動開始したエリーゼとフェルトの放った魔法が闇のドームに触れた瞬間消滅した。
驚愕する一同だったが、それも一瞬ですぐさま追撃を開始した。
しかしその後物理攻撃や魔法攻撃をいくら試してもついぞ闇のドームを打ち破る事はできなかった。
「これは魔法なのか?闇属性の様に見えるがこんな魔法私は見た事ないんだが……。フリストフォル、これはもしかして精霊魔法ではないのか?」
「………いやそれはない。私は闇精霊を扱えないがこんな防御系とも攻撃系とも思えない精霊魔法は聞いた事は無い」
「となると……まさか原初魔法、それか古代魔法か?」
「はっ?い、いやいや……ありえ、んー、まあ、有り得なくは無いけど、だけどさすがにそんな存在だったら一冒険者の僕達じゃさすがに荷が重すぎるよ。国が対処する案件だよ」
「そうですね……ん?みなさん!!大扉の魔法が解除されています!ここは一度撤退して情報をギルドに報告した方がいいと思います」
「本当だな、確かにラグエルンストの意見に賛成だ!他のみんなもそれで異論は無いな?」
ダズとフリストフォルの会話にモーリスが加わった際にラグエルンストからの情報が加わった事で脱出への方針になり即座に行動に移そうとする。
しかしそんな彼等とは対照的に一向に動く気配が無い人物が1人。
ダズもその人物に気付き強引に担いでいこうと近付くと彼女がポツリと言葉を落とす。
「生まれる……」
「え?」
ダズが一瞬闇のドームから目を離し言葉を落としたイヴに視線を向けた瞬間バシャンと横から音がした。
ビクリと悪寒を感じ即座に視線を前に向けるとそこには何もなかった。
文字通りの意味でそこには何もなかった。
コボルト達の死体や血の跡、臭い、骨狼の存在、そこには元々何も無かったかの様に全ての存在の情報が消滅していた。
そんな状況にダズは脳をフル回転させ、ある結論を導き出すのと同時に後方に全力で叫んだ。
「オマエ等気を付けろォォォォォォ!!!!」
振り返り叫んだダズが見た光景、それは先程脱出を実行し先行していた者全員が宙を飛んでいた。
ドシャドシャと受け身も取らずに地面に叩き付けられる仲間達、そんな彼等彼女等に焦燥感を漂わせたダズが駆け寄るとすぐさま全員の安否確認をする。
全員意識が無く、打撲や擦過傷などは身体の至る所に散見されたが死亡している者が皆無な事に安堵と共に疑念が生まれる。
しかしその事について深く考える前に前方から空間全体を震撼させる咆哮が響く。
その声はガラスを引っ掻いた様な不快な音だった。
全身が粟立ち、寒さでは無い身体の震えを強引に抑え込もうと力むダズ。
そんな状態でもダズの視線は元凶を確認する為に前を向き、見てしまった。
先程までは全身の殆どが腐肉や白骨化していた骨狼の身体が現在進行形で逆再生する様に筋肉や筋、血管、神経が全身を蔦の様に這い回り肉体を再構築していた。
そして徐々にその全容が判別できる様になる。
先程は全身のベースは骨格では狼みたいだったが肉や毛皮が付くとそれは獅子に近くなった。
正確に言うなれば混ぜモノの様に狼と獅子を足して除した様な種族違いのハイブリッドを思わせた。
そして側頭部にはヤギを思わせる漆黒の捻れた角が生えている。
背中には蝙蝠の羽、脚は爬虫類と狼、獅子を混ぜ合わせた鱗と毛皮が入り混じったモノになっている。
尻尾も同様だ。
全体的に赤黒い体色、毛皮だが尻尾の鱗だけは白銀に輝いている。
そして最も変化した部分、それは存在感だ。
骨狼の時とは段違いに上昇しており相対しているだけで気力をゴリゴリと削られる感覚に陥る。
「あれはマズイ……コイツ等もこの状態じゃ全員で逃げ切るのは厳しい。イヴ、君はどうだ?ッッッ!?お、おい大丈夫かッ!?」
状況確認をしようと冷や汗塗れのダズが横を向けばポロポロと涙を流すイヴの姿が入り込み彼は狼狽えながら慌ててイヴの両肩を掴む。
だが今のイヴにはダズの姿も声すらも届いていなかった。
ポソポソと独り言を溢すイヴは最早一点しか見ていなかった。
「あぁやっぱり……この匂い、魔力、ぜんぶ……全部懐かしい。やっと、やっと会えた……」
「お、おいイヴどうした!!しっかりしろ!!チッ!なんかの状態異常でもくらったのか!」
どうしたらいいか分からないダズが焦燥しているが目の前の敵は行動を開始する。
再びガラスを引っ掻く様な不快音の咆哮を放つと同時にダズの頬にピチャリと滴が当たる。
一瞬汗かと思い無意識に拭うとヌルりと不快な感触に拭い取った手の甲を見るとそれは黒い謎の液体だった。
その液体を訝し気に見たダズは徐に視界を天井に向けるとその光景に絶句した。
地下にいながら宛らスコールの様に黒雨が空間全体に降り注ぎ、既に眼前に迫ってきていた。
その現象が目の前の骨狼からの攻撃だと判断したダズは無意識にイヴに覆い被さった。
先程まで剣戟や魔法の破裂音が響いていた空間にはザーッと黒雨の音だけが響いていた。
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[遊惰放逸]
調査団が出立してから翌日、前日夜遅くまで魔法国家リンドブルムの冒険者ギルドの受付嬢である狐人族マリーと飲み明かしていた現在進行形で人族に偽装中の天翼人族のリノアと獅子人族のエレオノール、吸血鬼族のウピルの3人は朝食を冒険者ギルド併設の酒場兼食事処で済ませ、今後の作戦会議を練っていた。
「さてそれじゃあリオンが帰ってくるまでまだ時間が掛かりそうだからお買い物でもしよう!お金はリオンから貰ってるから遠慮しなくていいからねぇ。エレナとウピルちゃんは何かしたい事ある?」
黒い髪を掻き上げながらノリノリに話すリノアにため息混じりにエレオノーラがジト目を向ける。
「そんな遊んでていいのかよ……。あと数週間後には帝国に攻め込むんだろ?少しでも鍛錬しといた方が良いんじゃねぇか?あとで獅子神様に怒られても知らねえぞ?」
「イヤ!イヤイヤ!遊ぶ!私は遊ぶ!!帝国に喧嘩売ったのはリオンなんだから私は関係無い!!この機会に遊ばないと私は一生後悔するわ!ねぇねぇ、ウピルちゃんも可愛い服とか欲しいよねぇ?」
「わ、わたしはりおんさまにもらったこの服が、す、好きです。ほかはいらない、です」
「いやリノア、オマエ目的忘れてるだろ……。まあ、何言っても無駄か、怒られるのはリノアだろうから俺は何でもいいさ」
「えぇ!ウピルちゃんもっと可愛い服着ようよ〜。そうだ!可愛い服着た可愛いウピルちゃんをリオンにちゃんと見せようよ〜。そしたらリオンも喜ぶよ!絶対!!もうメロメロ、夢中だよー!」
テンションが高いリノアがエレオノーラの話をスルーしウピルを味方に引き入れる為猫撫で声で誘惑し続ける。
リオン攻めされる度にウピルの耳がピクピク動きソワソワしているので味方になるのも時間の問題だなとエレオノーラが思っていると、そんな和気藹々とした雰囲気の中に近付く人影。
「みんな、おはよう。朝から元気ねリノア」
「マリー!おはよう、だってこんな大きな街に来たの初めてだから色々探索してみたいんだもの」
「おう」
「お、おはよう、ございます」
「おはよう、レーベさん、ウピルちゃん。そう言えばリノアは田舎出身だったわね。仕事が無ければ私がこの街を案内できたのだけれど、残念だわ。美味しい食事処なら仕事終わりにまた案内するわよ」
「ホントッ!?やったー!約束よマリー。美味しいご飯だってウピルちゃん!やったね〜」
「おにく、食べます」
「じゃあ昨日と同じ時間にまたここに来て頂戴」
今からお肉に夢中なウピルの可愛さに癒されたマリーが少し雑談すると仕事が溜まっているのか早々に戻っていった。
その頃にはウピルは買い物に行く気になっておりリノアとどんな服がリオンに効果的かを話し合っていた。
その様子をエレオノーラが呆れながらも少し羨まし気に見ていた事に2人は気付く事は無かった。
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