第52話 異変

 全ての準備を整えた破邪の五剣、精霊乃燈、黒獅子の3組がクティノスダンジョンに漸く足を踏み入れた。

コルテス様親衛隊の面々は結局コルテス・ドートワイトが起きなかった事で遅れて合流するとのこと。

足を踏み入れた全五階層からなるこのクティノスダンジョンは最初の一層、二層までは普段より少し強さを増した程度の魔物しか出て来なかったのでそこまで気にする事のない、誤差と切り捨てられるもので緊張感もやや薄れての行進となった。

戦闘も個々で出現するコボルトやウルフ、その他前述した種のアンデッドを3チームでローテーションを組んで戦力を確認するという意味を込め戦い、その全てを難なく討伐していった。

ここまでは会話をしながらのピクニック気分であった面々も三層目に到達して暫く経った頃全員が異変を感じ取りピリッと空気を張り詰め、緊張感漂う空間にした。

そんな状態の中最初に口を開いたのは破邪の五剣、斥候のモーリスだ。

彼はダンジョンに入ってから常に最前線で罠や魔物の気配を察知していた。


「なぁ、何か変な感じしない?魔素が濃いっていうのかな……異様な雰囲気がするんだよなぁ」

「そうだね、確かに変な感じがする……みんなはどうだ?」


破邪の五剣リーダーのダズが同意し周囲を見渡しながら他のチームにも確認をする。


「そうですね、この階層から少し様子が変わりましたね。より注意して進みましょう」

「私も同意する。ここに来て一気に精霊の声が聞こえ難くなった。余程この場の魔素濃度が濃いのだろう」


黒獅子リーダーであるイヴと精霊乃燈リーダーのフリストフォルが応える。

他のメンバーも周囲をキョロキョロと見渡しながら警戒を強めていた。


「確かにイヴさんの言う通りここからはより警戒して進もう」

「おい!早速来るよ!」


 ダズが方針を話している最中に割って入る様にモーリスが全員に注意を促した。

その言葉で全員が彼の視線を向けている方に注力する。

すると奥からガシャンガシャンと乾いた音が近付いていた。

暫くすると曲がり角から現れた集団に全員咄嗟に武器を構えた。

現れたのは両手剣を着装したコボルトアートレータらしき存在が1匹とゾンビウルフが4匹、下位種のコボルトが3匹の計8匹だ。


「本来であればダンジョンボスであるコボルトアートレータが三層に現れますか……」

「まあ異常事態ではあるけど、そこまで強い魔物じゃないから僕達には問題ないけどねぇ」


 ラグエルンストが呟くとそれを拾ったモーリスが軽口を叩く。

その言葉が聞こえていたのかコボルトアートレータが左腕を上げ剣先をこちらに向けてきた。

それに合わせゾンビウルフを先頭に走り出しコボルトが後続に付く。


「来るぞ!指揮してるのか?嫌な予感がする!ここは先ず私とガートランドがゾンビウルフを抑える!!他の者は援護をしてくれ!!行くぞ!!」


 素早く指示を出したダズが走り出すと既に横にはガートランドが並走していた。

彼我の距離を一瞬で潰した2人は迫り来る4匹のゾンビウルフに接敵する。

ズドンと地面に大楯を固定して構えたガートランドはまさに鉄壁の守りとなった。


「来るなら来やがれ腐れ狼共が!!」


 余裕を見せたガートランドだったがゾンビウルフの後方から「ギャウギャウ」と耳障りな鳴き声が聞こえた瞬間ガートランドに向かっていたゾンビウルフが進路を変更しダズに狙いを定める。

驚愕するガートランドだがダズは驚いた様子も無く冷静にゾンビウルフの牙を避け一太刀浴びせている。

しかしゾンビウルフは痛みを感じていないのかそのまま気にせずダズの四方を囲み死角から次々と襲いかかっていく。


「クソッ!ダズ!ッッぐぅぅ」


助けに入ろうと大楯から一瞬力を抜いた隙を突かれ3匹のコボルトがいつの間にか手にしていたネイチャーウェポンである石斧を大楯に叩き付けていた。

少し体勢が崩れたものの、そもそもの膂力が低いのかコボルト3匹を合わせてもガートランドの大楯を粉砕する事は出来なかった。

それどころか逆に石斧が砕け、「ギギャッ!」と慌てた声を漏らしていた。


「ヘッ!テメェ等の攻撃程度でこの大楯が砕けると思ってやがんのか!!」


 ガートランドが大楯を地面に刺したまま左手に握っているモーニングスターを1匹のコボルトに叩き込み頭部を吹き飛ばした。

その勢いのまま2匹目を仕留めようと動こうとすると再び後方から「ぎゃうぎゃう」と声が聞こえ、それに合わせてゾンビウルフとコボルトが後退する。

ゾンビウルフは残り2匹となっていた。

ダズが胴体を真っ二つにして動けなくなったゾンビウルフはラグエルンストの光魔法で浄化されていた。


「なんだコイツ等、強さは大した事ねえが……連携してやがるのか?」

「どうやらその様だね。でもこの程度なら問題無い、素早く殲滅しよう」


 その間もコボルトアートレータはぎゃうぎゃうと指示を出していた。

ダズ達が走り出したのを確認すると今度はコボルトアートレータを含めた全員で向かってきた。

ゾンビウルフとコボルトは全てガートランドに狙いを定め、コボルトアートレータはダズに向かっていった。

先程と同様に大楯を地面に突き刺したガートランドだが今度はゾンビウルフは素早く左右に展開し挟み込む様に大楯を避けガートランドに牙を剥く。

ガンガンと今でも鳴り響く大楯に当たる攻撃をゾンビウルフのものと勘違いした彼はいきなり現れたゾンビウルフに虚をつかれた。

防御が間に合わないと判断したがいつまで経っても痛みは襲ってこなかった。

逆に左右からドサドサと何かが落ちる音とビシャビシャと液体が溢れる音がした。


「ガートランドさん、大丈夫ですか?」


少し幼いその声がした方を向くと黒獅子リーダーであるイヴが禍々しい黒剣を握り笑顔で話しかけていた。


「あ、あぁ悪い、油断した。助太刀感謝する」

「いえいえ、構いませんよ。どうもここからの魔物は少し様子が違いますからね。今後はなるべく全員で助け合いながら進みましょう」


屈託のない笑みを向けられガートランドがそっぽを向き頬を赤らめるが、直ぐにまだ魔物が残ってると思い出す。


「あッ!そういやまだコボルトが残ってやがった!!」

「あっ、もう倒したので大丈夫ですよ」

「は?なんだと?」


イヴの言葉に呆然とするが大楯を地面から引き抜くとその先には頭部を失ったコボルトが2匹倒れていた。


「ガートランド!無事だったか、こっちも終わったぞ。それと戦闘が終わったばかりだがいくつか情報を共有しておきたい」

「あっ、お、おぉ」


未だに呆然としているガートランドはダズの言葉に反射的に応えるとチームが集合している場所に歩を進めた。


「先ずはみんなよくやってくれた。そしてみんなも気付いたと思うが先程のコボルト達は明らかに異質だった。魔物が連携を取る事はよくある事だが、アイツ等の動きは稚拙でぎこちなくはあったが指揮命令系統がしっかりとした我々人種と同様の兵法だった」

「そうねぇ〜、私も遠くから見てたけどあのコボルトアートレータが指揮してたわね〜」


ダズの説明に各々反応を示し、エリーゼが俯瞰的に観察した感想を述べるとイヴが同意しながらひとつだけ訂正した。


「エリーゼさんの言う通り指揮はあのコボルトで間違いありませんが、あのコボルトは恐らくコボルトアートレータでは無くコボルトマギアですよ。直接対峙したダズさんなら分かっていたのでは?」

「確かにイヴさんの言う通りアイツはコボルトマギアで間違い無いだろう……しかし信じられんな、どうやら身体強化の魔法を使用して種族偽装していたんだろうが以前戦ったダンジョンボスのコボルトアートレータより数段強かったな」

「おいおいマジかよ……。コボルトにそんな知恵があるなんて話聞いた事ないよ!」

「けどこうして現実に起きているのであれば認めるしかないよね。僕達が魔物をそう呼んでるのは所詮僕達人族が勝手に付けた名前でしか無いからね。アートレータが魔法を使える可能性やマギアが近接戦が出来ても何ら不思議じゃないよ」

「フェルトさんの言う通り魔物であっても多少知恵があれば剣を杖に、杖を剣に持ち替えるくらい可能です。あとこれはあくまで私の勘にはなりますが、今のは小手調べ……いえ一種の実験の様にも感じました。なのでここからは更に魔物が予測不能な動きをしてくると思いますので、より緊張感をもって進みましょう」

「俺はイヴさんに助けられたからな。まあそうじゃなくても黒獅子の実力は十分分かったからお前等を信じる」


 イヴから話を振られたダズが先程のコボルトアートレータの戦力分析をするとモーリスが驚愕しフェルトの新知見を披露しイヴが同意する。

精霊乃燈の面々はフェルトの新知見に興味を持ったのか熱心に質問をしていた。

イヴの忠告に一番最初に反応したガートランドが未だ信じきれていない様子の破邪の五剣の面々を説得していた。

ある程度の対策と休憩を済ませ出発する為片付けをしていると後方から声がした。


「オイお前等!俺を出し抜いて手柄を奪おうとは万死に値するぞ!!」


 誰が来たのかを全員理解していたのである者はため息混じり、ある者は完全無視を決め込み、またある者はリーダーであるダズに視線を向ける。

結果厄介事は破邪の五剣リーダーであるダズが担当する事になった。


「ハァ……出し抜くも何もお前が馬鹿みたいに寝てたのが悪いんだろうが。私達は先を急ぐのでな、邪魔だけはするなよな」

「キ、キサマ!俺に向かってその口の利き方!死にたいのか!」

「はいはいはい!そこまで〜、坊ちゃんよぉ。ここはレベルは低くてもダンジョン内だからな!死にてぇなら止めはしねぇが俺はまだ死にたくねぇんで勘弁してくれよなぁ」

「なッ!?ま、また貴様か!!」

「坊ちゃん、ここはザイナ殿の言が正しいかと。しかしながら態度が不敬なのは事実、処分はここから出てから然るべき場所で行うのが得策かと愚考致します」

「むぐっ、ま、まぁ、爺が言うなら仕方ないな。ではお前等進め!こんな依頼速攻終わらせてお前等を処分してやるからな!ガハハハハハ!」

「ありがとうございます坊ちゃん」


 コルテスとクロックスの茶番に付き合わされ白ける周囲の面々。

彼等はコルテスとクロックスの2人と傭兵であるザイナ、ナスト、カルナの3人、給仕係2人の計7人でダンジョン攻略に挑んでいた。

その後そんな空気に耐えられなくなったガートランドがズンズンと先行しモーリスが慌てて追い掛ける一幕があった。

三層は最初の戦闘以降小規模な魔物との戦闘があり、イヴの言葉に真実味を増すような敵だった。

味方を囮にするコボルト、死兵の如き勢いのウルフ達、味方諸共魔法を撃つコボルトマギアなどなど、まさに実験をするが如き命を消費させていった。

四層に着いた時にはコルテス達以外、先行していた破邪の五剣、精霊乃燈、イヴを除く黒獅子は疲労がかなり溜まっていた。

安全を考慮して休憩を取ることにしたが、案の定コルテスが駄々をこねた。

説得するのは大変だったがクロックスが上手く立ち回っていたお陰で被害は最小限に収まった。

そして四層攻略が始まり最初の戦闘で再び異変が起こる。

そこは以前なら存在しない、地図にも記載されていない場所、直径30m程のドーム状の空間。

イヴ達が入ってきた通路と対面にひとつの通路以外無い、地下のコロッセオの如き雰囲気を醸し出す場所だった。

そんな空間の中央には破邪の五剣、精霊乃燈、黒獅子、コルテス親衛隊と同数の20匹の群体が獣の声を上げている。


「罠、という雰囲気ではないか……」

「だが大人しく通してくれる雰囲気でもないかな」

「あぁ、ありゃ知恵ある魔物の行動だな。未だに信じられねえがこの光景を実際見ると頭を抱えたくなるぜ」


 ダズ、モーリス、ガートランドが苦笑しながら現状を把握しようと努める。

それに対して横に立ち並んだフリストフォルとダリアが会話に参加する。


「では、どうする?後退して狭い通路で各個撃破でもするか?」

「それは悪手だと思うわよ。一見コボルトマギアが居ない様に見えるけどアノ短槍を持ってるコボルトアートレータ、魔力が漏れ出てる。恐らくマギアが偽装しているわ」

「またしても偽装するコボルトか……。だがそこまで魔力制御が上手くない、か……。見たところコボルト上位種が6匹、コボルト下位種が4匹、ゾンビウルフの上位種のグールウルフが4匹、ゾンビウルフが6匹か。通常であれば大魔級にはとどかない中魔級の難易度といったところか……」

「ただ今回あの魔物達は知恵が回り連携を取ってくるので難易度も上がり大魔級にとどくでしょう。とりあえず理性無く突然襲ってくる事はなさそうなので支援魔法が使える方は今のうちに全員に掛けて頂けますか?」


 ダズの分析にイヴが後ろから補足し全員に指示を飛ばすと、それに従う様にヴァンダレイ、ラグエルンスト、ダリア、フェルト、エリーゼが全員に支援魔法を掛けた。

無属性である支援魔法の淡い光が身体に吸収されたのを確認した面々がお礼をして改めて作戦を立てようとした時、前方でも同様に淡い光が魔物全体を包み込んだ。


「ハハッ、魔物が身体強化じゃなく支援魔法かよ……笑えねえ冗談だぜ、クソが!」

「まあやられた事に対して嘆いても仕方ありませんね。あの魔物達の身体能力は元々そこまで高くありませんので総合的に見ても私達の方が上です。そこで作戦ですが、私達は連携もまだ完璧にこなせるとは思えません、そこでチーム別に左右正面とバラけて狙いましょう」


ガートランドが吐き捨てた言葉にすぐさまイヴが対応し作戦立案まですると確認の為ダズとフリストフォルを見つめる。


「私はそれでも構わない。フリストフォルはどうだ?」

「イヴさんの言葉に間違いはない。まだ我々はそこまでの連携は取れていない。更にあの魔物達がどれ程の連携を取れるかは未知数だからな。イヴさんの作戦で問題無い」


ダズとフリストフォルが周囲の仲間を確認しながら同意するとイヴが剣を抜くと歩を進める。


「ではそういう事で始めましょう。あっ、仮にチーム間で分断されそうになったら声を上げて下さいね。チームは1人抜けるだけで実力がガクッと下がってしまいますからね。エリーゼさん、フェルトさん、リヴァイスさん、行きます!」

「はいは〜い、後衛は任せて〜」

「気を付けてね、イヴ」

「お主は俺より先に突っ込もうとするな。先ず俺が出る」


 チーム黒獅子が正面に先行するとそれに続く様に左から破邪の五剣、右から精霊乃燈が魔法で牽制しながら突撃した。

戦闘が始まり前方から剣戟や魔法の破裂音、人や魔の声が飛び交う。

そんな光景を入り口側でポツンと眺めている一団がいた。

コルテス・ドートワイト率いるコルテス親衛隊の面々である。


「坊ちゃん、どうされますか?」

「ふん、アイツ等が勝手に討伐してるんだ。終わるまで俺は優雅にティータイムとするか」

「オイオイオイ。お貴族さまよぉ、そんなんでいいのかぁ?」


 コルテスとクロックスの会話にげんなりした雰囲気を隠そうともせずザイナが指摘するが、視線を向ける事なく無視して紅茶を飲み始めたコルテスにお手上げとばかりに肩をすくめ意識を戦いに向けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



side 破邪の五剣



 直進した黒獅子を視界に入れながら左に迂回しながら走る破邪の五剣の元にはコボルト下位種2匹、グールウルフ2匹、ゾンビウルフ3匹の計7匹釣れた。

破邪の五剣は基本陣形通りガートランドを前衛、少し背後にダズとモーリスが隠れ、ヴァンダレイとラグエルンストは後衛で魔力を練り上げていた。

数秒後にはガートランドがゾンビウルフとグールウルフに接敵する。

1匹1匹が大型犬程の大きさだが、ガートランドの持つ大楯はびくともせず全ての衝撃を受け切った。

その一瞬の停滞を見逃さず、左右から姿を現したダズとモーリスが武器を振り下ろす。

しかしウルフ達は攻撃が来る事を予測していたのか素早く大楯を蹴ってその場を離脱し、その隙間に2匹のコボルトがネイチャーウェポンをダズとモーリスに振り下ろす。

だが彼等もゴールド級冒険者であり様々な苦難に立ち向かう猛者である。

2人とも即座に武器を切り返しネイチャーウェポンを弾き、ガートランドが大楯を引き抜き横なぎに振りコボルトを弾き飛ばした。

戦線が再び仕切り直しになった。

その後数度打ち合うもののお互い致命傷も無く時間だけが過ぎていった。


「コイツ等……今までの奴等とは何か違うな。明らかに時間稼ぎをしている。だが何の為に……?知恵はそれなりに回る様だがそれでも私達には通用しない稚拙な戦術には依然変わりない。増援でも来るのか?モーリスどうかな?」

「あぁ、確かに時間稼ぎだけど増援の気配は全くしないね。でもなんだろう、凄く嫌な感じがする……上手くは言えないんだけどさ」

「「ぎゃああぁぁぁぁ!」」


 ダズの発言に返答したモーリスだが、その嫌悪感に解答したのは後方からの悲鳴だった。

反射的に振り向こうとした身体を無理矢理抑え付けダズはラグエルンストに状況を聞く。


「どうしたッ!?後ろで何が起きた!!」

「……どうやら後方から魔物の増援が出現したらしくドートワイトお抱えの給仕係が2名やられた様だ。だがあの3人の傭兵達によってそれ以上の被害は無く上手く対処していますね」

「バカなッ!!来た道の魔物は全て掃討した筈だぞ!そんな直ぐに新しい魔物が生まれる訳がない!」

「ですが、実際後方から魔物が複数出現して2名殺されました……。今はこの戦闘を早く終わらせましょう。他のチームの皆さんも同様の考えの様です」

「おいダズ!悩むのは後だ!一気に蹴散らすぞ!!」

「あぁ、クソッ!分かったよッ!!」


 ラグエルンストだけでなくガートランドからも急かされダズは後悔を一旦頭の隅に追いやり剣と盾を構え突出する。

しかしその思いも全て置き去りにする様に右から突如暴風が魔物を全て巻き上げ、血の雨が一帯を湿らせていった。

その光景を破邪の五剣が呆然と眺めていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



side 精霊乃燈



 直進した黒獅子を視界に入れながら右に迂回しながら走る精霊乃燈は斥候の2人、豹人族であるローランとサルマが前衛を陣取り、中衛にフリストフォルが付き後衛にダリアが付く。

彼等彼女等の元にはコボルト下位種が2匹、グールウルフ2匹、ゾンビウルフが3匹の計7匹が釣れた。

破邪の五剣と違いタンクが居ないので前衛で牽制しながら中衛と後衛の魔法で仕留める方法を取る。

いつも通り様子見のため数度攻防を繰り返すローランとサルマは眉を顰めフリストフォルに声を掛ける。


「フォル、コイツ等なんか変だぞ。一定の距離を保ったまま一向に攻めてくる気配がねぇ」

「まるで時間稼ぎしてるみてぇだな。だが今のところ増援や罠の気配はねぇ……」

「確かに変な間合いの取り方をしているな。まあ大人しくあちらの策が完成するのを待つ意味も無いだろう。幸いあの程度の相手なら多少強引にいっても大丈夫だろう、速攻で決めるぞ!!」

「「了解!!」」


 気を引き締め直し突撃する直前、後方からの悲鳴によって無意識にローランとサルマが振り向いてしまった。

その隙を好機と捉えたグールウルフとゾンビウルフが2人に襲い掛かる。

所々腐り爛れた身体から毒を撒き散らしながら獲物の首を食い千切らんと迫る。

臭気と気配にピクリと反応したローランとサルマが視線を前に戻すと同時に後方に飛ぶが、その判断も一瞬遅く既に視線いっぱいにウルフ達の牙が並んでいた。

間に合わないと判断したローランとサルマは被害を少しでも減らす様に片腕を盾として捧げる。

訪れる痛みに耐える様に歯を食いしばるが次の瞬間5匹のウルフ達が「ギャワン」とゴボゴボ濁った鳴き声を溢しながら吹き飛んだ。


「大丈夫かローラン、サルマ。すまないダリア、先程の悲鳴は何が起きたのか教えてくれるか?」


 フリストフォルが助けた2人に声を掛けながら、意識を前から外せない自らの為にダリアに状況説明をお願いした。

ローランとサルマは「助かった」と言葉少な目に応えると冷や汗を拭いながら目の前の敵から目を離さない様にダリアからの返答に耳を傾けた。


「後方から魔物に襲われたみたいね。あの貴族のお坊っちゃんの側使いが2人やられたみたいね。でもあの傭兵3人が上手く立ち回ってもう大丈夫そうね」

「そうか……。しかしこれ以上アイツ等に時間を与える訳にはいかなそうだな。速攻で片付けるとするか」


 フリストフォルの発言に全員頷くと中衛であったフリストフォルが前衛に出て左右にローランとサルマが並走する短期決戦用の陣形になった。

いざと迎え撃つ姿勢になった瞬間左から暴風の如き剣風が魔物を襲い、ものの数秒で全て細切りにし嵐は去って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



side 黒獅子



 真っ直ぐ突っ込むイヴだが多少速度を落とし特攻をリヴァイスに任せると様子見で第一階梯の火魔法を無詠唱でコボルト上位種6匹に撃ち込んでいく。

被弾した際の黒煙を弾幕にリヴァイスが獣人の種族特性である身体変化によって両腕をより原始的な獣の姿に変化させる。

1.5倍程巨大化した両腕に30cmにも及ぶ鉤爪を携えコボルト上位種に向かって横なぎ一閃。

ピクリと眉を動かすリヴァイスは次の瞬間には後方に全力で飛んだ。

その瞬間先程までリヴァイスが居た場所が爆ぜた。


「リヴァイスさん、コボルトアートレータが3匹にコボルトマギアが3匹です。そして恐らくマギアの1匹は支援魔法特化型な気がします」

「分かった。ではマギアはエリーゼとフェルトに任せるとしよう」

「はいは〜い。任されました〜。第二階梯サンダーランス!……あれっ?」

「僕は攻撃魔法は苦手なんだけど……まあ微力ながら手伝うとも。第一階梯ウォーターショット!……ん?」


 実力的にも余裕そうに魔法を放つ2人だったが魔法が構築した瞬間コボルト上位種が全員回避動作と無属性魔法である魔法防壁を張り、発射された雷と水の導電性を利用した範囲拡大魔法を完璧に対処してみせた。

更にお返しとばかりにコボルトマギアが、ギャギャギャと汚い鳴き声と共に魔法を構築すると第一階梯魔法程度の火魔法と風魔法が黒獅子を襲う。

リヴァイスは咄嗟にエリーゼ達の所まで後退しフェルトが3人に魔法防壁を張った。

イヴはというと既に魔法対象範囲から離脱しており油断なくネイチャーウェポンを構えている3匹のコボルトアートレータに斬りかかる。

突如高速で目の前に現れたイヴにコボルトアートレータは一瞬ギョッとするがすぐに振り下ろされた上段からの一撃を3匹が力を合わせ受け止めた。


「へぇ〜、なかなか強いんですねぇ。あの人から教えてもらったのか、それとも独学ですかね。でもその程度で勝った気になっているなら甘いです、よ!!」


 受け切ってギャギャギャと笑うコボルトアートレータにイヴは更に力を加えるとネイチャーウェポンにバキバキと亀裂が入り、衝撃が地面に伝播し陥没する。

遂に3匹のネイチャーウェポンが粉々に砕け2匹が緊急回避をして難を逃れるが逃げ遅れた1匹は身体を真っ二つにされた。

イヴとエリーゼ達の間の黒煙が徐々に晴れていきイヴは深追いする事なく一旦後退する。


「みなさん大丈夫ですか?」

「大丈夫よ〜。あまり強い魔物じゃないでしょ〜」

「エリーゼ、油断は禁物だと言ったでしょ。ただでさえエリーゼは抜けてるんだから」

「あぁ〜フェルトってばひどーい!私のどこが抜けてるってのよ〜」

「お主等じゃれるのは戦闘が終わってからにせぃ。ん?イヴよ、どうした?何か気になる事でもあるのか?」


 リヴァイスがエリーゼとフェルトを嗜めると顎に指を添え考え込んでいるイヴに話し掛ける。

彼女は視線をコボルト達に固定したまま口を開いた。


「コボルト達が積極的な行動に出てこないのが少し気になりまして……今も魔法を撃つわけでも無くこちらの様子を伺っていますからね。これが全て時間稼ぎな気がしてなりません。……これは普段のダンジョンではない、彼が居る……前から敵……後ろのフロアは当分魔物は生まれ、ない?ハッ!?い、いけない!!」


 後半の独り言に全員が耳を傾けていると突如イヴが反転し後退しようとするとコボルトマギアが先読みした様にイヴの進行方向に魔法を放ち、それに合わせてコボルトアートレータも突進してくる。

その一瞬の足止め、更に魔法が着弾したのと同時に後方から重なる悲鳴。

歯噛みしたイヴだが今はまだ希望を胸に残し目の前の敵を迅速に処理する事を先決させた。

時間優先にしたイヴは身体強化を掛け連携も置き去りに単独で特攻をかます。

鬼神の如き気迫で襲い掛かってくるイヴにコボルト上位種達は身体を硬直させ、次の瞬間には頭と胴が今生の別れを迎えていた。

中央の敵を殲滅した嵐は速度を落とさず更に勢力を増し左右の魔物達も問答無用に飲み込んでいった。


「わぁ、こわーい。あははは〜」

「イヴがこうなったら僕達のする事はもう無いね。とりあえず後方の貴族チームの所に行こうか」

「うむ」


慣れっこの3人は警戒を解き嵐が向かった先、ドートワイト達が居る場所まで呑気に話しながら歩を進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 全ての戦闘が終わり全員が後方、突如湧いた魔物に奇襲されたドートワイト達の所に集まっていた。

そこには2人の給仕係が横たわっておりクロックスは主人の側に控えていた。

その主人であるドートワイトは血塗れの状態で呆然としており、ザイナ、ナスト、カルナの傭兵3人は地面に胡座をかき乱れた息を整えていた。

その光景を元々色白い肌のイヴが更に蒼白にさせ眺めていた。

先程までの鬼神の如き嵐とは別人と思える程弱っていた。

しかしその状態のイヴでも対処が分かっているとばかりにエリーゼが後ろから抱き付き、フェルトがイヴの鞄から『愛しい勇猛果敢な獣王リオン人形』を取り出しイヴの視線の位置まで持っていくと無意識にイヴが吸い付いた。

状況が理解できず付いていけない他のチームにはフェルトが暫くすれば落ち着くから今は放っておいてほしいと言われ渋々納得した。

イヴも気になるが今は目の前の事を全員優先したのだ。


「お前等はこれからどうするんだ?死者が出たのは残念だが、ここは遊び場ではない。そんな場所でアホみたいに茶会とはメイドが不憫でならない。私としてはお前等はこの依頼から手を引いて早々にこの場から立ち去ってもらいたいんだが?」

「…………」

「おい、聞いてるのか?」

「あ、あぁ、なんだ?」

「ハァ……話にならないな。代わりにそこの執事さん、あなた達は全員撤退してくれ、正直邪魔でしかない。自らを危険に晒すのは自己責任だから好きにすればいい。だがな、チームとして動いている以上こちらに被害を及ぼす可能性は看過できない」

「……坊ちゃん」


 未だに呆然としているドートワイトにクロックスが耳打ちすると少し落ち着いたのか歯を食いしばりダズを睨む。


「お、俺達は撤退はしない!手柄を奪おうとしてもそうはいかないぞ!!コ、コイツ等はここに捨て置けばいい!所詮使い捨ての道具に過ぎッッウヒャアアァァァ!」


 ドートワイトが話し始めダズ達の眉間の皺が深くなってきたタイミングで突如全員に強烈な殺気が叩き込まれた。

各々その場から飛び退く者、武器を構える者、恐怖で座り込む者と様々な反応を見せる。

そして全員がその元凶である1人の少女を見た。

先程まで不思議な人形に吸い付いていた彼女は無言のままドートワイトの前まで歩くと頭を抱え座り込んでいる彼に声を掛ける。


「今の言葉、アナタは本気で言っているんですか?彼女達は決して道具でも無ければ使い捨てでもありません。アナタのバカな要望でも必死に仕事を全うしようと懸命に給仕をされていました。戦う力も無い彼女達はここが遊び場と勘違いしているアナタの道楽の犠牲者です。そんな彼女達をここに捨て置け?笑えませんよアナタバカなんですか?先程ダズさんもお伝えしていましたが、ここから先はアナタ程度の存在は邪魔でしかありません。はっきり言って迷惑、足手纏いです。バカなアナタがどこで命を落とそうが関係ありませんが私の前で命を軽々しく扱わないで下さい。自分の命も、他人の命も、です。今回助けられなかった彼女達はアナタが責任を持って供養して下さい。いいですね?」


 鬼気迫るイヴの言にドートワイトは脂汗を大量に流しながら壊れた人形の様にカクカクと首を上下に動かした。

その様子に満足したのかニコリと微笑みドートワイトに背を向けると全員を視界に入れる。


「ではみなさん、先を急ぎましょうか。あと少しで最下層ですので気を引き締めましょう」


 ニコニコと天使の様な笑顔のイヴだがチーム黒獅子以外の顔は引き攣っていた。

だが提案に異論は無いので皆頷きつつ出発準備を始める。

そこまで時間も掛からず準備が整うと貴族チームを残し出発した。

残されたクロックス、ザイナ、ナスト、カルナは無言のまま俯いているドートワイトを見つめ、当の本人は拳を握りしめプルプルと震え嗚咽を漏らしていた。

歩を進めたダズ達にはそれからの道中不気味な程魔物との遭遇は無く、最奥の主が戦力を見定めて満足したかの如き様相を呈していた。

各々疲労も溜まっていた事もあり、最下層である五層に入りセーフエリアにて休憩をした。

既存のダンジョンは先達が魔物が発生しないエリアを見つけ出しMAPに記している。

このクティノスダンジョンも同様に記しており、普段であれば各階層に1つセーフエリアが存在していたのだが、今回の変異によって第一階層から第四階層までセーフエリアを確認できなかったのだ。

交代制で見張りを付けたが、特に何事も起きる事無く休息を取った面々は気力十分といった風に歩き出す。

五層を進むも魔物の気配すら感じぬままあっさりと最奥のダンジョンボスの大扉の前まで辿り着いた。


「遂にここまで辿り着いたな。全員昨日最終確認した通りの作戦で行くぞ!」


ダズの言葉に全員頷くとイヴが手を挙げる。

視線がイヴに集中すると後ろを振り返り口を開く。


「みなさん気付いてると思いますが……そろそろ出て来てもらえますか?バレバレなので」

「えっ?」


誰かの間抜けな声が響き、数秒経ってから後方の岩陰から3人の男達が現れた。


「いや〜バレちゃあ仕方無いねぇ。あぁいやそんな怖い顔しないでくれよぉ、嬢ちゃん。あの給仕のネエちゃん達はナストとカルナが責任持って地上まで運ばせたからよぉ」

「それでここまで来た理由は何ですか?私ちゃんとお伝えしましたよね、足手纏いだと」

「あぁ〜それなぁ、聞いた聞いたーー」

「ザイナさんには聞いていません。ドートワイトさんでしたか、アナタの口から是非聞きたいですね」


 ザイナの言葉に被せ彼の後ろで縮こまっているドートワイトに言葉を投げ掛けるイヴにビクリと反応して数秒の後、吹っ切れたのかドカドカと尊大に現れた。

しかし足がガクガクと震えておりその態度も失敗していたがそこには誰も指摘せず彼が口を開くまで待つ事にした。


「お、俺はこの依頼をどうしても達成しなくてはならんのだ!ここまで来て引き下がる事などあってはならん!」

「…………後悔しても知りませんよ。この先にいる存在はアナタ程度がどうこうできる存在ではありません」

「は?えっ?今なんと言った?」

「何でもありません。とりあえず私の邪魔だけはしないで下さいね。ザイナさんとクロックスさん、その人を全力で守っていて下さい、今回は私が守ってあげる事ができないかもしれませんので……」

「はいよぉ、それが仕事だからなぁ。貰った金分は働くぜ〜」

「私も坊ちゃんをお守りするのが使命ですので問題ございません」

「……そうですか。では行きましょう」


 一瞬悲しげな顔をするが直ぐ様顔を引き締め有無を言わせぬイヴの発言に全員が緊張感を高めた。

そして遂に目の前の大扉をガートランドとラグエルンストが押すとゴゴゴと開け放たれる。

警戒しながら中に入る面々、中は四層で戦ったドーム型の空間と同等の広さがあるが出入り口は大扉のみだ。

入った瞬間生暖かい風に不快感を感じると同時に強烈な血生臭さが鼻を刺激する。

薄暗い空間に精霊乃燈のフリストフォルとダリアが精霊魔法で空間全体を淡い光が照らし出す。

その光景を視認した全員が絶句し硬直する。

空間中央、ピチャピチャと液体が滴る音が響き獣の呻き声が静寂の空間に響く。

目の前に見えているモノの確認の為なのか震える口を無理矢理こじ開けダズが声を漏らす。


「な、なんだアイツ……この、ダンジョンボスは、コボルト上位種の筈だが……ハ、ハハ」

「ア、アレが新種の魔物だってのか?」

「た、確かにあの様な魔物、私は見た事がないが……あの下の魔物もなんだ?あれは、死んでる、のか?」


 ダズの言葉にガートランドとフリストフォルが乗っかる様に現状の確認をする。

彼等の前方には二足歩行型、半分爛れ落ちた狼の頭部に無理矢理突き刺したかの様なヤギの捻れた角が生え、両手にはネイチャーウェポンなのか黒い骨の様な武器が握られていて狼の脚があるモノを踏み付けていた。

それは大型の黒獅子の頭部、周囲には蝙蝠の翼を連想させる黒翼が散らばり、半分に千切れた白銀の巨大蛇がシャーシャー鳴きながら今もまだ威嚇していた。

新種の魔物は冒険者達に気付いたのか顔だけ振り向き妖しく光る紅眼がひとりひとりを品定めする様に見回す。

その中の1人、イヴに視線を固定するとカタカタと顎の骨を鳴らすと脚を徐に上げ、下ろした。

次の瞬間ドパーンと水袋が破裂する音が響き渡りビシャビシャーと水撒きの音が聞こえた。


「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 静寂を引き裂き少女の慟哭が空間全体を震わせ、それが戦端となった。

その光景を新種の魔物はカタカタと顎の骨を鳴らし口角を引き裂けんばかりに開き、愉悦の笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る