第51話 愛しの勇猛果敢な獣王リオン

 明くる日、依頼を受けた冒険者達はギルドが手配した馬車に揺られ、件のクティノスダンジョンに向かっていた。

先頭の馬車には破邪の五剣、精霊乃燈、黒獅子が乗り込んでおり後続には一際目を引く煌びやかに装飾が施された馬車が数台続く。

当然その馬車には貴族であるコルテス・ドートワイトが乗車していた。

これは彼の家が所有する馬車で、現在は先頭馬車に傭兵2人が御者をして後ろの縁に1人が座り護衛している。

出発前にギルドマスターからは台数過多と装飾過剰であるとして注意を受けていて取り外す指示をされていたが、彼はそれを無理矢理押し通し今に至る。

そんな些細な問題がありながらも道中は何事も無く進み、途中数回の休憩を挟むと予定通りダンジョン付近の野営地に到着した。

クティノスダンジョンを中心に広がるこの森はそれ程強い魔物は存在せずダンジョンも名前の通り獣型が主体の初心者向けダンジョンである。

管理し易い立地と難易度である事から魔法学院の試験場所の1つでもあるので定期的に魔物の間引きが行われている。

調べによると直近だと3ヶ月前に間引きをしたという事で異変はここ最近の出来事だと分かった。

朝一で出立した事もあり野営地に到着したのは昼前だった。

なので諸々の準備をしていると丁度昼飯時になったので全員で分担して昼食を作る事にした。

その際にもドートワイト達は別々に昼食を作っていた。

よく見てみるとメイドやらシェフみたいな人達が居る。

その様子に他のパーティの面々は殆どの者が呆れた顔をしていただろう。

そんな事もあったからか貴族組以外は団結力が上がり会話も弾んでいた。

その中で話題が今回唯一の依頼主からの指名で決まった黒獅子に向いた。


「それにしても最近のチーム黒獅子の活躍は良く耳にしていたがまさか指名依頼とはな。しかもまだ全員魔法学院の生徒なんだろ?凄いよなぁ」


破邪の五剣のリーダーのダズがイヴ達の顔をグルリと見渡してそんな事を言う。


「君達はリノアさんの事前から知っていたの?あんな綺麗な人と接点持ってるなんて羨ましいなぁ。あっ、でもイヴさん達も全員可愛いし綺麗だしでリヴァイスさんが羨ましいですねぇ」


ダズに乗っかる形で斥候のモーリスがリヴァイスに嫉妬混じりの視線を送る。


「いえ、私なんてまだまだですよ。強くなる、その一点のみでがむしゃらに努力していたに過ぎません」

「もう〜イヴはイノシシみたいに突っ込んでいっちゃうからね〜困ったものだわ〜」

「えっ?イ、イノシシ……?エリーゼさんは私の事をそんな風に見てたんですか?」

「まあそれがイヴの良さではあるんだけど、たまに心配になってしまうね。あと僕達もリノアさんとは今回が初めましてだったよ。どうやら彼女が僕達黒獅子のファンだったらしいよ」

「確かに此奴等はみかけは良いが、な……」

「ゴリラさん、どうかしましたか?」

「な〜に、ゴリラさん?」

「どうしたのゴリラさん?」

「…………ふむ」


 笑顔での各々の返答を以って破邪の五剣と精霊乃燈の人達は黒獅子のヒエラルキーを理解した。

深追いすると巻き込まれると察してか何事も無く笑ってその場の話題を終わらせると再びダズが口を開く。


「だいぶ緊張も解れた事だ、ダンジョン調査の話をしよう。改めて言う事も無いだろうが、このクティノスダンジョンは普段であればそこまで難易度が高くない。全五階層から構成されていて、出現する魔物もコボルトやウルフ系などの獣型の魔物だ。強さも下位種のもの、後はそれ等の死した穢れであるアンデッドだ。ダンジョンボスはコボルトの上位種である剣や弓など魔法以外の物理攻撃を主軸に戦うコボルトアートレータと魔法特化型のコボルトマギアが合わせて3〜5匹、取巻きとして下位種が10匹前後だ」


 事前にダズが言った通り、今の話は全員共通認識だったのか皆頷いていて特に疑問点も無いようだ。

ダズもそれは理解していたのか一通り見回すと再び口を開く。


「ではここからが本題だ。本件では新種又は変異した魔物が存在していると予想される訳だが……新種に関してはコレを使おうと思っている」


 じゃらりと金属が擦れ合う音がダズの手の中で鳴り、全員の視線がそちらに向けられるとそこには中央に紫色に光り輝く水晶が埋め込まれた革製の首輪が乗っており、周囲には太さが異なる2本の鎖が巻き付いていた。


「……それはもしかして隷属の首輪ですか?敵戦力が未知数な状況でソレの使用とはダズさん、正気ですか?」


 イヴから正論とも言える反論をくらいダズのパーティ以外は同意見なのか頷いていたが、唯一頷いていない彼等は落ち着いた雰囲気だった。


「いや落ち着いてくれ。確かにコレは隷属の首輪で新種に使用しようとしているがあくまで討伐できなかった場合だ、その為の作戦も用意してある。さすがの私も未知の危険を冒してまでコレに入れ込むつもりはない」

「そうだよ、さすがのリーダーでもそこまで頭はぶっ飛んでないよ」

「新種の事は気になるが命あっての物種じゃからのぉ」

「まあ何があっても俺がしっかり守ってやるよ」

「微力ながら私もお手伝いさせていただきます」


 破邪の五剣がお互いをフォローする様子を見せられ、イヴや他の面々も条件を付ける事で渋々納得した。

場がひと段落した所でダズが更に懐から拳ほどの大きさの魔石を取り出した。


「小出しにして悪いがこれで最後だ。それにこれは君達にも必要な代物だ」

「それは……鑑定石?そんな物どうやって用意したんですか?」


 イヴの一言でダズ以外が驚愕の表情で石、鑑定石を凝視していた。

いち早く立ち直った先程まで冷静だったダズのパーティメンバーがダズを問い詰めていた。


「ちょ、ちょっと!!なんでそんな高級品を僕達に相談もしないで買ったのさ!!」

「それもそうだがそんな金いったいどっから出てきたんだッ!?」

「そ、そんな大金があれば新しい魔術書が何冊買えたと思うとるんじゃあぁぁぁ!」


 モーリスとガートランド、ヴァンダレイからの口撃にダズは落ち着いた様子で、且つ安心させる様に説き始めた。


「そうだね、みんなの懸念は最もだと私も思うよ、けれど安心してほしい。これは私個人の金銭で購入したものでパーティのお金を使ったものではないよ。どうしても今回のこの依頼は腑に落ち無いというか、胸騒ぎがしたから念には念を入れたかったんだよ」


 ダズの話が終わる頃にはダズのメンバーは全員納得し頷いていて、相談くらいしろよ仲間だろと色々言い合い青春していた。

そんなパーティの様子を冷めた目で眺めていたイヴが挙手して無理矢理視線を集める。


「それでダズさんは鑑定石を私達にも披露したのは何か理由があるんですか?私としても初めて見る代物なのでどの程度鑑定できるのか、使用回数はどのくらいなのかとかは分からないんですよ」

「そうだよね〜。私は昔師匠から教えてもらった気がするけど〜もう忘れちゃったからね〜」

「エリーゼ、君は少し黙っていた方がいいね」

「ちょっとフェルトそれどういうこと〜?」

「お二人ともお静かに、それでダズさんどうですか?」

「イヴさんは鋭いね。ん〜そうだね、確かにみんなの前で出したのは意味があるけど、それはみんなにとっても役立つと思ったからだよ。この鑑定石は使用する者のレベル以下とある程度格上のレベル、種族、複数のスキルをランダムで鑑定する事ができる。使用回数は魔石の劣化具合で多少前後するがあと5、6回といった所かな。それで私がみんなの前で出したのはこの魔石は使用者の他に鑑定結果を共有する機能も付与されているんだよ。なのでここにいる全員の魔力パターンをこの魔石に覚えさせる事で情報共有が一瞬でできてリスクを軽くする事ができると思ったのさ」

「そうですか、それは凄い効果ですね。であれば私達は断る理由が無いので是非お願いしたいですね。エリーゼさん達もいいですか?」

「ん〜?聞いてなかったけどイヴがいいって言うんならやるやる〜」

「エリーゼのせいで僕もあまり詳しく聞けていないけど、そうだね。イヴが問題無いと判断したなら大丈夫だろう」

「リーダーはイヴ、お主だからな。問題ない」


イヴが全員に確認を取るとダズに頷く。


「ありがとう、精霊乃燈の2人はどうかな?」

「私達も問題無い。よろしくお願いします」


 精霊乃燈リーダーのフリストフォルも即決するとダズは嬉しそうに頷き早速自分のパーティメンバーから魔力を鑑定石に流す様促した。

全員の魔力を鑑定石に流すと再びイヴが口を開く。


「ダズさん、鑑定石はあと何名くらい登録できますか?あちらの人達も登録させますか?」


 全員がイヴが指を差した方に視線を向けるとそこには魔獣犇く森の中で豪快に火を焚き、煙を巻き上げ肉や魚、野菜を焼き上げ香気を振り撒くエリアがあった。

その集団は貴族であるコルテス・ドートワイトが用意した執事や給仕係など総勢10名の大所帯だ。

そんな彼等彼女等はまるでピクニックにでも来た様な様子で昼食を行っていた。


「あぁ……とりあえず彼等は登録しなくても大丈夫だろう。彼が最前線で戦う訳でも無いからね」


ハハハと乾いた笑いをするダズに特に異論を挟む事なく全員無言で肯定も否定もする事はなかった。


「さて、そろそろいい時間だ。あまりここで時間を浪費してもいい事は無い、早速調査を始めよう」


 空気を変える為かどうかは不明だがフリストフォルが調査を促すとイヴが首を傾げる。


「調査開始は問題ありませんけど、精霊乃燈の斥候の方々を待たなくてもいいんですか?」

「それなんだが、この森の異常が原因かは不明だがどうやっても仲間と連絡が取れない」


フリストフォルが苦々しい面持ちで語る。


「でしたら精霊に力を借りてはいかがですか?エルフの方は特に精霊魔法に親和性が高いと聞きます」

「イヴさんの言う通り私達エルフは殆どの者が精霊魔法を行使できます。しかし今は何故か精霊が怯えていて広範囲の索敵と念話が使えないのです」


イヴの質問をダリアが説明してくれると、なるほどと納得する。


「では試しに私が索敵魔法を使ってみますね」

「それは私達も何度も試したが引っ掛かる者は居なかった」


 フリストフォルから既に試したと言われたイヴだが関係無いとばかりに索敵魔法を発動する。

暫く黙ったまま目を瞑るイヴに黒獅子のメンバー以外が訝し気に見ていた。

待ち草臥れたフリストフォルがイヴの肩に手を触れようとした瞬間横から腕を掴まれる。

油断していた訳でも無いのに気配を感じる事無くあっさり捕まった事に驚愕しながらも行動を抑制された怒りが上回り掴んだ張本人に視線を移し睨む。


「何をする!!彼女はいつまで黙ったままでいる気だ!!」


 その言葉は感情の差異はあるが、フリストフォルが思っている事はこの場の殆どの人達の共通見解だった。

しかしフリストフォルの腕を掴んでいる男、リヴァイス、ワクワクとイヴの顔を覗き込んでいるエリーゼ、そのエリーゼの行動に呆れているフェルト、この3人だけは理解していた。


「お主等何を勘違いしているか知らぬが、イヴは既に索敵魔法を発動しておるぞ」


 周囲を確認したリヴァイスが全員の勘違いを訂正すると皆驚愕していたが、その驚愕を口から吐き出す前にイヴがゆっくりと目を開くと同時に口を開く。


「精霊乃燈の方々かどうかは分かりませんが、2人見つけました。ここからそんな離れていませんね。動く気配が無いので気を失っている可能性があります。その方々の周辺に生き物の気配はありませんが早く合流する事に越した事はありませんから直ぐにでも向かいましょう」


 素早く説明するとイヴは全員の判断を待たずに走り出した。

後ろではダズがイヴを止めようと叫ぶが止まる気配が無いイヴに仕方ないと追随する。

先行するイヴの左右には既にエリーゼ、フェルト、少し後方にリヴァイスが揃っていた。


「あぁ〜やっぱりいつ見てもイヴの魔法は綺麗だわ〜。思わず見惚れちゃったわ〜」

「エリーゼさんは相変わらずの変態さんですね。ですが皆さんが一緒に着いてきてくれるのは嬉しいです。ありがとうございます」

「イヴは可愛いのに性格がイノシシだからね。普段からの君を見てるから慣れっこだよ。あとイヴもエリーゼくらい変態さんだよ」

「なッ!?私は変態じゃありませんよ!何を根拠にそんな事を言うんですか!」

「えぇ〜それ言っちゃっていいの〜?うふふ、イヴあなた、またそのカバンの中にリオンさんの人形持ってきてるわよね〜?」

「はい?当たり前じゃないですか。これは私の携帯栄養剤なんですから持ってくるのは当然の事ですよ。さすがに1/1スケールを持ち歩くのは無理なので妥協しているんですよ?あとリオンさんの人形じゃなくこれは[愛しい勇猛果敢な獣王リオン人形]です」


 予想していたよりだいぶキマってる発言が返ってきた事でエリーゼは引き攣った笑顔をフェルトに向け助けを求めた。


「イヴ、そのリオンさん人形ーーーー」

「愛しい勇猛果敢な獣王リオン人形」

「………い、愛しい勇猛果敢な獣王リオン、人形を頻繁に匂いを嗅いだり舐めたりしてるよね?それは変態行為だよ?」


 フェルトに呼び名を訂正したイヴが彼女の言葉は特に刺さる事なく不思議そうに首を傾げた。


「本人に行なっている行動が何故人形に行ったからと変態行為になるんですか?」


この発言に今度はエリーゼとフェルトが固まる。


「イヴよ、その行為をした後のリオンの様子はどうだったのだ?」


後方にいたリヴァイスが話し掛ける。


「それは勿論!喜んでいましたよ!私達は家族なんですよ?このくらいのスキンシップは当たり前ですよ!寧ろ控えめ過ぎるのでもう少し大胆でもいいくらいですね!」


即答した。

走り続けながらリヴァイスと向き合うイヴはドヤ顔だった。

そんな彼女をジーッと音が出そうな程の視線が三方から突き刺さると次第にイヴの視線がバチャバチャと泳ぎ始める。


「よ、喜んで、ましたよ?たまに、頻繁にデコピン、んん、はっ!そろそろ着きますね!急ぎましょう!」


 バッと前を向いたイヴが話を強引に引き千切り全力で前方に逃走した。

後方からワチャワチャと声がするが全て置き去りにイヴが突貫した。

そんな光景を更に後方で、徐々に距離を離されながら追い掛ける者達が居た。


「何なんだあいつ等……本当にシルバー級冒険者か?」


ダズのこのセリフはこの場の全員の心の声を代弁していた。


「しかもあのイヴという少女以外はまだブロンズ級だった筈じゃが……全員が無詠唱で身体強化魔法を使っておるのか?」


ヴァンダレイの一言で並走していた全員が驚くが納得もしていた。


「確かにイヴって子は索敵魔法を無詠唱で放っていたらしいからな。俺には魔力感知すらできなかったから全然分かんねえけどな」

「私達ですら意識して注視していないと気付けないレベルだった。彼女の実力はシルバー級を優に超えていると言える。それは黒獅子の他の面々に関してもそうだ、さすが指名されるだけはあるという事だろう」

「フォーラの言う通りね。彼女達は全員がゴールド級以上の戦力だと考えて良さそうね。あのイヴって子が頭ひとつ以上飛び抜けているのかもしれないわね、ほら後ろ向きで走っても身体の軸も速度も変わらないわ………いや何あれ凄いわね」


 ダリアが若干呆れながら指差した場所ではイヴがリヴァイスと話す為に向かい合いながら走っていた。

後ろに目でも付いているかの様に木々や地面から盛り上がる根、石などを避けながら前向きと不変の速度で前進している。

暫く観察しながら追走しているとイヴが前を向き速度を上げた。

グングンと距離が離れていくのを必死に食らい付いていると少し開けた場所でイヴ達黒獅子の面々が立ち止まった。

漸く追い付いたフリストフォル達は息切れしながらもイヴに問い掛ける。


「……ハァ、ハァ、と、とりあえず、イヴさん、説明してくれ。ハァ、ハァ、ここに、仲間達が居るのか?」

「厳密には違いますが、まあそうですね。あちらも私達に気付いた様でこちらに向かってきてますね、気絶していなくて良かったです。そろそろ接触してくるかと。なのでみなさんは息を整えた方がいいと思いますよ」


イヴが指差した方を全員で注視しながら息を整え待っているとガサガサと草々を掻き分け2人の人影が浮き上がる。


「ローラン!」「サルマ!」


フリストフォルとダリアが口を揃え2人の名前を呼んだ。

そこには丸い耳をピコピコと動かし黒い髪と目を持つ豹人族の女性が立っていた。


「「はぁ!?お前等なんでここに居る!!」」


呼び掛けられた豹人族の2人、ローランとサルマは驚愕の表情をしながら口を揃えてフリストフォルとダリアを怒鳴りつけた。


「いや何でも何もお前達からの連絡が途絶えたし今日が調査依頼日だぞ?お前達こそ今まで連絡も寄越さず何をしていたんだ?」


怒鳴られたフリストフォルが少し困惑しながらも簡潔に説明するとローランとサルマも首を傾げ混乱していた。


「何だと?調査日は明日だろ?連絡だって定時毎にしてただろ?ん?してたよな?んん?サルマに任せてたよな?」

「は?定時連絡はローランの役目だったろうが!俺はずっとダンジョン近辺調査をしてた……筈だ。ん?いや俺が連絡してたのか?」


 2人とも記憶が曖昧な様子でお互い確認作業をしていたが遅々として進んでいなかったのでフリストフォルが口を出そうとすると、それを割って入る者が居た。


「まあまあ、今はとりあえず落ち着いて下さいお二方。お二人が無事で良かったじゃないですか。私達はこれからダンジョン内に入る計画を立てていたので、戻りがてらここまで仕入れた情報を精霊乃燈のみなさんで共有して下さい。開示できる情報があれば後程私達にも教えて下さいね。あっ、申し遅れました、私は黒獅子のイヴと言います。よろしくお願いしますね」


 イヴが有無を言わさぬ圧を精霊乃燈に浴びせると4人とも納得してくれた。

その後イヴが言った通り野営地に戻るまで少し離れた所で精霊乃燈が調査報告会をしていた。

暫くして野営地まで戻ると貴族チームは食事が終わっておりドートワイトは無防備に仰向けでイビキをかきながら爆睡していた。

イヴは1人で執事の元に向かいこれからすぐにでもダンジョン調査する旨を伝えるとドートワイトが起きたら同行するとのこと。

その後それぞれの装備を整えダンジョン前に集合した。


「それじゃ行きますかね」


 ダズの一言に全員が頷くと漸くダンジョン調査が開始されるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[留守番]


 ダンジョン調査依頼の冒険者達が旅立ち、そろそろダンジョンに着いたであろう昼頃、いつも通り仕事がひと段落したマリーは昼食をどこで済ませようかと考えながら外に出ると前方に見知った3人組が和気藹々と談笑しながら歩いていた。

そこでマリーは先日、最終確認の際に話した内容を思い出した。

仕事終わりにマリーが話し合った内容を聞きたいという好奇心に引き摺られ3人をご飯に誘ったが先約があると断られてしまったのだ。

内容自体は帰宅したイヴから聞けたので問題無かったが、何故かあの3人の事が気になっていたマリーは丁度いいと昼食を誘う事にした。


「こんにちわ、こんな所で会うなんて偶然ね。昼食がまだなら一緒に如何かしら?すぐそこにオススメのお店があるんですけど」

「あっ、マリーさん!こんにちわ〜、確かにもうお昼ですね。オススメのお店良いですね!是非是非〜」

「あぁ、オイ!勝手に決めんなよな」

「良いじゃな〜い。エレナだってこの街の事全然分かってないじゃない。さっきだって自信満々に先導しようとしたけど結局迷っちゃったしねぇ」

「そ、それは……ぐぬぬ、クソッ!勝手にしろ!」

「もう素直じゃないなぁ、ふふ。ウピルちゃんもそれでいいかな?」

「わ、わたしは、リ、お、お兄ちゃんといっしょが、いい、です。で、でもがまん、します」

「あぁ、そうだよねぇ。でもお兄ちゃんは今忙しいからねぇ。後で連絡してみよっか」

「リノアさま、いい、ですか?」

「うんうん、連絡しちゃっていいよ〜」

「やった、です!」

「お待たせしましたマリーさん。それじゃあ早速オススメのお店に行きましょう!」

「え、えぇそうね。行きましょう」


 リノアのテンションに若干気圧されながらも一緒に昼食を取る事に成功する。

入った店はマリー行きつけの大衆食堂ではあるが、常連には店主に話を通せば個室にも案内してくれる。

エレオノールとウピルは分厚いステーキ肉を数枚注文しマリーとリノアは魚の定食セットにした。

料理を待っている間に改めて自己紹介をした。


「私はここリンドブルムの冒険者ギルドで受付を主に担当している狐人族のマリー・ヘリアンサスよ、よろしくね」

「私は、て、んん、ひ、人族のリノアだよ。えぇと、商人をしていて今は依頼した調査が終わるまでこの街で遊び倒そうかと考えてるわ!」

「俺は獅子人族のエレオノール・レーベだ。目的はリノアと一緒だな」


3人の自己紹介が終わり残り1人、ウピルに視線が集まるとビクリと身体を震わせ顔を俯かせてしまう。


「ねぇ、あなたの名前も是非教えてもらえないかしら可愛らしいお嬢さん。私、あなたと友達になりたいのよ」


 マリーが優しく微笑むとチラリと上目遣いのウピルが真っ赤な顔を震わせながら口を開く。


「と、とも、だち、ですか?ウピルがともだちで、いいです、か?」

「えぇ、あなたじゃないとダメなのよ。私はあなたとお友達になりたいわ、どうかしら?」


より柔らかく言葉を紡ぐと恐る恐るではあるがウピルが顔を上げる。


「う、ウピルはウピル、です。よ、よろしく、おねがいします」

「ありがとうウピルちゃん。よろしくね」

「う、うん」


 ビクビクしながらも『友達』という言葉が嬉しくて照れながらチラチラとマリーを見るウピルにその場の全員が癒された。


「イヴにも引けを取らないその可愛さ……くぅぅぅ、たまりませんね……あっ、きましたね」


 マリーが悶えているとウピル達のステーキが先に到着すると目を輝かせながらステーキを見つめる。


「わああぁぁぁぁ!おいしそう、です」

「冷めないうちに食べてね」

「うん!」


 拙いながらもナイフとフォークを使用しハグハグ食べ始めたウピルに続きエレオノール、少し経ってリノアとマリーも食事を始めた。

3人が食べ終わりひと段落ついた時マリーが話し始めた。


「さっきウピルちゃん、お兄ちゃんって言ってたけど今はどこにいるの?」


 緊張感が和らいで未だにハグハグとステーキを食べていたウピルはポロっと溢す。


「はぐっ、む?ダンジョン、です。あっ、わわっ、むぐむぐ」

「えっ?」


 言った後に冷静になり無理矢理ステーキを詰め込み物理的に声を出せなくするが既に遅くマリーは呆然としていた。


「あ、あぁ!あ、あのね、ダンジョンって言っても調査依頼が出てる場所じゃないんだよねぇ、ねっ!そうだよねエレナ!」

「あ、あぁ、そうだな!そことは全く関係ねぇな」

(えぇ……みなさんそれで本当に隠してるつもりなのかしら……。理由は不明だけどウピルちゃんのお兄さんがあのダンジョンに居るのは確定ね。でも妙ね……依頼を受けてからあのダンジョンは立入禁止になっている筈よね。色々聞きたいけれど今ので警戒心が上がっちゃったからこれ以上は無理かな……それなら)

「そうなのねぇ。ねぇ、ウピルちゃんのお兄さんはどんな人なの?」

「むぐむぐ、ん、お兄さんは……かっこうよくてつよくて、いのちのおんじん、です」

「命の恩人?」

「そう、です。くらくてこわくてかなしくていたくてつらいところから、ウピルをたすけてくれたの」

「そう……辛かったのね。でも今は幸せそうで良かったわ」


 ギュッと温かく柔らかい感触がウピルを包み込む。

突然の事であわあわとするものの包まれた安心感からかすぐ落ち着き、目を瞑るウピルはマリーを抱きしめた。

その事にピクリと一瞬マリーは反応するがすぐ口元を綻ばせ口を開こうとするがその前にウピルから爆弾が投下される。


「あたたかい……………りおんさま」

「えッ!?い、今『りおんさま』って言ったの!?リオンさんを知ってるの!?彼は今この街に居るのッ!?」

「ふわぁ!?や、やあぁぁ!」


 突然肩を掴まれ揺さぶられた衝撃でウピルがパニック状態に陥り席を立つとリノアの後ろに隠れてしまった。


「あっ!?ご、ごめんなさいウピルちゃん、驚かしちゃったわね。リオンさんがこの街に居ると思ったらつい……」

「ハ、ハハハ、い、いや〜ほら『リオン』って名前は獅子人族には別段珍しくない名前だからさぁ。私達が知ってるリオンとマリーさんの思ってる人とは別人だと思うなぁ?」

「………それは、無いわね。色々と思う所はあるけれど私がここ最近感じている気配は間違い無くリオンさんのものだわ。ねぇ、本当の事を教えて……リオンさんは、どこに居るの……?」


 リノアの話しも無駄に終わり真っ直ぐ見つめられ涙を流すマリーにぐぬぬと唸るリノアとエレオノール。

その姿を後ろから怯えて見ていたウピルが不意に前に出て来たと思ったら再度マリーに抱き着いた。


「マリーさんも、りおんさま、だいすきですか?」

「えっ?だ、大好きって!?わ、私がッ!?リ、リオンさんを!?えっ!?な、なにを!?」


 急速に顔が真っ赤に染まりリノアとエレオノールから生暖かい視線が突き刺さるがウピルだけは真剣な顔でマリーを見つめていた。


「ねぇ、リノアさま……」


 ウピルが振り返りリノアに何かを懇願する。

暫く見つめ合うと折れたのはリノアだった。

ため息を溢すとマリーの名前を呼んだ。


「ハァ……マリーさん、詳細は本人に聞いてね。多分あと2-3日でこの街に帰ってくると思うからさ。私達が言えるのはコレだけだよ。これくらいなら大丈夫だよね、ねっエレナ?」

「いや俺は何も言ってないから仮に罰を受けるのはリノアだけだ」

「えぇ!?そんなぁぁ……うぅぅぅ」

「リノアさま、ありがとう、ございます。マリーさん、うれしそう」

「えっ?そ、そうかな……そう、だね。嬉しいかな」


 ウピルが笑顔を向けるとマリーもそれに合わせて満面の笑顔を向けるのだった。

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