第48話 キマイラ運送


 [高枕無憂]



 リオンからアルマースを救助したレイ達はカルディア城に帰還してすぐに治療の為、城の兵士にアルマースを預けると残りの近衛魔装兵を緊急召集した。

数時間後カルディア城の一室に現在残っている近衛魔装兵8人と各々の副官が集結した。

皆いつもと違う空気を感じ取り視線をズラすと大体会議開始前に喚き出すアルマースが四肢をガチガチに固められ身動きがとれない状態で静かに座っている。

普段からよく言い合いになる水色の髪が美しい少女のリョートが話し掛けようと口を開きかけるが、それより早く正面から声が掛けられる。


「みんな、突然の召集に関わらず迅速に集まってくれた事に感謝するよ。さて、早速だけど今回集まってもらった理由から話すとするよ」


レイが一度全員の顔を見回すと続きを話し始めた。


「つい数時間前僕とラウム、それにアルマースが現在色々と噂になっている『厄災』と呼ばれる存在と接触し、話をしてきた」


 簡潔に伝えたレイの言葉に場が少しざわついたもののラウムがスッと手を挙げると静寂が戻ってきた。

ありがとうとラウムを労うレイが再び口を開く。


「意思疎通を行った結果、今回判明したのは此度の『厄災』とは魔獣キマイラの事であり、共通語を話せる知能を持ち合わせているとても危険な存在だったよ。彼が相手なのであればガリュナーが失敗したのも仕方が無い事だと思う程にね」


そこまで話した所でラウムが疑問を口にする。


「レイ、そもそもアナタが言うキマイラとは一体何なのかしら?言葉を理解、話す魔物は確かに珍しいけど年月を積み重ねた強力な魔物が獲得する可能性があるのは知ってるわ。けど、アレが本当に伝説に語られているキマイラなの?あと、態度はとても傲慢ではあったけれどアナタが気にする程の力は感じなかったわよ?」


 レイが再び全員の顔を確認すると首を傾げる者や無表情を貫き通す者、苦々しく顔を俯かせる者など様々だった。

しかし問い掛けに対しキマイラの名前は全員知っている様だが、姿形を知っている者は誰一人居なかった。

目を閉じ、腕を組みながら少し考えるレイだったが、暫くすると目を開けた。


「なるほど、ラウムにはそう感じたんだね。アルマース、君はキマイラ君……あぁそうそう彼は『リオン』と言う名前なので僕はリオン君と呼ばせてもらっているよ、ハハハハ。おっとちょっと逸れてしまったね、それでアルマース、君はリオン君の強さをどう感じたか教えてくれるかい?」


突然話しを振られたアルマースが眉根を寄せ不快気に鼻を鳴らす。


「ハンッ!それは俺に対する嫌味かレイ!!」

「ハハハ、まさかまさか、そんなつもりは無いさ。ただ現時点では君だけがリオン君と戦闘をして唯一生存している存在なのだからね。体験談は今後の作戦においてとても重要になってくるものだからね、是非教えてほしい」

「アレが戦闘か……ハハハ、そりゃ逆に笑える話だぜ。俺が話せるのはこの場で唯一勝てる見込みがあるのはレイ、お前だけだ……あとの奴等は束になっても、アイツには勝てねえよ」


 普段からプライドが高く負けず嫌いなアルマースが勝てないと、束でも勝てないと言い放った事は大小あれどその場にいる者を動揺するくらいの衝撃があった。

しかしレイは普段と変わらずニコニコと笑顔を張り付けながら頷いていた。


「うん、そうだね。君のリオン君に対する評価は間違ってないと僕も思うよ。あっ、そう言えば少し話が逸れるし、とても些細な事だけど帝国軍人である獅子人族のエレオノーラ・レーベが裏切って現在リオン君側に付いているよ。とりあえず彼女ひとりを反逆罪で処刑対象にするから彼女の部下達には手を出す事は禁止だよ。さて、話しを戻して実体験した彼からの貴重な情報を貰った所でラウムの質問に答えるよ。先ず実力に関してはアルマースが言っていた通り君達が束になって戦っても現時点では勝つ事はできないだろうね。それはラウム、君が居ても同じ事だよ。ラウムが彼から力を感じなかったと言うけど、逆に考えて欲しい。君程の力を持った存在も騙してしまう程リオン君の力は隔絶されているのさ、だから君はリオン君の力を感じ取れない。僕ですら彼の全ての底は見えなかったからね、まるで漆黒の沼に手を入れている様な感じだよ」

「アナタがそこまで言うんならあの魔獣の強さは本当なんでしょうね……。でもそれ程の評価なのにそんな存在をアナタは2週間そこらで殲滅出来るのかしら?」


エレオノーラの件は誰も興味も関心も無いのかレイの決定でサラッと流された。

そんな些事よりラウムが納得しリオンの実力を認めた事が周囲には驚愕だったが、その後の発言にはさすがに黙っていられない人が多いのか矢継ぎ早に質問をレイに浴びせる。

当の本人である彼はニコニコしているものの少し困惑した表情で場を落ち着かせる。


「疑問が出てくるのは理解できるけど、とりあえず落ち着いてほしい。確かにリオン君とは近い内にもしかしたら戦う事になるとは思うけど、ちゃんと理由はあるからさ、それも今から話すよ。ただその前に簡単にキマイラという魔物について伝えておくね。キマイラと言うのは書物などで度々登場する伝説上の魔物と言われているけど、どの書物でも姿形が統一する事が無いのはここに居るみんなは知っていると思う。その理由として本当に彼、キマイラというのは固有の形を持たないのさ」

「それは擬態とか人化を持っているマンティコアみたいな魔物って事なんじゃないの?」

「うん、ラウムの疑問は最もだし勿論リオン君は人型にもなっていたからそういうスキルも持っているんだろうね。ただ君も見ただろう?今のリオン君は目視出来るだけで獅子、狼、蛇、竜の4種の生物の特徴が現れていたよね。もしかしたらもっと居るかもね。それからも分かるとも思うけど、キマイラには決まった姿が無いんだよ」

「……それなら複数の生物の合成体を総称してキマイラと呼んでいるということ?」


再びラウムが質問するがレイは少し困った様に首を横に振る。


「そうとも限らない……いや、全体的な発見数が少ないからそう断言するだけの確証が無いんだよね。ただ僕が知る限り、見た目が竜や鳥型など単一に見えるキマイラの存在が確認されているので一概に判断は出来ないね。まあそういった未だにどういう経緯で発生するのか、本当に種としての存在なのかは不明なのさ」

「なるほどね……そんな存在は個人的には興味があるけれど一先ずキマイラという存在がどういったものかは理解出来たわ。それで具体的に今のキマイラの強さと殲滅する作戦について聞こうかしら」

「興味があるなら今度詳しく教えてあげるよ。他のみんなも大丈夫かな?何か質問があれば僕が答えられる範囲なら応えるよ?」


レイが全員の顔を見渡すが特に疑問が無いらしいと判断したので続きを話し始める。


「では次にラウムの質問にもあった通りリオン君の強さと対策を話そうと思う。強さに関しては先程も言った通り君達が束になっても勝てないくらいの強さだね。そしてその強さが弱点にも繋がるのさ。彼はその強さ故に他者を見下し軽視する傾向にある。その傲慢さを逆手に取り、準備する事でリオン君を圧倒する事ができる筈だ。ハッキリ言うとここ最近は君達も死力を尽くす戦いとは縁遠かったとは思うからね、この2週間の準備期間に君達を鍛える事にするよ!!」


 今まで見た事無い程やる気に満ち溢れているレイにラウム以外の者が気圧される中、彼がバンッとテーブルを叩くと高らかに宣言する。


「ハハハハハ!!さぁさぁさぁ!!こんな素晴らしい試練を与えて下さった神に感謝を捧げ、全身全霊を以てこの試練に挑みましょう!!」

「落ち着いてレイ」

「おっと、ハハハ。つい熱くなってしまった様だね。それじゃあ残る対策について説明しようかーーーー」


 その後レイの説明は数時間にも及び、対キマイラ戦の戦略を練ると最早戦う前提に話しを進める彼に対し全員特に疑問に思う事無く傾聴するのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 カルディア城でレイが近衛魔装兵に召集を掛けていた頃、リオン達はキョロキョロと周囲を確認し今更ながら吸血鬼っ子のウピルが居ない事に気付くと回収する為にその場をリノアとエレオノーラに任せるとリオンは移動を開始した。

ウピルの場所までは空を飛んで数十秒程で到着した。

地面に着地すると視線上に嗚咽を漏らし大粒の涙をボロボロと流すウピルを発見するがリオンは首を傾げる。


「あん?なに泣いてんだ?」


 音も無く着地したので突然声を掛けられ漸くリオンを視認したウピルが嗚咽から号泣に移行してリオンに抱き着く。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁん、り、り"お"ん"さ"ま"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」

「ふむ……まあいいか、そのまま掴まってろ」


 一瞬で対応が面倒臭くなったリオンが安定の放置を決め込むと泣き叫ぶウピルを頭の上に移動させ、その状態のままリノア達の元に戻る事にした。

合流すると案の定リノア達に白い目で見られたもののこれまたスルーすると話しを進めるべく一箇所に集まっていた天翼人族に近寄る。


「お前等はこのまま故郷に帰んのか?」


リオンが話し掛けるが全員ビクリと震えるばかりで会話が出来ない。

チラリとリノアを見ると呆れた様に近付いてくる。


「今のリオンに怯えない人は殆ど居ないと思うよ?代わりに私が話すからリオンはウピルちゃんの相手でもしていてよ」


 どちらも面倒臭いと思っていたリオンだったがずっと頭上で泣き喚きびちゃびちゃにされるのは不快だったので、ゆっくりと踵を返すと少し離れた所で横になりウピルに話し掛ける。


「おい、いい加減泣き止め!そもそも何で泣いてんだお前」


 ウピルがピクリと反応し大泣きから徐々に嗚咽混じりに落ち着くがグシグシと顔を拭いているがすぐには口がきけない状態で、もう少し時間が掛かりそうだと判断した時呆れた口調で念話が届く。


(やはりお主はバカじゃのぉ。そこな吸血鬼っ子はお主が狂乱した時の最初の被害者とも言える存在じゃて、もう少し優しく扱ってやらんか!)


 テースタがウピルを庇う言葉を発すれば、それに対して反発する念話や全く関係無いモノまで飛び、頭の中がガヤガヤし始める。


(キャハハハ、お爺ちゃんこそおバカなんだからぁ〜。リオンが優しくするのはわたしだけなんだよぉ?そんな事も知らないの〜?そんな子に優しくする必要なんてないんだから〜)

(リオン〜そんなのどうでもいいからぁごはんにしようよ〜。なんかとってもお腹空いたよ〜)

(私は吸血鬼の子もチワワみたいで可愛くて良いと思うわ〜)

「うるせえ黙れ。ん?あぁ、そういやこの姿だからぴーぴー泣いてんのか?人型の方がいいのか?」


 ルプ達を一喝し黙らせると自らの身体を見ながらウピルに問い掛けるとバッと勢い良く顔を上げブンブンと力強く横に顔を振る。


「さ、さいしょは、お、おどろきました、け、けど、今、はだいじょう、ぶ、です。こ、こわく、ない、です」


 いつも通りプルプル震えながら話すウピルに慣れたのか特に気にする事無くリオンは話しを続けた。


「そうか、ならこのままだな。擬態とか人化使うと窮屈なんだよなぁ。今ならトランクに詰められた人間の気持ちが分かるな、クハハ!」

「と、とらんく???ど、どういうこと、です??」


 まだグズグズはしているが問題無く話せる様になったウピルがリオンの後半の独り言を拾い問い掛けるがリオンがそれに応える前にリノアがこちらに声を掛けてきた。


「リオーン、こっちの話し合いは終わったよ。それで何個か問題があるからリオンも一緒に考えて欲しいんだよね。問題の何個かはリオンなら簡単に解けそうだからこっち来て〜」


 面倒臭い雰囲気を前面に見せるがリノアも既に慣れているのか普通にスルーされ、早くしてねと言われる始末。

解せん。

結局問答すら面倒臭かったリオンはノシノシと天翼人族達の元に歩いて行った。

近付くと捕まっていた全ての天翼人族が横並びに跪いており、その中で真ん中に居る見た目20代前半くらいの青年が一歩突出して跪いていた。


「それで?問題ってのはなんだ?」


リオンが怠そうにリノアに問い掛けると彼女が答える前に目の前の青年が先に口を開く。


「リオン様!!この度は私共種族の命を救っていただきありがとうございます!!」

「「「ありがとうございます!!」」」


青年の言葉に続く形で残りの天翼人族も感謝をリオンに伝えた。


「先程は失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした!!話しを聞けば私の愚妹もリオン様に命を救われたと伺いました!!感謝してもし切れない思いです!!しかしながら私共の力不足故、再びリオン様のお力添えいただきたく存じます!!!」


 無駄に謙る言い方に辟易してくるリオンだったが、ひとつ気になる内容がありそれを先に聞く事にした。


「俺がお前の妹を助けた?その言い方だとその中に妹は居ねえのか?今回含め俺は別に天翼人族なんて助けてねえぞ?助けたのはリノアとレーベだろうが」


 リオンの言葉に青年は一瞬キョトンとするが視線がリオンから隣に移動したのでリオンも自然と隣に視線を移す。

そこにはリノアが自らを指差し笑顔で頷いていた。


「いやお前かよ!!んー……確かに似てる、のか?」

「いやそこは普通に気付いてよねぇ。似てはないと思う、兄は母親似で私は父親似だからね」


 リオンが兄と妹を交互に見るがよく見ると確かに似ているかも?と少し納得した事で満足したので話しを進める事にした。


「ハァ、それで?問題ってのはなんだ?」


リノアとその兄が質問に応えた。



1.奴隷紋と枷の解呪

2.故郷への帰還手段

3.上記手段確保までの隠れ場所

4.宝杖の奪還

5.散り散りになった同胞の救出

6.リオン様への貢物

7.妹の婚約者捜し



以上、上記7個で何個か余分な問題があるがまとめるとこんな所だった。

1は話している最中にリオンがサクッと全員分解呪して解決済。

4もリオンが奪還するとリノアから説明された為対策済。

5は基本は自分達で捜す事になったが立ち寄る街や村で出会った際には保護又は伝言を伝える事にして対策済。

6は現在天翼人族は敗戦によって価値ある物は奪われてしまったので貢ぐ物が無いと言われたので、人体実験用に天翼人族を求めたテースタを黙らせ用意できたら貰う約束をして先延ばしにしたので解決済。

7に関してはスルーした。

なんか兄の視線が凄かったが、この世界は変態だらけだと知っているリオンはさらりと受け流し話題をバッサリぶった斬った。

その後兄妹で言い合いしてた。

残りは2と3だが、それ等に関しては整うまで幻術で人族に見える様にして帝国内に隠そうかと考えたが、人数が多過ぎるしあのレイとかいう人族には看破されそうだなと考え棄却した。

結局今後のリオンの考えの都合上前回やったリオンが運んでいく作戦となり、決行する5日後まで天翼人族達はこの森の中で野宿する事となった。

話し合いが一区切り付く頃には空が白み始めておりリノアの兄、アレックス以外疲労が限界を迎えたのか皆スースーと寝息を立てていた。

その後食料を大量に与え宿に戻る事を伝えるとリノアとエレオノーラが心配だからと残る事になりリオンは擬態するとそのまま走って宿に向かった。

 準備期間として設けた5日間で20人乗りのゴンドラの作成、簡易宿泊場の設置、情報収集、鍛錬と充実した日々を過ごした。

その際見覚えがある連中が居たが現在の帝国に商機を見て訪れたんだなと楽観的に捉え接触も面倒だったのでリオンは無視した。

そして毎日その日の終わりにはボロ雑巾にクラスチェンジしたリノアとエレオノーラが転がっていたりもした。

最初は慌て、心配していた天翼人族達もリオンがエリクサークラスの回復薬を惜しげも無くぶっかけ回復させているのを見てから多少心配する事はあるが慌てる事は無くなった。

帝国からの茶々が入る事も無く、5日という日々もあっという間に過ぎ、その日は朝からリオンは森の中に居た。

目の前には体調も体型もすっかり健康的になった天翼人族達の姿があった。

その内ひとりの青年が一歩前に出る、リノアの兄で現在この集団のリーダーであるアレックスだ。


「リオン様、私共の準備は整っております!!いつでも発てます!!」

「おう、なら行くか。今日中にやっておきてぇからなぁ、クハハハ!!」


 新しいオモチャを与えられた子どもの様にはしゃぐリオンは「そう言えば」と振り返る。


「お前はどうすんだ?来んのか?来ねえのか?」


 リオンが問い掛けた人物、エレオノーラは既に決めていたらしく真っ直ぐリオンを見つめ口を開く。


「勿論私も同行致します!!この国には既に私の居場所はございません。部下達にも連絡は済ませておりますのでご心配には及びません!!」

「…………そうか。まあお前が決めたのなら俺は何も言わねえよ。さて、ならさっさと行くぞ」


リオンは暫くエレオノーラの顔を凝視してから満足したのか早速行動に移した。


「畏まりました!!私共の翼が完治していないばかりにリオン様には多大なご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません」


アレックスが自らの翼をいじりながら謝罪する。

彼等はリオンのポーションにより肉体的な傷は完治したものの精神、魔力的な完治はもう暫く掛かるらしくそれまでは自由に飛べないらしいのだ。

しかしそんな小事を全く気にしていないリオンはここ数日の謝罪連打が凄まじく、逆に苛立ちとストレスが溜まっていた。


「うるせえ!終わった事過ぎた事をいつまでも喚くなボケが!!」


 結果リオンから怒声が飛び縮こまった天翼人族達をポンポンとゴンドラにシュートするとさっさと回収し空に飛び出した。

ゆっくり飛んで景色を楽しんだ前回と違い今回は送った後も色々用事があったので高速で飛び僅か数十分程でギリアム帝国と魔法国家リンドブルムを隔てる大山脈に到達した。

そしてアレックスの誘導により迷う事無く天翼人族の里に到着する。

焼け落ちた家屋に切り倒された大木、ボロボロの里を改めて見て全員が悔しそうな顔をしていたがすぐに復興に向けやる気を漲らせていた。

リオンは急ぐと言い早々に里を後にする。

そして当然の様にリノアとエレオノーラ、ウピルは付いてきた。

その事にリオンは特に何かを言う事無く背中に全員乗せると飛び立った。

天翼人族達はリオンが見えなくなるまで手を振っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 [緊急依頼]



 冒険者ギルド、そこには昼夜問わず常に人の気配があり賑わいをみせている。

依頼を選ぶ冒険者や依頼に赴く為に会議をする冒険者、又は依頼を終え達成報告や失敗報告をする冒険者、依頼を終え隣接する酒場でその日の依頼達成による盛宴や依頼失敗による反省会をしている者などなど……。

また依頼を受ける者が居ると言う事は依頼を出す者もまた存在するということ。

大小の違いはあれど、冒険者ギルドではそれが毎日繰り広げられている。

今日も今日とてここ魔法国家リンドブルムの首都リーヴァの冒険者ギルドでもそんな1日が始まろうとしていた。

ここの受付嬢である空色の瞳に肩甲骨辺りまで伸びた栗色の髪を持つ狐人族のマリー・ヘリアンサスは本日もいつものルーティンとして銀髪に対照的な黒曜石の角を2本生やし、紫紺の瞳を持つ魔人族の少女のイヴと共に冒険者ギルドに出勤し今日分のイヴの依頼を受理し魔法学院に通学する彼女を見送る。

その後は他の冒険者の依頼の受理や処理をしたり書類事務作業をしたりと中々多忙な毎日なのだが、今日はそれに加えひとつの問題が駆け込んできた。

 私は時計を一度確認しそろそろお昼休憩に行こうかと考えていた時、冒険者ギルドの入り口がギィと開き1人の女性が入ってきた。

それだけならば普段から頻繁に起こる事なので私は一瞥するだけで直ぐに視線を逸らすのだが、何故か今日は彼女から目を離せず凝視してしまった。

彼女は黒髪を腰程まで伸ばし、顔は切長な黒瞳をしており胸や腰など全て黄金比の如き完璧なバランスの美女がキョロキョロと視線を彷徨わせていた。

暫くして彼女と目が合うと真っ直ぐ私に向かって歩いてきた。

私は何故か彼女を懐かしく思いつつ少し緊張しながら待っていると彼女が目の前に来た。


「冒険者ギルドへようこそ、本日はどの様なご用件でしょうか?」


普段通り冷静に営業スマイルで対応すると彼女は一枚の紙を取り出した。


「えぇと、受付嬢のマリーさんってアナタですか?」

「え?は、はい、マリーは私ですが、私に何か?」


彼女は私の名前を確認すると安堵した表情になり取り出した紙を差し出した。


「良かった。今日は依頼をしに来たんです、どうぞ」

「そう、ですか。では拝見させて頂きますね」


 私は彼女から受け取った紙を読んでみるがその内容に徐々に眉根を寄せる事になった。

そして一応最後まで目を通すと視線を彼女に戻した。


「あの、本当にこの依頼内容でよろしいですか?」

「ん?どこかダメな所がありましたか?」


彼女が私から依頼書を受け取り、読み返している様だ。

読み終わると再び私に依頼書を差し出した。


「んー……どこがおかしいのか私には分からないので教えてもらえますか?」

「分かりました、では説明しますね」


それから私は依頼書の内容の疑問に思う所を指摘していった。

ちなみ依頼書の全容はこれだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『依頼内容』


最近魔物が活発化しているリンドブルム近郊森林の奥深くにあるクティノスダンジョンにて発生中

で未確認魔物の調査依頼です。ダンジョン入り口に待機所を設置し、いざという時の休憩場所を

つける事を希望する。



ゴールド級以上の冒険者ランク必須



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ひとつ目は私達の冒険者ギルドにクティノスダンジョンについて魔物の活性化や未確認の魔物の情報はありません。そしてふたつ目、魔物の強さが未知数なのにゴールド級以上を指名している所、そして最後に依頼人の名前が無い所です。これらについて説明頂けますか?」


話し終えると明らかに彼女は動揺してます。

あたふたしながら、「ちょっと待って下さい!」と言うと背を向けました。


「えっ!?こ、この……匂い……」


 私は背を向けた瞬間彼女から懐かしい匂いがして一瞬頭が真っ白になってしまいました。

手を伸ばし彼女の肩に触れる寸前に匂いが掻き消えまた固まってしまいました。

彼女が振り向き説明を始めようとしますが今は混乱して上手く言葉が耳に入ってきません。

彼女も不思議に思ったらしく私の顔を覗き込んで不安気に見つめてきました。

女の私でも綺麗な顔立ちだと場違いな事を思ってしまいました。

どうしてだろう、彼女の顔が懐かしい、改めて五感を鋭敏化すると匂いも声も動作も全てが懐かしいと感じてしまう。

なぜ?初めて会った彼女にここまで親近感が湧くのだろう。


「あの〜?マリーさん?大丈夫ですか?おーい、あれ?何これ、どうなってんの?」


彼女が困り顔で私の顔の前に手をひらひらさせていたので漸くハッとしました。


「あ、あぁ、だ、大丈夫ですよ。すみません、少しボーっとしてしまいました」

「そうですか……では改めて説明しますね。私は仲間と共に商人をしてまして、それで偶然ダンジョンの前を通り無謀だとは分かっていたんですが、おいしい素材が無いかとちょろっとダンジョン探索したんですよ。えぇと、そうしたら見た事も無い魔物や普段とは様子の違う魔物に遭遇しまして命からがら逃げてきたんですよ、不幸にもその時商人ギルドのカードを紛失してしまったので再発行しないとですねぇ、あはは。あと依頼人は私です、私は『リノア』と言います」


 彼女、リノアさんの話を聞いて怪しい所しか無く、信用出来ない印象だ。

商人ってのも嘘っぽいな、この依頼を出す理由が分からない。

とりあえず今は情報を集めよう。


「そうですか……それは本当に無謀な事をしましたね。私が言う必要も無いかもしれませんけど、命は1つですから大事になさって下さいね。ではその魔物の外見など詳細を教えて下さい」


 それからリノアさんは普段とは様子が違う魔物の外見や様子、未確認の魔物の外見を話してくれた。

確かに私でも聞いた事も無い外見をしていて事実なら新種の魔物だ。

最後に報酬を設定して終わりだ、この規模だと相当掛かるけどこの人払えるのかしら?


「それでこの依頼の報酬はいくらで設定しますか?ゴールド級以上だと相場で最低限金貨1枚かしらね」


驚くかと思ったけれど、そんな事無いわね。

それとまたこの匂い……。


「それじゃあ金貨10枚でお願いします。あと未確認の魔物をもし討伐出来たら成功報酬で追加で金貨100枚出しますので素材を少し優遇して下さいね」

「はっ?」


今この子なんて言ったの?

金貨100枚?

嘘でしょ!?

そんな財力がある様には見えないけど……。


「し、失礼ですが金貨100枚払えるんですか?さすがにいざと言う時払えないと強制労働などの刑罰になってしまいますよ?」

「だ、大丈夫、ですよ?い、今は持ち合わせが無いけど、それくらいある……はず」


分かり易いくらい動揺してる……。

それじゃ金貨10枚も怪しいわね。

ん?また誰か入って来た。

獅子人族とはまた珍しい人が来たわね。

あの種族は確か先の帝国との戦争で敗れた筈だけど……生き残りか、外に出てた人かしら。

ん〜?こっちに来るわね。

リノアさんの知り合い?


「あのリノアさん、あの獅子人族の女性はアナタの知り合いですか?」

「ん?えっ?あっ!!エレナー!助けてー!お金お金ー!」

「まったくお前は詰めが甘いと言うかどっか抜けてると言うか……ハァ、まあいいや。ほらよっ!獅子、ゴホッ、リオ、んん!あの方からだ」

「わぁ!ありがとうー!マリーさん、これでどう!報酬は用意出来てるわ!」


うわーさっきまで泣きそうだったのに急にドヤ顔になってるわこの子……。

でも……


「確かに報酬額は十分用意できるみたいですね。ではこの内容で受理しますので少々お待ち下さい」

「あっ、マリーさん最後にひとつだけいいですか?」

「何でしょう?」

「この依頼の冒険者のひと組に『黒獅子』だっけ?そのパーティを指名出来ますか?」

「え?黒獅子……ですか?指名する事は出来ますが承諾されるかは確約できません。あと黒獅子のパーティランクはシルバー級なので募集要項を満たしていません」


黒獅子の名前が出された私は動揺を隠し冷静に対処、できたかしら……。


「んー、指名なんで特別って事でお願いします。報酬は変わらずでいいので〜」

「畏まりました。では黒獅子の方々がいらっしゃった際にお伝えしておきます。依頼日前日までにはパーティも決まっていると思うのでこちらにいらしていただいてご確認されるか宿泊されている場所に一報をお伝えできます」

「そうですかぁ、じゃあまた来ますね。よろしくお願いします」


 その後彼女達に募集しておく旨を伝えると了承した彼女達はもう用事が終わったのか帰るみたいね。

あら?どうしたのかしら?またこっちを振り返って、何か言い忘れたのかしら?


「あっ!マリーさん、イヴさんによろしく」

「は?えっ?ま、待って!!一体何者なの……」


 黒獅子を知っていればメンバーも知っているのが当然だけど嫌な予感がした。

その後モヤモヤとした気持ちのままイヴが来るまで私は余計な事を考えない様に事務作業に没頭した。

そして気付いたらいつの間にか日が傾いてたわ。

そう思っていると入り口から賑やかな声が聞こえたので顔を向けるとイヴがこっちに向かって歩いてくる。

今日も可愛いわね。


「お疲れ様です。今日も無事依頼は完了ね」

「はい!お願いします」

「今日とある商人が依頼をしにきたのよ。アナタへの指名依頼よ、正直胡散臭いけど詳細は掲示板に貼ってあるから一度自分の目で確認してみて」


 私がこんな事を言うのが珍しいからかイヴは首を傾げている、可愛い。

掲示板に移動するイヴをずっと眺めていた私だったけど次のイヴの行動には私も驚いたわ。

見た事をそのまま綴ると、ある程度の距離まで近付いた瞬間イヴが掲示板、いや正確には件の依頼書に顔面から突っ込んだわ。

ほらエリーゼさんもフェルトさんもリヴァイスさんですらビックリしてるじゃない、まあ私もその一人だけどね。


「だ、大丈夫イヴさん!というかいきなり何してるのっ!?……イヴ、さん?な、泣いてるの?」

「ぐすっ、この紙いぃぃぃ、リオン!リオンの香りがする!ぐすっ、マリー、さん、この依頼人は今どこにいるの!?」

「えっ!?リオンさんの匂い!?……私には全く感じられないのだけれど、あなた達はどうかしら?」

「俺は何も感じぬな……」

「私も〜。またイヴの幻嗅かしら〜?」

「僕も紙とインクの匂いしかしないね」


どうやらおかしいのはイヴだけだったみたい。


「あっ、それとごめんなさい、何故かそこら辺は全く教えてくれなかったのよ。あとその依頼は2日後だから今から行ったらダメよ?それは依頼人のリノアさんの意向だからね。前日に確認に来ると言っていたわ」


この感じだと目を離したらすっ飛んで行くわね。


「2日後……………あっ……そうですか、分かりました。前日……そうですか、ではこの依頼受けます。すみません、今日はもう帰りますね」

「あっ!ちょっとイヴさん!……エリーゼさん達に相談もしないで……」

「大丈夫ですよマリーさ〜ん。私達は慣れてますからね〜ふふ」

「そうですね。僕達もイヴが暴走するのは慣れっこですからね」


リヴァイスさんも頷いてる……困ったものね。

まあ可愛いから許すわ。

でもやけに素直だわ。

何かあったのかしら。

それにしても紙からリオンさんの匂い……あのリノアって子から突然匂ってきたあの香り……。

でも彼は今帝国に居る筈、よね。

今考えても答えは出ないわね。

まあどうあれ明日以降何か分かるかもしれないわね。

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