第47話 接触

 暴走状態のリオンがアルマースに殴り飛ばされ木々を薙ぎ倒す音が森中に響く中、リノアはリオンを心配するものの目の前の敵に釘付けになり、エレオノーラは相変わらず両膝を付き両手を組み高々と掲げ祈る様にブツブツと何かを呟いていてアルマースの出現に気付いている様子も無かった。


「オイ!テメェ等!!ガリュナーを殺ったクソ野郎はどこだ!!あとここに俺の部下がいたろ?ドレッドをどこにやりやがったァァ!あぁん!それと今のクソ魔獣はなんだ?あぁ面倒くせえ、なんだこの状況はよぉ!!」


怒声がビリビリとリノアを刺激する。

数秒身構えていたが漸く行動を開始したリノアはエレオノーラの所まで後退する。


「ちょっとエレナ!!いい加減しっかりして!!またアイツが来たわ!!」


 リノアがエレオノーラを揺さ振るが未だブツブツと呟き、焦点が合わない目がユラユラと彷徨っていた。

さすがの異常事態に手段を選んでいられないと判断して物理的に正気に戻そうとする。

バシンバシンと複数回乾いた音が響く。


「起きなさい!いつまでも現実逃避するな!!」


 叩き過ぎて赤くなった手を再びエレオノーラの頬に叩き付ける様に振り抜こうとした瞬間パシッと腕を掴まれた。


「……いってえなぁ、リノア何しやがる!」


 恨み言を呟くエレオノーラの顔は正常に戻っておりリノアも安堵する。

しかし状況は逼迫していたのでリノアも早口になりながら簡単に説明していく。


「そんな事言ってる暇は無いわ。奴隷商館で会ったアイツが来たのよ!」


 それだけ聞いたエレオノーラはピクリと顔を歪ませアルマースを最初に確認し、その後キョロキョロと周囲を確認する。


「……記憶が曖昧だな。いつの間にそんな状況になってやがんだ……。そういや獅子神様はどこだ?」

「アナタの話は後でするとして、リオンならアイツに殴り飛ばされてあっちに吹っ飛んでっちゃったわよ。まぁ、あの程度でリオンが死ぬとは思えないけど、今の衝撃で元に戻ってくれればいいんだけど……」


 リノアの説明に首を傾げるエレオノーラだったが薙ぎ倒された木々が積み重なっている場所に目を向け声を上げようとするが被せる様にイライラした様子のアルマースが話し始める。


「テメェ等なに勝手に盛り上がってんだァ?俺の質問に答えろやクソがぁ!!ドレッドはどこだァ?」


 ガンガンと地面を蹴りながらリノア達に質問するアルマースだったが、意識は直ぐに別の所に向いた。

薙ぎ倒された木々の奥からバキバキと木を踏み砕く音が聞こえ始め、暗闇からのそっとその巨体が姿を現す。

その姿を見た瞬間リノアは安堵の息を溢すが、アルマースとエレオノーラは息を呑んだ。

エレオノーラに関しては何故自分がリオンの姿を見て息を呑んだのか分かっていない様子で歓喜と恐怖、正と負の感情を綯い交ぜにした状態で混乱していた。


「オイ!オイオイオイオイオイオイ!ガハハハハ!!なんだテメェはよぉ、改めて見るとおかしな格好してんじゃねぇかぁ!ひょっとしてテメェが『厄災』とか言われてる魔獣かぁ?」


 さすがのアルマースも再び姿を現したリオンに警戒しながら言葉を投げ掛ける。


「あぁ……クソ、頭痛えぇ……二日酔いみてえだなぁ。気持ち悪りぃ、最低最悪な気分だ……何だこの状況」

(うぅぅぅぅ、頭がふらふらするよ〜。なにがどうなってんのぉ……)

(頭痛いよぉ〜……あぁぁぁ頭割れちゃってるぅ、誰がやったの〜?)

(変な夢……いえ、酷い夢を見ていた様ね……。最低の気分だわ……)

(クソクソクソクソォォォ!!誰の仕業だァァ!!この胸クソ悪りいモン見せやがった奴はよッ!!!)

(ふぅ、僕は今のこの身体が一番しっくりくるよ……夢でよかったなぁ、ハァ……気持ち悪い)


 リオン一派はアルマースの投げ掛けを当然の如く無視すると各々好き勝手に話したり念話を撒き散らし始めた。

そこに唯一まともだったテースタが喝を入れる。


(喧しいわバカ者共!!たかだか拷問された小娘1人見ただけで錯乱しおって情けない!!ワシがどれだけ苦労したと思うておるんじゃ!!)


 テースタに怒気をぶつけられたリオン一派は暫し沈黙した後代表してリオンから言葉が投げ掛けられた。


「いや覚えてねえからそんなもん知らねえよ。それより何で俺等が覚えてねえのにお前は何ともねえんだ?話し振りからしてお前はまともだったって事か?何でだ?また何かしやがったのか?」


 当然と言えば当然の疑問を投げ掛けられここ暫くの対処が大変だった事でつい感情的になってしまったテースタは心の中で"しまった"と動揺する。


(アホなリオンのクセにそこに気付くとは予想外じゃわぃ……)

「いやお前それ全部漏れてんぞ?つうか誰がアホだテメェ!!」


 既にリオンの体内に戻っているテースタに物理的攻撃が出来ないので地面に前脚を叩き付けバキバキと粉砕していると前方で一際デカイ破壊音がした。


「俺を無視してんじゃねえよ魔獣風情がよォォ!!いやそもそも獣と会話出来ると思ってる俺がオカシイのか……ククククク。オイそこの鳥亜人!!そこの獣はテメェ等のペットかなんかか?」


 アルマースが遮った事でテースタがホッとひと安心し代わりに話を振られたリノアが警戒心を高めながらリオンとアルマースを交互に見る。

しかし何かを発言する前にリノアを遮る人物が現れる。


「それ以上其方の御方への暴言は許容出来るものではありません!!其方に座す御方は獅子神様です!!アナタ程度の人間がおいそれと触れて良い方ではありません!!」

「ちょ、ちょっとエレナ!」


 リノアの前に現れたエレオノーラは普段の口調からは想像も出来ない程丁寧な仕草と口調で獅子神様ことリオンの事をアルマースに紹介した。

それに対してアルマースは「獅子神?」と怪訝な表情でリオンとエレオノーラを交互に見ていた。

暫くするとアルマースがケタケタと笑い始めると突然姿が消えたかと思ったらリオンの目の前に移動し強烈な回し蹴りを顔面に叩き込み、リオンは再び森の奥に木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでいった。

突然の事でリノアとエレオノーラはビクリと身体が硬直し冷や汗を流す。

しかしそれ以上に冷や汗を流していたのはリオンを蹴り飛ばした張本人であるアルマースだった。

リオンを蹴り飛ばした位置から即座に後退すると額を拭う。


(何なんだあの野郎は……。あの眼……俺の動きを全て見切ってやがったのに避けるそぶりすら見せやがらねぇ……。避ける価値もねえってか!!クソがッ!ムカつく野郎だぜ)


 リオンに対しての畏怖は侮辱された事により憎悪に塗り潰され、既に対象の姿が見えないリオンからリノアとエレオノーラに変わった。


「エレナ、来るよ!今度は本気でやるからね!こんな所で負けてられないよ!!」

「クソッ、仕方ないか……。獅子神様がお戻りになる時間くらいは稼いでみせるさ!」


好戦的なリノアと厭戦的なエレオノーラによるアルマースとの第二ラウンドが開始した。

 アルマースに蹴り飛ばされたリオンは気怠さも相まって受け身を取るのも面倒臭いと勢いのまま木々を薙ぎ倒しながらゴロゴロと森林破壊を決行していく。

しかし徐々に勢いも落ちてきて暫くするとドンと巨木に当たり停止した。

仰向けになりながら空を覆い隠す程生い茂った青々とした葉々を見ながらボーッとしていたが暫くして重い身体を起こす。


「ふむ……だいぶ体調も回復してきたな。それで爺よ、何が起きたのかさっさと話せ!!」

(ぬっ?覚えておったのか……)

「……お前元は俺のクセに俺の事バカにし過ぎじゃねえか?どうなってんの?」

(アホか!乖離したのはどんだけ前じゃと思っとるんじゃ!!根源が一緒でも環境が違えばそれはもう別の存在じゃ!あのガイアとやらも同一根源であるものの地球とコッチでは別の存在じゃったろうが!)


 再びバカにされたリオンだが納得し掛けるもふと疑問に思った事を聞いてみる。


「言われみればそうかもな……だが環境は俺と爺は元よりオピスもルプもツバサ、ロンやブロブだって一緒だろ?地球の時もそうだが今も同じ身体に居るんだからよ」


鋭い指摘に暫く沈黙が続き……


(あれはワシがリノア嬢とレーベ嬢と囚われた天翼人族を救いに厩舎の大扉を破った時の事じゃった……)


何事も無かったかの様にテースタが話し始めた。


「オイ!」


当然リオンは突っ込む。


(黙って聞かんかバカ者が!そうあれはワシがーーー)


 遂には逆ギレし同じ文言を同じ速度同じ口調でリピートし始めたのでリオンは呆れながら仕方無しといった風に地面に伏せると黙ってテースタの話を聞く事にした。

リオン自身は天翼人族の子どもが暴行を与えられた姿をテースタの目から見ていて、記憶もそこからゴッソリ無くなっており気付いたら地面に倒れていて凄まじい二日酔いに襲われていたという事だ。

何故爺だけ記憶があるのかは後でゆっくり聞き出すとして今は爺の話に耳を傾ける。

テースタの考察や愚痴、興奮など邪魔な感情が多分に含んでいたので要約すると地球の時に受けた虐待などの肉体精神的なトラウマを天翼人族の子どもの姿に重ね合わせた結果、精神的に不安定な状態となり狂乱状態に陥ったという事らしい。

しかし今まで拷問を受けた者や虐待にあっている存在を目にしても特に狂乱しなかったが、その原因については爺には分からないとのこと。

狂乱に陥る事に関してもテースタは恐らくと前置くが何故か断言する様に言葉を紡ぐ。


(普通の状態ならお主達もそんな状態にはなり難い筈なんじゃが、今のお主達の中には多数の魂がごちゃ混ぜになっておるからのぉ、ほんのちょっとの刺激ですぐ不安定になるんじゃよ)

「なるほどな……大体の話は理解した?んで?お前が壊れなかった理由はなんなんだ?」


リオンは一通り話を聞くと再び気になっている事を問いただした。


(お主……少し、いやかなりねちっこいのぉ……。そんな性格じゃと女子にモテないぞい。しかも……ハァ、ワシが言わずとも薄々察しておるじゃろ?)

「うるせえ!爺が自ら話す事に意味があんだよ、早くしろ」


リオンから話す気は無い様なのでテースタは仕方無しと判断し心の中でため息をひとつ溢すと渋々語り出した。


(あれはワシが実験を繰り返していたある日の事じゃった……そう!以前から気になっておったーーーー)

「あぁ簡潔に頼むわ〜。爺の話は無駄が多くて長話になるからな」


長くなりそうだと判断したリオンに話を被せられ中断させられた。


(むぅぅ、お主は相も変わらず……ハァ、まあ良い。結論から言えばワシの中にあったワシ以外の魂を全てお主、リオンの中に突っ込んだんじゃよ〜ほぉほぉほ)


アッサリ告げたテースタのスッキリした笑い声のみ頭の中に響き渡り、暫く沈黙していたリオンが口を開いた。


「……まあそんな事だろうと思った。それで?他の奴等の中にある余剰分の魂は排除出来んのか?」


特に気にした様子も無く根本的解決に踏み出すリオンにテースタは驚きながらも問いに応える。


(ほひょおぉ、お主が建設的な事を口走るなぞ明日の天気は槍かの?血の雨かの?ひょひょひょ。そんな殊勝な心掛けが出来るお主に質問に応えてやろうぞ。………無理じゃな!バカなお主に簡単に伝えるとワシ等の中での移動は可能じゃが解放は無理という事じゃな)


いつも通りバカにされながらも無理だと断言されたので今は引き下がる事にした。

しかし後日状況が落ち着いた際に「俺はバカじゃない教えろ!」とテースタに詳細を聞いた。

その時の話によると、そもそもリオン達の中に入っている魂は前世のリオンの身体だけを起点に輪廻転生し続けたリオンで無くリオンで有る魂なので現在のリオン達に完全に結び付いており、切り離すのは現時点では不可能なのだという。

ちなみにリオン一派は表層面、つまり姿形は多少変質してはいるが魂は元が同じという事もあり全て同一の存在である為、そこでの受け渡しは可能とのこと。

能動的に移動させる事は可能だが受動的には移動しないらしい。

細胞の様に同一の存在でも部屋が隔たれているので魂の含有量に応じて狂乱に陥る頻度や重篤度が異なるとのこと。

解決策は現在もテースタが模索しているらしいが未だ発見には至っていないらしい。

時間があまり無いらしいので早めに見つけて欲しいものだと楽観的にリオンは思っていた。

と言うのも本人は口では頑なに認めないが、やはりテースタと比較し頭が弱いリオンは詳細を聞いても理解出来なかったので途中から現実逃避気味に今後の楽しい事について考え始めていてテースタの話を殆ど聞き流していた。


「状況も分かった所でそろそろ戻るか。アイツ等じゃあの硬いカメ人間には勝てねえしな」


遠くの方から爆発音や破砕音が聞こえ始めたのを確認してリオンは怠そうに急ぐ事無くノシノシと歩き始めた。

 リオン達が会議をしていた頃リノア達は既に戦闘に入っていた。

アルマースの弱点は知っているものの奴隷商館で戦った時の焼き増しの様に防戦一方で攻めあぐねていた。


「おいリノア、このままじゃまた負けちまうぞ!」

「分かってるわよ!でも今回は時間を稼ぐだけでいいわよ。そのうちリオンが来るから!」

「まあ、そうだな」


2人共理解していた。

前回と違い、今回は側にはリオンが居ることを。

しかしそれでも2人は安心はしていなかった。

何故ならリオンは戦闘に関しては特にスパルタだと身体の隅々、五臓六腑にまで染み込んでいるからだ。


「来て……くれると思うか?」

「……たぶん。来てはくれると思う……その後はどうなるか分からないわ」


 なので多少弱気になってしまうのも仕方が無い事だと思うが、その考えは遠くから聞こえた地響きにより第一段階に関しては杞憂だと思わせてくれた。

暫くアルマースを牽制しながら待っていると森の奥からリオンがゆっくりとした足取りで戻ってきた。


「お前等、やっぱりまだ殺してなかったか。つうかお前等手抜いて戦ってやがったな?」


 状況を一瞥したリオンが呆れながらリノア達にジト目を向けると2人はビクリと身体を震わせる。


「手なんて抜いてないから!でも今の私達じゃ勝てる相手じゃないからリオンが来るのを待ってたんだよ!」

「そ、そうです獅子神様!!私共は獅子神様の獲物をこうして足止めしていただけなのです!!」


 2人の言い訳とも付かない苦しい戯言を無表情で聞いていたリオンは少し距離を取っていたアルマースに視線を向けた。


「……アレが俺の獲物?ハァ、なんの冗談だ?別に俺の主食は人間じゃねえぞ?そもそも俺に食事は必要ねえし、食うにしてももっと美味い物にする」

「い、いえ、獲物とは好敵手という意味でして……食物としての意味ではございません」


エレオノーラの訂正に眉根を寄せ不快気に笑う。


「クハハハハハ!!アレが好敵手だぁ?レーベ、お前の目ん玉はガラス玉か?何故あんな弱っちいゴミが俺の好敵手になるんだ?すぐ壊れる玩具に価値は無えよ!!」


 そこまで言われて黙り込むエレオノーラとそこまで言われプライドが許さなかったアルマースが怒鳴る。


「舐めた事抜かしてんじゃねぇぞクソ魔獣風情がヨォ!!!人様の言葉を垂れ流す珍獣は初めてだからな、調教して見世物として生涯使い潰してやる!!!だがその前に軽くぶちのめしてやるよ!!」


 明らかに虚勢だと分かる挑発なのでリオンも特に反応する事無くこれからどうしようかと考えていると急に脳内が騒がしくなる。


(サーカス〜?キャハハハ、わたしはねぇ綱渡りしてみたいなぁ)


オピスの場違いな念話がアルマース以外の頭に響く。


(えぇ、そんなのやりたいのぉ?わたしはねぇマジックの方がいいと思うの〜。いらない奴はどんどん消すの〜ぽんぽんって、キャハハハ!)

(ルプ、それはサーカスとは関係無いと思うわ。でも……そうねぇ、私は道化よりかは観客として鍛え上げられた男達でも見て癒されたいわぁ、うふふ)

(フンッ!くだらねぇ)

(僕はお手玉の玉役でもいいかなぁ?動かなくてお金が稼げるなんて素敵だよねぇ)

(ワシもルプのマジック案は良いと思うぞい!人体切断マジックで中身見放題じゃわい、ひょほぉほぉ)


 アルマースの発言に感化され、好き放題話しに花を咲かせるリオン一派に「待て待て」とリオンが注意するかと思われたが、


「お前等バカかよ。今の俺の姿を刮目せよ!!獅子だ!ライオンだろ?サーカスでライオンっつったら火の輪くぐりが定番だろうがよ!」


 そんな事は無くリオンもノリノリでサーカスの定番を語り出した。

この世界にも旅芸人は居るらしく意味を理解出来たリノアとエレオノーラはリオン一派の話の内容にクスクスと笑い出した。

その態度を不快に思ったアルマースが再び怒鳴る。


「なに笑ってやがんだテメェ等!!あぁうぜえ!うぜえよテメェ等!!全員まとめてブチ殺してやるよ!!」


 苛立ったアルマースが地面を蹴り弾丸の如き速度でリオンの頬に蹴りを叩き込もうとする。


「欠伸が出るくらい遅えよ、カメかテメェ!」


その言葉がアルマースの耳に入った瞬間凄まじい衝撃が彼を襲い来た道を高速で戻っていき背後の大木に全身を叩き付けられ肺の空気と共に吐血した。


「がはぁッ!」


 脳震盪を起こして視界が歪み、思考がぐちゃぐちゃになり状況を理解出来ずにいるアルマースに前方からの声が耳朶に響く。


「所詮少し硬いだけのお前はそこら辺のカメと同じだな。言葉を話すカメとして見世物小屋にでも転職すりゃ良いんじゃねえか?クハハハハハ!!」


 アルマースは現在目の前で獰猛な顔を近付けられ罵倒されている。

普段の彼であればそんな状況は許容出来るものでは無く口より即座に手や足が出て相手を血祭りに上げるのだが、今の彼は未だ思考が定まらず手足の自由もきかなかった。

それもその筈で物理的に彼の両手足は全て逆向きに折り曲がっていた。

更に目の前の存在から放たれる今まで感じた事も無い濃密な殺意に自らの身体を乗っ取られたかの様に指一本動かせなくなっていた。

たった一撃、それだけでお互いの戦力差を感じるには十分過ぎる一撃だった。

硬直したまま何の反応も返ってこないアルマースにリオンは飽きたのかリノア達に視線を向けた。


「お前等本当にこんな雑魚にやられたのか?ただカメカメと喧しく喚いてる雑魚じゃねえかよ……つまらねぇ、ハァ……もういい」


 反論しようとした2人だったがリオンがぴしゃりと話を断ち切り踵を返そうとするとエレオノーラが目の前に立ちはだかり跪く。


「お待ち下さい獅子神様!!奴をこのまま見逃すのはあまりにも危険でございます!!ここで始末する事をオススメします!!!」

「…………分からねえな」

「えっ?」


 懇願するエレオノーラの言葉に対するリオンの言葉はとても苛ついていながら自分には理解出来ないと相手を蔑む様な声音だった。


「なんで俺にそれを頼む?このカメを見るお前の顔で判断するならコイツはお前の憎悪の対象なんじゃねえのか?このカメは指揮官タイプには見えねえから獣人と帝国の戦争において前線で暴れていた奴、詰まる所獅子人族の仇だろ?なぜそれを自分の手で始末をつけねえんだ?なぜ他人に仇敵の始末を懇願しやがる」

「そ、それは……た、たしかにそうですね、獅子神様の仰る通りです」


 この時点で未だに意識が混濁している彼女は何故リオンにアルマースの始末を懇願したのか理解出来ていなかったがリオンに諭された事でハッとしエレオノーラは立ち上がるとスタスタとアルマースの元に近付いて行った。

リオンはその姿を少し満足気に見ながら伏せをして静観する事にした。

アルマースは未だにリオンの殺気に晒されておりエレオノーラが近付いても硬直していた。

その様子を確認するとリオンは少し殺気を抑える。

すると強張りが少し抜けたのかガチガチと歯を鳴らし身体を震わせるくらいに緩和したのでリオンは再び満足気に頷きゆったりする。


「く、来るんじゃねぇ!!テ、テメェ如きに殺られる訳ねえだろうがよ!!」

「一族の悲願の為お前はここで始末しなくちゃならねえんだよアルマース!!」


 強気なアルマースだが四肢は全て折れているので身体が思う様に動かせず、立ち上がる事も出来ずに必死に後退る。

エレオノーラは獣人特有の能力で両腕を肥大化させ獣成分多めの強靭な腕に変化させるとゆっくりアルマースに近付き腕を振り上げた。


「死ねぇぇぇぇ!!!」


 剛腕がアルマースの頭上から潰さん勢いで迫るが、突如周辺から[バキィン]とガラスを割った様な音が響き、「そこまでにして頂けますか?」と青年の美声が耳朶に届いたがエレオノーラは気にせず剛腕を更に加速させるが先程まで居たアルマースの姿が掻き消え、剛腕はそのまま空を切り地面を叩き付けた。


「誰だッ!!」


 エレオノーラが視線を彷徨わせると少し離れた場所にアルマースと金髪の見目美しい青年、ターコイズブルーの髪に金と銀のヘテロクロミアを持つ美少女の3人が居た。

侵入してきたその2人を見た瞬間エレオノーラの背筋がゾクリと氷の槍が貫通した様な寒気と幻痛を齎らした。

彼女が口を開く前にリオンが興味津々な様子で話し掛ける。


「へぇ〜障壁を破ってきたか、女は大した事ねえが男は中々だな。だが何だこの不快な感じ……臭いか?お前等から反吐が出るくらい気分悪りい臭いが漂ってくるんだが……」


リオンの言葉が聞こえていたのか不快気に眉根を寄せた女性が対応する。


「共通語を話す魔獣なんて珍しいわね。それにしては垂れ流す言葉に品性の欠片も無い失礼な奴ね。ねぇ、アナタも黙ってないで何か言ったら?あら?顔色が随分悪いけどどうしたのかしら?」


先程から押し黙っていた金髪青年に話を振るも普段の様子と違うのか訝し気に見つめる。


「ハ、ハハ、ハハハハハ。まさかこんな所でキマイラに会えるとはね。さっさと退治したかったけど残念ながら今はまだ無理な様だね」


金髪青年の言葉が信じられないのか女性もアルマースも驚愕していたがそれに取り合わず金髪青年はリオンに話し掛けた。


「そこのキマイラ君、君には名前はあるのかな?」

「俺の種族を知っている奴はお前で二人目だ、興味深い。まあそれは置いといても他者に名前を尋ねる時は先ず自分から名乗るのが常識なんじゃねえのか?」


 常識を語るリオンに今度はリノアとエレオノーラが驚愕の表情で見つめるが勿論リオンは無視する。

金髪青年も一瞬キョトンとするが直ぐに笑いながら謝罪する。


「ハハハ、確かにそうだね。僕にあるまじき事だ、礼を失していたよすまないね。では名乗ろうかな、僕の名前はレイ、隣の美しい女性はラウムさ。先程からお世話になっているアルマースと同じ皇帝陛下直属の近衛魔装兵だよ。さて、僕達の自己紹介も終わった事だし改めてキマイラ君の名前も教えてくれるかな?」

「クハハ、なぜ俺がお前なんかに名乗らなきゃならねえんだよ」


 小馬鹿にしたリオンの態度にリノアとエレオノーラはジト目をして、アルマースと美女ことラウムはイラついた顔をしたが金髪青年、レイはニコニコと登場時から変わらぬ笑顔で対応していた。


「フフフ、君は面白いなぁ。では僕は君の事を勝手にリオン君と呼ばせて頂くよ」


このレイの発言で先程まで笑っていたリオンの表情が抜け落ちる。


「要件をさっさと言え!」

「そんな怒らないでくれると僕も嬉しいんだけど……待って待って、分かったからそんな怖い顔で睨まないでほしいなぁ。そうそう要件、そうだねぇ要件は勿論アルマース君を助ける事だね。今彼を失う訳にはいかないからね」

「そうかよ、それでその後はどうするつもりだ?俺とやり合うつもりか?」

「ん〜今それは僕としても避けたい所なんだよね。ところでリオン君は帝国に何か用があるのかな?態々人型に擬態して入ってきたのには理由があるんだろう?まさか武闘大会で暴れたかっただけじゃ無いだろう?」


 リオンが帝国に入った時から見てきた様な話し方にリノアとエレオノーラは驚いていたが本人は特に気にする事無く帝国に来た目的を話した。


「アレは単純に暇潰しのお遊びみたいなもんだ。ここにはお前等帝国が天翼人族から奪った宝杖を取り返しに来た」


リオンの言葉を聞くと一瞬リノアを一瞥したレイは納得した様に頷いた。


「なるほどね。帝国に赴いた理由については理解したよ。ただ僕一人の権限でおいそれと返却すると発言は出来ないので、こういうのはどうだろう。僕の権限で皇帝陛下に会わせてあげよう」


この発言にはラウムもアルマースも驚愕の様子でレイに詰め寄る。


「ちょっと!そんな勝手に決めちゃって大丈夫なの?」

「そ、そうだぜ!オヤ、陛下の都合もあるだろうしヨォ」


 2人の発言を聞いてもレイは笑顔を崩す事無く、「問題無いよ」と落ち着いた口調で諭す。

リオンは別にレイや他から許可を貰わなくても気の赴くまま突撃していたが、目の前のレイに興味が出てきたのかアッサリと了承する。


「いいだろう。それでいつ頃皇帝に会えるんだ?」

「即断かぁ、リオン君はとても気持ちの良い性格の様だね。そうだなぁ、あと2週間程で武闘大会の本戦が開始するんだけど、それが3日で終わる予定だから〜その翌日なら大丈夫だよ」

「長えな……まあいいだろう。そこら辺で暇潰しでもしてるか」

「用意が出来次第僕から迎えを寄越す事にするよ。フフフ、楽しくてつい長話してしまったよ。彼がこんな状態だし僕等はここらでお暇させて頂くよ。次会う時はもっともっと……楽しくなりそうだね」

「クハハハハハ!!あぁ楽しみにしてる。しっかりと歓迎の用意をしとけよ、寧ろお前等が完璧だと思うくらい整うまでは呼ぶんじゃねえ。そこのカメも横の女もお前ですらもっとしっかり準備しとけよ」


 リオンの傲慢な態度に身を以て知っているアルマースは歯噛みするのみでラウムは不快気に眉を顰めるに止まりレイは今までの笑みを更に深くし不気味さを増すと楽し気に笑い出す。


「ハハハハハ!本当にリオン君は面白いね。良いよ良いだろう!最高の歓迎を君にプレゼントするとしよう、是非楽しみにしておいてくれよ。さぁラウム、帰るよ」


ラウムに声を掛けると彼女は頷くと一瞬で3人の姿が消えた。


「クハハハハハ!!やはりリノアに着いてきて正解だった様だな!!あぁ、あぁあぁぁ、楽しみだ!!クハハ、そうだなぁパーティは大人数の方が楽しめるか……クハハ!」


 レイが居なくなった事で緊張の糸が切れその場にへたり込むリノアとエレオノーラが安堵の息を吐く2人とは対照的に高らかに笑い、楽し気に今後の催しに期待する1匹の漆黒の獣が静寂の森に響き渡る様に笑い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る