第46話 トラウマ

 リノア達は天翼人族達が移送されている厩舎を発見していた頃、リオンは同じ木の下でウピルと話していた。

相変わらずコアラ化しているウピルからの一方通行の話が殆どだが無視する事は無く、素っ気無いながらも全ての質問や雑談に対応していた。

途中遠方からの轟音や火柱などにはピクリと反応し視線を向けるものの、その他の時間は穏やかに過ごしていた。

事態が動いたのは突然リオンが立ち上がり一点を凝視し始めてからだった。


「ひゃっ!ど、どうしたんですか……?」


 急に立ち上がった事、それに対しビックリしたウピルが話し掛けるもリオンは反応する事無くその一点、厩舎を凝視し続けていた。

肩に座り顔にコアラしていたウピルだから気付いた事だが、厩舎を凝視しながらリオンは何かをブツブツと呟いている。

こんな近距離で聞き取れないのを疑問に思ったウピルはソッと耳を更にリオンの口元に近付ける。

暫くそうしていると聞き取れない原因が漸く判明した。

リオンは今までは共通語で話していたのだが今はウピルが聞いた事も無い言語でブツブツ独り言を溢していた。

段々聞いているとソレは未知の言語というより呪言の類いなのかと思う程抑揚が無く無機質なモノに思えてきてウピルの震えが加速していった。

それを察してかどうかは不明だが、突如呪言がピタリと止まったかと思ったらリオンの姿が掻き消えた。


「えっ?っいたい、あ、あれ?り、りおんさま?」


 突如消えたリオンの高さ分落下したウピルがお尻から着地し、その痛みを緩和させようとお尻をさすりながらキョロキョロとリオンを探す。

後方を確認するとリオンは10m程離れた位置に立っており、それを確認したウピルが痛みを我慢し直ぐ様近寄ろうとするがピタリと動きを止めた。

ヒトの姿をしていたリオンの形が徐々に崩れ、膨張していく。

びちゃびちゃと表面からは夜闇より漆黒の液体を垂れ流していた。

変態は直ぐに収まり漆黒の毛皮を持つ巨大な獅子の魔物、本来のキマイラの姿に戻った。

相変わらずウピルは動けず、恐怖もプラスされ立っていられずペタリと座り込んでしまった。

ウピルは目の前で変態の一部始終を見ていたにも関わらず座り込んでしまったのは今のリオンが普段は抑えている殺気を全方位に垂れ流しにしていた。

そんな殺気に当てられ、ウピルは生物の本能でリオンに対しての恐怖心で身体を縛られていた。

そんな状態のウピルに気付いていないのか無視しているのかリオンは視線を向ける事無く低く唸った。

すると数秒後リオンの身体が再び変化する。

獅子の顔の左側から金色に輝く狼が現れ、右側からは紅蓮の鱗が煌々と輝く竜が現れ、背中からは漆黒の翼がバサっと羽ばたき、獅子の尻尾だった場所にはいつの間にか銀色の鱗が鈍く光る蛇が付いていた。

変化は続く。

獅子の後脚は徐々にパキパキと鱗が浮き出てきて、それは竜の脚を彷彿とさせた。

色は漆黒のままだが全身赤黒い線が走り脈動している。

更によくよく観察すると全身には呪いの様に髑髏が浮かび上がり呪詛を撒き散らしていた。

この段階になるとウピルは恐怖でポロポロ泣き出し自らの身体を掻き抱くと必死に心が壊れない様に耐えていた。

怯えていても姿が見えない恐怖が勝りチラリとリオンを見てしまい、身体中に這っている髑髏と視線が交わる。

「ヒッ!!」と引き攣った声を上げた瞬間ウピルの身体を柔らかい光が覆う。

すると今まで感じていた恐怖心が徐々に溶けていき安心感に包まれた少女は安堵感を抱いたまま意識を手放した。

落ちる刹那の時間の中で聞き覚えるのある声が安堵のため息を溢した気がするが、落ちるウピルにその事を深く考える事は出来なかった。

 ウピルがパタリと倒れたのを見届けた髑髏として取り込まれたテースタは念話を送る。


(はふぅぅぅ危なかったのぉ。もう少しであの吸血鬼っ子が壊れる所じゃったわぃ。おい、リオン!しっかりせぃ!!)


テースタがウピルに魔法を掛け、守るのと同時にリオンの圧も上がっていく。


(コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス)

(チッ!あの拷問された天翼人族の子どもを過去の自分か誰かと重ねおったか?おい、他の奴等は大丈夫か?)


 テースタが他のリオン一派に念話を送ると全員が同時に話し始めたのか様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い混沌を極めていく。


(イヤァァァ!もうヤダァァァァ!!出してぇえエエぇぇえ!ここから出して!ごめんなさいお母さん、もうしない、しないからぁぁぁ!ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイごめんなさいごめんなさい……ここから出してぇぇええぇぇぇぇ!)


 シャーシャーと鳴き真紅の眼から黒い涙を流しながら地面に頭を叩き続けるオピス。


(キャハ!キャハハハハハハ!弱いから虐げられるんダヨ!強く見せろ!強くなれ!他者を踏み躙れぇぇ!恐怖で縛れ!畏怖で縛れ!情で縛れ!愛で縛れ!嫉妬で縛れ!深く深く、縛った鎖で血が滲み筋を断ち切り骨が折れ心まで届くまで深く深く!弱みを見せると殺される、信じるなぁぁ、誰も何もォォォ……キャハハハハハハ!ねぇ、パパァァ、これでわたしちゃんと出来たかなぁ……ねぇねぇ、なんで何も答えてくれないのぉ?ねぇねぇネェねぇねぇネェなんで動かないのぉぉ?なんで?なんでナンデ何でなんでなんでなんでなんでぇぇぇ?)


 グルルルルと唸りながら碧眼から黒い涙を流しながら狂った様に首を振るルプ。


(ウフフフ、男も女も子どもも老人も全て私のモノ。私が死ねと言えば死ぬし生きろと言えば決して死ぬ事は許さない。アナタ達の全てを私が縛る、玩具……そう私以外の存在は全て玩具なの。なのになんで?なんでアナタは私の邪魔が出来るの?いくら砕いても折っても潰しても斬っても溶かしても私の前から消えないし頭の中に入ってくるの!!いい加減うんざりだわ!死んで死んで死んで死んで死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!……あら?アラアラあらアラ?なんで?アナタが増えたわ、何故かしら?目の前のアナタは後ろから覗いてくるアナタと違って動かないわね。寧ろ首しか残ってないわね、あは、アハハ、あははははははははははははははは!)


 背中から生えた山羊頭の白黒オッドアイから黒い涙を流しながらリオンの背中をズタズタに引き裂きながらケタケタと笑っている。


(来るな!ヤメロ!近寄るな!我に触るな!!忘れんぞ貴様等ァァァァァ!この恨み、未来永劫忘れぬゾ!!お前等は勿論その子孫諸共根絶やしにしてくれようぞ!ギャアァァァァァァァァァァ、やめろォォォ!憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いぃぃぃぃぃぃぃ!!ガアアァァァァ!!!)


 ロンは徐々に煌々と輝き出し紅蓮の瞳から流れる黒い滴はすぐに蒸発し黒煙として周囲に散布する。


(い、痛い、痛いよ、やめて……僕じゃない、僕は何もしてないよぉ。ほ、ほら証拠だってあるんだ、見て、僕は何もしてないでしょ?僕じゃない、あの子が……えっ?か、関係ない……?どういうこと……?は、ははは、最初から、全部知ってた?ナニソレ……運が悪かった?そんな理由で僕は死ぬのかい?この痛みは運が悪いから感じる事なのかい?ははは、痛いよ、痛い、ははは、知っているかい、痛みは熱に変わりそして寒さに変わるんだよ……ははは、はぁ……この血袋も枝の様な骨も蜘蛛の巣の様な筋も……痛みに繋がる全てのモノが僕は嫌いだよ……)


 体表には出てこないリオンの中奥深くで踠き苦しむ全ての痛みを拒否した粘体生物のブロブが体色を黒く染める。


(ワシ以外壊れておるのぉ……なぜワシだけ無事なんじゃ?おい、リオンしっかりせい!お主は何か知っておるんじゃろ?あの天翼人族の娘が原因かッ!?あれと主を結び付けたのかッ!?)


 テースタがリオンに再び念話を送るが他のリオン一派と違い念話の全てが殺意に塗り潰されておりテースタの言葉も全く入っていない様だった。

更に言葉を投げようとしたテースタより先にリオンが動く。


「ガアアァァァァァァァァァァァァ!!!」


 大音響の咆哮が周辺を包み込み範囲内に居た魔物や動物の意識を刈り取った。

しかしそれは副次的効果に過ぎず、主要効果は遥か遠方厩舎で既に発揮していた。

この場にその光景を見ても驚愕も動揺の声を張り上げる意識のある者は誰一人として存在しない。

咆哮が止み唸り声が響き、遠方の厩舎は宙に浮き上がり上下左右前後へと振られている。

どこかに穴が有れば御神籤の様にポンポン中身が出そうな雰囲気だったがそれは起きない。

何故なら幸か不幸か厩舎全体を薄光する障壁が覆っているからである。

数十秒シャッフルしていると不意に厩舎に掛かっていた浮力が消失すると地面に落下した。

ドゴーンと凄まじい音が鳴り響くが厩舎は大破する事無く原型を留めたまま逆さまに地面に突き刺さっている。


(ふむ、まあワシが最後に全員に光の障壁を張ってやったから誰も死んでないと思うが……いや、これで天翼人族の1人や2人死んでおっても構わんか、ふひゃひゃ!実験体が増えるのはええ事じゃ!)


 テースタが楽観的にケタケタと笑っていると徐にリオンがぐぐっと身体を踏ん張り、次の瞬間射出したのかと思うぐらいの速度で飛び出した。

斜めに飛んだので落下軌道に入ったその先の着地地点には厩舎があった。

リオンは未だ唸りながら自身の周囲に漆黒の魔力弾を数百生み出した。


(ほあぁっ!?リオン、お、お主アホかぁ!そんなの撃ったら形も残らんでは無いかぁ!!)


 流石にその光景に唯一まともなテースタが慌てて厩舎に更に光の障壁を何重にも掛けた。

次の瞬間光と闇の輝きが周囲を照らし視界を奪う。

数多の魔力弾は同時に放たれた事で数十秒もすると轟音も止み、周囲の光と土煙も晴れていき厩舎の状態もハッキリ視認できる様になる。

光の障壁が張ってあった事で消滅は免れたが全ての威力を相殺できず耐えられなかった障壁に穴が空いてる場所が複数箇所散見された。


(ふぅ、危なかったのぉ……。リオンよ、早よ元に戻らんかバカもんが!なぜワシがお主等のお守りをしなければならんのじゃ!)


 厩舎が何とか原型を保っている事に安堵しながらテースタはリオンに正気に戻る様に念話を送る。

しかしリオンはテースタの念話には応えず消滅していない厩舎を睨み不満気に喉を鳴らすと風魔法で逆さまになっている床部分を消し飛ばし、再び浮かせると中に入っていたリノアとエレオノーラ、天翼人族その他をバラバラと地面に落とし、空になった厩舎を重力魔法で圧縮し続け、丸いボール状にすると満足したのかポイっと投げ捨てた。


「ガアアァァァァァァァァァァァァ!!」


再びリオンが咆哮を上げるとリノア達の元に飛び出していった。

 テースタが突如消え、ピンボールの様に理解不能な状況に襲われ気を失っていたリノア達が再び大きな衝撃を受けた事で意識を回復させる。


「……んっ、んん……あ、あれ……ここ、は?いたた、一体なにがあったのよ……」


 リノアがフラフラと頭を振りながら上半身を起こすとエレオノーラも同じタイミングで身体を起こしていた。


「痛えな……どうなってやがんだ?ん?ここは……外、か?俺等いつ外になんて出たんだ……?」


 2人とも答えが出ない疑問を呟いていると他の面々も続々と意識を覚醒させ現状に困惑している様子だ。

勿論その中にはさっきまで戦っていた男達もいるのだが、彼等も今はそれどころではないのか4人固まり話し合っていた。

そんな彼等、彼女等の混乱を吹き飛ばす様に大音量の咆哮が耳を劈く。

今まで誰も気配すら感じなかった場所から咆哮と共に全身を突き刺す殺気が放たれてきた事で全員反射的にそちらの方に視線を向けた。

その声の主を見て反応したのか1人だけだったが、その1人もすぐに噤む。


「あっ、リオン!えっ?」


 崖の上からこちらを見ていたリオンが次の瞬間にはリノアの目の前に降りて来ており、唸りながら見ていた。

一瞬の移動にも勿論驚いたが、最もリノアが驚愕したのはその見た目だった。

最初に出会った時とは装飾部が変わっており、更には金狼や紅蓮竜、銀蛇、それに悪魔が全て黒涙を流しており狂った様に暴れている。

その姿にリオンだと知っているリノアですら恐怖で後退ると頭に念話が届く。


(おぉ、リノア嬢無事だったかのぉ、ほぉほぉほぉ。他の連中も全員無事な様じゃな、さすがワシじゃわぃ!)

「テースタさんッ!?無事だったんですね!あぁ、良かった!もしかしてリオンの身体中の模様というか何というか、それテースタさんなんですか?それとこの状況はなんなんですか?」


 リノアがテースタの無事を喜ぶが、それより疑問に思ってる事や現状を次々確認してくる。


(テースタお爺ちゃんで良いと何度言ったらわかるんじゃ……ハァ、まあよい。今はそれどころではないからのぉ。リノア嬢の言う通り骨の模様はワシじゃな、それと状況じゃが……ぬわッ!!)


 説明しようとしたテースタ、もといリオンに向かって膨大な火球が直撃する。

轟音と火柱に合わせて高笑いする男達の声が響き渡る。


「ガハハハハ!化け物がッ!!死ね、死ねえぇぇぇぇ!!!」


 途切れる事無く放たれた火球も数十秒も続けるとさすがに魔力が枯渇しそうになったのか息切れしながら放つのを止めた。

黒煙と生き物が焦げた臭いが周囲を満たす。

固まっていたリノアがやっと状況を理解し叫ぶ前に黒煙が突如掻き消える。

その場所には既にリオンの巨大は居らず魔法を撃ち続けた男達も驚愕しキョロキョロと周りを探していた。

その内誰かが「あっ」と呆けた声を上げながら一点を指差した。

全員がその反応に釣られ視線を動かす。

視線を上へ上へ、丁度全員が頭を真上まで動かした時男達4人が絶叫を上げた。

全員ビクリと一瞬硬直するが、無意識に視線を男達に移すと誰もが驚愕に硬直し、中には衝撃な光景に嘔吐する者も居た。

男達は地面から生えた漆黒の樹の根が両足から突き刺さり、バキバキと音を立てながら徐々に頭に向かって伸びていた。

成長度合と進行度合が分かるかの様に伸びる度に水平方向に枝を伸ばしブチブチと皮膚を突き破り、赤黒い血をびちゃびちゃと地面に撒いていた。

男達は痛みで絶叫しながら気絶と覚醒を繰り返し、失禁と脱糞をしていた。

徐々に絶叫から獣の咆哮の様になっていき周囲に居た天翼人族達が泣き出す者や耳を塞ぎ蹲る者、口元を抑えたり吐き出す者など次々と精神を侵食され発狂する者が現れ始めた。


(これ以上は不味いのぉ、ほれ)


 精神が完全に破壊されてしまう前にテースタが魔法で全ての天翼人族達の意識を刈り取った。

バタバタと倒れる天翼人族、その間も漆黒の樹の根は成長を続け、心臓や脳を最後にするかの様にバキバキ、グチャグチャ、ブチブチと時間を掛け進行するが、結局そう時間は掛からずに全身に根が張り巡らせると仕上げと言わんばかりに、「パンッ」と軽い音と共に爆ぜた。

先程までの咆哮と侵食する音が消え、少しの静寂が訪れるが直ぐ様ズシンと地面を震わせる衝撃が起こる。

目の前の漆黒の魔獣の正体が『リオン』だと知っているのはリノアだけなので真っ先に声を掛ける為に走り寄る。


「リオン!どうしたの?一体何が………えっ?」


 話し掛けながら走り寄るリノアだったがリオンの行動が予想外だったのか理解が追い付かずフリーズしてしまった。

リオンが着地した目の前には先程まで拷問されていた天翼人族の少女が力無く横たわり気を失っていた。

リオンはグルルルルと唸りながらスンスン匂いを嗅ぐとその少女をバクッと食べた。

バキバキグチャグチャと咀嚼音が聞こえ始めた事でリノアは再起動を果たし無意識にリオンに狙いを定め矢を射っていた。


「やめてッ!!なんでッ!?なんでなの!?」


 涙で頬を濡らしながら次々と矢を射るが、その全てがリオンに当たるが突き刺さる事無く無惨にも地に落ちる。

煩わしく思ったのかリオンは唸りながら視線をリノアに固定するとパキィィンと甲高い音が鳴り、リノアの目の前には光の障壁が現れた。

次々と不可視の攻撃がリオンから放たれ、その度光の障壁はパキパキとひび割れ粉々に散り、光の粒子となって霧散していく。

しかし割れても割れても光の障壁が再構築されリノアが切断される事は無かった。

暫く続けていると慌てた様子で念話が飛んでくる。


(安心せいリノア嬢。先程の天翼人族の娘っ子は無事じゃ!リオンがなぜ口に含んだかは知らんがワシのポーションで回復しただけじゃからの!だから今コヤツに攻撃するのは止めるんじゃ!もうそろそろ保たんぞ!)


 その言葉を聞いたリノアが矢を射るのを止めると数秒後にリオンも攻撃を止め唸りながら首を傾げ、ペッと先程食べた天翼人族の少女を吐き出した。

唾液でドロドロではあったが先程まであった痛々しい傷は全て無くなっておりテースタの言う事が間違いではない事を確認するとリノアは駆け出し少女を抱き締める。


「よかった……本当に、本当によかった……」


 涙を流しながら抱く少女からは穏やかな息遣いと温かい鼓動の音が聞こえた。

その様子に安堵した様に更に強く抱き締めた。

同胞の無事を確認したリノアだったが、他の問題が片付いていない事に気付くととりあえず先程から静か過ぎるエレオノーラを探す。


「エレナー!どこー?あっ、大丈………夫?」


キョロキョロとエレオノーラを探すリノア。

直ぐに彼女は見つかり無事を確かめる様に話し掛けるのだが辛うじて最後まで言葉を絞り出す事には成功するものの、異様な状態の彼女にリノアは眉を顰めてしまう。

リノア自身見た事も無い格好だが、両膝立ちし両手を組み、その手を高々と挙げ目を見開きながらブツブツと何かを呟いていた。

それはとても神々しく祈りを捧げている風にも見えた。

獅子人族、将又獣人族に伝わる祈りの儀式かと思い、とりあえず無事を確認出来たリノアはエレオノーラの邪魔をせずもう一つの問題に目を向ける。

地面が揺れる。


「テースタさん!リオン達はどうなっちゃったんですか?」

(ふむ……どうやらリノア嬢の同胞であるそこの天翼人族の娘っ子の姿が過去のトラウマを呼び覚ましてしまった様なのじゃ)

「この子の……?え、えぇとそれじゃあなんでテースタさんだけまともなの?」

(そこなんじゃよなぁ、ホホホ。普段であればリオンの感情の波にワシ等は影響を受けるんじゃが……分からんのぉ。まあそれは追々考えればええじゃろぉ、ほぉほぉほぉ。今は此奴等を正気に戻す方が先決じゃろうて)


地面が揺れる。


「それでどうやったらリオン達は元に戻るの?」

(リオンのアホゥを元に戻せば他のバカ共も正気に戻るじゃろうて、ホホホ。じゃからとりあえずリオンの頭に強い衝撃を与えるんじゃ!)


地面が揺れる。


「えっ?そ、そんな単純な事で大丈夫なの?」

(勿論大丈夫じゃとも!!……ただのぉ〜問題が1つあっての、生半可な衝撃では今の此奴は本能で即座に反撃してくるでのぉ、リノア嬢も身を以て体験したじゃろ?アレじゃアレ、さすがのワシでも長時間守るのは無理じゃて、ほぉほぉほぉ)

「……それじゃ私じゃ無理ね。テースタさんがやるのはダメなの?」


地面が揺れる。


(色々あってのぉ、リオンにはワシ等の攻撃は殆ど通用せんのじゃよ、ほぉほぉほぉ。どうしたもんかのぉ)

「どうやったらそんな状況になるのよ……。でもとりあえず現状は理解できたわ、だけどこんなの打破できるのかしら?今思った事一個だけ聞いてもいい?」

(ん〜?何じゃあぁ?)


地面が揺れる。


「それは一体何をやってるの?」


 視線をリオンの下にやると赤黒い地面を何回も前脚で叩き付けていた。

その場所は既にリオンの前脚首まで埋まっており、それでも気にした様子も無く先程まで男達が居た場所を執拗に攻撃していた。


(其奴等が攻撃してきたのもあるが、やはりその娘っ子を拷問した者共じゃからなぁ。リオンは其奴等を許せんのじゃろ……いや違うの。恐れておるのじゃよ)

「えっ?リオンが?あの人達を恐れてる?何の冗談?」


 予想外の理由を告げられ頭上にクエスチョンマークが山の様に浮かぶが、テースタは特に反応する事無く淡々と話し続けた。


(そう、恐れておるんじゃよ。リオンだけじゃない、今はリノア嬢には聞こえておらんがオピスもルプもツバサもブロブも、ロンでさえ狂って今も絶叫し続けておる。切り離した人格の器にあれ程の時間詰め込み過ぎた魂にはちぃとばかしトラウマが多過ぎるんじゃ……)

「リオンが?恐れてる?と言うか、えっ?器?切り離した?ちょ、ちょっとテースタさん!?な、なに言って……」


 独り言の様に語り、リノアを無視し続けるテースタだったが何かに気が付いたのか念話の中でハッとする。


(そうじゃ!以前研究の為にワシの中の奴等が邪魔じゃったから全部こっそりとリオンに押し付けたんじゃああぁぁぁ!!ひとつ謎が解決してスッキリじゃわぃ!……ほぉほぉほぉ、ふむ……こりゃ仕方ないの。ふむふむ……さて、此奴等をどうするか……ん?お?おお、おぉ、こりゃなんとタイミング良く丁度いい奴が向かって来ておるではないか!クハハハハ!む?おっと、いかんいかん、気を抜くと流れてくるのぉ)


 依然として独り言ちるテースタに呆れたリノアが声を掛けようとすると目の前で凄まじい衝撃があり数瞬前まで居たリオンが消え、左側の木々がメキメキと音を立て折れていった。

慌てて駆け寄ろうとしていたリノアだったが土煙の中から聞き覚えがある声がしてきた事で足を止める。


「オイ!テメェ等!!ガリュナーを殺ったクソ野郎はどこだ!!あとここに俺の部下がいたろ?ドレッドをどこにやりやがったァァ!あぁん!それと今のクソ魔獣はなんだ?あぁ面倒くせえ、なんだこの状況はよぉ!!」


 身構えるリノアの前に現れたのはつい数時間前に戦って敗北した皇帝直属近衛魔装兵の序列9位アルマースだった。

彼は土煙の中からガシガシと橙色の髪を掻きながら怒気に満ちた顔をリノアに向けていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[狂悖暴戻]



 凄まじい衝撃が上下左右前後至る所から突き刺さるが、その衝撃に比べ痛みは殆ど感じない。

不思議な感じだ。

例えるなら全身に膜が張っている感じだろうか。

その膜もピッタリくっ付いている訳では無く、少し空間があり衝撃を殺している。

まあその状態であってもこの現状では脳がシェイクされ意識を手放したんだが。

 周囲の声が耳に入り気怠い身体を起こす。

何が起こった?

確か……あの爺さんが突然消えたと思ったら建物が暴れて……そうだ、巨人が建物を振った様な衝撃で意識を失ったのか。

何故か大きな怪我はしてねえがな。

そういやリノアはどこだ?

ほっ、無事か……よかった。


「ガアアァァァァァァァァァァァァ!!」」


クソッ!なんだこのうるせえ声……は……?


は?


あれ、は、なんだ?


えっ?ナニアレ


怖い怖い怖い


怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


ナニ、アレ……死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。


やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。


アレは近付いてはいけないモノだ。

アレは見てはいけないモノだ。

アレは感じてはいけないモノだ。

アレは聞いてはいけないモノだ。

アレは……。


え?ウソ

リノア?

ウソでしょ

うそうそうそうそうそ

りおん?

アレが?

ドコが?

厄災?

ウソだ

ウソウソウソウソウソウソ

え?

マニアワナカッタ?

ダメだったノ?

ウソだよ

獅し、が、み様

オネガイシマス

アト少し……ワタシニ時間ヲ下さイ

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

オネガイシマス

カミサマ

オネガイシマス

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