第45話 再会
周囲の森から火柱や爆発音に始まり、人の悲鳴や怒号が響く中、仲間である天翼人族が居る中央の小屋にリノアとエレオノーラの2人は一直線に進んでいた。
これまでの進路上で誰かに遭遇する事も無く、不気味な程静かな移動となっていた。
その静寂に耐え切れなかったリノアがエレオノーラに話し掛ける。
「静かだねぇ、誰か先行してくれたのかな?」
「さぁな。だが余計な手間が掛からなくていいな」
「まあ、それはそうなんだけど……あっ、あれだね。見張りは〜……うん、居ないみたいだね。う〜ん、やっぱり変だよ」
視線を少し先に向けると天翼人族が捕らえられている厩舎を目視出来る距離まで近付いていた。
その場から見える厩舎の扉には見張りなど警備している人物は見受けられなかった。
奴隷商館での罠の出来事もあり2人は警戒レベルを更に引き上げる。
「ねぇエレナ、この付近の状況を探ってくれない?」
「あぁ、分かった。リノア、そこの茂みに隠れるぞ」
エレオノーラもそう思っていたのかリノアの言葉に悩む事無く承諾し、不足の事態を防ぐ為に人二人分隠れる事の出来る茂みに移動しようとすると突如背後から嗄れた声が2人の耳朶を打つ。
「ふぉふぉふぉ、その必要は無いぞい。外側に居る邪魔なモノは全てワシが処理しておいたでの」
「誰だッ!?」
エレオノーラは気配も無く現れた存在に警戒心を剥き出しにしてリノアを庇う姿勢で罵声を飛ばす。
振り向いた2人が見たのは夜闇より更に漆黒の空間より滲み出る白髪に白髭の老人だった。
「誰だお前は!!帝国の人間ではなさそうだが、何用だ!!」
警戒心を高め怒鳴るエレオノーラに2人を交互に見てどう動くか躊躇うリノア。
そんな2人の対応に眉を顰め首を傾げる老人だったが、少し考えるとポンッと手を打ち納得した様に何度も頷いた。
「ほぉほぉほぉ、そういう事か、ワシとした事がすっかり忘れておったようじゃ。お嬢さん達ワシじゃよワシ、テースタ爺さんじゃよ〜ほほほ。ロンの鼻垂れ坊主以外はツバサの幻術で人の姿になっておるでの、そう警戒しなさんな」
面白そうにカラカラと笑いながら2人に説明するテースタだったがクンクンと嗅いでも首を傾げるエレオノーラ。
しかし会話の中でロンの名前が出た事で一応の納得を示した。
「そうだったのね、ありがとうテースタさん。ちなみに厩舎内にはまだ敵が残ってるってこと?」
「テースタで良いぞリノア嬢、それかお爺ちゃんでも可じゃ!ほぉほぉほぉ。そうじゃな、厩舎内にはまだ数人残っておるな。まあとりあえず急いだ方がいいじゃろうなぁ、ほほほ」
最後に物騒な事を呟いたテースタにブルッと身体を震わすリノアは迷う事無く直ぐ様行動を開始する。
「テースタさんのお陰でここまですんなり来れたのだから、この時間を無駄には出来ないわ!正面から突撃するわよ!」
「あぁ、分かった。行くぞ!」
「お爺ちゃんって呼んでくれんのかのぉ、寂しいワシ」
勢いを崩すテースタは無視され、2人は勢い良く飛び出して扉を開けると中に入っていってしまった。
その場に残されたテースタは少し眉を八の字にする事で誰も見てないながら哀しみを表現する。
「爺ちゃんの扱い酷く無い?無視はいかんぞい、誰も幸せにならん。ここで最近の若いのは〜とか言うんじゃろうが、ワシ何歳か知らんし。そもそも生まれた瞬間爺じゃった気が……ほほほ。やれやれ、お嬢ちゃん達はしっかりリオンに毒されておるわ……ハァ、素直なイヴちゃんが懐かしいのぉ」
哀しみの気配を纏い静かに独り言ちる老人だったが、次の瞬間にはケタケタと笑いながら周囲の気配を一蹴する。
「カカカ!まあ良いまあ良い!カカカカカカ、どうせ直ぐにイヴちゃんの元には戻る事になるのじゃからなぁ!楽しみじゃ、楽しみじゃなぁ!カカカカカカ。……おっと、今はリノア嬢達が優先じゃな。天翼人族の検体も欲しいが……欲しい、バレずに回収……ほほほ、無理そうじゃな。まあ機会はまだあるじゃろうて、ほぉほぉほぉ」
一頻り呟いて満足したテースタは徐々に頭上から墨を溢したの如く漆黒に染まっていき、遂にはその場から姿を消した。
テースタが1人外で独り言ちている時、一足先に建物内に入っていたリノアとエレオノーラは警戒しながらも素早く奥に向かって進んで行く。
平屋建ての厩舎なのでそこまで時間も掛からず最奥の扉の前を視認するとそこには警備兵が2人居た。
「あの場に2人……中には、4、いや5人居るな。あの2人に声を出させず無力化するしかねえな。中のリノアの仲間を人質に取られたらどうしようもねえからな」
エレオノーラが探知情報をリノアに伝え、迅速に計画を組み立てていく。
「私の弓じゃ威力の強弱に関係無く背後の扉に突き刺さって音が出ちゃうなぁ。上手く位置取りされてる感じがするよ」
「そうだな……それじゃここは俺がやるしかねえか」
「待って、いくらエレナが速くても相手が警報の魔道具を持っていたら不味いわ」
あーでもない、こーでもないと2人で案を練るものの結局何も妙案が浮かばず事態は暗礁に乗り上げてしまった。
もう仕方無しと強行突破を選択しかけた時、再び背後から声が掛けられる。
「こんな時に役立つお爺ちゃんが来ましたぞい、ほぉほぉほぉ。中の奴等に気付かれずに排除すれば良いのじゃな?お爺ちゃん張り切っちゃうぞい、ほほほ」
突然話しかけられた事で声を上げそうになるお互いの口を手で抑えるリノアとエレオノーラにテースタはケタケタと笑いながら返答を待たずに前に出る。
現在曲がり角に隠れながら覗いていたが、テースタは堂々と警備兵である傭兵の視界に入りスタスタと歩いて行く。
距離はまだ10mくらいある。
その大胆な行動にリノアとエレオノーラは驚愕するが、警備兵の反応を見て更に驚愕と疑問が脳を染めていく。
「な、なんであの爺さんに気付かねえんだアイツ等……み、見えてねえ、のか?」
「さ、さぁ……私達にはテースタさんがしっかり見えているけど、あの人達には見えないのかな」
各々疑問をぶつけるも答えは出ず、事態は2人を待たずに更に進行する。
彼我の距離が5m程まで近付くとテースタが不意に片手を振った。
すると突然警備兵の2人が崩れ落ちた。
それにも驚愕するのだが、更に不可思議な事に倒れた際に一切音がしなかったのだ。
テースタはその効果に満足すると更に手を一振りすると次には警備兵など元から居なかったとでも言う様にソコには何も存在していなかった。
振り返るテースタが手招きをするので状況に置いていかれている2人は頭上に疑問符を浮かべながら渋々テースタの元に近寄って行った。
「ほれどうじゃ、お爺ちゃん役に立ったじゃろ!ほぉほぉほぉ、これで残りは中の5人だけじゃな」
「そ、それはそうだけど……。えぇ〜……聞きたい事が多過ぎる……」
「確かに……俺も意味不明過ぎて頭が混乱してるぜ……」
「そんな事聞いている暇も考えている暇もないぞぉ。ここでの事を無音で解決しても先程から鳴っておる外の爆音のせいで中の奴等が警戒心を強めおったの〜、あのアホ竜め……後で仕置きじゃな」
テースタの苦々しい顔と言葉によって混乱していた2人もハッとし表情を引き締めた。
「そうですね。エレナ、中の人の配置はどんな感じか分かる?」
「少し待て」
それだけ言うとエレオノーラは目を瞑り鼻と耳に意識を集中する。
暫くすると彼女は目を開けリノアを見る。
「天翼人族達は両端に等間隔で繋がれているな。中央付近に人族が5人居るが、その前と後ろにも何人か天翼人族がいる……恐らく、人質か壁役にされてる」
エレオノーラの言を受けリノアが表情を顰めるとテースタに視線を向ける。
「レーベ嬢の言ってる事は間違ってはおらんよ。正確に言えば5人の人族の内訳は前衛の剣士が3人、後衛の魔術士が2人じゃな」
エレオノーラの探知を肯定し、更に補足したテースタが2人伝える。
「テースタさんの魔法で姿を消して奇襲出来るんじゃない?」
「ほぉほぉほぉ、発想としては単純で良いと思うんじゃけどのぉ。この魔法とて万能ではないからの、扉を開けた音で敵に認識されてしまうから効果は無いぞい。まあ乗り込んでみればいいと思うぞい、とりあえず何とかなるじゃろうて、ふぉふぉふぉ」
「そうですか……テースタさんがそう言うのであれば行きますか」
渋々納得するリノアだがテースタの実力は知っているので何とかなるだろうと何故か楽観的に考え直すと、扉を力任せに開く。
バーンと勢い良く開いた扉の音が室内に響き渡り、中に居た天翼人族と人族がビクリと反応するが唯一冷静に準備していた魔術士2人が魔法を開幕でぶっ放してきた。
「第四階梯ウォーターランス!」
「第四階梯ファイアーランス!」
相手もリノア達を探知していたのか今までの時間全てを魔力を練る時間に当て、合計8門の第四階梯魔法を放ってきた。
「みんなぁぁえッ!?テ、テースタさん!!」
天翼人族のみんなを呼ぼうとしたが突然の事で驚いたリノアが咄嗟にテースタの名前を呼ぶとヤレヤレと怠そうに前に出る。
「リノア嬢、こんな低レベルの魔法に驚いていては先が思いやられるのぉ、それとももしやお爺ちゃんに甘えたい年頃なのかのぉぉひょひょひょ」
迫る8門の魔法を前に左右に手を振るテースタ。
その瞬間薄光がテースタの周囲のみならず室内にいる全ての天翼人族の周りにも現れた。
意識がある天翼人族はリノアを見て名前を呼んだり泣き崩れたりと様々な反応を見せていた。
障壁を張り終えたテースタの準備完了を待っていたかのタイミングで水と火の槍が衝突し爆音と衝撃、膨大な水蒸気を周辺に吹き荒れる。
天翼人族達の悲鳴が響く。
「「「やったか!」」」
高速で魔法構築した為、光の障壁に気付いていない前衛の剣士が叫び喜色を滲ませる。
しかし魔術士の2人は眉を顰め、追撃の為の魔力を練りながら注意を促した。
「いやまだだ。お前等に支援魔法を掛ける、魔術士であるあの爺から始末しろ!後は大した事無い奴等だ」
筋力上昇、敏捷上昇、耐魔法上昇、耐物理上昇。
前衛の3人にバフを掛けるのをテースタは興味深そうに眺め、相手が掛け終わったのを確認するとケタケタと笑い始めた。
「ヒャヒャヒャ、良い!良いぞ!お主等ァァ!やはり大事なのは実戦じゃな!あぁいやいや、知識も大事じゃぞ?無知な奴は結局行き着く先は破滅じゃからなぁ、ひひゃひゃ。ほれリノア嬢、レーベ嬢出番じゃて!」
楽しそうに独り言ちるテースタが突然振り返ると先程魔術士が掛けていたのと同じ種類の支援魔法をリノアとエレオノーラに掛けた。
驚いた2人がテースタに話し掛ける。
「テースタさん、支援魔法まで使えたの?」
「さすが獅子神様のお仲間……最早不可能な事など無いんですね!」
「ふぉふぉふぉ、こんなの児戯に等しいぞい。あやつ等の魔法を見様見真似で模倣したに過ぎん」
今覚えたと言われ更に驚愕するが、相手が待ってくれる訳も無く質問しようとしたリノアに向かって3人が突撃してきた。
リノアの弓には上下部分に刃を仕込んでいるので多少の近接戦も可能だが、長時間打ち合う設計では無いので3人の猛攻を暫く捌いていたリノアと相手の間にタイミング良くエレオノーラが割り込みスイッチした。
下がるリノアは中衛に位置取り矢を射る。
エレオノーラと対面で打ち合っている男と死角で見えない左右に居る男に絶え間無く矢が浴びせられる。
「チッ!おい、弓使いを何とかしろ!」
イラついた前衛の男が後衛に指示すると同じ気持ちだったのか直ぐ様魔法が何発も飛んでくる。
全て第一階梯魔法であったが、消費魔力を抑えた質より量重視の攻撃にリノアは攻撃を中断し回避に専念せざるを得なくなる。
それを好機と見たのか前衛3人がエレオノーラに連撃を打ち込む。
真っ向斬り、左袈裟斬り、袈裟斬り、逆袈裟斬り、刺突、全てタイミングをズラし隙が見えない様に巧み構成された動きでエレオノーラを追い詰めていく。
「クソッ!コイツ等この連携に慣れてやがる!」
悪態を吐くエレオノーラを遠目にテースタは助けに入る訳でも無く、ボーっと戦闘を観察していた。
そしてその人物を目に入れた、入れてしまった。
(……あれは拷問、よりは尋問に近いかの。少し痛め付けられた天翼人族じゃな、ほぉほぉほぉほあぁッ!?)
魔術士の更に奥にボロ雑巾の様に横たわっていた天翼人族をテースタが視認した瞬間テースタの脳天に衝撃という名の稲妻が落ちた。
少し曲がった腰も今でもピーンと伸び、幻の筈だが頭からは何故か黒煙が上がっている。
「アァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァ」
地獄の底からの呪言の様な絶叫に敵味方問わず全員がテースタという元凶に背を向ける事を拒否し本能的に振り向いた。
「テ、テースタさん、一体どうしたの……?」
「アァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァ」
リノアの声も全く聞こえていないのかテースタの絶叫は止まらない。
リノアとエレオノーラは顔を見合わせ困惑していたが、魔術士の1人が咄嗟に第一階梯魔法をテースタに放つ。
「第一階梯ファイアーボール!!」
火の玉は誰にも妨害される事無くテースタの顔面に直撃した。
破裂音と灰煙がテースタの顔を覆う。
「どうだ、やったか?……ヒッ!?」
リノアとエレオノーラを除く全員が魔術士の男同様に灰煙が晴れたテースタの顔を見て大小様々な悲鳴を上げた。
ファイアーボールが直撃したテースタの顔の大部分が剥がれ落ち髑髏が覗いていた。
しかし絶叫は止み、カタカタと下顎骨の音だけが鳴り響く。
暫く誰も動けずカタカタカタカタカタカタと下顎骨を動かしていたテースタがカチャンと顎を嵌めるとリノアとエレオノーラを指差した。
「リ、リノア、じ、嬢、とレ、レーベじ、嬢、は、はや、早く、ひ、避難、を……ま、まも、守り、を、よ、よ……き、きて、しま、ぅぅぅ」
直後ヒトの生身部分が全て闇の泥の様にドロドロと崩れ落ちた。
「えッ!?テースタさん何があったの!?どういうこと!?」
訳も分からずリノアが詰め寄るが、テースタの異常事態に本能的に脱兎の如き速さで逃げなければ危ないのは分かっているが、同胞の天翼人族を前にしてもう二度と仲間達を置いて逃げたく無い気持ちが勝ってしまった。
エレオノーラはリノアが逃げない事で初動が遅れてしまい足が止まってしまっていた。
その光景を見たテースタは髑髏ながらフッと笑った様な顔付きをした。
「しし、しか、仕方、な、ない、の……」
テースタの全身から膨大な魔力が渦巻き、その全てが敵味方問わず光の障壁で何重にも包み込んだ。
魔力渦が収まるとガシャンガシャンとテースタが崩れ落ちていく。
リノアとエレオノーラが目を見開きテースタに近付こうとした瞬間天地が逆転したかの様な衝撃に見舞われ、踏ん張る事も出来ず天井、床、壁などに何度も何度もピンボールの様に叩き付けられ遂には意識を手放した。
落ちる瞬間どこかから獣の雄叫びと爆発音が響いた気がした。
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[報連相]
ガリュナーに言い負かされたアルマースは確認と報告も兼ねてカルディア城に戻ってきていた。
待機している豪華な部屋のソファにドカッと座ると給仕に酒を持って来る様に指示する。
暫く待つと給仕係が数本の酒を持ってきたのでアルマースは乱雑に酒を注ぐと酒を呷り始めた。
「クソッ!ガリュナーの野郎、調子乗りやがって!いつかぜってぇ殺してやる!」
壁際に給仕係が控えているものの、アルマースは特に気にした様子も無くガリュナーへ悪態を吐きながら更に酒を呷る。
暫くそうしているとアルマースを諌めながら扉を開ける人物が居た。
「アルマース、仲間の事をそんな悪く言うものじゃないよ。ふむ、どうやら大分待たせてしまった様だね、君もいつまでも愚痴に付き合わされるのは良い気分では無いだろう。この場は僕に任せて他の仕事に戻るといい」
前半はアルマースに話し掛け、後半は壁際に控えていた給仕係を労った。
「そ、そんな事はございません。これが私共の仕事でございます」
話し掛けられると思ってなかった給仕が焦った様にペコペコと頭を下げる。
「お前のその言い方もそいつにダメージ与えてんぞレイさんよぉ」
ほろ酔い状態のアルマースが入室してきた人物、レイに指摘するとレイはキョトンとした顔でアルマースと給仕を交互に見るとふふっと笑みを浮かべた。
金髪碧眼の精巧な人形の様に整った顔立ちのレイの微笑みの破壊力は一般の給仕には強過ぎたのか顔を赤面させ俯いてしまった。
その様子をシラけた顔で眺めていたアルマースが何かを発するより早くレイが給仕に近寄った。
「すまないね、僕の配慮が足りなかった様だ。ここは僕に任せ君は君の仕事をしておいで」
微笑みのダメージが抜けていない給仕は言葉を発せずペコペコとレイとアルマースに頭を下げ足早に退出した。
作法的に落第点だとしてもレイとアルマースは特に気にした様子も無かった。
レイが扉を閉めるとアルマースの対面のソファに腰を下ろす。
「アイツはどうした?今日はお前1人だけか?」
アルマースがレイに疑問をぶつけるが返答は別の所からきた。
「私なら既に居るわ。早く報告しなさい」
「ッ!?いきなり現れるんじゃねぇラウム!」
アルマースが先程まで空席だったレイの隣のソファに座る人物、ラウムに怒鳴る。
しかしそんな事どこ吹く風のラウムがターコイズブルーの髪をかき上げ、金と銀のヘテロクロミアをアルマースに向けている。
「ラウム、そんな急ぐ事も無いだろう。こういう時は世間話から入るのが普通だろう?」
レイの言葉を受け、ラウムが面倒臭そうにレイを見るとバッサリ否定する。
「私は貴方達と違って暇じゃないのよ。そんなに話したいなら私は失礼するわ」
有無を言わせぬラウムにレイも肩をすくめアルマースに向き直す。
「っと言う事でアルマース、何が起こったのか報告してくれるかい?」
何事も無かったかの様に発言するレイに既に慣れているアルマースも早速本題を話し始めた。
「ーーーーそれでネズミ駆除の権限を俺からガリュナーの野郎にお前が移したって言いやがったからよ。こうして確認しに来てやったんだ、んで結局どうなんだよ!」
愚痴混じりの報告を聞き終えたレイは立ち上がると腕を組みながら室内を歩き回る。
この行動もレイが思案する時のいつも通りなので2人共何も言わず終わるのを待つ。
ラウムはいつの間にか用意した紅茶と焼き菓子を楽しんでいた。
暫く歩き回りソファに戻ってくると腰を下ろした。
「どうもおかしな事が起きている様だね。僕はガリュナーに厄災の隷属化は依頼したが、それ以外は僕は知らない。ラウムは何か知っているかい?」
「私も知らないわね。ガリュナーは変な男だけれど命令には忠実な男よ、そんな彼が独断で動くなんて今まで無かったわ。アルマース、その時のガリュナーにおかしな点は無かったかしら?」
ラウムがアルマースに話を振ると酒を呷りグラスをテーブルに力任せに置くとイラついた態度を隠さず口を開く。
「アイツは昔からおかしかっただろうが!そん時も変わらずあの野郎はおかしな奴だったぜ。だが間違い無くアイツ本人だったと言えるぜ!」
最後だけは確信があるのか少し自信を滲ませながら言い放つ。
その言動にレイとラウムは顔を見合わせる。
「ふむ、なぜそう言い切れるのかな?」
「最後までお前の名前を明かさなかったからな」
それだけ言うとレイとラウムも納得した様に頷いた。
「なるほど。確かに本人と見て間違いない様だね、となると作戦が失敗でもしたのかな?」
「ハァ?アイツが操られてるって言いてえのか?」
「まあ状況は色々考えられるが、君程の男を欺ける術士はそうそういない。そう考えると偽物を用意するのは現実的ではないだろう、だがガリュナーを傀儡に出来るのであれば説明がつくという事さ」
レイの説明に納得出来ないのかバンッとテーブルを叩くと前のめりに反論する。
「それこそあり得ねえだろ!!アイツは確かに変人クソ野郎だがそっち方面の実力だけは確かだ!そんな奴が誰かの傀儡にされただと!?そっちの話の方が馬鹿げてるぜ!」
「ふふっ、君達は仲が良いのか悪いのか分からないね。だけどね、僕自身今回ガリュナーに依頼した件は一種の賭けに近い内容だったんだよ。君が厄災をどの様に評価しているかは知らないけれど、僕とラウムの見解は一致している」
レイはラウムを見るとため息混じりに頷く。
「そうだね、面倒臭そうだけれどガリュナーの件でハッキリしたわね。厄災の件は私とレイの2人で対処する案件になりそうだわ」
ラウムの発言を聞き、アルマースは一気に酔いが吹き飛んだ。
それ程今のラウムの発言は衝撃的な内容だった。
同じ近衛魔装兵と言っても勿論序列が存在し、アルマースは序列9位だ。
それに比べレイとラウムは序列1位と2位であり、その間には隔絶した力の差が存在するのだが、アルマースは生まれてこれまでこの2人が模擬戦や鍛錬を含め戦闘に係る事をしている現場を目撃した事が無い。
アルマースに限らず周囲の人間に話を聞いても知っている者は皆無であった。
レイとラウムはある日突然皇帝陛下の推薦により現れ、序列最上位を常に守っている存在で出自すら不明なのである。
当時はそんな2人に数多くの者が実力不明では納得出来ないと色々悪態を吐き喧嘩を売ったものだ。
アルマースもその一人だったのだが、ラウムは全て面倒臭いと無視していたがレイに関してはいつもの微笑みを崩す事なく全ての挑戦者との試合を受けていた。
しかし試合をしたその誰もが気付いた瞬間負けていた。
周囲も何が起きたのか分からない、記憶に無いが負けたという意識だけが残るといった状態になり、それが全ての試合でそうなのだからより皆不気味に思い自然と歯向かう者は居なくなった。
そんな謎に満ちた2人が重い腰を上げ厄災にはレイとラウム2人掛かりで挑むと言われればアルマースの衝撃も分かるというものだろう。
衝撃も抜け切らぬまま何か言葉を発しなければ思っていたアルマースより先にレイが口を開く。
「さて、ガリュナーと厄災の話は一先ず置いておこうか。それより君にとってはネズミ駆除の方が先決だね。ネズミの目的は天翼人族、そのネズミも先程のアルマースの報告から天翼人族だと言う事が判明したが、もう1匹はなんと僕達と同胞だと言うじゃないか」
「あんなクソ亜人が同胞ってのはどうかと思うぜ」
アルマースはボソッと独り言の様に呟くとレイは微笑みを浮かべそれを否定する。
「アルマース、確かに彼等彼女等は祖国、生まれは違うが今は同じ帝国民として生きる同胞だよ?僕はね、全ての知恵ある生物は起源を辿れば一なる場所に帰結すると思っているんだよ。そう考えると全ての知恵ある生物は同胞であり、僕等が争う理由なんて無いと思わないかい?見た目が違うから性格が違うから、そんな理由で突き放すのは悲しいよね?僕はね、全ての生物を平等に愛したいだけなのさ。だからね、当然君の主義主張も尊重するけれど僕の前では抑えてくれると僕は嬉しい。僕は君を失望したくないからね」
微笑みながら語るレイだったがその言葉ひとつひとつが謎の力があるのかアルマースの尊厳を噛み砕き咀嚼して侵していく。
最早いくら酒を呷っても酔いがくる事は無く、全て冷や汗の足しにしかなっていなかった。
そんな様子を見ていたラウムが再びため息を溢し口を開く。
「レイ、いい加減にしなさい。また壊れてしまうわよ」
ラウムを発言を受けレイがハッとするとアルマースの青白い顔が何事も無かったかの様に朱色に染まり酔いが帰ってきた。
「ハハハ、僕とした事がまたやってしまった様だね。ゴメンねアルマース」
「あ、あぁ、構わねえよ」
アルマースは何とか言葉を絞り出す。
「ふぅ〜さて、今度こそ指示を出そうか。アルマース、君はこれから奴隷商館に向かいガリュナーの足取りを掴み、可能なら捕縛、無理なら処分してくれて構わないよ。それとネズミの駆除の再開をしてくれ。今度は間違えないでくれよ?僕は君に任せた、君以外には任せて無い、いいね?それじゃ早速行動に移してくれると僕は嬉しいよ」
有無を言わせぬレイの発言にアルマースは無言で頷くと足早に部屋を後にした。
その姿を見送ったレイが口を開く。
「ラウム、君は厄災に勝てると思うかい?」
「ガリュナー程度を御したくらいではなんの参考にもならないわ。でもアナタなら勝てるでしょ、なんたってアナタはーーー」
「おっと、誰が聞いてるか分からないからね。お口はチャックしないとね、ふふ」
指をラウムの口に当てるレイが微笑むが彼女は鬱陶しそうに指を退ける。
「私が周囲の気配を逃す筈が無いでしょう。……でもそうね、私も少し昂ってるのかもしれないわね。久々に全力を出せるかと思うと興奮するわ」
「ハハハ、君が本気を出したら僕の出番なんてない気もするけどね。ん?おや、そろそろ時間だね、お願いするよラウム」
「もうそんな時間なのね……ハァ、たまにはお休みが欲しいものね」
楽しい時間も終わりと指を鳴らすとレイとラウムが光に包まれる。
直ぐに光は収束したが、そこには既に2人の姿は無かった。
急ぎ足でカルディア城を出たアルマースは奴隷商館に向かいながら考え事をしていた。
(丁度良いからこの機会にあの野郎は処分しとくか。レイも相変わらずイカれてやがる、不気味な野郎だ……。それにしてもドレッドからまだ定時連絡が来てねえな……。アイツが下手こくとは思えねえが、ガリュナーを始末した後にでも様子を見に行くか)
そんな事を考えていると目的の奴隷商館に辿り着く。
「あぁ、かったりぃな。おい、ガリュナーまだ居んのかぁ?」
特に返事は無いので扉を蹴破り中に入る。
少し進むと数時間前には感じなかった汚物と血の混ざり合った臭いが鼻を刺激しアルマースの顔が歪む。
「ガリュナーの野郎が散らかしたのか?チッ!クソがぁ、あん?」
悪態を吐きながら歩き、早々に現場に到着したアルマースは少し不可解な現場に眉を顰めた。
「んあ?あの変人クソ野郎なら部屋中血だらけが普通なんだが……ん?これは、アイツの杖、か?」
血塗れの凹んだ場所からガリュナーの杖を見つけたアルマースはスッと目を細めると改めてその場を見直した。
「……こりゃあ、魔物の腕か?」
よくよく見てみると血塗れの凹みは巨大な手形をしており、青い獣の毛が数本落ちていた。
「アイツが魔物なんかにやられたのか……?しかもこの帝国の中心部で?誰にも気付かれずにここまで侵入出来る訳ねえ。確か厄災は黒い毛皮とか言ってやがったが、他にも似た様なもんがいやがんのか?」
暫く考え込むが全く何も浮かばず、とりあえずこの場を後にしようかと思っていると外から獣の雄叫びが聞こえる。
「この声……この声の野郎がガリュナーを殺ったのかァァァ!!」
叫びながら飛び上がるアルマースはそのまま天井を数回突き破り屋根の上に降りた。
「あの方角は、ドレッドが亜人共を置いてる場所か?チッ、クソがァァァ!!」
屋根を踏み抜くとそれが止めになったのか奴隷商館は轟音を響かせながら瓦解していった。
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