第44話 リオン一派の包囲網
金銀幼女達に生アテレコされているとは露程も思わない2人の内、豪奢な服を可哀想なくらい押し広げている太っちょの男。
この男は件の奴隷商館の元締めであり、奴隷商以外にも軍事物資や食糧、金貸しなど幅広く商売を展開する帝国屈指の豪商だ。
彼の名前が付けられたグルニ商会と言えば帝国だけでなく王国にまでその名を馳せている。
そんな彼はドレッドとの話し合いを終えると早々に厩舎に併設されている小汚い小屋の前に行くと扉の前に立つ。
すると自動で扉が開く。
目の前には燕尾服を着た老人が恭しく腰を折って待っていた。
「お帰りなさいませ旦那様」
「クロードよ、こんなボロ小屋に帰宅とは冗談でも笑えんな」
「それはそれは、失礼致しました」
フンッと鼻を鳴らすと部屋の中にある簡素な椅子にドカッと座る。
ミシリと軋む椅子の背もたれに体重を預けると尊大な態度で既に日課になりつつある1人愚痴大会を始める。
「あの無礼な若造め!ワシを誰だと思っておるんだ、腰巾着風情が舐めた口を利きおって!他の奴等も教養など何も知らん野蛮な輩どもだ!!皇帝陛下の勅命が無ければ相手にもせんわゴミどもが!」
暫く続く愚痴にも黙ったまま聞く老人、クロードだったが外から微かに聞こえる異音にピクリと眉を顰める。
その事に気付かないグルニは未だに愚痴を垂れ流していた。
普段は満足するまで聞きに徹するクロードだったが今日に限っては恭しく口を開く。
「旦那様、大変興味深いお話に口を挟む無礼をお許し下さい。何やら先程から外の様子がおかしい様でございます」
話を遮られたグルニだが、クロードとの付き合いが長い彼が口を挟むのは緊急性の高い案件の時だけなのを知っていたので鷹揚に頷く。
「なに?それはいかんな。直ぐに確認してくるのだ」
切り替えが早い主人に頬を少し緩めるクロードだったが、直ぐ様顔を引き締める。
そして確認に赴く前に重要事項を簡潔に伝えていく。
「畏まりました。では、その前に奴隷商館に関してお伝えする事項がございます。現在旦那様の商館はアルマース様が戦闘を行った事により損壊が激しく建替えが必要なようです。その後アルマース様はカルディア城に戻られたそうで、なんでもガリュナー様が場を治めたそうです。それとは別に今の所原因は不明ですが、あの場に居た全ての奴隷達が姿を消しております」
商館の崩壊具合を聞き、眉根を寄せ顔を歪ませていたグルニだが、奴隷の消息有無の話になると顔色を変えた。
「お、おいそれはまさか……」
「はい、あの吸血鬼族の娘の所在も不明でございます」
口籠るグルニに代わりクロードが淀みなく応えるとグルニは押し黙り何かを考え始めた。
時間は無いがこの状態の主人が高速で頭を回転させているのを知っているクロードは静かに主人の導き出す解を待っていた。
それ程時間を掛けずにグルニは口を開く。
「帝国内で万が一アレが殺された場合、ワシの商会が被る額は相当なモノになるな……だが、厄介者が消えてくれたお陰で心労が1つ減ったと考えれば問題は、無いか……。つまり今アレがどこに居るのかが重要だな。よし、この仕事が終わり次第アレの足跡を辿る手配をしておけ!以上だ」
「畏まりました。それでは行って参ります」
直近の方針を聞くとクロードは素早く次の行動に移る。
出入り口の扉まであと数歩の所まで近付くとある異変に気付く。
(おや?先程までの喧騒が聞こえない?)
疑問に顔を歪め扉のドアノブを掴もうとした瞬間、カチャッと外からノブを回す音が聞こえクロードは反射的にグルニの側まで後退し、その背で主人を守る位置を取る。
一応簡素な鍵が掛かっているので扉が開く事はない、しかしドアノブはガチャガチャと回り続ける。
「誰だ!!ここが誰の部屋か分かっておるのか!」
「……旦那様、今のうちに隠し通路から脱出して下さい。私が、時間を稼ぎます」
グルニは商人としては非凡な才を持っているが戦闘能力は皆無なので現状の危険度がいまいち理解出来ていなかった。
だがクロードはグルニに拾われる前は傭兵を生業にしていたので戦場の気配に敏感であり、その事で幾度もグルニの命を救ってきた実績がある。
その彼が今、冷や汗を流しながら今まで見た事も無い程動揺を押し殺した顔をしていたので素直に脱出する為身体を半回転させるがその行動は遅きに失していた。
ガチャガチャと鳴っていた音が次第にミシミシと扉が軋む音が加わり、遂には蝶番が歪み弾け扉が引き抜かれた。
その際外からは謎の爆発音が響いた。
しかしそんな音も目の前の存在の前には耳に届かなかった。
ゴクリと喉を鳴らす2人の前に現れたのは、夜闇の中であってもキラキラと輝く金髪と銀髪が存在感を放つ幼女が並び、笑顔で手を繋ぎながら佇んでいた。
可愛さとは裏腹に彼女達は全身を赤黒く染め、片手には謎の肉塊を持っていた。
そんな存在を前にグルニとクロードは唖然としてしまい、沈黙の空間が出来上がる。
しかしそこはさすが大商人と老執事といったところか、目の前の異常事態に対し早急に対策を取る。
「おいガキ共!お前等は何者だッ!?」
グルニが声を荒げ2人の幼女に問い掛けるものの、ただただニコニコと無邪気な笑みを向けるだけで口を開く事はなかった。
豪胆な性格故、グルニは次第に苛立ちを覚え語気を強めて口を開こうと一歩前に出た瞬間、身体が浮遊感を覚えるのと同時に鈍い音と鈍痛が襲ってきた。
「ぐはッ!ぐッ、な、ぐぅ、な、にが……」
突然の事で肺の空気を絞り出され軽い酸欠状態で視界がチカチカする中、グルニは自らの状態を確認した。
(クソッ!一体何があった。ワシは壁にぶつかったのか……。まさかあのガキ共、か?いや衝撃は横っ腹からだった……まさか!)
身体を見回して軽い打撲だけだと判断した彼は直ぐ様原因を探り、衝撃を受けた位置から犯人を簡単に導き出した。
貪る様に酸素を求めたグルニの呼吸はだいぶ落ち着いてきていたので怒りのままクロードに怒気をぶつけようとし横を向きながら怒声を放った。
「おいクロード!きさ、ま…………はっ?」
勢いのまま言葉を走らせるものの、次第に言葉は急ブレーキを踏み、遂には脱線し間抜けな声を上げる。
それもそのはず、怒りの対象となるクロードは既に存在しておらず目の前にはクロードだったモノが部屋中に散らばっていた。
「な、なんだ、コレは……。ひッ!ク、クソがぁ!」
金銀幼女が歩き出した事で恐怖心が高まり、パニックになりながら踵を返し走り出そうとするが直ぐにピタリと動きを止める。
「なッ!?お前ッ!!いつの間に……く、来るなぁぁ!!」
先程まで扉の所にいた金銀幼女の片割れである銀髪の幼女がグルニが振り返った先でニコニコと笑いながら左右に揺れていた。
「何なんだお前等は!!一体何が目的なんだァァァ!!」
幼い見た目とは裏腹に脳内では常に警鐘が大音量で鳴り響き、問い掛けもニコニコと笑顔を向けるだけで言葉を発しないその不気味さにグルニのパニックは限界に達する。
「ク、クソォォ!どけぇぇぇぇ!!」
目の前の銀髪幼女目掛けて殴り掛かろうとするグルニが数歩進むと急に身体のバランスを崩しそのまま床に倒れ込んでしまった。
その際床が妙に水気を帯びていたのを疑問に思いながら突然の寒気と冷や汗、眠気に襲われ徐々に意識が遠のいて行く。
薄れいく最後の光景は金色に輝く毛皮が風にたなびく大狼に銀色に煌めく鱗を持つ巨大な蛇の姿だった。
グルニとの話し合いが終わったギリアム帝国皇帝直属近衛魔装兵アルマースの副官であるドレッドは部下と共に野営地を目指して移動していた。
「ドレッドさん、あんな奴の要求を飲んじゃって良かったんですか?」
部下の1人が口を開くとドレッドが振り返る。
「あぁ、あのくらいであれば問題無い。あんな奴でも帝国では大商人だからな。利益と不利益を天秤に掛けた時に生きていた方がまだ我々の利益に繋がると判断したまでだ」
「そうですか……まあドレッドさんがそう言うならそうなんでしょうけど、俺等であの亜人共の口を割らせた方が情報がアイツに行くこともないからいいと思うんですがね」
ドレッドを信用しているのか直ぐに納得するものの、また新たな疑問をぶつける部下にドレッドは嫌な顔ひとつせず説明していく。
「確かにヒューズの言う通りその方が俺等も余計なコストを被る事無く情報を抜き出せるんだけどな、まあアイツは腐っても大商人って事なんだろうな。そもそも奴隷は奴隷商の所有物だからそいつ等をアイツの許可無く傷付ける事は帝国でも犯罪だけどな。だが、皇帝陛下直属の我等であれば多少強引な事をしても簡単に揉み消す事が可能だ。それを知っているアイツは俺等が許可無く奴隷を略奪、拷問、その他グルニにとって不利益な事項が発生した場合に俺等の犯行を魔道具によって録音し、それを国中に吹聴する算段を整えてやがる」
部下のヒューズが説明を聞き驚いているが頭の回転が早いのか直ぐ様対策案を提案する。
「俺が考え付くんだからドレッドさんも勿論行き着いた所だと思うんですが、その魔道具を持ってる奴を全員殺しちまえばいいんじゃないですか?」
「そうだな、それが一番簡単で手っ取り早いな。実際監視を付け誰が持っているのか確認させているが、未だ誰が所持しているのか不明だ。それにグルニの側近の執事が最も厄介でな、俺でもそう簡単に手が出せねえ。今回限りの付き合いであれば強引に行けばいいが、お前も知ってると思うがグルニは奴隷商以外にも手広く商品を扱っていて帝国の食糧事情にも大きく関与してるからな」
「そうなんですねぇ、勉強になりました!ありがとうございます!」
ヒューズが頭を下げるとドレッドもその素直な態度が嬉しいのか頬を緩ませ頷く。
そのままある程度歩くと20人程居る野営地に到着する。
「全員招集しろ。情報の共有をする」
それだけ言うとヒューズが行動を開始し数分で広場に全員集まっていた。
その様子に満足気に頷くドレッドが口を開こうとした瞬間左右からの強烈な殺気に咄嗟に武器を構え叫ぶ。
「誰だ!!」
突然の副官ドレッドの焦りを多分に含んだ怒声に集まった部下達は困惑しながらもドレッドの向ける視線に目を向け武器を構える。
暫く待っていると左側の遠くの森から炎が煌々と燃え上がり、その存在はそのまま接近してくる。
それだけで十分過ぎる脅威だと感じているドレッドだがゾクリと悪寒が背中を突き刺し背後を振り返ると左側とは違い、そこは夜だというのにその部分だけは夜より更に漆黒の空間が出来上がっており、それはそのままコチラに接近してきていた。
「お前等気を付けろ!あれは、マズイ……アルマース様に伝えろ!行け!!」
ドレッドが指示書を渡すと数名が踵を返し撤退していく。
それを見届けると少し冷静になったのか観察する様に未だ姿が見えない光と闇に目を凝らす。
(この森にあんな禍々しい存在はいなかった筈だが……異常個体、か?いやそれにしては妙な気配だな)
姿すら見えない相手にいくら考察しても答えは出る事は無く、膠着状態のまま時間だけがゆっくり流れていたが遂に元凶の1つに動きがあった。
「オマエ等ハ少シは楽シマセテくれるンだろうナ!!」
煌々と輝く光から姿を現したのは紅蓮の竜人だった。
周囲は紅蓮の竜人が発する熱気で焼き尽くされながら朽ちていっていた。
「バカな……紅蓮の、竜人だとッ!?なぜコイツがこんな所にいやがる!!お前は魔法国家リンドブルムの手先だろ?我々帝国への宣戦布告でもするつもりか!!」
部下達が驚愕し唖然とする中、ドレッドは驚愕しながらも情報を得る為に問い掛ける。
「ハァ?リンドブルム?ドコだソレハ。ツマラネエ事言ウ暇アッタら少シハ抗エヨナ雑魚ドモ!」
首を傾げた紅蓮の竜人だが軽く腕を振るうと手の先から熱線が部下達目掛け射出される。
ドレッドが咄嗟に反応し風魔法で部下達を吹き飛ばす。
「第一階梯ウィンドショット!!ク、クソ……お、お前等!」
凄まじい衝撃に顔を顰めるドレッドだったが部下達の安否を知る為に再び風魔法を発動すると舞っていた砂煙が吹き飛ばされる。
晴れた場所は悲惨な有り様だった。
ドレッドの魔法によって10人は救えたものの残り10人は姿すら残らずこの世から消滅していた。
「化け物が!!」
「ヤッパりコレモ雑魚か……ツマラン。早々ニ終ワらセルか……ン?」
再び腕を振り上げた紅蓮の竜人はドレッド達から視線を逸らすと一点を見たと思ったら腕を下ろし、腕を組みグルルルと唸りながら停止した。
その姿を訝し気に睨むドレッドだったが次の瞬間見えない天井が降って来たかの如き重圧が頭から襲いドレッド含めた帝国兵は皆地面に突っ伏した。
「ぐぅぅぅぅ、な、なんだ、コレは!う、動けん、こ、これは、ま、魔法、なのか……?」
自分が指一本動かせないこの状況が理解出来ないでいると突然自分の顔を覗き込んでくる人物が居た。
眼球は動かせたので、その人物の顔を見た瞬間ドレッドは魂を鷲掴みにされた様な感覚を味わった。
(なッ!?な、なんだコイツ!なん、なんだァァァ!!コイツがこれを行使している存在なのか!?見た目は人族だが全くの別モノ……コイツも化け物か!!この森は呪われているのか!?帝国の近場の森でこんな奴等が居たなんて報告は今まで無かったぞ!)
ドレッドがパニックを起こし心が徐々にひび割れていく様をジィーッと笑顔で見つめる夜の闇より更に暗い漆黒の髪に黒眼と白眼のオッドアイを持つ妖艶な女性。
彼女が出てきてから紅蓮の竜人は沈黙を貫いていたが、観察が飽きたのか満足したのか当人達には不明だがいつの間にか重圧が解除されており、妖艶な女性の姿も消えていた。
全てが夜の幻の様に、全てを嘲笑う様に……。
「なん、だったんだ……今のは……」
最早思考が千々に乱れボーッと寝起きの様な夢心地の境地に達していたが次の瞬間にその場の全員が強制的に現実に連れ戻される。
「グルルル!勝手ナヤツだ!飽キタラ丸投ゲカ、イヤ……我ニとってハ都合ガ良イナ。サァ、死合オウカ!!」
紅蓮の竜人の闘気による熱波がドレッド達の顔を焼き、その場が昼間の様な明るさを放つ。
「チッ!今はコイツを抑えるぞ!水系の魔法を中心に奴を叩く!行くぞ!」
逃げる術が無いと悟ったのか紅蓮の竜人を倒す為に簡潔に素早く部下達に指示を飛ばすと二振りのナイフを取り出し素早く投擲する。
紅蓮の竜人目掛けて飛ぶナイフが水色の光を放つと同時に刃が水を纏い、そのまま目標に向かい突き進む。
しかし目標である紅蓮の竜人の手前1m程の所でジュッと音がするとナイフ諸共蒸発した。
「嘘だろ……どんだけ高温なんだよ。お前等!一定の距離を取りつつ魔法で仕留めろ!」
再び指示を飛ばすと直ぐ様魔法が紅蓮の竜人に向かって飛ぶ。
「第一階梯アクアショット!」
「第ニ階梯アクアキャノン!」
「第一階梯アイスショット!」
「第二階梯アイスキャノン!」
複合魔法まで混ぜながら次々に撃ち出される魔法を避ける事無く全弾受ける紅蓮の竜人に想定通りだとドレッドは思いながら気配を消し真横に移動すると練り上げた魔法を構築していく。
「くらえ!第四階梯アクアランス!」
合計8門のアクアランスを構築し一斉に紅蓮の竜人に叩き込む。
直撃した感触を確かめたドレッドは部下達に改めて指示を飛ばす。
「撤退せよ!!急ぎ帰還し、この現状を近衛魔装兵の皆様にお伝えするのだ!!」
元々ドレッドには紅蓮の竜人とまともに戦うつもりは無く先遣隊として伝令を任せた部下達が離れる時間稼ぎと少しでも相手の情報を得る事を目的としており、その作戦は既にある程度完了した事で全員がバラバラに脱兎の如く逃げ始めた。
ドレッドが放ったアクアランスが蒸発した事で紅蓮の竜人の周囲は水蒸気によって視界を埋め尽くしていた。
「小賢シイ!オマエ等、生キテハ返サンゾ!!ゴミ共ガァァァ!!」
片手を前に向けると全身の光が掲げた手に集まり更に煌々と発光し、収斂し始める。
「……イヤ、コレでは小屋モ吹キ飛バシテシマウナ。試しニ同ジ土俵デヤルカ、グハハハ!」
奴隷達が集められている小屋への被害を気にして殲滅方法に趣向を凝らし始める。
「ソウ言エバ、先程ノ奴等ハ魔法ヲ使用シテイタな………こう、カ?第四、階梯……フレアコルヌ……?」
初詠唱に首を傾げながら口遊むと紅蓮の竜人の周囲に100を超える魔法門が出現し、中から紅蓮の竜人が生やしている角に似た形の禍々しい紅炎が獲物を捕捉し、襲い掛かるのを今か今かと待つ様に明滅している。
「オォ!グハハハハ!少シ物足りネェが……消シ飛バセ!!」
お預けされていた猛獣の如き勢いで100門を超える無機質である魔法が生き生きと獲物に向かって飛び出していった。
後には満足気な紅蓮の竜人とその後ろでヤレヤレと肩を竦める黒髪美女だけが残った。
数箇所、離れた所からは未だに喧譁囂躁たる様相を呈していた。
紅蓮の竜人が夥しい量の魔法を生み出した時よりも少し前、バラバラに散らばって逃げる事で単純なリスクヘッジをしたドレッドは背後に追跡者が居ない事を常に確認しながら全速力でアルマースが現在居るであろうカルディア城を目指して向かっていた。
(先行した伝令隊はそろそろカルディア城に着いた頃か?アルマース様の事だ、紅蓮の竜人が居ると分かれば全力でこちらに赴くだろうな。それにしても……考えたらあの黒髪の女、アイツは紅蓮の竜人と敵対していたのではなかったのか?以前は争っていて今は和解した、という事も考えられるか。やれやれ、今は情報が足りないな。まあ丁度いい、後で捕獲でもして聞き出せばいい)
走りながら今後の事を考えていると、ふと周囲の違和感を感じ取ると再度追跡者が居ない事を確認してから立ち止まった。
(なんだ……?変な感じがするが……どこからだ?ニオイ、景色……ん?あれは?)
キョロキョロと周囲を探すとどこも何も怪しいモノが無く、それが逆に感覚とのズレを際立たせ不気味に感じるドレッド。
しかし、ふとある一点を見つめるとそこには見覚えのある物を発見する。
警戒しながら近付き、ソレを拾う。
「これは……伝令文、か?そう、か……ハ、ハハ、ハハハハハ、初手から崩されていたのか……。ん?あれは、クソッ!第ニ階梯アクアショットォォォォ!!」
伝令隊が既に処分された事を悟り落胆していたドレッドだったが、その感傷に浸る暇も与えないと言わんばかりに遠くから紅蓮の竜人が放った煌々と燃える魔法が高速で迫っていた。
その物体に向かって咄嗟に10門の魔法を構築し撃ち出す。
「これでいけるか……?チッ、なんだあの密度の魔法は!!」
ドレッドが構築した魔法の全弾が相手の魔法に直撃するも一瞬で蒸発してしまう。
そのまま速度を緩める事なくドレッドに迫る魔法をギリギリ避けると安堵の息を溢す。
(あ、危なかった……見た事も無い魔法だが、あの紅蓮の竜人か黒髪の女が放ったものか。さて、これからどうするか……とりあえずいつまでもこの場に留まるのは下策だな、一刻も早くカルディア城に戻らなければな)
未知魔法を避けた事で気が緩み周囲の警戒を怠ってしまいドレッドは突如足の力が抜け倒れ込んでしまう。
「クソッ、いてぇな。なんかに躓いたのか?」
「キシシシシ、先ズハ足ヲガブガブご馳走様ッテカァ!キシ、キシシシシ!ガブガブガブガブオイシイオイシイ、キシシシシ」
「なん、はっ?」
気配も無く背後から聞こえた声にピクリと反応し首だけで振り向くと間抜けな声を出して固まってしまった。
そこには異常な光景が2つあった。
1つは自身の身体だ。
ドレッドの両膝から下が消滅してした。
しかし彼自身に痛みは無く、膝下は元々存在していなかったみたいな程、綺麗な断面だった。
それだけでも意味不明で脳内リソースを全て埋め尽くす程の衝撃だったが、更にもう1つはドレッドの頭上にフヨフヨ浮いていた。
その見た目は火の魔物として知られているウィルオウィスプの様だった。
円錐を横にした、角の様な物体がユラユラ揺れ煌々と赤や青、白といった光を明滅させながらドレッドを見ていた。
なぜ見ていると分かるかと言うと、その火の玉には2つの目と竜の様に三日月みたいに大きく裂けた口を広げ笑っていたからだ。
「なん、だ、お前は……。先程俺に話し掛けたのもお前、か?」
「キシシシシ!オマエ?オマエ、オレ?オマエ、ワレ?オマエオマエオマエェェェ、キシ、キシシシシ、腕モ美味!モグモグガブガブ、キシシシシ」
混乱しているドレッドの質問に応える事無く楽し気に強く明滅し、少しずつ大きくなっている気がした。
「は?腕だと?何を言って……なんだ、コレは……どうやってやがる!クソッ!オイ、答えろバケモノ!!」
言われた腕を見るとさっきまで確かに存在していた左腕の肘から下が消滅していた。
不気味過ぎる事態ではあるものの何故か痛みが全く無く、非現実的なこの場では恐怖より憤怒の比率が上回り怒鳴る様に火の玉に言葉を投げ掛ける。
しかしこの怒りは投げやりに放ったものであり、素直に返答がくると期待して発した訳では無かった。
だが思いとは裏腹に火の玉の反応は劇的だった。
「キ、キシシ……キシィィィィ、怒ッタ、怒ラレタ……ナンデ怒ルノ?ボク悪イコトしてナイ……」
先程まで眩しい程明滅していた火の玉が地面にポスッと落ちるとどんどんドス黒くなっていき、明滅から徐々に鳴動に変化していく。
「オイ!質問に答えろ!!」
変化に気付く事無くドレッドは怒りに染まった視線を火の玉に向け続ける。
しかしその問答も終わりを迎える。
「アァァァァァァァァァァ、もうイヤダァ、全部燃エチャえェェェ!」
鳴動の度に火の玉が膨張していき、最初に見た姿から倍程に成長した火の玉に漸くドレッドが違和感を覚えたが既に手遅れだった。
「何してやがる!オイ、やめろ!やめッーーー」
ドレッドが言葉を言い切る前に周囲が閃光に包まれ大爆発を引き起こした。
その大爆発はカルディア城からも視認された事で城内が慌しくなり調査隊を派遣する話にまで進む事になる。
奇しくもドレッドのカルディア城に異変を伝えるという任務は敵方によって達成された。
それが最善であるかは別にしても……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[盤楽遊嬉]
リノアの突撃の合図と共に飛び出したリオン一派は走りながら念話で話し合っていた。
(ねぇ〜リオンに掛けたみたいにわたしにも幻術掛けてよ〜)
オピスの発言にルプも同意とばかりにガウガウと乗っかるとツバサは面倒臭そうに念話を飛ばす。
(別にあなた達には必要無いと思うのだけれど……まあ良いわ。ついでに私自身にも掛けようかしら。ロンは〜必要ないわね。テースタと、何で居るのか分からないけれどブロブはどうする?)
話している間にもツバサは自身とオピス、ルプに幻術を掛けると他の連中にも問い掛ける。
(ワシは自分で掛けられるが、ついでと言うのであればお願いしようかのぉ、ふぉふぉふぉ)
(無理矢理押し出されたんだよ……ハァ。僕はいいよ、面倒臭い……)
(フン!我はこのままでいい!)
(そう、ならテースタだけに掛けるわ。それは別にしてもみんなはどこに行きたいのかしら。私は余り物でいいのだけれど……)
(わたしとルプであの太っちょの所に行く〜)
(えぇ〜あんな脂ぎっしゅの中年男なんてイヤ!)
(あそこが1番人数が多いものね、じゃあブロブもあげるから3人でそっちに行ってらっしゃいな)
(分かった〜!)
(イヤ〜)
(えっ、僕も嫌なんだけど)
ルプとブロブのセリフを無視したオピスとツバサが話を進め、オピスがルプとブロブを掴むとそのまま太っちょことグルニの元に行く為に離脱する。
(我はあの優男の所に行くぞ!)
(なら私もそこに同行しようかしら)
(要らねえよ!我一人で十分だ!)
(実力的にはそうね、でも何か起きた時用に私が見張っててあげるわ)
(チッ!勝手にしろ!)
ツバサに全く信用されていないロンは苛立つものの渋々と納得し優男ことドレッドの元に向かう為離脱する。
(テースタ、あなたは……まあ好きになさい)
(言われずとも好きにするとも!ふぉふぉふぉ)
ツバサもロンを追う様に離脱し、テースタはニヤニヤを笑みを深めチラリと後方を確認すると満足そうに頷き姿を消した。
オピスとルプ、ブロブの3人はグルニが小屋に入ったのを確認してから突撃する事にした。
遠くからは特定出来なかったが、グルニの私兵である護衛が30人程隠れていてオピスが歓喜の声を上げる。
(キャハハハ、ご飯があんなにいっーぱい!じゅるり、早く早く〜!早く行こう!)
(君さぁ、絶対ここが一番人が多いって気付いてたよね?あっちも隠れてる奴居るけどここまで多くはないもんね……ハァ、面倒臭いなぁ)
(もう〜ぷるりんはいつもうるさいよ〜!そんな子はこうして〜こうだ〜!キャハハハ)
突然鷲掴みにされたぷるりんことブロブはオピスによって敵に向かって投球された。
そのまま1秒も掛からずに1人の男の顔面にパァァンと軽快な音と共に直撃した。
(わたし、ナイスピッチング〜!キャハハハ!)
(えぇ〜いいなぁ、わたしもやる〜)
キャッキャとはしゃぎながら金銀幼女はブロブを回収に向かうと当然の事ながらグルニの護衛に囲まれてしまった。
しかし2人の幼女姿に護衛達も戸惑って対応を怠ってしまう。
護衛達で視線を交わし、その中の1人が金銀幼女達の前に歩を進め目線の高さを合わせると朗らかし接する。
「え、えぇとお嬢ちゃん達、ここは危ないから早くお家に帰りなさい」
その言葉を受け、オピスとルプは互いをキョトンとした顔で見ると、すぐにキャッキャとはしゃぎ始めた。
(ねぇねぇルプ〜、聞いた〜?ここって危ないんだってぇ〜)
(聞いた聞いた〜。なにが危ないんだろうね〜キャハハハ!例えば〜こんなのとか〜くふふ)
バキッと音が聞こえた時には目の前の護衛の頭が無くなっており噴水の様に血が噴出していた。
(キャハハハハハハ!美味しいねぇ、美味しいよ〜もっともっとちょーだーい!)
オピスが降り注ぐ血潮を飲みながらパタパタと両手を振り我慢出来ずに近くに居た護衛達をどんどん刈り取っていく。
この時点で2人の頭の中にはブロブの事は忘却の彼方だった。
幻術で幼女に見えているものの実際は手足の無い蛇なので物理攻撃は噛み付くしかないので襲われた護衛達の傷跡も必然的に咬創痕が残る。
ただし高速で襲われ、その全てが食い千切られているので護衛達には突然仲間の身体の一部が抉られた様に見える。
その行動に同調する様にルプも噛み砕いていく。
「な、なんだこれはッ!?ヒィ!た、助けてくれぇぇ」
「この幼女どもは魔物か!?こ、殺せ殺せぇぇ!」
「腕ぇぇ!お、俺の腕がぁぁぁ、グボッッ」
「夢だ……これは夢……ぐぎゃああぁぁぁ」
そこには地獄が広がっていた。
阿鼻叫喚渦巻く森の中、地面を赤黒いカーペットで模様替えされた舞台の上で歪な人形が踊り狂う。
その中央には幼い金色の髪をした幼女と銀色の髪をした幼女が全身を赤く染めながらニコニコと満面の笑みを浮かべ、クルクル回り降りしきる血を飲んでいる。
暫くすると周辺で動く存在は2人の幼女だけになっていた。
(あ〜あぁ、もう終わっちゃったよ〜。リオンみたいに頑丈じゃないとすぐ壊れちゃうね〜つまんないの〜)
(わたしのリオンは特別だから他と比べる事なんて出来ないからね〜。さぁて〜次はメインディッシュなんでしょ〜?)
(うん、そうだね〜。早く行こう〜。あっ、食べ残しもーらい!あれ?そういえばぷるりんは〜?)
(ここに居るよ。僕に気にせず好きにやりなよ)
ブロブの存在を思い出したオピスに近くの茂みから出てきて念話を飛ばしてくる。
姿を見て満足したのか手を繋ぎ、ニコニコご機嫌な2人は小屋まで辿り着くとさっそくドアノブを回すもガチャガチャと鍵が掛かっていた。
(もう〜面倒臭いなぁ、こうしてやる〜)
そして待ち切れないオピスが強引にドアノブごと扉をへし折り、背後からの爆発音をBGMにしながら突撃していくのであった。
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