第43話 突撃準備

 奴隷達を武闘大会の運営本部として使用されている館に送り、リオン達一行は街を出て近隣にある森の中を歩いていた。


「……馬車が通った跡があるわね。間違い無くこの先に何かがあるって事ね」


 轍の痕跡を発見したリノアが翼を羽ばたかせ更に周囲を念入りに捜索しているとエレオノーラが側に寄ってくる。


「おいリノア、痕跡があるのは分かったが……アレはどうすんだ?」

「あぁ……アレね。どうしようかしら……」


2人の視線が一点を見つめる。


「ん?何してんだよ、早くしろよ」


 その視線の先にはリオンが怠そうに歩いている。

しかし2人が見つめているのは館を出る時までは足にしがみ付いていた吸血鬼族のウピルだ。

現在は足だと邪魔だという事で肩にちょこんと座り両手でリオンの頭をホールドしていた。

ウピルはリオンに怪我を治してもらってからずっとしがみ付いて離れないのだ。

チラチラとリノアを見て何か言いたげにしてはリオンに耳打ちして素っ気なくあしらわれ、しょんぼりするのを繰り返している。

リオンも何故か無視する事は無く一応受け応えはしている様だ。

その2人を見ていると変にモヤモヤした気分になってくるリノアとエレオノールが先程から対応策を考えているが妙案は浮かばない。

そうこうしていると先頭を歩くリオンがピタリと止まり人差し指を唇に当て振り返った。


「あれだな、馬車が2台……翼付きの亜人なら半々で十分乗るな」


 唇に当てた指を離し、目の前のデカイ扉が付いた厩舎の様な建物を指差した。

明かりが灯っているのは確認出来るが中の様子まではリノアには把握出来なかったのでリオンに確認してみる事にした。


「中はどんな様子か分かる?」

「分かるが、ここは2人でやれよ。これも鍛錬だと思え、それにレーベは獣人なんだから索敵くらいは出来るだろ、なぁ」

「勿論です、お任せ下さい!……たくよぉ、リノアもなんで最初に俺を頼らねえんだよ、さっき実力は見せただろうがよ」


 リオンには恭しく、リノアには少し頬を膨らませ拗ねた様子で語る器用さっぷりにリオンがクツクツと笑う。

その後リノアがエレオノーラを宥め、索敵をお願いしている間、少し離れた所でリオンはウピルと話し込んでいた。

暫くするとエレオノーラの索敵が終わったのかリオンとウピルにサッと近付いてくる。


「獅子神様、周辺並びに敵戦力の配置と人数の確認が終わりまし……え?えッ!?」


 首を垂れながら話し始め、ゆっくりとリオンの顔を見るとエレオノーラが驚愕の表情で固まった。

遠くから見ているリノアも口に手を当て固まっている。

そんな2人の様子も特に気にする事無くリオンが淡々と話す。


「問題無さそうか?ん?オイ!聞いてんのか?」


 しかし返事が無いエレオノーラを訝し気な顔で睨むと慌てて弁解する。


「し、失礼しましたッ!!し、しかし獅子神様、そのお顔はどうされたんですか……?」

「ん?顔がどうしたってんだ?ん〜、あぁこれか……これはツバサに幻術を掛けてもらっただけだ。どうだ?これで怖くなくなったろ!クハハハハ、それでどうだ?2人で問題無さそうか?」

「ツ、ツバサ、さん、ですか?どなたかは存じ上げませんが……そ、そうですか、幻術、ですか。しかし怖い、ですか……?普段の獅子神様の御尊顔は雄々しく逞しくて素敵です!い、今の御顔もす、素晴らしいんですが、私は普段のお顔が何より、むぎゅッ」

「落ち着けよ気持ち悪りぃな。お前に聞いたのが間違いだったわ、早く戻れ」


 変態騎士はやはり健在だったと再確認し、辟易した所でシッシッとあっちへ行けと手を振る。


「ひ、酷いです獅子神様ッ!!むっ、むぅぅ……しかし、今はリノアの同胞を救う方が先ですね。ですがハッキリ申し上げて敵と天翼人族達が近過ぎて私達2人では無傷奪還は難しいかと愚考致します。したがって是非とも獅子神様にご助力いただきたく存じます」


 助力を願うエレオノーラを興味無さそうに見つめるリオンが素直に思った事を心の中でぶち撒ける。


(武士みてえだな)


 コイツこんな話し方だったかなあと思ってるとリオンの身体から銀蛇のオピス、金狼のルプ、悪魔のツバサ、髑髏のテースタ、紅蓮竜のロンが勝手に出てきた。


「あん?なんでお前等勝手に出てきてんの?んー、まあそれはいつも通りか……だけどロン、お前が出てくるなんて珍しいな、しかもお前は人化?してんのはなぜ?」


 突然の事態に再びエレオノーラが固まるがリノアは既に面識があるのでリオンの顔の変化での衝撃から回復した今特に気にする事なく近付いてきた。


「リオンの顔が人族風になっていたのはビックリしたけど、みんなはどうしたの?」


 過去のトラウマが激し過ぎたのか逆に今は普通に接する事が出来るリノアに目の前の魔物達はケラケラと笑いながら念話を飛ばす。


(バカだなぁ、リノアちゃんの助けになるために〜参上したのですよ〜)

(オピスちゃんそれはついでだって言ってたじゃ〜ん。本命はご飯でしょ〜?キャハハ)

(私は純粋にリノアを助ける為に出てきたのよ?ウフフ)

(ふぉふぉふぉ、実験も兼ねてリノア嬢の経過観察でもと思ってのぉ。楽しみじゃわい)

(我はお前等の事情なんてどうでもいいんだよ!久々に暴れたいと思ってたんだよ!!それと我はお前の人化スキルを強奪する前から竜人化を持ってんだよ、クソが、死ね!)


 各々好きな事を言っているのでリオンも段々面倒臭くなったので最終判断はリノアに丸投げ、いや託す事にした。


「よし!面倒臭えからリノアに任せるわ。クハハハハ、ソイツ等を上手く使ってやれ!まあ死ななけりゃお前等もお前の仲間も爺が治すだろ」

「リオン、本音がダダ漏れなんだけど……ハァ、分かったわ、心強い戦力なのは変わりないからね。何名か言動が不安なんだけど……とりあえずみんなこっちに来て、状況を説明するわ」


 リノアもだいぶ慣れたものでオピス達を手招きし奴隷商達の戦力や位置などを説明し始めた。

不思議な事にロン含めた全員が素直に説明を聞いている。

その状況にため息ひとつ溢すとコアラってるウピルが心配そうな顔でペタペタとリオンの顔を触る。


「つらそうな顔……だ、だいじょうぶ、ですか?」

「ん?クハハ、チビに心配されるとはな。問題ねえよ、チビが気にする必要はねえよ」


 ウピルは諭されても気持ちが一向に払拭されないのか暫く顔をペタペタ触られ続ける。

しかし微動だにしないリオンに少し安心したのか再びコアラ化した。

そうこうしているとずっと固まっていたエレオノーラが壊れた人形の様にカクカクした動きで突っ込んできた。


「しししししし獅子神様ァァァァァ!!!あ、ああ、ああああああの方達は、いいいったい何者ですかぁぁぁぁぁッッ!?し、獅子神様の中から出てきた様に見えましたがッ!?と、特に、あ、あああの、ぐぐ、ぐぐぐ紅蓮の竜人、どど殿はも、もも、もしやぁぁぁ!!」

「いや落ち着けよお前……キモイし引くわ〜。まあお前にも害は無いと思うからあそこに混ざって話を聞いてこいよ、無関係じゃねえんだからな。ほらシッシッ」


 ボソッと必要はねえかもしれねえが、と独り言ちると面倒臭いエレオノーラをサッサとリノア達の元に向かわせる。

現在進行形で混乱しているエレオノーラがビクつきながらみんなの輪の中に入っていくのを確認すると漸く静かになった事に満足した様子で再びウピルと話し始めた。

リノアが全員に改めて説明している最中に怯えたエレオノーラが来たので声を掛ける。


「遅いよエレナ、何やってたの?ほら、索敵したのはエレナなんだから細かい場所はあなたからみんなに説明してよ」


 呆れながら促すリノアだが、エレオノーラは現在冷静に説明できる自信が無かったのでリノアをチラリと見る。

すると彼女は不思議そうに首を傾げている。


「あ、あのよリノア……お、私はこちらの方々に初めてお会いするんだけど……」

「あぁ、それもそうだね」


 ごめんね〜と軽めに謝られるとリノアが私を含めた全員の自己紹介をしてくれた。

その際全員分の視線がエレオノーラを突き刺していたので、彼女の精神力をガリガリと削っていった。

なんとか気絶する事なく自己紹介が終わると、どうしても確認しておきたいエレオノーラが恐々と口を開く。


「ロ、ロン殿は……あの、王国で発生した災害の、紅蓮の、竜人なのですか?」


話を振られたロンは口から炎を溢しながらカラカラと楽し気に笑う。


(ハハハハハ!あの時は楽しかったな、リオンのバカが油断してあのガキに真っ二つにされた時なんかは笑い転げる所だったな!だが、やっと解放されて漸く暴れられると思ってたのに、テメェ等が邪魔しやがるからよ!)


笑っていたロンが急に不機嫌になりツバサ達を睨むが彼女達は全然気にした様子も無く鼻で笑う。


(暴れん坊の勘違い竜を抑えただけだわ〜。一体いつになったら手が掛からなくなるのかしらねぇ、バブちゃん)

(リオンに邪魔されてぇ〜イヴちゃんにトドメ刺せなかったから〜おじちゃんで憂さ晴らししたの〜キャハハハハ)

(ロンおじちゃんはリオンより不味かった。反省してもっと美味しくなるべき、話はそれからなの〜)

(その後しっかりとワシがお主用の鍛錬場を作ってやったと言うのに恩知らずな竜じゃのぉ。まあバカなリオンと一緒じゃな)


 所々とんでもない情報もあった気がするが、徐々にロンの怒りに呼応して炎、というか溶岩の様にドロドロした火の塊が零れ落ち始めるとリノアが焦りながら止めに入った。

その行動だけでエレオノーラの中のリノアに対する評価が爆上がりした。


「ちょ、ちょっと待って!そんな暴れるとバレちゃうから!暴れるのはあそこに突入して仲間を助けた後にして!!」

(……チッ!なら早く行くぞ!こんな所で話してても意味ねえだろうが!)


 直ぐにでも突入しそうな雰囲気のロンだったが、何かに気付いたリノアが止めに入る。


「待って!あの人が奴隷商館の親玉ね……一緒に話してるあの男は誰かしら?さすがに遠過ぎて会話は聞こえないわね。エレナは聞こえる?」


建物を見ると2人の男が何かを話していたのでエレオノーラに確認を取るも首を横に振る。


「さすがの俺でもこの距離では無理だ。だが、あの男なら誰だか分かる……アイツの名前はドレッド、アルマースの副官だ」


豪奢な服を着た奴隷商の太った男の対面に居る茶色の髪に同様の瞳を持つアルマースの副官ドレッドが話している。

会話を聞き取れないのを残念に思いながらもう少し距離を詰めるかとリノアと話し合っていると幼い声の念話が流れ込む。


(計画は順調だろうな。それとワシの館は無事なのか?あそこにはまだワシの商品が残っておるんだ、傷モノになっていればその分もお前のボスに請求するからな!)

(問題無い、計画は順調だ。それよりもお前もアイツ等から何か情報を得られたか?)


妙に演技っぽく幼い声のやり取りが頭に響き、振り向いた先には首を左右に揺らしながら遠くを見る銀蛇のオピスとおすわりしながら尻尾を振る金狼のルプがキャッキャしていた。


「え、えっと、2人ともあの人達の会話が聞こえるの……?」


戸惑いながらリノアが2人に声を掛けると暢気な声で応対する。


(キャハハ、リノアちゃんはバカだな〜。そんなに耳がいいわけないじゃ〜ん。じょーしきをもっと学んだ方がいいよ〜?)

(何だっけ〜?リオンが前……あれ〜?昨日?明日?ん〜200年前だっけ〜?あれあれ〜?もっと前だっけ〜?キャハハ、忘れちゃったけど〜、どくしんじゅつってやつだよ〜唇を読めばなに言ってるのかわかるんだよ〜)


リノアを小馬鹿にするオピスと時間軸がバグってるルプに頰を引き攣らせるが敵の会話を読み取れる利点は魅力的だったので努めて冷静に対応する。


「どくしんじゅつ……唇を読む……ね、なるほど、読唇術と言うんだね。それじゃ2人にお願いなんだけどあの人達の会話の続きを読んでくれない?」

((うん、いいよ〜))


素直に快諾した金銀狼蛇は視線を奴隷商の男とドレッドに向けモノマネ読唇術を再開した。


(強情な奴等ばかりで困っておるわ!こんな希少種がいっぺんに手に入る機会もそうそうあるわけない。だがまあ、情報の為に拷問してもよいが商品価値も下げたくないからな。お前等が潤沢に上級ポーションを寄越せばそれも可能となるがな、ガハハハ!)

(そうか……。確かに情報は必要だが、上級ポーションをそうポンポン用意できるものじゃない。多少の怪我なら回復魔術師を派遣しよう。それでもあまり時間は掛けられない、早くしろよ)


リアルタイム通信でドレッドが話し終えるとスタスタと去って行った。

その後ろ姿を睨みながら奴隷商の男が悪態を吐く。


(クソッ!腰巾着野郎が、生意気抜かしやがって!仕方ねえ、オイお前等!仕方無えから1匹くらい見せしめに拷問しろ!最悪殺しても構わねえ!ククク、情報引き出した暁には使いもんにならねえ奴隷ども含めてふんだくってやるぜ。……はーい、お終いだよ〜ご静聴ありがとうございましたぁ〜)


 一生懸命それっぽい演技をしてくれたがいかんせん幼女達の声に変わりは無いので緊張感は皆無だが状況が動き始めたのは確認出来たのでリノアは全員を見渡すと突撃計画を共有していく。

しかしながらリノアは改めて襲撃に参加する面々をチラリと見るとため息が漏れそうになる。


(何故か凄い協力的なのは嬉しいけど、明らかに過剰戦力な気がするのよね……。オピスちゃん、ルプちゃん、ツバサさん、テースタさんは言うに及ばす、ロンさんって絶対あの紅蓮の竜人よね……やり過ぎてみんなをケガさせない内に救出しないと!)


 敵より味方を監視しないといけないとは思ってもみなかったリノアは気を引き締め直すと再び話し始めた。


「時間が無いので簡単にいきましょう。敵布陣は先程共有した通りですが皆さんなら常に状況は把握していますよね。今回は人数も居るので建物を包囲する形で突撃しましょう。ただ最優先目標は私の同胞、天翼人族のみんなを救出する事なので皆さん過度に暴れるのは控えて下さいね。……過度に暴れないで下さいね。私とエレナで救出するのでオピスちゃん、ルプちゃん、ツバサさん、テースタさん、ロンさんは敵の制圧をお願いします。何か質問はありますか?無ければ作戦決行よ!」


 リオン一派は既に敵陣を見つめており笑みが溢れていたので大事な事は2回言ってみたがあまり効果はない気がした。

すぐにでも突撃しそうな雰囲気を醸し出していたが、スッと1人が手を挙げると勢いを削がれたリオン一派は不愉快そうにその人物を睨み付ける。

全員の視線が集中した事でビクッと肩を跳ねさせ縮こまりながらも口を開く。


「お、俺はリノアと一緒に救出組で、いいんだよな?」


 エレオノーラの問い掛けに首を傾げたリノアが少し困惑した様子で応える。


「え、えぇ、そうだけど何か問題があるの?」


リノアの問いに顎に手を置き少し思案するエレオノーラに再び首を傾げる。


「いや………………大丈夫だ。ただの確認だ」

「そう……ならもう作戦開始でいいよね」


少なくない時間を掛け応対するエレオノーラに訝し気に応えるリノアだったが再びエレオノーラから待ったが掛かる。


「最後に確認だ!し、獅子神様はこの作戦には参加しないのか?」


 彼女の問いにリノア自身気になっていた事だが、今回はリオンが居なくても過剰戦力だったので来ても来なくてもどちらでもいいというのが正直な所だったが、確認という意味を込め渋々リオンに視線を送ると何故かリオンは既にこちらに視線を向けていた。


「リオン、あなたは今回の作戦に参加するの?それともウピルちゃんとここで待ってるの?」

「お前等だけで問題無いだろ」


 それだけ言うと視線をウピルに向けて何かを話し始めた。

既にこちらには興味が無くなったらしい。


(それよりさっきエレナを見ていた様な……気の所為かな)


少し思考が逸れてしまい、現状を思い出したのかプルプル顔を振って雑念を追い出した。


「それじゃあそろそろ行くよ!」


リノアが号令を掛けた瞬間飢えた獣の様にリオン一派が一瞬で掻き消えた。


「えっ?早っ!!私達も急ぐよ!!」


 あまりの出来事にリノアが慌てて駆け出すとそれに半歩遅れエレオノーラが走り出す。

走り出した彼女達の後ろ姿をリオンが笑いながら見ている事に気付いたのは隣にいるウピルだけだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[鬼面仏心?]



 リノアの同胞が事前に移送されたとの事で面倒臭かったがリノア達を引き連れ森の中を歩いているのだが、さっきの奴隷商館で拾った吸血鬼っ子のチビがコアラ化しているのが非常にウザい。

しかし心が広い事に定評があるリオンとしては特に害が無い存在を排除する事はないので、渋々放置しているとモスキート音かと思うくらいのか細い音が耳朶を打つ。


「リノア、さん、キレイです。……いいなぁ」

「まあ見た目だけはいいな」


最後にポツリと呟いた言葉はスルーされウピルはしょんぼりするが、めげる事なく再度話し掛ける。


「り、りおんさま、りおんさまはじゅうじんぞく、なんですか?」

「魔物だ」


 簡潔且つ淡白な返答に嘘を吐かれたと思いしょんぼりする吸血鬼っ子のウピルだったが、会話できた喜びもあり会話を続ける為再びコソコソ話す。


「ど、どんなまもの、なんですか?」

「キマイラだ」


 またもや淡白に返されたが、リオンがまともに会話を淡々と返している事実をリノア達が知ったら驚愕するだろう。

それ程何故かリオンはウピルには素直に会話をしている。


「き、きいたこと、ないです。どんなすがた、なんですか?」

「固定の姿はねえ、と言うか俺以外に見た事ねえからな。獅子、悪魔、狼、蛇、龍、髑髏、粘体が今の俺の主な構成成分だな」


 ちょっと長めに会話できたと思ったウピルだったが、その内容に頭がついていかず混乱していた。

その姿を横目で眺めながらリオンは思考を巡らした。


(この吸血鬼っ子いつもビクビク震えてんな、チワワかよ……。小せえ頭蓋が脳を圧迫してるって訳じゃねえし……もしかして寒い?いや寧ろここは暑い気がする……)


 ここまでの道中常にバイブレーション機能が付いてんじゃないかってぐらいに震えていたウピルの原因を熟考するものの全く分からなかったリオンだが、不意にツバサからの念話が入る。


(相変わらずバカねぇ、その子が震えている原因、それはあなたの顔が怖いからよ、ふふふ。そんな怖い獅子の顔をぶら下げてちゃ普通の人は震えちゃうわよ)

(はぁ?何言ってんだお前、イヴを筆頭に今まで会った人間は怖がる奴の方が少なかっただろうが!それに俺はバカじゃねえ)

(ハァ、あなたが何言ってるのよ、本当にバカね。イヴちゃんもそうだけどあなたの近くに居る人間はもれなく全員変態でしょう。他の人間に関しても多少なりとも魅了を掛けてるのだから怖がらないのは当たり前でしょう)

(……ふむ。一理ある、確かにイヴは特殊性癖持ちのヤバイ奴で、レーベも変態騎士だ……リノアは、まだ新しい扉を開いてる様には見えねえが、時間の問題って事なの、か?まあそんな事は今はどうでもいいが、俺の顔は怖いのか……ふむ、確かに前世で目の前にいきなりライオンが現れたら死を覚悟する、か?それと俺はバカじゃねぇ)


 真顔で更に思考の渦に没入するリオン、その横では反応が無くなってしまったリオンにボソボソ声を掛けるも無視されたと思ったのか震えながらしょんぼりするウピルの図が出来上がった。

その後暫く思案していると天翼人族が移送された場所まで辿り着き、その対策をリノア達に投げるとウピルに声を掛ける。


「俺が怖いか?」


 とりあえずジャブとして顔では無く大雑把に問い掛けてみた。


「い、いえ、こわく、ない、です。りおんさまは、いのちの、おんじん、です」


プルプル震えるウピルの姿は他者から見れば絡まれて無理矢理言わせている様だった。


「そう、か……顔が怖いのか?確かにちょっとワイルドだと思うがそんな怖いか?」

「えっ?そ、そんなことないです。す、すてきな、お顔、です!」


ポロッと零したリオンの言葉に少し声のボリュームを上げるウピルにツバサが呆れる。


(リオン……こんな小さい子に気を遣わせるなんて最低よぉ。そんなバカで顔がこわーいリオンに私が幻術を掛けてあげるわ〜感謝してよねぇ、ウフフ)


リオンの頭上にピコンと電球が光り輝きパチンと指を鳴らした。


(それだ!よし、早速やってくれ!それと俺はバカじゃねぇ)

(ふふふ、あなたはホント自由ねぇ。まあ、私達は常にそれを求めていたものね……じゃあ掛けるわよ)


 ウピルが急に黙ったリオンを不思議そうに眺めていると急に腹から山羊面の悪魔が出てきて瞳を紫色の靄が包み込む。

すぐに瞳の靄は消え去ると、山羊面の悪魔が何事も無かったかの様にリオンの中に消えていく。

唖然とするウピルだったがリオンに視線を向けると驚愕に目を見開き全身が固まった。


「り、りおん、さま?そのお顔は……?」


ウピルからの問いに応える前にエレオノーラが喚きながら突撃してきたので一時中断された。

適当に遇らうと今度は自らの身体から勝手に狼蛇悪魔骨竜が出て来たのでリノアに全てを丸投げする。

リオンは色々思う所があったのか眉間に皺を寄せ立ち去るリオン一派を見ているとウピルに心配されたり、エレオノーラが喧しく絡んで来たりと小イベント盛り沢山であった。

リオンとウピルを除く面々で作戦会議をしているのでリオンは改めて自身の顔を見る為に鏡代わりにウピルの真紅の瞳を覗き込んだ。


「ふむ……前に人化した時と同じ顔だな。ツバサの記憶を元にしたのか?それとも俺自身の記憶?まあ、そんな事はどうでもいいな。それよりどうだ、これでもう怖くないだろ?クハハハハ」


 確認を終えると先程エレオノーラに邪魔された質問を再びウピルにぶつける。

瞳を覗き込まれた時にビクリと飛び跳ねたウピルだったが質問に対しては首を傾げる。


「えっ?えっと……さっきのりおんさまも、いまのりおんさまも、とっても、すてき、です。こわく、ない、です」


未だプルプルと仔鹿の様に震え、コアラの様に抱き着くウピルにリオンは顔を顰める。


(えぇ、何このチビ……全然改善されねえじゃん。幼女に気を遣われるクールガイなんて滑稽じゃねえかよ、どうなってんだ。でもなんか違和感があんだよなぁコイツ……)

「チビ助、お前どんくらいあの奴隷商館の地下にいた?」


漠然とした違和感を感じたリオンは特に理由も無く適当に話を振る。


「ウ、ウピルは50年くらい、いました、です」


その返答を聞くとリオンは少し目を見開くがすぐにスッと目を細めた。


「……お前今いくつだ?吸血鬼っ子の合法ロリとか業が深えよ」

「ウピル、は56さい、に、なりました、たぶん。ごーほーろり、てなんですか?」


 女性に年齢を尋ねるなど紳士として有るまじき行為であるがリオンは一切気にする事なく聞き、ウピルも特に気にした様子も無く応える。

合法ロリに関しては、「気にするな」と流すと再び思考する。


(つまり、このチビは吸血鬼の合法ロリババアってことか……。設定もりもりで胃もたれしそうだが需要は変態どもにありそうなもんだが、何故半世紀も牢屋暮らしを?コイツの種族が関係してんのか?んー……分からん、分からんがそんなの聞けばいいな!クハハハハ)


熟考するが答えが目の前にある事に気がつくと紳士の外装を即座に破り捨てた。


「お前はなんであんな所に50年もいたんだ?チビの種族が関係してんのか?」

「ッッ!?え、えっと、そ、その、い、言わなきゃ、だ、だめ、ですか……?」


 話を振られたウピルは今まで以上に震え、顔色も急速に蒼白していく。

更に冷や汗を流し過呼吸気味になっていく。

それでも黙るのは忌避したのかつっかえながらもなんとか言葉を絞り出す。


(震え過ぎだろコイツ、顔色も悪りぃし……もしかして遅効性の毒か?)


その姿を見たリオンの感想がこれだ。

彼は時々発作の様にこの症状を引き起こすが本人は全く気付いていない。

前世での経験からか心が歪み、正常な思考を失い他者の気持ちを理解出来ない男が生まれてしまった。

そんな彼の行動は理解不能なものも多く、この後の行動もウピルを混乱させる。

バシャッと水が溢れる音を響かせ、先程まで震えていたウピルは驚愕し、2回目ではあるものの何の脈絡も無い行動に発光しながらポカンと固まり、リオンを見つめると辛うじて言葉を紡ぎ出す。


「ふぇ?あっ、えっ?り、りおん、さま?」


リオンは空のポーション瓶をそこら辺にポイ捨てすると満足気に頷く。


「震えが止まったな、やっぱ毒だったか。だがあの館からここまでで毒持ちの生き物なんて居たか?まさか散布型の毒か?」


 ウピルにとっては不思議な事を話すリオンに慌てて声を掛けようとするが当人は既にリノア達の方に視線を向けておりウピルは口を噤む。

一言二言話すとリオンは視線をウピルに向けると笑いながら話し掛ける。


「まあ話したくねえなら無理には聞かねえよ」


クハハハハと笑いながら先程とは打って変わって無駄に上機嫌なリオンにウピルは感謝を伝える。


「あ、ありがとう、ございます」


 そうこうしているとリノア達が行動を開始していく。

その後ろ姿に再び視線を向けジッと見つめ、楽しそうに笑うリオンは漸く満足したのか、再びウピルに視線を向ける。


「そうだ、お前からは面白え事になる予感がするから俺が貰う、構わねえよな」


 一瞬何を言われたか分からないウピルは首を傾げ固まる。

徐々にリオンの言葉が浸透してきたのか解凍された身体が震え出し遂にはポロポロと涙を流す。


「わ、わたし、と、い、いっしょに、いてくれるん、ですか?」

「だからそう言ってんだろうが。一緒に居ねえと面白えイベント逃すだろうがよ、クハハハハ。だがまあ、そんな事より今は直近のイベントの方に期待するとしよう。時間稼ぎが上手くいくといいなぁ、ククク」


 ぶっきらぼうに伝えたリオンは既に興味が移動しておりリノア達が強襲している場所に視線を移しケタケタと笑っていた。

そんな素っ気無い態度でも言葉はしっかりウピルにも伝わり、歓喜のあまり再びコアラ化した。

遠くでは悲鳴、怒号、笑声のコーラスと破壊音が重低音を響かせる中で、リオン達の居る場所は風で木々が揺れ葉が擦れる音とウピルの啜り泣く声が静かに広がっていた。

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