第39話 母と子

 静寂は素晴らしい、荒んでいた心が洗われる様だ。

程良い温もりを齎す太陽、静謐な空間、柔らかく頬を撫でる風、小川のせせらぎ、自然の中で息づくヒトや人工物ではないモノ達の戯れる音色をバックコーラスに大地を感じる。

あぁ、なんと素晴らしきことか。

耳障りな声、耳障りな足音、不細工な馬の嘶きや甲冑が擦れる音、工場の機械音や車両の行き交う音、無駄に五月蝿い小蝿の羽音の如きマフラー音などが存在しない完璧で理想的な世界。

しかしながらそれは理想であり夢。

全ては泡沫。

いつの時代、いつの世もヒトという種が発展すればする程夢はひび割れ、目の前に残酷な現実を突き付けてくる。

長い長い、それこそ魂を擦り減らす程の永劫の時を憎悪と絶望、悲哀や嫉妬など様々な感情をグチャグチャに煮詰めて更に濃度を上げた負の感情を身体に染み込ませ、繰り返し繰り返し生きてきた某俺私僕自分我にとって静寂こそ他者に求める唯一の願いであり、喧騒とは不快なノイズで滅ぼすべき存在だ。

だが、脆弱なヒト1人程度では全てのヒトを根絶やしにする事は不可能でそれはそのまま夢の終わりを示していた。

NBCテロを画策した所で1人で水爆を世界規模に投下するのは到底無理だし、数百グラムで全人類を殺せると言われているボツリヌストキシンも弱点が多く簡単に毒素は失活してしまい、現実的どころか単純に理論上可能であるというだけで、ただデータを読み上げているに過ぎない。

化学物質も同様に強力な毒物、劇物は不安定な性質が多く現実的ではない。

謀略や調略が巧い人間であれば扇動して暴動、内乱、戦争の火種になれたかもしれないが悲しきかな、膨大な時を生きてきた俺の人生に天才に生まれた事は一度たりとも無かった。

あぁ、神が憎い、いつか必ずこの手で始末してやろう。

ハァ、しかし何故俺がこの一人語りを長々と行なっているかと言うと、ちゃんとした理由があるのだ。

それは……(ねぇリオン、もう満足した〜?)

うん、もうちょっと待って。

これからまた理由を長々と語るからね。


(いい加減現実を見たら〜?さっきからどっちもうるさいんだよね〜)


コラコラあんなのと俺を同一視するんじゃありません。


『あんなのとは酷い言い草じゃないか。いくら僕が超絶可愛くて心が世界……いいや、宇宙規模に広くても傷付いてしまうよ〜』


うるせえ殺すぞ!

それよりお前等なにサラッと人様の心読んじゃってんの!?

プライバシーって知ってっか?死ぬの?


『おぉ怖わわわ、なーんてね〜今の君に凄まれても怖さは皆無だよね〜ほらほらぁ吠えてごらんよ〜うりうり』

(リオン可愛いよ〜ふふ)

(オピスちゃんダメだよ、こっちのリオンもルプのだもん〜カワイイカワイイ〜)


はいはい出ましたよコレだよコレ。

今の俺が現実逃避をして一人語りでシリアス且つクールガイモードになってた理由だ。

ハァ……どうしてこうなった。

天を仰ぎこの状況になった出来事を思い浮かべる。


 刻は少し遡り今日も今日とて帝国の者達の罠に見事にハマり拘束されていた時のこと。

それは突然襲ってきた。


(それにしても暇だなあ。爺の解析待ちとはいえこのキリストの磔、いやダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図の方がそれっぽいか)

(うぃちるうーすってな〜に〜?)

(ウィトルウィウスな。俺も詳しくは知らねえよ、カッコよさげな言葉って無意識に覚えるよな。まあとにかく今の格好がそれっぽいってだけだ)

(そうなんだ〜……ふわぁ、なんだかねむくなってきた〜……ふにゅぅぅぅ)

(興味ねえなら聞くなよ……ん?なんだ……これ、急に身体がおも、く、な…………)


 突如グラグラと視界が揺れ、抗えない睡魔がリオンを襲い視界が闇に染まるとそのまま意識が遮断される。


『おはよう〜起きてよリオン、朝だよ〜!アハ、違うか!ハハハ、でもそろそろ起きてくれないと僕が暇なんだけどなぁ』


 ギャーギャーと耳元で喧しく語りかけてくる存在に気持ち良く眠っている所を邪魔されたリオンは心の中で悪態をつきながら二度寝の準備に移行し始める。


『おやおや〜?悪態だけならまだしも二度寝に入ろうとするなんて流石の僕も手段を選んでいられないなぁ』


 サラッとリオンの心を読んだ謎の騒音者は徐にリオンの後脚を掴み持ち上げ、プランプランと宙吊りにした。

さすがのリオンもこの状況に渋々目を開けると目の前には簡素な布を纏っただけの真っ白な女が逆さの状態で佇んでいた。


(巨人かな?俺を片手で持ち上げるゴリラが何の用だ?)

『巨人ッ!?ゴリラッ!?相変わらず酷いね君……僕だって女の子なんだからそれ相応の対応をしてくれないといじけちゃうぞ?あぁそれと、1つ訂正しておくけど僕が大きくなったんじゃなくて君が小さくなったんだよ。ほら自分の身体を確認してごらんよ』


 面倒臭いので話もほぼ流していたが、意識に刺さる文言が出てきたので未だ宙吊り状態のリオンは顔を動かし自らの前脚や背中、腹などを確認する。


『ぷくく、その動き釣られた魚みたいで面白いね〜』

(やかましい!!それより早く降ろせクソゴリラ!!)

『まだ言うッ!?ハァ、まったくもう短気だなぁ〜。はいはい分かりましたよ〜』


 漸く地面に降ろされたリオンが改めて全身を確認すると驚愕に目を見開き絶叫する。


「ナーーーーーーーーン!!(何じゃこりゃー!!)」


 珍しく絶叫したリオンの可愛らしい鳴き声が周囲に響き渡る。

ぬいぐるみの様にフヨフヨした身体に尻尾のオピスもミシン目が見えるんじゃないかレベルの安い作りとなっていた。

水魔法で簡易鏡を作り顔を確認すると動物園にでも売っているであろうデフォルメされたライオンが映っていた。


(えぇ……何これ……俺可愛過ぎだろ、いや動物を愛でるのは好きだが……雨の日に捨てられてるわんちゃんを拾っちゃうくらい動物好きだけど、自分がその対象になるのは望んでねえんだがな……。とりあえず落ち着こう俺……俺はクールガイ、クールガイ、冷静に冷静に……)

『あの、とりあえず落ち着いたかな?君の趣味が知れたのは僕にとっても僥倖だったよ、是非次回の参考にさせてもらうよ〜。それよりもこの場所とリオンの状態を僕に説明させてもらえるかな?』


 頭を抱え混乱しているリオンに後ろから腕を回し抱っこする謎の騒音女が囁く。


(おい、勝手に触るんじゃねえ!!早く降ろせ!!……ん?待て!説明だと?って事はお前が元凶か!!死ね!!)


 ジタバタと暴れテシテシと前脚が謎の騒音女の手を叩くがダメージどころがマッサージ効果も無い程の貧弱振りに絶望し、だらんとリオンの全身から力が抜け落ちる。


『もう今は色々意味無いから無駄な抵抗はしないでよね〜。でもやっと落ち着いてくれたみたいだから説明するね。間抜けでお馬鹿さんな君が見事にギリアム帝国の罠に嵌ってくれたお陰で君の魔法耐性が極限まで低下したので、僕がパパッと介入してこの場に招待したって訳さ〜ハハハ。まあ魔法耐性が下がったと言っても君に状態異常を付与出来る存在は地上世界では数人くらいなもんだけどね〜。ちなみに珍しく君がそんな色んな感情を出しているのも僕の力のせいで様々な状態異常に掛かってるからだね、精神的なものだから生命に関わるものじゃないから安心してほしいけど、久々の感覚だろうから今は混乱が深まっているんだね』


 未だに抱っこされながら微動だにせず説明を聞いていたリオンが首を上げ謎の騒音女を見るとハッと気付く。


(ん?んん?ん〜?あッ!?お前ガイアかよ!!あぁ、うぜえわ、殺す殺す!!死ね死ね!!)

『そんな可愛い攻撃じゃ僕は死なないよ〜ハハハ!!それよりも言葉の暴力は感心しないなぁ。言葉には不思議な力が宿っていてね……』

(うるせえ!そんな話しは聞いてねえよ説教ババアかよ!早く戻せ!!)

『ほらまた言葉の暴力〜。そんなに言われたら僕だって傷付くんだよ〜?そんな事だと永遠に此処から出してあげないぞ〜。それにまだ話しは終わってないからね』

(が、ぐぬぬ……)

(もう〜リオンうるさいよ〜。眠れないよ〜……ん〜?あれあれ〜?リオンなの〜?きゃーーー!!と〜っても可愛いくなってるぅぅぅ)


 リオンの顔の横から綿が飛び出したかと思ったら徐々に形と色が付いていきデフォルメされた金色の狼のルプが姿を現し、リオンを視界に入れた瞬間に興奮し始めた。


(ふっふっふ〜ルプは気付くのが遅いなぁ。わたしはと〜っっっくに気付いていたよ!)


 そこに何故かチープな作りの白銀の蛇、オピスがドヤ顔でルプを煽り出しリオンの周囲が更に喧騒の波に飲まれていく。

そして冒頭に至り、一人語りに花を咲かせ周囲の喧騒を無視しながら現実逃避していたという訳だ。

しかしここで漸く重要な事に気付く。


(そうだ!おいクソ神、お前に聞きたい事がある)

『ん?やっと戻ってきたと思ったら、なになに〜?リオンから僕に聞きたい事があるなんて珍しいねぇ。僕に答えられる事なら何でも聞いてよ〜恋の相談かなぁ?それとも友達の作り方かなぁぁ?それともそれとも僕のスリーサイズかなぁ?キャハッ』

(……とりあえずその念話と声のぼっちデュオを止めろ!頭がキンキンする)

『おっと、こりゃ失敬失敬〜。これでいいかな?話をするのは久々でね、言われないと気付かないものだね」

(本当にぼっちだったとはな……。まあいいや、それよりもこの空間はお前しか解除出来ねえのか?)

「ぼっちじゃなくて孤高の存在ってヤツさ!!そこ重要だから〜間違えないでねぇ。僕は君が思ってるより遥かに大物だからね〜。それとこの空間の話だったね、ここは君の夢の中……いや君の夢を模倣した僕の世界と言った方が正しいね。さっきも言ったけど今の君は魔法耐性が低下しているからね、僕の神力をもってすればこんな事も可能なのさ!!どうよどうよ尊敬してくれてもいいんだゾ、それとこの空間は僕しか戻せないけど時間が経てば勝手に君は戻れる筈だよ〜よいしょ」


 自然な流れでリオンを抱っこするガイアに抵抗は無駄だと悟ったリオンだったが不快感だけは全面に出し、せめてもの抵抗をする事にした。


(……お前そんなキャラだったか?つうかお前ガッツリ俺に干渉してきてんじゃねえか……そんな適当な神でいいのか?)

「ふっふっふー、僕は日々バージョンアップしているからね、これが最新版の僕だよ!!それに伴って君の対策も日々バージョンアップしていっているのさぁ!!他の神々には話を通したから君への直接的な干渉はある程度黙認してもらっているんだよ〜。まあさすがにこの星の生物……かどうかは君は微妙な所ではあるけれど、この星に存在している者には基本的に危害は加えられないけどね〜」


 全身からドヤオーラを放出しながら胸を張るガイアをデフォルメリオンがボタンの様な円らな瞳をぐぐぐと細め、冷ややかな視線をぶつける。


(……まあお前を殺せる機会が増えたと思えばいいか。そういやお前は何で俺をこんなクソ空間に引き摺り込んだんだ?)

「やれやれ、女心を全然分かってないなリオ〜ン、そこは今までより僕と逢える事が嬉しいって言って欲しかったかな〜。そんな事じゃ僕から合格点は……あぁ分かった分かった、だからそんな可愛らしい円らな瞳で見つめないでおくれよ」


 睨むリオンを軽くあしらいながら漸くこの場に呼んだ理由を話し出した。


「理由の1つは君とちゃんと話そうと思ってね。君は知らないだろうけど僕達は凡そ2000年振りの再会だから積もる話もあると思ってさ。普段の姿だと君はすぐ僕を殺そうとするからね、この大チャンスを上手く利用したって訳さ〜」

(この世界での2000年前の事なんて覚えてねえが……つうことはやっぱり俺は過去に初代勇者と消えたキマイラって事なのか?)


 ポムポムとガイアの頬を叩きながら問い掛けるが当の本人はポカンと間抜け面をかましたかと思えばすぐに笑い出した。


「ぷ、ぷぷぷ、ぷはッ、ハハ、ハハハハハハハハハハハ」


 突然笑い出したガイアに眉根を寄せ、不機嫌さを全面に出しているとそれに気付いたガイアが未だプルプルしながら悪い悪いと手を振る。


「ハハ、ふ、ふふ、ご、ごめ、ごめんよ。ふふふ、けど、そうだね〜前会った時に思わせ振りな事言っちゃったから勘違いしちゃったんだね……もうコイツコイツゥゥ、もう〜リオンはホント可愛いねぇ〜」

(やめろ触んな!!それよりも勘違いだと?どういう事だ?)

「そう!勘違いだよ〜。君はむかーしむかし初代勇者と戦っていたキマイラじゃないよ〜」


その時リオンは驚愕により脳天にイナズマがピシャーンと貫いていった。


(な、なんだとッ!?それなら俺は過去のキマイラとは何の関係も無い野良キマイラなのか!?)

「ぶふぅ!の、野良キマイラって……ハハハ!感情豊かなリオンは面白くて好きだよ〜。と言うかそれ以外のキマイラなんて居ないからね、ペット化は無理でしょ。それとさっきも言った通り君が思っていたキマイラでは無いけど、無関係って訳じゃないんだよねぇ。当時の事は何を覚えてる?それとも誰かから話を聞いたかな?」

(この世界の事は何故か何も覚えてねえよ。初代勇者が特殊性癖持ちでキマイラとの子を産んでキマイラ諸共消えたんだったか)

「まあその認識で間違って無いけど、君の唯一の家族であるイヴちゃんの先祖でもあり勇者の資格を有してる一族でもあるね。そんな初代勇者は色々あって当時のキマイラ君を愛していてね、キマイラ君とも和解出来ていたんだよ。でも当時の人間は自らの種族以外基本的に下に見ていてね。殺す以外を認めなかったみたいでね、人族の希望として周囲の期待も全て背負っていた彼女は苦渋の決断を強いられ、そして結局人族の味方をしたのさ。それでも愛したキマイラ君を殺す事がどうしても出来なかった彼女は悩みに悩んだ末に世界が落ち着くまで彼を異界に封印する方法を試したんだ。でも、結果は失敗……2人のレベルではそもそもの魔力やその操作と制御が賭けに近い程でね、キマイラ君と初代勇者は時空の歪みに飲み込まれ分子レベルまで分解されてしまったんだよ。でもね話はここで終わりじゃなくてね、此処でもう一つのイレギュラーが起こってしまったのさ、それが君さリオン!」


 リオンの頬にぐにぐにと指を埋めながら語るガイアに対しリオンは無反応だがチラリと顔を向け先を促す。

その様を見たガイアは特に気にした様子も無く再び語り始める。


「当時の君はキマイラ君の奥さん、初代勇者と戦う前に死んじゃったんだけど……その奥さんキマイラから産まれた純度100%のキマイラだった君が能天気な顔で時空の歪みに一緒に落ちたのさ〜、あの時はさすがの僕も他の神達と一緒に大爆笑してしまったよ。そして君の存在に気付いたキマイラ君と初代勇者は自分の身体が分解される前に残った全ての力を君に使い、運良く時空に至る所にある綻びに君を突っ込んで、その時偶然繋がっていた先の地球へと転生させたのさぁ!!その時に初代勇者とキマイラ君の魂の一部が君に吸収されたからイヴちゃんと家族って言うのも強ち間違いじゃないんだよねぇ」


 リオンを抱いたままクルクルと回り朗々と物語を紡ぐガイアは舞台女優が如き美しさと煌びやかさを振り撒き、観客が居ればスタンディングオベーション間違い無しだったであろう。

しかしここにはリオン一派しか居ないので当然拍手が起こる訳もなく現在は与えられた情報を思案中なので無言だ。

それにより必然的にドヤ顔の語り手は焦りを覚え、ヒトの様にオドオドとしながら問い掛ける。


「リ、リオン?何か反応してくれないと僕としても悲しいと言うか寂しいと言うか……何かしらリアクションが欲しいかなぁ、なーんて!は、はは、ははは、へぶぁぁぁ!!」

(もうぉうるさい〜!静かに〜!今リオンがこ〜んなカワイイ顔で考え込んでるんだからぁ〜!)


 リオンに詰め寄ろうとしたガイアの顔面にワンワン鳴きながらルプが頭突きをかます。


「痛いなぁもう〜!乙女らしからぬ声が出ちゃったじゃないかぁ」


 リオンが思案する横でギャーギャーと喧しく騒ぎ始める2人が暫く言い合いをしているとうんざりした声で言い合いを中断させる。


(うるせえよお前等、少しは静かにできねえのかよ!!)

(あっ、リオ〜ンやっと考えごと終わったの〜?考えてるリオンの顔はもちろんカワイイけど、プリプリ怒ってるリオンもカワイイね〜)

「超絶美少女の僕を無視して考え込んでる君が悪いんだからね〜!ルプちゃんが邪魔しなければもっと色々やってたんだからね〜」


 互いの主張を同時に発言すると再び顔を合わせ唸り合う2人に喧嘩両成敗として頬にリオンパンチを叩き込む。

しかし顔が吹き飛ぶ事も無く、衝撃音すら無いパンチはぷにっと幻聴が聞こえてきそうな程柔らかく2人の頬を撫でる。

別の威力を発揮し結果的に喧嘩を止める事には成功したものの2人の恍惚とした表情と、そんな彼女等とは裏腹に憮然とした表情で両前脚を眺めるリオンの図が出来上がった。

クネクネ気持ち悪く悶えるガイアとルプ、無になったリオンの状態が暫く続き、再び会話が開始するまで更に長い時間が掛かった。


(さて、それでさっきの話だが色々とおかしな点があるが、とりあえず理解した。だが、何故急にお前が俺にその話をしたんだ?お前に何のメリットもねえが何を考えてやがる)

「えぇ〜?語った内容は全て事実だからおかしな点なんか無いさ〜、僕は一部始終を実際見ていたからね。それにしてもメリットか……確かに無いね、ふふ。でも僕は神だからね〜!ヒトと違ってメリットやデメリットで動く様な滑稽な存在じゃないんだよ〜。君に話したのだって僕の気紛れに過ぎないのさ〜。何故なら僕は創世神ガイア!全てを愛し全てを哀しみ全てを恨み全てを嫉み、全てのモノを許し包み込む存在だからね!」


 堂々と両手を広げ第二幕の如き語りを披露するガイアを前にしたリオンは不自然な程にアッサリと顔色を読む事無く素直に頷いた。

腕を解いたのにガイアにくっついたままの状況を不思議そうに眺めながらもリオンは視線を上げる。


(意味分からんが神か、神……そう、神だったな。ありがとうなガイア、この世界での俺の起源が分かって嬉しかった)


 無邪気な笑顔を見せるリオンのこの言葉を受けガイアが目を見開き固まるが口は辛うじてパクパク動き音を発する。


「あ、えっ、お、おう……どう、いたしまして……?えっ、えぇ?……混乱してるから、なの、かな?今の姿と素直なリオン君の笑顔は彼女の……あっ、い、いやぁ破壊力が凄いなぁ、参ったねこりゃ、ははは」


 後半はリオンにも聞こえない程か細く紡がれたので訝し気な顔でガイアを見るリオンだが直ぐに別の疑問を問い掛けるようとする。


(ん?何だって?………まあいいや、それより……ん?)


 話を遮るカシャンと乾いた音がして、リオンが視線を下に向けるとデフォルメされた髑髏が転がっており不気味に下顎骨がカシャカシャと動くとガイアの方を向く。


(ほぉほぉほぉ〜なかなか興味深い話じゃったわい!それでガイアとやら、ワシからも質問じゃ。この世界のステータスの仕組みを創ったのはお主じゃろ?何でそんな事したんじゃ)

「おや?君はテースタお爺ちゃんだね。何でってそりゃ僕が楽する為だとも。考えてもみてくれ、森羅万象全てを観測する僕としては一人一人、ひとつひとつ見るのは非常に面倒臭いし手間が掛かって疲れてしまうよね?可能不可能で言えば僕程完璧女神なら可能なんだけどね。そんな事を考えていた僕はある時ピンときてね、今のステータスシステムを構築したのさ!ちょこっと大変だったけど結果は大満足さ〜!本来見えない情報が見えるって便利だよね。それをヒトも見れる様にスキルに落としたり魔道具に加工したり、いや〜僕頑張った」

(なるほどのぉ、それじゃお主はあらゆるステータスを勝手に弄れるのかの?)

「ん〜弄れると言えば弄れるね。けど、君が言ってるのはそういう事じゃなさそうだから少し詳しく教えてあげるとステータスで可視化したと言っても基本的にステータスは魂に発現した能力や登録された情報が出たものだからね。強引に魂を弄るのは他の神々も黙ってないだろうから流石の僕でも普通はしないさ。君の時にやったのはメッセージって意味合いが強いからステータス内容に変更は無いよ。内容が見れないのは魂に能力が定着していないからだから、今後頑張れば見える様になるよ〜ガンバ♪♪」


 ふむふむと髑髏がカクカクしている中、話に飽きたリオンがテースタの髑髏をペシペシ叩いて遊んでいると、そんな状態を気にせず次の疑問を投げ掛ける。


(……まあ大体ワシの考察と同じじゃからええじゃろ。次の疑問じゃが、お主此奴の身体の事は気付いておるじゃろ?いつまで保つ?)

「勿論気付いているとも、しかし神としてそこを確定的に言う事は憚られる、かな。ごめんね〜」

(なんじゃ役に立たん奴じゃのぉ。まあ自分の身体の事じゃ、何となく此奴も理解しとるじゃろ)

「君はなかなか失礼な子だね……あっ、でもまあリオンから生まれた存在だから仕方ない、のかな?」


 ハハハと乾いた笑いをするガイアにリオンがペシペシと叩き意識を向けさせる。


(おい、何の話だ?俺の身体がなんかあんのか?)


 首を傾げキュルルンと音が聞こえそうなあざとさを発揮するリオンをガイアが再びガバッと抱き上げると優しく言い聞かせる様に語った。


「君の身体……いや厳密に言えば魂か、その魂が地球での長年による酷使によって壊れかかっているのさ。君自身気付いてると思うけど、君の魂の器には数え切れない程多くの魂が詰まっていて記憶の混濁が起きている……そんな場面を何度か見たんじゃないかな?」


 上目遣いでガイアを見ていたリオンが思い出そうと目を閉じると、直ぐに思い当たったのかポムポムと手を叩く。


(おぉ、そういやルプやオピスがそんな事言ってた気がするな。そんな大変な事が俺の中で起こってたとはな〜クハハハハハ)


 納得したリオンがカラカラと笑っていると少し驚いた様子のガイアが某ライオンの王の子どもを持ち上げる様に目の前に掲げる。


「あまり驚いてないね。おや、んん〜?あぁなるほど、そろそろ時間だね。さすがリオンだね、魔法耐性が下がっても僕ですら短時間しか拘束出来ないなんてね」


 夢の終わりを悟ったガイアがリオンを地面に優しく降ろすと頭を撫で様とするがササっと避けられガクッと肩を落とす。


(触んな!おっ?なんだコレ新感覚!急に頭の靄が晴れた気分だ!クハハハハハハ、情報の礼に殺してやるよ、魔法が使えれ、ば?んあ……?)


 殺意剥き出しのデフォルメリオンが魔法構築しようとした瞬間がくりと力が抜け地面に突っ伏してしまう。


「ホント隙あらばって感じだね〜ふふ、でも残念だったね。そろそろ時間だから〜今回はこれでお別れだけど、次もまた油断した時に僕が会いに行ってあげるからいつまでも間抜けなリオン君で居てね〜」


 バイバイと手を振る姿を恨みがましい目で見ているリオンだが再び耐え難い睡魔が襲い掛かってくると抵抗も虚しく徐々に意識を漂白していき、夢の中で夢に落ちていった。

眠りに落ち光の粒子となって消え行くリオンを愛おしそうに撫でるガイアがポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「これで少しは君も安心かいリーリア。さっきは本当にビックリしたよ、転生した事で既に君とは血の繋がりも無い筈なのにね……あの時の無垢な笑顔は本当に君そっくりだったよリーリア。やはり彼は君の子なんだろうね。ふふふ、僕はこれからも彼を見守っているから安心してほしい……僕の子達はすくすく成長するけど僕自身、いや神々は成長なんて出来ないからね……リーリア、君の時みたいに彼も殺してしまうかもしれないからね。でもこのままだとリオンは魂が壊れて勝手に死んでしまうね、残念だけどそこの場で解決する手立ては無い……それでも君なら、と僕は思ってしまうよ。ふふ、ふふふ、いや〜自分で言っているのに全然感情が理解出来ないよ〜。模倣と成長は違うし仮面だけ付けても中身は変わらないね、やれやれ〜あぁ……この僕もそろそろ終わるね」


 クスクスと一頻り独り言ちるとガイアの周囲にも光の粒子が漏れ出す。

溢れた光の粒子分だけ徐々に表情が抜け落ちていき、やがて全ての光の粒子が収まる頃には先程までが嘘の様に表情を忘れたかの様な無表情のガイアが佇んでいた。

彼女は創世神として世界の観測を再開する為周囲の景色を消し去り真っ白な何も無い空間に戻すと数枚のディスプレイを出現させ観測を開始する。

その中の1枚には拘束された黒獅子の男、リオンのディスプレイも存在していた。

他のディスプレイより大きく、中央に浮いており右上には小さな文字が並んでいた。


『適合数最多 最優先排除候補』


その中の『候補』の部分だけが怪しい光を放ちながら点滅していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る