第38話 勧誘

 昨日マリーからリオンの居場所に関する情報を貰ってから一夜明けた。

そのまま飛び出して行こうとする程の猪突猛進っぷりであったが行手を遮ったマリーにより鎮静化させられ、更にはリオンからの手紙がとどめとなり、イヴは普段の調子に戻っていた。

新たに決意したからと言って日々のルーティンが変わる訳も無く、朝ご飯を済ませた2人は仲良く家を出ると共に冒険者ギルドを目指して歩いていた。

イヴはこの日も日課として通学する前に冒険者ギルドに寄って依頼書を確認して複数の依頼を受けようとしていたが、ギルドの中に入ると今日は別のイベントが待っていた。

相手側がイヴに気付き笑顔で手を振っているのでイヴも笑顔で手を振り返す。

チラリと一緒に居たマリーを見てから二言三言話すと一旦別れた。

そのままイヴは相手が座っている場所まで歩いて行くと声を掛ける。


「クルスさん、サバーカさん、ミーヤさん、おはようございます。みなさんが冒険者ギルドに居るなんて珍しいですね、依頼でもされにきたんですか?」


 ニコニコと嬉しそうに話すイヴに朝の挨拶を交わすと3人の代表で兎人族のクルスが首を横に振る。


「今日は依頼で来た訳ではありませんよ。それよりも……それは魔法学院の制服ですか?とても良く似合っていて可愛らしいですね」

「そ、そうですか?えへへ、ありがとうございます」


 制服を褒められたイヴが頬を紅く染めながら照れる姿に皆の頬も緩む。

魔法学院の制服は、上着のブレザーはリーファージャケットの様な少しカッチリとした仕立てに腕や胸には樹木で魔法陣を表現した上に剣と杖がクロスした魔法学院のマークが金の魔法糸によって刺繍がされており、全体的に白を基調とした清潔感のあるタイプとなっており、中には白のブラウスに瑠璃色のベストを合わせた綺麗めなスタイル。

スカートもブレザーと同様に白を基調に所々に金の刺繍が施されたもので、それ等の服装とイヴの愛嬌が相まって普段から注目されているイヴは更に他者の目を惹きつける事になり、同じ空間に居る冒険者ギルドに存在するイヴファン倶楽部の人達が悶絶し、奇声を上げ始めていた。

入学してからの日課なので毎日見ている筈なのに毎回悶絶している輩にイヴもすっかり慣れて気にもしなくなっていた。

そして今回もそんな周囲の喧騒を全く気にしないイヴが制服の上に羽織っている魔法のローブの襟を正すと改めて用件について問う。

そんなクルスも真剣な表情をしながら頷いた。


「そうですね、時間もあまり無いので早速本題に入ります。単刀直入にお伝えすると、私達は今日か明日にでもギリアム帝国に行く事になりました」


そこで一度言葉を区切りイヴを見つめるクルス。

事情を知っていたら普段の彼女なら猪突猛進の如き勢いで詰め寄って来るのだが、今回は然程驚いた様子も無くピクリと反応しただけだった。


「……その様子だとやはり帝国で何が起きているのか知っていましたか、イヴさんの想像通り私達もリオンさんの行方を掴みましたので行商のついでに会いに行こうと思っているんですが、折角なのでイヴさんも一緒に行きませんか?」


 これには食いついて来るだろうと確信していた3人だったがその期待は裏切られる事になった。

リオンの話題が出ているのに当の本人であるイヴは不自然な程落ち着いており、見る人が見れば内に秘めた激情を無理矢理抑え込んでいる様に映ったのではないだろうか。

その為か、数度深く呼吸をするとイヴは3人を見つめ返した。


「私は……私は行けません、ごめんなさい……。でももしリオンに会えたら、早く、会いたいと、伝えて下さい……」


 激情を抑え言葉を区切りながら冷静さを装い感情を吐露するイヴに猫人族であるミーヤが身を乗り出した。


「にゃんでにゃ!?会いたいなら私達と一緒に行けばいいじゃん!!イヴもリオン様に会いたいんでしょ!?なんか行けない理由でもあるの!?」


 納得出来ないとテーブルを叩き詰め寄るミーヤにイヴは少しビックリと表情を変えるが直ぐに視線を彷徨わせると諦めたのか上手い言い訳が思い付かないのかガックリと項垂れるとか細い声でポツポツ語り出した。


「……会いたいですよ私だって、みなさんより、みなさんが思ってるより、ずっとずっと……でも!!」


 話している内に早くも感情の抑制が決壊したのか今度はイヴがバンッとテーブルを叩くと突然の事に3人はギョッと驚くが、その様子に気付いていないイヴは渦巻く荒狂う感情がモヤモヤと巻き付いたまま吐露する。


「でも!それでも!!どうしようもないんですよ!!!今の私が会ってもリオンを失望させるだけなんですよ!!弱い私が、ちっぽけな私がリオンの隣で一緒に歩けるくらいにならないとリオンは満足しないんですよ!!私はもっともっともっともっと!!強くならないとダメなんです!私が、私が会いたいのはただの我が儘なんです………だから、私は……今リオンに会いに行く事は出来ないんです……」


 激情に駆られ感情を吐露したかと思ったら途端に怯えや恐怖、寂寥感漂う負の感情を垂れ流す、感情の起伏の激しさだけで言えば一種の双極性障害の症状とも判断出来る状態だ。

相変わらずリオンの事になると情緒不安定になるイヴの様子に圧倒される3人は目線だけで会話をしてどう反応するかを相談するが全く良い案が浮かばず苦し紛れにクルスが口を開くがそれは悪手だった。


「リ、リオンさんの隣を歩くって人の身で到達出来るものなんでしょうか……彼は間違い無く生物の頂点だと思うんですけど……」

「ハッ!?それ!それですよ!!どうやったらリオンの隣を一緒に歩けるのかずっと考えていたんですが、何も思い付かなかったんですよ!ふふ、そうです、そうですよ!ヒトという枠を抜け出せば私はこれまで以上に強くなれますね、ふふふ、待っていて下さいねリオン」


 ビシッと指を突き出し光明を見出したイヴは興奮気味に語り出し即座に行動に移行しようとする。

しかしその行動は焦った3人が必死に腕を掴み物理的にストップを掛ける事で中断された。


「まま、待てってぇぇぇぇ!イヴ待てって!その考えは一旦捨てろよな?な?なっ?」

「そ、そそ、そうだよ!もしイヴが力を得ても今の可愛らしい姿が醜くなったらリオン様も悲しんで逆に怒られるかもよぉぉ」

「そ、そうです!ミーヤの言う通りですよ!!往々にしてヒトを捨てた者は異形の姿になり感情も無くすと言われていますし、感情が無くなってしまったらリオンさんの事も忘れてしまうかもしれませんよ!」


 3人による熱量過剰な説得に自らの考えを否定された気分になり眉根を寄せ若干不機嫌な顔になるイヴだが、話の内容を吟味すると確かにと納得できる部分もあったので、人類脱出計画(物理的な意味で今イヴが命名)をもう少し吟味してから実行する事にした。


「……そう、ですね。確かにみなさんの言う懸念も最もですので、この件は一旦保留としましょう。それと結構話が逸れてしまいましたが、改めてお伝えしますが私は今回同行はできません。これは勿論私の意思ではありますが、リオンの意思でもあるので何を言われても覆る事はありません。ただ、私がリオンに会いたいのは紛れもない事実ですのでみなさんが無事にこの街に帰ってきた際には是非お話を聞かせて下さいね」


梃子でも動かない鋼の意志で取り付く島も無い状態のイヴ。

3人もイヴの暴走を回避、否、遅延出来た事に安堵し、その疲労で反論する元気も無かったので無事帰還した際のお土産話をする約束をして別れた。

リオンに対するイヴの盲目的且つ献身的な行動は言うに及ばずだが、クルス、サバーカ、ミーヤ、コクウがここ最近の行動やこうも最短行動でリオンに会いに行く異常行動を感情論抜きで説明出来る者はこの街には1人も居なかった。

イヴはこの後魔法学院に行くと言うとサッサと出ていってしまい、残された3人は待ち合わせているコクウが到着するのを待つ事にすると体力を消費したのか3人同時にお腹が鳴った。


「そういや朝飯がまだだったな」

「そうですね……説明するだけだったのに何故こんなに疲れたんですかね、ハハハ……」

「やっぱりイヴは私達の考えの斜め上を行くよね〜。ご飯食べながら待とうよ、店員さ〜ん」


 ミーヤが店員を呼び、各々料理を注文していきコクウが来るまで雑談や商売の話をしながら過ごし3人が朝食を食べ終わったタイミングでギルドの扉が開き1人の虎人族が入って来て真っ直ぐクルス達の方に歩いてきて話し掛けてきた。


「どうかしたかお前等、疲れた顔をしてるが……。それはそうとイヴの嬢ちゃんはまだか?」

「イヴならもう学院に行っちゃったよ〜」

「アンタが遅いからもう話したけどイヴは行かないってさ」

「そういう事です。あぁ、でもイヴは1人でしたからお仲間にも話したいのでしたら夕方にでもまた会って話せばいいと思いますよ。でも説得はやめて下さいね、イヴの気持ちは変わりません」


 最後にクルスから疲弊した態度や声音ながらも圧のある釘を刺されコクウは素直に頷いた。


「そ、そうか。まあ俺が遅れたのが悪いのだから夕方会えたら声を掛けてみる。そう言えばウィンドバードを従魔にしている友人と話がついてな、明日朝一で借りられるぞ」


 コクウの言葉に各々賞賛し出立日が決まったのが確定すると4人の席に近付き、声を掛ける人物が居た。


「失礼します、コクウさんと……商業ギルドに登録しているクルスさん、サバーカさん、ミーヤさんですね」


4人が振り返るとそこには受付嬢である狐人族のマリーが居た。


「コクウさん以外は初めましてだと思うので自己紹介からさせていただきますね。私はこの冒険者ギルドの受付などの事務を担当しています狐人族のマリーと言います、よろしくお願いします」


 艶やかに微笑むマリーに女性陣がたじろぎ言葉を失ってしまったのでコクウが代表してマリーに話を振る。


「どうしたんだマリーさん、仕事をほっぽり出して。俺達に何か用かい?」


 視線を3人からコクウに移したマリーが頰に手を当て少し困った顔をしながら口を開く。


「あら、仕事をほっぽり出すなんて言われるのは心外だわ。これも立派な私の仕事なのよ、何故なら私の担当している冒険者の女の子があんな感情を露わにするなんて相当な問題が起きたって事じゃない?一応話を聞いておこうと思って声を掛けたのだけれど………誰が説明してくれるのかしら」


 再び視線を3人に向けるが今回は1人の前で視線を固定して相手が話し出すのを待った。

それに気付いた1人、クルスは仕方なしといった感じにため息を溢すとゆっくりと話し始めた。


「その話振りだと大体内容もご存知なんじゃないですか?」

「貴女の口から直接聞く事に意味があるんですよ。話して頂けますね?」

「そうですか……では説明させていただきます」


先程イヴに話した内容をマリーにも話すクルス。

あまり時間も掛からずに伝え終わるとマリーは顎に手を当てて熟考し始めてしまい、どうしていいか困惑する4人は黙って見守る事しか出来なかった。

暫くすると熟考を終えたマリーが顔を上げ改めて4人の顔を順々に見る。


「話しの内容は把握しました」


一旦言葉を切り各々の反応を確認すると再び口を開く。


「そんな顔をしないでほしいわね。ふふ、別に取って食べたりはしないわよ、ただ先程の内容を知っておきたかっただけなのよ。それじゃあ私の用事は終わったからこれで失礼させてもらうわね、時間を取らせちゃってごめんなさいね」


4人の顔が余程面白かったのかクスクスと笑いながらマリーがそのまま踵を返すとミーヤから呼び止められる。


「待って、ひとつだけ教えて!帝国で噂の厄災は本当にリオン様なの?」


立ち去ろうとしていた足がピタリと止まりくるりと振り向き一瞬複雑そうな顔で、「……リオン様?」と呟くが直ぐに営業スマイルに切り替えた。


「そこまで詳細な情報はまだ分かってないので確定的な事は言えませんね。ただ、帝国の厄災は獅子人族という話ですので別人なのではないでしょうか」

「そ、そうですか、分かりました。ありがとうございます」


ミーヤがぺこりと頭を下げるとマリーもぺこりと会釈し今度こそ去って行った。

完全にマリーが去ったのを確認するとやはりと言うべきかクルスが声のボリュームを下げながら話し始めた。


「本当に話を聞く為だけに来たみたいで助かりました。しかしマリーさんはイヴさんと一緒に暮らしているのにリオンさんの正体を知らないみたいですね。イヴさんが話す事を拒んでいるのか、マリーさんが聞いていないだけなのか……ただまあこれは考えても仕方ないですね。とりあえず目下やる事もなくなりましたし私達は一度戻りますね、コクウさん今度は遅刻しないように……では」


 思案しても全ては憶測の域を出ない為諦めて思考を頭の片隅に追いやるとコクウに釘を刺しガタッと席を立ちクルス、サバーカ、ミーヤは冒険者ギルドを後にした。

最後残されたコクウも席を立つと依頼を受ける為依頼書が貼り出されているボードまで歩いて行った。


 クルス達の用件が終わったイヴはそのままいつも通りに依頼を複数受け、学院に向かった。

学院の授業は基本座学を行い、学年が上がるにつれ実技授業が増えていく。

とにかくリオンに追い付きたい一心で強さを求めているイヴは頻繁に授業をサボっては図書館で上級生向けの内容の本を積極的に読み、知識を貪欲に吸収している。

度々教員から注意を受けるが全く改心する事の無いイヴに頭を悩ませている者もちらほら存在している。

しかしながらイヴが学院とは別に冒険者ランクをどんどん昇級させ、現在ではゴールド級にまでなってしまったので学院側としても将来的な貴重戦力として切るに切れない存在となっているのもまた事実であった。

だがイヴ自身はリオンが居ないこの場所に在籍し続ける意味を見出せずにいるので今後も変わる事なく必要であれば授業をサボる事だろう。

変わる可能性があるとすれば、リオンが戻ってくる以外になさそうである。

今日も今日とて座学を受け図書館に行き書物を読み、昼はエリーゼ達と雑談しながら過ごし学院が終わると朝に受けていた依頼をこなし夕方まで鍛錬を積んでいた。

その間特にクルス達の話題も無く、イヴも忘れていたので冒険者ギルドで依頼達成報告を終えた際に声を掛けられて漸く思い出した。


「朝振りねイヴ、今から少しいい?」


 振り返り目の前の人達、クルス達が居て一歩だけ前に出ていたミーヤに問われた。

朝とは違いコクウも居る事でまた別の話だろうと思い頷いた。


「いいですよ。それじゃあエリーゼさん、フェルトさん、ゴリ……リヴァイスさん、私はクルスさん達とお話ししてきますので今日はここで解散ということでいいですか?」


 一緒に居たエリーゼ達と別れようとするとコクウからストップが掛かる。


「待ってくれイヴの嬢ちゃん!この話はフェルト達にも聞いてもらいたいんだ!!」


 コクウの声の大きさに驚くイヴだが内容に意識が向くと直ぐに表情を真剣なものに変えた。


「……分かりました。みなさんもいいですか?」


 フェルト達に確認を取ると全員頷いたので場所を移そうとするが全員が座れる場所が無かったので外の店で話し合う事にした。

クルス達オススメの店に移動するとそこは店を持たない、持てない商人達が商談の為に利用する個室付きの飲食店だった。

それでも8人が入ると狭く感じる程度にはこじんまりとした店だ。

イヴ達が1番大きく幅を取るリヴァイスに暴言を吐きつつも各々席に座るとクルス達が手際良く注文をしていく。

イヴは勿論、今回はエリーゼも酒禁止令が出たのでジュースで我慢した。

暫くすると全員に飲み物が配られ、とりあえず乾杯し喉を潤したタイミングでイヴが口を開く。


「そういえばコクウさんとフェルトさんは知り合いの様ですが、他の方々とは初対面でしたね。こちらは私の学友でもあり冒険者仲間のエリーゼさんとフェルトさん、それとゴリ……リヴァイスさんです」

「初めまして〜エリーゼよ、よろしくね〜」

「フェルトです、よろしくお願いします」

「……リヴァイスだ」


ひとりひとり簡単に紹介するイヴに各々ぺこりと頭を下げる。


「初めまして、私は兎人族のクルスと申します。こっちの2人と商業ギルドに身を置いていますので何か御入用の際はお声を掛けて下さい。イヴさんのご友人なのでサービスしますよ」

「私は猫人族のミーヤだよ。クルスが全部言っちゃったから何も言う事ないなぁ、でも何かあれば頼ってね〜よろしく」

「犬人族のサバーカだ、よろしく」

「最後に俺だな。虎人族のコクウだ、俺はイヴの嬢ちゃん達と同じく冒険者をやっている。よろしく頼む」


全員の自己紹介が終わると再びコクウが口を開く。


「早速本題に入らせてもらうが、イヴの嬢ちゃんには朝クルス達から話を聞いていると思うがリオン殿が居ると思しき場所が分かったんだ」


コクウが一度話を区切り各々の反応を伺う。

ピクリと一瞬顔を歪めるイヴだが特に遮る気も無いのか黙ったままだ。

チラリとリヴァイスがイヴを見るが反応をしない様子に視線をコクウに戻す。

エリーゼとフェルトは少なからず驚いた様子だが最後まで話を聞くスタンスなのか2人とも口を開く事は無かった。


「それでだ、俺とクルス達はその真偽を確かめる為と商売の為に明日その地に向かおうと思っている。君達にこの話をしたのは、一緒に行かないかと誘う為なんだが、どうかな?」


 詳細を省き話し終えたコクウがフェルト達を見るが目線が合う事はない。

リヴァイスは目を閉じ周囲の意見が出揃って発言する事にしたらしい。

エリーゼとフェルトの視線はイヴに注がれており、当の本人は朝にクルス達に対して既に断ったので関係無いと思っているのかコップを両手で持ちコクコクとジュースを飲んでいた。


「ね、ねぇイヴ、あなたはどうするの?あんなにリオンさんに会いたがっていたんだからコクウさん達と一緒に行くの?」


恐る恐るエリーゼが尋ねる。


「ん?私ですか?私は行きませんよ、この話しは朝クルスさん達にも聞いて既にお断りしましたしね」


 はっきりと拒絶の意思を見せたイヴに驚くエリーゼ達と悲しい表情を覗かせるクルス達。


「えっ!?本気なの!?あんなに普段からリオンさんに会いたい会いたいと言っていたあなたがどうして!?」

「そうだよイヴ、普段から呪文の様にリオンさんの名前を口走っていたのに……変な物でも食べたのかな?」

「……イヴはそれでよいのか?」


 エリーゼとフェルトが口々にイヴに疑問をぶつけ、リヴァイスですら目を開け確認を取るのでイヴが不機嫌な顔をする。


「何ですかエリーゼさん達まで……そんなしょっちゅう言ってませんよ」

「「「いや言ってる」」」

「うぐっ……」


 息ピッタリのツッコミに平らな胸を押さえ苦しむイヴだが直ぐ様口を開き反論する。


「い、いやいや言ってませんけど、そんな言ってませんが!!行かないのはリオンとの約束があるからです!!なので私は行きません!!」

「相変わらずイヴは頑固だなぁ〜。まあでもこうなったら梃子でも動かないから仕方ないね〜」


 ため息をひとつ溢すとエリーゼはフェルトとリヴァイスに視線を向けると2人は無言で頷き、それを確認するとクルス達に視線を移す。


「イヴがこう言ってるので私達も今回は遠慮しておきますね〜」


 話の流れから既に予想していたのかクルス達に目立った反応は無かった。


「そうですか……分かりました。では、この話はここまでにしましょうか」


 それだけ言うとクルスが店員を呼び事前に頼んでいた料理を配膳する手配をする。

暫く待つと数々の料理が運ばれてきた。


「みんなもお腹空いてるだろうから沢山食べてね。ここの料理は私達のオススメだからさ」


ミーヤの発言で今度は和やかな食事会が始まった。

サラダなど野菜料理や魚料理、肉料理がテーブルの上に隙間無く並びイヴがキラキラした目をしながらどれから食べようか悩んでいるとエリーゼがクルスに話を振っているのが耳に入る。


「クルスさん達はイヴとはどういった関係なんですか?この街の人ではないと思うんですけど〜」

「そうですね……一言で言うと恩人、でしょうか」


 クルスの発言にミーヤ達もうんうんと頷いているとイヴが会話に入ってくる。


「私は恩人と言われる程大した事はしていませんよ。クルスさん達を助けたのはリオンであって私ではありません」

「そんな謙遜する事ありませんよイヴ。あなたがリオンさんに頼んでくれたお陰で私達はこうして生きていられるのですからね」

「そうだよ、確かにリオン様があの街から救い出してくれたけどイヴが居なかったら私達なんて眼中にも入らなかっただろうからね」

「クルス達の言う通りだぜイヴ。つってもそれがイヴらしいけどな」

「そうだな、俺達はリオン殿にもイヴの嬢ちゃんにも助けられた。それでいいじゃないか」


 矢継ぎ早に褒められたイヴが照れ照れしているとフェルトが普段から疑問に思っている事を突っ込む。


「僕自身直接の面識はないけど、皆さんの恩人なのは分かったけどイヴとリオンさんはどういう関係なんだい?と言うかリオンさんって何者なの?」


 この発言に全員の視線がイヴに集中して、その視線に気付いたイヴがキョロキョロ顔を動かす。


「ん?リオンと私の関係ですか……そう言えばクルスさん達にも言ってませんでしたね」

「そうですね、イヴもリオンさんに助けてもらったと言っていましたがそれくらいですね」

「そうです!!あの時のリオンは格好良いの一言に尽きますね!!あの逞しい腕!雄々しい顔!!それに何と言ってもモフモ、ゴホン……ふぅ、危ない……少し脱線してしまいましたね。私とリオンの関係でしたね、彼と私は……家族です。それとリオンはリオンなので何者とかでは無くリオンです!!」


 一言と言いつつツラツラと暴走気味に語り出すが辛うじて残っていた理性がストップを掛け現実に戻るとリオンとの関係を簡潔に伝える。

普段からリオンリオンと口から垂れ流しているのを見ている学友達は勿論、クルス達も然程驚いた様子も無く納得の表情を浮かべていた。


「まあ予想していた通りではあるけど……リオンさんの正体は本人に会った時にでも聞いてみるよ」

「まあそれも程々にね、君が今までどれ程の人物と出会ってきたのかは知らないけれど、彼は常識の埒外だと思った方がいいですよ。イヴの友人だからといってもそんなものリオンさんには関係ありませんからね、興味本位で触れると火傷程度では済みませんよ」

「クルスさん……私のリオンを何だと思ってるんですか?流石に手加減くらいはしてくれ……ないかもしれませんが死ぬ事は……むむぅ」


 フェルトの危険な発言にクルスが優しく助言し、イヴがクルスの発言にムッとした様子で訂正しようとするが見事に失敗する。

そこで会話が途切れ話しが流れる。

その後は学院の話であったり行商で訪れた場所や穴場の飲食店、服飾店などの雑談を交わしながら解散するまで楽しいひと時を過ごした。


 翌日クルス達はコクウの友人の従魔ウィンドバードが居る場所に来ていた。

暫く待っていると遠くの納屋から2頭のオウムが巨大化した様な全身緑色の魔鳥ウィンドバードを引き連れた太った男が近付いてきた。


「早いなお前達。待たせちまったか?」

「いや俺達も今来た所だ。今日は頼むゴルドー」


 ゴルドーと呼ばれた太っちょの豚人族の男がブヒブヒ笑いながらコクウをバシバシ叩く。


「任せろよ、っと時間がねえんだったな。コイツ等の調整は昨日の内に済ませといたから今直ぐにでも飛べるぜ」

「すまん助かる。では早速良いだろうか」


 構わねえとブヒブヒ言いながら2組に分かれ乗ると下からゴルドーがウィンドバードに指示するとゆっくりと羽ばたき徐々に上昇していく。


「ゴルドー感謝する!では君達よろしく頼む」


 コクウがウィンドバードを撫でるとクルルルと鳴き、ギリアム帝国に向かって飛び立って行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[師弟報告会]


 リンドブルム魔法学院の一室にて2人の女性が向かい合ってソファに腰を下ろし、テーブルの上には紅茶とそれに合うお茶請けが並んでいた。

部屋は過度な装飾はされておらず質素な執務室といった雰囲気だが、机やソファなどはどれも木製で統一されていて、そのどれもが一級品で揃えられており森の中を思わせる内装になっていた。


「それで〜エリーゼ、昨日はどうだったの〜?」

「やっぱり師匠が言ってた通り〜リオンさんの事だったよ〜。でもイヴが行かないって言ったから〜詳細は分からないですね〜」

「此処では師匠ではなく学院長と呼びなさいと何度言ったら分かるのかしらこの子は……まあいいわ、恐らくリオンくんの有力な目撃情報として挙げられるのはギリアム帝国ね〜」


 イヴの学友であるエルフ族のエリーゼ、その対面に座る人物はエリーゼの魔法の師匠でありリンドブルム魔法学院の学院長でもある同じくエルフ族のスクルプトーリス・ルベリオスである。

そんな師弟が先日のクルス達から齎された内容について話し合っていた。


「ギリアム帝国?なんでそんな場所に〜?」


エリーゼが不思議そうに首を傾げると学院長から答えが返ってくる。


「エリーゼにはまだ話してなかったわね〜。今ギリアム帝国にはね、[厄災]と言われる獅子人族が出現しているらしいわ〜」


 理由を聞かされても、「厄災〜?」と再び小首を傾げたのを見た学院長はため息を溢す。


「ハァ〜あなたは私の弟子なのにモノを知らな過ぎじゃな〜い?」


 そこから暫く学院長自らという高待遇の講義時間が始まり、徐々にエリーゼの目が死んでいった。


「ーーーーと言うのが厄災と呼ばれる存在なのよ〜分かったかしら?」

「ハイ、トテモワカリヤスカッタデス」


 頭上に大量のクエスチョンマークが浮かび早々にキャパオーバーになった頭からは煙が幻視出来た。


「本当にこの子は魔法の才能だけはあるのにそれ以外はからっきしなんだから〜。実戦はイヴさんのパーティで積んでるみたいだから……まあ良しとしましょう〜。ほら、そろそろ戻ってきなさいな、とまあ〜そういう訳で姿は違いますがその厄災がリオンくんだと思われているみたいなのよね〜。彼は規格外の存在だから理由は未だに分からないけれど恐らく姿を変えているのね〜」


学院長が呪文を紡ぐとエリーゼの頭に氷の塊が降り注ぐ。


「いたっ!!つめたっ!!いたたた、やめて下さいよ師匠〜、もう大丈夫ですからぁぁ」


 避けようと走り回るが常に頭上に落ち、ボコボコと頭に当たり悲鳴を上げながら懇願すると漸く氷が止んだ。

恐る恐る視線を上げ、氷塊が降ってこない事を確認すると安堵の息を溢しボスンとソファに座り紅茶をちびちび飲み始める。


「全く〜情け無いわね〜。もういいわ〜、今回の件はこっちで調査するからアナタはいつも通り勉学に励みなさいね〜、学院長の弟子が無知じゃ困りものだからね〜」

「はーい、し、学院長〜」


[勉学]の部分を強調するもののエリーゼは気付いた様子も無く暢気に返事をするとモシャモシャとお菓子を食べ始めた。

その後は数時間程のんびりお茶会を楽しんだ2人は解散する。

しかしエリーゼが部屋を出ようとすると学院長に呼び止められる。


「そういえば最近のイヴさんの様子はどうかしら〜?」

「えっ?イヴの様子ですか〜?ん〜いつも通りリオンさんに会いたがったりリオンさんの精巧な土人形を作って愛でたりリオンさんの匂いがしたとかで急に授業中に飛び出したりしてますね〜。あっ、それと〜強さに対する執着心が最近更に鬼気迫ってる感じですかね〜。それがどうかしたんですか〜?」

「い、いえ、少し気になっただけよ〜。引き続きよろしくねエリーゼ」


 引き攣った顔の学院長を不思議そうに小首を傾げるが言う気が無いと悟るとエリーゼは部屋を後にした。


「強さに対する執着心、ねえ……。何も起こらなければいいのだけれど……」


独り言ちる学院長はふぅとソファに深く座り今後の事に思案し始めた。

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