第37話 チーム黒獅子

 リオンが拘束され暇を持て余していた頃、厄災が出現した情報は加速度的に様々な国に拡散され自国民は伝承の通りの災厄が起こるのかと怯え、他国民は対岸の火事と我関せずを貫く者や次は自分の番かと贖罪をする為に教会に懺悔に訪れ許しを乞う者、少しでも離れようと育った街を捨て逃げ出す者、厄災を崇める宗教が出来るなどなど、リオンが預かり知らぬ所で大小様々な問題を起こし、善悪関係無く全人類に多大な影響を与え掻き乱していった。

そこに例外は無く、リンドブルム魔法国家に居るキマイラの忘れ物として放置されている魔人族の少女にも言える事だった。


ここでの話はリオンに関する情報が届く少し前まで遡る。


 今日も今日とて魔法学院の授業が終わり、事前に登校前の朝に取っておいた依頼書の内容を確認し魔物の討伐や薬草類の採取を速攻で終わらせる。

その後の空いた時間で本命である日課の自主練を終わらせる。

事はそんなとある日、報告の為に冒険者ギルドに寄った時の出来事だ。


「お疲れ様です、今回の依頼達成をもってランクが上がりましたよ。こんな短期間でゴールドに昇級なんて凄いわ、おめでとうイヴさん。早速今から更新してくるからちょっと待っててね」


 プライベートでもお世話になっている受付嬢である狐人族のマリーが内心の喜びを隠し切れない満面の笑顔とピコピコ動く獣耳、モフモフの尻尾をふりふり振って冒険者カードの更新の為、裏に歩いて行く。

我が事の様に喜んでくれるマリーにイヴも頬を緩ませ、時間を潰す為に冒険家ギルドに併設されている食事処のテーブルに腰を下ろす。

先程まで茜色だった空も現在は半分程闇が覆い被さり街中にある魔法街灯の淡黄蘗色が存在感を醸し出し始めていた。

時間帯が時間帯なのか、くぅぅとイヴから可愛らしい腹の虫の音が聞こえる。

顔を朱色に染めて羞恥に悶え、軽く周囲をキョロキョロするとメニューをバッと取り顔を隠す。

この後の夕餉の事も考え軽めなら大丈夫だろうと判断し、どれにしようか悩んでいるとガタガタと音がしてイヴがメニューから顔を上げるとそこには最近学院でも冒険者稼業でも一緒にいる友人達がイヴを囲む様に腰を下ろす所だった。


「今から食べるの〜?夕御飯入らなくなっちゃうよ〜?」


 サラサラと輝く金髪をたなびかせ、空色の瞳を向けてニコニコと笑う美少女エルフのエリーゼが隣に座り、イヴの頬をチョンチョンと突いてくる。


「だ、大丈夫ですよ……育ち盛りですからね!」


うっ、と一瞬怯むが直ぐに慎ましい胸を張り言い返す。


「軽食程度なら僕も問題無いと思うよ。それにエリーゼだってさっきお腹空いたーって喚いてたよね?」

「うぐ……ま、まぁ、そんな事も、言った様な?言ってない様な?うぅぅぅ、もう!フェルト!余計な事は言わなくていいのよ!イヴもそんな顔しない!はいッ!注文するなら早くしましょ」


 恨みがましい目で対面に座った友人であり冒険者仲間でもある淡い桃色の髪にくるんと丸まった白角が特徴的な羊人族のフェルトを見ながら隣のイヴからのジト目を回避する為にメニューで顔を隠すエリーゼ。

そんなホッコリとする姦しいやり取りを生暖かい目で見つめるメンバー内唯一の男である虎人族のハーフである赤髪赤瞳のリヴァイスが口を開く。


「ここで飯をするのであれば、イヴの昇級記念をここで開いてもいいのではないか?イヴと違ってお主達はどうせ帰っても碌に自炊などせぬのではないか?」

「おや?ゴリラの癖に気が利くじゃないですか。漸く人の世界に慣れてきましたか?」

「いやいや!!エリーゼと僕を一緒にしないでもらっていいかな?僕だって自炊くらいするからね」

「ちょ、ちょっとフェルト!!わ、私だって……や、やれば出来るんだらね!」


 イヴが直ぐ様反応して煽り出し、2人は抗議するも内1人の視線はかなり泳いでいて説得力皆無だった。

またもや3人でワイワイと話し始めたのでリヴァイスはハァ、とため息を溢しやれやれと脱力した。

この流れ自体がよくある光景で付き合うと話が進まない事を理解しているので反論はせず話を進める事にした。


「それでどうするのだ?更新はそこまで時間は掛からぬと思うが?」


 脱線しまくっていた3人がリヴァイスの問いにどうするか考え始めた時、ふと周囲の声が全員の耳に入ってきた。


「なあおい、あれ[黒獅子]の連中じゃねえか?」

「あん?あぁホントだな。さっき耳にした話じゃランクが上がったみたいだな」

「リーダーのイヴって魔人族の子はゴールドに昇格したらしいな」

「あぁそうだな、どんな手を使ったんだかな。あの歳でゴールドとかギルドは何考えてんだか」

「受付嬢のマリーと一緒に住んでるって話だから小狡い手でも使ったんじゃねえか?」

「ハハハ。そりゃ、あり得るな。気に入られりゃ実力関係無く地位が約束されるってか。俺も肖りてえもんだ」

「ゲハハハ!全くその通りだな!他の連中も甘い汁を吸ってんだから俺等にも分けてほしいもんだぜ」


 イヴが貶されたと判断したエリーゼとフェルトがガタッと席を立つと、突然の事でイヴがビクリと驚いた顔で2人を見つめ、リヴァイスは落ち着けと2人を宥めた。


「ど、どうしたんですか2人とも………あっ、お手洗いですか?我慢は身体に毒ですからね、リオンも言ってましたよ、ボウコウエン?になったら辛いって。なので遠慮せず早く行ってきて下さい。私が皆さんの分も料理を選んでおきますね」


 変な勘違いをしてニコニコと話すイヴに毒気を抜かれた2人はストンと脱力気味に席に座り直した。

おや?と可愛らしく小首を傾げたイヴに呆れ顔のエリーゼが頬を突っつく。


「イヴってホント〜に悉く他人に興味関心が無いわよね〜。話すら聞こえてなかったわけ〜?」

「えっ?そんな事ないですよ?ちゃんと周囲の声も聞いてましたよ、でも特に有益な情報は話してませんでしたよね」


 イヴの返しに更に毒気を抜かれ完全に解毒された2人はやれやれと首を振り、気を取り直してイヴと共にメニューを見ると複数料理を頼んだ。

ここ最近活躍し台頭してきたイヴ達4人のパーティー[黒獅子]は良くも悪くも注目されていた為先輩冒険者達からのやっかみが目立ち、素直に実力を認めない連中が多発していた。

また妬み嫉みの他にも羨望や憧憬を持つ冒険者も多く、本人達は与り知らない所でイヴ、エリーゼ、フェルトのファンクラブが立ち上がっており、秘密裏に活動している。

そんな人達に一切の興味も抱かないイヴはエリーゼ達と雑談をしつつ料理を待っていると4人の元にマリーがやってきて、イヴに更新した冒険者カードを渡す。


「イヴさん、お待たせ。はいこれ、ゴールドランクの冒険者カードよ。それとイヴさんの昇級に付随して黒獅子のパーティーランクもシルバー級になったからカードと合わせてこの書類にも目を通してもらって問題がなければこの書類にサインしてくれるかしら」

「ありがとうございますマリーさん。………はい、大丈夫です、みんなも大丈夫?………はいどうぞ。そう言えばマリーさんはまだお仕事ですか?」


 サインを記入した用紙を渡しながらこれからお祝いを催す旨を伝えると微笑みながら頷いて参加意思を示す。


「ふふ、楽しみね。それじゃあ、少ししたら私もお邪魔させてもらうわね。良ければ私のお気に入りのお店にでも行かない?イヴのお祝いだもの、奮発しないとね」


 普段の口調に戻りながらルンルンと上機嫌に去って行くマリーを見てイヴ含めた女性陣も頬が緩む。

その後運ばれてきた料理を速攻で胃に収め暫く待つと冒険者ギルドの制服から私服に着替え、イヴ達の前に姿を見せた。


「お待たせ〜それじゃあ行こうか!」


 マリーの号令に4人とも頷き、席を立つと冒険者ギルドを後にする。

マリーのオススメで案内された店は大通りから一本はずれた場所にあり外観は蔦が巻き付き、まさに隠れ家レストランといった趣ある場所だった。

中に入ると店員がマリーを視認すると、慣れた様子で店の奥まで案内される。

そこは広めの空間を確保された個室だった。

横も縦も大きいリヴァイスが立ってもまだ余裕があるくらいにはゆったり空間だ。


「わぁ〜素敵なお店だね〜。さすがマリーさん、この街を知り尽くしてるね〜」

「ふふん、そうですよ〜マリーさんは凄いんですよ〜」

「いや何でイヴが得意気なのさ……。それより早速注文しようか、マリーさんのオススメはどれ?」


 エリーゼとイヴがキャッキャと話し、メニューをマリーに見せながら話し合うフェルト。

1人増え、4人の女性が楽しくキャッキャとはしゃぐ光景を遠目に眺めるリヴァイス。

普段から口数が多くない彼は今回も特に急かす事なく黙って待つのだった。

暫くして脱線に脱線を重ねる彼女達を黙って見守っていたリヴァイスが話を引き戻すと、漸く各々が料理や飲み物を注文していく。

料理の前に全員分の飲み物が届き、お祝いという事もありイヴを除く全員が酒を注文した。

イヴに関しても15歳で既に成人を果たしているので飲酒しても問題は無いが、以前試しに飲んでみた際に周囲の人達が口を揃えて酷い目にあったと語った事で現在進行形でイヴには禁酒令が発令されていた。

せめて今回はと懇願し粘ったものの満場一致で訴えは棄却された。

頬を膨らませるイヴだが、酔った際の記憶は綺麗さっぱり忘却の彼方に葬られているので友人達の反応でしか判断出来ない。

癪な事だが普段は寡黙な男のリヴァイスが顔を歪め言葉多めに嗜めている所を見ると相当酷かったのかと思い、モヤモヤした気持ちを胸に残したまま引き下がるが、いつかリオンと一緒に飲もうと心に誓った。

目の前にはそれぞれイヴはリンゴジュース、エリーゼとフェルトは蜂蜜酒、リヴァイスはエール、マリーはワインが置かれた。

乾杯の音頭は主役であるイヴに任された。


「えぇ、今回は私の為にありがとうございます。次にみんなが昇級した際にはお祝いさせて下さいね。それじゃあ今日は楽しみましょう〜乾杯!!」

      「「「「乾杯!!」」」」


 木樽ジョッキがガコンと打ち鳴らす音が響き宴が始まった。

ちなみにエリーゼ達3人は以前アイアン級からブロンズ級に昇級した際にお祝いしており、マリーは今回が初参加だ。

その後続々と注文した料理が配膳され、各々舌鼓を打ちながら飲食を楽しんだ。


 数時間程するとリヴァイスとフェルト、マリーはだいぶ飲んだ筈だが、普段と顔色も変わらず現在も飲み続けているがエリーゼは普段は雪の様に白い肌が今は真っ赤に染まっており目もトロンと今にも夢の世界に旅立ってしまいそうな雰囲気だった。


「エリーゼ大丈夫ですか?はいこれ、お水を貰ったので飲んで下さい」

「れんれん、らいじょうぶよ〜、あれぇぇ?イヴゥらんれ2人いりゅのぉ?」


 危ないと思い、素面のイヴがエリーゼに水を渡すが彼女の目は既に焦点が合っておらず呂律も崩壊していて手遅れな状態だった。


「此奴は毎度毎度酒に飲まれるのが分かっておったからな、だいぶ前から酒からジュースにすり替えていたのだが……どうやら場に酔ったらしいな……」


 ため息を吐きながら事前対策が水泡に帰した事に落胆するリヴァイスが処置無しと判断した。


「まあまあ、良いじゃない。お祝いの席だもの……それに彼女はイヴの昇級を本人以上に喜んでいたのよ。少しくらい羽目を外しちゃっても仕方ないわ」


 酒の効果なのかは不明だがいつも以上に艶やかに語るマリーにその場にいる全員は納得した。


「でも、そろそろお開きにした方がいいわね。リヴァイスくん、エリーゼさんとフェルトさんをお家まで送ってあげてくれるかしら」


 艶やかに微笑んでいるが返答は1つだけだと無言の圧力が語っていた。


「……う、うむ、承った」

「ありがとうね〜」


 それだけ言うとマリーはお会計をしてくると席を立ち、他の面々は帰り支度を済ませスヤスヤと可愛らしい寝息を立てているエリーゼはリヴァイスが背負って店を出た。


「今日は本当にありがとうございます!また明日会いましょう〜」


 別れ道で挨拶してエリーゼ達と別れると、マリーとイヴは仲良く家までの帰路を歩いた。

帰宅して各々お風呂を済ませ、2人仲良く居間でお茶を飲みながらまったり雑談しているとふと会話が途切れ、そのタイミングでマリーが「少しいいかな……」と歯切れが悪いが真剣な表情で問い掛けてくる。

イヴは小首を傾げるが聞かない理由は無いので頷いて先を促す。


「今から話す内容は確証がある訳じゃ無いから話半分で聞いてね………ここ最近になって隣国ギリアム帝国である噂が流れたの………その噂って言うのがね、どうやら[厄災]が現れたみたいなの」

「厄災……ですか?」


 聞いた事がないのか頭上にクエスチョンマークが付くイヴにマリーは詳しく説明する。


「厄災と言うのはね、数十年から数百年の間隔で何の前触れも無く現れる魔物、またはその様な人外の存在の事なの。名前の通り自然災害と同等の脅威度があって、ある文献には街を1つ崩壊させたとか、またある文献では山を1つ消し飛ばした、なんて書かれているわ。厄災と言う存在は圧倒的な暴力の化身である事から、天からの使者と崇拝し、人族に天罰を与える存在だって言う者や逆に悪魔の使者として討伐対象として見る人達も居るわ。まあ絶対数としては後者が断然多いけれど、捉え方は別にして、総じてこの厄災は人の命を脅かす存在として語り継がれてきたのよ」


 そこまで語られてもそこまで真剣に伝えてくる理由が分からなかったイヴだが、話を聞きその内容が脳に染み込んでいく度に何故か懐かしい気分になる事を疑問に感じていると次のマリーの一言で全て納得出来た。


「長くなっちゃったけど、その厄災の容姿も報告されていて2m弱の全身漆黒の毛皮に覆われた獅子人族風の男なのよ。詳細は分からないんだけど、獅子人族風と言われているのも魔物である[ダークアサド]という獅子の魔物が二足歩行した姿に酷似しているからなの。それでね、その厄災は帝国では名前も伝わっていて、その………[リオン]と名乗っていたそうよ」


 それまではどこか他人事の様に聞いていたイヴも厄災の名前、彼女が恋焦がれる存在の名前が出た途端前のめりにマリーに詰め寄った。


「リオンッ‼︎⁉︎ホントにッ‼︎⁉︎リオンは今帝国に居るのッ‼︎⁉︎あッ!!こうしちゃいられない!!直ぐに行かないと!!やっと!!やっとだよ!!!やっと会えるんだ!!!待っててねリオン!!!」

「待った!!とりあえず落ち着いてイヴ!!!」

「退いてくださいマリーさん!!行かないと!!早く行かないと、リオンが、もう……もう見失う訳にはいかないの!!!」


 立ち塞がるマリーに色々と余裕が無いイヴは魔力を高密度に練り上げ身体の回りに纏わせる。

リオンが居ない凡そ1ヶ月の間、彼女は周囲も引く程の鍛錬を実行し相当実力を伸ばしていた。


「退いてくれないのなら、実力行使で以って排除します!!」


 魔力がマリーに向かって放出される直前にイヴが纏っていた高密度の魔力が霧散して余裕が無かった彼女の頭が急停止する。


「……えっ?ど、どういうこと、ですか?」


 訳が分からないと再び魔力を練り上げようとするが集まった途端に霧散するので混乱が更に深まっていると相対するマリーが深くため息を溢す。


「ハァ……とりあえず一旦落ち着いてイヴ。リオンさんからの手紙があるのよ」


 全く話を聞かずに魔力操作に意識を割いていたイヴがリオンの名前が出た途端マリーを視界に固定すると詰め寄る。


「リオンから手紙ッ⁉︎何で早く言ってくれないんですか!!!早く見せて下さい!!!」


 グイグイとくるイヴを見て、普段はあんな良い子なのに彼の事になると途端にポンコツになる妹分に苦笑いが漏れる。

しかしこの流れは最悪時間稼ぎにしかならないとマリーは思っていた。

と言うのもマリーにはこれから話す手紙の内容にイヴを引き留める効果は無いと思っていたからである。

手紙の内容はただ一言、『強くなれ』だった。

内容はどうあれ、リオンからの言葉に一瞬でも冷静になって落ち着いてくれたらいいなと考えていた。


「分かったから落ち着きなさい!!とりあえず座って、そうしたらちゃんと説明するし手紙も見せてあげるから」


 宥められ徐々に興奮が収まってくると次第に自らの仕出かした事が脳に染み渡り弱々しくペタンと座り込んでしまった。


「ご、ごめんなさいマリーさん……もうずっとリオン成分が足りなくて……」

「落ち着いてくれてのなら大丈夫よ……でもそう……リオン成分が足りないのね………ん?ッんん⁉︎ちょ、ちょっと待って!!リオン成分ってなにッ⁉︎」


 先程までのマリーの真剣さはイヴの一言に消し飛び、コロコロと表情が変化するイヴは今度は嬉々として説明し始める。


「リオン成分というのはですね、一緒に居た頃毎朝、いえ希望としては四六時中でもいいんですけど……そんなリオンの胸に飛び込みスーハースーハーする事でモフモフと匂いを私の体内に溜め込むんですよ!!その時の溜め込む成分の事がリオン成分です!!あぁ!!思い出すと余計にリオン成分が恋しくなりますね!!そろそろ禁断症状でおかしくなりそうですよ!!あぁぁぁぁ、リオン会いたいです!!早くあのモフモフに抱かれてリオン成分を堪能したいですぅぅ」


 早口で説明し、徐々に頬が紅潮する姿は恋する乙女のそれだが彼女の目は爛々と輝いておりマリーが引くくらい重症且つ狂気的だった。

しかしマリーは説明の中の一点だけ気になったので問い掛けてみる。


「そ、そう……。ち、ちなみにモフモフって、リオンさんはそんなに、その、モフモフ?なのかしら」


 未だにトリップ中だったイヴはどうやら質問は耳に入っていたらしく途端に顔を真っ青にして後退った。


「うッ……そ、それは……リ……」

「リ?」

「リ、リオンが帰ってきてから本人に聞いてみて下さい、あ、あは、あははは……。あっ!そ、それより!!早くリオンの手紙を見せて下さい!早く早く」


 挙動不審にあわあわしながら下手な話題転換をするイヴに呆れながらもいつも通りの彼女に戻った事に安堵したマリーはそれを追及する事なくテーブルの上に一枚の紙切れを出した。


「これはリオンさんが消えちゃった日から少し経った頃、気付いたらこの部屋に落ちていたモノなのよ」

「分かりました……では」


 少し緊張した顔で紙切れを取ると内容に目を通す。

そこまで長文、いや一言だけしか書かれていなかったので直ぐに読み終わったが、イヴの視線は紙切れに釘付けでいつまで経っても顔を上げる事はなかった。

心配になったマリーが横から覗き込むとギョッと目を見開いた。

彼女は手紙を見つめボロボロと静かに涙を流していた。

マリーは何度も口を開いたり、閉じたりするが今彼女に掛ける言葉が見つからなかったので結局唇を引き結び伸ばしていた手も下ろした。

どのくらい時間が経過したのか、部屋の中には少女の啜り泣くか細い声だけが静かに流れていた。

暫くするとだいぶ落ち着いたイヴが顔を上げる。


「今はまだ会いに行ってもリオンを失望させるだけ、なんですね……。私はもっと、もっと強くならないとダメですね」


 未だに涙を流しているイヴは悲痛の色を目に湛えながらも少しスッキリしたのか綺麗な笑顔を見せると、不意に柔らかい感触が上半身を包み込む。


「私も協力するからリオンさんを驚かせちゃいましょう」


マリーが優しく抱き締める。

リオンが居なくなってからというもの、イヴが辛い時、悲しい時、寂しい時、嬉しい時など、感情の起伏が揺れ動いた際には毎回優しくマリーが抱擁してくれていたので今回も自然と受け入れ、イヴもマリーの背に手を回し精一杯甘える事にした。


「いつも、ありがとうございますマリーさん。……そう言えば、さっき魔力が全然練れなかったんですけどアレはマリーさんの仕業だったんですか?魔法を使われた気配がしなかったんですけど」


 だいぶ落ち着いてきたイヴが思い出した様に問い掛けると身体を離したマリーがバツが悪そうな顔をしながら頷くと軽く説明してくれた。


「そうね、私の幻術魔法でイヴ自身が無意識に魔法をキャンセルしていたのよ。私は狐人族だから他種族より無属性に属する幻術魔法が得意なのよ、他の魔法はからっきしだけどね」

「そんな事が出来るんですね。凄いです!」


 関心したイヴがその後マリーを質問攻めにして困惑させたのは仕方が無いことだろう。

マリーは以前冒険者をやっていたが、仲間の怪我でパーティーが解散となりそのまま自身は引退して冒険者ギルドの受付嬢になったこと。

他の魔法も使えない事もないけど魔力量はそこまで多くないので初級魔法程度が限界らしい。

リオンは色々気付いていて偶に幻術魔法を掛けろと半ば脅しの様に迫ってきて、渋々掛けるもリオンには全く効かずに逆に掛け返してくるので、マリーもムキになり魔力切れを起こしぶっ倒れた恥ずかしい過去までイヴに教える羽目になり、顔を真っ赤にしながら夜更かしは美容の天敵だと言い、強引にお開きにして逃げる様にマリーが自室に引っ込んでしまった。


 イヴが自分の部屋に入り飛び込む様にベッドに倒れ込む。

うつ伏せの状態で枕を顔に当てながらむーむーと声を押し殺し、獣人であるマリーに届かない様に感情を吐露した。

暫くして顔を上げ、徐に近くの机に置いてあるイヴ謹製土魔法で作成した数多あるリオン人形の内の1つを手繰り寄せた。

よくよく部屋を見渡せば机の上以外にも人型のリオンからキマイラのリオンが大小様々なスケールで並べられている。

人型リオンに至っては色々な服まで用意され着脱式の精巧なモノだった。

彼女は日々の癒しをこの人形達で補給しており、その日の気分で手元に置くリオン人形は変わってくる。

本人曰くこの作成作業は魔法操作と魔法制御の鍛錬らしいが、リオン人形しか作らない彼女は既に片手間で作れる程慣れた作業になっているのであまり鍛錬にはなっていない様だ。

それを注意する人は皆無なのでこれからも彼女はリオン人形だけを作り続けるであろう。

そして本日のリオン人形はキマイラ本来の姿で雄々しい黒獅子、その左側には金色に輝く凛とした顔立ちの狼の頭部、右側には紅蓮の炎の様に煌々と拍動している様を色の濃淡で表現された紅竜の頭部、背中には悪魔の翼が周囲を漆黒に塗り潰さんばかりに広がっており、色の対比を際立たせるかの様に尻尾には白銀の鱗が輝きを放つ紅眼の蛇が躍動感たっぷりに表現されていた。

これはイヴ1番のお気に入りで唯一色付けされている完璧なリオン人形キマイラver1.0であり今後も適宜微細部分がアップデートされていく事だろう。


「リオン……会いたいよ。はぁ……帝国か、今何してるんだろ………強くなれ……か、思い出したよリオン。あの時、最後にあなたがなんて言ったのか……でもなんであんな事言ったのか分かんないよ。私に言ったの?それとも……」


 キュッとリオン人形を抱き締めながらリオンに言われた言葉を反芻し、音にして言葉を紡ぐ。


「強くなれ……次は絶対殺してやる、か……」


 溢れた音色は部屋に広がり、誰からの返答も無いまま霧散していった。

時刻も深まり精神的にも疲弊していた少女は目を瞑ると直ぐに夢の中に潜っていった。

涙を流しながらスースーと眠る少女の部屋の扉が静かに閉まり、鼻を啜る気配が遠ざかっていき長い夜が更けていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[情報共有]



 イヴ達が昇級祝いをしていた頃、別の店の個室では複数の獣人達がヒソヒソ話をしていた。


「それで?今回俺達を集めた理由ってのは何なんだ?」


 虎人族のコクウが疑問を口にした後にエールの入った木樽ジョッキを煽り、飲み干したのか店員にお代わりを頼む。


「このメンバーで集まるんですから、理由はリオンさんの事以外にはないでしょう」

「そうだよ、コクウは相変わらずバカなんだから」


 ハァとため息を吐く兎人族のクルスとコクウを小馬鹿にする猫人族のミーヤ。


「いやさすがにそれ以外にも用があってもいいだろう……。しかし、遂にリオン殿の行方が判明したのか?マリーさんには今までどれ程粘ってもリオン殿の情報は入手出来なかったからなぁ。それで今リオン殿はどこに居るんだ?」


 ここ数週間あらゆる方法を取りマリー懐柔作戦を決行し、その全てを砕かれてきたコクウが上を向きその時の回想でもしたのか渋面を作るが、直ぐにクルスに向き直ると気になっていたリオンの居場所を聞いてくる。

既に情報共有しているクルスとミーヤ、犬人族のサバーカが頷くとクルスが口を開く。


「私達が他の商い仲間から聞いた話で裏も取れていない噂話程度の情報なんですけど、現在[リオン]と呼ばれる漆黒の毛皮を持つ獅子人族がギリアム帝国に[厄災]と呼ばれ滞在しているとのことです」

「むむぅ、普段であれば人違いと一蹴する話だが……あのリオン殿だからな、姿を変える事など造作も無いだろう。更にキマイラであるリオン殿の毛皮は漆黒、人族に擬態した際の毛髪も漆黒、今回帝国で出現した[厄災]なる獅子人族も漆黒の毛皮、名前まで同様とここまで共通点があるのならばもう確実なのではないか?」

「久しぶりに冴えてるじゃねえか!まあ私達も同じ結論に行き着いた訳なんだけどよ、今日集まったのはリオンさんの居場所と今後の動きについてなんだよ」


 サバーカがクルスに視線を送るとゆっくり頷き、会話を引き継ぎ話し始める。


「そうですね、私達3人は行商人という事もあり帝国に行くのもそれ程問題も無く、道中もリオンさんに頂いた御守りがあるので弱い魔物は知能が低過ぎて効きませんが、強力な魔物は寄り付かないと思いますのでその点に関しては問題無いと考えています。まあ早くても明日の出発として最短でひと月程は掛かるので長旅になるとは思いますが、コクウはどうしますか?」


 事前に話し合っていた内容を一気にコクウに話すと彼がこの流れを予想していたかの様に返答する。


「勿論俺も同行しよう!!それと最近知り合った飛行系の魔物を従属している者が居るから運が良ければ日程も半分以下にする事が出来るだろう。しかしそれとは別にこの話はイヴの嬢ちゃんにもした方がいいのではないか?戦力的にもイヴの嬢ちゃんは今やゴールド級の立派なベテラン冒険者だ」


 3人は驚きながらコクウの話を聞いていたがイヴの話が出ると柔和な表情になった。


「コクウがそんな人脈を築けるなんでビックリだけど、もちろんイヴにもここで話した情報は共有するつもりだよ。とりあえず明日にでも声を掛けてみるけど、来るかどうかは本人次第ってとこだけど……リオン様絡みなんだからイヴなら絶対来るでしょ、にゃふふ」

「あはは。そうですね、イヴさんはリオンさんが大好きですからね」

「ちげえねー、イヴなら間違い無く乗ってくんだろ」

「それもそうだな。では、明日話をする時は俺も同席させてもらおう。イヴの嬢ちゃんの冒険者仲間には俺の知り合いもいるからな」


 各々感想を述べて結論が出た事で本日の共有事項が終わった所で1人のお腹が鳴った事でそのまま宴会に突入しリオンの話やイヴの話、自分達の話など様々な話題に花を咲かせ周囲の喧騒に混じり合う様に笑い声が伝播し賑やかな夜が更けていく。

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