第35話 武闘大会予選

 コボルトキング変異個体を討伐したリオン一行は気絶しているリノアを担いで街に戻り、冒険者ギルドに寄ると食べ残りのコボルトキングの首だけを渡した。

受付嬢はポカンとした顔をしていたが無駄に絡まれるのが面倒臭かったリオンは報酬を受け取ると足早にギルドを後にして宿屋に直行した。

部屋に入ると荷物の様に担いでいるリノアをベッドに放り投げ、彼女の目が覚めるまでリオンはソファに腰掛けゆっくりと目を閉じる。


「……ん、んぅぅ、んぅ?こ、ここ、は?」


 数時間程経った頃、目を覚ましたリノアが重い瞼を持ち上げ周囲をキョロキョロと見回す。


「ん、私……リオン達と、森に行って……ッ‼︎‼︎そうだ!肩に矢をッ!あ、あれ?傷が無い……治って、る?ゆ、夢、だった?」


 不思議そうに身体をペタペタ触るが傷どころか痛みすら無いので夢だったのかと考えていると呆れた声が頭に流れてくる。


(んな訳ねえだろバカが、あんな雑魚コボルトから無様にカウンター食らって気絶したんだよ)


 気配がある方にバッと顔を向けると扉を開けて腕を組んだ仁王立ちの黒獅子が居た。

リノアはその姿を視界に入れるとゆっくり立ち上がり、リオンの元まで走ると倒れ込む様にぽすっと力無く抱き付いた。

瞳が徐々に、徐々に滲んでいきポロポロと涙を流し始めるリノアに面倒臭そうな顔を向けるものの今動かしても話にならないと判断し、リオンは身動きする事なく好きにさせる事にした。


「んぐぅ、ひぐぅぅ、うぅぅぅ、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁん」


 その後泣き止むまで待っていたが一向に泣き止む気配が無かったので焦れたリオンが強引に引き剥がした。


(うぜぇ、いい加減泣き止め!弱えし泣き虫だし、どうしようもねえなお前)

「うぐぅぅぅ、酷いぃぃぃ!リオン酷いぃぃぃ!うぅぅ、こんなに弱ってる子を更に追い詰めるなんてええぇぇぇ。グスッ、死んじゃうかと思ったんだからね!最低!最低だよ!もうちょっと労ってよ!」


 顔面をぐちゃぐちゃにしたリノアがグチグチ言うので呆れながらも渋々相手をする。


(ハァ、今生きてんだからいいだろうが。それに俺のポーションがありゃ心臓が動いてさえいれば復活するんだから即死じゃねえ限り大丈夫だろうが。お前そんなゴミメンタルでこれから生きていけんのか?)

「リオン基準で物事を考えないで!いいもん!もう一生リオンに守ってもらうもん!」


 余程怖かったのか若干の幼児退行しながらよく分からない事を言い出した。


(いや何で俺がお前を守らないといけねえんだよ、自分の身は自分で守れアホが。とりあえず明日から予選までは、また森で修練だな。弓だけじゃ話になんねぇから近接戦闘用に剣とかも使えた方がいいんだけど流派とか知らねえからなぁ………まあ適当でいいか)


 勝手に方針を決めていき決定事項の様に伝え、サッサと部屋を出ていこうとしたので咄嗟にリノアが腕にしがみ付く。


「ま、待ってえぇぇ、お願い待ってよ〜。まだ私やるって言ってないぃぃ〜もう無理ぃぃぃぃ」


 前日のやる気は既に消し飛び、いつの間にか軟弱者が出来上がってしまった事に落胆するリオンは笑顔でひっつき虫を引き剥がすと、目の前に立たせたリノアのオデコにデコピンを一撃打ち込む。

手加減したが、かなりの衝撃を受けた様で延長線上にあったベッドの上に綺麗な放物線を描きながら吹っ飛び、そのまま眠る様に気絶した。

見事なコントロールだと自画自賛したリオンだが、これ以上ポンコツにならない様に一応ポーションを振り掛けてから部屋を後にするとリビングで緊急会議を行う事した。

重々しくソファに腰掛け腕を組むと軟弱者を生み出した元凶達に念話を送る。


(さて、とりあえずお前等の言い訳から聞こうか。ツバサ、アレはなんだ?俺は強くしろと言ったよな?何故あんなヒョロもやしゴミメンタル軟弱者が出来上がった?)

(えぇ〜?私に言われてもねぇ……いつも通りでルプが暴走したのよ。あの子貴方が居ないと直ぐ暴走するのよ?それはもう貴方と一緒に保存しないと瞬時に爆発する危険物みたいなモノね。そもそも貴方基準で強弱測るのは間違ってるって以前言わなかったかしら。リノアちゃんは元々可愛いだけで弱々なんだから変異個体でもない普通のコボルトキングが相手でも討伐は無理よ)


身体から呆れながら出てきてソファに座るとピキッと軋む。


(……そんな危険物に育てた覚えはねえ。ハァ、そんな事は今どうでもいいんだよ、元々単騎で戦えとは言ってねえだろ。1人だとクソ雑魚なのは俺も理解してんだよ。お前等のフォローは期待しちゃいねえが元々リノアは俺等を利用するっつってんだから弾除けなんかで壁か囮に使うだろうが)


 更にツバサを追求すると腹から金狼が飛び出すとリオンの目の前にずずいと顔を寄せる。


(わたしは〜リオンを利用されるのは我慢ならないのです!よわよわなリノアちゃんは〜何をしても何をやってもよわよわなままだよ〜。そんな子いらないでしょ?もう殺しちゃおうよ〜。いらない子はいつまで経ってもいらない子だってお母さんがいつも言ってたよ〜。ん?……あれ〜?お母さんってだ〜れ?)


 可愛らしく首を傾げる金狼に呆れながら(知るか!)とツッコんだリオンは話を続けた。


(とりあえず明日から少しでも軌道修正する為にリノアの強化習慣を敢行する。異論は認めん)


グルルルルと唸り反論を封じるとそこで話は終わり各々雑談をし始める。

リオンはというと再び目を瞑り明日以降の練習内容を構築していくのだった。


 そして翌日からピーピー泣き喚くリノアを連れ歩き森や山、平原など様々な場所で修練をしていき、数日経つ頃には弱音も少なくなり1週間もするとある程度自信が付いたのか現実逃避し始めたのか……どうあれ結果的に上手くいき遠距離の弓だけでなく剣や槍などの近接戦闘は自衛程度行えるまでにはなった。

山や平原で変異個体や特異個体と出会えなかったのが残念に思っていたリオンだが、多角的に見ると最近は色々な予察実験や考察実験等々出来たので今後の楽しみが増して満足していた。

そんな楽しい日々を過ごすと早いもので明日は遂に武闘大会の予選の日だった。


「リオンなら予選くらい大丈夫だと思うけど本戦は気を付けなよ」


 リオンがソファでゆったりしているとリノアが隣に腰を下ろし注意してくる。


(んー……確かにな、普段から戦う時はスキルは切って手加減してるが……ふむ、更なる手加減として武器でも使ってみるか)

(ウフフ、それならこんな武器はどうかしら)


 対面のソファに山羊顔のツバサがマフラーの様にリオンの首に巻き付いていたオピスに向け幻術を使うと鋒から柄まで白銀に輝く大太刀に変わる。


(ん〜?何したの〜?何か変〜?自分だと分かんないや〜)


 オピスがキョロキョロと自分の身体を確認するが本人に変化が見えないのかシャーシャー鳴いている。


(幻術だと接触でバレるじゃねえか。帯刀するだけじゃ意味ねえだろうが)


そう言うと徐にリオンがオピスを掴みブンブン振り始めた。


(うわんうわんするよ〜やめて〜〜)


 振られながらオピスが抗議するが気にした様子も無く振り続け、遂にはゴンと鈍い音が鳴り動きを止める。


(やっぱ使えねえな。ん〜……それならアレならいけるか)


 ツバサに念話で説明すると再び幻術をオピスに掛け、リオンがペタペタ触りながら色々試していくとニヤリと口角を上げる。


(クハハ、良いじゃねえか。これから問題ねえだろ)


 明日の予選に向けてやる気を漲らせるオピスに、リオン以外は苦笑いを浮かべていた。

翌日早速リオン一行は武闘大会が行われる闘技場がある円形劇場まで足を運んでいた。

外観の見た目は中世のコロッセオだが、魔法という要素が組み込まれる事で内部構造にはファンタジー感が端々に見られた。

観客席から観察してみると、キラキラと光を放つ最前列は防御系の魔法が張られているし屋根が無いにも関わらず内部から見た空は薄い光の膜に覆われている。

面白くなってきた所に声が割り込んでくる。


「楽しみなのは分かったけど、ルールはちゃんと把握してるの?」


 視線を下ろすと目の前には容姿を幻術によって隠されたリノアが仁王立ちしていた。


(ルール?予選は大人数の篩い落しだから皆殺しでいいだろ)


 何言ってんだお前みたいな顔をリオンがすると、リノアもコイツ何言ってんだという顔をする。


「いやいやいや、何言ってるのよ!殺しちゃったらダメでしょ!予選も本戦も殺したら失格で負けだからね?これちゃんと読みなよ」


 そう言って突き出されたルールブックに渋々目を通すと大まかなルールで自らに関係するものをピックアップしてみた。


[殺してはいけない]

[勝敗は気絶、ギブアップ、場外の3つ]


 これ以外にも賄賂がダメやら替え玉が禁止だの細々とルールが決められている。


(実力主義の帝国にしては遊戯の様な大会だな。……いや、それよりも戦力確保が目的かもしれねえな。だがそれを抜きにしてもつまんねえ大会に思えてきたな………ん?)


 テンションが下り坂のリオンが遠目に見知った顔を捉えたので文句を言いに近付くと声を掛ける。


(レーベ、随分疲れた顔してるじゃねえか。とりあえず文句言いにきたぞ)


 部下達に指示を出していてリオンの接近に気付いていなかったギリアム帝国軍第三獣人部隊小隊長エレオノーラ・レーベが急に頭に響いた声にビクリと反応する。


「ッッ⁉︎こ、これはこれは、し、獅子神様!!これから予選でしょうか」

(……あぁ、そうだ。お前も今回は人任せにしねえで予選でも見学してみりゃいい)


 リオンが目線だけキョロキョロ動かすと返答が来る前にスタスタと歩いて行ってしまった。

その後ろ姿が見えなくなるまでレーベは無表情で見続けていた。

観客席からエントランス部分に出ると係の者が近寄って来てリオンは選手控え室に、リノアは観客席に別れて案内された。

リオンが控え室に入ると数多の視線を向けられたが特に気にする事なく空いている椅子に座り開始時間まで待つ事にした。

予選という事もあり控え室は大部屋となっており100人規模収容出来るスペースだった。

事前の情報で獅子神、または厄災などと呼ばれているリオンの出場を知った猛者などが詰め掛け普段の大会の比ではないくらい参加者が膨れ上がったので今回は1組100人が10個あり、予選1回戦上位10名が勝ち上がり予選2回戦で100名の中から勝者上位10名が本戦出場と特例措置が成された。

暫くするとリオンの組が呼ばれ、ゾロゾロと移動し長い通路を抜けた先に石造の試合場が見えてきた。

予選という事もあり観客も疎らだが5割程埋まっていた。


『それでは皆様これより予選を開始しますので試合場に上がってください。………それでは準備が出来た様なので始めます。予選第三組目………開始!!!』


 声を拡張する魔法で審判が試合開始が成され銅鑼に似た大鳴楽器を鳴らした。

あちこちで戦闘が始まり、周囲をボーッと眺めていたリオンの元にも多数の人が集まって来た。


(人族、各種獣人族、エルフ族か……そういや魚人族って見た事ねえな。種族名からして陸上生物じゃねえのか?まあ今はそんな事はどうだっていいか……手加減は苦手なんだがなぁ。とりあえず軽く……)


 この数を手加減して減らすのは面倒臭いと感じているリオンは全方位に威嚇と威圧を放つ事にした。


(ふむ……。これは成功か、楽だけど……はぁ……この程度でこの体たらく……やっぱりつまんねえな。いや、予選だからって希望を捨てるのはいかんな。次はと期待を持つのも大事だな)


 周囲を確認するとリオン以外は全て地面に倒れており、チラリと審判に目を向けると先程までの喧騒が嘘の様に静まり返った現在の会場の空気が活動をし始めた。


『な、なな、なんとォォォ!!!一瞬の決着です!!私には何が起きたのか分かりませんでしたぁぁぁぁ!!!気付いた時にはリオン選手以外立っている者はいませんでしたァァァァ!!おっと只今確認が取れました、死亡者は1人もいません!全員気絶しているだけとの事なので予選第三組勝者はリオン選手だあああぁぁぁぁぁ!!!』


 興奮気味の司会者による大音量実況にリオンは鬱陶しそうに顔を歪ませながら控え室に戻って行った。

会場の至る所でリオンの話題が飛び交い、熱気は冷める事無く次の予選へと流れていった。

同日の内に予選2回戦まで行うという事なので、その時間までは自由時間なので念話でリノアを呼び外で待ち合わせをする事にした。


「また随分目立つやり方を選んだわね」


数分後再会したリノアの第一声がこれである。


(手加減しても人なんて死ぬ時は簡単に死ぬからな。アレなら間引きも出来るし殺す心配もねえから丁度良いだろ。まあ、あれでも手加減してるから疲れるよな)


 ヤレヤレと肩を竦めるリオンに呆れ顔のリノアが「やっぱ規格外の存在よね……」とため息を溢す。

リノアも段々慣れてきたのか直ぐに話題を移し、これからの予定を確認する。


(あぁ、2回戦目は夜からだからな、昼食ったらリノアの修練の続きでもやって時間潰すか)

「うッ……き、今日もやるの?」


 辛い記憶を呼び覚まし渋面を作るもリオンは特に気にした様子も無く頷き、意識は既にどこで昼食を済ませるかという事だけだった。

キョロキョロしていると先程より更に疲れた様子の超変態女騎士ことレーベが1人とぼとぼ闘技場から出てきたので呼び寄せた。


(お前も昼飯か?どうせ暇だろ、俺達は今から昼飯だから何処かオススメがあるなら一緒に行くぞ)


 強引に、既に決定事項の様に話すリオンにレーベが口を開き掛けるが直ぐにモニャモニャと口を波打たせ弱々しく頷くと普段からよく利用しているという定食屋に3人で行く事にした。

近場だった様で5分程大通りを避け裏路地を歩くと今にも潰れてしまいそうなボロい店に辿り着いた。

魔物であるリオンは外で食べるのが普通なので特に気にした様子も無かったがリノアは眉根を寄せる。


「レーベさん、本当にここなの?料理が出てくる店だとは到底思えないけど……」


 思っている事を隠す事無く伝えるとレーベは笑って問題無いと頷く。


「大丈夫だ。ここには昔から世話になっている場所で見た目はアレだが料理は絶品なんだよ」


リノアと話す時のレーベは気安く砕けた口調になっていた。

決して羨ましいとかは思っていない、決して。

そのまま店に入ると内装は意外とまともで外観程の衝撃は無かった。

レーベは慣れた様子でスタスタと奥の半個室にリオン達を案内してくれた。

各々料理を頼み運ばれてくるまでの間待っているとレーベから話を振ってきた。


「獅子神様はこの後の予定は何かございますか?」

(次の予選までリノアの修練だ。なんかあんのか?)


 先程決めた予定の通り説明し、用があるのかと問うと緊張した様子で口を開く。


「もし宜しければ、この後私どもの上官である大隊長に会っていただけま(断る!!)せんか?」


 食い気味に即答するとレーベはその返答が予想外だったのか慌て始める。


「な、なぜですか⁉︎獅子神様の望みは皇帝陛下への謁見ですよね?ならば私みたいな小隊長では無く、更に上の地位の人脈も必要かと思いますが?」

「そ、そうですよリオン!この後も大した予定なんか無いんだから会っときましょうよ!!こんな機会滅多に無いんだから!ねッ!ねッ!」


 必死なレーベに追従する様に乗っかる、目力がやばいリノアをジト目で見る。


(いやお前、従者設定完全無視のその口調はどうかと思うぞ?まあもういいけどよ、リノアは単純に修練が嫌なだけだろうが。最近はゴミメンタルも矯正出来たと思ってたが、まだ足りねえみてえだな)


 リノアにのみ魔力パスを繋げ念話を飛ばすと、うぐッと唸り黙り込んだので一先ず放置する事にして今はレーベの対処を優先する事にした。


(とりあえずレーベ、何か勘違いしてるみてえだから訂正しとくがよ、別に俺の望みは皇帝なんかに会う事じゃねえよ。言ったろ、コイツの村から奪った杖の返上だ)


 改めてリオンから訂正されるとレーベは自分の感情が先走っていた事に気付くと口を引き結び俯く。

何か抗弁を期待したが特に無かったのでリオンが再び念話を飛ばす。


(俺の質問に答えろ。その答え如何によっては会うのも吝かじゃねえな)


 レーベがバッと顔を上げ希望を見つけたといった表情をするので思わずクツクツと笑いながらリオンの口角が上がる。


(お前の望みを叶える為には俺が大隊長とやらに会うのは必須か?)


 ピクリと反応し一瞬視線が揺れるが思案する振りをする為に俯く事でリオンから顔を隠すレーベだが、期待する効果は無かった様だ。


「わ、私の望み、とは別にしても、会っていただく事が獅子神様の利益になるかと思います……」

(その返答でいいんだな?)


 物理的、精神的共に圧をレーベに掛けながら問うと、苦痛に顔を歪めながらも頷いた。

暫くその状態を放置しながら観察を続けると隣からチョンチョン突っつかれ横目で見る。


「やり過ぎよリオン。レーベが可哀想だわ、そろそろ解放してあげてよ」


 無言で視線を戻すと脂汗を額に浮かべながら必死に耐えているレーベがリノアに微笑んだのを見て漸くリオンが魔法を解く。


(頑固なのかプライドが高えのか……いや違うか、だがまあ同族っぽい顔の癖につまんねえ女だ、まあいいや。会ってやるよ、その大隊長とやらにな。つっても俺話せねえけどな、リノア通訳よろしく)


 カラカラと笑うリオンと苦虫を噛み潰した様な顔を隠そうともしないレーベとリノアの前にタイミング良く定食が運ばれてきたので一旦話を中断し食べ始めた。

その後は特に話す内容も無いので他愛も無い雑談をして店を後にし、レーベに大隊長が居る建物まで案内してもらった。

然程時間も掛からずに到着し、一行は応接室に通されリオンとリノアはソファに座り、レーベは立ったまま待機する。

暫く雑談をして過ごしているとコンコンとドアをノックされ、中年男2人が入ってきた。

1人は使用人の格好をした中年男でもう1人は騎士服を着た中年男だ。


「フン、貴殿が報告にあった獅子神とやらか。そこの獣人から話は聞いているが今一度今回の来訪の目的を話してもらおうか」


 入ってきた瞬間の態度から予想はしていたが、だいぶ愉快な性格の様だ。

人族って事で亜人が嫌いなのか、演技しているのかはまだ判断出来ないがどうにも小物臭がする男だ。

レーベをチラリと見ると顔面蒼白で冷や汗を流している事から色々察してしまう。


(こんな安い煽りに苛立つ俺では無いんでね。クハハハハ!ここはクールに流すのがデキる男って奴だな。つーわけでリノア、俺は残念ながら、そうひじょーに残念ながら言葉が話せない、なので帝国に来た目的諸々説明して差し上げなさい!!)


 無表情の外見からは想像も出来ない程、内面では大笑いしているリオンだが、今は魔力パスをリノアにしか繋げていないので非難の目も隣からしか来ないし、そもそもそんなもの全く気にして無いから問題無し。

ハァと小さくため息を溢したリノアが未だに名乗ってすらいないクソ中年男に説明し始める。

クソ中年男は訝しみながらリノアからの説明を聞き終えると思案し始めた。


「なるほどな、報告にあった内容と齟齬は無い様だな。だが、お前等みたいな素性の分からん輩を皇帝陛下の御尊顔を拝する栄誉にそう易々と賜われるとは思わん事だ!しかし、そうだな……そこの獣人からも聞いたかと思うが、お前は今武闘大会に勝ち進んでいるそうではないか。もし本戦で良い結果を出せれば俺が掛け合ってやらん事もないぞ。フフフ、まあ頑張ってくれたまえ、おっと、俺は忙しい身なのでなこれで失礼させて頂こう。あぁ、そうだそこの君、そんな獣に仕えずとも私が雇って可愛がってやってもいいぞ、ガハハハ」


 聞きたい事を聞き言いたい事を言い、リノアをナンパし逃げる様にクソ中年男は部屋を後にした。

部屋に残された表情が抜け落ちた黒獅子と、それに怯える2人が残された。


(満足か?)


 それだけ言うとリオンは返答を聞かずに部屋を後にしリノアはその後に続いた。

口を閉ざしたレーベもまた部屋を後にして、先頭に足早に移動し玄関まで2人をエスコートした。

そう時間も掛からなかったのでこの後結局リノアの修練を決行する事になり、ついでにレーベも拉致し2人ともボロ雑巾になるまでみっちりしごいた。

クソ中年男のせいで鬱憤が溜まっていた訳では無い。

何故なら黒獅子さんはクールで紳士だからだ。

決して八つ当たりでは無い。

試合時間が迫ってきた事もあり闘技場に戻ってきた一行は、リオン特製ポーションによってボロ雑巾から綺麗な雑巾にクラスチェンジしたリノアとレーベを観客席に放置するとリオンは控え室に移動した。

中に入ると80人程が試合に備えていた。


(どれどれ………ん〜?見た感じ強そうな奴はいねえなぁ。まあ上手く実力を隠してる奴もいるかもしれねえからな、今回は正面から殴り合うのもまた一興か。どうせ試合だからな、児戯に等しい)


 そんな事を考えているとアナウンスが入りゾロゾロと試合場まで移動する。


『皆様ァァァ、お待たせ致しましたァァァァァ!!!!今宵最後の試合がこの後開始です!!!予選1回戦を勝ち抜いた猛者達!総勢84名、この中から上位10名だけが本戦に出場出来るのです!!!それでは間も無く開始時間となります!!!さあさあ皆様準備は宜しいですね!!!宜しいですね!!では、予選第2回戦開始!!!』


 審判の合図と共に銅鑼に似た大鳴楽器の音が響き渡り試合が始まる。

さすがに人数が多いからか事前に話し合ったのか群れを作る者達、序盤を回避に専念し数を減らす者達、気にせず勇猛果敢に攻める者など様々な者達が居た。

リオンはそのどれにも属さずただただボーッと突っ立って考え事をしていた。


(どうすっかなぁ……何かコンセプトを決めねえと戦闘意欲が湧かねえなぁ。ん〜……)


 時間は平等と言わんばかりに、思案しているリオンに武器を構えた奴等が一斉に襲い掛かってきていた。

剣や槌、弓や魔法が怒号と共に飛び交うがヒラリヒラリとリオンは華麗に避けている、と見せかけてかなりの数の攻撃がボコボコ当たっている。


(ん〜?やっぱりこう緊張感がねえと避けられるもんも避けられねえのかあ?まあやばい時は流石に反応出来るだろ。つーか殺傷禁止の癖して刃引きしてねえのは何なんだ、矛盾してんだろうが。ウケる)


 楽観的に現状を把握すると追撃してきた剣士の攻撃を意に介さずカウンターで顎を打ち抜く。

剣士は気にせず更に攻撃姿勢を取ろうとするが意識とは裏腹に勢い良く石畳に顔面から突っ込み沈黙する。

何が起きたか理解出来ない周囲の奴等が硬直した隙にリオンにロックオンされた顎が次々打ち抜かれて砕かれていく。


(手加減!手加減手加減手加減手加減手加減ー!!!クハハハハハ、消えろ雑魚がァァァァァ!!!)

(ふああぁぁ、よく寝た〜、おぉはぁぁよぉぉ〜寝たらお腹空いたぁぁぁ。ん?あむ、わああぁぁ、ご飯がたくさあぁぁん!いただきま〜す!)


 ノリノリで攻撃していると突然にゅるりとオピスが欠伸をしながら出現した。

そこに運悪くリオンが攻撃した奴から飛び散った血がオピスの口の中に入ってしまった。

オピスがヒトという食べ物を認識してから行動に移すまで1刹那程の超高速反応だった。

その行動に気付いたリオン、ルプ、ツバサはスローモーションの様に引き延ばされた時間の中で珍しく心がひとつになり一言紡ぐ。


(((あっ)))


 三者の虚しい念話もかき消す様に、オピスが発動した風魔法と闇魔法によって周囲の物体を引き寄せると斜線上の空間を食い千切り、参加者は勿論の事それ等を飛び越え観客席に張ってある防御魔法諸共観覧客をも貪る。

先程までの喧騒が嘘の様に静まり返り、臓腑や血の臭いがこの場を満たしていた。


(あぁ……殺っちまったなぁ……。せめてもう少し上手く食ってくれたら言い訳出来たかもしれねえが、まあやっちまったもんは仕方ねえな)


 周囲を見渡すとリオンより後ろに居た参加者は無事だったが、それ以外は全てオピスの餌食になり頭が無い者、上半身が無い者、下半身が無い者、などなど雑に食い散らかされていた。

止まっていた時間が観覧客の1人の悲鳴で動き始め、急速に恐怖が伝播していき、悲鳴が絶叫に変わり闘技場全体を揺らんばかりに震わせる。


『皆様ー!!どうか落ち着いて下さーい!!!』


混乱渦巻く状況の中、突如大音声が響く。

その声に合わせる様に崩壊していた防御魔法が再展開され、キラキラと光の障壁が輝いている。

その輝きに恐怖や悲嘆に陥っていた人達の心を光が優しく包んでいく。

暫く彼方此方で同様の現象が続く。

明滅していた光が徐々に収斂していき、やがて一定の輝きを保ちながら沈黙する。

それと同時進行で運営スタッフが死体を迅速に運び出して行く。

周囲の様子を確認したであろう司会が再び声を上げる。


『えぇ〜皆様が落ち着いた所で運営本部による審議の結果を報告します!!!先ず最初にリオン選手は相手方選手を殺めてしまいましたので、ルール違反により失格です。また確認事項が何点かありますので後程運営本部までお越し下さい。他の選手の方々は明日改めて再戦という形で行いたいと思います。本日の結果は運営本部にも掲載されますので疑問点などございましたらご確認下さい』

(あらら、失格になっちまったな。まあつまんねえ大会だったからどうでもいいな。しかしよく捕まらずに済んだな、これから警邏隊でも乗り込んでくんのか?それはそうとオピス、お前もうちょっと綺麗に食えよな。そんなんじゃ立派な淑女になれねえぞ?)

(えぇ……わたしは〜ご飯はみんなで食べた方が美味しいなって思って、ちゃ〜んと残しておいたんだよ?)

(……嘘付けよ。いつもは人の飯まで奪う暴食幼女じゃねえか。まあ〜……いいか、とりあえずもうここに居る理由はねえからリノア呼んで帰るぞ)


 リオンは知らない事だが殺傷禁止とは言え毎回少なからず死者が出るこの武闘大会では参加者に限っては、その旨を書類で同意しているので普通は捕まる事は無い。

思考を放棄したリオンはリノアに念話を送ると出入り口までスタスタ歩いていくとリノアとレーベが一緒に居た。


(飯でも食って帰るか。レーベも居るんならまた別のオススメの店に連れてってくれ)


帰る気満々のリオンの様子に2人は苦笑いをしていた。


「リオン、貴方運営本部に呼ばれてるんでしょ。ご飯はその後にでも行こうよ」

(ん?そうなのか?まあ無視していいんじゃね。行っても仕方ねえだろ、時間の無駄だ)


 カラカラ笑いながら先をズンズン歩いていると前方を数人の人に塞がれる。


「リオンさんですね。私達は運営本部の者です。先程闘技場でもお伝えした通り何点か確認事項がございますので我々と一緒にご同行下さい」


 リーダーと思しき男が一歩踏み出すと付いて来いと言ってくる。


(うわ〜うぜえなぁ。…………殺すか)


 前方を威圧すると全員瞬時に武器を抜き戦闘態勢に入り、その対応の早さにリオンは嬉しそうに口角を上げる。


(正当防衛だよなぁこりゃあ。さっき殺した奴等より強そうじゃねえか!クハハ、いいねぇ!楽しめそうだ)


 獰猛な顔で更に威圧を強めていき、周囲の空気が破裂する寸前で両者の間に割り込む影が1つ入る事により萎む様に空気が徐々に弛緩する。


「ま、待って!リオンもちょっと落ち着いて!話を聞くだけなんだからすぐ終わるって、今は我慢してよ」


 焦った様子のリノアに運営本部の面々はどこかホッとした雰囲気を見せていたが、リノア自身運営本部の人達はどうでもいいと思っていた。

偶々この近くに奴隷商の館があり、リオンにこの場で暴れられると同族が被害に遭うと思ったから行動しただけだった。

暫くリオンがグルルルルと唸りながら思案するが、色々面倒臭くなったのか投げやりに案内しろと顎をしゃくる。

その仕草の意図する所を正確に読み取るリーダーが先行し歩き始め、他の面々も後に続いて歩き始めた。



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[図南鵬翼]


 王国の執務室には最近ではすっかり見慣れた光景が広がっている。

信を置く限られた文官達が忙しなく動き、押印する音が一定のリズムで響き、書類作業する紙や羊皮紙が擦れる音が二重奏を奏でていた。

その最奥の執務机では白髪が混じった金髪に疲労感漂う顔を歪ませながら報告書などを処理する人物。

ルークスルドルフ王国の王ことサリバン・ヴィクター・ルークスルドルフその人である。

慣れたもので凄まじい速度で書類を処理していると、ふとその手が止まる。


「むっ?おい、誰かこの内容の詳細を知っておる者はおらんか?」


1枚の紙を文官に渡すと、内容を吟味した上で報告する。


「はっ!それは例の魔人化を行っていた貴族の技術提供でございますね。それに関しては現在秘密裏に奴隷を使用して研究開発、並びに量産体制を行っていると報告を受けております。まだ魔人化が安定していないので長くても数日で活動限界が来て自壊するとの事です」


詳細説明を目を瞑りながら聞いていた王は熟考する。


(あの貴族、確かエバルディッシュ侯爵だったか。彼奴の行動は良く分からんが、まあ爵位も剥奪した奴の事など然程問題では無いな。それよりも一刻も早くこの魔人化を完成させねば……)


方針を定めた王は目を開けると指示を飛ばす。


「魔人化に必要な奴隷なら腐る程おる!ただ民達、特に冒険者ギルドにはまだ気取られる訳にはいかん!引き続き秘密裏に事を進めよ!」


 最近では紅蓮の竜人や金髪、銀髪の童また、黒髪の女の行方は空似が殆どで進捗していない事もありピリピリとした空気が王城を包んでいた。

その時扉が開き血相を変え1人の文官が飛び込んできた。


「王よ、緊急の伝令にございます!ギリアム帝国にて[厄災]が発生したとの事です!」


報告を受けた執務室に暫し沈黙が訪れる。

解けるのは一斉に、沈黙から解放された文官達が慌て始めるが直ぐに王の一喝が入る。


「落ち着かんか愚か者!!!……しかし、そうか厄災が顕現したか……。最早御伽噺の世界だと思っていたがな、しかし彼奴等はそんな存在を懐に入れて何を企んでおるのだ……。もしや、従えるつもりなのか」

「お、王よ、恐れながら申し上げますが……文献にしか残っておりませんが、今までかの厄災を従属させた資料は存在しません。アレは人型の形をとっているだけで人に非ず、自然災害であるとされています」

「そんな事はワシも分かっておる。しかし、帝国も何も秘策無く災厄を中に入れる阿呆な真似はせぬであろう。なればこそ、何かあると思って行動すべきである。密偵を増員してでも帝国の秘密を暴くのだ!!」

「「「「「ハハッ!!!!」」」」」


文官達が一斉に頭を垂れ、更に慌しく動き出した。


(まあ帝国がヘマをして滅べば我が王国が全てを飲み込む日も近くなるであろう。フフフ、いやしかし、更に一手踏み込んでおくか……)


王は手元の紙にサラサラと一筆認めると近くに居た文官を呼ぶ。


「そこの者、これを第二騎士団長の元まで送り届けよ」


 パタパタと走り去って行く文官を眺めながら、未来の輝ける栄光を夢見ながら山積みの書類を処理する為気合いを入れる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[名聞利養]


 リオン達俗に[厄災]と呼ばれる一行を追い払い執務室に戻った大隊長であるエドワード・アングラハム少佐が椅子に腰掛けると部下が紅茶を置く。


「厄災は如何でしたか?」


端的で簡潔な言い方に苦笑を漏らすと首を横に振る。


「全く問題無いな。我が帝国の力を持ってすればあの様な蛮族取るに足らん!ククク、精々俺の為に役に立ってくれよ獣よ」

「それではあの作戦は決行して宜しいでしょうか」

「あぁ、指揮はお前に任せた。この作戦が成功した暁には漸くこんな蛮族だらけの隊から抜け出し、更なる高みに行ってやる!」


暗い笑みを浮かべながら昇進した自らの栄光を夢見ていた。


「おぉ!私めも閣下のおこぼれを少しでも頂戴出来れば幸いでございます」

「ククク、お前も遠慮が無いな。だがそうだな、今回の作戦が成功した時はお前も連れて行ってやろう!ククク、その為の贄なら沢山いるからなぁ」

「感謝致します!では、いくらかの獣人部隊を使って作戦開始とします」


 早速とばかりに部屋を後にする部下を見届けると満足気に紅茶を飲み干すのだった。

欲に溺れ正しく現実を見れない存在の末路は想像するのは容易い。

既に止める事が出来ない程加速し、坂道を転がり落ちていっているのだから。

進む先に道は無く、崖しかないとしても。

同情すべき点があるとすれば[厄災]が数百年単位の災害であり、短命種では文献としての情報でしか判断は出来ず当時の恐怖は薄れ、過去の文明より発達した事による驕りが自らを縛り視野を狭め、道を違えてしまう。

人災であればある程度強引な修正が可能な現象も、意識ある天災には最早意味は無い。

そうとは気付かない愚者の判断で帝国全土の未来は黒獅子の気紛れによって掻き乱されていく。

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