第33話 ギリアム帝国
リノア達を回収したリオンは再び賊の巣に戻っていた。
その際強引にオピスを引き剥がし、今度豪華なご飯を出す事を条件に鎮まってもらい身体の中に入ってもらった。
(ん?何でまだコイツ等が居るんだ?)
リオンが視線を向け、疑問に思ってる事を超変態女騎士ことギリアム帝国第三獣人部隊小隊長、獅子人族のエレオノーラ・レーベに念話で問い掛ける。
超変態女騎士は少し困った様子で周囲を確認すると、恐る恐る口を開く。
「そ、それがですね……お、コホン、私も含め是非獅子神様と帝国までご一緒したいという結論に達しまして、我々が今後も同行する事のご許可をいただきたく存じます」
(ふむ……まあ好きにしろ。それよりレーベ、お前普段からそんな畏まった話し方してねえだろ。一人称も[私]じゃねえだろ、俺の前だからって取り繕うなよ。普段通りで構わねえよ)
「い、いえ!滅相もございません!獅子神様の御前でその様な失礼な態度は取れません!」
どこまでいっても平行線だと思ったリオンは早々に思考を放棄する。
すると超変態女騎士が再び恐る恐る口を開く。
「そ、それで獅子神様、其方の人族の女性は何者なんでしょうか……?」
レーベの言葉でその場に居た者の視線が人族の女性、リノアに向けられる。
複数の視線に晒された彼女はタジタジになりながらもペコリとお辞儀をする。
「ご紹介が遅れました、私はリオン様の御側付きをさせていただいておりますリノアと申します。よろしくお願いしますね」
ニコリと微笑むリノアの美貌に男共が息を呑む。
彼女はここまでの道中で考えてた案をリオンに実行された結果が今の会話である。
宝具が奪われたその直ぐ後に帝国に現れる天翼人族なぞ怪しさ満点なので、ツバサの固有能力でリノアの外見に幻術を掛けているのである。
普段の破壊力抜群の美貌から街に入れば注目されるレベルの美少女まで抑えられ、リオンと同じ黒髪に黒瞳になっていた。
直接触れられるとバレる可能性が高まるものの、そこら辺も色々対策済みだ。
対策を考えたのは爺ことテースタとツバサなのでリオンは難しい話しを忌避し、役立たずのブロブと様々な実験を繰り返していた。
そんな事を回想しているとリノアとレーベ達が賑やかに話しているのが視界に入る。
「なんと⁉︎それは羨ましい限りだな!俺も獅子神様のお側に仕える事が出来ないもんかな」
「そ、それはリオン様の許可があれば可能だと思いますよ。私の一存ではとてもとても……」
キャイキャイと話しているが、耳を傾けると普段の口調に戻っているレーベの面倒臭え要求とその全てを巧みに俺に流してるリノア、恐ろしい子!と思ってると今までダンマリだった商人の太った男が口を開く。
「あ、あの、そろそろ出発しませんか?間も無く日も沈みますので、出来れば今日中に入国しておきたいのです」
その言葉で超変態女騎士レーベが漸く騎士の顔になり、テキパキと部下に指示を出すと既に準備してあったのもあり直ぐに出立出来た。
商人達は案の定賊達に捕らえられたばかりだったので幌付き馬車も使用可能な状態で、現在は全員荷台に入って雑談をしていた。
そこで早速気になっている事を超変態女騎士に尋ねる。
(そういや今回の目的をレーベに伝えてなかったな。帝国に赴いた理由はな、お前等帝国軍に奪われたとある宝具を返してもらおうと思ってんだよ。何か心当たりはあるか?)
直前までワイワイ話していた超変態女騎士の動きがピシリと固まり、壊れたブリキ人形の様にギギギとリオンを視界に捉えると震える唇で言葉を紡ぐ。
「なッ⁉︎え、えぇと……え?い、今、な、なんと……?わ、我が帝国軍が獅子神様の、宝具を、奪った?」
反芻した言葉に同席している部下達の動きも止まる。
(あん?何だその反応、お前等の国は帝国主義だろ?それなら領土拡大なんかの為に侵略くらいするだろうが。……まあいい、それでお前に聞きたいのは、今回のその軍事行動はお前等帝国の皇帝の指示か?それとも暴走した軍の独断か?俺はお前等の国の仕組みなんて知らねえからよ)
首を傾げながらも更に言葉を積むリオンに、側にいるリノアも視線はレーベに固定されていた。
「そ、それは、そうですが……。皇帝陛下のご指示かは存じませんが、その軍事行動は私如き小隊長には情報が降りてきていません……。ちなみにですが獅子神様、その侵略した場所は何処でしょうか?」
詳細を知らないリオンはリノアの顔を見ると任せたと視線を送る。
「詳細は私からお伝えしますね。しかし場所は秘匿されているので申し訳ございませんがお伝えできません、しかし侵略された場所は天翼人族の集落です。奪われたのは万物を見透すとされる宝具、名を[神杖の宝眼]です」
超変態女騎士レーベは珍しく真剣な表情でリノアの情報を聞いて俯きながら熟考している。
沈黙が荷台を支配していた。
そしてリオンが段々この話しと沈黙に飽きてきた頃、超変態女騎士レーベが顔を上げる。
「正直今の話しを聞いても私がお伝え出来る情報はございません………ただ、最近帝国に天翼人族と見られる奴隷が多数持ち込まれたという噂が市街地で囁かれています。実際天翼人族の奴隷を見たとの声も耳にしておりますので間違いないかと……。え、えっ?あ、あの獅子神様……なにかございましたか……?」
超変態女騎士レーベが話し始めると急にリオンがズイズイと顔を寄せ間近で観察し始める。
(へぇ〜〜腐っても軍人……いや、違うか……クハハハ、まあいいか。今はその情報だけで満足した方が後々面白くなりそうだ。おいレーベ、今後もよろしくな)
何かに納得し上機嫌になる笑顔のリオンに、言葉とは裏腹にレーベは自分が決定的な何かを間違えたのでは無いかと身体から流れる冷や汗と共に身震いする。
(あぁ、それと皇帝とどうやったら話せる?)
そこら辺の一般人と会話するくらいの気安さで帝国のトップとの面会を求めるリオンに一瞬ピクリと反応するものの直ぐに苦笑いを浮かべるレーベ。
「そ、そうですね……。私から大隊長に話してみますが確実とは言えませんね。やはり最も確実なのは力を示す!これに尽きると思います。帝国は実力主義の傾向が強いのです、ですので獅子神様の武を示して頂ければ皇帝陛下の耳にも届くかと……」
暫し思案すると魔力パスをリノアだけに繋ぐ。
(なぁ、もう面倒臭えから帝国丸ごと滅ぼすか?)
「なッ⁉︎何言ってるのよ!バカなの⁉︎そんな事したら、ハッ⁉︎」
リオンのセリフで態度を劇的に変えたリノアが詰め寄るが周囲の視線に気付きグイグイと隅に連行する。
「そんな事したら私の仲間まで巻き添えになっちゃうじゃない!それに無関係の人達を巻き込みたくないわよ……」
(クハハハハ!魔物ジョークだ!)
「君……冗談のセンスは壊滅的ね」
ジト目でリオンを見るが当の本人は何処吹く風だ。
(それにしてもお前も同じ様な事言うんだな。よく分からねえ思考回路だ。そうなると……)
リノアが反論しようとすると、御者をしていた太った商人の男が振り返る。
「間も無く到着しますよ。皆様ご準備下さい」
暫く待つと言葉通り、南門に到着する。
馬車には帝国民、帝国軍人が一緒な事もあり怪しさ満点のリオンは怪訝な顔を向けられるだけで済んだ。
門兵が獣人なら少し対応も違ったのかもしれないが人族だったのでこんなもんかと思い通行税だけ払い、あっさりとギリアム帝国に入る事が出来た。
(世間では見た目怪しい奴より幼女を両肩に搭載した人族の方を警戒するのか……変な奴等だ。それともこんな獣人面は珍しくねえのか?俺以外で見た事ねえが……)
リオンの独り言にピクリとリノアが反応するが特に何か言う事はなかった。
街の雰囲気はルークスルドルフ王国と比較すると軍事要素が強いのか至る所に軍人なのか騎士なのかよく分からないカッチリした服装の人を見かける。
ちなみにレーベも格好は騎士なのに階級は少尉とあべこべな世界だが、些細な事は気にしないリオンは当然スルーした。
家々もデザインよりかは実用性を重視しているのか、もしくは頭がおかしいのか不明だが屋根に大砲らしき筒状の物体が乗っかっている家屋が多く、街全体が要塞の如き造形をしている。
そのまま大通りを暫く進むと十字路に到着すると商人の男が話し掛けてくる。
「えぇと、獅子神様……この度は私共一家を助けて頂いてありがとうございます。ここを左に曲がって少し進みますと私が商いをしている店がありますのでお暇な時にでも是非お立ち寄り下さい」
男が妻子と共に深々と頭を下げる。
(対応はリノアに任せる、面倒臭え……)
現在も魔力パスはリノアとしか接続してないので本音を聞かれる心配は無い。
しかし態度が現在の心境を雄弁に語っていたので意味はなかった。
そんなリオンの態度にジト目を向けるリノアだが、黒獅子の興味は既に失せており視界にすら入っていないので一度ため息を吐くと笑顔で商人達に対応する。
リノア達が話しをしている間を狙ってか今度は超変態女騎士レーベが近寄ってきたので渋々魔力パスを繋ぐ。
「獅子神様!私達は報告も含めこのままこの帝都の中心、カルディア城に向かいたく存じます!!今後の事につきましては追ってご連絡させて頂きます!!」
無駄に畏まった口調で言い放つ超変態女騎士を冷めた目で見るリオンが渋々念話を飛ばす。
(あぁ、連絡を待ってる。宿はさっき紹介された所に泊まる事にする)
「畏まりました!それでは私達は一度失礼させて頂きます!!」
部下共々深々と礼をするとキビキビと動き去って行った。
「人気者は大変ですね〜〜し・し・が・み・さ・ま」
背後から顔を寄せ、耳元で囁いてくるリノアを無視して宿に向かって歩き始めるリオン。
「えぇッ⁉︎ちょ、ちょぉぉッ!!無視は酷くない⁉︎」
その後も非難を浴びせ続けるリノアを無視し続け宿に到着するが、超変態女騎士から聞いてはいたが改めて宿名を確認するリオンの口からはため息が溢れる。
[獅子王の牙]
ツルツルに磨き上げられた豪華な大理石の様な石に文字が刻まれた宿泊所。
ホニャララ亭の様な東屋ではなく前世で言う所のホテルに該当する5階建ての立派な建物だ。
そもそもこんな場所に泊まるつもりは無かったが、超変態女騎士レーベの強引な勧めと、どんなコネかは未だ不明だが話をつけ代金は不要なのだそうだ。
そんな理由でとりあえず深く考えるのが面倒臭くなったリオンは頷いたのだった。
この豪奢な建物を見たリノアもリオンへの恨み節も止まり唖然とする。
「リ、リオン、本当にここに泊まるんですか……?」
(代金は要らねえって話だからいいだろ)
それだけ言うとスタスタとリオンは先に歩いて行き、慌てた様子でリノアが後に続く。
「ようこそいらっしゃいました。ご予約はされていらっしゃいますか?」
中に入ると人族の従業員が笑顔で話し掛けてきた。
(俺の姿に顔色ひとつ変えないのは良い教育してんな。だが話が伝わってねえのか、コイツがポンコツかだな、リノア頼んだ)
話せないリオンは背後にピッタリ寄り添うリノアを両腕で持ち上げると自分の前にストンと置いた。
そんなやり取りを動揺する事なく受け入れて淡々と従業員と話し始めたリノアにリオン一派の面々は心の中で爆笑した。
事情を説明すると従業員は誰かを呼びに行き、暫く待っていると太った男が高速で此方に歩いて向かってくる。
(走ってこねえのは立派だが、あのスピードで歩くと……クハハ、気持ち悪りいな)
悪態を吐かれているとは知らない太っちょ男が目の前でピタリと止まると深々とお辞儀した。
「これはこれは獅子神様!我が[獅子王の牙]にお越し下さり、誠にありがとうございます!私、当宿の代表をしておりますピストス・スキロスと申します、以後お見知り置き下さいませ。お話はレーベ様に伺っております、ささ、どうぞ此方へ、早速ではございますがお部屋にご案内させて頂きます」
トントン拍子に話が進み、代表自ら部屋まで案内するVIP対応にリノアは恐縮しながら歩きリオンは興味無さそうに歩いている。
最上階である5階に到着するとスキロフが振り返る。
「此方でございます。何か御用がございましたらなんなりとお申し付け下さい。では名残惜しいですが、私はこちらで失礼させて頂きます」
ここまで常に冷静で固い口調で話していたスキロスは最後の一瞬安堵の表情になったのをリオンは感知するものの会話は出来ないので引き止める事もなくそのままスキロスは去って行った。
「わぁ〜〜スゴイスゴイ!こんな立派なお部屋に泊まれるなんてスゴーイ!!!」
(ペントハウスか……5階はこの部屋だけしかないってどんな無駄設計だよ。金持ちの強欲さを体現したかの如き部屋だな。調度品も悪趣味なくらい金掛けましたって物ばかりだな、気持ち悪りぃ)
きゃっきゃと、はしゃぐリノアとは対照的に皮肉を言葉に紡ぐリオン、この状況が暫く続き先に興味を失ったリオンが部屋の中央にある豪華なソファに座るとゆっくりと目を瞑る。
リノアは他の部屋を見てくると言い、走って去って行った。
1時間ほど経った頃に鼻息を荒くしたリノアが帰ってきて、未だ目を瞑っているリオンの横にストンと座った。
「ねえねえリオン!スゴイねこの部屋!レーベさんには感謝しないといけないね!今度会ったらちゃんとお礼言わないと!」
フンフンと興奮気味に詰め寄りニコニコ話すリノアに、ゆっくり目を開けたリオンがアホを見る顔を向ける。
(部屋が豪華で嬉しいのは理解したがレーベに感謝するのはお門違いもいい所だ。例えば……)
急にドンという音がリオンが見ている先から聞こえ、リノアも釣られて見てみるがどこも異常は見られず首を傾げていると突如空間に亀裂が生まれ、中から人が落ちてきた。
ピクリとも動かないその人は頭をマスクで隠して全身黒尽くめの服を着ていた。
「ふぇ⁉︎だ、だれ⁉︎」
ビクリと咄嗟にリオンに抱き着くリノアを特に気にした様子も無く淡々と状況を説明していく。
(さっき此処等一帯の気配察知と探知をしたらよ、俺等を監視する様にうじゃうじゃと虫みたいに蠢く奴等が引っ掛かった。この部屋も例外じゃねえのは今見た通りだな。あの超変態女騎士の息がかかってる所なら監視もし易いだろうな、ましてやお前みたいな田舎者丸出しの女も居るんならこの部屋を提供したのは間違いねえだろうよ。しかし解せねえのがこんなお粗末な奴等で俺を監視出来ると判断した奴だな)
リオンの説明を聞いたリノアはバツが悪いのか顔を俯かせるが少しでも言い返したいのかボソボソと抗議する。
「わ、私のどこが田舎者だって言うのよ……そ、そりゃあこの部屋を見た時は興奮してあちこち見て回って楽しんじゃったけど……」
(アホかお前、この建物の外観見た時から浮かれてんのが丸分かりだ。アレに気付かない奴等は客商売には向いてねえよ)
呆れ顔でリノアに指摘すると図星なのか、「ぐふぅ」と唸りながらソファに突っ伏した。
(ねえリオン、あの人食べていい?)
いつの間にか分離してたオピスがシャーシャーとリオンの頭をガジガジしながら聞いてくる。
(リノアはまだ駄目だ。そっちの奴は特に身分に繋がる物は持ってねえから好きにしろ)
シャーシャー喜び3m程の銀蛇が仮面人を丸呑みにする。
すると念話を聞いていたリノアがガバッとリオンの目の前に顔を近付け抗議してくる。
「まだって何ッ⁉︎私もその内食べる気だったの⁉︎と言うかリオン達の主食って人なの⁉︎えッ、何それコワ!!!」
色々ギャーギャー喚いているとぬーっとリオンとリノアの間に巨大な狼の顔が割り込む。
(リオンはアナタみたいな粗悪品食べるわけないじゃ〜ん。リオンはわたしが作ったごはんしか食べないんだから〜ふふん)
迫力ある顔からは想像も出来ない幼い声が繰り出され、さらに金狼からドヤ顔が放たれ、リノアが少し怯み数歩下がるが直ぐ様反論する。
「そ、粗悪品は失礼じゃないかなぁ。自分で言うのもなんだけど、結構スタイルには自信があるわよ〜」
クネクネとポーズを取るリノアにルプはその身体を見ながら鼻で笑い、念話を飛ばそうとするが余計な事を言う前に先んじてリオンがルプにデコピンをぶち込む。
(ぶにゃ!)と汚い念話が流れてきて、ルプが視界から消える。
(うるせえ、黙れ、アホども。おいリノア、さっきのは冗談だ気にすんな。人が主食な訳ねえし、そもそもルプはポンコツ残念幼女だから飯すら作れねえ。それよか今はそんなどうでもいい事より今後の事を話すぞ)
全てを納得出来た訳でもないリノアだが、リオンの言に現状を思い出し真剣な顔に切り替えた。
緊張感が辺りを満たしゴクリとリノアの喉が鳴り、そして……。
(とりあえず帝国でやる事は強そうな奴等を片っ端から潰していく事だな)
「いやいやいやいや違うよッ‼︎⁉︎えぇぇぇ、ビックリした〜、何言ってくれちゃってんのよ。ここに来た目的は宝具の奪取と天翼人族の奴隷解放でしょ!!」
ドヤ顔で発表するリオンを食い気味に否定するリノアによって緊張感は霧散した。
(クハハハハ、半分冗談だから間に受けんなよ。つうか奴隷解放?なんだそりゃ、初耳過ぎてこっちがビックリだわ)
「あ、あれ?そうだっけ?えへへ………お願いリオン!助けてよ〜」
この短期間にだいぶ強かな性格に成長したリノアが瞳を潤ませ上目遣いでリオンに懇願する。
未だ幻術が掛かっているが十分美少女で通るリノアのお願いに、誰しもが籠絡されてしまう破壊力を秘めていた。
それでも今回は相手が悪かった。
(うるせえ、バカが。助けたいのなら自分の力でやり遂げるかもっと頭を使え。生きるも死ぬもソイツ等次第、足掻くも足掻かぬもソイツ等次第だろ。救いたいと妄言を垂れ流すんなら希望には絶望を、絶望には希望を焼べろ!クハハハハ、そうすりゃもっともっと………楽しいだろうよ)
ゾクリと悪寒がリノアの全身をグチャグチャに掻き混ぜ、脳内の警鐘は大音量で鳴り響き死が自らを包み込む。
上下の感覚があやふやで立っているのか座っているのか段々全ての感覚が麻痺していき少女は咄嗟に飛ばない様に、落ちない様に、力いっぱいソファを握り締めた。
ギュッと痛いくらい眼を瞑り、ハァハァと荒い息を吐きながらポタポタと自らの頬から滴り落ちる汗の音が聞こえ今自分が俯いているのだと漸く理解出来た。
突如起きた異常事態に麻痺していた本能が呼び起こされる。
忘れていた訳じゃない、しかしどれだけ言い訳を述べようと先程の会話の内容を思い返すと弁解の余地も無い。
彼は人では無く魔物であると、そう再び出会った時の恐怖を刻み付けた。
そう思ったからなのかは不明だが途端に重圧が嘘の様に消え呼吸も楽になるのを感じる。
思考が徐々にクリアになっていき、先程のリオンの言葉を反芻し、思案を巡らせる。
しかし今も昔も自分が為す事は変わる事は無い。
それを再確認すると少しホッとするリノア。
その様子を黒獅子は無機質な眼を向けながらも三日月の様に口角を上げ満足気に1人の少女の成長を観察していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[エレオノーラ・レーベ]
私は英雄譚が大好きだ。
幼い時は寝る前には必ず父様か母様に英雄譚を読んでもらっていた。
『初代勇者』
『獣王』
『魔導王』
『魔王』
数々の英雄達による冒険はどれも心躍るもので私も大きくなったらいつか冒険に出て、この広い世界を旅して周りたいと思っていた。
でもそれは私にとって1番じゃない。
心は躍る。
夢に見る程の魅力溢れる冒険譚。
でもでも、私が1番好きな譚。
英雄譚や冒険譚ではない……獣人族、特に獅子人族なら誰でも知っている童話。
『獅子神様』
かの神は数百年に一度現世に降臨し全人類区別無く断罪し繁栄と衰微を齎すと言われている。
その一方的な断罪を執行する姿に人族の間では厄災として畏怖され、神では無く魔物の類いだと言われている。
獅子神様はその名前の通り獅子人族をもっともっとワイルドにした姿をしているが、獣人族の中にも厄災だと思っている者は多い。
その姿で私達獅子人族が迫害を受けていた時代もあるらしいが、私達獅子人族は力が全てな所があるのでその辺は気にしなかったらしい。
そんな昔の私は獅子神様に憧れ、いつか会いたいと……そう、願った……願っていたかった……。
その後、情勢が悪化し一部の獣人族と帝国との戦争が始まり、そして敗北。
軍備などの物資の性能差はあったが獣人族は基本的に人族より肉体的に優れていたので均衡状態を保っていた。
しかし年月が嵩むにつれ均衡状態は徐々に人族に傾いていった。
原因は多々あるとは思うが最も大きなモノ、それが人数だ。
そもそもの絶対数が圧倒的に劣っていてたのだ。
そして遂にはその物量に飲み込まれた。
戦争奴隷になる筈だった私達獅子人族だけど、現皇帝の一声で新たに獣人部隊が編成され帝国内で一定の人権まで頂き、小隊ではあるが隊長の地位にまで上がる事が出来た。
強者に従うのが獅子人族の習性とも言えるので、怒りなどの感情は、無い。
現在は帝国民の中では程々の家も持ち不自由無く暮らしていて、昔と変わらず成人した今でも英雄譚や冒険譚は大好きだ。
日課として毎晩コレクションの中からひとつ譚を読んでから就寝する様にしている。
だけど、その中に獅子神様の童話はない。
いつから話題にも出なくなったのか、記憶の奥底に閉じ込めたのかは分からない。
しかし突如としてその記憶がこじ開けられ引っ張り出された。
私の部隊、ギリアム帝国第三獣人部隊は街道を巡回していると商人一家が盗賊に襲われているのを発見し、討伐する為に参戦するも私の采配ミスで人質を取られ捕縛されてしまった。
それでも抵抗した事で私だけ別檻に拘束される事になった。
手足を拘束した事で盗賊も安心したらしく外で宴が始まる声が聞こえた。
獅子人族である私の膂力であればこんな枷は直ぐに破壊出来るので、後はタイミングさえ合えば賊の殲滅と脱出は楽だと思った。
着々と作戦を部下達と立てていると不意に外からの喧騒が止み、不気味な程の静寂が一帯を支配した。
五感に優れている獣人族である私達がなんの気配も感じ取れないこの状況にえも言われぬ恐怖が全身を襲っていた。
その答えに辿り着く前に私達の前にその姿を現して下さいました。
愚かにも賊の仲間と勘違いした私の愚行で大変な罪を犯してしまうところでした。
こんな事を考える事すら不敬と思えるほどに。
一目見た瞬間に理解し、この天啓の如きタイミングに眼の奥から涙が溢れてきた。
あぁ……遂に、遂に会えた……でも今は心から泣けない、今はまだ……。
喜びが身体の大半を占めるが一握りの罪悪感、否その感情すら想うと看破されるだろうから、考える事を奥に奥に深く深く、閉じ込めよう。
獅子神様が顕現して、いつから断罪が開始するのかは歴史を紐解いても特に決まっていない。
それこそ、神のみぞ知ると言ったところ。
それか気紛れか……。
願わくば、ほんの少し、少しでいいのです……獅子神様、私のわがままに付き合って下さい。
その願いを聞き届けて頂けるのであれば、矮小な身でありますが、この命……喜んで貴方様に差し出しましょう。
憧れ、恋焦がれたアナタに……。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
父様、母様。
あと少し、あと少しだからもう少しだけ待っててね。
一緒にはなれないけど、待っててね。
「ーーー様?ーーベ様!レーベ様!!起きて下さい!!」
「……んぁ?あ、あれ、ここは……?」
寝惚け眼で周囲を確認すると目の前に部下である兎人族のフローラが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「もう……間も無く大隊長に報告の時間ですからしっかりして下さいね」
少し呆れた様子を見せながらも安堵の表情を見せるフローラにレーベは頬をポリポリと掻きながら苦笑する。
「あ、あはは。そうだったね、いやゴメンゴメン。ふぅ……憂鬱な気分だけど……よし!それじゃあ行こうか」
現在、リオン達と別れたレーベ達はカルディア城の一室にて暫しの休息を取っていた。
と言うのも連絡を取った際に業務に追われる獣人部隊の大隊長が、手隙で連絡するからそれまで待機と指示をした為である。
その後数時間経って漸く面会の時間を指定されたという訳だ。
早速赴く為に部屋を出るがお供は兎人族のフローラだけだ。
大人数で押し掛けるは失礼だろうと判断しての事だ。
部屋までは数分で辿り着き静かにノックすると中から、入れと重々しい声が響く。
レーベが少し気合いを入れ、「失礼します!」と声を張り中に入る。
室内はそれ程広くは無く中央奥に執務机が鎮座し、手前には対面用のソファが置かれた簡素な作りだった。
「第三獣人部隊エレオノーラ・レーベ少尉、本日発生した事案に関するご報告の為参りました」
書類に目を通していた大隊長がスッと目線をレーベに合わせる。
「報告?それなら書面で寄越せば済む話では無いのか?お前等のくだらない報告などいちいち聞いている程俺も暇では無いんだがな……はぁ、まあいい簡潔に報告しろ」
心底怠そうに返答する大隊長、彼は獣人部隊を纏めてはいるが獣人族ではなく人族である。
茶髪に白髪混じった頭髪をオールバックにした中年男、エドワード・アングラハム大隊長。
階級は大佐である。
「ハッ!では、申告します。帝国南のスヴェーリの森にて獅子神様の顕現を確認しました。現在は[獅子王の牙]にて滞在して頂いております」
獅子神様という単語にピクリと反応し目を細める。
「貴様、あの厄災を我が帝国に入れたのか?何を考えている」
言葉に威圧を乗せレーベに問い掛ける。
「更なる帝国の発展の為に、かの厄災の力は有用かと存じます。この時期このタイミングで顕現した事はまさに幸運だったと私は自負しております。就きましては皇帝陛下にも進言していただきたく存じます」
威圧を物ともせず上申してきたレーベに顎の下に組んだ手を添え目を閉じ熟考するアングラハム。
短くない時間が過ぎ、漸く目を開けたアングラハムが重々しく口を開く。
「いいだろう、この件は俺が預かる。陛下からの決定が下るまでお前等第三獣人部隊が責任をもって監視しろ!何かあれば必ず俺に報告しろ、いいな?話は以上か?であれば退出していいぞ」
「ハッ!では失礼します!!」
レーベとフローラが退出し気配が遠かったのを確認すると、「入れ」と声を上げる。
呼応する様に隣の部屋へと繋がる扉が開き、全身黒尽くめの男が出てくる。
「あの部隊を監視しろ。少しでも怪しい行動を取ればあの獅子の小娘以外殺しても構わん。あぁ、小娘は死んでいなければ状態は何でもいい」
「畏まりました」
それだけ言うと闇に溶ける様に姿が消える。
1人になった部屋でアングラハムは再び書類を処理し始めた。
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