第25話 目覚め
ぼんやりとした意識の中、周囲を見渡すとメルヘンな夢かと思うくらい光の反射でキラキラと輝く無数の泡が浮かんでいた。
霞む視界で数多ある泡の中からひとつに注視し焦点を合わせる。
そこにはスクリーンの様に映像が映し出されており、その中では様々な人々が話し合っていた。
(何だこれ……夢、か……?それにしても身体が怠い……ん?怠い?スキルは……発動してるな……。それにしては……ん?これは、この映像の中の人間……見覚えが、あるな……。不思議とこの感覚は、懐かしい……?いや、虚しい?悲しい?憎い?)
浮かんでは消える泡、しかし消えずにずっとフワフワと浮いているものも存在している。
その差異はあれど、どの泡も中には映像が流れており、誰かの主観で動いており時折定点カメラが切り替わる様に俯瞰した映像を映し出している。
暫くぼんやりと眺めているとある法則性を発見する。
(この泡の中身は記憶……主観の人物が死ぬ時、泡が弾けて消える。そしてこの主観の人物は……俺だ。だが、この記憶の泡に出てくる時代、場所、人や物、言語に至るまで、記憶にねえな。知らねえ筈なのにこれが俺が生きた時代の俺の記憶だと分かる……。それにしても……)
改めて記憶の泡を眺めると、嗄れた声の老人、高笑いをする中年、全身甲冑を着込みくぐもった声の人間、豪奢なドレスを着こなし社交会で踊る妙齢の女、暴行を受けたのか身体中痣や裂傷などでボロボロな女性、薄汚いボロ切れを着た全てを憎悪する少年、裸で首に番号が刻まれた少女、まだ泣くしか出来ない情弱な赤子、自我すら持たない細胞など様々だ。
そのどれもが次の瞬間には死に、泡が弾ける。
ーーーーーーまだ足りないーーーーーー
ザザザッとノイズが走り男とも女とも言えない中世的な声が耳朶を打つ。
一度聞こえたその声はひとつ泡が弾ける度に耳に届いた。
とても悲痛で切羽詰まった音に変わる。
ーーーーーーまだ足りない、まだ……ーーーーーー
それから数十、数百と泡が弾ける。
時代、場所がいくら変遷しても単純な戦による闘争、銃器に変わる戦争による大量殺人、平和に見える裏では殺人、強姦、人身売買や臓器売買など人が人である限り弱い者から食いものにされ金銭に変わっていく。
ヒトではなくモノとして扱われる世界。
泡の中の私、僕、俺も喰い物にされ殺される場合もあれば食いものにする側にいる時もあったが、どちらにせよ最終的に若くして亡くなっていた。
ーーーーーーあと少し……もう少し……ーーーーー
生まれ、そして死ぬ……その度に魂が摩耗するかの様に泡の映像は不明瞭になり周囲の世界に罅が入り始める。
長い旅の様な回想の終焉の足音がすぐそこまで近付いてきている。
ーーーーーーようやく終わるーーーーーー
気付くと周囲に漂っていた記憶の泡は全て無くなり目の前にある泡が最後となっていた。
その映像だけは見覚えがあり、懐かしさすら覚えるものだった。
それはこの世界に来るキッカケになった最後の景色が泡の中には広がっていた。
(これは……あぁ、懐かしいなぁ。どうやってこんな追い詰められたのかは今でも思い出せねえが俺の意識が切れてからはロンが暴れてたみたいだけど所詮は人間だったからなあ、血を流しすぎたら死ぬわな)
思い出を振り返りながら懐かしんでいると終末の景色と金髪女神のガイアが邂逅した場面になっており、暫くすると俺が死んだ。
ーーーーーーあの方も面倒臭い奴を飛ばしてくれたものだ。結局2000年も掛かってしまったーーーーーー
『歪みの修正完了。以後通常通りにシステムを移行します』
ノイズと最後の女神の言葉が重なった。
ノイズは相変わらず悲痛な感情が乗り人間味があり、神とは思えない程だった。
更に状況は変わり、今までなら死ぬと同時に弾ける泡がまだ存在していて映像も続きを映し出す。
不意にガイアが死んだ俺を覗き込み、その無表情な顔を歪める。
『本来魂とは肉体から離れた後は天界に移り、俗世の穢れを浄化してから転生をするもの……。しかし貴方の魂はこの凡そ2000年、私達神の権能により他者に傷付けられ、存在を踏み躙られながら摩耗して更には天界を経由しない連続する転生の負荷により、いつ壊れてもおかしくない状況を繰り返してきました。今の貴方がどちらなのか、今後転生した際に誰になるのかは私にも分かりません。私が言えた事ではありませんが、出来る事なら彼方の世界では幸せになってほしいものです。……そろそろ時間ですね。最後に……今世以外の貴方の記憶を封印しましょう。思い出せるかは貴方次第ですが徐々に思い出せれば魂にそこまで負荷はかからないでしょう……』
そこで不意に泡が弾けた。
言霊の様に先程までのガイアのセリフが反芻される。
(へぇー、記憶がねえから特に思う事はねえが忘れていた部分を補填する事は出来たから悪い事だけじゃなかったな。これでもだいぶ思い出せたが、まだ封印されてる記憶がある訳か……まあ思い出せねえならそれはそれで構わねえけどな)
思考を整理していると、突然漆黒の世界にヒビが入り、それは徐々に広がっていきバリバリと剥がれていく。
けれど、剥がれた内側は外側と同じ漆黒の闇が広がる世界だった。
バリッガリッと音を立て本格的に瓦解していく世界を何故か微動だにせず、ぼんやりと眺めていたリオンだったが、不意に浮遊感に包まれ視線を下げる。
リオンの足元も遂に崩れ落ち、抵抗する事なく底へ、底へ落ちていき意識すらも闇に沈み込んでいった。
ふと意識が周囲を認知し始めると、ふわふわ漂う感覚がした。
手足の感覚も無くただふわふわ漂う。
無重力とまではいかずとも軽い抵抗感のある、例えるなら水中にいるかの様な浮遊感。
目を開けているのか閉じているのか不明な程の漆黒の空間に身を任せながらただただ漂う。
スンスンと鼻を動かしてみても意味は無くピンと伸びた獅子の髭を動かすも何の情報も得られない空間。
しかしそれでも負の感情など無く、とても心地良い場所で穏やかな気分になる。
先程が夢で今が現実なのか、将又逆なのかは分からないが兎にも角にも行動しようと思考を加速させる。
(人化も解けてるが、妙に怠いのが気になるな……。と言うかイヴに吹っ飛ばされてからさっきの過去映像前までの記憶が曖昧だな。オピス達とも何か連絡取れねえし気分悪りぃな。一度確認しとくか、鑑定っと)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[リオン]種族名:アビスキマイラ[新種]
[Lv.76]
[剣術Lv.8]→[剣術Lv.1]
[短剣術Lv.8]→[短剣術Lv.1]
[槍術Lv.6]→[槍術Lv.1]
[斧術Lv.6]→[斧術Lv.1]
[棍術Lv.6]→[棍術Lv.1]
[拳術Lv.8]→[拳術Lv.1]
[弓術Lv.10]→[弓術Lv.1]
[投擲Lv.9]→[投擲術Lv.1]
[威嚇Lv.9]→[威嚇Lv.3]
[威圧Lv.9]→[威圧Lv.3]
[状態異常無効]
[気配察知Lv.MAX]→[気配察知Lv.2]
[精神分裂]
[念話]
[思考加速Lv.6]→[思考加速Lv.2]
[鑑定Lv.8]→[鑑定Lv.1]→[鑑定Lv-]
[魔力操作Lv.MAX]→[魔力操作Lv.4]
[魔力制御Lv.MAX]→[魔力制御Lv.4]
[火魔法Lv.7]→[火魔法Lv.2]
[水魔法Lv.6]→[水魔法Lv.1]
[風魔法Lv.7]→[風魔法Lv.2]
[闇魔法LvMAX]→[闇魔法Lv.5]
[光魔法Lv.8]→[光魔法Lv.3]
[土魔法Lv.3]→[土魔法Lv-]
[火属性耐性Lv.2]
[水属性耐性Lv.2]
[風属性耐性Lv.2]
[土属性耐性Lv.2]
[闇属性耐性Lv.5]
[光属性耐性Lv.3]→[光属性耐性Lv.7]
[身体超越化Lv.8]→[身体超越化Lv.2]
[剛腕Lv.8]→[剛腕Lv.3]
[堅牢Lv.7]→[堅牢Lv.2]
[自己再生Lv.8]→[自己再生Lv.6]
[擬態]
[人化の術Lv.9]→[人化の術Lv-]
[咆哮Lv.2]
[裁縫Lv.2]
[料理Lv.4]
[建築Lv.2]
[曲芸Lv.2]
部位獲得能力
[ー]
[ー]
[ー]
[ー]
[ー]
[ー]
称号
[人類の天敵]
[殺戮者]
[強奪者]
[インセクトキラー]
[スライムキラー]
[森の覇者]
[同族喰ライ]
[大厄災]
[大罪喰い]
[金城鉄壁]
[神喰ライ-分体-]
[神敵]
[回生起死]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(えぇ……何だこれ……軒並み下がってんじゃん……。いや、光属性耐性だけ上がってんなぁ………………ハァ、まあ原因はアイツしかいねえよなぁ。新しい称号あるけど、詳細が見れねえな。しかもツバサ達と連絡取れなかったのもこの身体に居なかったからだったんだなぁ。どうなってんの?人化時以外でも離れられたんだなアイツ等……知らなかったなぁ。それとも単純に異常事態か?)
リオンが思考を巡らせていると目の前のステイタスが消える。
(あらら、そういや鑑定も時間差で消えたなぁ。まあ消滅じゃなくランクダウンならそのうちまた覚えるだろう)
徐々に思考を放棄し始め、ふと改めて周囲を確認すると見覚えるのある漆黒の亜空間と同居人が居なくなったメラニズムのリヒテンベルク図形が刻まれ、赤黒く脈動する普通の黒獅子が居た。
(とりあえずここは俺が闇魔法で作った空間なのは何となく分かんだけど、俺が発動した魔法なのに解けないのはスキルレベルが下がったからだろうか……。頭脳担当の爺がいねえと分かんねえからスキル上げ諸々含め大人しくここで暫く鍛錬するかな。なんか7つの球集める奴の部屋みたいなロマンがあるな。つうか俺自身の尻尾初めて見たかも、おぉ、動く)
楽観的に結論を出したリオンは暫く自らの尻尾に興味を移し、それからまた暫く経過した後鍛錬を開始した。
あの宣言からどれくらいの時間が経過しただろうか。
時計も無ければ闇の中なので時間を予測するものは全て無いが、感覚としては2週間くらい経過したと思う。
未だに発動出来ない魔法も存在するが、身体能力は少しはマシになった。
そんなこんなで今日も今日とて鍛錬の続きをしようと思ってると懐かしい気配を察知し虚空を睨む。
(ん?この肌を焼く神聖な魔力はアイツか?それに近くにイヴに似た気配もあるけど、コイツからも無駄に神聖な魔力が出てるなぁ。胸焼けする気分だが……別人か?まあ今はあのクソ神の正確な居場所を掘り出して潰してやる)
いつもの倍以上の時間を掛け漸く探知に成功する。
そのまま再び意識を集中させ、発見したガイアの頭上に闇魔法を発動させリオンの腕が入るくらいの小さな穴を出現させる。
箱の中身を当てるゲーム気分で気配だけを頼りに切り裂くもアッサリ躱されてしまった。
気配も薄く魔力も殆ど放出していないガイアを見失いリオンは再度意識を集中すると捜索を開始する。
(あぁ!クソが!どうせ分体なんだろうが妙に気配が薄すぎんだよ!それとも何か、俺のスキルが下がってんのが影響してんのか⁉︎あぁ、イライラする!ん?んー、ここか?おっ?やっと見つけた!死ね!!!!)
漸く見つけて放った爪は見事ガイアに突き刺さるも既に分体は光の粒子となって拡散し中空に溶けていった。
溜息を吐きながらそのままイヴに会っていくかと考えていると空間の制御が利かず腕を抜いた瞬間には穴が塞がっていた。
(はぁ〜なんか疲れた……まあどうせイヴとはその内会えるだろうからいいか。今はとりあえずここを出る手段を模索するだけだな)
その後も自らに魔法を放って魔法レベルと耐性レベルを上げたり、その傷を自己再生したり常に身体超越化を発動したりと常軌を逸した鍛錬が続いた。
睡眠が不要だった以前と比べ、一定周期毎に睡魔が襲い抗う間も無く気絶した様に眠る様になってしまったがそれ以外に特に変わった所は発見出来なかった。
(しっかし、いつも同じ夢を見るってのは何なんだろうなぁ。人は違うが、あれは王都か、そこで人を攫ってくる夢って夢占い的になんだろうなぁ)
寝惚けた頭でどうでも良い事を考えながら今日も今日とて鍛錬の日々を過ごしていると次第に自分が放つ魔法が通用しなくなってきた。
魔法だけかと思い、牙や爪でガジガジバリバリしてみるが最初は肉が抉れ骨が割れ血が噴き出したが、自己再生で何度か再生と崩壊を繰り返す。
すると今度は牙や爪が皮膚に負けへし折れ、地面にパラパラと落ちる。
更に数度繰り返すと皮膚や牙、爪はどれもびくともしない程強固になった。
(ん〜?これスキルの影響じゃねえな……。詳細は分からねえが変わったのは称号くらい……神敵は違うと思うが、そしたら残りは回生起死だな。まあ推測にしかならねえがさっきの実験で大体効果は把握出来たから良しとするか)
そこまで考えていると、か細いがツバサ達の気配を察知し周囲をキョロキョロ見回す。
意識を更に集中すると然程距離が離れていない、というか数百メートルくらいしか離れていない事に気付く。
スンスンと匂いを嗅ぐが周囲は無臭だったので、とりあえず思考をぶん投げる様に放棄し地面をただただ殴り続けた。
やはりと言うべきか、初めは砕けシューシューと周囲に散った血が音を立てていたぐちゃぐちゃの前脚も徐々に砕けなくなり逆に漆黒の空間に罅が入り始めた。
尚も殴り続け、更に罅が拡張して光が漏れ出してくると同時にツバサ達の気配がどんどん強くなってくる。
無感情でドゴンドゴンと鈍い音を出しながら殴り続けると罅が空間全域まで広がっていく。
崩壊限界に達したのかパリンとそこかしこで空間全域で崩壊が始まり、底の開いた穴に飛び込んで自らの空間に囚われていた間抜けな黒獅子は遂に脱出を果たした。
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