第24話 再会

 マリーの為に夕食を作ろうと意気込むイヴだったが、保管場所に食材が空っぽだったので散歩も兼ねた買い出しに出掛けることにした。

外に出ると空には雲ひとつ無く、真っ赤な夕日に街が彩られている。

そんな光景をイヴは目を細めながら感慨深気に眺める事数分、次第に黒いカーテンが朱色の街を覆い始める時間が近付いて来ているのを感じると漸く歩を進める。

市場は活気で満ち溢れており、人々の声がそこかしこから聞こえる。

その中をイヴはスイスイと人と人の間を縫う様に通り目的の肉や野菜、香辛料などを次々と購入していった。


「お金はリオンがくれた分があるから問題無いとしても、それにしても……むぅぅ、香辛料は高いですねえ。そういえば森で暮らしていた時は惜し気もなくリオンは香辛料を突っ込んでましたがあの森には沢山自生していたんですかねえ。暇な時間が出来たら探しに行ってもいいかもしれませんね、リオンにご馳走作ってあげられますからね」


 そんな事をブツブツと呟いていると前から懐かしい人達が歩いてくるのが視界に映った。

彼方もイヴに気付き手を振って此方に歩いてきた。


「皆さんお久し振りですね。別れてから初めて会いますけど、お元気でしたか?」

「えぇ、私達は全員元気ですよ。これも全てはリオン様のお陰ですけどね」

「そうだな。リオンさんには感謝してもしきれねえよ」

「もっともっとリオンさんの話を聞きたい所ですね。それよりも、イヴさんは少しやつれていますが何かありましたか?」


 3人とも元気良く挨拶をする。

彼女達はアルザスの街に居た元奴隷の猫人族のミーヤ、犬人族のサバーカ、兎人族のクルス。

この街に着いた時に別れてからの再会だったのでイヴも喜んでいたが、ふと疑問に思った事を問い掛ける。


「私は色々ありましたが今は元気ですよ。それにしても皆さん、何故リオンの名前をご存知なんですか?確かここに来た時はまだ[猫]としか名乗ってなかったと思うんですけど?」


 その問いに3人がキョトンとするが、その中の1人兎人族のクルスが一歩前に出て説明を始める。


「なに、それは簡単な事ですよ。なぜなら私達の元に定期的にリオンさんが来てくれていましたからね、その時に教えてもらいました」


 残りの2人も、うんうん、と頷くが、イヴはそんな動作も視界から吹っ飛ぶ程衝撃を受けた。


「そうだったん……ん?えっ?……ええぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎ど、どういう事ですか⁉︎リオンが皆さんに会いに行っていた⁉︎初耳なんですけどもッ⁉︎」


 絶叫が市場に響き渡り道行く人もイヴ達に視線が向かい釘付けになる。

数多の視線に晒され居心地が悪くなった3人はとりあえずイヴを落ち着かせる事にした。


「イヴちゃん落ち着いて下さい。別にやましい事をしていた訳ではありませんよ。私達は訓練をして頂いていただけで、勿論私達以外の者達にも同様の訓練をされていると仰っていましたよ」


 真正面から射抜かれ真摯な説得の甲斐あってイヴは徐々に落ち着きを取り戻すが、それと同時に周囲の目にも気付き羞恥に耐えられず場所を移す事にした。


「先程はすみませんでした……。初耳だったもので少し動揺してしまいました、うぅぅぅ恥ずかしい……」


 場所を移し近場の喫茶店に入り飲み物を注文し終え、運ばれてくる間の沈黙にイヴがいの一番に謝罪を切り込むが、3人の反応は微妙だ。


「あ、あれが少しの動揺なら本気の動揺は大変な事になりそうだなぁ、ハハ」


 サバーカが苦笑いしながら突っ込むと2人も苦笑いしながら同意という感じだ。


「あぅっ、そ、それはそうと訓練というのはどういう事ですか?み、皆さんは冒険者でもやっているんですか?」


 3人の攻撃にイヴが心にダメージを負うものの、下手な話題転換で何とか誤魔化そうとする。

3人も深追いして追撃する事は無かったので何事も無かったかの様にみんなに話を合わせた。

説明係は以前からクルスだったので今回も主体で話し始める。


「私達は冒険者ではありませんし目指してもいませんよ。今は商人をしながら細々と生きています。ちなみに以前居た虎人族のコクウは冒険者をやっていますよ。それで何故商人の私達がリオンさんから戦闘訓練をして頂いたかと言うと……単純に自衛の為ですね」


 タメながら言うもんだから重大な理由が隠されているものかと思っていたイヴは拍子抜けしてしまった。

ただ、言っている事は勿論理解出来るので話の続きを聞いてみると、内容事態はイヴと比較するととても優しい訓練となっており何とも言えない表情になる。

ここで訓練内容の説明からあからさまに変な動きをする人物に注目する。


「あの、ミーヤさんは何故あんな奇妙な動きをしているんですか?」


 頬を赤らめ自らを抱き締めながらクネクネと身体を揺らす彼女を見ながら至極当然の事を言っている筈なのに2人が苦笑いを浮かべ、イヴを見る。


「あ、あはは……残念ながらイヴちゃんもリオンさんの前だと偶にこんな風になってましたよ。はぁ……ほらミーヤ、戻って来て下さい」


 クルスの指摘に衝撃を受けるイヴを余所にミーヤが現実に帰還し、未だ頬を赤らめ過去を思い返しながら語り始める。


「にゃふふ、リオン様のマッサージはとっっっっっても気持ち良いんですよね〜。あの大きな手、巧みな指使い!はふー……たまりません!!!リオン様に触れられた場所は熱く疼き、頭がビリビリと雷魔法をくらったみたいに痺れて、頭の中までかき回されてフワフワの真っ白になっちゃいます」


 その後も暴走しながらリオンとのアレコレを語るミーヤを沸騰しそうな程顔を真っ赤にしたイヴが慌てて止める。


「ちょ、ちょちょ、ちょっとミーヤさん、待って下さい!落ち着いて下さい!っというか何言ってるんですか⁉︎私だって何もされてないのに何で貴女だけそんな羨ま、んん、破廉恥な事してるんですか!!!」


 徐々にイヴの熱気も上がってきた所で冷静なクルスとサバーカが宥める。


「イヴちゃんも落ち着きなって、ミーヤの言ってる内容は殆ど事実だけど全てにおいて相当脚色してるからね。私とクルスもマッサージは受けてたけど、至極真っ当なもんで色気は皆無だったよ。そもそもリオンさんってそういうのに興味あるの?あぁ、もうほらミーヤも早く戻って来い、バカが!」


 サバーカの説明に興奮していたイヴが冷静になり、ミーヤは物理的に冷静にさせられた。


「ごめんなさいねイヴちゃん。ミーヤはリオンさんの話しになると大体こうなっちゃうんですよ。普段はまともだから嫌いにならないで下さいね。そういえば、リオンさんと言えば最近私達は会ってないんですが、今日は一緒ではないのですか?」

「ッッッ!!!リ、リオンは今は、居ないですね……。暫くは、帰らないと言って、いましたよ」


 クルスの質問へのイヴの反応が劇的で、更に返答もしどろもどろで表面的な現実しか語っていないのは一目瞭然だったが、空気を読んだ3人は少女に追及する事はしなかった。

あれ程冷や汗を流し、身体は震え、それを抑える為に自らを両腕で掻き抱き、目は泳ぎ怯え切った瞳。

奴隷であった自分達でもここまで慄然とするだろうかと思う程彼女は一瞬で憔悴してしまった。

その姿を見兼ねて、隣に座っていたクルスが反射的にイヴを抱き締めた。


「……そうですか。早く帰ってくると良いですね。ふぅ〜……さて、今日はもう遅いのでお開きにしましょうか。イヴちゃんは夕食の支度もあると思いますので、ただ良ければまた会って話をしませんか?同じ街に居る事ですしね」

「……はい!私も皆さんともっとお話ししたいです!」


 イヴの返答を聞き、驚愕し固まる3人だがクルスだけが何とか言葉を返し久々の再会はお開きになり、件の少女は知り合いが帰宅する前に夕食の用意を終わらせたいと言い、走って去って行った。

イヴが完全に視界や気配から去ったのを確認すると誰彼構わずため息を溢した。


「確かに私達がイヴちゃんと一緒に居た時間は長くは無かったけどよ、あんな……あんな変わった子だったか?いや分かってんだよ、普通に話す分には年相応の美少女だってのはよ。リオンさんが絡んだ話題の前後がよ……なんて言うか……なあ分かるだろ?」


 サバーカが2人に問うと、声には出さず口を引き結び俯く。

その反応が全てを語っており、サバーカも深くは突っ込もうとはしなかった。

暫く沈黙の時間が流れたが、ふとクルスが口を開く。


「でも確実なのはリオンさんに何かあったって事ですね。話しの内容からして生きてはいるのは間違いないでしょうけど、この街を離れなければいけない理由があったという事でしょうか……」


 徐々に語り掛けるというより自問自答に入っていくクルスにちょいちょいと裾を掴むミーヤ。


「で、でもリオン様は人族でも無く、伝説級の魔物なんだよ?そんな方に太刀打ち出来る存在なんて居ないと思うんだけどなぁ」

「ハッ⁉︎た、確かにそうですね。普段から人族の姿をしていたので忘れていました。あの方の人化は獣人の私達の嗅覚でも通用しませんでしたからね。無論強さは言うに及ばずですから、そう考えると尚更不思議な反応ですね……」

「それならよ、イヴちゃんの同居人を調べて聞いてみても良いんじゃねえか?丁度暇そうなコクウに調査依頼出そうぜ」


 サバーカの提案でイヴの同居人の調査をする事で皆合意して早速行動を移す事にした。

普段の彼女達であれば普通にイヴ本人に聞くという選択肢を真っ先に提案実行する筈だが、今回は本人達も知らぬ間にイヴに関わるのを本能的に回避していた。

あそこまでの憔悴からの復帰具合がとても不自然で異常だと感じてしまったが故の事態だった。

イヴ本人も意識してはいないが未だに精神体にリオンの残滓がダメージを負う度に回復しており、その落差に一瞬感情が不安定になるだけだが、それを知らぬ3人娘達はどこか人外の者を見る様に危機察知が働いているだけである。


 その頃、知り合いから人外扱いを受けているとは露程も思っていないイヴは帰路を急いでいた。


「随分と話し込んでしまいましたね。ふふ、久しぶりに皆さんと会えて嬉しかったですね。でもミーヤさんの言動には少々驚きましたが、リオンは私のですからね、そこは譲る気はありません。それはそうと、マリーさんがまだ帰ってませんように」


 今日の出来事を思い出し頬を緩めながら駆け足で帰路へと急いだ。

幸いな事にマリーはまだ帰宅していなかったのでイヴは急いで調理に取り掛かる。


「普通の料理を作ってもつまらないので今日はリオンに教えてもらった料理にしましょう。えぇと……何という料理名でしたっけ……あっ!そうそう、確かシチューって言ってましたね」


 以前リオンが作った際にレシピを入手しており、事あるごとに練習も兼ねて作っていたので今では得意料理と言える程になっていた。

いつも通り手際良く調理を進めていき、ほぼほぼ完成したタイミングでマリーが帰ってきた。


「ただいま〜、あら?良い香りがするわね、もしかしてイヴさんがご飯作ってくれたの?」


 マリーが自宅のドアを開けた瞬間に食欲を唆る香気が津波の様に襲いかかってくる。

パタパタと香りと共に姿を現したのは勿論イヴだ。


「マリーさん、おかえりなさい。いつまでもお世話になってるのも悪いので今日は私がご飯を作ってみました。既に準備は出来てますから早速頂きましょう」


 運ぶのを手伝うのを断られ座ってろと言われたマリーは素直に感謝し引き下がり、居間に移動すると大人しく座り準備されるのを待つ事にした。

料理はすぐに運ばれてきたが、マリーが今まで見た事もない乳白色のスープの様なモノが出現し困惑気味に問い掛ける。


「こ、これは魔人族の郷土料理なのかしら?見た事ない料理ね、香りは素晴らしいのだけど……」


 運び終え対面に座るイヴは首を左右に振ると少し頬を緩め、大切な思い出を語るかの様に話し出す。


「いいえ、違いますよ。この料理は、リオンに教えてもらったんですよ。リオンの故郷の味には程遠いらしいんですけど、私にはこの味がリオンとの思い出の味です。ちなみにこの料理はシチューと言います。さあ冷めてしまう前に頂きましょう」


 久々にリオンとの料理場面を思い出したからか食べる前に両手を合わせ、「いただきます」と言い、食べ始めた。

その所作を見てマリーは一瞬目を見張るが、今は目の前の料理が気になるので置いておく事にして恐る恐るシチューを一口食べる。

暫く咀嚼するマリーだったが次の瞬間カッと目を見開く。


「ふわ〜美味しいですね。クリーミーで優しい味だわ〜疲れた身体に染み渡りますね〜」


 余程お腹が空いていたのか物凄い早さで平らげ、おかわりを数回繰り返し漸くスプーンを置いて両手を合わせる。


「はぁ〜美味しかった〜、ありがとうねイヴさん。久しぶりにこんな美味しい食事が出来たわ」

「どう致しまして、余るかと思ってましたがまさか完食するとは思いませんでしたよ。マリーさんは意外と大食漢なんですね」


 イヴの大食い発言で顔を真っ赤にするマリーがあわあわと色々言い訳を並べ立てる。

今日は昼飯を食べる時間が無かっただの、普段は少食だの、挙句知らなかった筈のシチューが大好物だったと言い始める始末。

ネタが尽きて、むーむーと唸っていたマリーが強引に話を変える。


「そそ、それより、イヴさん、食べ始める時に両手を合わせていたけれど、あれは魔人族の風習なのかしら?」


ふふっとイヴは優しく笑う。


「そんな風習は魔人族にはないですよ。これもリオンがやっていたので真似してやっているだけですよ。そう言えばマリーさんもやっていましたけど、狐人族では普通の事なんですか?」

「えっ?……リオンさんが?そう……、私達狐人族や同じ方面に暮らす獣人族は食べ始めと食べ終わりにいのちの恵みに感謝する意味を込めて両手を合わせるのよ。リオンさんが何故それを知っているのかしら、私達の故郷周辺に人族の街や村は無かったと思うんだけれど……」

「そうだったんですね。リオンは私と出会う前はあちこち旅をしていたみたいですから、その時に知ったのかもしれませんね。あっ、そういえば、お風呂も入れておきましたからお先にどうぞ」

「イヴさんと会う前は旅人だったのね、なるほど。ホントに〜?今日は何から何までありがとう、ならお言葉に甘えて先に入らせてもらうわね」


 ご機嫌になったマリーが立ち上がりスタスタと風呂場に向かって行った。

その後イヴは食器類などの洗い物を済ませ、マリーの後に風呂を済ませると居間でマリーと一緒にお茶を飲んでいた。

あの時は苛立ちと疲労で碌に説明をしなかった罪悪感があるのかイヴから話を振る。


「マリーさん、今日私の説明不足でサーシャさんは怒ってませんでしたか?」

「ん〜そんな事無いわよ。とりあえずひとつ聞くけど、創世神様が再降臨したのは嘘じゃないのよね?」


イヴが無言で頷くとマリーは満足気に微笑む。


「なら問題無いわね。そもそも設計段階と使用材質の関係であの部屋は人族では傷一つ付ける事は出来ないと言われているのよ。でもそれを実行したのが創世神様であれば納得は出来る、いや納得せざるを得ないって感じかしらね」


 説明を聞きイヴはホッと安堵の息を吐くが、その行為は時期尚早だった。


「ただね、納得をしたのは部屋を破壊した事に対してだけで、その理由に関しては不明なままなのよね。でもあの時部屋に居たのはイヴさんだけだから必然的に目的はイヴさんなんじゃないかってサーシャさん達は言っていたわ」


 話を聞きながら自分でも到達する推測に納得はするが、イヴ自身どこまで説明したもんかと頭を悩ます。


(むぅぅぅ、リオンの事は話したくないし神の加護持ちもバレたら面倒臭い状況になりそうですね。そうなると、気紛れ?それとも前回の顛末の説明の為?あぁ、思い出したらまたイライラしてきましたね。少し理由としては弱い気がしますがあんな神の考えなんて誰も理解出来ませんからいいですね)

「あ、あはは、まあそうなりますよね。別に隠す事じゃないので話しますけど、あの神は私に会いにきたみたいですね。忌々しい事に態々リオンを傷付けたのは私の身体を操った自分だと言いに来たので、反射的に私が魔法で撃退しようとしましたが結果は神にも部屋にも通用しませんでしたけどね。最後に自分には簡単だと部屋を壊すパフォーマンスをして消えていきましたよ。はぁ……本当にあんなのが神だなんて笑えませんよ……」


 辟易としながら語るイヴだが聞き手側のマリーは困惑を通り越し唖然としていた。

立ち直るのに暫く時間が掛かったが、立ち直った所でツッコミ所が満載でどこから口を出していいのか分からず混乱していた。


「えっ⁉︎神って、イヴさん、えっ?それに、リオンさんを殺そうとしたのが神、様?ちょ、ちょっと待ってね、えぇと……どういうこと?イヴさんは操られていただけ?んー?えぇ……イヴさんはガイア様とどういう関係なのよ……」

「マリーさん、落ち着いて下さい。あの神と私は何の関係もありません。私はただの被害者です、俗に言う神の悪戯ってやつです。それに巻き込まれたに過ぎません。あの神と関係があるのはリオンの方ですね。詳細は不明ですが、リオンに嫌がらせしたかったみたいですよ、ホント忌々しい」

「へ、へぇ……そう、嫌がらせを……んー?うぇっ⁉︎嫌がらせッ⁉︎一体リオンさんは創世神様に何をしてしまったんでしょう……。ハァ……まあ考えても埒が明かないので仕方ないですね。とりあえず事の顛末は把握しましたので、ある程度ボカした情報を渡せばサーシャさんも納得するでしょう。それでいいですか、イヴさん?」


仕事モードの口調が混ざるがそのうた普段の冷静さを取り戻したマリーが確認を取る為イヴを見ると驚きに目を見開く少女が視界に入る。


「ボカして伝えてしまっていいんですか?先程も言いましたが特に隠す内容ではないのでそのまま伝えて追及が来ないくらい納得させてもいいんですよ?さすがに、情報の隠蔽は不味いと思いますしマリーさんにこれ以上迷惑は掛けられませんよ」


 これ以上神との面倒事を嫌だと言葉の端々、態度、雰囲気、イヴの全身を使って醸し出していた。

最後にはマリーを気遣ういつものイヴの顔を覗かせた。


「そうね、分かったわ」


 その圧に若干気圧されながらも何とかそれだけを口にした。

面倒臭い話題が片付きイヴの雰囲気が弛緩したタイミングでマリーが、「そういえば」、と話を切り出す。


「今日、最近冒険者になった虎人族の方からリオンさんの事を聞かれたわ。遠出しているとだけ伝えたんだけど、イヴさん何か知ってる?もしかして知り合いだったのかしら?」


 知り合いの虎人族を思い浮かべると1人しか該当しなかった。

タイムリーだが今日再会した猫人族のミーヤ、犬人族のサバーカ、兎人族のクルスと同時期にリオンに助けられた奴隷の1人で冒険者をやっていると聞いたばかりだった。


「もしかしてその人の名前はコクウさんですか?リオンは彼の命の恩人なので所在を聞いてくるのも頷けますが、何か変な事でもありましたか?」

「イヴさんの言う通りコクウさんで間違い無いわ。ふふ、リオンさんは本当に不思議な人ね。別に変な事はないわよ、だから気にしないでいいからね」


 そんな事を言われると気になってしまうイヴだが、表向きは頷いておき、心のメモに忘れずに記載した。

再び弛緩した空気が流れ、マリーが手を口に当て欠伸をする。


「明日も早いしそろそろ寝ましょうか」

「そうですね」


 そんなやり取りをしてお互いの部屋に入って行った。

学院が始まるまで1週間もないが明日から修行を再始動しようと決め、眠りに落ちる少女がひとり。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 [王都の噂話2]



「ねえねえ、最近頻繁に噂されてる[黒い手]って知ってる?」

「なにそれ、知らないわね〜。何なのそれ?」

「今王都で度々目撃されてる話でね。ある時、突然何も無い空間からヒトの手が現れて人や物を攫っていくらしいのよ」

「なにそれ怖いわね。新しい奴隷売買なのかしら……。それともレイス系の魔物の仕業?」

「いやそれが今の段階だと何とも言えないのよね」

「えっ?どういうこと?」

「それがね、攫われる人の性別や年齢は無差別なんだけど、女性だけは殆ど無傷で解放されているらしいのよね」

「なによそれ、不思議な話ね。奴隷商なら若い女性なら尚更欲しがりそうなものなのにね。肉体労働者でも集めてるのかしらね。ここら辺の鉱山で新たな鉱脈でも見つかったのかしらね」

「それがまたそうとも言えないのよ〜。攫われたのは商人や農民もいるけど、大半が貴族らしいからね」

「もう余計に分からなくなるわね。でも嫌われ貴族が居なくなるのは大歓迎だわ〜」

「アハハ、言えてる〜」


新たな噂に花を咲かす若い女性達がお茶会をしていた。


「なあ、この前話した事覚えてるか?」

「ん?いつの話だ?」

「初心者用ダンジョンに出るレアモンスターの事だよ」

「あぁ、確か金色の狼と銀色の蛇だったな。ソイツ等がどうかしたか?」

「そうそうソイツ等だ!それがよ。以前はウーナのダンジョンにしか現れなかった奴等が今度はドゥーリオのダンジョンにまで現れたらしいんだよ」

「なにッ⁉︎お前、それは確かな情報か?」

「あぁ、間違い無い。運良く生き延びた冒険者から直接聞いた話だからな。どう思う?」

「……そうか。ダンジョン産の魔物は入り口の結界から外には出れねえから、ソイツ等は消去法で考えるなら外からダンジョンに居座ってる魔物って事になるな。いや、見た事はねえが複数存在していても不思議じゃねえな。ちなみにウーナではあれから目撃情報はあるか?」

「いや、無いな、というかそれ程日数が経っている訳じゃないからな。まだ分からないと言った方がいいかもな」

「この分じゃここ近隣の初心者用ダンジョンの最後のひとつもその内現れるかもしれねえな。だが被害が広がれば早々に国かギルドが対処に動くだろうな。おい、この噂を広範囲にばら撒け。多少の脚色はしてもいいだろ」

「あぁ、分かったよ」


 被害もそこまで出てないので初心者同士の噂話程度だったものがこの日を境に国の上層部やギルドにも知り渡る様になる。

だが、まだ所詮は噂話程度のレベルでしか無く、興味本位の中級冒険者が挑むくらいが精々で国の報告書では書類の底に埋もれる程度の内容だった。

そんな事よりも現在王国としては全力で紅蓮の竜人の捜索を行なっていた。


「ええい!まだ見つからんのか!方々の間者達の報告はどうなっている!」


文官が騒ぎながら部下達を睨み机を叩く。


「はい、魔法国家リンドブルムからは紅蓮の竜人の情報はございません。」

「ギリアム帝国からも同じく紅蓮の竜人の情報はございません。しかし、裏で何か動いている気配があるので追加の情報待ちでございます」

「ルスペランサ法王国からは再び間者との連絡が途絶えました。……またあの連中の仕業かと思われます」


 其々の部下からの報告を受けたが、特に進展が無い様子に顔を歪める。


「なぜだ!どうして見つからんのだ!やはり何処かの国の秘密兵器なのか……?いや、それだとあの程度の被害で忽然と消えたのは不自然だ……。何かを勘違いしておるのか。クソッ!!お前等、引き続き調査を続けろ!帝国と魔法国家は新しい情報を急げ!法王国は竜人とは関係無く監視を強化しておけ!」

「「「ハッ!」」」


 慌ただしく部下達が去っていき文官は椅子に乱暴に座ると冷え切ったお茶を飲み干すとひっそりため息を溢す。


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