第21話 孵化すれば壊れる卵

 リオンは風呂から上がるとそのまま部屋に直行した。

その部屋のベッドの上には既にイヴ達が居て、何故かソフィーまでもが寛いでいた。


「なんか用か?それとも俺が部屋間違えたか?」


 キョロキョロと周囲を見渡す仕草をするが勿論間違えてるとは思ってないので、あくまでフリだ。

すると、あわあわするソフィーを見兼ねてイヴがリオンの前に来てついでに抱き着くと説明し始める。


「さっきの冒険の話が面白かったらしくまた聞きたいみたいですよ」


 話終えるとリオンの腹に顔を突っ込み深呼吸を繰り返す変態を一瞥して処置不可能だと判断すると、ソフィーに視線を向ける。

視線が集中した彼女は恥ずかしいのかずっと俯いている。


「ふむ、貴族の娘ならもう少し堂々としていた方がいいんじゃねえか?まあ、それは俺が指摘しなくても分かる事か。……どうせある程度時間がきたら執事かメイドが迎えに来るだろ。それまでなら話してやるよ」


 リオンがイヴを持ち上げベッドに腰掛けると満面の笑みでソフィーがパタパタと近寄り先程の様にリオンの膝に乗り、ニコニコと上目遣いで話が開始されるのを待つ。


「あぁ……聖属性だこれ、チリチリする。まあこれくらいなら問題無いからいいか、とりあえずさっきの続きから話すか」


 ソフィーの純粋さに浄化されそうになるのを耐えながら冒険話をする。

そこまで冒険らしい冒険はしてきてはいないので将来的に何がしたいなどの妄想話を織り混ぜながら話していく。

そして話が区切り良いタイミングで案の定ドアがノックされたので入室を許可する。

しかし入ってきたのはサイラスでは無くエルフのメイドだった。


「ソフィーお嬢様、そろそろ自室にお戻り下さいませ」

「えぇ……もうちょっとだけ良いでしょう!まだリオン様のお話をお聞きしたいの!」


 案の定駄々を捏ねるソフィーにエルフメイドも強く言えないのか困惑気味にリオンを見る。

ため息を零しながらリオンはソフィーの頭を撫でる。


「明日また話せばいいだけだろうが。丁度区切り良いタイミングを見計らってメイドさんも来てくれたんだしな。それに夜更かしは美容の天敵だぞお嬢ちゃん」


 美容という単語に反応し、素直に納得した様でバッとリオンの膝から飛び降りメイドの後ろに隠れ頭を押さえる。


「わ、わかりました。本日はこれでお暇致します。続きはまた明日お願いします」


 エルフメイドが、あら〜、と生暖かい目線をリオンに向けるがリオンは首を傾げただけで良く分かっていない様子だ。

答えを聞く前にエルフメイドがソフィーを連れて部屋から出て行ってしまったので視線をイヴに向けるとドアを睨みながらブツブツ何かを呟いていたので耳を傾けてみた。


「また強敵が現れましたね……。でもリオンの事を一番理解してるのは私、大丈夫、大丈夫よ私、あんな幼女に私は負けない、大丈夫、大丈夫……」


 想像以上にヤバイ状態に陥っていたのでそっと視線をイヴから外し見なかったし聞かなかった事にした。

だが、どうしてもこれだけは叫ばずにはいられない。


(その幼女の胸部に惨敗してんだよ成人女性のお前がよ!!)


 顔は平静を装い心では絶叫という名の咆哮を上げると少しスッキリした。

あっ、咆哮スキルのレベル上がっちゃったよ。

心の咆哮に反応してか、オピスとルプがキャッキャとはしゃぎ出し、更にそれに反応してイヴが何故かリオンを見る。


「……今何か失礼な事考えませんでしたか?」

「いや別に……。そんな事よりそろそろイヴも寝ろよ。明日も修行はするからな?」


修行の話で急に顔色が悪くなってくる。


「王都に来てまで修行するんですかぁ⁉︎明日くらい休みにしましょうよ〜」

「ダメだな。明日は俺が相手じゃねえから気を抜いたら簡単に死ぬからな。今から覚悟は決めとけよ、相手は殺す気満々だからな、クハハハ」


笑いながら語るリオンをジト目で睨む。


「私に人は殺せません……。どんなに覚悟を決めても、人は殺めたくないんです」


そんな事を宣うイヴにリオンは眉根を寄せる。


「分からねえな、魔物は殺せても人は殺せない。形の問題か?だとしたらそれは愚者の思考だと言わざるを得ねえぞ?そもそも人は魔物と違って知恵が働き、遊びで他者を傷付け、拷問、強姦、生贄、凡ゆる残虐な事を行う蛮族だ。そして都合が悪くなると自ら命を絶ち逃げる脆弱で臆病な生き物でもある。明日来る奴等もそんな薄汚い連中だが、そんな奴等も殺さない、いや……殺せないと?俺はなにも産まれたての赤ん坊を始末しろって言ってる訳じゃねえぞ?」


 本当に理解出来ないのかイヴの目を覗くリオンの目は冷たい魔物の眼をしていた。


「以前リオンが言った通り外見で判断すれば、それは姿形になるんでしょうね。判断基準が人型というのは大きいのは事実ですし、今リオンが言った様な事を平然と行う人も居るでしょうね。上手くは言えませんが、殺めないのはそれだけが理由ではありませんよ……。私は、世の中の人達がそんな人だけでは無いと信じています!それに、人を殺めないと言っているだけで全く抵抗しないとは言ってませんからね。明日来る人達が悪い人なのであっても誰一人として殺めないで鎮圧してみせますよ!」

「その言葉は基本的にそれを実行出来るだけの知恵や力を持つ者、或いは今までそれが実際出来た運が良い者、後は学ばない無知な愚者だけだ。お前はどれにも当て嵌まらない………あぁいや、そうか……まあそれも有りか……ククク、まあいいだろう。お前の思考がどんなものであり俺は肯定しよう」


理解出来ねえけどな、と独り言ちると再びイヴを見つめる。


「明日はイヴが言う様に不殺を押し通せばいい、ただ、この館の誰かが死んだらそれはイヴ、お前の責任だと思って死ぬ気でやれよ?敵は不殺で無力化しても味方、護衛対象に死人が出たら本末転倒だからな。ちなみに分かってると思うが明日は俺の援護はねえからな?俺は俺で動く」


 普段は気弱な奴だが根本的には頑固な性格だから押し通すだろう、達成出来るかは分からんがな。

実際イヴの目は決意を固めている。


「分かりました!明日に備えて私はもう寝ます!おやすみなさい!」


 それだけ言うとベッドに潜り込んでしまう。

自分の部屋に戻れと言う前に寝息がするので呆れてしまうな。

それからイヴがもう少し深く寝るまで待つとリオン達は部屋を出る。

中庭に出て周囲を観察すると一定範囲内に包囲する様に人間が点在しているのを確認する。


「明日のメインディッシュの前の前菜と行こうか!クハハハ、さっきの発言からもしかしたら今回の件で孵るかもしれねえな。あぁ、楽しみだ!行くぞ、久々にツバサも出てこいよ。宴は人数が多い方が楽しいぞ!」

「うふふ、そうねぇ、最近運動不足だからちょっとは動こうかしら。でもいいの?全滅させたらより警戒されないかしら?そこまで干渉して計画通りにいくかしら?」

「それでいいんだよ。首謀者の1人は後がねえからな。がむしゃらに戦力を投入してくるだろうからな、雑魚しか用意出来ねえんなら雑魚少数より雑魚多数ってな。クハハハ、その中に歯応えがある奴が居ればより楽しめるってなもんよ。それに、アイツ等何か隠してる感じもするからなぁ、それを明日解放させればもっともっと楽しくなる!失望させてくれるなよゴミども!」


上機嫌に語るリオンに同調する様にツバサも妖艶に微笑む。


「ふふふ、それなら遠慮は要らないわね。それよりも、貴方のそんな楽しそうな表情を見れて私は嬉しいわぁ。ねぇ〜ルプ?」

「むぅぅぅ、わたしは楽しくない!リオンの色んな表情を引き出すのもそれを見るのもぜんぶぜんぶ!わたしの特権なのにぃぃ。誰にも渡さないの!そんな表情を向けられる奴等なんてみんな死んじゃえばいいの!コロス殺すコロス!」


1人飛び出すルプを見送るツバサがリオンを見る。


「ねえリオン、あの子最近暴走気味じゃないかしら?一体何があったの?」


話を振られるリオンだが首を傾げる。


「俺も知らねえよ。人化ばっかしてっから大罪の影響が出て来たのか?これが終わったら学院が始まるまで山籠りでもするか、一時的にルプを封印した方がいいかもなぁ。それよりこのままじゃ獲物を全部ルプに取られちまうから考えるのは後だ!俺等もそろそろ行くぞ!」


 返答を待たずに飛び出すリオンの後にオピスとツバサも続き前夜祭を開始する。

取りこぼし無く殲滅するのに然程時間は掛からなかった。

更に死体も跡形も無く処理を済ませるが、リオンはルプを見るとため息を零す。


「やるにしても、もう少し上手くやれよな……。全身血塗れでオピスが餌認定して齧り付いてるじゃねえか、わんぱく幼女かよ。今は軽く洗うから後は屋敷で風呂借りるかぁ」


 ルプの頭をガジガジしているオピスに保存している肉を与え、ルプは水魔法と風魔法の同時起動で洗濯機の様にくるくると洗う。

調子を取り戻しキャッキャとはしゃぎながら洗われていると食べ終わったオピスも興味を引かれ飛び込んで一緒にキャッキャ言いながら洗われる。

魔法を解くとビショビショの幼女達がリオンによじ登るので共にビショビショになる。


「はぁ、とりあえず戻るぞ。ツバサはどうする?俺の連れって言えば問題無いと思うが?」

「ん〜そうねぇ。それじゃお願いしようかしら、私もお風呂入りたいし」


 そんな話し合いをしながら屋敷に戻ると先程のエルフメイドを見つけ風呂を借りる事、ツバサが追加になった事を伝え別れる。

風呂場に着いた時も頑なにルプが離れようとしなかったのでそのまま全員で入った。

その際にルプを鑑定してみても特に変化は無く暴走原因の特定は出来なかった。

そのまま部屋へ戻り各々休む事にした。



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[畳牀架屋]


 リオンがオピスとルプに湯をかけられまくって辟易していた頃、困惑する2人の男がとある屋敷の一室で密談を交わしていた。


「アイツの屋敷を偵察していた者からの連絡が途絶えただとッ⁉︎どういう事だ!」


 でっぷりと肥えた男が怒鳴り散らすと対面に座っていたヒョロい男が冷や汗を流しながら困惑する。


「は、はい……現在調査に向かわせておりますが、定時連絡が途絶え交代要員として後方に待機させていた偵察員からの連絡もほぼ同時に途絶えた模様です……」

「なに⁉︎馬鹿な事を言うな!どれだけ金を注ぎ込んで雇った奴等だと思っている!!アイツの所にそんな戦力を持っていたなどという情報は聞いた事などないぞ!お前の情報が間違っていたという事か?」

「い、いえ、私の情報に間違いはございません。滞在中の今、アイツにそこまでの戦力はありません。増えたとしてもあのアイアン級冒険者のみですので、誤差にもならない程度かと……」

「なら何故連絡が途絶えた⁉︎………ふぅ、いやもう良い、詳細は後程報告させろ!それで、お前は今後どうするつもりだ?まさか逃げ帰る訳ではないな?」


 デブ男が少し冷静になり今後の予定をヒョロ男に問い掛ける。


「まさか!そんな事する筈ありません!と、とりあえずは人手の補充を最優先で行います。明日の計画の補填として私が所有しております奴隷を使います。奴隷の亜人共は捨て駒なので消されても問題ございませんし、それで足が付くこともございません」


 自信を滲ませ失態続きの現状を打開しようと必死に取り繕うヒョロ男に無言で睨むデブ男が、ポツリと口を開く。


「まあ良い、それはそうとアレの準備は済ませているのか?」

「ハッ!勿論でございます。しかし先日の試作品を更に改良した物を奴隷に投与しましたが、未だに原料の量産化には至っておりませんので用意した奴隷20人の内5人分しか間に合いませんでした」

「試作品段階で既に1人で街に甚大な被害が可能な能力値だという話ではないか。であれば、今回に関してはアイツを確実に抹殺するのに5人も居れば問題無いだろう。減った人員に関しては此方からも補充してやろう。少し誤算があったが、計画の誤差は微々たるものだ。明日を楽しみにしているぞ。話は終わりだ、今日はもう下がっていいぞ」


 ぐふふ、下卑た顔で笑うデブ男を前にヒョロ男が恭しく一礼しその場を後にする。

部屋に残されたデブ男は上物の酒を一気に呷りグフグフと汚い笑い声を漏らす。


「あと少しだ!あと少しでワシの野望の土台が完成するぞ。ぐふふ、あやつもせいぜいワシの為に踊るがいい。道化は道化らしく最後まで有効活用してやろう」


 計画の成功を確信しているデブ男は上機嫌に再び酒を呷り自らの栄光を夢見ながら酒気を撒き散らす。



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 今日は朝から屋敷内での宴の準備で慌しく使用人達が奔走していたので、邪魔にならない様にとイヴの修行を理由にギルドに来ていた。


「折角ゴールドになったんだからそれなりの依頼でも受けるかぁ。いつまでも雑魚魔物だとイヴも強くなんねえし、俺が暇過ぎて死んじゃうからな〜クハハ」


 そんな事を言いながら依頼書を物色し始めるリオンを横目にイヴが深々と被ったフードの奥からため息を吐く。


「弱い魔物云々の前にリオンに殆ど痛め付けられてるんですけど……」


勿論そんな戯言はリオンはスルーする。


「それにしてもまともな依頼がねえな。オークやオーガなんかの雑魚魔物しかねえなぁ。ゴールドって言ってもアイアン級と然程変わらねえのな」


 やる気が急降下中のリオンにイヴが服を引っ張り意識を自分に向けさせる。


「だからリオン基準で物事を測らないで下さいよ。普通に通常種のオークとかオーガはシルバーやゴールド級冒険者くらいの脅威度ですからね。上位種はゴールド級のパーティ以上ですし、稀に特殊個体なんかも居ますからね。これに関してはミスリル級パーティでも全滅するくらいには高難易度ですからね」


 話を殆ど聞き流していたリオンだが特殊個体の話しに興味を持ち、詳細を聞くと今居る依頼ボード以外にも特殊個体や亜種などの通常枠とは別枠のみ掲載するボード、手配書があるとの事なので早速そっちに移動すると何故が既にオピスとルプが居て、ぴょんぴょん飛び跳ね、なんとか手に取れた紙を持ちながらリオン達の所に走ってくる。


「リオンリオン!これ受けようよ〜。すっごく美味しそう〜!お腹空いてきたよ〜」


 オピスから渡された紙を見てみると[ワイバーン亜種討伐依頼]と記載されていた。

他にはワイバーン亜種と思われる絵が描かれており、全身青色でトカゲ顔の翼竜、尻尾の先端は針になっていた。

少し興味が出てきたリオンは詳細情報を確認する為、手配書を持ち受付に向かう。


「これの詳細を知りたい」


 紙を出し端的に要件を伝えると受付嬢が営業スマイルで対応しようとして紙を見た瞬間に僅かに硬直し、復活するまで数秒を要した。


「こ、これをお受けになるんですか……?失礼ですが、冒険者カードを拝見してもよろしいですか?」


 20代くらいの人族受付嬢に冒険者カードを渡すと渋い顔をしながらリオンに視線を向ける。


「リオンさん、この依頼書はミスリル級以上、それも複数パーティ用なんですよ。今のリオンさんのランクでは受理出来ないんです」


 申し訳なさそうに伝えてくる受付嬢にリオンは、「気にするな」、と伝え、その後に続くリオンの言葉に受付嬢は目を見開いた。


「受理出来ないのは理解したし問題ねえ。それで?詳細は?」

「はっ?えっ?い、いまの話聞いてましたか?」

「あん?そこまでボケてねえよ。話は聞いた、それで?受理出来ない事と詳細を教えられない事とどう結び付く?お前こそ俺の話を聞いてんのか?」


 対応の悪さだと思い込むリオンは徐々に語気を強めるが横からの軽い衝撃に視線を受付嬢から衝突ブツに移す。


「ねえリオン、その人が言ってる事は間違ってないなぁと私は思うんだけど?今のリオンのランクじゃ受けられないんだから詳細聞いても意味ないんじゃないの?そりゃあリオンなら簡単に倒しちゃうんだろうけどさ……」


 イヴがリオンの非常識さを正そうとするが、いち早く反応したのは受付嬢だった。


「このワイバーン亜種が、簡単に、倒せる、ですって?ね、ねぇお嬢ちゃん、流石にそれは無いとお姉ちゃん思うなぁ。この亜種はね、今まで何組も挑んで倒せずにいるとっても凶暴な魔物なのよ?」


 それを聞いたイヴの顔は目深に被ったフードで見えないがとても焦っている雰囲気を感じ取り、受付嬢はしてやったりとほくそ笑むがそれは見当違いであるとイヴの行動で直ぐに気付かされる。


「リ、リオン⁉︎絶対嫌ですよ⁉︎そんな場所なんて行かないですからね!行きたいなら1人で、びにゃッ!」


 イヴの脳天に手刀が突き刺さり悶絶している間に面倒臭い会話を終わらせる。


「お前等こそ人様の話をしっかり聞け!ランクが足りず受けられねえのと内容を聞く事の間に因果関係はねえ!だが……そうか、クハハハハハ!面白えなあ、そんな面白え話を聞いちまったんなら尚更退けねえし、早く会いてえなあ。おい、早く情報を寄越せ!」


 目線を合わした刹那、受付嬢の瞳に紫色の靄が吸い込まれる。

特に変わった様子が無い受付嬢だが、リオンが「詳細は?」、と聞くとスラスラと口が開く。

数分で話を終わらせ未だ悶絶しているイヴを担ぐと早速ワイバーン亜種に会いに行く事にした。

件の魔物は西に徒歩半日程行った所にあるモレス山を根城にしており亜種を筆頭に通常種もかなりの数が存在しているらしい。

モレス山は王国所有の鉱山だったが数十年前に鉱物が取り尽くされた事により放棄され、人の気配と臭いが薄れ始めた今はワイバーンが住み着き、周辺地域では亜竜山とも呼ばれ余程の馬鹿か命知らず以外は近付かない地となっている。

通常種のワイバーンはシルバーやゴールド級でもある程度は対処可能らしいが現在モレス山には100匹を超える数が確認されており王国も頭を悩ませているとか。

それに追い討ちを掛ける様に数年前から亜種の姿が確認された事で王国は重い腰を上げ討伐隊を結成し殲滅に向かったが、結果は返り討ちに合い討伐隊の殆どを失う事になったとのこと。

それ以降幾度か冒険者達も返り討ちに合った事で今では塩漬け依頼と化してしまった。

そんな興味の無い話を聞かされたリオンはモレス山の麓に到着した。


「もう諦めろイヴ。雑魚ワイバーンをしっかり仕留めてこい。人型じゃなきゃ殺せんだろうが」


 既に人化を解きキマイラの姿で歩くリオンと頭に乗っかり不貞腐れるイヴ。

ワイバーンの縄張りに入ったらしく空からはバサバサと翼を動かす音が大量に聞こえる。


「王都を出る前から諦めてますよ、もう!あんな沢山相手に出来る訳ないじゃないですかぁぁ!」


 先程まで晴れていた空は今や黒々と雷雲の様に空をワイバーンが埋め尽くしている。

優に100匹を超えるワイバーンが敵意剥き出しに下降を始める。


「バカか、何もイヴに全部やるとは言ってねえよ。おい、ロン、今回はお前も一緒にやるか?ずっとイライラしてるだけだと暇だろ」


 右を向き問い掛けると肩口から真紅のドラゴンが威嚇しながら口から炎を垂れ流す。


「テメェ、ずッと奥に押シ込めやがって!先ズはテメェからコロスぞ!」

「クハハハ、相変わらずだなお前。空のゴミを片付けたら褒美に次はお前を殺してやるよ。まあそれまで生きてたらな」


 リオンの安い挑発にロンの頭が更に灼熱色に染まり発光し始めるが、狙いは既にワイバーンに移っていた。


「グルルルルル、そのコトバ覚えテオケよ!邪魔ナ蝿ダ、死ネ!!」


 ロンの口からブレスと言うよりレールガンの様な音速の熱線がワイバーンの群れの貫き、半数を一瞬で蒸発させてしまった。


「おいおい、イヴと俺等の分が無くなるだろうがバカが!空気読め駄竜が!一旦アイツ等を落とすぞ!」


 リオンの重力魔法で空を覆っていた黒雲が悲鳴を上げながら次々と落下してくる。

落下の衝撃を味あう暇も無く次に風魔法で左右前後に数を調整する為区分けされていく。


「イヴはあっちにやったワイバーンを殺せ!翼もある程度切り刻んだから当分飛べねえから楽勝だろうよ。俺はまだ空にいるアイツをやる」


 視線を上げると未だ悠々と飛ぶ空の青と同化しそうな程澄み渡る青色をしたワイバーン亜種がリオンを睨んでいた。

イヴの返答を待たずに走り出し、そこら辺に転がっているワイバーンをリオンの両爪で引き裂きロンの熱線が蒸発させ、ルプが放つ風の刃が細切れに、ツバサの闇槍が串刺しを量産しオピスがフードファイターの如き見事な早食いを披露しながら直進する。

戦闘の割に断末魔を叫ぶ暇すら無いので破壊音だけが周囲に響く中、漸くイヴも行動を開始する。


「これ絶対私一人で戦うの間違ってますよぉぉ!」


 喚きながらも渋々リオンが他の群れから切り離したワイバーン10体の前に辿り着く。

全個体がリオンの言った通り片翼を失っていたり、穴だらけになっていたりと飛行不可能な状態だったがその分怒りもまた怒髪天を衝く勢いで、近付いたイヴを敵と認定して一斉に向かってくる。


「もうぉぉぉ!リオンのせいなのに!もう、もう!いいてすよ、やってやりますよ!やればいいんでしょう!」


 相手が負傷しているとは言え、真っ向から対峙して勝てる相手ではないと理解しているイヴは得意の土魔法で遠距離から攻撃して数を減らす作戦を決行する。

気配察知でイヴの状況を確認し、問題無いと判断したリオンは通常種を殲滅し終わり上空のワイバーン亜種と対峙する。

仲間がやられている間も参戦する事無く待機していた事を訝しく思ったリオンは早速鑑定する事にした。


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種族名:ワイバーン[亜種]

[Lv.62]

[猛毒Lv.8]→牙、爪、尾針から分泌

[猛毒無効]

[火魔法Lv.6]

[風魔法Lv.5]

[土魔法Lv.5]

[竜力Lv.6]→竜固有スキル。攻撃補正

[竜鱗Lv.4]→竜固有スキル。防御補正

[竜の心臓]→竜固有スキル。魔力変換

[咆哮Lv.4]

[魔力操作Lv.5]

[魔力制御Lv.4]

称号

[亜竜の王]→亜竜の頂点に認められた者。身体能力補正。

[屍ノ上ニ立ツ者]→仲間の死により攻撃補正。数を増す毎に補正値上昇。


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「強欲の大罪男と同じくらいの強さかなぁ。腐っても竜って事か……通常種に援護しなかったのも称号の補正値目的か。知恵は無さそうだから本能で数の利を捨てて個に集約したらしいが、さてどんなもんかな」


 観察を続けていると焦れたのか準備が出来たのか口を開き炎のブレスを吐きながらリオンに直進する。


「ギャアアァァァァアアア!」


 広範囲の炎を攻撃と目眩しに使用し、ワンテンポタイミングをズラして本命である風の刃をリオンの左右を挟み込む様に撃ち出した。


「ふむ。確かに今までの力任せの魔物共と比較すると戦術らしい手段が可能らしいな。威力も申し分無いな、ミスリル級でもまともに受ければ全滅するのも頷ける、だってアイツ等雑魚だからな。だが、それでもまだまだ足りねえ!」


 左右から迫る風の刃を前進する事で相殺させ、そのままリオンは炎の中を突き抜けると炎の中から現れたリオンにワイバーン亜種は驚愕の表情を浮かべ一瞬固まってしまう。

その隙を逃さずリオンの右前脚を振り下ろしワイバーン亜種を地面に叩き落とす。

下から轟音が鳴り響き遠目から下を見ると放射状の亀裂が走り中心部の陥没した場所に片翼が千切れたワイバーン亜種がうつ伏せで沈黙している。


「ハァ、結局この程度か。レベルやスキル値が高くて、いかに身体能力が高くても知能が低いと力任せと変わんねえな。その点弱くても、いや弱いからこそ悪知恵が働く人間の方が楽しめるんだ、いやいやしかし、そもそもが弱えんだよな。兼ね備えた奴はいねえもんかな」


 ガッカリと意気消沈しながら考え事をしていると頭をガジガジ噛まれている事に気付く。


「オピス、俺の頭をヨダレ塗れにしないでくれるか?」


 グイッと引き剥がしヨダレを横のロンに擦り付け背後を振り返る。


「ねえリオン、もうあの青い竜も食べていい?わたし、お腹空いてきたよ〜。我慢は〜身体に悪いんだってマリーちゃんも言ってたよ〜」


 ヨダレ塗れ仲間の怒り狂ったロンを押さえ込みながら、既に50匹弱の通常種を食べてた幼女がお腹空いたとか宣ってる。

リオンは敵を甚振る趣味は無いので早々に終わらせる為に早速下に降りた。

その際ロンが煩いので丁重にグイグイと前脚で押し込みお帰り頂いた。

消える間際に、「ち、チョッ、テメ、」、と何か言いかけていたが勿論無視。

ワイバーン亜種は未だ沈黙しているが生きているのは確認済みだし更に体内魔力がどんどん活性化しているので何かするだろうと考えながら近付くとカッっと目を見開き、バッと後方に飛び退き再び口を開く。


「ん〜?学ばねえ奴だな、またさっきのブレスかぁ?あん?いやこれは……ん?んッ⁉︎あっ、ヤバッーー!」


 ワイバーン亜種の全身から白煙が上がり始め、それは自らの命を燃やし魔力に変換する固有スキル[竜の心臓]の効果で、口に収束した魔力が放電現象を呼びバチバチと音を立てながら限界まで達し、先程の炎とは桁違いの熱量を持った熱線が音速を超えリオンに直撃し周囲に光と爆音の嵐が吹き荒れる。

地面の土が吹き上がり一帯の視界を遮る。

地面は抉れ、組成分の金属は溶け出し珪砂などと混合され光沢感のある塗装がされた。


「クハハハハハ!命を賭した攻撃、実に素晴らしい!おい、イヴ生きてるか?」


 土煙が沈下し視界が晴れたそこには身体から煙を上げるリオンとそのすぐ後ろで光の障壁に囲まれ蹲るイヴ。


「ビ、ビックリしました……でもリオンのお陰で生きてます……」

「そうか、良くやったな。でも今はアイツにお礼する所だ、もっと退がれ!」


 語気を強めるとイヴが素直に退がり、それを確認するとリオンの魔力が膨張と収束を繰り返す。


「退屈の中でも楽しかった!敬意を表し手加減はしねえから最後は痛みなく葬るとしよう」


 リオンの周囲、何も無い空間から闇が虫食いの様に蝕み始め、中から漆黒の深淵槍が100本射出する。

変則的な挙動でワイバーン亜種を一瞬で呑み込み、それに留まらず後方にある山を抉りながら前進して、山を越えた辺りで魔法の維持が出来なくなり霧散する。

その光景を眺めていたイヴがリオンの前に仁王立ちする。


「やり過ぎですよ!山を吹き飛ばすなんて!」

「そうだよリオン〜。なんで青い子まで消しちゃうの〜?食べたかったのに〜バカァァ!」


 イヴとオピス、前と後から非難されるがとりあえず無視して現状を確認する。

リオンの放った、闇魔法を更に濃密に圧縮した固有の深淵魔法がワイバーン亜種諸共モレス山の山腹から半分程消滅していた。

最初の1、2本でワイバーン亜種は消滅していたので完全なオーバーキルだった。

更に感情に任せ消滅させたが今思うと強奪したかったなと思うリオンだったのだがそれでも清々しい気分だったので直ぐに忘れる事にした。


「クハハハ!はぁ〜満足したし帰るぞ」


 ノシノシと歩くリオンのケツを齧る白蛇や足元でギャーギャー喚く絶壁少女を継続無視しながらポイッと背中に絶壁少女を乗っけると隠蔽をしながら屋敷までひとっ飛び。

屋敷の裏庭に降り立ち人化をして屋敷内に入ると未だに忙しそうにしている使用人達を横目に見ながら与えられた部屋で夜まで時間を潰す事にした。

オピスが空腹を満たす為に厨房に突撃しに行ったり、ソフィーが部屋に突撃してきて冒険譚を聞かせろとせがんだり、ルプがずっと引っ付いていたり、イヴが対抗して同じく引っ付いていたりと夜までの間に疲れるイベントが多々あったが、待ちに待った夜のイベントに気分を持っていかれていたので苦も無く身体を休める事が出来た。

空はすっかり夜の帳が下り、街の至る所で街灯の柔らかい光が辺りを照らし出していた。

そんな様子を眺めているとドアがノックされ、入室許可を出すと執事のサイラスが準備が出来た旨を伝え、案内役も兼ねているという事で早速大広間に案内される。


「随分待たせてしまったが、やっとリオン君達を歓迎する準備が整ったよ。さぁ、みなさんこちらへどうぞ」


 部屋に入ってすぐ声を掛けてきたエドガーの側に行くと貴族らしい長方形の長テーブルに所狭しと料理が並べられており周囲には使用人がリオン達の倍の人数待機していた。

リオン達は指定された席に着く。

中央にリオンが座り、左隣にルプ、その隣にオピスが座り、右隣にイヴ、その隣にツバサが座った。

対面にはエドガー、両隣にアレクシアとソフィーが席に着く。

全員分の飲み物が配られるとエドガーが立ち上がり乾杯の挨拶をする。


「この度は私どもの命の恩人である、リオン君達に感謝し今後も1人の友人として良き関係を築いていきたいと思う。ウチ自慢のシェフの料理を是非楽しんでくれ、では乾杯!」

「「「「乾杯ー!!」」」」


 宴が始まり、オピスがいつも通り一心不乱に食べ始め使用人のメイド達が大忙しで料理を取り分けている。

メイドの殆どがオピスの料理取り分け専用と化していたが、オピスの見た目なのかメイド達の仕事魂なのか皆一様に笑顔で事に当たっていたのでリオンも全てを任せる事にした。

決して面倒臭くなった訳ではないとだけ言っておこう。

そんな穏やかな時間も嫌いでは無いが、気配を探ると屋敷の周囲の陣形が徐々に完成してきたのを察知したリオンは視線をエドガーに移すと、彼も事前に情報を共有していたので状況を察知してサイラスに耳打ちすると彼は一礼して部屋を後にした。


(そろそろかぁ、どれどれ。ん〜?コイツ等は……へぇ、クハハハハハ!面白い、あの失敗作はコイツ等の作品だったのかぁ。少しは改良したんだろうな、隠し事はコレだったのか。ククク、楽しくなりそうだ。だが、今のイヴじゃ簡単に死ぬなぁ、まあそん時はそん時だな。宣言からの初対人戦闘がハードモード……だが絶望はしねえだろうな。あぁぁぁ、成長が楽しみだ)

「リオン……そんな邪悪な笑顔を浮かべないで下さいよ」


 ほくそ笑んでいた所をイヴに注意されたが、高揚した気分は鎮まる事なく際限なく高まっていくとそれを察知したエドガーがこの場を一旦締める。


「さぁ、そろそろお開きにしようか。アレクシア、ソフィーを部屋に連れて行ってくれるかい?」


 意外と長時間飲み食いしていたらしくソフィーがウトウトし始めていた。

そんな彼女をアレクシアは優しく抱いて部屋を後にする、後ろ姿の彼女達はパチンという音と同時に魔法的な光の障壁に包まれていた。


「リオン君ありがとう、そしてすまない。私の政敵とのいざこざに巻き込んでしまって……」


 エドガーが頭を下げながら謝罪するとイヴが驚愕し、あわあわし始める。


「気にすんなよ。基本的に人族は嫌いだが、お前みたいな人族もいるから面白いよな。だからこそ今回は此方の味方をするだけだ。相手も面白い玩具を連れて来たみたいだから非常に楽しみだ。それじゃ早速行くか、イヴ!」


 イヴの首根っこを掴みながら部屋を出ようとすると右隣にはルプ、左隣にはツバサが居たがオピスが居ない事に気付き振り返ると未だに料理をパクついていた。

イヴを掴んでいる逆の手で泣き叫ぶオピスを確保し、イベントを開始する。

裏庭に出るとすでに使用人と襲撃者が争っていた。

現在使用人達が劣勢だったのでイヴをポイと放り投げる。


「ほら行け。昨日俺に語った様に不殺を貫くなら早く行った方が良いぞ。そうそう、ちなみに今回襲撃者には亜人の奴隷が20人くらいいるぞ」

「えッ⁉︎何ですかそれ!……リオン、助けてあげられませんか?」

「クハハハ!それはイヴ、お前次第だな。不殺なんだから当然ソイツ等も殺さずに鎮圧するんだろ?生きてんなら解呪は褒美としてやってやるよ。俺は別に誰が死のうが関係ねえし興味もねぇ。何なら全員殺してもいいと思ってるからな」


 分かり易いくらいに顔を輝かせ、都合の悪い部分はスルーして「約束ですからね!」、と叫びながら突撃していく。

イヴの気配が遠ざかったのを確認したリオンは周りの3人の視線に目を向けた。


「本当に助けるつもりなの〜?ご飯が減るのはイヤなんだけどなぁ〜」

「リオンに助けてもらうなんて羨ましいよ〜。わたしの事も助けてよ〜、全員殺すからさぁ〜」

「イケメンの獣人なら私が手ずから解呪してあげるから貴方は手出しはダメよ?」


 三者三様の意見が出揃った所でリオンは笑いながら今後の展開を説明するとこれまた三者三様の反応が出たが、とりあえず無視して戦況を確認するとイヴは順調に不殺を貫いている。


「ここまで混戦すりゃ指揮官のヒョロ男君には退場してもらっても問題無いか。もう1匹は後日色々聞いた上で面白そうなら夢の手助けも楽しそうだな」


 ここから数キロ離れた屋敷を拠点に指示を出しているゴミの掃除を決め、リオン達は隠蔽しながら早速走り出す。

一瞬で屋敷に到着し、そのまま皆殺しする為に行動に移す。

ここで無駄な時間を掛けたくなかったので敵と見做したモノは声を出す暇も無く一撃で命を刈り取っていく。

全身が潰れたモノ、内部爆発を起こし飛び散ったモノ、全身輪切りにされたモノ、細切れになったモノ、ドロドロに溶かされたモノ、人型の炭になったモノ、漆黒の槍が身体に貫通したモノ、頭だけ失ったモノ、全身を齧られたモノ、全身が歪に捻じ曲がったモノ、様々なオブジェが100を超えた辺りで屋敷から人の気配が完全に消えた。

ツバサ、オピス、ルプ、オマケにロンが暴れている間にリオンはヒョロ男君から魔人化の実験内容諸々のデータ、金銀財宝を強奪してホクホク顔でみんなと合流した。


「いやいや楽しかったね〜。さあて、戻るぞ〜。ん〜?あぁ、イヴは流石にそろそろ限界みたいだな。頑張ったみたいだがやっぱ力不足って所か……結局他力本願の有言不実行か、でもまあ……」


 人族の襲撃者はここに来るまでに殆ど殺したので撤退したが奴隷は使い捨てらしく撤退を許されてないみたいだな。

イヴがそんな亜人奴隷集団に立ち向かっている最中だが、上手くいっていない。

そんな事を考えながら移動しているとエドガーの屋敷から大分離れた場所でイヴが亜人全員を繋ぎ止めていた。

制圧は無理でもここまで立ち回れる事にイヴの成長を感じ少し感慨深く思ってしまった。


「だがこのままじゃ何も起きない可能性が高いから俺が最後の鍵を無理矢理こじ開けてやろう!」


 クハハハと笑いながら現在戦闘中の中心に着地し、その際に亜人奴隷全員に重力魔法を使用し這い蹲らせる。


「今のお前じゃコイツ等は不殺で鎮圧は無理だし、このままやっても意味はねえ。こっからは俺がやる!お前等も邪魔だ!散れゴミが!」


 ここでリオンが20人居た亜人奴隷の内5人を残し、他の15人を全員解呪しながら邪魔なので一箇所にまとめて遠くに飛ばした。


「リ、リオンッ⁉︎何でこの5人の人達を残したんですか……?」

「コイツ等はヒャッハー君と同じ様に魔物の因子を体内に埋め込んであるから殺す以外の選択肢はねえ、諦めろ」


 リオンの言葉に呼応したかの様に5人の亜人達は急に苦しみだし、バキバキと変化を始める。

全員の絶叫がこだまし変化が続く。

変化が終わった姿は既に先程の亜人の影も無く真っ赤に充血した眼に頭に一対の捻れたツノ、背には一対の黒翼、臀部からは鱗に覆われた尻尾が生えており、一見竜人にも見えるが内包する魔力などは人外の如き禍々しいモノだった。

とりあえず鑑定っと。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



[アクト]種族:魔族(牛人族)

[Lv.40]ジョブ:拳闘士 状態異常:無し

[拳術Lv.6]

[身体強化Lv.5]

[怪力Lv.6]

[鉄壁Lv.4]

[狂戦士化]→身体強化補正。意識混濁。

[獣戦士化]→獣の血を解放。身体強化補正。

[魔人化]

称号

[人魔併呑]→人に魔を取り入れ身体能力を飛躍的に向上させる。しかし人の身では徐々に魔に侵食され衰弱していくが、薬物投入で衰弱を感じなくなった分急速に寿命を削る。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「安易な改造って感じだな。使い捨てなら問題無いが兵士化には課題山積みって感じか。だが他の奴等と連携を取るなら楽しめるな」


 他の魔族も同じ様なスキルやレベルだが元がエルフなら魔法が使えたり、獣人なら身体強化系が発達していたりとパーティ編成としはなかなか面白い。

それに元冒険者の奴隷なのかスキルレベルが高くより楽しめる場となっていた。

5人がリオンを敵と判断したらしく、ジリジリと距離を詰めてくる。


「お前等は離れてろ!俺一人でやる!」


 それを合図に戦況が一気に動く。

ツバサ達は後方に飛び退き、リオンは魔族に歩いていき、左右から拳闘士の男の元牛人魔族と双剣を持った魔族が飛びかかって来た。

微妙にタイミングをズラし先ずは拳闘牛魔族が左側から速攻で右ストレートから流れる様に右ハイキックが飛んでくるが、右ストレートは左の甲で弾き右ハイキックには前に屈んで躱してその反動を利用し1回転してカウンターの後ろ回し蹴りを拳闘牛魔族の脇腹に突き刺し吹っ飛ばす。

その間隙を抜いて右側から双剣を振り下ろすが、リオンに当たる直前で光の障壁に阻まれる。

ピキッと障壁に亀裂が走り、双剣魔族が気にせず追撃の連撃に亀裂が広がっていく。

リオンはそのまま後方に下がろうとして、急遽進路変更し左側に強引に飛んだ。

その瞬間リオンが退がる予定だった後方では轟音が鳴り響き、爆風の衝撃がリオンの背中を叩き付ける。

視線を奥に向けると魔法を行使したと思われる元女エルフの魔族が次の魔法の為に魔力を練っていた。

鑑定で確認したが火水風土魔法を持っておりレベル3だったが、今の威力は明らかにイヴの魔法を超えていた。

前々から思っていたが、人と魔物の魔法は根本的な相違点があるのかもしれない。

そんな事を考えていると突然目の前に拳闘牛魔族が現れアッパーを顎にまともに受けた。

衝撃で浮き上がったリオンに追撃しようと一歩踏み込んだ瞬間拳闘牛魔族が串刺しになる。

生命力が高いせいか呻きながら痙攣を繰り返すが、闇槍が樹木の様に枝分かれして見事なオブジェが出来上がる頃には鼓動の停止に合わせ噴出する血も治まり拳闘牛魔族は息絶えた。

先ずは1匹と思っていると拳闘牛魔族の身体が突如光りだした。

光はすぐに収まったが、その後の光景に後方から悲鳴が漏れた。

先程までの醜い魔族の姿から元の牛人族の男に戻っていた。


(へぇ〜ヒャッハーの時は魔族のままで元には戻らなかったが、改良した影響か?まあ何匹か回収して爺にやれば暫く静かになるし何か解析出来るかもしれねえな)


 とりあえずと拳闘牛魔族を回収すると、空から絨毯爆撃の如く火魔法が降ってくる。

隙間を見極め迫る火球を避けながら元凶を確認すると、先程の女エルフの魔法魔族とは別にもう1人の魔族、鑑定すると狼人族の女魔族だった。

獣人は魔法系が不得意と思っていたが、火魔法のみだがレベル6とエルフより高めなので現状の攻撃が可能なのだなと思っていると爆撃を縫う様に迫る影を2つ確認してリオンも攻勢に出た。

1人は双剣猫魔族、元猫人族の男で残りの1人は普通は遠距離から使用する筈の長弓を構え火球を避ける弓兎魔族、元兎人族の男。

元冒険者は確定だと思う程奴隷達は高スキルレベルや見事な連携をしている。

遠距離からは魔法で体勢を崩す下級魔法や止めの上級魔法まで幅広い戦術。

更に魔族になった事で空気中から魔素を吸収し魔力に変換しているので余程の事が無い限り魔力切れも期待できない。

中距離は長弓を持つ弓兎魔族、対象の距離も近くなり体感速度も増して厄介な存在。

近距離は双剣猫魔族、奇襲が得意な暗殺者タイプなので常に死角を狙い連携がハマって実力を何倍にも跳ね上げている。


「クハハハハ!やっぱり連携は実力を何倍にも何十倍にも飛躍してくれるな。まあそれだけ長い年月積み上げた技術なんだとしたら納得だな。お前等もその身体能力があるが故のその結果なんだろうな。ワイバーン亜種をオードブルにしたのが良かったのかメインディッシュは楽しいな〜。だが、こんなんじゃ全然足りねえよ。思考力が残ってないからここがお前等の限界なんだろうな。ハァ〜楽しかった時間はあっという間だが、そろそろお別れの時間だな」


 魔力を練り上げ空からの爆撃に闇球の雨が登っていき全てを飲み込み無力化する。

直後リオンの前に現れた双剣猫魔族の刺突が突き刺さる。

ニヤリと笑う双剣猫魔族だが、直ぐにハッとし周囲を警戒する。

目の前の突き刺した筈のリオンが蜃気楼の様にブレて消えたのだ。

双剣猫魔族が振り向いた時には遠くにいた魔法女エルフ魔族と魔法女狼魔族2人の心臓をリオンが握り潰していた。

糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ち、元の姿に戻る2人を放置し弓兎魔族目掛けて飛び出すとそれに合わせる様に弓矢が流星の如く向かってくる。

普通の弓に付与魔法で強化された弓矢や、魔法矢など多種多様な矢が緩急織り交ぜ放たれ細かい傷を付けていくリオンはそれすら些事だと無視し、口の端を吊り上げ最後の戦闘を楽しむ。

瞬く間に距離を詰めたリオンに弓兎魔族は瞬時に弓を射るのを止め、弓の上関板と下関板付近に装着された刃で斬りかかってくる。

その判断力に更にご機嫌になるリオンは右手の人化を解き、無造作に振り下ろし相手の攻撃が届く前に弓諸共弓兎魔族を細切れにした。

そのまま背後に闇槍を4発放つと肉が潰れる音がする。

振り返るとそこには四肢を闇槍で潰された双剣猫魔族が顔は歪めているが痛みを感じてないのかグチャグチャと音を立てながら張り付けから抜け出そうともがいていた。


「ふむ。知能があり、バランスの良いパーティを組み見事な連携が出来た時、魔族の価値は高まるがそれに比例するくらい倫理的に反発もある、か…まあそんなの俺の知ったこっちゃねえし強欲な人間も他人なんてクソ程も気にしねえだろうな。それじゃさいな『リオォォォォン!!!もうヤメてえぇぇぇぇぇ!!!』ら……?」


……グチャ、ジュ、ジュ、ビシャ、ビチャ、ジュゥゥゥゥゥ……


周囲から一切の音が消失し、ポタポタと液体の零れ落ち地面が溶ける音だけが響く。


「………あ、あぁ、そういう、事か。あのクソ女神、やっぱ俺のモノに手出してやがったか……。ク、クハ、ハ、ハハ……ごぼッ」

「……あ、れ?り、おん?あれ?えっ?わ、わたし、いま、何して……ッッ⁉︎えッ⁉︎う、う、そ、うそうそうそうそうそ、うそ……そ、そん、な、リオン、ご、ごめん、なさい!ナニこれ、い、や、いや、みぎ、手が、勝てに、やめ、やめて!イヤ、いや、いやイヤイヤァァァァァ![バン]あっ……あぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 リオンの腹部に風穴を開けたイヴの右手が光を放ちながら明滅している。

その光量が徐々に増していき限界を超えた瞬間、破裂した。

内部破裂した事によりリオンの上半身と下半身が千切れ飛び、飛び散った血が周囲一帯を溶かし始める。

その光景を目の当たりにしたイヴがその場に崩れ落ち泣きじゃくる。

だが次の瞬間にはイヴの全身を呼吸も忘れてしまう程の殺気が降り注ぎ、バキィィィィン、と光の障壁が削られる音が響きイヴは目の前の元凶に視線を向けると息を呑む。


「なんでなのッ⁉︎なんで、ナンデなんでナンデなんで!!!なんでまだコイツを庇うのリオン!!!ユルサナイ!ゆるさない!!許さない!!!コロスコロスコロスコロスコロス!!!リオンを愛すのも愛されるのも殺すのも殺されるのも全部!全部わたしが一番じゃなきゃイヤ!いやいやいやいやいやいや!!」


 殺す勢いで攻撃を仕掛けたものの未だイヴを守る為に発動中だった光の障壁に阻まれた事で呪詛をばら撒き嫉妬に狂うルプが喚くと周辺に濃密な殺気が展開される。


「あれ?でもリオンはまだ生きてる?それなら止めはわたしが独り占めできる?いやするの!リオンー!わたしと一緒に死のう!」


 暴走するルプが情緒不安定気味に嫉妬に狂いながら表情を抜け落とすと対象をイヴからリオンに移すし、更には満面の笑顔になった。

そのまま笑顔でリオンに止めをさす為に飛び出すが直前に頭上から重力魔法が掛かりルプは地面に縫い付けられる。


「……クソッ、黙れ、バカが……。チッ、再生が上手く進まねえし、魔法のスキルも、制御出来ねえ……。おい、イヴ、クソがッ、こっちも壊れちまったか?ここに残すのは、ちげえよな……試した事無かったが1人で残るより良いだろ……」


 ルプという脅威が去った事で再び嗚咽を漏らしながら泣き始めるイヴの足元を闇が覆い尽くし徐々にイヴを飲み込んでいく。


「ーヴ、ーーくなれ!次ー絶ーーろーてやるよ」


そこでイヴの意識は闇に落ちていった。

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