第19話 事件の報告会

 今日は散々な1日だった。

ヒャッハーさんに誘拐され、姿は見えなかったが最高のタイミングで助けてくれたリオン。

格好良過ぎていつでも誘拐してくれと高らかに叫びたかったがまさかの手助けして放置されるとは思わなかった。

最初こそ呆れながらも叫んでしまいましたが最早流石リオン、さすリオと感心すらしてしまいそうになりましたよ。

更には実際に助けに扉を吹っ飛ばして登場した時には何故制圧出来てないと怒られるし……。理不尽。

普段からリオンは自分基準でしかモノを測れないのかそんな無理難題を言ってきます。

でも最後には手助けしてくれるので大好きです。

ゴホン、そんな事もありつつ、ヒャッハーさんが魔人化とかいう良く分からない状況になりながらも難なくリオンが掃討してしまいました。

後日知りましたが私達魔人族とは何の関係も無いのに、魔族という呼称はどうかと思いますね。

ここら辺は私自身お腹が空き過ぎてよく覚えてません。

そんな中、帰る為に出口に向かうと急に不思議な雰囲気に包まれた純白の女性が現れて空腹も眠気も一気に全て吹き飛びました。

外見だけでも普通ではなく大人の女の私ですら見惚れる程の美がありました。

嫉妬するのも憚られる中、リオンにも共有しようと話を振ろうとしますが次の瞬間、何と美女がぺしゃんこに潰れてしまいました。

誰の仕業なのかは直ぐに分かったので隣の人に文句を言う為視線を向けると今まで見た事も無い程警戒心を露わにしてました。えっ?何その表情かっこいい。

リオンの真剣な表情に胸を射抜かれた私はこの緊張感漂う空間唯一の異物となっていた。

ボーっとリオンの顔に見惚れていると先程美女が潰れた方向から呑気な声が掛かりハッとする。


「いきなりご挨拶だなぁ〜。ただ話をしにきただけなのに〜。随分乱暴なんだね、猫ちゃん?」


 逆再生したかの様に身体が復元されていくが目の前に漆黒の毛皮が遮り純白の女性が見えなくなる。


「猫って何で知って……リオン、あの人の事知っているんですか?」


 人化を解いたリオンに問い掛けると視線は前に固定されたまま口を開く。


「あんな変な知り合いはいねえな……。ただ似た気配の奴は知ってるなぁ」

「変なとは失礼しちゃうなぁ。でも似た気配?ん〜……あぁ、猫ちゃんが言ってる相手が分かったよ〜」

「むむぅ、さっきから何ですか貴女!リオンのなんですか!」

「神だろうな」

「そうですか……神ですか……ん?神?えッ?えッ⁉︎神ってあの神様の事ですか⁉︎」

「ピンポンピンポーン大正解〜。この星の神様ですよ〜驚いた?驚いちゃった?ビックリし過ぎて腰砕け〜ってね、アハハハ」

「いい加減その無感情の話し方を直せ。それと何の用だ、早く話せ」

「あれ?感情乗ってない?2、3000年振りくらいに降りたから加減がなぁ、んしょんしょ、よしっ!これで良いかな。それと、ん〜用は特に無いかな。さっきも言ったけど話をしにきただけだよ〜。なんたって久々に懐かしい気配がしたからね。挨拶に来ただけだよ」


 徐々に声音にも感情らしきものが宿り、機械音からまともに聞けるくらいにはなった。


「えぇ〜……ほ、本当に神様なんですか?リオンは神様とも知り合いなんですか?ただのキマイラじゃないとは思ってましたけど、一体何者なんですか?」

「あんな奴は知らねえって言ってんだろ。普通のキマイラなんか知らねえから俺が基準であり、普通だ。それよりお前、名前は何だ?」

「ん?僕の名前?そういえば名乗ってなかったね、ヒトの間では重要な儀式だよね〜」


 君はヒトじゃないけどね、と煽りを入れつつ目の前の神が名乗る。


「僕の名前はガイア、この星だとちょっとは有名な神様なんだぞ〜」

「はっ?ガイア?お前と同じ名前の神を知ってるが、変だったがお前みたいにイカれてはなかったが、どういう事だ?」

「えぇぇぇぇ⁉︎ガ、ガイア様⁉︎」


 リオンの声を掻き消す勢いでイヴが叫び、リオンが訝し気に視線を向ける。


「うるせえな。コイツの事知ってんのか?」

「知ってる所じゃありませんよ!ガイア様と言ったら創世神様の御名前じゃないですかぁ!最大派閥の創世神教もあるくらい有名ですよ!そんな御方がどうしてこのような場所に……?」

「わぁ〜適当に言っただけなのに僕ってそんな有名神だったんだね、なんだか照れるね。宗教に関してはヒトが勝手に崇拝して始めたものだから僕は関係ないけどね。僕は名前を貸してるって感じかな。それと猫ちゃん、いや今はリオンと名乗ってるんだったね、君が会ったのは地球のガイアだろうね〜。アレとは生まれの根源が同じの同一個体とでも言えばいいかなぁ。まあそれぞれの星の影響で性格は変わっちゃったんだよね〜」

「なるほどな。それで?挨拶が済んだんならもう帰れよ。俺はお前程暇じゃねえんだよ」

「うわ、ホント酷い扱いだなぁ。そんなんじゃ女の子にモテないぞ〜?」

「そうですよリオン!神様に失礼ですよ全くもう!」

「おぉ、イヴちゃん話し分かるね〜。もっと言ってやって〜、ってんんん?アハ、アハハハハ、リオンも面白い子連れてるんだねぇ。それともそれがあるから連れてって、うぉ!危ないなぁ、いきなり何するのさ〜」


余計な事を口走る神を再度潰そうとするが避けられる。


「チッ、腐っても神か……。帰るぞイヴ」


 いつもの様にイヴの首根っこを掴み背中に放り投げるとガイアの横を通り抜ける。


「いやはや〜今のは僕が一言多かったかな、確かに今後が楽しみだから僕も余計な言は避けよう。ただ今回はどうしてもこれが言いたかったんだ〜」


 勿体ぶる様に言葉を溜めるガイアにリオンは振り返らず足だけ止めると、その行動に満足したガイアが言葉を紡ぐ。


「お帰りなさい、リオン」


 背中越しに掛けられた最後の言葉はまさに女神とイメージしてしまいそうな荘厳で威厳のある言葉だった。

声音も含め意味深だったのでリオンが即座に振り向くがそこには既に誰も居なかった。


「……食えねえ奴だな。まぁあの感じだとその内また現れるかもな。……しかし、分体とはいえまだ神は殺せねえか……。新たな課題も見つかったしプラスに受け取っておくか」


 扉を出る前に人化するのを忘れていた事に気付きサクッと人化すると、降ろしてなかったイヴが肩車の形で乗っていた。


「オイ、いつまで乗ってんだ?早く降りろ」


 声を掛けるが反応が無いので首を逸らすとスゥスゥと寝息を立てていたので仕方ないと溜息を吐き両手に幼女、肩には少女を乗っけながらギルドに帰還する事にした。

ギルドが目視で確認出来る場所まで来ると、扉の前に1人の狐人、マリーが待っていた。


「サボりは感心しねえなマリー」


 リオンが声を掛けるとバッと振り向きパァッと顔が輝くがすぐにムッとする。

俺の周りの奴等はコロコロ顔色が変わるな、面白い。


「もう、サボってませんよ!今日はもう上がったんですよ。……仕事が手に付かなくてゴニョゴニョ……。そ、そんな事より、お帰りなさいリオンさん」


 ピクッとリオンの片眉が上がるが、マリーは特に気付いた様子も無くニコニコしている。


「…あぁ、ただいま。一応元冒険者だった奴の暴挙だ。ギルドも無関係で押し切れねえだろうから証拠品を回収してきてやったぞ。マリーも来るか?」

「はい、ご一緒します!それにしてもオピスちゃんもルプちゃんもいつの間にリオンさんの所に?」


 そこら辺は子どもは落ち着きが無い寂しがり屋だからな〜でゴリ押し納得させ、早々にギルマスの部屋に突撃する。


「な、なんだいきなり⁉︎」

「あら、リオン君じゃないですか。マリーも一緒だなんてどうしたの?」

「リオン君は本当に冒険者もやっていたんだね。サーシャに聞いていたが半信半疑だったよ。あッ!オピスちゃん!ルプちゃん!お菓子食べる?おいでおいで〜」


 部屋に入るなり不自然にビクつくギルマスのダバンと副ギルマスのサーシャ、おまけに魔法学院の学院長でありサーシャの姉のスクルプトーリスが居た。


「ギルマス、そんなビクつくなよ。お前が付けたとびっきりの無能共はそこら辺で居眠りこいて職務怠慢を決行してるだけだろ。それと、なんで学院長のお前が居んのかは知らねえが、面倒臭えから早速本題に入るぞ。既に聞いてると思うがここに居るイヴがここの元冒険者に誘拐された。結論として関わった30人は全員皆殺しにしたが、その内主犯だけ面白い事になったから実物を回収してきてやった、ほら」


 収納空間から魔人化したヒャッハー君を出すと皆驚愕するが流石冒険者か直ぐに検分をし始める。


「こ、これはザンバ、さん、ですか?ですが、この姿は……?こんなの見た事ありませんね。リオン君、説明して下さいますか?」


 サーシャがリオンに視線を向けると残りの人達もリオンをロックオンする。


「まぁいいだろ。ただ知ってんのはソイツが何かの薬品を飲んで魔人化したって事だな。強さは小石程度で死ぬ様な雑魚だったなぁ」


 恐らくは魔物から抽出した何かしらの物質を人族に摂取させる事により強制的に魔人化出来る代物で、まだまだ試作品の段階なのだろう。

ヒャッハー君は上手く口車に乗って被験者にされたって感じだな。

ヒャッハーしてるし、頭も悪そうだしな。

そんな情報を細部を隠し伝えた。


「そうですか……ザンバさんは何者かに言葉巧みに実験体として利用されたと見るのが妥当ですね。しかし、小石で倒されるって……魔人化が失敗して弱体化したのでしょうか……?ん?何ですか姉さん」


 サーシャの袖をちょいちょい引っ張る学院長が呆れ顔でリオンを指差す。


「サーシャよく考えなって、ただ小石を飛ばしただけでコレが死ぬ訳ないからね?死んで尚禍々しい魔力残滓は確認出来るし、相当な強さだったと思うよ?推測になるけど恐らく冒険者ランクで言えば単独でゴールドかミスリルくらいにはなるかな。それとねサーシャ、リオン君基準で物事考えてたらそのうち必ずミスして貴重な冒険者達を失っちゃうよ」


 学院長から諭されハッとすると、ふむふむと再度熟考し始めてしまった。

考えをまとめてるんだろうなと思い放置する事にしたところで学院長がリオンを覗き込む。


「ちなみにさ、今リオン君が小石をあの壁に向かって投げるとどうなる?」

「ハァ?やれやれ、お前は何言ってんだ。この辺一帯の形を残す程度の手加減は出来るわ」


 人外を見る目、正しいが無性に反論したくなったリオンが堂々と語るが視線の種類が一向に変わらない事を訝し気に思い、話を変える。


「そんな事よりなんでお前が冒険者ギルドに居るんだ?妹を訪ねた訳じゃねえんだろ?」


 何故か全員からジト目を向けられたが全ての視線を無視して学院長に問い掛けると、ジト目を続けていた彼女は無意味だと気付き溜息を吐く。


「はぁ……流石はリオン君だね。それで、私がここに居る理由だったね。あまり大っぴらにはしてないけど、先程ここから少し離れた所に大規模な次元の亀裂を感知してね、現場に近付こうとしても強力な魔力場が発生していてね。結局断念してここで情報の共有をしてたって訳さ。リオン君は何か知らないかい?場所は現在まで廃墟になっている倉庫区等辺だと思うんだけどね」


 話を聞き薄々感じていたがあのクソ女神、余計な事ばかりしやがってと内心舌打ちして次会ったら殺すと誓うと、兎にも角にも早々にこの状況からの離脱を画策していたリオンの後ろでずっと無言で控えていたマリーが、「あッ!」と呟き全員の視線が集中すると両手で口を塞ぎながら萎縮してしまう。


「えぇとマリーさんだったかな?何か気付いた事があるなら教えてほしいな」


先手を打たれリオンは鼻白む。


「い、いえ些細な事なんですけど、倉庫区は先程までリオンさんがイヴさんを救出しに行っていた場所だなぁと。あ、あは、あははは……」

「へぇ〜そうだったんだね〜。それで?リオン君は何か知ってそうだねぇ〜。是非教えてほしいもんだね〜」


ニヤニヤと詰め寄る学院長を手で遠ざける。


「俺が知ってる前提で話すんじゃねえよ。だがそうだな……ふむ、まあ情報は持ってるから対価を払うなら教えてやってもいいぞ」

「な、なんだってぇぇ⁉︎わ、私の身体が目当てだったのかい⁉︎」


 クネクネと自らを抱き締める学院長の見事なボケで周囲の女性陣の空気が凍るがリオンは何処吹く風とケラケラ笑いながら対応する。


「クハハハ、そんな貧相な身体で良く言ったもんだ。俺が棒切れに興奮すると思ってんのかよ、少しはマリーでも見習ったらどうだ」


 このリオンの発言で2名が理由は違えど顔を真っ赤にして、1名の幼女がリオンの脇腹に肘鉄を打ち込んだ。

場が暫く騒々しく収拾付くまで少なくない時間を要した。


「はぁ……い、今に見てろよ!君をも唸らすナイスボディを手に入れてやるからなァァァァ!!………んん、ごほん、それはそうと、対価だったね。内容の重要度によって変わるから一概には言えないが私が叶えられる範囲ならいいよ」


 何か変なスイッチが入ってしまったらしいが対価を要求したのは単純にタダで情報を渡すのが癪だったので適当に言っただけなので結果オーライという事にした。


「結論から言うとお前が言う現象との間の因果関係があるかは知らねぇ。だが思い当たる事って言えば、ガイアに会ったくらいだな。確か創世神なんだっけか?」


 再び空気が凍った、というより完全に停止したかの様に全員微動だにしなかった。否、猫一派を除く。

腕を組み首を傾げ、周囲の連中の顔を見回すリオンが学院長で視線を止め頬をペシペシ叩く。


「ハッ!ちょっと意識を手放してしまったが、えっ?リオン君今なんて言いました?ちょっと耳の調子が悪いみたいですね。ガイア様が降臨されたと聞こえましたが……」

「へぇ、やっぱアイツって有名なんだな」

「ア、アイツゥゥゥッッ⁉︎創世神様に何て口を利くんだい!それにリオン君は創世神様にお会いしたんですかッ⁉︎」

「会ったっつうかアッチから勝手に出て来て勝手に喋って勝手に帰ってったな。だがまぁそんな事はどうでもいい、話す事は話したし用事も済んだから帰るわ」


 段々面倒臭くなったので帰ろうと扉に向かおうとするがギルド連中に通せんぼされる。


「もっと詳しく話を聞かせんか!」とダバン。

「詳細な情報を提供して下さい」とサーシャ。

「凄いですリオンさん!ガイア様はどの様なお姿だったんですか?」とマリー。

「ふむ、教えても構わねえが……そうだな、対価としてそろそろ俺への監視はやめとけ、な?お前等も自分達のギルド員が減ったら困るだろ?えぇと、何て名前だっけアイツ……」


 考え込むリオンの目の前に元気良く手を挙げたルプが目を輝かせていたので、「はい、ルプちゃん」と指名してあげると更に満面の笑顔になる。


「えへへ、んとねんとね、トニーさんだよ〜。最近ね〜念願叶って娘のジョアンヌちゃんが生まれてもっともっと仕事頑張らなきゃ〜って張り切ってたよ〜。あとね〜」


 ルプの口から飛び出したのは今までリオンの監視に携わっている人間の名前や家族構成、交友関係、挙句性癖などなど凡ゆる情報が丸裸にされておりダバンとサーシャは顔面蒼白になる。


「よしよし、ルプは頭良いなぁ。俺は殆どの人間が同じ顔に見えるし興味も無いから覚えられないんだよな」


 頭を撫でられてニコニコしているルプの後ろに移動して無言でリオンを見つめるマリー。


「なんだ?口を開かねえと想いは伝わらねえぞ?理解されたいと願うなら尚更な。察してとか超能力者じゃねえし無理だし面倒臭え、時間の無駄だ」


 何度か口を開いて閉じてと繰り返し、頬を朱に染めながらも意を決して一歩前に出る。


「私も撫でて下さい!」


勿体ぶった割にそんな事かと思いながら頷く。


「ふむ。素直でよろしい。俺の言に対しての行動には対価をやらねえとな」


 左手でルプを、右手でマリーを撫でると2人とも気持ち良さそうに目を細める。


「はぁ〜気持ち良いです〜。リオンさんは撫でるのが上手ですね〜」


ぴこぴこ耳と尻尾が揺れる。


「えへへ〜リオンの手、気持ち良いよ〜もっともっと〜!」


 ルプはマリー同様尻尾が出てればぴこぴこ振ってるだろうなと思う喜び具合。

そんな小動物の様な2人はそのままにリオンは視線を動かす。


「それで?そこの2人はどうするんだ?俺としてはトニーさん達が突如行方不明になったりして奥さんや子どもが路頭に迷うのは可哀想だと思うんだけど?他の連中も同様だ、街中に自分の性癖が拡散されたら俺だったら街を出るね」


 全く心がこもっていないセリフにダバンとサーシャは苦虫を噛み潰した様な表情でリオンを見つめ、遂にはため息を長めに吐き出す。


「……………分かった。お主を監視対象から外すとしよう。だが、これだけは聞いておきたいんだが、お主は……ワシ等の敵か?」


 既に全て把握されているのであっさり監視していた事実を認め、その上でリオンに敵対の意思を問うギルマス。

撫でている両手をピタリと止めると同時に室内の空気が一段階重くなる。


「その質問に何の意味がある?お前が敵だと判断したのであれば殲滅部隊でも好きなだけ送り込めばいいだけの話だろ?それこそ俺の返答なんて関係無く、な。ただそうだな……そんな判断を下すのなら覚悟はしておけよ。あぁ、自分の生死じゃねぇぞ?敵対者は俺の持てる全てを使い殺すからな。自分以外の人間が死ぬ事に対しての覚悟、対価はそうだな……この街、かもな」


 重圧が霧散しクハハハと笑いながらそんな光景を望んでいるかの様に語るリオンにダバンは冷や汗と震えが止まらなかった。


「や、やはりお主が……いや、それすら問う意味は無い、か……。お主の意見を飲んだのだから創世神様の情報を教えてもらおうか」

「ふむ、まだ勘違いしてるみたいだが、まあいいかそれもまた一興。それじゃあ話すが……つってもそんな語れる事はねえんだけどな」


 そう前置きして全員を見渡すとギルマスが険のこもった視線を向けてくるがリオンはどこ吹く風という態度で再び口を開く。


「現れたのは本体じゃなく分体だから姿形くらい好きな様に変えられるんだろうな。そん時は白い女だったし潰しても死ななかったからな。それと〜」

「ま、ままま待て待て!つ、潰しただとッ⁉︎お主、神に手を挙げたのか⁉︎」


 話を続けようとしたリオンを遮りギルマスが前のめりになりながら突っ込んでくる。

隣で書記に徹していたサーシャも羽ペンを落として固まっている。


「あん?それがどうした?急に目の前に怪しい奴が現れたら警戒するだろうが。まあ死なねえだろうと思ったから潰したんだけどな。その後は雑談を少しして帰ってった」

「その雑談の内容は?」


 意外と冷静な学院長からの問われリオンが少し考え込むが……。


「内容に関してはお前等に言うつもりはねえよ。特に俺を敵認定する可能性がある奴等にはな。クハハ、まあ話は終わりだが、これだけの情報じゃ少し可哀想だからお前等に土産でもやるよ」


 そう言って一方的に話を断ち切り、空間から魔物の残骸をドサドサ取り出す。

それまで不満顔でリオンを見ていたギルマス達も魔物に視線が釘付けになる。


「こ、これは、プロガノケイノス⁉︎これを一体どこで?」


サーシャと学院長が物凄い勢いで食い付く。


「生息場所の特定は出来てんだろ?そこで狩ってきた。さて土産も渡したし話も終わったから俺は帰る。オピス、ルプ行くぞ。マリーはどうする?もう仕事上がってんだろ?飯でも食いに行くか。そろそろイヴも起きそうだからな」

「はい!行きます!」


即答だった。

あまりの食い付きに若干引きながらもイヴを背負い引き留められる前にサクッと退出する。

リオンが立ち去った後の室内には渋い顔をするギルマスと魔物素材を興味津々に観察する姉妹が残された。

その後、ギルド内ではなく街中にあるマリーのオススメの店で食事をする事にした。

小洒落た外装に店内はスッキリとしており、華美な装飾などは無く落ち着いた雰囲気の店だ。

時刻も丁度夕餉時なので店内は結構埋まっていた。

マリーは常連だったらしく少し店員と話すと奥の個室に案内してくれた。


「ここは私の行き付けの店なんですよ。料理も飲み物も美味しいのに良心的なお値段なので気に入ってるんですよね」


 狐耳をピンとさせ尻尾をふりふりしているので余程嬉しいのだろう。

何に感情が動いているのかはリオンには理解出来なかったがマリーが嬉しいと感じているのなら余計な事は言わず飲み込もう。


「こんな素敵な店を教えてくれたんだ、今日は俺の奢りだ。好きなだけ食べろ、ただオピスは俺が途中で止めるからな」

「そう?うふふ、ならこの店のオススメを頂こうかしら」

「だ、誰ですか貴女⁉︎いつの間に……?」


 突如現れた妖艶な雰囲気の黒髪美女にマリーが警戒心を露わにする。


「ん?マリーは知らなかったっけ?コイツは[ツバサ]っつって俺の仲間だ」

「そ、そうだったんですか……。失礼しました、私はこの都市のギルドで受付を担当しております狐人族のマリーと申します」

「あらあら、ご丁寧にありがとう。うふふ、でもリオンに接する時同様砕けた話し方で問題ないわ。そもそも私は冒険者ではないのですからね」


 一つの仕草、言動を取っても放たれる色香に同性のマリーもドキッとしてしまうが、それよりも左右の白黒色違いの瞳が異色過ぎて警戒心が完全には抜けなかった。

それを察してかリオンがマリーの肩を叩いた。


「変な奴だが俺と同じで敵対しねえ限り無害だと思うから気にすんな。それより早く注文しろよ」

「それは大丈夫なんですか?……いえ、そうですね、リオンさんのお仲間ですし、あまり気にしても仕方ありませんね」


 納得はしてないが、空気を読み引き下がりながらもさり気なくリオンをディスるマリーと嬉々として店員に料理を頼みまくるオピス。

その後雑談をしながら料理を楽しんでいるとイヴが目を覚ました。


「ん、んぅぅぅ…、あ、れ?ここは……?わた、しは……誘拐されて、そし、たら、リオンが……あッ!リオン!ガイア様!……あ、あれ?」

「寝起きでも喧しいな。もう少し淑女としての振る舞いをしねえと、絶壁少女のままだぞ?」

「絶壁は関係ないです!!訂正して下さい!ってあれ?ここは?……ガイア様は?あれれ?オピスちゃん、ルプちゃん、ツバサさん、それにマリーさんまでいる……」

「まだ寝惚けてるのかお前。あのクソ神が勝手に帰った後寝落ちして今起きた、それだけだ。腹減ってるだろ?オピス、追加で何か頼んでくれ」


 雑に説明すると、イヴが頭を整理する為にょんにょんするが、今まで我慢していたのかマリーがイヴを抱き締める。


「本当に無事で良かった。リオンさんから無事だと聞かされていたのだけど、実際に確認するまで不安で不安で……ごめんなさいねイヴさん、私達ギルドの不手際で貴女に怖い思いをさせてしまったわね。謝罪で済む問題では無いのは重々承知だけど、分かってるんですけど、それでも言わせて、ごめんなさい」


涙ぐむマリーにイヴはあわあわと慌て始める。


「えッ⁉︎な、なんでマリーさんが謝る必要があるんですか⁉︎元はと言えば私が未熟なのがいけなかったんですし、元凶で言えばリオンのせいですからマリーさんやギルドは全然関係無いですよ。私は気にしてませんので……ほ、ほらご飯が冷めちゃいますから、私もお腹空きましたし食べましょう」


 コイツ、サラッと俺のせいにしたな。解せぬ。

マリーはイヴの気遣いを無碍にする程子どもでは無いので「ありがとう」と一言溢し食事が再開された。

イヴが寝落ちしてから今までの経緯などを教え皆が満足するくらい食事を堪能したタイミングでリオンが雑談でもするかの様にマリーに話し掛ける。


「そういやマリーは俺に何か聞きたい事があったからこの個室に案内させたんだろ?態々防音っぽい魔法まで張ってあるしなぁ」


一瞬ビクッとするものの、すぐに居住まいを正す。


「さすがリオンさんです。もうこの程度じゃ驚きません。では早速本題から聞きますが、単刀直入に貴方は本当は何者なんですか?リオンさんだけじゃありません、オピスちゃんやルプちゃん、ツバサさんも含め何者なのか教えて頂けますか?」


ビクッと驚いた事はスルーしてあげる優しさが俺にはある。


「クハハハ、ド直球な質問だな。俺は凡人だから物事は単純明快の方が好ましい。その点で言えばマリーの評価はギルマスとかより高いぞ」

「ありがとうございます。ではご説明して頂けるという事でよろしいですね?」


 マリーの気が少し緩んだタイミングで突如リオンからの圧がマリーの全身を突き刺し、宛ら氷剣で全身を突き刺されるかの如き悪寒が走り精神力がガリガリ削られて冷や汗が滝の様に流れ、カタカタと無意識に身体を震わせる。


「その着地点は早計だ。今の会話と俺が何者かという問いは全く関係無い。ここからは言葉を良く選べよ、マリー・ヘリアンサス。お前は俺が何者か知ってどうするつもりだ?」


 マリーは崩れ落ちそうになる身体を必死に維持しながら目線を他の人達にも向けると、イヴ以外は皆一様に無表情、リオンは普段から似た様なものだがオピスやルプまでもが無表情でマリーを見つめているのが無性に恐ろしくて堪らなかった。

唯一イヴだけが不安そうな顔でマリーとリオンを交互に見ている事だけが今のマリーにとっては救いだった。


「ど、どうもし、しま、せんよ……。わ、私はもう、リオンさんの監視役では無いので……。い、今は、す、少しでも貴方の事が知りたい、それだけ、です」


 言葉を痞えながらも自分の率直な気持ちを語るマリーを見つめ続けるリオン。

永遠とも思える様な息苦しい空気をマリーが襲うが、その時間も突如として霧散する圧と共に終わる。

自分の心臓の鼓動がうるさいくらいに耳に反響し、呼吸は乱れ冷や汗が止まらない。

気持ちを落ち着けようと目を瞑り深く呼吸する。

ふと、オデコに冷たい感触がして目を緩慢に開くとイヴが心配そうにおしぼりを当てながらマリーを見つめていた。


「ごめんなさい、マリーさん。リオンに悪気は無いんで誤解しないで下さいね。昔私を救ってくれた時ですらこんな感じだったので、人付き合いが苦手なだけなんです」


またディスられた?解せぬ。


「まあ残念ながら俺が何者かは今はまだ秘密って事だな。いつかは知れる機会もあるかもな。望む望まないは別にしてもな。その時になって知って後悔するかもな」

「そうですか……。ふぅ……ではその時を楽しみにしてますね。どんな結果になっても後悔はしないと思います。獣人の勘は良く当たるんですよ?ちなみにイヴちゃんはリオンさんが何者かは知ってるんですか?」

「勿論ですよ。なんたって私のリオンですから!でも、私の口から何かを話す事は無いです。口を開くくらいなら自害します」


揺るがない決意を瞳に宿しマリーを見つめるが横やりが入る。


「勝手にイヴちゃんのモノにしないで!リオンはわたしのなんだから〜!イヴちゃんはそこら辺の男で十分なんだからね〜」


 途端にレベルの低い言い合いが始まり、しかし即座に「ぐえぇ」と幼女や少女が発してはいけない声が響く。

「喧しい!俺は誰のモノでもねえっての。それとイヴ、そんなしょうもない事で命を捨てんな。何の為に助けたと思ってんだ。あと競い合うんならマリーみたいな魅力的ボディになってからにしろや」


 この一言に衝撃を受ける2名と顔を真っ赤にさせ耳をピンとさせ尻尾が高速ブンブンさせながら両腕で胸を庇う動作をする1名が居た。

他はセカセカ残飯処理をする者、我関せずでニコニコ状況を見る者。


「リ、リリリオンさん、そういう事は、あまり女性に言ってはダメですよ!」


 マリーにダメ出しをもらったがリオンはキョトンと顔を傾げる。


「ん?何でだ?前に一緒に連れてきた獣人族の女どもは容姿を褒めたら全員喜んでたんだがなぁ……」


この一言で今度はマリーがスンと無表情になる。


「リオンさん?他にも獣人の方を手込めにされたんですか?」

「随分棘のある言い方だな。手込めなんかにしてねえし、救ってくれと願ったのはイヴだ。俺はそれに手を貸しただけに過ぎねえよ」


 キョトンと表情が戻り、確認する為イヴに視線を向けるも先程のダメージが大きく未だ再起不能状態なので再びリオンを見る。


「そ、そうだったんですね。少し勘違いしてしまったみたいですね。恥ずかしい……うぅ、すみません…」

「(無表情になったり喜んだり落ち込んだり、本当人間は表情豊かだなぁ……面白い)……別に気にしてねえよ。勘違いは誰にでもあるからな」

「何か変な間がありましたが……ッ⁉︎」


リオンがよしよしと頭を撫でる事で話を強制終了させる。


「さて、そろそろ帰るか。ルプ、イヴ、いつまでそうしてるつもりだ?置いて帰るぞ?」


 バッと顔を上げ嫌々と駄々を捏ねリオンに抱き着き離れようとしないのでそのまま放置する事にした。


「私は先に帰るわね。リオンはマリーをちゃんと家まで送っていきなさいよね〜」

「はぁ?何で俺が……分かったよ仕方ねえなぁ。ほら早く帰るぞ」

「はい!」


 散々脅したのに嬉々として腕に抱き着いてくるマリーを見てリオンは感心する。

ツバサがオピスを連れ先に宿に向かい歩いて行き、コアラを2匹身体に張り付けたリオンはマリーの家まで送る。

魔道具による街灯が等間隔で設置されており、表通りは治安も良いようだ。

道中は何事も無く家まで辿り着きマリーはお礼を言いながらパタパタ手を振り家に入っていく。


「降りろ」


 完全にマリーの気配が遠ざかったタイミングでリオンが一言呟くと重い雰囲気を感じ取り2人とも素直に降りる。


「ん〜コイツ等は……なるほど、仕事熱心なこった。既に警告はしたから、遠慮は要らねえよなぁ。クハハハ、新しい土産が出来たな!」


 気配察知で異物の存在を精査し終えると同時に一瞬でリオンが路地裏の暗闇に吸い込まれる様に飛び込んで行く。

夜も更けて周囲は静寂に包まれており、暫く無音の時間が続く。


「いいなぁ〜リオン〜。わたしも遊びたかったのに〜。ねぇねぇ、イヴちゃんもそう思うよね〜?」

「えっ?私?……私は人を傷付けるのはちょっと……」

「ふぅ〜〜〜ん。イヴちゃんは弱いのに大変な道を行くんだね〜。でもぉその道は〜リオンとは一緒に行けないと思うなぁ〜。それどころかぁ、いつかリオンと敵対しそうだよねぇ〜。リオンの敵はわたしの敵、昔からずっとずっとずっとずっと……それならぁ〜今殺しちゃおうかなぁ〜」


突然全身を殺気で貫かれ後退りながら距離を取る。


「ルプちゃん⁉︎じょ、冗談だよね?私がリオンの敵になるわけ無いし、ずっと一緒に!私はずっとリオンの隣に居るんだからね!」

「へぇ〜〜……まだ無自覚?スキル見えないからかなぁ?いつ発芽する?でもちょっと濁ってる……?ん〜リオンじゃなきゃ詳しく見えないなぁ。まぁ〜殺してから考え、ふぎゃッ!」

「何やってんだお前。終わったから帰んぞ〜」

「リオン!リオォォォン!ぐす、わたひ、じゅっとリオンといっじょにいまずがらぁ!」


 何故か顔面体液塗れのイヴがリオンによじ登り意味不明な事を宣っている、が言及するのも面倒臭いのでポンポンと背中を軽く叩きながら宿まで歩いていく。

更に背中にも衝撃が走り振り返ると頬を膨らませ頭を押さえているルプが張り付いている。

これまた面倒臭いので無視。

こうして夜更けの街を前面に顔面体液塗れの少女、背面に頬を膨らませた幼女を張り付けた野性味溢れる青年が闊歩する。

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