第16話 魔法学院試験

 魔法学院の筆記試験の為、一夜漬けで勉強するのを爺に託しながらボーッとしたり今後の楽しいイベントについて考えたりしていると徐々に夜が明ける。

いつの間にか喋り疲れたのかイヴはリオンの毛皮に埋もれてスースーと寝息を立てている。

爺に聞くと既に内容は頭に入っているので問題無いとの事なので知識を得られた爺はニッコリ、リオンも試験対策が出来てニッコリ、Win-Winの関係が構築されて満足気に頷く。

いつも通りイヴを起こし朝餉を済ますと魔法学院に向かうが今日は蛇尾とウルフは別行動だ。

リオンの中に入ってても良いのだが、2人とも今回は入らないと言ってきた。

理由は恐らく受付嬢達から餌付けされたので今から冒険者ギルドにでも行くのであろう。

しかし余計な事を言われると厄介なのでしっかり口止めしておく。

最近叱る文言に[ヒャッハー君になる]が効果的なので彼には感謝しても仕切れない程助かっているので今度会ったらもっと優しくしようと誓う。

そんな事を思いながら暫く歩くと魔法学院という名の要塞が見えてくる。


「随分余裕そうですねリオン。本当に大丈夫なんですか?私だけ合格とか嫌ですからね」


昨日の一件でドヤ度が増したイヴに無言でデコピンを叩き込む。


「ッいったぁぁぁいぃぃぃ!!何するんですかッ⁉︎死んだらどうするんですかぁ!」


額を押さえ涙目で睨むイヴを嘲笑で迎え撃つ。


「手加減はしたんだから問題ねえよ。それに油断してるお前が悪い。痛いのが嫌なら常時身体強化を発動しておけ」

「ぐぬぬぬ……常に身体強化スキルを発動してたら魔力が先に尽きちゃいますよ!」

「魔力でも筋力でも使わねえと総量は増えねえし、いつまで経っても弱っちいままだぞ?」


 あーだこーだと言葉の応酬を複数回繰り返すと要塞の正門が間近に見えてきた。

中に入ると簡易受付所が設置されており、受験者は各教室に割り振られる。

受験者は100人程らしく3つの教室に分けられていた。

ここでイヴとは別教室になり一旦別れる。

リオンが指定された教室に入るとそこには30人程の人がおり人種も多種多様で人族、獣人族、エルフ族が居た。

魔人族は見かけなかったので他の教室に期待するとしよう。

指定の席に着くと前席に座っていた男が急に振り返る。


「ん?へぇ〜、よう!お前強そうだな!俺の名前はリヴァイスだ!お前は?」


 突然話しかけてきた短髪に刈り上げた赤髪の見るからに熱血そうな筋骨隆々の男、リヴァイスは快活な笑みを浮かべリオンに絡んできた。


「俺はリオンだ、よろしくなリヴァイス。それにしても虎人族で赤髪は珍しいな、ハーフか?」 


 リオンは同じ虎人族のコクウを知っているからこその質問だったが、リヴァイスは別の受け取り方をしたらしくガタッと立ち上がりリオンを鋭く睨む。


「ハーフだと何か問題があんのか!お前も純血を重んじる人間か?」


 突然敵意剥き出しで突っかかってくるリヴァイスを冷めた目で見返す。


「なるほど、相当その血筋で苦労した様だな。だがいちいち吠えるな、うるせえ。とりあえず落ち着けよ、お前が純血でもハーフでもクォーターでも俺にとってはどうでもいいし気にもしねえよ。知り合いに虎人族が居たから興味本位で聞いただけだ。それに少なくともお前はそんな環境を変えようとこの学院を受験したんじゃねえのか?なら他人の言動など気にせず常に前を向き、己の信じる道を進めよ」


 予想外の返答にキョトン顔をしていたリヴァイスが豪快に笑い始める。


「ガハハハ!これは悪かった、新天地で少し過敏になっていたようだ。それにしてもリオン、お主気持ちの良い性格をしているな!気に入った!改めてよろしくな!」


 差し出された手をガッチリと掴み握手をする。

ひと段落したタイミングで教室の扉が開き教師が入ってきて試験に関する諸注意を説明してから開始となった。

リオンは不敵な笑みを浮かべ、配布された試験用紙を一瞥すると腕を組み目を瞑った。


(フッ、全く分からん。前世の異世界転生ラノベ作品などはここで満点越えを出して首席になったりと様々な事で度肝を抜くが、俺には不可能だ!ドヤァァ!そもそも文字が半分くらいしか理解出来ん!俗に言う話せるが書けない、これに尽きる。だがしかし!我秘策有問題皆無也!じじえもーん、ヘルプー!…………おん?ん〜?あ、れ?おいおい、爺居なくね?念話も遮断してね?ん〜?あれ?これ詰んだ?えぇ……何やってくれてんのアイツ)


 ここに来てまさかの身内裏切りが発生して心の中がパニック状態になるかと思われたが、年の功を抜群に発揮し冷静に対処する。


(フゥ……少し時間は掛かるがまぁギリギリ及第点はいけんだろ。そう俺はクールなナイスガイ!それは揺るがない!クールにクールに……さて、時間が惜しいな、ではでは早速行くとするか……)


 リオンが出した結論は精神の深奥に潜り爺の図書館に行き問題内容の答えとなる教科書を見つけるというものだ。

潜って浮かんでを繰り返す事30分。

普段それ程汗などかかないリオンだが既に疲労困憊になりながらも何とか解答用紙の大部分を埋める事に成功した。

しかしこれ以上やると魔力切れを起こす可能性があり、教室のど真ん中で突如キマイラが出現する事態になってしまい周囲の人間を皆殺しにしてしまうので、バタンキューして魔力を温存、そして回復に務めた。

そして後で必ず爺を潰すと自分自身の魂に誓い省エネモードに移行すると意識を切った。

鐘の音が耳朶を触れ、リオンが顔を上げた。

周囲を見ると殆どの人間は既に退出していた。

だが目の前には此方を眺めるリヴァイスが居た。


「態々俺が起きるのを待っていたのか?」

「いや、俺も今起きた所だ!ガハハハ!ちなみに今後の予定は昼を挟んだ後で校庭にて実技試験だ!昼飯の予定がなければ少し付き合ってくれんか?先程の詫びをしたい」


 今起きたにしては今後の予定をバッチリ知っている事に相変わらず熱血で律儀な男だと苦笑いしつつ特に予定も無いので承諾する事にする。

リヴァイスを連れ立ち教室を出ようとしたら某なんとかの星のアキコ姉さんばりに扉から此方を眺めているイヴを発見する。


「何してんだお前……?覗きとは感心せんぞ。見るなら堂々と見ろよ」


リオンの指摘でガタッと扉が鳴りおずおずと顔を出す。


「ん?リオン、この童はお主の知り合いか?妹……ではないな」


リヴァイスはリオンに問うが応えは前方から飛んできた。


「んなぁ⁉︎童じゃないですー!リオンと同い年の15歳ですー!貴方こそ何ですか、オジサンじゃないですか!私のリオンに何か用ですかぁ?」


 頬を膨らませ応酬するイヴに額に青筋を浮かべたリヴァイスが更に返すという恐ろしく低レベルなやり取りをし出したので、2人をリオンは完全無視した。

普段も面倒臭がりで無視しがちだが、今は疲労が回復しきっておらず更に面倒臭がりレベルが上がり関わりたくなかったのだ。

1人でスタスタと外に向かうリオンをイヴとリヴァイスが慌てて追い掛ける事で一時休戦となった。

魔法学院内にある食堂で食事を取っている最中に校内放送で白髪で口髭を生やした翁が不審人物として拘束されたと放送が入ったが気にせず食事を進める。

ちなみにこの間に2人は2回戦を始めたので場は賑やかだったとお伝えしよう。

無論、リオンは我関せずを貫き通した。

その後食休みを挟んだ後、校庭に集合する。

ここでは全受験生が集められている。

実技試験と言っても定められた的に魔法を当てるだけの遊びみたいなものだった。

5人同時に行い20組に分けられ疲れていたリオンは運良く20組目だ。

イヴとリヴァイスはこれまた運良く5組目だ。

これ幸いと3回戦は実力勝負になり2人ともやる気を漲らせている。

2人のやり取りを見ていたリオンはイヴに近寄ると頭を撫でる。


「早速友達が出来て俺は嬉しく思うぞ。だがやはり魔人族は珍しいのかイヴしか居ねえな。混じりならいそうだけどな」

「友達なんかじゃありませんよ!あのゴリラー!失礼過ぎますよ!私とリオンの楽しい時間まで奪うなんて!もう!この試験で実力の差を思い知らせてやりますよ!ふぅ……まぁ魔人族は今や希少種族入りするくらい人数減ってますから仕方ありませんよ」

「ふむ、良い心がけだな。俺が直々に鍛えた事を考えると軽く1位にはなってもらわんとな」

「えッ⁉︎い、いやいや、リオンが居る限り1位なんて無理ですからね⁉︎」

「おいリオン、この童はまともに魔法なんか使えるのか?」


 リオンとイヴの会話にリヴァイスが割り込んでくると野良猫みたいにシャーッとイヴが即反応する。


「すぐにケチョンケチョンにしてやりますよ!余裕な表情が出来るのも今の内ですからね!後で吠え面かくといいですよ!」


 いつになく攻撃的なイヴを見ながら早速1組目の試験が始まるが、そのレベルにリオンは唖然とする。

と言うのも殆どが第一階梯魔法で第二階梯魔法が出ると拍手喝采のヒーロー扱いである。

しかも威力もショボイ。


「なぁイヴ、やっぱ学生だとこんな低レベルが普通なのか?しかも第二階梯なのにやたら威力低いのはなんでだ?実技試験じゃなくてお遊戯会かなんかか?」


小声で話し掛けるとやや呆れた感じにイヴが応える。


「そりゃリオンと比較したら皆低レベルなんじゃないですかね。幾ら高階梯と言っても本人の魔力操作と制御、後は容量と放出量などなど色々な要素によって威力は変わりますからね。と言うか私、リオンがちゃんと魔法使ってるの見た事無いんですけど普通の魔法も使えるんですか?」

「俺は常に普通の魔法しか使ってねえよ。だがまぁ……アイツ等が使ってる一般的な普通の魔法は試した事はねぇな。だがまあいけんじゃねぇかな、これなら俺は無難に第一階梯でいくかなぁ。ちなみにイヴは現時点で第何階梯まで行けるんだ?」

「リオン基準は普通じゃないですよ……。私は頑張っても第三階梯までしか撃てませんね」

「そうか〜、まあ何にしても全力で撃て。恐らくそれやってリヴァイスとは互角かもな。おっ!そろそろお前等の番だぞ。気張れよイヴ、リヴァイス」

「はい!見てて下さい!」

「ガハハハ!まあ軽くぶっちぎってきてやる!」


 2人を見送り、再び低レベルの魔法実技を見学しているとやっとこさイヴとリヴァイスの出番となる。


「では皆さん始めて下さい!」


 試験監督の号令でイヴとリヴァイスを含めた5人が一斉に魔力を込め始め、次々に魔法を放つ。


「第一階梯アクアショット!」

「第一階梯ファイアショット!」

「第一階梯ウィンドショット!」


 3人がほぼ同時に撃ち終わり、残る2人は視線を交わしリヴァイスが先に魔力を放出する。


「第四階梯ファイアランス!!!」


 今までの連中では初となる第四階梯が出て、場が騒然となる。

威力もまあまあなモノで的は貫かれた直後に消炭に変わる。

無理をしたのかリヴァイスは疲労の色を顔に滲ませながらもドヤ顔でイヴを見ているあたり負けず嫌いの熱血野郎なんだろうなと思うが、イヴには効果抜群だったのか額に青筋を浮かべながら魔力が更に昂まっていく。


(あの感じは身体強化を併用しながら限界突破してるな。面白いな流石人族、感情による威力上昇は未知数だ。だが獣人族は魔力操作が苦手じゃなかったのか?アイツが特別なのか俺の認識が間違っているのか、要観察だな)


心の中で感心しているとイヴが魔力を放出する。


「第四階梯ロックランス!!!」


 ロックランスは的に一直線に向かいそのまま突き刺さり、終了かと思っていた直後に的諸共大爆発を起こした。


「「「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉︎」」」」


 通常爆発などしないロックランスが大爆発した事に試験監督含め一部を除いて驚愕の声を上げた。


「へぇ、火魔法を組み込んだ多重起動って所か。クハハハ、あぁ良いね、良いよ、こうじゃないとな。気紛れで拾ったモノは宝石の原石だった訳だ。今後の削り方次第で輝き方が変わるな、クハハ!楽しみだ」


 リヴァイスの時とは異なり倒れ込みそうだったのですぐさま近付き抱き寄せる。


「イヴ良くやったな。直前のリヴァイスの煽りのお陰だったな。それがなければ威力では負けていたな」

「あッ、リ、リオン……え、えへへへ、やりましたよ。あのゴリラのお陰だとは認めません!私の実力です!……ねぇリオン、褒めて下さい!ヨシヨシして下さい……」


 ここ最近判明した負けず嫌いで強情な性格のイヴを見ながらリオンは頑張ったご褒美として頭を撫でる。


「えへへ、やったぁ〜。ふふ、幸せです〜。後はリオンの勇姿を見れば大満足です〜。そういやリオンは本当に第一階梯で終わらせるんですか?私に負けちゃいますよ?」


 魔力欠乏寸前の状態と気分高揚が合わさり、イヴからの安い煽りを受けたリオンは暫し思考を巡らせると悪巧みを画策する悪役の様にニヤリと微笑むとイヴがビクリと飛び跳ねる。


「クク、クハハハ!いいねぇ、お前のその安い煽りを受けてやるよ。お前が今現時点の全身全霊、他力も使い限界突破した多重起動魔法の第四階梯魔法を俺が完膚なきまで叩き潰してやるよ!」


その発言を受け興味を持ったリヴァイスも参加してくる。


「何だと!俺の渾身の魔法をも超えると言うのか⁉︎」

「ちょッ⁉︎ゴリラは黙っていて下さい!さっきの魔法勝負は私の方が上なんですからね!……それより、ねぇリオン?煽っちゃった私が言うのも何ですけど、あまり本気を出して学院を消さないで下さいよ?」

「クハハ!リヴァイス、あの程度を渾身と表現する程度の奴はそもそも俺の敵じゃねえ。だがまあ、第一階梯程度なら学院は消し飛ばせないから安心しろ、多分」


 それから出番まで3人で雑談をしていると漸くリオンの出番となり、定位置に移動して待機していると試験監督から号令が掛かる。

リオンは静かに全員が撃ち終わるのを待ちながら少し冷静になる。


(ふむ、少し早まったか……?ここで高成績を取る必要なんてなかったな。とは言えイヴの煽りをスルーするのは何か違う気がするし……。まぁどうでもいいか。やると決めた以上、どうせやるなら派手にやった方が面白いよな。そういや、世の中の人間は大抵ギャップに弱いと何かで読んだ気がするな。良し!決まった!)


 そこでふと多数の視線を感じて周囲を見渡すとリオン以外は魔法を撃ち終わっており微妙な空気が流れていたのでこの流れを断ち切る意味を込め右手を前に突き出すといつもより精緻に魔力を練ると敢えて言葉を紡ぐ。


「第一階梯アビスショット」


 発動と同時に飛び出した魔力弾の速度は異常に遅く風船並みにふわふわと、だが的に一直線に向かっていく。

その光景に一部を除いた受験生はゲラゲラとリオンを指差しながら笑い出し、試験監督官達は困惑と興味が混じり合い微妙な顔で魔力弾を凝視していた。

放った張本人はというと、満足気な顔で自分自身、イヴ、おまけにリヴァイスに多重結界を施すと自らに結界が張られたのを察知したイヴがリヴァイスを引っ張り全力で避難していくのを気配察知で認知する。

勘が良くなっておじさん嬉しい。

初めての魔法にリオンも興味津々に眺め、たっぷり30秒程時間を掛けて的にフヨフヨと向かって行く。

そして遂に魔力弾が的に当たった瞬間、ドゴォォォォォォォォォォォン、と光と爆音に包まれ世界を真っ白に染める。

しかしそれも第一段階に過ぎず、次の工程で拡散した筈の光が爆心地に引き摺り込まれるかの如く収束していき中心部では超高密度の疑似ブラックホールが発生する。

天然物とは違い魔法制御で物理法則を捻じ曲げ最初の光以外は的の半径1m程にしか被害が出ていない。

周囲では空間まで歪み電子の電離や励起が絶え間無く起こり、バチバチと放電現象が発生していた。

的の後方には魔力弾の衝撃波がかなり遠くまで地面を抉り轍を形成していた。

暫くすると現象も全て収まり、周囲は静寂が支配していた。

リオンは周囲を窺い満足気に頷くとイヴ達の元まで戻り第一声を放つ。


「見たか、これがギャップ萌えという奴だ。クハハハ、勉強になったか?ん?お前等何をそんな馬鹿面を晒してんだ?」

「「やり過ぎだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


おぉ、ハモった、仲良しだ。


「えッ⁉︎えっ?何ですかアレ!第一階梯で行くって言ってましたよね⁉︎私は第七階梯以上でも驚きませんよ!!と言うかギャップ萌って何ですか⁉︎」

「リオン、お主あれ程の力の持ち主であったか!だがアレはやり過ぎだ!的付近諸共消滅しているではないか!死者は出ていない様だが試験監督達はまだしも受験生も大半が吹っ飛んで気絶しておる」


 何故か2人から散々お小言を頂いたが、だが待ってほしい。

煽られた事に対して応じた結果なのだから俺は悪くない。うん。普通とは少し違うアレンジを加えた第一階梯魔法だったが、楽しかったから問題ないのである。


「やれやれ勘違いするなよイヴ、あれはまごう事なき第一階梯魔法だ。そして一見弱そうな魔力弾、ノロマでふわふわ浮いて何なら可愛い見た目の子が着弾するとあら不思議、凶悪な威力を発揮する、それがギャップ萌えだ!あとリヴァイス、お前も訳分からん事を言うんじゃねぇ。威力抑えて撃ったんだから死人なんて出る訳ねえだろうが。直撃したのならまだしも、逆にこれで死ぬのならソイツが貧弱だっただけだ」


 疲れもありその後の苦情は受け付けず全て無視した。

そして試験が終了し翌日には結果が貼り出されるという事で今日はゆっくり休みたかったが、リヴァイスに捕まり街を連れ回され無駄に疲れた。

その間に爺が戻ってきた感覚があり、精神内で爺をボコボコにしておいた。

そのまま宿に戻り人化を解こうとしてハッと気付く。


「あッ⁉︎蛇尾とウルフ回収すんの忘れてた……。念話……あぁいや、迎えに行くか。イヴはどうする?」

「私はちょっともう身体が動きません……」


 限界以上の力を引き出した弊害かと納得してイヴを残し、金銀幼女を迎えに行く事にする。

時刻は既に街道の明かりが灯り始める時間帯になっており、リオンが冒険者ギルドに到着し扉を開けると中からは男女混じり合った喧騒が轟いていた。

一歩足を踏み入れると腹部に衝撃が走り、リオンはギルドの外に吹っ飛ばされる。

地面と並行に飛ばされ背中から着地すると吹っ飛ばした原因が底無しの元気で絡んできた。


「リオーン!リオンリオン!リオンー!!やっと迎えに来たー!!!ずっと待ってたのにー!!イヴちゃんといちゃついてたの〜??ダメだよそれは〜ダメダメだよ〜」


 仰向けに倒れる腹部に乗っかる金髪幼女を掴み、リオンが立ち上がるのと同時に肩に装備する。


「ハァ?何言ってんだ?そんな訳ねえだろ。まぁ忘れてたのは事実だが迎えに来たからノーカンだな。それで?この騒ぎはお前等が原因?それともいつも通り?」

「むぅ……。まあ〜来てくれたから許して上げます!!これはねぇ蛇尾ちゃんにみんなが餌付けしてたらいつの間にか大食い対決が始まっちゃってね〜。その結果かなぁ」

「ふむ。問題を起こしてなくて俺は安心したよ。ではでは、今日は疲れたからさっさと蛇尾を回収して帰るか。他に何かあったら今の内聞くぞ?」

「わたしは問題なんて起こさないよ〜。ただそうだな〜、前にリオンが言ってた通り受付のお姉さんからはリオンの事たくさん聞かれたよ〜。それでねそれでね、わたしは渡されたメモ通りに伝えといたよ〜えらい〜?」

「へぇ、それはそれは……。まあそれを100%信用する程馬鹿では無いと思うがそれはそれで面白くなりそうだな。良くやったなウルフちゃん、えらいえらい。じゃあマリーにも挨拶しねえとな」


ウルフが肩から降りて頭を差し出してきたので撫でる。


「えへへ、あとねあとね、一応名前も聞かれたから偽名?も使っといたの〜」

「まあそりゃそうなるよな。偽名で通しても良いがもう本名でもいいかな。蛇尾にも後で言っとくかな」


 再度ギルド内に入ると、遠くで倒れ伏す男性女性混合冒険者とテーブル上の大量の料理を食べている蛇尾の姿があった。

とりあえずあっちは放置するとして、先にマリーの元に向かって歩いていると彼女も此方に気付き笑顔になる。


「こんばんは、リオンさん。本日は2人を迎えに来たんですか?」

「こんばんは、マリー。まあそんな所だな、託児所じゃねえのに2人が世話になったな」


社交辞令の応酬を何回か繰り返した所で本題をリオンから切り出す。


「そういや、何か俺に聞きたい事でもあったのか?」


 遠回しな表現が苦手なので直球で投げるとマリーもビクリと動揺する。


「えっ?い、いえ、そ、そんな、聞きたい事は、な、ないですよ?」


あくまで白を切るマリーにリオンは優しく諭す。


「いやいや、怒ってる訳じゃねえよ。どうせ前回の顛末も報告書としてギルマスに上がっててあの場で一番関わりが合って尚且つ今後も関わる受付嬢、つまりマリー、お前に俺の情報収集を考えるのが普通だからな。まあお前だけだと油断させて他にも密偵が何人か付き纏ってきてんだけどな。ソイツ等もマリーよりは優秀だが、プロとしてはお粗末な仕事振りだからな。そんなダメダメな君達だからこそチャンスをやろうとしてんだよ。こんな幼女から情報を引き出すよりマシじゃねえか?」


ここまで話すとマリーは顔面蒼白になり、小刻みに震えている。


「い、一体、ど、どこまでご存、あッ!!………うぅ」


失策を悟り勢いよく口を塞ぐマリーの頭に優しく手を置く。


「クハハハ、可愛い奴だな。専門の訓練も施されていねぇ奴を使う事自体間違ってるんだけどな。あくまで口を噤ぐというのなら今日は1つだけお前等に為になる事を教えてやるよ。それはな……自分達だけが見ているなんて思わない方がいい。話す相手が違うかもしれねぇが奥で縮こまってる2人に伝えてくれればそれでいい。まあこんな事言われなくても分かってんだろうけどな、ってん?ん〜?あぁ……怖い思いさせて悪かったな、これは詫びだ」


 そう言いながら金貨を10枚程マリーの手に置き、踵を返すと後方から、ひゃー、と叫び声が聞こえたが無視する。

久々に大量に食べた事で見た目もツヤツヤし満足気な蛇尾をサクッと回収してギルドを後にし、宿まで帰還するとリオンはやっと人化を解き横になる。

すると、風呂に入っていたのかしっとりと濡れた髪を拭きながらイヴが奥から出てきた。


「帰ってたんですね、お帰りなさいリオン、ウルフちゃん、蛇尾ちゃん。ん〜?リオン随分疲れた顔をしてますね、今日はゆっくり休んで下さいね。私ももう眠いので先に休みますね、おやすみなさい」


 そう言うなりベッドてはなくリオンの背中に乗り横になる。

今日はいつもに増して指摘するのも面倒臭いので好きにさせた。

明日もまた早くに宿を出るので少しでも魔力を回復させるために眠る事にした。

適度な疲労感で久々の快適な睡眠も翌日扉が壊れんばかりに叩く音で目を覚ますリオンとイヴ。


「朝っぱらからうるせぇ!誰だよ、って1人しかいねえか……」


 いつも寝起きモフモフで上機嫌なイヴも今日この時はムスッとした顔をしている。

リオンは早速人化して扉を開けると案の定夏場に遭遇したくない熱血虎人男のリヴァイスが拳を振り上げノック姿勢のまま立っていた。


「ガハハハ!おはようリオン、とイヴよ!朝食はまだだな。先ずは腹ごしらえからだな」


 此方の返答を待たずに勝手にサクサク話を進め、1人で先に歩いて行ってしまった。


「……相変わらず熱苦しい男ですね。あんなのと今後も一緒に居るなんて苦痛ですよ〜。ねぇ〜リオン?」

「あん?そうか?ああいう慾望に忠実なタイプは実験体としては興味深いな。暫くは様子見してもいいだろうな」

「えぇぇ……その独特の視点はリオンらしいと言うか何というか……。はぁ……まぁいいですけど、とりあえず今は朝食を済ませましょうか」


 それから全員でリヴァイスの後を追い掛け、軽く食事を済ませると今日は蛇尾とウルフ、何故か翼も一緒に合格発表を確認しに行く事にした。

魔法学院の中には既に受験生でごった返しており、皆一様に期待や不安を抱え発表時間まで待っていた。


「もうそろそろ合否発表の時間ですね。合格してるといいですね」


イヴがベンチに横になり休んでいるリオンに向けて話し掛ける。


「んあ?まあそうだなぁ、不合格ならコソコソ忍び込む手間が掛かるからな、合格してた方が楽でいいな」


 ベンチの上にリオン、リオンの上に金銀幼女という格好で視線だけをイヴに向け、話続けるリオンにイヴは軽く溜息を吐きつつも金銀に便乗しようとリオンに近付こうと歩き始めるのと同時に遠くの門が開くと合否発表が開示された。


「あっリオン、合否発表が開示されましたので行きましょう、ほらほら行きますよ」

「分かった分かった、んな急がなくても結果が変わる訳じゃねえだろうよ」


 リオンを無理やり起こし背中を押しながら連れて行く。

そこでは受験生達が悲喜交交している様を眺めながら合否確認する。

結果としてイヴとリヴァイスの受験番号は直ぐに見つかり、順当に合格していた。

しかし、リオンはいくら探しても名前も受験番号も発見出来ず微妙な空気が猫一派以外に流れたがそこでイヴが、「あッ⁉︎」と大声を上げ一点を指差す。

全員の視線を釘付けにしたモノを注視する。

そこには、[受験生リオンは学長室まで来ること!]と書かれていた。


「キャハハハハ、リオン何したの〜?呼び出しくらっちゃってるじゃ〜ん。問題児〜?問題児なの〜?」

「キャハハハハ、問題児?問題児なの〜?合格なの〜?不合格なの〜?どっち〜?」


 蛇尾からのウルフの煽りを聞き流しながら当の本人は行動が早かった。


「ふむ、面倒臭えから帰るか。お前等が無事合格出来て良かった」


 言い終えるなり踵を返しスタスタと正門まで歩き始め、ようとしたが目の前にローブ姿の教諭と思しき連中に行く手を遮られる。


「待ちなさい、君がリオン君だね?学院長が呼んでいるからこのままご同行頂けないかね?」


その中でも初老の男が代表して話し掛けてきた。


「ハァ……何故俺がそんな面倒な事をしなけりゃならねえんだ?合否も開示しないなんて与えられた職務もまともにこなせねえのかテメェ等は!」


 不愉快そうに眉根を寄せるリオンから徐々に圧が上がり始め猫一派とイヴを除く周囲一帯に重力魔法が展開され始める。


「う、うぐッ!リ、リオン!これは、お、お主の魔法、かッ⁉︎ぐ、ぐぅぅぅ、な、なんのこれしきぃぃぃぃ!!」


 リヴァイスは片膝を付き何とか耐えているが教諭陣は全員四つん這いになり、冷や汗をダラダラと流し呻き声を洩らしている。

暫く冷めた目で周囲を窺っているとリオンの魔法に干渉する気配を感じたので魔法を消し、干渉した存在の方に視線を向ける。


「へぇ、お前が学院長か。流石、と言うべきか、他人の魔法への干渉をしようとするなんて俺を殺すつもりだったのかな?」


 イヴもリオンが向けた先に視線を合わせるがそこに人の姿は視認出来ずキョロキョロとしていると、急に空間が人型に歪み突然1人の女性が姿を現した。


「君こそ流石ね、こんな簡単に看破されたのは久し振りだわ〜。でも失礼しちゃうわね、私が大切な生徒を殺める筈ないじゃない。ただ〜生徒同様に教師達も大切な仲間ですもの。殺される訳にはいかないわ〜」


 目の前では輝く金髪に碧眼、白磁の如き美しい白肌に特徴的な尖った耳をした美しいエルフがふわふわした声音に似合わず鋭い視線をリオンに向け佇んでいた。

スタイルは……スレンダーとだけ表現しておこう。


「クハハハ、笑わせんなよ。合否すら不明なんだから現時点で俺はお前の生徒ではねえだろ。それにお前も失礼な奴だな、俺もコイツ等を殺そうなどと思ってねえよ。現にあれだけ時間があったのにまだソイツ等は生きてんだろうが」

「ふふ、それもそうね。でもそういった話を私の部屋でするつもりだったのに、リオン君が面倒臭がって帰ろうとするんだもの。仕方ないのでこれだけは先に伝えてあげるけど、勿論君は合格よ。ただ少し確認したい事があるのよ〜。そんな時間は取らせないから私の部屋に来てくれない?ねっ」


 可愛らしくウィンクをする学院長に面倒臭さを1ミリも隠さない表情をしながらも、やがてはリオンが折れ溜息を吐き了承する。

そして猫一派とイヴを連れ学長室に向かう。

ちなみにリヴァイスも同行に立候補したが学院長がやんわり断っていたので助かった。

流石学院長室という感じで執務机がある部屋の他にも応接用の部屋があり、現在はその部屋にある対面ソファに腰掛けている。

リオンの右にイヴ、左にウルフで何故か学院長の右に蛇尾が寝転んでいる。

特に注意もされないし、それどころか慈愛に満ちた視線を送っているので問題無しと判断する。


「さて、そろそろ本題に、とその前に自己紹介はしないとね。私はこのリンドブルム魔法学院の学院長をしているスクルプトーリス・ルベリオスよ。リオン君とイヴさんは知っているけど、この可愛らしいお嬢さん方の名前を教えて欲しいわ〜」


 イヴはビクリと肩が跳ね無言でリオンを見るが、当の本人は表情も変えずにスラスラと応じる。


「今お前の横にいる銀髪幼女がオピス、俺の左側に居る金髪幼女はルプだ。それで?本題をそろそろ話してもらえるか?」


 スラスラと名前が出てきた事にイヴは驚愕の表情でリオンを凝視し、蛇尾とウルフ改めオピスとルプは瞳を輝かせリオンを凝視していた。


「素敵な名前ね〜。本題に入る前に少し失礼するわね」


 そう言うなりソファから立ち上がり部屋を出ていくがすぐに戻ってきた、紅茶と大量のお菓子を持ちながら……。


「オピスちゃん、ルプちゃんも沢山食べていってね〜」


 オピスは秒で食い付き、ルプは一度リオンに視線を向け、頷くのを確認するとお菓子に手を伸ばし始める。

右を見ると何故かイヴもリオンを凝視していたので一応頷くと満面の笑顔でお菓子に手を伸ばす。犬かな?

金銀銀絶壁トリオがお菓子に夢中になると漸くルベリオスが視線を向けてきた。


「はぁ、可愛いわ〜ふふ。さてさて、それじゃ本題に入ろうかしら。先程も伝えた事だけど改めて、リオン君は合格ね。筆記はギリギリだったんだけど実技はちょっと意味が分からないレベルだったわね〜。今年はね、さっきまで一緒に居た虎人族のリヴァイス君とそこに居る魔人族のイヴさん、他にも何名かとても優秀な生徒が来てくれて私個人としてはとても嬉しいわ〜」


 フワフワと明るい口調だった学長が「ただ!」と一転真面目な口調になり周囲の空気がピリつく。

イヴは「ひッ!!」と声を漏らしリオンの腕に抱き着く。

金銀幼女は変わらずお菓子に夢中。


「問題は君よ君!リオン君、君の対応が未だに確立していない!あれ程の魔法を使う人に何を教えられるのか分からないのよ。貴方自身この学院で何を学びたいの?」


学院長から問われリオンが顎に手を置き暫し考える。


「ふむ、そうだな。とりあえずこの学院にある図書館を利用したいというのが1番だな。後はそうだな……俺は魔法は独学だからな。ちゃんと学び直すのも一興かと思ってな。あぁそれと1つ勘違いしている様だから訂正するが、実技試験で使用した魔法は第一階梯だ。[あれ程]ではなく[あの程度]と言った方が正しいと思うぞ」

「はっ?」


 突然のカミングアウトにピリつく雰囲気も霧散してポカンと間抜け面を晒すが、流石美形エルフというだけあって整った顔立ちの人族は何をしても様になっているな。羨ましい。

そんな事をリオンが考えていると立ち直った学長がバンッとテーブルを叩き立ち上がる。


「何ですって⁉︎あれが第一階梯魔法ですって⁉︎嘘を付くにしたってもう少しまともな嘘を付くべきだわ!」


 急に怒り出した学院長をリオンは訝し気な表情でイヴに視線を向けると彼女は溜息を吐き良い笑顔で話し出した。


「いやいや、これに関してはルベリオス学院長が正しいですからね?あんな威力の魔力弾撃っておいて第一階梯魔法とかなんの冗談だって話ですよ」


 助けを求め視線を向けた絶壁少女は笑顔で一切の躊躇無く救いのハシゴをぶん投げた。

普通に裏切られたので仕方なく自身の弁解をしようとするが再びイヴが口を開き出鼻を挫かれる。


「ですが学院長、残念ながら実技試験で使用したのは第一階梯魔法で間違いありません。それ程リオンは規格外で変な存在なんですよ」


 フォローかと思いきやただの人外宣言だったが、間違ってはいないのでスルーする事にするが学院長は納得はしていないのか訝し気な表情でリオンとイヴを交互に見てる。


「まあ信じる信じないはお前に任せる。話がそれで終わりならもう帰ってもいいか?」


 段々といつもの癖が出てきて話を終了させにいくが、学院長が手でそれを制する。


「分かったわ……ただ、最後にひとつだけいいかしら?貴方は第何階梯の魔法まで習得しているの?」

「さぁ知らねえよ。さっきも言った様に魔法は独学だし、この前の試験で初めて枠内の魔法使ったんだからな。多分イヴと同じくらいじゃねえか?」


 イヴの胡散臭い奴を見る目を華麗にスルーしながら話を組み立てていく。


「それじゃそろそろお暇させてもらう。そうそう最後に俺からも質問、じゃなく伝言を贈ろうか」


そう言うとツカツカと学院長の側に寄り耳元に口を近付ける。


「この街の副ギルドマスター、いや妹さんによろしく伝えてくれ。あぁそれと、もう少し腕の立つ監視役を雇うのもオススメしておくよ、治安が良くても人が忽然と姿を消すなんて良くある話だからな。まあ学院長にはあまり関係ねえ話だし俺としては色々楽しめるからどっちでもいいんだけどな」


学院長が微かにピクリと反応したのを確認して満足気に耳元から離れる。


「君は、一体……」


 努めて冷静に対応しようとする学院長を一瞥してリオンは金銀銀絶壁トリオを回収し部屋を後にする。

気配が遠ざかるのを確認してから学院長はソファにドカッと腰を落とし額から流れる冷や汗を拭い深く息を吐いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[癒しの双子?]


 今現在私はギルドの事務仕事以外にも重要な任務を背負っています。

と言うのもつい1週間程前に初めて顔を見せたリオンさんと言う素敵な、コホン、アイアン級の冒険者さんの情報を探るという極秘任務をギルマスとサーシャさんに押し付、んん、頂いたので頑張っている最中なのです。

何故最低ランクであるアイアン級冒険者の情報が必要かですって?

それはリオンさんがランクと実力差が乖離し過ぎている点とこの街より以前に活動していた場所が原因ですね。

実力に関して言えば初日にシルバー級冒険者を圧倒してしまって惚れ惚、げふんげふん、驚愕してしまいました。

彼ならすぐにランクが上がるだろうと確信してます!

もうひとつの原因、それはリオンさんがアルザスの街から来たという事です。

アルザスの街はつい最近原因不明の大消滅が発生した場所でルークスルドルフ王国は勿論、他の周辺国家も原因究明に尽力しているらしいのです。

大山脈に隔たれてはいますが、ここリンドブルムも調査を行ってるという話ですね。

でもリオンさんは大山脈を越えてこの街に来たと言っていたので長く見積もってもひと月前にはアルザスの街を出立しないとこの街には辿り着かないので私個人としては無関係だと思ってます。

でもそれはそれ、これはこれなので仕事は仕事として頑張っちゃいます!

でも最近は事務的な事以外話す機会に恵まれないので、ギルマス達に報告する事は殆ど無いですね。

あぁ、ゆっくりリオンさんと話したいなぁ。


 そんな事を考え普段通り事務仕事をしていると、突然場違いで元気な幼女達の声がギルド内に響き渡り顔を上げるとそこには……。


「あら?あの子達は……リオンさんといつも一緒に居る子達ね。リオンさんは〜……見当たらないわね。2人だけで何の用なのかしら……」


 頬に右手を当て小首を傾げるマリーに他の受付嬢達も疑問の視線を向けるがすぐに幼女達を見つけ黄色い歓声が飛ぶ。

彼女達は現在の冒険者ギルドで一番の癒し要素であり、受付嬢達は皆一様にお菓子を準備しながら彼女達を釣る様にヒラヒラ掲げる。

その露骨な罠に彼女達の片割れ、銀髪紅眼の幼女が秒で釣り上がる。

金髪碧眼の幼女はヤレヤレと溜息を吐きながらもお菓子には興味があるらしく遅れて釣られる。

時間帯的に冒険者達の依頼受注処理も落ち着いていたので金銀幼女達は受付嬢達の膝の上を転々とたらい回しにされているのをマリーは遠目に眺めていると輪の中から避難した金髪幼女と目が合う。

マリーはニコリと微笑み手招きをすると近くに寄ってくる。

金髪幼女はマリーが座る椅子の対面の椅子にちょこんと座った。


「何か用〜?貴女は確か〜リオンとよく話してる人よね〜?」


のんびりと間延びした声音でマリーに語り掛ける金髪幼女。


「えぇ、そうよ。私は狐人族のマリーって言うの、よろしくね。用事と言う程ではないんだけど、先ずは貴女のお名前を聞いても良いかしら」

「マリー……マリーね、うん、覚えた〜。ん〜と、わたしの名前はルプよ〜。良い名前でしょ〜。リオンに付けてもらった大事な大事な名前だわ〜」


 余程嬉しいのか足をパタパタさせ両手を頬に当ててキャッキャしている。


「か、可愛いー!!!あぁ、ルプちゃんはこの男臭いギルドの最高の癒しだわ〜!オアシス、オアシスはこんな場所にあったのね〜……」


 可愛らしい仕草にノックアウトされ、そのままルプに抱き着くマリー。

ルプは突然顔面に経験した事のない柔らかい2つの山に押し潰されたが、必死にそれを押し返しクワッと目を見開く。


「な〜にぃ〜これぇぇ、この圧はイヴちゃんにも決して無い、これは危険だー!その二つの山をリオンに押し付けたら許さないからねー!」

「えぇ〜危険とは酷いなぁ……。ってリオンさんにそ、そんな事する訳ないでしょー!恥ずかしい!」


 ルプから思いも寄らない反撃を食らい見事妄想してしまい自爆赤面してしまったマリー。

マリーの豊かな双丘を警戒しながら唸るルプが改めて口を開く。


「危険人物だわ〜…………それで?用事は名前とそれを押し付けるだけ?それならもう戻るけど?」


徐々に間延びした声音も鳴りを潜めてしまっていった。


「あ、あれれ?嫌われちゃったかな?ゴメンね〜、もうしないから〜。後少しだけお姉さんとお話しよう」


 ルプは少し考える素振りをするとハァと溜息を吐き、「何が聞きたいの?」、とマリーと視線を合わせる。

それから幾つか質問を繰り返すがどの返答も模範回答の様に用意されたモノに聞こえてくる程ルプは淀み無く答えていく。

そんな疑問を抱くタイミングを見計らった様に少し噛んだり吃ったりするので曖昧な感覚のまま話が続けられた。

ある程度話していると、突然ガタッとルプが立ち上がったと感じた瞬間目の前から姿を消す。

「えッ⁉︎ルプちゃん⁉︎」と驚愕していると入り口からドガンと音がして視線を移すと扉が開いているだけで誰の姿も無かった。

そのまま暫く扉を眺め固まっているとルプを引き連れたリオンが入ってきた。


「えっ⁉︎あの場所まで、一瞬で……?なんて速さなのかしら……やっぱりあの子も普通じゃ無いのかしらね……」


 そんな事を独り言ちているとリオンさんが此方に向かってくるので私は笑顔で対応する。

相変わらず格好良、こほん、素て、ごほん、とりあえず笑顔で対応していると急に私の心臓が止まるかと思う程衝撃的な言葉を貰ってしまったのです。

まともに言葉を返せないまま私が固まっていると今度は詫びと言っでマリーの掌に突然大金が落ちてきた。

何が何だか分からなかったけど改めて見るとそれは全て金貨だった。

リオンさんはそれ以上何も言わず金貨10枚程を置いて去って行ってしまい私は目の前の大金に悲鳴を上げる事しか出来なかった。恥ずかしい。

翌日業務がひと段落した私は昨日のリオンさんからの伝言を携えギルマス達に報告しに行った。

コンコンとノックして入室すると暗い雰囲気の2人がソファに腰掛けていた。


「失礼しま……あの〜?何かあったんですか〜?出直した方がいいですかね?」


 私が恐る恐る声を掛けるとサーシャさんが此方に視線を向けた。


「あ、あぁマリー。いいえ、彼に関する事だから貴女も同席して頂戴。ささ、座って、今紅茶を用意するわ」


 ここ最近[彼]と言われると必然的にリオンさんの事を思い浮かべちゃうな。

私がそんな事を考えているとサーシャさんが手早く紅茶がお茶菓子を用意してくれた。

あっ、この紅茶良い香り、後で教えてもらって買いに行こう。


「さて……先ずはマリー、何か報告があるのだろう?お前の報告を聞かせてくれ。何か進展があったのか?」


 ギルマスに問われ名残惜しくも一旦紅茶の事は横に置いておく。


「そうですね、昨日はリオンさんといつも一緒に居る金髪と銀髪の子達だけでギルドに来て、同僚達からも絶大な人気を獲得してました!かく言う私も癒しに癒されて大満足でした!」


 胸を張りドヤ顔の私に呆れた顔で溜息を吐くギルマス達、何も変な事言ってないのに……おかしいな。


「ん?えっ?えぇとマリー?もしかして報告は、それだけ?」


 サーシャさんが呆れながらも問い掛けてきたので本題はこれからと姿勢を正す私。


「いえいえ、これからが本題ですよ。その後夕方くらいにリオンさんが2人を迎えに来たんですけど……リオンさんからお二人に伝言がありまして……」


 どう伝えたもんかと悩む私を訝し気に見つめる2人に伝言だからそのまんま伝えようと決心して2人に伝えたらビックリしていた。


「信じられんがまさか、本当だったのか……」


 とりあえず状況が不明な私は冷や汗を流す両名に詳細を尋ねる。


「さっき姉から連絡があってね……リオン君が魔法学院の入学試験を受け、無事合格したらしいわ……」

「えぇー⁉︎リオンさん冒険者辞めちゃうんですか⁉︎」


 驚く場所がズレていたのか再び呆れた顔をされちゃったから私は少し考えて改めてリアクションを取り直した。


「サーシャさんのお姉さんって魔法学院の学院長ですよね。リオンさんが何かやらかしたって事ですか?言ってはなんですが普通の合格者なら学院長の目に留まる事なんて無いに等しいですよね?」

「マリー、アンタは鋭いのか鈍いのかよく分からないわね。まぁ事実、リオン君がやらかしたのは本当で、実技試験で校庭を広範囲に渡って消し飛ばしたらしいわ……」


 それを言われても私、魔法学院の校庭とか見た事無いからピンとこないのよね……まぁ口には出さないけどね。


「流石リオンさん!やっぱり凄い人だったんですね〜。と言う事はイヴさんも受けたのかな?彼女も実は相当凄腕なんですかね」

「そうね、イヴさんは第四階梯、しかも火と土の複合魔法を使ったらしいわ。まぁそれはとりあえず置いといて彼には尾行の存在も私と学院長の関係、それにマリーの話も統合すると殆どバレているわね」

「その通りだ。だが彼も我々が素性調査に留めている間は何か行動する事は恐らくないだろう。その線引きの警告も貰ったからな。マリーには引き続き情報の引き出しを頼むとしよう。魔法学院に通う理由も特に不審な点は確認出来なかったので暫く静観するしかないだろうが、あちらは学院側に任せるしかないだろうな」


 今まで黙ってたギルマスが話し始め、今後の事もポンポン決めていったので私は黙って紅茶を飲む。美味しい。

そのまま話を聞き流しているとギルマスが話を締めたのでさっさと退出しようとした私を呼び止める声に振り返る。


「マリーよ、お前ワシ等に報告してない事はないか?」


 そう問われ私は左手の人差し指を顎に置き小首を傾げるが本当に心当たりがないので「ないですね」と伝えると何故かジト目で睨まれる。失礼しちゃうなぁ。


「彼から金貨を大量に貰ったらしいじゃないか。冒険者とギルド側の個人的な金銭のやり取りは報告義務があるよなぁ?」


 詰め寄られマリーが冷や汗を流しながらキョロキョロと挙動不審になりながら頭をフル回転させる。


「あ、あれは……そ、そう!あれは慰謝料なので冒険者とギルド間では無くリオンさんと私との個人的な物です!なので報告義務はありません!」


 かなり苦し紛れの言い訳に2人は再度呆れた顔をして追撃してくる。

その後暫く応酬して遂にはマリーの粘り勝ちとなり彼女は意気揚々と部屋を後にする。

2人の生暖かい視線を背中に浴びながら……。

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