第14話 魔法国家リンドブルム

 明日使用する亜人運搬用ゴンドラを蛇尾達の協力の元、長方形の箱になる様に土魔法でサクサクと作成していくと数分も掛からずに出来上がる。

猫達は完成したその出来栄えに満足して頷いているとイヴが満面の笑みでこちらに走ってきた。


「その顔だと説得は上手くいったらしいな」


 人化中なので、そのままイヴの頭を撫でるとすぐに顔を緩ませ頬を朱に染める。


「えへへ、猫さんに撫でられるの好きです」


 幸せそうな顔でイヴは猫に抱き着く。

コアラみてえだなと思いながら気になっている事を聞いてみる。


「どうやってアレを説得したんだ?中々強情なタイプに見えたんだが、やっぱイヴが言えばすんなりだったのか?」


 言及された事でイヴは抱き着いたまま固まり、ギギギと壊れたブリキ人形みたいに顔を上げると引きつった顔で猫を見つめる。


「えぇと〜……説得は成功というか失敗というか託したというか何というか……あ、あはは」


 冷や汗をダラダラ流しながら言い訳を並べ立てるイヴにため息を溢しながら予想される事を総括して口にしていく。


「まとめると、イヴは説得に失敗してアレの近くにずっと居た赤髪のガキにぶん投げたって所か?」

「えッ⁉︎何で分かるんですか ⁉︎あッ!い、いえ違いますよ?私だって頑張って説得したんですけど、あの人思い込みが激しくて……つ、つい魔法で吹っ飛ばしちゃっただけですからね!落ち着いたらもう一度説得してきますから!な、なので今この時間はこの幸せを噛み締めますぅぅぅ!」


「ムフー」と猫の腹に顔を埋めて幸せを噛み締めるイヴを冷めた視線を送りながらも好きにさせていると、急に横から「ど〜〜〜〜ん」と可愛らしい無邪気な声が聞こえ、突風が過ぎ去っていった。

しかしその声とは裏腹に行動からの結果は悲惨なものだった。

先程まで猫の腹に引っ付いていたイヴが一瞬で視界から消え失せ、「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ」と悲鳴を走らせながら高速で飛んで行き、50m程吹っ飛んでいった。

道中立ちはだかる巨木を何本か粉砕して勢いを減速させていき、自然の重力に従い地面に落ちるとそのまま数回バウンドして漸く止まった。

猫は視線を吹っ飛んだイヴから元凶、つまりウルフに向ける。


「なぁ、あれはやり過ぎじゃね?俺が魔法掛けてなかったら死んでたろアレ」


 イヴに代わり猫に抱き着いているウルフにお小言を言うが、ウルフは悪気無く無邪気にニコニコ笑いながらも嫉妬心で燃え上がった妖しく光る瞳で猫を見つめる。


「イヴちゃんばっかりズルいよ〜!わたしの猫ちゃんを取るのはやっぱり良くないと思うんだよね〜。つまりこれは仕方がない事なの〜。わたしは悪くないどころか正しい行いをしたから猫ちゃんはわたしを褒めるべき!なでなでしたりよしよししたりしなきゃダメだと思うなぁ」


 相変わらずぶっ飛んだ事を宣うウルフの頭をワシワシ撫でながらとりあえずイヴの様子を見に行く事にする。


「まぁとりあえず、俺は誰のモノでも無いと訂正するとして、無事なのは気配で分かるがイヴの所に行くか」


ウルフを肩に乗せスタスタとイヴの元まで歩み寄る。


「うぅぅぅ……。あいたたた……ッて、全然痛くない……えっ?えぇ、なんで ⁉︎一体何が起きたの……?あれッ⁉︎何これ、身体が光ってるッッ⁉︎あっ、これは猫さんの魔法?あれ?えーと……そうそう、さっきまで猫さんとの幸せなひと時を堪能してたと思ったら急に……ハッ!!そうだ!あの声、ウルフちゃんだった気が……」


 先程の衝撃の前後の記憶を振り返っていると、遠くからウルフを肩に乗せた猫がのんびり歩いて来ていた。


「ハハハハ、災難だったなイヴ。俺の魔法が間に合わなかったら今頃挽肉になって死んでたな」


 陽気な声音で恐ろしい事を言う猫と頬を膨らまし猫にしがみ付くウルフの両者を交互に見ながら犯人を特定した。


「あっ!やっぱりウルフちゃんが犯人ですね!なんでこんな事するんですか!折角の幸せな時間を邪魔するなんて、ウルフちゃんでも許しませんよ!」


 ビシィィィッと指を突き付け怒りの形相でウルフを見ると、ウルフも猫の肩から降りてイヴの前に仁王立ちして踏ん反り返る。


「猫ちゃんはわたしのモノなんだから〜気安く触るのはイヴちゃんでも許さないよ〜?」


 両者譲らず「ぐぬぬ」と唸りながら牽制し合っていて、埒が開かないので猫がその場を治める事にした。

力尽くで。


「止めろお前等。面倒臭え争いは後で好きなだけやれ!それと俺は皆の猫ちゃんだと訂正しとく」


 重力魔法で2人を潰し、「ぶぎゃ!」とカエルが潰れた様な音が聞こえたが安定の無視を決め込み、猫は言うだけ言ってその場を颯爽と後にする。

遅れて怒りの矛先を猫に変えた絶壁コンビが喚きながら突進して来たのでマタドールの様に2人を去なして背後に回り込み、首根っこを掴みながらササっと両肩に装備すると一瞬で大人しくなったので何事も無かったかの様に亜人達の元に戻る為に歩き始めた。

広場に居る亜人達の姿を確認するとほぼ全員会話はしたのか一部を除き落ち着いた雰囲気で各々明日の準備をしていた。

例外の一部はと言うと、変態種族ことエルフ族である。

彼等彼女等は気絶から目覚めてから今まで爺と魔法談義をしているらしく全員顔を興奮で紅潮させており、鼻息荒く話し込んでいる。

全力で関わりたくなかったので放置する事にすると、例外第二弾が飛び込んできたので猫は思わず口端を吊り上げ愉快そうに笑う。


「クハハハハハ、死ぬ準備が出来たのかな?イヴ、説得はもういいか?地を這う虫は眼中にねえから相手にしねえが、羽虫みてえに目の前をブンブンと飛ばれるのは俺としても不愉快だからな。そろそろ潰しても問題無いだろ」


 再登場した魔人族のガキ、ワイリスが猫の前に立ちはだかりすぐ後ろには赤髪のガキが付いて来ている。

猫の頭を跨ぎ両肩で口撃を再開していたイヴはワイリスの登場に溜息を吐き、名残惜しそうに猫の肩から降りてワイリスの前に出る。

その際、ウルフは満面の笑みを浮かべ猫の頭に抱き着いていた。


「ハァ、また貴方ですか……。私、言いましたよね?命は大切にして下さいって。折角助かった命を無駄に捨てるなんて、貴方は私を馬鹿にしてるんですか?私は貴方が一体何をしたいのか理解出来ませんよ。……それに、後ろの方も私はあれ程言ったのに説得は失敗したんですね」


 焦燥感や悲愴感が押し寄せながら話すイヴにワイリスは一瞬気圧されるものの、何とか踏ん張って耐える。


「お、おい、魔物!殺し合いをするとイヴが悲しむからな!ぼ、僕と決闘しろ!僕が勝ったらイヴと別れろ!!」


 イヴの説得すら既に右から左で自分の正義を疑わないワイリスは震えながらも大声で言い放つ。

その発言を聞いた周囲の亜人達も振り向くが猫一派と彼、そして彼の友人を除いて皆ポカンと口を開き唖然とした。

一応当事者のイヴがポカン勢の中で1番早く正気に戻り、ワイリスではなく友人に確認する。


「えぇーと………後ろの魔人族の方?」

「ロンバルドと言います。以後お見知り置き下さい。しかし……えぇ!ええ、えぇ!イヴさんが言いたい事は良く分かってますとも。俺はワイリスの説得に失敗した身、そして今の決闘発言。俺も突然の事で驚いている次第です」


 その後もイヴと赤髪の魔人族、ロンバルドとの会話が続くが当事者の猫は未だ無言でワイリスを眺めており、イヴ達にとってはその事が何より不安だった。

その姿に憤りを感じたのかワイリスは額に青筋を浮かべ更に猫に絡んで行く。

怒りに染まった顔とは裏腹にワイリスは全身震えて冷や汗を流し、今にも意識を手放しそうな程弱々しく、虚勢を張り意識を保っているのがバレバレであった。

喚き散らすワイリスを前にする猫。

しかしそれでも無言を貫く猫に遂にイヴは痺れを切らしロンバルドとの会話を切り上げると恐る恐る猫に近付く。


「ね、猫さん?どうしたんですか?何か考え事ですか?」


 イヴが話し掛けると視線はワイリスからイヴに移るが、人化していても全く感情が読めない程無表情になっていた。

「ヒッ‼︎⁉︎」とイヴが怯えた声を上げた事により、猫の顔に漸く表情が帰還した。


「あん?あぁ、イヴか。何だ今の情けない声は、笑えるな。それで?お前の答えは出たのか?説得は成功?失敗?対策は完了?未完?アレは捨てる?拾う?殺す?殺さない?答えを出す為の時間は与えた。それで、お前の答えは?」


 表情は戻るが声に普段の色は無く、掴み所が無い淡々とした口調でイヴにワイリスを処刑台に上げるか否かを決断させる。


「……あっ…そ、それ、は……ま、まだ話し合っている、最中で……せ、説得します!なのでもう少し、ま、待って下さい!」


 猫と出会ってから少なくない時間、濃密な時間を過ごしたイヴはこれから起こる事が容易に想像出来てしまい、しかもそれが発動すると自分には止める術がないので、それを回避する為にしどろもどろになりながらも必死に懇願する。

その言葉を無言で聞き、猫は視線をイヴからロンバルドに向ける。


「お前は?既に説得は失敗したと自ら語ったな。それで?なんでお前はまだそこにいる。俺等に助けられたから逆に殺されないとでも思っているのか?それともソイツはもう友人でもなくただの喚く肉袋とでも思ってんのか?」


 イヴとは異なりロンバルドには殺気を放ちながら冷徹な眼を向ける。

ゴクリと喉を鳴らし、ロンバルドは普段からの癖で頭をフル回転させどうにかこの状況を変えようと駒を進めようとするが今回に関しては全てが見当違いであり、次は永劫訪れなかった。


「ッッ⁉︎……貴方からしたら俺達なんで一瞬で殺すだけの力がある筈なのに、こんな話を引き延ばすと言う事は貴方に俺達を殺す意思は無いんじゃないですか?そもそも、そんな話をーーーー」

グシャ「待ッッ!!ッッッ ⁉︎」


 ゾクリと背筋に悪寒が走り、咄嗟に声を挟もうとするがそれより一瞬早くイヴの声を掻き消す勢いで地面が粉々に砕ける音と肉袋が潰れる音が重なり、ココナッツを潰した様な音が周囲に鳴り響く。

爆心地かと見紛う程に粉砕された地面には既に原型を留めていない赤黒い血溜まりが広がっていた。


「結局亜人も文字通り人って事か。救う価値も無いゴミが!どいつもこいつも勘違いしやがる。交渉テーブルがちげえんだよ」

「えっ……?ロ、ロンバルド……?う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ロンバルドォォォ!!貴様ァァ!よくもロンバルドを!殺す!殺してやる!死ねッッゴファッ ⁉︎」


 猫の一声に現状を理解したワイリスが一直線に猫に突貫してくるが、残り半分くらいの距離まで来た瞬間横から拳大の岩塊がワイリスの顔面にヒットして吹っ飛ぶ。


「やめて下さい!もう、この場では誰も死なせません!猫さんも手出し無用です!いいですね!」


 紫紺の瞳からは大粒の涙を流しながらイヴは猫を射抜き、返答を聞かずにワイリスの元に走って行く。


「ふむ。既に説得の領域からは逸脱して今から流れを止める事は不可能だろうよ。今すぐアレが俺に挑み死ぬか、将来力を付けて俺を本当に討伐するか……。クハハ、後者の方がずっと面白そうだな。なぁ、そう思わないかお前等」


 独り言の様に語りながら視線を周りに向けると蛇尾、ウルフ、翼、爺が側に居た。


「分かり切った事を聞くのはあまり面白くないわね。でもそうね……偶には限り無くゼロに近い希望に縋り付くのもいいんじゃないかしら」


 代表して翼が口を開き皆一様に頷いている。

猫は苦笑しながらも異論は無いらしく無言でイヴ達を見る事にした。

現在イヴはワイリスに馬乗りになりながら大声で何かを捲し立てている。

ここからでは遠くて聞き取れないが泣きながら必死に説得しているらしい。

暫く続いた説得もワイリスの号泣をキッカケに終了した。

それらの茶番を冷め切った10の目が見届けてから猫は踵を返し歩き始めた。

その後は特筆する事もなく各々再び準備に奔走して、疲労が蓄積していたのか夜には皆スヤスヤ寝ている。

その中にはイヴもおり、最近は肉体精神共に疲弊続きからか某猫型ロボットの主人公並に即寝している。

規則正しくスヤスヤ眠るイヴを疲労の元凶であろう猫がある程度眺めてから徐に立ち上がり洞窟の外に出て歩き始める。

四足歩行でノシノシと少し歩くと昼間に作業していた、森が開けた場所に出る。

空には雲ひとつ無く真珠の如きパールホワイトの壮麗な月に見える衛星、その周囲には色取り取りの宝石を幾億と鏤めた星雲の幻想的な風景が広がる。

暫し堪能してから振り返り声を掛ける。


「それがお前の答えか?イヴの願いはお前には届かなかったみたいだな、しかも予想通り過ぎてつまらねえなお前。奇を衒わねえと今のお前じゃ死ぬぞ」


 視線を向ける先には無言で佇むワイリスだ。

彼は殺意を滲ませながら猫を睨み、腰に差していた剣を取り構える。


「黙れ!!お前がロンバルドを殺した事に変わりはない!幾らイヴの言葉であっても無意味だ!お前は僕が必ず殺す!!」


相変わらずの様子にヤレヤレと猫は溜息を吐く。


「まあ殺したのは俺だが、原因はお前にもあると気付いてんのか?己の独り善がりで周囲に迷惑を掛け、力量差を理解しているにも関わらずイヴや友に説得されるも聞く耳を持たず自分本位に行動し、挙句友は殺された。結果は俺だが過程はお前が皆を殺してると思わないか?」

「う、うるさい!僕は悪くない!悪くないんだ!お前さえ、お前さえ居なければロンバルドは死ななかったんだ!全ての元凶のお前が死ねば全て上手く行くんだァァァ!!!」


 返答は期待してなかったが案の定聞く耳持たず、がむしゃらに突進してきた。

猫には退屈な速度で、到達するまでまだまだ時間が掛かるので後はどう処理するか考えてると蛇尾から要望を貰いそれに了承する。

早速魔法を発動、ドサッと前方で物音がする。

先程までの耳障りな喧騒の波が引き、静寂が戻ってくる。

そして喧騒の元凶は2度と喚く事は無かった。


「呼吸を必要とする生物にこの魔法は便利だよなぁ。それで?蛇尾ちゃんの希望通り綺麗な死体にしたが、なんの思惑があったんだ?」


 闇魔法の一種で範囲空間内の既知任意物質濃度をコントロールするもので、一番使用用途が多いので窒息魔法と適当に呼んでいる。


「ん〜?猫ちゃんはおバカだなぁ、思惑なんてないよ〜。ただ、久々に綺麗なご飯が食べたかっただけだよ〜。でも……あれぇ?ん〜?この子不思議な匂いがする〜。猫ちゃんちょっと見てみて〜」


 下らない理由だった事に脱力しながらも蛇尾に言われた通り鑑定で見てみる。


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[ワイリス]種族名:魔人族

[Lv.10]ジョブ:無し 状態異常:死亡

[剣術Lv.2]

[風魔法Lv.1]

[身体強化Lv.1]

[???の種]


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「コイツってこんな弱さでよくあんな自信満々に挑んできたもんだな。自殺願望者か?それになんか知らねえ、と言うか見えねえスキルがあるな。詳細調べてみるか」


[???の種]→あらゆる可能性を秘めた種。所有者の想いの強さにより発芽する。想いと器が強ければ強い程その力を抑え自らの糧に出来る。失敗した場合精神が崩壊する。


「ふむ。これって大罪系に関係あるのか?あのギルマスは大罪の失敗作なのか?それであの強さか……。これはもっと気合入れて強くならねえと不味いか。いやはや、コイツの死は有益な情報を齎したな。だがもう調べる事はねえから食べていいよ」


 待てと言われた犬みたいに涎を垂らした蛇尾がGOサインを聞き一瞬で跡形も無く捕食する。

この場での作業は既に終えたので洞窟に戻る事にした。

洞窟前に戻るとイヴが独り、切り株の上に座っていたのでくるっと切り株の周囲を巻く様に横になる。


「こんな夜更けにどうした?怖い夢でも見てちびっちまったのか?」


 冗談めかしてイジるがイヴは真顔のまま空の星々を眺めている。


「猫さんこそ、こんな夜更けにどうしたんですか?」

「俺に睡眠は必要ねえからな。イヴが寝たら暇になったから暇潰ししてきた所だな。すぐ終わっちまったが有益な暇潰しにはなったな」


 軽口で応対する猫を見るイヴは少し悲しげな顔をして、「そうですか……」と一言応える。

次の瞬間には何事もなく再び空を見上げる。

しかし小刻みに身体が震えているのを猫は気付いていたが特に何か言う事も無く同じく空を見上げる。

暫くそのまま、共に満天の星々を堪能した。

少女は震える身体を抑え、ボヤける視界から零れ落ちそうになる涙を上を向き留める事に尽力していた。


 昨日も色々あったが本日は遂にこの森から旅立ちの日。

オマケとして先日助けた亜人もまとめて北の山脈を越えた先にある街々までポイする予定である。

その移動手段としてのブツを亜人達の目の前にドンと置いた所、周囲から僅かな騒めきが起こるが猫が手を振ると静寂が訪れる。

その物体は長方形の箱状で、例えるならゴンドラだろうか。

どっかの某物置のCMの様に100人乗っても大丈夫だろう。


「早速お前等乗り込め!早く行くぞ」


 猫の号令に亜人達は続々乗り込む。

ちなみに乗り込み易い様にステップまで付ける親切仕様である。

全員乗り込みが完了するが、イヴが此方を凝視しながら留まっていたので訝し気に思いながら声を掛ける。


「早くイヴも乗れよ。それとも残る事にしたのか?それなら達者でな。強く生きろよ」


 全くの見当違い、且つあまりにも簡単に切り捨てた事に対してイヴは頬を膨らませながら猫の前脚を叩く。


「違いますよ!何でそんな見当違いの方向に行っちゃうんですか!私には特等席があるんでこの箱には乗りませんよ!」


 そう言うなり猫山脈をロッククライミングしながら登頂する。

見えないが満足した雰囲気が伝わったので、声を掛けようとしたが既に蛇尾、ウルフ、翼の女子会が始まっていたので放置する事に決め、100人入り買い物籠を持ち早々に飛び立つ。

重力魔法と風魔法を併用しているので、通常よりグングン高度を上げ目的地の方向を確認し、北の山脈に向かって飛ぶ。

山脈越えは拍子抜けする程アッサリと終えてしまった。

特にイベントは無く、8枚翼を持つ鳥でヴォーセミバードとかグリフォンとか飛行系の魔物が挑んできては蛇尾ちゃんの腹に収まっていったくらいしか無かった。

亜人達は悲鳴混じりに顔面蒼白になっていたが、気にせず飛び続けたから1時間も掛からずに山脈から一番近い村に到着した。

隠蔽していた事もあり、騒動を起こさずに村に入る事に成功する。

ここは[リアス村]と言って、特に特筆する事も無い寂れた村だ。

強いて挙げるなら種族混合村落といった所か。

連れて来た亜人達の中にはこの村出身の者も居たらしい。

長居をするつもりも無いのでここで猫バスを下車する人数を集計すると15人だった。

残りは目的地[魔法国家リンドブルム]にて方々に散るとのこと。

以前に土産素材を渡すと誰かに公言した気がするので人気が無い所に移動し、片腕だけ人化を解くと皆一様に怯えたので手をぷらぷら振る。


「そう怯えるなよ。前に土産やるって誰かに話した気がするからよ、ここで別れるお前等に俺の素材をやろうと思ってな。体毛でいいか、多分魔除けにはなるんじゃねえか?知らねえけど」


 レア魔物だけあって相当な価値があるだろうと思い近くに居た奴のナイフで毛を刈る様に指示するが、暫くすると困惑顔で猫に視線を送る。


「あ、あの〜……ナイフじゃ全然切れないといいますか、ナイフが削れて折れてしまったんですけど……」


 申し訳なさそうにナイフを見せてくるが、見事に刃先から折れていた。


「ボロいナイフだったんだな。仕方ねえ、俺がやるから離れてろ」


 もう片方の爪だけ解除しサクッと自分の体毛をゲットして15人に少量与える。

そして、虚実入り混じる情報を村に与える用事を済ませ直ぐに魔法国家リンドブルムまで向かう事にする。

その道中で徐にイヴが問い掛けてきた。


「猫さん、あの村で言ってた情報って本当なんですか?」

「今は嘘でも実現すりゃ真実だ。クハハハ、過去話をした訳じゃねえからな」


 イヴの鋭いツッコミに頓知の様な返答をしてジト目で見られる事数分、目的地付近まで到着したので地上の街道を通って街まで行く事にしようとしたが、80人以上の集団だと目立つので班分けをして東西南北の4か所に分散させ入る事にする。

事前にお土産は渡してあるので、ここで解散してもいいくらいだと思いながら門に向かう猫一行。

アッサリ通過……かと思いきや何故か門兵に止められる。


「おいお前、何故俺だけ止める。何も怪しい物は持ってねえぞ?と言うか荷物ねえしな」


 両手をぷらぷらさせ冷めた目で門兵を見ていると、返答は隣から寄せられた。


「いや〜両肩にその子達乗っけてたら流石に変じゃないですか?」


 声の主に目線を向けるとイヴが呆れ顔で見てくるので改めて両肩に目をやると左肩にはドヤ顔の蛇尾が、右肩には同じくドヤ顔のウルフが居た。

そして目線を門兵に向けるとイヴに賛同するかの様に頷いている。


「ふむ、意味が分からねえな。仲睦まじいホッコリするひと幕じゃねえか。だが、そうか……なるほどな、であればコイツ等を降ろせば問題無いと言う訳か……そこになんの差があんのか意味不明だが、郷に入っては郷に従うべきだな」


 力尽くでも押し通れたが色々未知な部分が多い魔法国家なのでヤレヤレと思いながら両肩の金銀幼女を降ろそうとするが2人とも猫の頭をホールドして抵抗する。


「いや〜!降りたくな〜い。お腹空いてもう歩けない〜。歩きたくな〜い」


ここまで一歩も歩いていない蛇尾のセリフから始まり。


「いや〜!猫ちゃんはわたしのだもん降りたらイヴちゃんに猫ちゃん取られちゃう〜!イヴちゃんがずっとこの場所をヨダレ垂らしながら狙ってたの知ってるんだからね〜」


 やべぇ発言満載のウルフ、そして飛び火して真っ赤な顔で弁明する少女に移る。


「わ、わわわ私は、べ、別に猫さんの肩は、ね、狙ってませんよ。あとヨダレも垂らしてません!わ、私はここで充分です!ふふふ」


 腰に抱き着き頬を紅潮させながら幸せを噛み締める少女を真顔且つ無言で眺める猫は思った。


(ふむ。全く柔らかい感触がしないな。何処がとは言わんが、これが大人だとか……失笑ものだな)


 金銀幼女は見た目に反して強奪したスキルは猫と共有化しているのでかなりの剛力だ。

その為、2人のホールドによって猫の頭はミシミシと鈍い音をさせている。


「おいお前等、そろそろやめねえと俺の頭がポップコーンみたいに爆ぜちまう。門兵のお前もそろそろ怪しくないって理解したろ?さっさと通してくれ」


 途中から生暖かい目で見ていた門兵に改めて問うと、「問題無し」と告げ無事通る事が出来た。

時間の無駄だったなと思いながら門を越える。

門の先には石畳が精緻に並び、家屋が等間隔に軒を連ね、一見すると前世の中世欧州の建築様式に見えるが随所随所に魔道具などの魔法文明と呼べる痕跡が確認出来る。

前世時代の科学文明とはまた違う歴史の道を進み、交わる事無く違う発展を遂げているが、猫が死んだ時代にも似た近代的な様式も組み込まれていたのが不思議な所だ。

イヴも初めての街でキョロキョロと田舎娘丸出し感を振り撒きながら瞳を輝かせていた。

色々探索も良いがここまでの移動で空は既に茜色に染まり始めていたので今日は早めに宿で休む事にした。

その際人数が多い事や目的地に着いた事もあり、金をある程度渡し村の連中同様、虚実情報を渡して解散させた。

その後宿に着き特に何事も無く部屋に行き、明日の予定についてイヴと話ながら夜は更けていった。


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[異変]


 アルザスの街からの定時連絡が途絶えた事を発端にルークスルドルフ王国の王都サリバンにて調査隊を派遣する準備が着々と進み、その任務にはルークスルドルフ王国第二騎士団が抜擢され団長ドスオンブレは現在部下達に出立に際しての命令を下し終えたので、空いた時間で先程王城に召還された事を思い返していた。


『先遣隊の報告によるとアルザスの街があった場所ですが……現在更地になっているという事です……』

『んなッ⁉︎そ、そんな、馬鹿な事が、あ、有り得ない……』


 文官の説明にドスオンブレは絶句し言葉を失うが直ぐに喝が飛ぶ。


『狼狽えるでない!先の文官の説明はワシも耳を疑ったがどうやら事実の様だ。昨日は問題無く定時連絡が届いていたと報告もあったと考えると実質1日未満でアルザスは跡形も無く消えた事になる。だが、ここで幾ら考えても問題が解決する訳では無い!従って王国第二騎士団団長ドスオンブレよ、お主に命じる!すぐに隊を編成し消滅都市アルザスの調査に迎え!』


 そう命じる人物こそこの国の王、サリバン・ヴィクター・ルークスルドルフである。

ドスオンブレは『ハッ!!』と応え、その場は解散となった。


「ーー長、団長?」

「ん、ん?どうした?」

「あっ、いえ準備が完了しましたのでいつでも出発出来ます!その報告に来た次第であります!」


若い団員が敬礼をしながらそんな報告をしてきた。


「うむ、ご苦労!では、すぐに発つぞ!今から行けば明日の朝には到着するだろう」

「了解であります!」


 その後は素早く全員所定の位置に着き隊列を組み消滅都市アルザスに向かう。

15人の小隊を七隊、道中は特に問題も無く予定通り野営を挟み早朝には恐らくアルザスの街と思われる場所に到着した。


「……本当、に、ここで合っているのか ⁉︎一夜にして街ひとつ消し去る方法など存在するのか ⁉︎」

「……ハ、ハッ!間違い無くここがアルザスの街……跡地であります!これが帝国の新兵器なのか魔法国の儀式魔法なのかは未だ不明ですが私もこの様な破壊跡は見た事がありません!」


その返答に皆一様に頷き同意する。


「いや、すまんな。実際現場を見た事で少し動揺してしまったみたいだな。確かに現時点では不明な点が多い、なのでこれより早速調査に移る!私率いる小隊以外は放射状に広がり情報を集め、夕刻を刻限とし再度この場に集合するように!では解散!」


 号令とともに素早く散開していく部下達を見ながらドスオンブレは改めて周囲に目をやる。


(何なのだこれは……建造物や石畳も根刮ぎ剥ぎ取られていて地面はガラスの様な光沢すら感じられる程磨き上げられている?いや、似た様な光景を以前見た覚えがあるな……。確か、魔術師団の団長が火魔法を地面に放った際にこんな状態になってたな。まあ規模が全く違うが……では、これは大規模な火の儀式魔法、か?いや、まだ情報が足りな過ぎるな。考察は部下の報告を聞いてからにするか)


 そこで思考を切り上げ残った部下達と共に野営の準備をしながら時間を潰す。

そして現在刻限になり全小隊が帰投し、小隊長を集め情報をまとめている最中である。

しかし特に目ぼしい情報が無いまま報告が終わりかと思い最後の小隊長を指名すると興味深い話が聞けた。

と言うのも近隣にある森に複数人が野営していた痕跡が巧妙に隠蔽された状態で発見されたという。

更にそこには本国では使用が禁じられている物品も複数散見されたとの事だ。

そのどれもが隠蔽されており、工作部隊の疑いが強まる。


「諸君、本日は良くやってくれた!明日以降も引き続き情報を集める。長丁場になるかもしれないので本日はもう休むが良い、解散!」


 天幕から人気が無くなり、中央に座っていたドスオンブレが呟く。


「それで、お前はどう思う?」


 短い問いに会議中からドスオンブレの後方に控えていた男が口を開く。


「そうだな……。全て巧妙に隠蔽されている点や数点王国での禁止物がある点の2点で考えるなら帝国など他国の間者による可能性が高そうだな。だが、態々それ等を敢えて使って他国の仕業に見せかける事も可能だから今は何とも言えんな。しかしそれ等の痕跡がこの街崩壊に関係があるかは不明だ。まあ初日だからな、明日以降に期待と言った所か」

「俺と概ね同じ結論か……。さすがは俺の右腕たる第二騎士団副団長のセッケルさんだね〜」


男、副団長セッケルは眉根を寄せ溜息を吐く。


「真面目にやれ。しかし情報が無いまま話し合っていても答えは出ないだろう。と、言う事で俺ももう休むぞ」

「へいへい、また明日な。チェッ、幼馴染さんはつれないね〜」


 セッケルは手だけぷらぷらさせながら天幕から出て行った。

暫く事務処理をした後にドスオンブレも明日の予定を組み立てながら天幕を後にした。

その後数日間に渡って行われた調査隊の成果は、複数箇所から大規模破壊に使われたと思われる魔道具を回収。その事で王国は他国からの侵略攻撃の線が濃厚と判断し周辺国家に追加で間者を派遣し、原因究明に尽力する決定を下した。

軽く隠蔽した物を王国に発見させ、周辺国家への疑心暗鬼という種まきを完了させ、そう遠く無い未来の収穫を思いながらほくそ笑む猫が楽しそうに鳴く。


 時を同じくして、ある場所でも異変に気付いていた。

そこは真っ白な空間だった。

何も無く、だが全て有る、矛盾を孕んだ空間。

その中心には空間と同じく髪や肌に至るまで全身純白で無表情に佇み、精緻な人形の如き完成された美女が存在していた。

永遠に見続けたいと思わせる絵画の様な情景は無表情だった顔に思い出したかの様に徐々に感情が宿っていく事で終焉を迎える。

目に映る全てが眠っていたのかと思わせる程に、女が表情をコロコロ変える度に周囲の景色、音、匂い、全てが変わる。

そして女の子が今日の気分によって洋服を決める様に表情や景色を変え、次の瞬間ピタッと全てが停止する。


「さてさて、今日の地上はどんな感じかなぁ?んんん〜?街が一個無くなってるね。あれ〜?何でだ〜?時間戻してみよ〜」


 中空に突如現れたモニターに数億分割以上された地上の映像が浮かび上がり、女は何でも無い事の様にその中の一部の映像を巻き戻す。


「うわ〜何この魔法、街ひとつ呑み込んじゃったよ。犯人さんは〜、へぇ、キマイラなんていつ以来だろうね、って、……ん?んんん?この子……いや、まさか、そんな事って…………なるほど、アハハハハ、これはアイツの仕業かぁ。干渉は出来ないけど、挨拶くらいなら問題無いよね。あ〜あ、そろそろ時間か……ふふふ、楽しみが出来たよ。ありがとう猫君。君にまた会えるのを楽しみにしているよ」


 言い終えた途端女以外の全ての空間に罅が入り亀裂が広がり遂には粉々に砕け散る。

元の真っ白い空間が戻り、その中心には無表情な女が浮かんでいた。

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